ポケットモンスターS   作:O江原K

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第2話 運命の一日 

この日も午前の訓練を終え、サカキはポケモンたちの昼食を自ら用意していた。

人間は彼しかいないのだから当たり前ではあるが、かつてはジムの職員、

またロケット団の部下に任せていたポケモンの食事を一人で作っている。

だがサカキはそれを喜んでやっていた。市販のポケモンフードだけではなく自分の

手づくりのものも混ぜ、彼らの体調に支障がない食材であるならば自分と同じ

ものを食べさせることもあった。もちろんポケモンたちそれぞれの好みは

全て把握している。いま何が必要かも一匹ごとにこまめに記録をつけていた。

 

「ギャパッ!ギャパッ!」

 

「うむ・・・こっちがお前のだニドクイン。ニドキング、少し体重が落ちている

 ようだから多めにしてある。他のやつにとられるなよ」

 

ポケモンたちに食事を与えてからサカキは手を止めて一息ついてから座り、

テレビをつけた。興味はないとしていたが、ポケモン界に大きな影響を

与えるその式典の様子を見るためだった。すでに始まってからしばらく

経っているようで、すでにメインイベントを迎えていた。

 

 

『では・・・カントー代表、トキワジムリーダーのグリーンさん、ジョウト代表の

 アサギジムリーダー、ミカンさん。そして現チャンピオンの・・・ゴールドさん!

 前へお願いいたします!』

 

カントーとジョウト、この二つの地方のポケモンに関わる多くのルールが今日、

改正されようとしていた。ポケモンリーグの上層部ですでにまとまった話では

あるのだが、こうして大勢の観衆とテレビを通して全国の人々の前で

人気のあるトレーナーたちが最後の合意のサインをすることで新しい決まりの

数々を世間に受け入れやすくしようとする狙いがあった。

 

(ふふ・・・こうして見るとほんとうに若者ばかりだ。一昔前ならまだまだ

 若手の年齢だったワタルあたりがもうベテラン扱いなのだからな。もはや

 わたしなどお呼びでないといったところか・・・)

 

他のポケモンたちが外でがつがつと食事をとっているなか、スピアーだけは

室内で木の実ジュースを飲んでいた。後ろ向きな気持ちになっていた主人を

気遣ってか、ふわふわと飛んできて彼の隣で動きを止めた。

 

「ふふ、心配は無用だ。むしろ彼らのほうだ、不安なのは」

 

サカキはテレビの画面を指さした。若き新世代の力あるトレーナーたちだ。

 

 

 

『・・・今回のたくさんの条約やルールの数々の締結・・・カントーと

 ジョウトが手を取り合って力を合わせなければ実現には至らなかった。

 代表者であるあなたたち二人に心から感謝を表したい!』

 

チャンピオン、ゴールドが二人のジムリーダーに握手を求める。彼はまだ

青年と呼ぶには幼かった。そのゴールドよりも少し年上に見えるトキワの

ジムリーダー、つまりサカキの後任者であったグリーンは快く応じ、

 

『いいや、お前もチャンピオンとして忙しい合間を縫ってポケモン界のために

 尽くしてくれていることにおれたちのほうこそ感謝だ。いまジョウトは

 ワタルにお前、チャンピオンを続々と排出している勢いのある土地だ。

 そことさらなる交流を深め互いのレベルアップに繋がることを期待しているぜ』

 

『・・・いいえ、まだまだあたしたちよりもカントーのほうが進んでいます。

 トレーナーもポケモンも、これからもっと強く、楽しくなるために・・・

 みんなでがんばっていきましょうね』

 

アサギジムのリーダーである少女ミカンも手を差し出して、三人の固い握手に

場内からは大歓声が上がり、カメラのシャッターが数多く切られた。

 

 

「・・・ふん。まるでショーだな。なるほど、協会のやつら・・・うまくやった

 ようだ。この熱気に自分たちの貪欲さまで隠しているかのようだ」

 

悪の限りを尽くしたロケット団を率いた男だからこそ、今回の件はポケモン界を

よくしようというよりは協会の上層部の利権と富を増し加えるのが真の目的だと

すぐに察知した。サカキはくすくすと笑うだけだった。

 

例えばモンスターボールの値上げ。いままでが安すぎたせいで多くのポケモンの

乱獲に繋がり、結果捨てられ処分されるポケモンが増えたことに対する処置だという。

また、トレーナーになるためのスクールを設けることも決まった。そこで学び、

卒業しなければポケモントレーナーとして公式に活動できないという規定だ。

そうすることでロケット団のような犯罪者集団がポケモンを利用することを

避けられる。もちろん指定のスクールを卒業し資格を得なければジムでバッジを

得ることもポケモンリーグに挑戦することもできないというわけだ。

 

「若きアイドルトレーナーたちが活躍しているために多少の値上げも購入意欲の

 衰退にはなるまい。金を払ってスクールに通うことも苦とは思うまい」

 

