ポケットモンスターS   作:O江原K

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第20話 覇王の凱旋

 

サカキが空を飛び最初の交渉に向かうのとほぼ同時刻―

 

海と山々に囲まれたワカバタウン。人口も少なく、だからこそポケモン研究所が

あると言っても過言ではない。そこにこの地が生んだ若きヒーローが帰ってきた。

チャンピオン、ゴールドの凱旋だ。大事な式典を台無しにされたその日のうちに彼は

ワカバタウンに戻り、ポケモンたちの調整に励むことに決めたのだ。

 

「ここが・・・ゴールドさんの生まれ育った・・・いいところですね!」

 

彼についていくと後を追ったミカンもいた。決してお世辞などではなく、ゴールドの

故郷を素晴らしい場所と言った。チャンピオンの出身地であるにも関わらず、

よい意味で静かだった。都会に疲れたならばこの地は必ず癒しを与えてくれるだろう。

ただ宿泊施設もほとんどないため、ほんとうに商売っ気がないのだと思わされた。

 

「ほんとうに森が多くて空気も・・・あれ、あの建物は?」

 

ミカンはこの山奥の街に似合わぬ、ポケモン研究所とはまた別の大きな施設を

目にした。これだけ土地が余っているのでそれ一つで環境が破壊されるという

話はありえないのだが、すでに日が暮れているのにいまだ電気が眩しかった。

古くからの建造物や民家ばかりの中で、かなり新しい建物なのも気にかかった。

 

「ああ、あれはポケモンジムに似たような、教室みたいなものです。ポケモンの

 捕まえ方や育て方を教え、当然バトルの練習もします。誰でも歓迎ですが

 やっぱりこれからトレーナーを目指す、ぼくよりも小さな子どもが多いですね」

 

実はこのポケモンスクールと呼ばれる施設はゴールドがチャンピオンになってから

少し経ったのち、彼が自らの金で建造し、開設したものだった。彼はその若さで

すでに多額の賞金を獲得していた。連戦連勝であり、『覇王』と呼ばれていた。

 

「じゃあさっそく・・・始めますか?」

 

ミカンと共にトレーニングのためにスクールへ向かうゴールド。すると二人の

もとに一人の少女が現れた。青い髪の快活そうな乙女だった。小さな草ポケモン、

チコリータが彼女と離れずについてきていた。

 

 

「あれ・・・帰ってたんだ。家でおばさんにはもう顔を見せたの?」

 

「ああ、クリスか。いや、先にポケモン鍛えてから行こうと思ってんだよ」

 

クリスと呼ばれるその少女とゴールドは同じワカバタウン出身の幼馴染だった。

二人で話し込みながら歩いていく。ついさっきまで二人きりだったのにすっかり

ゴールドを取られてしまったミカンはどうにか小走りしながら追いついた。

 

「・・・ゴールドさん、その方はどなたです?」

 

「あっ、紹介が遅れてすいません。こいつはクリス。昔からの付き合いで同い年です。

 本名は『クリスエス・クリスタル』だからクリスって呼んでいるんですよ。ワカバで

 一番の名家クリスエス家の長女、まあ所詮は田舎の金持ちなんですが・・・。

 ミカンさんもこいつのことはクリスって呼んでやってください。クリクリちゃんとか

 言うと怒られますよ。ぼくは一度それでぶん殴られて・・・・・・」

 

「一言・・・いや二言余計。ところでそっちの小さな子は?誘拐でもしてきた?」

 

ゴールドと同じということはクリスも自分より三つは下のはずだ。ミカンは憤り、

 

「あたしは!あなたよりも年上で!アサギジムのジムリーダーを務めている

 ミカンといいます!クリスエスさん」

 

「ふーん・・・ところでゴールド、大変なことになってるみたいじゃん。テレビで見た」

 

それを知っているのであれば常にゴールドのそばで画面に映っていたであろう自分を

知らないわけがないじゃないか、ミカンはクリスに舐められているのだと理解した。

その後も熟年夫婦のように会話を続ける二人に苛立ち、割って入った。

 

