ポケットモンスターS   作:O江原K

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第19話 敵はただ一人

 

セキエイ高原のメインスタジアムから離れた場所、ほとんど人の寄りつかない

その場所でスピアーと共にサカキは歩いていた。特に何の目的もなくそうして

いたのだが、彼の進行方向に四人の男が立っていた。サカキは立ち止まる。

近頃会っていなかったとはいえその四人はサカキのよく知る男たちであったからだ。

 

「・・・久しぶりだな、お前たち」

 

「ええ。偉大なるボス・・・サカキ様。お見事でございました、先ほどは」

 

「こうして直接会うのはわたしが組織の解散を宣言し去ったあの日以来か。

 その後もだいぶ苦労を掛けたであろうにろくに報いてやれなかったな」

 

男たちは普通の格好をしていたが、この会話の内容からすれば彼らはロケット団員だ。

そして事実、彼らは『下っ端』ではあったが、サカキへの忠誠心が特に高く、

またサカキが目指しているものを最も理解しているうえに団員の中では珍しく

ポケモンへの愛情を持つ者たちであったので、サカキは彼らを信用し、あえて

平団員の地位に彼らを置き、組織の秩序を守らせるために他の団員を監督させていた。

 

「わたしはお前たちにロケット団の規模を徐々に縮小させやがて自然消滅させるよう

 頼んでいたが・・・どうやら難儀な仕事を押しつけてしまったしまったようだ」

 

「初めはうまくいっていました。ところがボスのためだと言いながら実のところ

 あなたのことを何一つ理解していない者たちの妨害に遭い・・・生きていくのも

 やっとでしたよ。幾月か前のコガネのラジオ塔のニュースはご存知でしょう。

 やつらは解散を宣言しましたが裏ではいまだに活動を続け諦めていない模様で」

 

「うむ・・・やつらか。もはやどれだけ口で言っても無駄だろうな」

 

サカキ、そして彼の意思を理解した者たちとは逆の道を行くのは、かつての

ロケット団幹部の特に高い立場であった四人であるアポロ、アテネ、ラムダ、ランス。

彼らの仕事ぶりは優秀であったがサカキたちと大きく異なっていたところがあった。

完全にポケモンを目的遂行のための道具とみなし、ろくに育成も世話もせずに

盗んだり奪ったり、または適当に捕まえてきたものを手持ちポケモンとしていた。

 

「だがやつらと対立してよく今日まで四人とも無事だったな」

 

「ハハハ、簡単ではありませんでしたよ。睨まれながらも組織を限界まで解体し、

 それから抜け出しました。とはいえロクに金も手に入れられませんでしたし

 しばらくは隠れて生活していましたから・・・奇跡的でしたよ」

 

「そうか・・・お前たちのポケモンは?」

 

「・・・・・・その我々のポケモンですよ。まさに奇跡と言うほかない方法で

 私たちを救ってくれたのは。コガネシティの地下街でのことでした。

 ラジオ塔の占拠が終わって間がなく、表に出るにはまだ危険、そんなとき

 とうとう私たちとポケモンたちの食べ物と金が残らず尽き・・・・・・」

 

 

 

悪辣な幹部たちと一般の団員とは違い、ポケモンを盗みや捕獲によってではなく

捨てられていたポケモンを保護し自分たちの大事な仲間としていた四人の下っ端。

幹部の中でも大将格のアポロにより命を狙われ隠れなければいけなくなっても

ポケモンたちを見捨てられず、とうとう共に死ぬか、というところまできてしまった。

 

『・・・もうこいつらに何も食べさせられねぇ。おれたちすらもう三日食ってない』

 

『ああ・・・もはやこれまでか。こうなったら・・・』

 

彼らは最後の手段に出た。このコガネの地下街、とくに彼らのいる場所は小汚く、

裏の人間も多くうろついているような場所だが、ごくまれに本物の金持ちがやってくる。

その者たちもろくな目的で足を運んでいない。様々な意味で合法でない品物の売買や

密かに女と会っていたりと、表ではとてもできない後ろめたいことのために来るので、

そのような者たちにとってはこの場にいること自体がスキャンダルと言っても

過言ではなかった。脅迫半分でポケモンを買わせようというのだ。世間でも

高い評判を得ている彼らが不本意に購入したポケモンとはいえ雑には扱わないと

信じての賭けだ。別れは辛かったが、こうでもしなければ自分たちもポケモンも死ぬ。

 

『しかし難しいだろうな。弱みを握れそうな金持ちで、世間体が傷つくとヤバい人間。

 できれば有名なポケモントレーナーがいいんだが・・・』

 

『そんなの簡単に見つかるはずが・・・・・・あ、あ、あれを見ろっ!』

 

