ポケットモンスターS   作:O江原K

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第16話 価値ある勝利

『突如始まった対抗戦も最終戦!ジョウトのジムリーダー同士の戦いとなった

 ハヤト対アカネ戦!最後まで長引いたこのバトルもいよいよクライマックスだ!

 ハヤトのピジョットが大技中の大技、ゴッドバードの態勢に入った―――っ!!』

 

場内からも大歓声が沸き上がった。攻撃に破壊力を増し加えるためピジョットは

肉眼ではその姿を確認しきれないほどの上空にいたが、単なるそらをとぶ攻撃

ではない。限界まで高められた集中力と闘志が、獲物であるピクシーを

完全にとらえている。そしてついに勝利を掴むべく降下を始めた。

 

 

「・・・・・・!こりゃあ大ピンチや!ピーちゃん!アレや、アレをやるんや!」

 

「ピ、ピョ~~~ッ!!」

 

人もポケモンを藁にすがるような思いで繰り出した技。それはなんと・・・。

 

「・・・この期に及んで運任せか!ゆびをふるだと!?」

 

ピクシーは謎の動きと共に指を振った。発動するまで何が出るかわからない

ギャンブル性の高い技だった。当然上級者同士の勝負ではまず目にしない。

そうそう都合よく起死回生の大技など出るはずがない。そしてここでも、

 

「・・・・・・・・・」

 

何枚かの小判が出てきた。ねこにこばんだった。チャリンという音が空しい。

 

「あっはっは!コガネ人らしいな!こんなときにも笑いを取りに来るなんて!

 このおれが不覚にも腹の底から笑ってしまったよ!だが容赦はしない。

 ピジョット!そのままやつを仕留めろ――――っ!」

 

「・・・え、ええい!ピーちゃん!振れ!振れ!振りまくれ―――っ!」

 

「ピ――――っ!!」

 

 

最後の悪あがきをしていたピクシーだが、その瞬間会場全体が非常に眩しい、

モニター越しであってもまともに目を開けられないほどの光が轟音と共に

襲ってきて、人々の視界を奪った。

 

「うっ・・・全然見えない・・・でも確かにゴッドバードが決まったんだ!

 ハヤトさんが勝った!ぼくの手であいつに引導を渡してやることは

 できなかったけれど・・・この勝利は先の四敗を補って余りある一勝だ!」

 

ゴールドもまたハヤト同様、いや、彼以上にアカネを憎んでいたため、

早くバトル会場の様子が見えるようになり彼女が泣いて歯ぎしりする様を

眺めてやりたいと思っていた。しかし、喜ぶ彼にグリーンが言う。

 

「いや・・・なんか妙だ。おれもピジョットは手持ちポケモンの一体だし

 ゴッドバードだって何回も使っている。だがあんな光り方も音もしない!

 あれはこの技によるものというよりは稲光・・・!」

 

「あ・・・ああっ!み、見てください、あれを!」

 

ミカンが電光掲示板を指さした。ようやくその様子が映し出されていた。

するとそこには倒れていないピクシーと、身体じゅうがボロボロになった

ピジョットがいた。ゴッドバードの不発は明らかだった。

 

 

「確かに決まっていたはず・・・なのにあの光景は・・・?」

 

アカネの仲間であるカリンもハヤトの勝利を疑わずに見ていたため驚きを

隠せずにいた。カンナとエリカも何が起きたのか説明できなかったが、

あのフラッシュにも等しい眩しさのなか、この会場で唯一その目を閉じずに

全てを見届けていたナツメが、周りがいまだに騒然とするなか、語り始めた。

 

「ゆびをふる・・・その結果に他ならない。一回目はねこにこばんに終わったが

 相手が油断している隙・・・いや、隙などなかったのかもしれないが

 最後の最後にゆびをふったところ、なんと大技かみなりが炸裂した。

 よってピジョットは黒焦げ、あの通りというわけだ」

 

「でもピクシーにとって電気技は本職じゃないでしょ。現にピジョットはまだ

 戦闘不能にまではなっていない。あれだけ精神的にも鍛えあげられたのに

 攻撃の途中でやめてしまうっていうのは?」

 

「やる気はあっただろう。だがかみなりをくらってマヒしたんだ。

 体がついていかずにここぞというところで急停止だ。こればかりは

 いくら鍛えていようがどうしようもないだろう」

 

「・・・なるほど・・・とことん悪運があるのね・・・。全てが

 これ以上ないほど完璧に決まってああなったと・・・・・・」

 

カンナがお手上げと言わんばかりに両手を広げた。あまりの偶然の産物と

言うほかない展開に誰もが呆れていたが、ナツメは再びバトルの模様を

じっくりと見つめていた。

 

 

「そ・・・そんな!ピジョット!立て!立ってもう一度・・・」

 

ハヤトは明らかに動揺していたが、それはアカネも同じだった。敗色濃厚だった

ところが一瞬で劇的な逆転、気がつけば勝利が目前となっていたからだ。

思わぬ好機に強張んでいた顔は緩むがどうしたらいいのかわからずに、

 

「え、えーっと・・・い、いけ――――っ!ぶちかませ――――っ!!」

 