「クリスエスさん、ゴールドさんとの特訓はあたしが相手をしますから!あなたは

 大丈夫です。あなたのポケモンではこのレベルには・・・・・・」

 

ミカンはそこまで言いかけたところで考えを改めた。クリスエスがチコリータという

進化もしていないポケモンを連れていることからただの初心者のように思っていたが、

そのチコリータを少し見ただけでゴールドの練習相手に力不足だというわけではないと

わかったからだ。素人は気がつかないだろうが、チコリータはかなりの高レベルだった。

 

「・・・いや、そうではないようですね。でもなぜです?進化させないのは・・・」

 

「進化したくないんだって、この子が。でもやっぱりジムリーダーってすごいのね。

 一目見ただけでわかるなんて。ならもう一匹見せてもいいかな・・・・・・」

 

クリスがモンスターボールを出した。そこから出てきたのは、

 

「・・・・・・スイクン・・・・・・!?」

 

ジョウト地方に伝わる伝説の聖獣の一匹、スイクンだった。それが捕獲されているうえに

クリスに大人しく従っている。クリスのトレーナーとしての底知れぬレベルの高さを

証明していた。ミカンはもはや彼女に関して何も難癖をつけることはできないのだ。

 

「そういやお前どうしてジム巡りしないの?ポケモンリーグに挑戦できるぜ」

 

「興味がないから。野試合のほうが面白いし」

 

コレクターや、ただかわいがるためにポケモンを持つトレーナーもいる。クリスは

戦うこと自体は控えないが、公認バッジの獲得やプロとして活動することを望んでは

おらず、位の高い公式試合に参戦するための登録を全くしていなかった。だがもし

彼女がその気ならジョウトの八つのジムの制覇、それに大会の優勝などは容易いだろう。

 

 

「さて・・・今日はもう時間もないな。軽い運動だけさせて終わらせるか。

 じゃあおれは先に行って準備するから・・・ミカンさんも後から来てください」

 

「いいって。それくらい手伝う。私も行くよ」

 

「あ、あたしも!」

 

結局三人で向かい、この日の講習が終わったスクールの一室、トレーニングルームの

今日、そして明日以降の準備を始めた。セキエイ高原の本部にあるチャンピオンや

四天王専用の施設とほぼ同等の性能を備えており、飛躍的なコンディションアップと

バトルのための調整をするのに最高の場所だった。そんななか、クリスが唐突に、

ゴールドに対しにやけながら質問をした。

 

 

「ところで・・・チャンプ様ともなると女の子もたくさん寄ってくるんじゃない?

 気になってる子とかいるの?選びたい放題でしょ、いまは」

 

「な・・・な・・・!ちょっと・・・クリスエスさん!」

 

ゴールドではなくミカンが口をパクパクとさせながら動揺をあらわにする。すると

クリスは彼女の耳元で、ゴールドには決して聞こえないようにささやいた。

 

「・・・いいじゃない、気になっているんでしょ、ミカンちゃん?あなたがずっと

 聞きたくても聞けないことを聞いてあげたんだから感謝してもらいたいものね」

 

「・・・・・・だからあたしは年上です!ミカンちゃんというのはやめてください」

 

「まあまあ。いま大事なのはそこじゃないでしょう、ミカンちゃん。ま、どうせあいつの

 ことだしポケモンが恋人とか、それに近いことを言うに決まってるから安心していいわ」

 

 

ミカンはゴールドに好意を抱いている女性が多いことを知っていた。彼がチャンピオンと

なったとき、その歓喜の輪で彼に多くの女性が近づき、そのうちの多くが自分と同じ

感情をゴールドに向けている、というのがわかったからだ。

 

『とうとう決まった――――っ!先代チャンピオンの後を継いで三年もの間その座を

 守り続けてきたドラゴン使いのワタル、ついに轟沈――――っ!若き新王者の

 誕生だ!その名はゴールド!新世代の覇王がここに誕生だ――――っ!!」

 

『やった――っ!ゴールドさん、ステキ――――っ!』

 

『さすがは私を倒しただけあるわ。負けないという私との約束も守ってくれたわね』

 

