あの戦いから一年、若いトレーナーたちの動きは早かった。ジムリーダーだった者が
次々と退任を表明し、カントーやジョウト、それ以外の地方にそれぞれ旅立った。
己を見直し成長するため、そしてポケモンたちとの絆を強めるために。
「俺たちみたいなのがジムリーダーだなんて世も末ですねぇ」
「まあうまくいっているのだからわからないものですよ」
その抜けた穴はわたしサカキとわたしのかつての部下たちが一時的に埋めている。
もちろんジムリーダーの地位を悪用して大企業やポケモン協会の重鎮たちと手を組み
金儲けに走ることなどない。フーディンたちが暴れたおかげで欲深き者たちは
社会的に排除された。文字通り消された者たちもいる。
「しかしあのレッドがまたどっかの地方のチャンピオンになったとか・・・」
「この間だろ?ひとつ前のチャンピオンを返上したの。いくつ獲る気だよ。そうなると
数年前、暴力で黙らせなくてほんとうによかったな。歴史の大消失だったぜ」
レッドは世界を制し、史上最強への道を歩んでいる。わたしやグリーンは彼がカントーに
帰ってきたらリベンジマッチを申し込むつもりだが、各地で敵をつくっているとなると
戻ってくるのはもう少し後になりそうだ。それまで修行を続けるだけだ。
『ポケモンの生態に影響を与えると言われている原子力発電所の新設に異議を唱えた
ジムリーダーやポケモンリーグ四天王が次々とその地位を降り、抗議活動を
続けていくというニュースが入りました』
他の地方でも動きがあった。これまで傍観者だったトレーナーたちが立ち上がり、
人間の欲の犠牲になるポケモンを守るために精力的に動いている。前セキエイの
チャンピオンだったゴールドも友人たちと様々な地方に行き、経験を積みながら
ポケモンのために自らの地位を犠牲にするトレーナーと力を合わせ戦っていた。
『言いなりになるお利口さんでいるのはもうやめたからな』
相棒オタチ、二体の神のほかにも数多くの鍛え上げられたポケモンたちがいる。
そしてクリスにミカン、わたしの息子シルバーも共に旅をし、切磋琢磨しながら
高みを目指している。ゴールドも近いうちにもっと強くなって帰ってくるだろう。
『次は人口島でのポケモン大会のニュースです。優勝したのはこのチーム!』
わたしが去った後にロケット団に入ったという女が唯一無二の親友ウパーと抱き合い
喜びを分かち合っていた。両隣には彼女の憧れの存在カンナ、カンナに誘われてきた
ワタルがいた。ワタルはともかくカンナは半引退状態からの復帰、元団員の女など
命すらなかったかもしれない存在だ。彼女たちがいまこうしているのもあの戦いが
あったからこそだ。
「今度はあの者たちを通して絆の力が伝わっていく・・・」
「こうして世界の果てまで夢と希望は広がっていくんだね」
フーディンとスピアーも未来は明るいと信じている。放っておけば悪党になっていた
多くの危うい者たちもその力に目覚め、まっすぐな道を歩んでいるとのことだ。
しかしそれらすべてに最も貢献したはずの女、ナツメはいまだに姿を見せていない。
いや、ほんの一月前だ。あいつが持っていた別荘から首を吊った死体が見つかった。
いくら調べても身元がわからないほどボロボロで、正体不明だとして謎は深まっている。
だがその別荘の場所を知っていて、自由に中に入ることができ、しかも現在行方が
わからない人間などあいつしかいなかった。
『あれはフェイク・・・罠や。本物はどっかにおるはずや、うちは諦めん。これからも
うちのそばにナツメはついているし、ナツメはここにおる!』
数多くのトレーナーが旅立ったなかで、アカネはセキエイのチャンピオンになった。
ただの空き巣というわけでもなく、外敵たちを撃退し防衛記録を伸ばしている。
インタビューでは毎回ナツメの名を口にし、その顔が印刷されたシャツを身に着けて
バトルに臨むこともある。そんなことはするなと言われていたようだが、アカネと
しては「文句があるなら帰ってこい」ということらしい。わたしもそれには同感だから
どんどんやれと励ましておいた。
アカネがどこまで本気なのかはわからない。わたしもあの死体は作り物で、
ナツメは自らの死を装ってどこかで自由に生きていると信じたい。しかし彼女の
ポケモンたちはすでに公のバトルで戦うための登録を抹消され、それぞれ違う
生き方をしていた。
「全員人の言葉が話せますからね。スリーパーのように人の学校でポケモンについて
教える者もいれば、バリヤードは野生のポケモン相手に人との付き合い方を
教えている。エーフィはケガも治ったからテレビで歌い始めたしモルフォンと
フーディンもそれぞれの趣味を活かした新しい生活をしている」
「あのゴーストだけはナツメのように行方がわかりませんけどね」
