ポケットモンスターS   作:O江原K

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第23話 超能力の封印

「・・・・・・・・・」

 

ナツメの別荘での二日目の夜。またもナツメによる豪勢な食事が振る舞われたが、

一人アカネだけは黙々と無言で食べ続ける。どうやらふてくされているようだ。

 

「・・・これは珍しい・・・いや、そういえばナツメ、あなたとこの子は真剣勝負に

 近い形のバトルをついさっきまでしていましたね。それが関係しているのですか?」

 

「そうに決まってるでしょ。私とカンナはちょうど最後だけ見ていたわ。結果は

 6対0のパーフェクトゲーム・・・話にならないとはこのことね。惨敗よ」

 

ナツメはその勝利を当たり前のことのように思っているのか無表情で、試合内容を

語ることもなかったが、アカネを煽るのはむしろ他の者たちだった。

 

「でも意外だったわ。遊びみたいなバトルならともかく真剣勝負のバトルで負けたら

 周りも気にせず泣きわめくのがあなたの専売特許だったはずなのに・・・」

 

 

するとアカネが立ち上がり、テーブルを両手で叩いた。思わず皆の食事の手が止まる。

 

「・・・負けてへん・・・あんなもの・・・勝負のうちに入るか!」

 

「なるほど。自分が負けを認めなければ負けではない、だから泣くこともない・・・

 ほんとうに自分中心の考え方ね。6対0なんて・・・あはは、まあ確かに

 勝負と呼ぶのもばからしいわね。もう大人しく家に帰ったらどう?」

 

「やかましい!だってインチキや!ナツメ、あんたは汚い手ばかり使いよった!」

 

インチキ呼ばわりされ、ナツメがフォークを置いた。とはいえ何かを反論する

感じでもないのでアカネがさらに続けた。敗北を認めないために皆に訴える。

 

「みんな、聞いてくれや!こいつはとにかくズルい!うちがポケモンに指示を出している

 間に命令どころかサインも出さずにガンガン攻めてきよる!こっちが一回攻撃

 する間に二、三回は好き勝手行動するんやで?ひどいとは思わんか?」

 

その話を聞くとナツメ以外の三人は黙ってしまった。もしこれが最初から行動を

全て教え込み覚えさせたのであれば、まあできないことはない。しかし完全に

ノーサインでポケモンが自ら考え、バトルを展開するのであれば恐ろしい話だ。

そこまでにするためには相当の訓練とポケモンの知力が必要であり、主人の

ナツメの意向をしっかりとわかっていなければ不可能だ。歴代のチャンピオンですら

その都度命令を出さなければポケモンは的確な行動をとれないのだから、ポケモンは

トレーナーを、またトレーナーはポケモンを完璧に信頼していなければノーサインでの

戦いなどできるわけがない。インチキではないが、確かな脅威であった。

だが、続くアカネの言葉により流れは大きく変わった。

 

 

「・・・まあそれはエエ。問題は時々指示を出すそのときのほうや!サイコキネシスとか

 命令してビビらせておいて実際にはかげぶんしん・・・。逆にまもれ!と叫んでも

 あんたのポケモンは攻撃してきよった。これは明らかな違反やろ!」

 

それに対し、神妙な顔つきになっていた三人は噴き出した。つい今まで大真面目に

ナツメの底知れぬ強さについて頭の中で考察していたのがばからしくなったからだ。

そして彼女たちはアカネの味方になった。とはいえ彼女ほど真剣ではないが。

 

「あははははっ!そりゃあダメよナツメ!インチキと言われても仕方ないわ!」

 

「・・・・・・」

 

「公式戦だったら即失格よ、トレーナーが自分の口で相手を騙して試合を優位に

 進めようなんて。いや・・・そのへんの野良試合でも喧嘩になるわね。

 心理戦だとしてもそういうやり方は・・・・・・」

 

例えば相手に残り何体ポケモンが残っているか、また回復薬の使用が許されている

バトルの場合、あとどれほど手元に薬があるか・・・もしそこで大声を張り上げ、

もう何も持っていないのにかいふくのくすりとげんきのかたまりがそれぞれまだ

数十個はあると告げたら相手は勝てる勝負を降参するだろう。ポケモンが言うことを

聞かないならともかく、故意に出そうとしている技とは違う技名を叫んで相手を

混乱させようとするのもフェアプレー精神に反し、現に公式で禁止とされている。

ナツメの行為は確かに反則だった。これではアカネが怒り負けを認めないのも当然だ。

こうなるときっとノーサインでの攻撃も何らかの裏があるのだろう。

 

 

(・・・しかしナツメであればそんなことをしなくても問題なく勝てたはず。

 なのにわざわざ・・・その理由は?)