その驚愕の声に残りの三人も一斉に振り向く。すると、いま彼らがまさに話していた、

条件を満たす絶好の人物、ポケモンバトル界のとある大物が歩いていた。しかも一人で。

これを逃す機会はないと四人は急いでその相手に近づき、さっそく交渉を始めた。

 

『おれたちは記者じゃないが・・・あんたがこんなところにいるというのが

 世に広まったらまずいだろ?取引をしようじゃないか。ポケモンを買ってくれ』

 

『・・・・・・別にやましいことなんかあらへん。でもポケモンを売るって話は

 聞いてもエエかな。で・・・誰が売ってくれるんや?』

 

『おれたち四人の計二十匹、100万でどうだ』

 

いくら彼らが大事に育てたとはいえ彼らが今商売をしている超一流トレーナーからすればもう一度最初から鍛え直さなければ使い物にならないレベルであり、しかもこのごろ

生きていくだけでも精一杯でありろくに世話もできずに見栄えは悪かった。

100万なんてとても出せない、と言われるのが目に見えており、最終的に80万

程度で手を打たせようと四人は考えていた。ところがその大物トレーナーは

じっと彼らのポケモンのうちの一匹を眺め続け、やがて立ち上がると、

 

『これはいい掘り出し物に巡り合ったで・・・!よっしゃ、買わせてもらうわ。

 でも持ち合わせが足りん。すぐ持ってくるから他のやつに売らんで待っててな!』

 

大急ぎで駆け出して行った。あまりの大チャンスに脅しのための写真も撮り忘れ、

逃げられたのではないかと普通なら思うところだが、四人にはそうは思えなかった。

そして二十分程度で交渉相手は戻ってきた。そして金を出してきた。

 

『ホレ、受け取り。これで成立、文句ないな?』

 

『・・・い、いや・・・・・・その・・・・・・』

 

四人は硬直していた。その金額を見て、すっかり石のようになってしまった。

 

『どうしたん?不満ってことはないやろ?』

 

『いやいやいや、100万だって言ったよな!?どうして1000万も多いんだっ!!』

 

なんとその大物は計1100万を現金で持ってきたのだ。その理由をこう言った。

 

『これはポケモンの売買やない。『金銭トレード』や。そしてうちが貰うのは素質を

 見込んだこいつだけや。こいつがモノになりゃあ1000万なんて安い安い。

 たったの100万ぽっちでやり取りされたっていうんじゃやる気にも響くやろ。

 だから1000万で交換や!あとの100万は手数料。残りの十九匹は

 あんたらによく懐いとるし、うちが引き離したりできんわ。飯代にでもしてくれや』

 

 

押しつけるようにして札束を渡すと大物トレーナーは喜びながら帰っていった。

本来の地下街に来た目的などすでに忘れてしまっているのだろう。確かに

買われていった一匹は最近保護した、あまり懐いていないポケモンだった。

昔からの仲間たちと大金が残り、彼らからすれば救いの神が地に降りてきたかの

ようだった。こうして無事に今日、サカキと再会するに至ったのである。

 

 

 

「フム、コガネは昔からケチなやつが多かったが本物の金持ちの異常な金の使い方も

 変わらないというわけか。金銭感覚のおかしな街だ」

 

「仰る通りです。百円の品を買うときに100万円だとかいう冗談はよく聞きますが

 その逆があるとは・・・まだ五分の一も使っていませんよ。サカキ様、

 もし今後の戦いのために必要とあればすぐにお渡しいたします」

 

「いや、それはお前たちのものだ。しかしもしロケット団のボスではない、ただの

 中年トレーナーの一人にすぎないわたしと共に歩んでくれるというのであれば

 頼みを聞いてくれないだろうか?ボスと下っ端ではない、仲間としての頼みを」

 

四人は再びサカキと同じ目的に向かって進んでいくことを切望していたのだ。

しかもいま、サカキは自分たちのことを仲間だと言ったのだ。全員がその瞳に

涙をいっぱいに溜めながら首を何度も縦に振るのだった。サカキは彼らが

落ち着くまでしばらく待つほかなかった。

 

 

「見苦しいところを・・・お許しください。サカキ様」

 

「何でもお命じください。あっ!そういや五対五の戦いをするとかいう話でしたね。

 なら我々四人がそのお供に・・・ってそりゃないですよね、ハハハ。

 私たち程度でどうにかできる相手じゃないっていうのはわかってますから。

 ではその仲間を集めるための手伝いをいたしましょうか。それともサカキ様自ら

 話をされに行く間、ポケモンたちの世話をすべきでしょうか」

 

サカキはロケット団時代の多忙なときにも、この四人以外には誰にも自らのポケモンの

世話、つまり食事やトレーニングなどの一切を任せなかった。自身の右腕とも言える

幹部のアポロをすら決して信頼せず、それは最後まで一貫していた。

 

「いや、お前たちに頼みたいのは他のことだ。それは・・・・・・」

 