わたしは考えた。結局ナツメとわたしはどんな関係だったのだろうか。答えは
もう出ている。ただの他人だ。若き世代のトレーナーたちは最初こそ憎き敵でも
バトルの後はいいライバル、友達になっている。それ以上の関係になる者たちもいる。
(友でもなければ恋人でもない、当然家族でもないのだから・・・)
むこうはわたしのことに最初から気がついていたが、わたしのほうは幼き日に
トキワの森で出会った少女だったとわかるわけもない。カントーで八人しかいない
ジムリーダーとして肩を並べても、仲間だと思うことはなかった。
当時のわたしはジムリーダーやポケモンリーグの四天王ですら商売のための駒としか
思っていなかった。若くしてトレーナーになったポケモンのエリートたちは簡単に
騙せたし、年長の者たちも最終的にはわたしの思い通りになった。
しかしあいつは公に意見こそしないものの、わたしの言葉を受け入れていなかった。
そしてヤマブキシティでの一連の流れ、心が読めるかもしれないということもあって、
わたしはあいつを恐れるようになった。ほんとうは誰よりも正義と愛を求めていた女を
自分以上の悪かもしれないとまで思った。わたしの目は腐っていた。
(あのときはジムリーダーの会合のたびにナツメに会いたくないと思っていた。それでも
会わなければならなかった。しかしいまはこれだけ会いたいと思っていてももはや
会うことはできない・・・皮肉なものだな)
だからジムに訪れるトレーナー、特に若い者たちには、人やポケモンとの出会いを
大切にするように伝えている。いついなくなるかわからないから、そんな脅しの言葉は
言わないが、後悔のないように接するようにと勧め続ける。
「・・・そういえばサカキ様、ジムリーダーの集まりでは腕試しや勉強会も兼ねて
リーダー同士でかなり真剣勝負に近いバトルをしていると聞きました」
「ああ。ポケモンの訓練などを怠っていないかとか新たな戦術の発見とかいう理由では
あったが・・・皆勝ち負けに一喜一憂していたな。しょせん練習だがな」
「その・・・サカキ様はそのとき、ナツメと戦ったことはあったんですか?」
「フッ、一度もない。ただの一度もな」
レッドに敗れ表舞台から姿を消したときにジムリーダーだった面子とは、それまでに
最低でも三回は戦っていた。カントーだけでなくジョウトのリーダーたちとも。
(わたしは意識していなかったが・・・あいつが避けていたのだろうな)
ロケット団のボスとしての活動にほとんどの時間を費やすようになってからも、
本気で戦えばこのレベルの者たちに負けるはずはないと思っていたし、実際にそうだった。
相性の差程度なら戦い方ひとつで簡単にひっくり返った。
『・・・・・・・・・』
『・・・どうした?サカキさんとやりたかったのか?』
『いいえ、戦う気はない・・・興味もない』
ナツメはわかっていたのだ。片手間になっていたわたしに勝つことなど実は簡単で、
レッドのような英雄を待つまでもなくわたしに手痛い敗北を与えることはできると。
そうなると一つ疑問が生まれる。わたしが改心し昔の夢をもう一度思い出すことを
望んでいながらなぜそうしなかった?スピアーに聞いてみた。すると、
「あの子はトキワの森のことをずっと覚えていた。サカキが最強になると約束した
力強い誓いを。だから自分で倒したくなかったんじゃないかな。私も昔から
お姉ちゃんにはいつまでも最強でいてほしいと思っていた。私の場合はいつか
超えたいと願ったけどあの子は優しかったから・・・」
「わたしが道を見失い迷走しているとわかっていても、最強の座から降ろす役目は
できなかった・・・というわけか」
ロケット団解散をレッドに任せたのもそれか。こうなるとあの戦いの日々も、
何らかの力を用いてわたしとの対戦を回避していたのかもしれない。最初の機会は
カンナと、決勝ではアカネとぶつかるようにした。最終戦ではクリフジとアイの
頂上決戦という形になり、ナツメ対サカキという色は薄かった。
(あいつもやはり・・・わたしと他人でいたかったのだな)
嫌いだから、それならまだいい。わたしを想っているからこそ、傷つきたくない、
傷つけたくないから距離を置いていたとしたら。ある一定のラインには決して
踏み込まず、しかし見えなくなるまで離れようとせず。
「取り返しのつかない間違いをした。償いようもない罪も犯した。それでも
わたしは最強を目指す。その言葉の真の意味が理解できるその日まで」
レッドもゴールドも、他の地方の強豪たちもあいつが育てたアカネも倒す。
その先に待っているものは何か・・・。わたしはしぶとく生き続けよう。
そのためにもわたしはいま、ここでけじめをつけよう。戦いが終わって一年、
お前が消えて一か月・・・最強を目指すという次の舞台に進むために。
他人のままで、さようなら。