具体的な指示も何もなかった。それでもピクシーはその声に応じ、

 

「ピ――――!!ピッピャ―――――ッ!!」

 

目の前で弱っているピジョットにビンタの嵐を浴びせた。威力が低すぎるため

すぐに決着はつかず、とはいえピジョットにはもう攻撃から逃れる体力は

残っておらず、ピクシーがひたすらおうふくビンタを食らわせ続けた。

ピクシーの手のほうが赤く腫れあがってきたとき、ついにピジョットが、

 

「・・・ギュワァ~ッ・・・!」

 

仰向けに倒れた。しばらくたっても起き上がる様子はなく、完全に失神していた。

 

 

『え・・・え―――っと・・・ピジョット戦闘不能・・・でいいのかな?』

 

おうふくビンタでの決着に審判員は戸惑いながら判定を告げる。観客たちも

開いた口が塞がらないといった者たちばかりで、反応が薄かった。

 

 

『バ、バトル終了・・・です!五試合のうち最後まで行われていたこの戦いでしたが

 ・・・・・・二転三転の好勝負から最後はまさかの尻すぼみな結末!今映像で

 確認しましたところ、ピジョットのゴッドバードが決まる寸前でピクシーの

 指振りがかみなりを発動させました!動きが止まったピジョット相手に

 おうふくビンタの連発でついにダウンを奪ったのです!まさにラッキーだ!

 強運に恵まれたアカネとピクシーが今日最後のバトルを制しました!』

 

アカネは殊勲のピクシーを抱きしめ、何回も撫でてからモンスターボールに戻した。

 

「あっはっは!失礼な実況やな!どんな内容だろうが勝ちは勝ち!うちらを

 クズだの下劣だの好き勝手ナメくさった報いや!これが新たな時代の

 中心となる強くてかわいいこのうちの実力や―――っ!!」

 

笑い声を響かせるアカネの姿をハヤトは唇をかみしめながら見ているしかできない。

敗れはしたが素晴らしい動きを見せた相棒を労いながらボールに戻す。

 

「くっ・・・父さんからもらった大切なピジョットがこんな形で・・・しかも

 腐った愚か者相手に負けるなんて無念だ・・・ちくしょう!」

 

「悔しそうやなぁ。そりゃあそうやろな、最初から勝って当たり前みたいな態度で

 バトルして、ほんのもうチョイというところまでいったんやからなぁ。だけど

 今こうして勝者として立っているのはこのアカネさまや。どや、悔しいやろ~?」

 

途中までは接戦を繰り広げ、最後は運よくかみなりが最高の形で決まらなければ

負けていたというのにアカネはほんの少しも相手に敬意を払わず、健闘を称えあう

こともせずに煽るような言動を続けた。負けてしまっては何も言えないという

ハヤトの気持ちに便乗し、やりたい放題だった。

 

「・・・くそ・・・!だからお前は皆から嫌われ迷惑がられているんだ!どうせ

 ジムの挑戦者相手にも同じような態度で接しているんだろう?いくらバトルで

 勝とうがテレビやラジオに出ようが誰からも尊敬されずに煙たがられる。

 うわべだけはお前を褒めたたえ拍手を送ろうが実のところ誰一人として・・・」

 

ハヤトの負け惜しみに近い、とはいえ客観的に見て真実の言葉を聞いたアカネ。

その対応はハヤトにとって意外なものだった。彼女は不敵にほほ笑むと、

 

 

「・・・そんなこと言われなくてもうちが一番よくわかっとるわ。いろんな

 ところで陰口を叩かれてるのも嫌われ者だってこともな。それが全部

 うち自身に責任があることも知っとる。そりゃあわかるわ。どれだけ

 ポケギアに登録してある番号が多くてもほんとうにうちの心からの

 友達やって言える相手は一人もいない。あんたのいうとおり、誰一人も」

 

「・・・・・・・・・」

 

「だからそんな自分を変える!人として、トレーナーとして成長するために

 今回の戦いに参加した!それがうちの目的や――――っ!」

 

アカネはハヤトに背を向け、この超能力で作られし試合場の出口に向かった。

彼女の言葉にハヤトは心底呆れていた。信じられないものを見るような目で言う。

 

「・・・そ、それが・・・それがこの大騒動を巻き起こした理由だと!?

 自分磨きとかいうちっぽけな目的のために大勢を巻き込んで・・・!ほんとうに

 お前はどこまでも自己中心的でわがままな愚か者だ~っ・・・!」

 

「ふん、負けたやつの恨み節なんか聞こえんわ!ほな、これで」

 

 

 

アカネが異空間から勢いよく飛び出してくると、そのまま仲間である四人が

いるあたりに着地した。そして両手を前に突き出して揚々と大きな声で、

 

「よっしゃあ!これでうちらの五連勝や!さすがはカントーとジョウトの

 実力者たちが揃っただけあるで!ま、いずれあんたらとも戦わなくちゃ

 アカンようにはなるだろうけど・・・ひとまずめでたい!ハイ!」

 

