ポケットモンスターS   作:O江原K

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第17話 主役の登場

 

一見強運によって得たとしか思えないアカネの勝利を、ナツメは彼女が自らの力で

掴んだ、まぐれではない誇れるものだとした。そして本心から称えられたことで

アカネはすっかりナツメに引き寄せられていたが、そこにカリンが割って入った。

 

「おっとっと・・・騙されないほうがいいわよ。心にもないことを言ってあなたを

 自分の言いなりになるようにしようとしているんだから・・・そこの女は」

 

胡散くさいものを見る目でナツメを指さした。カンナも彼女に続いた。

 

「よくも恥ずかしげもなくそんな戯言を吐けるわね。私以上に心が冷たくないと

 とてもじゃないけど口にはできない。逆に感心するわ」

 

しかしナツメは二人を相手にせず、聞こえていないかのようだった。

 

「でもうちがミルちゃんでミスったところなんて・・・どこで見てたんや?」

 

「ああ、バトルが始まる前だったんでな。そのせいで相手の言葉もうわの空だった。

 無視されたと思ったのか相当頭に来ていたようだったが・・・」

 

しばらくアカネと話し込んでいた。だが、それが落ち着くとナツメは他の三人、

つまり先ほどアカネに厳しい言葉を投げかけた者たちに向かって厳しい口調で言う。

 

 

「・・・恥ずかしい・・・と言うのであればお前たちのほうだ」

 

「は・・・はぁ!?どういう意味で・・・」

 

「仮にもジムリーダー、それに四天王ともあろうトレーナーがこの試合の勝因を

 単なる運任せの偶然としか見ることができないなんて、それでは盲人と同じだ。

 それに一時的とはいえ仲間である者の勝利だというのにあの態度は何だ。

 よくやった、の一言すら出ないとは・・・三人とも、恥を知りなさい」

 

その言葉が引き金となり、カンナとカリンの怒りを爆発させた。エリカですら

ナツメに対し静かに憤りの感情を向けている。

 

「・・・もういいわ。そんなに戦いたいのならすぐにここでやりましょうよ!

 ポケモンリーグについたトレーナーたちのなかで私たちと戦えるほどに

 ポケモンを調整してきたやつはもういないわ!なら次は私たち五人で誰が

 一番強いか決めましょう。まずはナツメ、あんたから潰してやるわ」

 

「いいや、ナツメを倒すなら私が先よ!イツキに対しての暴挙、その報いを

 与えてやらなくちゃいけない!エスパーを圧倒する悪ポケモンの力で!」

 

現チャンピオンであるゴールドたちはすっかり蚊帳の外だった。もはや五人は

彼らなど眼中になく、彼女たちの間で頂点を争う戦いに移ろうというのだ。

 

「私は誰とでも構いません。結局私の前に皆さんは倒れることになるのですから」

 

エリカが不敵に笑う。来るなら誰でも、何でも来いという感じだ。ところが、

このような事態を引き起こしたナツメ、それに彼女のポケモンである特別な

力を持つフーディンはその輪から離れるようにしてすたすたと歩き去ってしまう。

どこへ行くつもりだ、と言われる前に立ち止まり、再び話し始めた。

 

 

「わたしが厳しい言葉をかけたのはこんな展開に持ち込みたかったわけではない。

 苛立たせようとしたかったのでなく、ほんとうに反省してほしかった。

 そうでなければ、どうしてこれから先の戦いで勝ち残れるだろうか」

 

「・・・これから先?もう私たちを邪魔するやつは・・・」

 

「いえいえ、まさかこの程度の勝利を誇っているわけではありませんよね?