 

「ふっふっふ・・・残念やったな。これだけ圧勝したらうちが諦めてあんたの

 手下にでもなると思っとったのなら大甘の甘ちゃんや!」

 

「・・・・・・・・・」

 

(おそらくは・・・いくつか考えられるとはいえ・・・・・・)

 

ナツメは自らとフーディンの野望の実現のため、残る四人を手駒だと言った。団体戦で

戦う以上、だれか一人でも調子を落とされては困る。普通に戦ってアカネを完封すれば

彼女は自信を喪失して本番で使い物にならなくなる恐れがある。こうしておけばアカネの

プライドは守られ、逆に『ナツメは反則をしなければ自分に勝てないと思っている』と

信じ込ませ、彼女のやる気と自信が高まっていくことだろう。

 

「もしくはこうですね。しつこくバトルを要求されるだろうから黙らせるために

 圧勝を演じてはみたものの意外とアカネが思ったほど頭が悪くなかったせいで

 不正に気がついて大騒ぎしている・・・そんなところでしょうか」

 

エリカが誰にでも聞こえるようにずばりと言った。そういうことは心の中で言うだけに

しておけ、間違っても当人の前で口にするな、そのような視線などお構いなしだった。

 

「はぁ!?おい、そうなんか?エリカの言う通りうちを面倒に思ったんか!?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「返事をせい――――――っ!何とか言うてみいコラ――!!」

 

何も答えないナツメの胸ぐらを掴みぶるんぶるんと揺らすアカネ。激しく憤っていた。

 

 

「あーあ、こんなことなら真面目に戦ってねじ伏せてやればよかったのに。もしくは

 もっとうまく騙せばね。あんたのことだから相手の心を読んで作戦が筒抜けって

 いうのはじゅうぶんありえる。エスパー少女とか呼ばれているものね」

 

「いや、うちもそれは薄々感じてたで。こっちがポケモンを交代しようと思ったら

 見透かしたかのようにかげぶんしんやリフレクターで積み重ねてきよった。

 逆にうちがそういう技を使おうとしたらガンガン攻めてきたんや」

 

するとここでナツメは立ち上がり、一度どこかへいなくなったかと思うとこの日の

朝同様、膨大な量の資料を抱えて戻ってきた。そして四人にそれを渡した。彼女たちが

それに目を通すと、そこには何と彼女たち自身に関する記録が載せられていた。

この戦いが始まる前からナツメは主要なトレーナーのデータを集め、戦術や

攻守の偏りなどを徹底的に調べ上げて分析していた。

 

「これは・・・!公式戦で使った私のポケモンがひとり残らず・・・!

 使用頻度や技の組み立て・・・完璧な研究だわ」

 

「ポケモンだけじゃない、私たちそのもののデータまで!交代のタイミングや

 細かい癖まで余すところなく書かれている。数百試合分はあるわね・・・」

 

ナツメがこのデータを公開したのは、自身の信念を明らかにしたかったからだ。

 

「・・・わたしはバトル中に超能力を使ったりはしない。それこそ不正であり

 インチキそのものだ。わたしはバトルで勝利することを無上の喜びとしている。

 そのために寝る間も惜しみ些細なデータの収集も惜しまないというのに自ら

 ポケモンバトルを汚すなどということがあるか!」

 

「・・・・・・」

 

「だからあなたたちの思考や戦術が読まれていてもそれは超能力とは真逆、

 確率や経験による分析だ!それに気がつかないのであれば一週間後の戦いでも

 痛い目に遭うぞ!サカキ以外は誰が来るかわからないあの連中に対してこちらは

 全員顔も戦力となるポケモンも割れている。研究されているというわけだ」

 

しかも五人はいずれもジムリーダーに四天王といった有名人だ。映像も記録も

公のものが数多く残っている。一般のファンですら何回もビデオを再生すれば

致命的な癖を見抜けてしまう。もっとも、その程度で負けてしまうようでは

彼女たちはとっくに今の立場にはいないだろうが。

 

 

「言われてみれば・・・ってバトル中にここまでは見られないでしょ?でもせっかく

 こんなものを見せてきたってことは・・・癖を直さないといけないわね」

 

ところがナツメは資料に手を伸ばそうとするカリンの手を制し、そのまま皆を

見下ろせる位置に立ち、目つきを鋭くして言った。

 

「いいか、長年染みついた癖や戦術の偏りをいまから直そうとしても無駄だ!