ハイタッチをしようとした。ところが彼女に応じる者は誰もいない。むしろ

冷ややかな目を向けていた。これにはアカネもさすがに手を引っ込めた。

 

「あ・・・あれ・・・?」

 

「何を喜んでいるのかしら。あなたのせいで私たちの勝利の余韻がすっかり

 醒めてしまった。たまたま勝っただけで面汚しな試合内容だったくせに」

 

カンナの凍てつくような視線からの容赦ない言葉。カリンもそれに続き、

 

「あなたの勝ちなんてただの偶然と運任せ。私たちと一緒にされたら困るわ」

 

「ええ。結果のみに目を留めて歓喜するだけならばその辺りの凡夫でも

 できます。それかよほどの恥知らずか幼稚なのか・・・どちらかでしょうね」

 

エリカまでもがアカネのバトル運び、そしてその後の態度を非難した。

 

「・・・・・・・・・」

 

すっかり意気消沈し、口の形こそ小さく笑ったままだがアカネはうつむいてしまう。

するとそのすぐそばに、もともといた四人のうちやや離れて立っていたナツメが

突然現れた。瞬間移動の超能力を使ったのだろう。まさに一瞬だった。

 

ここで皆は思い出した。対抗戦が始まる前、アカネはナツメの頭をばしばしと

叩いたりしていたことを。そしていまの恥ずかしいバトル。ナツメの無表情な

顔つきからも、もしやナツメはアカネを『処刑』するのではないか―そんな

悪寒が走った。いかにアカネとはいえ目の前で命を奪われるのを見過ごせない。

そう思ってはいたが今からナツメを止めるのは無理だろう。下手すると巻き添えだ。

何が起きるのかを見守るしかできなかった。

 

「・・・ナツメ・・・・・・」

 

アカネ本人はナツメに殺される、または物言わぬ人形にされてしまうということは

考えていない。ただ、やはり先の三人と同じようによくないことを言われるの

だろうと思い、おそるおそるナツメを見た。するとナツメは、全ての者の

予想を裏切り、これまで誰も見たことのないような優しい顔になっていた。

 

 

「素晴らしい勝利だった!あなたとポケモンの深い絆がこの勝利を生んだのだから」

 

「・・・・・・へ?」

 

「トレーナーの思いはポケモンに伝わる。不安や恐れはポケモンを委縮させてしまい、

 それが諦めの気持ちだったら尚更実力は発揮できなくなる。でも・・・あなたは

 最後まで諦めなかった。わたしは見ていた。ピジョットのゴッドバードの光の中、

 あなたは目を閉じることなくピクシーに指示を出し続けた。つまり、信じ続けた。

 だからかみなりが天から降ってきた。そしてうまく敵をマヒさせた」

 

カンナたち、それにゴールドや周りにいるトレーナーたちは呆気にとられながら、

こいつは何を言っているんだという顔で、ただ黙って聞いているしかなかった。

言われている本人のアカネでさえ思わぬ言葉に戸惑っていたが、ナツメは彼女を

安心させるように両肩に手を置いた。そして話の結論を述べた。

 

「あなたの勝利はあなた自身で引き寄せたもの。決して偶然や強運なんかじゃない。

 堂々と、胸を張って誇っていい。あなたの勝利に比べたらわたしたちの四勝、

 ただの力押しや相手の意表を突いたポケモンの起用による勝ちなんて無価値で

 何の意味もないものとすら言えるのだから。一番いいバトルをしたのはあなただった」

 

ナツメはアカネの肩から手を放すと、自分の前に静かに揃えた。しばらく無言で

そのままだったが、ナツメがその手を静かに下げようとしたところでアカネは

気がついた。これはハイタッチがしたかったのか、と。

 

「な・・・なんや、言ってくれんとわからんやないか。ほら、ハイターッチ!」

 

「・・・・・・」

 

どうやら合っていたようだ。無事に終わり、アカネはナツメにもう一度近づくと、

 

「・・・ありがとな。うちが落ち込んでいるのを見て励ましてくれたんやろ。

 たとえ本心からの言葉じゃなくてもじゅうぶん元気になったで」

 

「何を言っている。わたしはほんとうのことを言っただけだ。それに厳しいことも

 言わなくちゃいけない。バトルの途中であなたはミスを犯した」

 

「・・・・・・は?」

 

「先鋒のミルタンクに途中で『まもる』を使わせただろう?あれは不要だった。

 確かに反撃は怖かったが攻撃を続ければ相手はおそらく怯んだ。あそこで

 最善手が打てていたなら最終的にもっと余裕を残して勝てただろう」

 

「・・・そ、そんなところまで見とったんか・・・いつの間に?」

 

「まあ致命的な失敗ではなかったのだから反省は後でいいだろう。とにかく

 素晴らしいバトルだった。それは偽らざるわたしのほんとうの気持ちだ」

 

決して表情豊かとは思えないナツメだが、嘘をついているようには見えなかった。

アカネは胸が熱くなった。これまで感じたことがない、これが真の勝利の喜び。

他ならぬ自分に責任があるとはいえ、誰も自分を理解してくれない日々を

過ごしていた彼女にとって、ついに待ち焦がれた最初の人物が現れたような気がした。


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