人々は嫌な顔をすることなくこれまで以上に協会に金を落とし続けるだろう。

いまはバブル状態、つまり絶好の稼ぎ時なのだ。ポケモン協会のトップたち、

ポケモントレーナーですらないが行使できる権力や影響力はチャンピオンの

比ではない、それだけの大物たちだった。彼らが更に潤うことになる。

多くの手数料がそのまま彼らのものとなるからだ。

 

「しかしもしもう少し早くこの改定が行われていたならばマサラタウンのレッド、

 加えてワカバタウンのゴールドもチャンピオンになることはなかっただろう。

 ある程度金に余裕がなければ手が届かない位置にポケモンを遠ざけているのだからな」

 

やがてモンスターボールは更に段階的に値段が上がり、スクールも入学するのに

狭き門となっていくのだろう。となるとポケモントレーナーとして上位に立つのは

資産のある者、政界や経済界の権力者の息子や娘が多くを占めていくことだろう。

もしくは活躍したトレーナーの二世トレーナーばかりが出てくるか・・・。

競技人口は少なくなり、レベルの低下を招く未来はサカキには見えていた。

 

加えてカントーとジョウトの交流を盛んにするというのも、実は新しくできたリニアや

旅客船の利用客を増やし、それぞれの土地の商業施設や観光地が賑やかになるための

ものだった。ポケモンの研究の発展やトレーナーの成長など表向きの理由であり、

やはり金が大きな目的だった。トレーナーやポケモンたちはその駒に過ぎないのだ。

 

 

(ふふふ、若きチャンピオンもジムリーダーたちも、ポケモンの扱いに関しては

 大人顔負けだが世の流れに関してはまだ鈍感なようだ。彼らは学がなく、

 しかも純粋だ。深く考えずに賛成してしまったのだろうな。この世の

 表と裏は実は大して変わりはしないなどという現実に気づかないまま)

 

当然ジムリーダーや四天王と呼ばれる者たちのなかにはサカキのように賢い人間たち

だっている。しかしもしここで逆らう立場をとるなら、協会の権力者によって

『冷遇』される恐れがある。それは自分のみならず、家族やジムの仲間たち、

果ては町全体までも攻撃対象にされることを考えたら、大人しく賛成するしか

道はなかったのだ。もちろんサカキがジムリーダーであった頃ならば大賛成の

立場をとっていただろう。表ではトキワジムリーダーとして、裏でもロケット団として

貪欲な者たちに最大限協力し、共に商売を成功させていったに違いない。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・だから心配はいらないと言っているだろう。かつてのわたしならこの機を

 逃さず金儲けに走っていた。しかしわたしが真に求めていたものをあの敗北が

 教えてくれた。もうお前たちを悲しませることはしないさ・・・」

 

「・・・・・・!!」

 

スピアーが喜んでいるように見えた。サカキにも伝わっていた。自分がロケット団を

解散させてからこれまでよりずっとポケモンたちと向き合って生活するようになり、

彼らは日に日に目に見えて元気になって、体のキレも増し加わっていることを。

主人が悪の道を捨てたことを彼らも安堵し、祝福していたのだ。

 

 

「こんなものを見ていたせいでいらぬ不安を抱かせてすまなかった。もう消そう。

 しかしこんな式典だというのにジムリーダーや四天王は全員いるという

 わけではないのか。彼らなりの抗議、ということなのか・・・?」

 

グレンジムのカツラ、またジョウトのジムリーダーであるヤナギ、彼らは

年寄りに長旅は堪えるから、という理由で欠席しているようだが、実のところ

この式典や多くのルール改正に心では賛同していないということを表したかったの

ではないだろうか。彼らはそこまで老け込んではいないからだ。

 

「どのみちわたしには関係のないことだ。さあ、少し休んだら訓練の再開だ」

 

「・・・・・・!」

 

サカキはテレビを消すためリモコンをとろうとした。だが、その瞬間だった。

スピアーが高速移動し、サカキより先にリモコンをとってしまった。

そしてテレビの画面をじっと見つめ始めた。

 

「むむっ!どうした?何か気になることでもあったのか」

 

サカキのスピアーはメスだった。だから彼女の気を惹くオスポケモンでも映されて

いるのか、そのくらいのことだろうとサカキは考えていた。だが、実は違った。

スピアーはある直感から、この中継を見続けていなくてはならないと思ったのだ。

 

 

 

 

ポケモンリーグの本部があり、チャンピオンを決める大会も行われる聖地、

セキエイ高原。そのメイン会場、満員のスタンドに多くの観客が集い、

ポケモンの歴史の新たな1ページが刻まれる瞬間を待ちわびていた。

 

「では・・・チャンピオン、それに二人のジムリーダー!お願いします!」

 

彼らは用意されていたペンを手に取り、カントーとジョウトのトレーナーすべての

代表という自覚を持ちながら自らの名を書き始めた。

 

「よいしょ・・・・・・ん?あれ・・・・・・え??」

 

ミカンがほぼ半分を書き終えたところだった。だが、不思議極まりないことに、

最後を書こうと手を動かそうとしたが、なんとその手にペンはなかった。

 

「・・・やだ、いつの間に・・・?緊張しているのかな?」

 