 リズムが乱れるうえに新たな癖が出てくるに決まっている!」

 

「じゃあ何もするな・・・ということ?」

 

「あのサカキのような己の実力に酔っている愚か者なら何もする必要はない。

 だがわたしたちのことをわたしと同じほどに研究してきたやつがいたならば

 そのときは癖を利用してやれ!そのやり方まで説明してやる必要はあるまい!」

 

食事のひと時、ナツメはずっと柔らかい表情だった。しかしいま同じ人間とは

思えないほどに黒いオーラを発しながら座ったままの四人に対して語勢を強めた。

 

「わたし以外の何人が次の戦いで勝ち残るかは知らないが何としても最低二人は

 勝利しサカキをはじめとした邪魔者どもを排除することは大前提!だがその後は

 わたしたちの間で誰が最も強いかを決めることになる。最終決戦と呼ぶに

 ふさわしいバトルでこのわたしを失望させるな!わたしの僅かな隙を突き

 読み合いを制し、人もポケモンを限界を超えて楽しませてみせろ!」

 

「・・・あなた程度軽く捻ってやる。限界なんか超えなくても超能力を使わない

 あなたなんて何も怖くない。特別な対策もいらないわ」

 

「そうか・・・だが警告してやろう!あなたたちは嘘をついている!昨日の

 試合の際に五人全員がそれぞれこの戦いに参戦した理由を語ったが五人中

 なんと四人は真実を口にしていない!それが意図的であれ無意識のうちであれ、

 己の真の悲願を明らかにしないことにはわたしを倒すことはできないと思え!」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

 

カンナは女性トレーナーの地位の向上、カリンは多くのポケモンが活躍するために

大会の種類と数を増加させることを目的としていた。またエリカは『ポケモンマスター』

と呼ばれる者となるために、アカネは未熟な自分を変え、成長することを目指していた。

そしてナツメ、彼女はポケモンと人間の関係を新たなものにすると言う。共にいる

フーディンによれば、ポケモンが人を支配し人がポケモンに仕える世に変え、

またいまポケモンを虐げている者や実力が足りないのにポケモンを戦わせるトレーナーを

有罪とし、制裁と粛清によって除き去ることによってそれを実現させるのだ。

 

「これに関してもわたしは心のなかを覗いたりはしていない。しかし確実に言えるのは、

 あなたたちは嘘偽りのオーラに満たされている。もうすでに心当たりがある者も

 いるのではないか?仮に自覚はなくともいずれ露わになるのだ!ならば敗北が

 確定的になった絶望の淵で後悔する前に早い段階で素直になることだ!」

 

誰も何も答えなかった。ナツメのこの言い方からすれば、彼女以外の四人はみんな

嘘をついているということになる。ほんとうの自分の目的、希望、夢を明らかに

しなければナツメへの勝ち目はない、という言葉も引っかかる。果たしてそれが

ポケモンバトルにどう影響するというのか。

 

「別に強要はしない。このまま戦いに臨めば最終的にわたしは楽に勝てるのだから。

 だが何度も言うがわたしはバトルを楽しみたいのだ!全力を出し尽くした本気の

 勝負を制してこそ勝利から得られる喜びも最高級のものとなる!あと一週間、

 決戦の日までそのことも思いに留めて自分とポケモンの調整を・・・・・・」

 

 

捲し立てるように言葉を続けたナツメが急にそれを中断し、しばらく口どころか

体全体が活動を停止しているように見えた。呼吸をしているのかも疑問だ。

 

「・・・・・・ど、どうしたのよ急に・・・・・・」

 

「むむ・・・すまない。念波を受け取っていた。あとは確認するだけか」

 

元に戻ったかと思うと今度は急ぎ足で動き出し、パソコンの電源を入れた。そして

ポケモンリーグ本部のサイトにアクセスする。約一週間後の自分たちが

主役ともいえる対抗戦のチケット販売の頁を確認した。ナツメ以外の四人も

何があるのかと脇や上から覗き込むと、我が目を一度は疑う数字がそこにはあった。

 

「・・・!!座席の値段が十分の一になっているわ!ゼロが一つ少ない!」

 

「あの金儲け主義の協会がよくこんなサービスを・・・まさか私たちじゃあ

 客が集まらないからってわけでもないでしょうに」

 