有名なアイドルであるクルミが世間体も気にせず彼に抱き着き、またフスベジムの

リーダーイブキも、縁の深いワタルが負けたというのにゴールドの勝利を喜んでいる。

消極的なミカンはその輪の外のほうにいるだけで、彼女たちとの差を感じた。

いまは女性たちに興味がないとはいえ、のんびりしていると危ないという危機感を

抱いていたので、今回彼と共に同行し、少しでもどうにかしたかったのだ。

その作戦をも年下であり初対面のクリスに見透かされている気がした。だから彼女は

自分をからかうような質問をしたのだと思っていた。しかしこの後の展開はミカンにも、

そしてクリスにとっても意外なものだった。

 

「・・・ああ、いる。常にこいつのことばかり考えている女が」

 

「・・・・・・えっ・・・うそ」

 

クリスが明らかに動揺している。先ほどまでの余裕や笑顔が一切なくなっていた。

そんなことに全く気がつかないゴールドは、聞かれる前にその人物の名を言った。

 

 

「・・・コガネシティのアカネ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「今日いろいろあったことで再びその思いが改めて強くなった」

 

「ア、 アカネ・・・ああ・・・コガネのジムリーダーの・・・あ、そう・・・。

 頻繁にラジオに出てるしテレビでも見かけるけど・・・あーいうのがあんたの

 好みってわけね・・・・・・そっか・・・」

 

 

ふり絞るように言葉を口にするクリスはひどく沈んでいる。すると今度はミカンが

ゴールドには聞こえないほうに彼女のもとに近づくと笑みを浮かべながら、

 

「ふふふ・・・違いますよ、クリスちゃん。安心していいんです」

 

「・・・・・・は?」

 

「そういう意味で言っているわけじゃありませんよ、ゴールドさんは」

 

アカネの名が出た時点でミカンにはわかっていた。テレビには映っていない、

その現場にいたからだ。彼がアカネに向ける感情は決して好意的なものではないことが。

 

「・・・あいつだけは許せない。この手で粉砕してみせる。圧倒的な差で叩き潰し

 打ちのめす。どうやって完璧な敗北を与えてやろうか・・・ずっと考えているのさ」

 

ゴールドにそのような相手がいなかったことに安堵するクリスだったが、微笑む

ミカンの顔からして、自分の本心がばれてしまったことは失敗であったし、

それにもう一つ、ゴールドの尋常ではないアカネへの憎しみに懸念を覚えた。

 

「・・・あいつがあんな顔をするなんて。いったい何があったの?」

 

「さ、さあ・・・クリスちゃんなら知っているものだとあたしも・・・」

 

二人ともゴールドがこれほどまでにアカネを許し難い敵とみなしている理由を

知らなかった。聞いてみようかとも考えたが、彼の傷をえぐることになりそうだったため

二人は聞かないことにした。必要ならば、また時が来れば彼自身が口を開くだろう。

それまでは触れるべきではない、そう結論した。

 

 

 

「あらあら、たまに帰ってきたかと思ったら両手に花ね」

 

ゴールドの母は彼を家に入れると、続いて入ってきたクリスとミカンを見て微笑んだ。

そして息子に久々の手料理を食べさせるために台所に戻っていった。

 

「両手に花・・・?どういう意味なんだ・・・?」

 

母の言葉の意味を理解できずに玄関で立ち止まるゴールド。クリス、それにミカンは

互いに顔を見合わせて苦笑いする。そして次に二人でどうすべきかを確認し、頷いた。

まずはクリスが先に動いた。

 

「・・・どれだけ賞金を稼いでもあんたはまだ子どもね。こういうことよ!」

 

ゴールドの右腕に抱きついた。彼女の両の胸の感触が伝わってきたゴールドは慌てて、

 

「な・・・な・・・何やってんだよ!早くどけよ・・・」

 

いまはクリスを直視できないのでミカンに助けを仰ぐようにして視線を送った。

ところがミカンまでもがクリスと同様にゴールドの左腕に抱きついてきた。

上半身だけでなく全身を使っているので身体のあらゆる部分が彼に触れていた。

これにはゴールドも顔を真っ赤にし、口をぱくぱくとさせるだけしかできなかった。

 