そのようなよくある話ではなかった。無意識のうちに落としたのかと足元を

探してみたが何もない。転がっていってしまったのかと思い恥ずかしい

気持ちになったが、会場からの異様などよめきが彼女の視線をもとに

戻させた。決して彼女を笑っての騒ぎではなかったからだ。

 

 

「ペンが・・・・・・浮いている!?しかもあたしのだけじゃない!」

 

「急にどうしたってんだ!?おれたちのペンが!それに・・・紙まで・・・?」

 

三人のペンと多くの条文が書かれた紙がふわふわと空中に浮いているではないか。

しかも何かに引き寄せられるようにして徐々に遠ざかっていく。その方向には

何もなかったのだが、その無の空間が歪み始めると、そこから一つの人影が

やはり突然現れた。その後ろからもう一つの人影もだんだんと姿がはっきりと

見えてきた。だがその二人組は全身を覆う黒装束を身に纏い、顔も体格も

隠れていたため何もわからなかった。ならばその声で正体を探るしかないのだが、

 

「お前たちは何者だ!いったいどこから現れたというんだ!なぜ邪魔をする!?」

 

「・・・・・・・・・」

 

何もしゃべらないのではそれも無理だった。二人のうち最初に現れたほうの手から

発せられる念力のようなもの、それがいま目の前で起きている怪奇現象の

源のようだ。やがて三枚の紙がその者のもとにまでたどり着くと、わずかな間も

ないまままとめて細かく破ってしまった。あとは念力も何もない、ただの風に乗って

紙くずはひらひらと空へ消えていった。

 

「あ・・・ああ~っ!これで完全に台無しだ・・・」

 

「わかったぞ!お前は今回の条約制定やルール改正に反対していた者だな!?

 だが残念だったな。原本はポケモンリーグ本部に大切に管理されているんだ。

 こんなことをしようがお前の思い通りには・・・・・・!」

 

突然の緊急事態に、後ろで控えていたジムリーダー、更には元チャンピオンのワタルたち

に加えエリートトレーナーたちも前へと出てきた。それでもそんな彼らをあざ笑うかの

ように、今度は二人組の後から登場した者が装束のなかから右腕を出し、

 

「・・・原本とは・・・・・・これのことですか?」

 

それが自分たちのものであると見せつけるかのように高々と原本を取り出した。

なんてことだ、と頭を抱える人々のなかで、世界で最も優秀なポケモントレーナーであり、

しかも最も近くでそれを見ているチャンピオンのゴールドは、

 

(・・・!この声・・・人間のものじゃない!ポケモンだ!それにあの腕!

 少ししか見えないけれど確かに見たことがある。あれは・・・・・・!)

 

 

いまだ混乱に包まれていたが、そのなかで正義感に満たされたある警備員の男がいた。

浮遊していた二人組が徐々に地に降下してきているのを見るや、自分が一番

近くにいたため咄嗟に行動に移していた。自らのポケモンとともに。

 

「・・・いくぞっ!キュウコン!やつらを取り押さえろ!」

 

「コ―――ン!」

 

キュウコンを繰り出して、乱入者二人を制圧しようとした。ところが、

 

「サイケこうせん―――――っ!!」

 

「ギュ・・・ギュガァ―――――ッ」

 

一撃だった。とびかかった勢いそのままに弾き飛ばされ戦闘不能となった。

だが、キュウコンのおかげでいまサイケこうせんを飛ばした者の装束が

外れ、その正体が明らかになった。

 

「・・・こいつはポケモンだ!そしてやはり・・・!」

 

ゴールドの読みは当たった。エスパーポケモン、フーディンだった。

 

「き、キュウコ―――ン!よくも・・・!きさま――――っ!!」

 

愛するポケモンが一瞬で重傷を負わされ、怒りに燃えた警備員が、フーディンの

前に立っていたもう一人の黒装束をはぎ取った。だが、その正体に彼は

驚愕のあまり怒りを忘れてその場に立ちすくんでしまった。

 

 

「そんな・・・!な・・・なぜあなた様が・・・!?」

 

「フン!」

 

やはり彼も謎の力によって吹き飛ばされ、キュウコンの隣に叩き落された。

彼だけではない。この場にいたトレーナーたちもまた、我が目を疑い動けずにいる。

 

 

「ど・・・どうして・・・ナツメさん!」

 

 

黒装束を外してもなお、黒とえんじ色という暗く濃い服装に全身を包む、

ヤマブキジムのリーダー、ナツメ。後ろにいるフーディンは彼女の

ポケモンだった。ナツメは彼らの動揺など意にも介していないようだったが、

もともときつい目つきのナツメはその鋭さをいっそう増し加えた。

 

 

「・・・答える義務はないが・・・どうして、なぜというのなら・・・・・・

 私腹を肥やすポケモン協会とその犬であるお前たちの排除のためだ―――――っ!!」

 

 

 

テレビですべてを見ていたサカキはナツメの姿に表情を険しくした。彼女こそ

サカキが『非常に厄介』と評したその本人であったからだ。


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