確かに衝撃的な画面だった。もともと高すぎと指摘されていたセキエイ高原での

最高峰の戦いの試合のチケットが、突然大幅な値引きだ。いたずらなどではなく、

これが公式の値段指定だった。だがわざわざこのことをナツメは念波で知ったと

いうのか。実のところ、更に大きな意味があった。ナツメは四人に対して言った。

 

 

「・・・思ったより早く終わったようだ。あなたたち、この屋敷に強引に連れてきて

 しまったが・・・もう帰っていい。わたしのことを胡散くさいと思っているのだろう。

 本番まで各々好きな場所でトレーニングに励むといい」

 

「・・・・・・は?」

 

「このチケット代の改正はわたしがフーディンと定めていた『しるし』だ。

 わたしたちの魂に害をもたらそうとしていた者たちは無力化された。危険は

 すでに去ったということだから、この山奥に籠る必要もなくなったというわけだ」

 

フーディンは協会の長老たちを除き去った後、改竄を行った。実際にはこの入場料で

グッズや飲食代なども含めたら収益が得られるのであり、値段は適正化されたのだ。

『無力化』という言葉をナツメは選んだため、まさか最高権力者の会長を含めた長老団を

皆殺しにしたとは誰も考えない。ほんの少し監禁しているとか心身を操っている、

それくらいのことだろうと思っていた。それでも十分重罪であるが、フーディンが

一切証拠を残さずに全員を殺害したとわかっているのはナツメだけだった。

 

 

「せっかくだから残った夕飯を食べてから出ていったらどうだ?帰りはわたしが

 それぞれ好きな場所へとテレポートで送り届けてやるぞ」

 

「・・・・・・」

 

ところがナツメの予想は外れ、食事後も誰も帰ろうとしなかった。彼女たちが言うには、

 

「・・・いいえ、このままここにいるわ。スタジアムにトレーニングルーム、

 一日過ごしてみてわかった・・・とてもレベルが高い。戦いの日までここで調整を

 続けさせてもらうわ。最高の戦いがしたいんでしょう?なら嫌とは言わせないわ」

 

「私も残る。ニュース見たらセキエイは閉鎖されちゃったみたい。あの施設が

 使えないとなったらもうこの家しかないでしょ。あんたの料理の腕は本物だしね。

 いろんな気になるデータも見せてもらえるんでしょう?凄い量だったわね」

 

「そういえば私の部屋のベッド・・・あれはとてもよいものですね。後でメーカーを

 教えてもらえませんか?自宅とジムに一つずつ欲しくなりました」

 

あれだけ文句を言っていたのにしょうがない連中だ、とナツメは吐き捨てた。

しかし自分と自分の用意したこの別荘の評価が高かったことに関しては思わず

笑顔になっていた。この賑やかな空間を悪く思ってはいなかった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

一方で、一番騒がしいはずのアカネはほとんど無言のまま就寝の時間となった。

最初は誰よりもうるさく敗北を認めないと叫んでいたが、あるときを境に

話の輪に加わらなくなり、リアクションも薄かった。四人の客人にそれぞれ

個室が与えられていたが、街灯がないため電気を消せば完全な暗闇となる室内で

アカネはベッドではなく床に座っていた。ナツメの強さを改めて思い返していた。

 

心が読まれているとしか思えない抜群の判断はあくまでデータによるもの、また

自分以上に自分のことを研究し尽くし、またポケモンのことを考えている。

ポケモンの食事にまであれほど気を遣っているのだ。強くて当然だった。

 

「・・・・・・うっ・・・!うううっ・・・・・・!!」

 

ベッドに顔を突っ伏して声を抑えながら泣き始めた。敗北を認めたからだ。たとえ

バトルで負けてもポケモンへの愛情や熱心さは誰にも負けていないと自負していたのに

自分の甘さを叩きつけられたうえでの、完敗だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

まだ泣き足りず、感情が落ち着かないままだったが、突然がさごそと物音が聞こえた。

何かを漁っているのか、まさかこの屋敷に泥棒が入るとは思えないがどうしても

気になってしまったので部屋を出て警戒しながら音のするほうへ歩く。すると、

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・ナツメ!それは・・・ワイン?」

 

皆が寝静まったのを確認してから一人で晩酌を楽しもうとしていたようだ。

いかにも高そうな赤いワインを持ち歩いているナツメと目が合ってしまった

アカネは自分から近づいていった。そもそもこっそりとやましいことを

しようとしているのは向こうのほうだと強く出ることにした。

 


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