「・・・やりすぎちゃったか。私もこんなことをするのは初めてよ」

 

「それを聞いて安心しました。あと・・・ゴールドさんも一応こういうのを

 意識する男の子だったってこともわかりましたし・・・そろそろ起こしましょうか」

 

ぽーっとしているゴールドを軽くぺちぺちと叩く。意識がどこかに飛んでいた彼が

呼び戻されるようにして帰ってきたが、クリスはいつも通りの接し方だったし、

ミカンもあのような行動に出るような素振りは一切なく、母親にも礼儀正しく接していた。

 

(・・・夢か?疲れてるのかな・・・今日はいろいろあったからな・・・)

 

彼の中であまりにも現実離れした出来事だったため、夢だと疑わなかった。

夕食の後はクリスは自分の家に戻り、ミカンはゴールドの家の使っていない部屋に

泊まった。ゴールドはどうにもよく寝つけない夜を過ごした。

 

 

そして翌朝、ゴールドとミカンはクリスと合流し、ゴールドのポケモンたちを

鍛えるためにトレーニングに向かう。彼の試合のために登録しているポケモン、

それはなんと100体を超える。どんな相手が挑戦者としてチャンピオンの座を

狙ってきたとしても返り討ちにできるのだ。もちろん四天王と呼ばれる者たちも

同じポケモンばかり使っていると疲労がたまり、戦術のパターンを読まれ連敗する

恐れがあるため、控えや育成中のポケモンを含め数十体の登録を済ませている。

ジムリーダーたちも相手のトレーナーのレベルに合わせて使い分けをしなければ

ならない都合上、ほとんどのリーダーが四天王と同じだけの数のポケモンを

公式試合、またジムバッジの認定試合で使用する。よって全てのポケモンの

管理や育成を一人でこなすのは不可能であり、人を雇うことがほとんどだった。

 

「そういうのがいやで私はあんたたちの世界には行きたくないの。わかる?

 監督と選手、調教師と動物みたいな関係になるのがいやで・・・でもその点

 あんたはよくやってる。それにミカンちゃんも。そのなつき方を見ればわかる」

 

「ふふ、あたしは他のジムリーダーの人たちに比べたら使っている子は少ないですから。

 クリスちゃんのポケモンのようにもっと手入れもしてあげたいんですが・・・」

 

初対面ということもあり昨日はどこか緊張した空気が流れていたように見えた二人も

今日にはすっかり仲良くなっている。ゴールドも安心して二人の前を歩いて行った。

ところが二人の会話の中身はゴールドの思うところとはかけ離れたものであった。

 

「しばらくは協力関係を結ぼうじゃないの。まずは他の対抗馬たちを意識させなく

 なるほどに私たちに気持ちを向けさせて・・・」

 

「はい、それからあたしたちで一騎打ち!というわけですね。望むところです!」

 

 

ゴールドのトレーニングは早朝から始まっていた。普通のエリート、エキスパートで

あれば数十体のポケモンを本部に登録していたとしてもメインで使用するもの、控え、

育成枠などランクが分けられているため、今回のような負けられない戦いに備える

のであればそのうちの五、六体を選ぶだろうが、ゴールドは自身のポケモン全てに

同じように訓練を施し、愛情を注いでいた。それも彼の持つ天賦の才だった。

 

「そういやミカンちゃんはなんであいつのことを?」

 

「ええ。あれは初めてゴールドさんと会ったとき、灯台の・・・・・・」

 

とはいえゴールドは今回の相手をアカネにほぼ絞っている。彼女を確実に打ち砕き、

屈服させるためにふさわしいポケモンのコンディションを上げることに重きを置いた。

尊敬するハヤトを倒されたことで彼女への憤怒の思いは増し加わっていたからだ。

 

(ハヤトさん、必ずあいつを倒して仇を討ちます。それに・・・・・・)

 

 

クリスとミカンがゴールドとさらに緊密になるためには、『それに』の先を知ることと、

彼の心を占める割合をあのアカネよりも上げることが大前提だといえるだろう。

 


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