 本日わたしたちが戦ったお相手は皆万全ではないところを無理して出てきた

 方々ばかりです。それに今日は戦える状態にないとはいえ、チャンピオンさんや

 それ以外の雑魚軍団だっていつかは倒さねば人々は納得しませんよ」

 

いずれはゴールドたちとも戦わなければならないとフーディンは言う。ポケモン界の

新たな条約、様々なルール改正の調印式の日に奇襲を成功させただけでは足りず、

歯向かう者を全て返り討ちにしてこそ頂点に立つ資格があるということだった。

 

「わかりましたか?そいつらクズどもを片付けてから我々の間での決戦を・・・」

 

「いーや、それでもまずはあんたらからね。誰よりも邪魔だもの」

 

ナツメとフーディンの言葉も届かず、いまだこの場でのバトル開始は免れそうにも

なかった。会場の観客たちもやれ、やれ、と歓声を飛ばす。ふう、と溜め息を

つくと、ナツメはにやりと笑った。アカネに対して見せた穏やかで優しい笑顔ではない。

邪悪で影のある、底知れぬ恐ろしさを秘めたものだった。

 

「・・・仕方ない。ならば受けよう。何ならそっちで小さくなっているやつらも

 どうだ?全員でわたしとわたしのポケモンに勝負を仕掛けて来い。さっきの

 バトルで傷ついているとか、バトルのための調整ができていないとか、

 そういった事柄へのハンデだ。わたしのフーディンを含めた六匹対

 数十匹の特別戦・・・面白そうじゃないか!なあフーディン」

 

「ええ!次から次へと飛びかかってくるハエやゴキブリを潰してねじ伏せる。

 楽しいゲームになりそうですよ。その死骸を積み重ねた山の頂でナツメさん、

 それにわたしたちナツメさんのポケモンが新たな世界の始まりを宣言する。

 とても素敵な光景じゃあありませんか!さあ、死にたい者からかかってきなさい!」

 

いまフィールドに立つすべてのトレーナーとポケモンを敵視し煽る。大勢で

襲いかかってこられようが勝つ自信があり、しかもそのような行為に及ぶからには

どのような悲惨な結果になろうが構わないだろうというのだ。

 

「・・・・・・・・・!!」

 

誰も動かなかった。躊躇していた。このフーディンは未遂に終わったが戦った

ポケモン、それにトレーナーを殺害しようとした。簡単には突撃できない。

どうやらナツメとフーディンはこうなることがわかっていたという顔だった。

 

「そう、それでいいのです。わたしたちとしてもポケモンバトルとは呼べない

 ただの喧嘩、殺し合いによる決着など望んでいませんよ。正式なルールに

 則ったやり方であなたたちを粉砕して差し上げます」

 

「さっきも言ったがわたしたち五人での戦いとなるにはまだ早い。どうやら

 まだまだ戦いは長くなりそうだからな。そろそろ聞こえてくるだろう。

 あなたたちにもその足音が。次なるバトルの相手が現れるその気配が―――!」

 

 

会場の外、いま立っているフィールドへの入り口を指さした。まだ誰もいない。

このような事態になっている以上、招かれざる客の侵入はいつも以上に厳しく、

果たして誰がナツメたちの敵としてやってくるというのか。

 

「何が始まるんだ?足音なんて全然・・・」

 

そのときだった。ズシン、ズシンという振動を伴う足音が確かに聞こえ始め、

それはだんだんと近づいてくる。一人ではないようで、複数の足音だ。

人間によるものではなく、重量級のポケモンが何体もいるようだ。

 

「これは・・・」 「誰なんだ!?」

 

騒然とし始める。そしてついに、その男が堂々と姿を現した。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ニドクイン、ニドキングを両隣に従え、背後にはサイドン。そして頭の上では

スピアーが、彼に従順についてきた。黒いスーツと帽子に身を包んだその男に。

トレーナーたちは彼を知っていた。三年以上前に姿を消したカントーの帝王を。

 

「サ・・・サカキさん!」 「サカキだ!生きていたのか!」

 

トレーナーたちの声に会場も騒然となった。サカキが突然ジムリーダーを辞職

してからというもの、彼に関する噂は一切聞かれず、死んだというデマも流れた。

サカキの顔を知らず、実際に会ったこともないゴールドやアカネもその名前は

知っており、カントー随一の大物でありながら引退状態であることも聞いていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

