彼女の名前は『アーモンド』。親しい者たちからはアイちゃんと呼ばれていた。
その姉はクリフジ。この国が戦火に飲まれる前のセキエイの無敵のチャンピオン。
『おねえちゃん、私もいつかあの場所でおねえちゃんの挑戦者になれるかな?』
『ふふ・・・まずはしっかり体を治して元気になってからね』
アーモンド・アイは病弱な娘だった。しかしポケモンバトルの腕はクリフジも認める
素質を秘めていて、ポケモンたちへの愛情も姉と同じほど、つまり世界一だった。
クリフジとそのポケモンが終始安定した強さで敵をねじ伏せるのに対し、体力に
不安のあるアイは一瞬の輝きとキレ・・・瞬間風速でクリフジを超える。あとはそれを
どれだけ持続できるかがポイントだった。
『私はおねえちゃんに勝ちたい。だから毎日ポケモンたちと頑張ってトレーニングを
してるんだ。おねえちゃんは何のために私を鍛えてくれるの?』
『・・・?というと・・・・・・』
『体に悪いからほどほどにしなさい、優しいアイはバトルじゃない別の道がある、
そう言うことだってできるはず。もしかしたら自分の王座を脅かすかもしれない
存在を喜んで育てるなんて・・・』
クリフジは微笑んだ。そして愛する妹の肩に手を置く。
『確かにわたしは最強であり続けたい。その地位を奪おうとするトレーナーは全て
返り討ちにする。でもそれよりも大事なことがある』
『それは・・・』
『人とポケモンがもっと互いを理解し、愛し合い、それぞれの力を引き出す。そして
もっともっと強くなっていく。わたしを倒そうと皆がそうしようとする、いつか
わたしが敗れたとき、わたしも今まで以上にポケモンたちを理解し成長しようと
するはず・・・それを繰り返しいつか人とポケモンは真の意味でパートナーになれる』
クリフジは、人とポケモンが平等な立場で力を合わせる世界こそ理想だと信じていた。
そうしなければほんとうの強さを得られないことも理解していた。
『だからアイ、いつかわたしを倒してほしい。わたしたちだけじゃない、遠い未来の
子どもたちやポケモンたちのためにも』
『・・・うん、約束するよ。必ず勝ってみせるよ』
その約束が果たされる前にこの国の戦況は悪化し、主要なポケモンバトルの大会は全て
中止、ポケモンたちは兵器として軍に奪われた。理想の世界とは真逆の現実にクリフジと
アイの姉妹は最後まで抗い続けたが、トキワの森でポケモンたちより先に力尽きた。
そのポケモンたちも敵国の爆弾により誰も生き残らなかった。
クリフジはその後転生し、いつまでたっても人とポケモンが真の友情に至ることはなく、
待ち続けても無駄だと悟り、行動を開始した。成長や改心に期待するのはやめにして、
自らが選定し、裁き、ふさわしいと認めたトレーナーとポケモンだけが生き残れる世界に
すればいいと暴力に任せるようになった。
「・・・おねえちゃん?あのフーディンに妹が?」
「わたしも聞いたことがない。一度も話してもらっていない」
ナツメも知らない・・・いや、フーディン自身すら封印した記憶だったのかもしれない。
しかしスピアーがそう名乗る以上、もう無視できない。
「・・・あなたも転生していたとは・・・」
「フン、わたしは夢のなかの幻で朧ながらその事実を先に伝えられていた。お前の
暴走を止めるために立ち上がったとな。忌み嫌っているはずの連中と同じ道を
歩み殺人者と化したお前にこれ以上罪を犯させないために・・・」
「・・・・・・」
フーディンは一瞬動きが止まったが、すぐに威圧的なオーラを身に纏う。
「もはやかつての理想が夢物語だとわかった以上、この方法しかないのだ。誰よりも
人間とポケモン両者のための最善の世界を思い描き、それを実行できるわたしが
この世を創り直し、導くしかない。ナツメの言う再生などもう手遅れだ」
「なぜ?」
「わたしたちも人間のときの体は無残に瘦せこけた後、燃え盛るトキワの森で灰すら
残らなかったではないか。いまの世界は金や物で満ち溢れて表面上は豊かだが実は
あの日のわたしたちのように惨めで価値がない。最初から新しく創造しなければ・・・」
自らの歩みが手放しで褒められたものではないことなど賢いフーディンは当然誰に
指摘されるまでもなくわかっている。それでもポケモンを虐げ利用する者たちを