サカキは今回はそれらとは全く違う指示を出した。四人の男たちは顔を見合わせる。

しかしすぐに頷くと早速サカキの命令を遂行するために走っていった。

 

 

その男たちの名前は次の通りだった。一人目の男は『ハーフ・アイスト』、通称アイス。

名の通り氷タイプの扱いがうまかったが、さすがにカンナやヤナギといった表のプロには

及ばなかった。二人目は『ペイザ・バトラー』。バトラーは格闘ポケモンを好んで使う、

富豪の執事を務めた経歴もある異色の男だった。三人目は『ルグロ・リュー』といい、

ドラゴンポケモンを愛しているが稀少な竜を手に入れるのは難しく、所持数は少ない。

最後の者の名は『ベター・ルースン・アップ』。名家の出身でありながらロケット団入り

したベターはまさにその状況に応じたポケモンを柔軟に使いこなしていた。

 

以上四人がいまサカキの前に現れ、そして与えられた指示に忠実に動いている男たちだ。

彼らであっても十日後にサカキが戦う相手たちには勝てる見込みがない。よって

サカキはこれから自ら残りの四人をスカウトしに向かうのだ。

 

「・・・・・・」

 

「問題ない。すでに決めている。まずは・・・彼のもとに向かうか」

 

スピアーと会話するかのようにサカキがつぶやく。そして移動用の鳥ポケモンを

取り出すと、時間を惜しむかのようにすぐにそこから飛び去った。

 

 

「四人中二人はおそらく難なく交渉成立といくだろう。しかし残りの二人のうち

 一人は簡単にはいかないだろう。そしてもう一人は会えるかどうかすら・・・。

 とはいえこの戦いを制するためには欠かせぬ男だ。わたしたちの五戦全勝のために」

 

そう語るサカキの顔はロケット団ボスとして策略や謀略による暗躍を企むものではなく、

純粋に勝利を得るためにどうしようかと作戦を一生懸命考える少年のようだった。

それを見守るスピアーも、どこか穏やかで優しい佇まいだった。

 

「あの五人のうち誰に当たっても互角以上に戦える者、特定の相手と当たれば確実に

 勝てる者・・・いまから連れてくる四人はそのどちらかだ。さて・・・スピアーよ、

 わたしはそのどちらのタイプだと思う?」

 

「・・・・・・」

 

「ふふふ・・・両方さ。あの五人の誰と戦おうが圧倒し、万が一の勝機も与えずに

 完勝する。そうでなければお前たちとの三年間の訓練の意味がない。すでに

 やつらの使うポケモンと作戦のパターンは把握した。負ける要素はない」

 

サカキはポケモントレーナーとして超一流のセンスを持つ男だった。ジムリーダーという

立場ゆえ、相手を毎回完膚なきまでに叩きのめすことは求められていないが、どんな

相手であってもすぐにその欠点を見つけ出し、そこを突いて勝とうと思えばいくらでも

連勝記録を伸ばすことができた。もし彼がジムリーダーをしながら裏社会の王となる

ことではなく、ただ強さを求めたのであればチャンピオンの座に就いていただろう。

しかし彼の目的地がそのようなものではなかったため、実現することはなかった。

 

「やつらは確かに今日鮮やかな勝利を得たが、あくまでそれは二対二というルール、

 それに加え自分たちは万全に調整して本調子ではない相手を奇襲した、それだけの

 ことだ。それにあのうち二、三試合は結果が逆になっていてもおかしくなかった」

 

自己過信なのではなく、あくまで冷静な判断のもと、自分と己の鍛えあげたポケモンが

十日後の戦いで快勝すると疑わない。これこそが強者の自信だった。だがそんな彼で

あったとしても無視することのできない危険な存在がいた。

 

 

「・・・・・・お前もそう思うだろう?会場でずっと敵意を向けていたではないか。

 あのフーディン・・・非常に警戒すべきポケモンだ。しかしスピアー、お前にしては

 意外だった。わたしが抑えなければいまにもやつに襲いかかりそうだった・・・」

 

サカキはナツメたちと言葉の応酬を続けている間も、裏でスピアーを全力でなだめ、

フーディンとあの場で戦うのを阻止したのだ。思えばスピアーは最初にテレビ中継に

反応を示したときからフーディンを倒すべき敵とみなしていたのだ。

 

ナツメとフーディンはトレーナーだけでなく、ポケモンたちに対しても選択を

迫っていた。無能で己の欲のためにポケモンを使う人間につくのか、新たな世界の

支配者となる自分たちに従うのか。スピアーはサカキを選んだ。愛する主人と共に

自分勝手な主張をする者たちを倒すことを決意していたのだ。

 

「できればわたしたち以外の誰もあの女との勝負となってほしくはないものだな」

 

スピアーも確かに頷いた。真に倒すべき敵はフーディン、それ以外になかった。

 


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