とはいえサカキの『裏の顔』まで知っているのはこのなかでただ一人、ナツメ

だけだった。サカキはスピアー以外のポケモンを次々とボールに戻す。

周囲の人々からの声にも足を止めることなく、ナツメのもとまで来た。

そして睨み合いが始まる。最初に声を発したのはナツメだった。

 

 

「・・・なるほど・・・これは元ジムリーダー『の』サカキのようだ。

 すっかり隠居していると思ったが・・・なぜ今日突然に戻ってきた?」

 

それを聞いた者たちは皆違和感を覚えた。ナツメがその言葉の中で

強調した部分が不自然だったからだ。その理由はナツメとサカキにしか

理解できないだろう。ロケット団ボスではなく元ジムリーダーとして、

つまり裏の顔を捨てた純粋なポケモントレーナー、サカキであると

ナツメは認めたのだ。サカキのどこを見て彼女がそう判断したのかは

わからないが、正しい答えだった。もう彼とロケット団は無縁だ。

 

「記念すべき一日を台無しにした馬鹿者共がいたからな。果たしてまともな

 思考でいるのかどうか見に来てやった。フム・・・どうやらわたしが聞いた

 あの声は間違っていなかったようだ・・・」

 

ナツメ、それに仲間である四人の女トレーナーに向かって彼は話を続けた。

 

 

「わたしはお前たちの行為をはじめは静観する考えでいた。いや、その主張に

 同意できる点も多かった。しかしわたしを突然白く眩しい光が包み込んだ。

 そしてこう言うのだ。『あの中に非常に危険な者がいる。その者は自分以外の

 女性たちを欺いて、自分の仲間にした。利用し手駒として意のままに操り、

 最終的には切り捨てて自らだけが頂点に立とうとしている』とな。そして

 その者の野望を阻止するために立ち上がれ、と言われたのだ」

 

「突然の声・・・か。幻覚でも見ていたんじゃないのか?」

 

「いや、そうではないことを一番よく知っているのはお前たち五人では

 ないのか?それぞれが心の中で欲望や不満を抱え、それにお前たちのうちの

 黒幕とも呼べる者が特別な力を使い行動を起こすように唆したのだろう。

 まあ・・・誰がその黒幕であるかなどだいたいの予想はつくがな」

 

事情を知らない者たちからすればサカキの話すことの意味がわからなかった。

だがナツメと四人の女トレーナーには思い当たりが十分すぎるほどあった。

 

「・・・驚いたわ。その通りよ。確かに私は自分の家にいたとき、同じような

 声を聞き、それに導かれてここに来た。でも私の場合は黒い光だったけど」

 

「そうね。この現状を変えたいとは思わないのか、そう何度も強く勧めてきたわ。

 唆されているとは思わないけれど、強力な後押しする力の存在があった」

 

カンナとカリンが互いに頷きあいながら言う。サカキとはまた別の光によって

革命を起こすように導かれたのだと。白と黒、まるで正反対の力の源が

今回の件に関わっているようだ。両方とも、洗脳や操作ではなく、あくまで

強く促していただけだった。もしかしたら、同じような幻を見たがそれを

退け、この騒動に加わらなかった者もいるかもしれなかった。

 

「そして言われた場所に来てみたところこの五人となり、今日これから

 どうすべきか改めて黒い光のなかで聞いたのです」

 

「なるほど。お前たちの拠り所であるその光の源はやはり・・・・・・」

 

サカキはナツメをじっと見た。するとナツメは首を傾げてみせると、

 

「疑っているようだが違うな。わたしもその声を聞いた一人だ。

 もしかしたらそこのアカネかもしれないぞ?声の主は」

 

「・・・そ、そうかもしれんで!このうちが今回の黒幕であり主役!その可能性は

 じゅうぶんあるで。今は正体を明かすときやない!でもいずれは・・・」

 