除き去るジェノサイドなくしては世界は変わらないと決意していた。そんな彼女に
スピアーは静かに語りかけた。
「・・・そうだね、おねえちゃんは知らないんだ。でもサカキやナツメは知っている、
当然私も。私たち姉妹の最期の地、トキワの森が不思議な力で守られて空襲から完全に
逃れられたわけではなかったということを。実際にはポケモンを含む多くの生物が
命を失った。でもあの森には別の力があった・・・」
「トキワの森?何の話だ・・・」
「それは再生力。どれだけ痛めつけられても立ち上がる力、何度でも舞い上がる意志。
まるで奇跡のように森は蘇った。もともと被害に遭わなかったとか神々が森を
再創造したとかいう話が出回るほどに・・・」
奇跡的で神がかっている、しかしそれに近いだけでそのものではない。
「だから希望を捨てちゃいけない。せっかくの不老不死の命、待つ時間はたくさん
あるはず。私もサカキを信じたことは大正解だった。こんな幸せは破壊と再創造では
この幸せは決して得られない。おねえちゃんも・・・」
「その希望が足かせだ。人とポケモンが共存の道を歩むには圧倒的な力で支配し
管理しなければ不可能だった。それをこのわたしが成し遂げる。力なき者がどんな
立派な思想や夢を語ろうが痴れ者と同然―――――――っ!!」
フーディンはサイケこうせんを放った。しかし目に見えぬほどのかげぶんしんで
数百ものスピアーが現れては、全く当たらない。
「・・・・・・!これは・・・!」
『完璧なる回避!スピアー反撃だ――――っ!!』
そしてこれまでとは比べ物にならないこうそくいどう。あっという間にフーディンの
間合いに入ると、渾身のおんがえしでダメージを与えていく。
「・・・・・・ぐぐっ・・・・・・」
『明らかにフーディンが悶絶している!効いているぞ――――っ!!』
スタジアムのフェンスまで吹っ飛ばされ、フーディンは背中から叩きつけられた。
「・・・・・・」
フーディンはゆっくりと立ち上がるが、余裕からではない。すぐにそうできなかった
だけで、一瞬で劣勢に追い込まれていた。
「あれがサカキとスピアーの絆によって生まれた普通を超えた力!もともと圧倒的な
強さを持つ二人が覚醒したのだからそのパワーは・・・」
「うちらとは比較にならんレベルっちゅう話やな・・・」
元ロケット団の女、それにアカネもこの数日で見違えるほどレベルアップした。しかし
まだ発展途上中であり、現時点の実力ではサカキたちに遠く及ばない。
「・・・ふふっ、しかしあなたたちはまだ若い。その成長の可能性は無限。サカキと
スピアーのレベルに愕然となったとしても目を逸らしてはいけない。学べるものが
たくさんあるはず」
すでに完成されたサカキとスピアーに対し、トレーナーもポケモンもまだまだ伸びしろが
あるのがアカネたち若者だ。ナツメは彼女たちの肩に手を置いて励ました。
「そして・・・クリフジという名前だったフーディンの姿もしっかり見ないといけない。
人間だった時代から数十年間ずっとポケモンと人間の真の関係について考え続け、それ
だけを生きる目的にしてきた偉大な存在・・・その戦いを見届けるのがあなたたち新しい
時代を担うトレーナーたちの役目なのだから」
フーディンは傷を負った。じこさいせいを試みても完全なる回復には至らず、体力の
全快を目指していたら隙だらけなところをスピアーに攻撃され、回復量を上回る
ダメージを受けるだろう。攻撃の撃ち合いで勝つしかない。
「なるほど・・・これが人間への、自らのトレーナーへの希望と信頼を捨てずに
生きてきたあなたの力というわけか、アイ。しかしこの程度で喜ばれては困る」
「・・・・・・」
「このわたしを完膚なきまでに倒す、そうでなければその不思議な力も意味がない。
ナツメが見つけた人とポケモンの真の絆が生み出すパワー、それがどの程度のものか、
わたしも真実を知りたい。さあ、全力でこい」
フーディンがもう一度力をためていく。一方のスピアーもサカキと見つめあい、小さく
頷くと、敵を刺し貫く針の具合を確かめ、そしてフーディンをじっと見た。
「私の願いとおねえちゃんの願いは同じ。人とポケモンのほんとうにあるべき関係、
それを目指すこと・・・それに、昔からいまに至るまで史上最高のトレーナー、
クリフジを超えること・・・いま、両方叶えてみせるよ」