急にナツメに振られ、胸を張りながら悪だくみをしているような者の笑みを見せた

アカネだが、その反応を見てサカキは、まず一人候補から除外した。こいつは無いと。

となると残る四人の誰かだが、ナツメが圧倒的に最有力であるのは確かだ。

超能力者である彼女以外にこのような芸当ができるとは思えないからだ。

 

「わたしたちを止める気なのはわかった。でもわたしはサカキ、あなたが心配だ。

 復帰戦でいきなり大惨敗を喫したら今度こそカントーの帝王は完全に終わり。

 寂しく惨めな老後の介護をしてくれる人間はいるのか?」

 

「気遣い感謝する。だが無用なものだ。むしろ自分のことを考えておけ。

 後ろの四人はともかくお前は負けた瞬間に今日犯した多くの罪で逮捕される。

 早めに優秀な弁護士とポケモンの引き取り手を探しておくんだな」

 

もともと険悪な仲だ。この度も激しい睨み合いが終始続く。その二人にアカネは、

 

「あんたら・・・相当な因縁を抱えとるな。はっ・・・!まさか・・・!

 もしかしたらこんなことがあったんと違うか!?」

 

どうせ見当違いのことを言うだろうが、一応皆はその言葉に耳を傾けた。

すると彼女は声真似を始めた。中年男と若い女、つまりサカキとナツメを演じるようだ。

 

 

『わかった。ヤマブキジムへの資金援助、わたしが約束しよう』

 

『それは助かる。このところうまくいかなくて・・・ほんとうにありがたい』

 

ナツメは安堵の表情を見せる。まさにサカキは窮地の際の救世主だった。

ところがサカキは急変し、急に密着してくるとナツメの肩と腰に手を当てた。

 

『・・・と、突然何を・・・!』

 

『お前だって子供じゃないんだ。わかるだろう?何事にも代価がいると。

 わたしがヤマブキジムにこれだけの金をくれてやるというんだ。お前は

 何を差し出すべきか・・・説明する必要はない』

 

『くっ・・・・・・外道め・・・!最初からそれが狙いで・・・』

 

『嫌ならいいんだぞ?わたしも今回の話はなかったことにするまでだ。

 ぐふふ・・・お前は賢い女だ。さあ、自分でまずは上着から脱ぐといい』

 

 

「そしてナツメは全てを諦め感情を噛み殺し・・・一枚、また一枚と・・・ぐへっ!!」

 

「・・・それ以上はやめなさい」

 

一人で盛り上がっていたが、近くにいたカンナとカリン、エリカによってその

頭をはたかれて終わりを告げた。無防備であったため、勢いよくその場に倒れてしまった。

 

「・・・痛っ!なにすんねん!それに誰か一人、ゲンコツで殴ったやつがおるやろ!」

 

「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」

 

「揃ってだんまりかい!先生!誰かが今うちのことをグーで殴りました!」

 

頭をさすりながら涙目でナツメに訴えるが当然全く反応がなかった。

 

「ていうかあんたら・・・そういう関係だったんやろ!?」

 

「いやいや」 「ない、それはない」

 

ナツメとサカキ、それに加え後ろにいるフーディンとスピアーまでもが真顔で

手と首を横に振りながら否定した。実際の二人の因縁は、サカキはナツメの街を

ロケット団として占領し大暴れしたこと、また彼女はそのとき彼の真実を知り、

ロケット団からポケモンに関わる多くの情報と技術を密かに盗んでいた、

それが最も大きなものだったが、両者ともまさかここで真実を言うわけにもいかない。

 

ナツメからすればサカキはもはや手段を選ばないロケット団とは関係を断ち、

暴力による解決をするつもりはないと知るだけで十分だった。サカキも

ナツメとフーディンが自慢の超能力で事を進めようとはしていないのを

確認できた、それでいまはよしとした。互いにポケモントレーナーとして、

ポケモンバトルでの決着を望んでいるのが明確になり、余計なことを

考える必要は一切なくなったからだ。


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