ポケットモンスターS   作:O江原K

24 / 148
第24話 誤算

自分以外の誰もがすっかり寝たころを見計らい、外国のワインで秘密の晩酌をする

準備をしていたナツメだったが、自分に負けた悔しさで眠れずに起きていたアカネに

見つかってしまった。目が合った瞬間こそ驚いているようだったが、アカネが

近づいてくると余裕の笑みを浮かべていた。ばれてしまったが、だからどうしたと。

 

「・・・うちらに内緒で立派なワインを独り占めかい」

 

「文句を言われる筋合いはないが、ならば共に飲もうじゃないか。それで気は収まるか?

 しかしあなたは確かまだこいつを飲んでもいい年齢ではなかったはず・・・」

 

「そんなら心配せんでええ。うちは二歳のときからオトンに面白半分にビールを

 飲まされて育ってきたんやで。英才教育ってやつや。問題はあらへん」

 

「ふふふ・・・まあいいか、そこから適当に気に入ったグラスを出すといい」

 

口封じのつもりなのか、誘いをかけてくる。アカネはそれを拒まなかった。

ナツメの酒を飲みたいと思っていたわけではなく、狙いは別のところにあった。

 

(・・・こうなったらナツメからいろいろ盗んだる。酒が入れば普段なら絶対に

 喋らんこともついポロリと・・・あの強さの更なる謎に迫るんや)

 

ワインを注がれても香りを楽しむと言い張りながら誤魔化し、自分は全く飲まずに

ナツメを酔わせてしまおうという魂胆だった。いかに『英才教育』を受けたアカネ

とはいえ、ジムリーダーという立場上未成年での飲酒など御法度であるため

アルコールに慣れているはずがない。それにいま目の前にあるワインは彼女の

父が飲むような安いビールとは違う。一杯飲んだだけでダウンしてしまうだろう。

 

「ここで他人と酒を飲むのは初めてでな・・・意外と高揚するものだな。

 この静かで他に一切の建物のない景色もまたいい酒の肴になる」

 

「そうなんか(まあうちは飲まないんやけどな)」

 

 

アカネの思惑通りに事は進んでいくかに見えたが、一つだけ当てが外れたことがある。

それはナツメがいくら飲んでも全く顔色を変えず、口調も思考もまともなままで、

いつまでたってもボロを出すようには思えないということだ。質問には答えてくれたが、

酒を飲む前からそれは同じだ。確かに有益な情報も得られたのだが、

 

(・・・・・・つまらん。悔しさも薄れてきて眠くなってきたな・・・。

 オトンならとっくに真っ赤になってヘタな歌でも歌ってるころやで)

 

そろそろ先に寝てしまおうかと思ったが、まだグラスの中にはワインがしっかり

残っている。せっかくだし一杯くらいなら平気かも、と一口だけ飲んでみた。

 

(おおぅ・・・なんか高そうってのはわかる。でもこれ以上は無理や。ジュースとは

 全然違うわ。こりゃあ失敗やった)

 

もしナツメがすっかり酔ってしまって何らかの醜態を晒すようであればそれを

録画しておいてやろうとアカネは準備もしていたが無駄に終わりそうだ。

 

「あーあ、なんかうまくいかへんなぁ。夕方のバトルもそうや。あんたを倒して

 その化けの皮を剥がしてやろうとやる気になったまではよかったのに・・・。

 あんたも呆れたか?うちのあまりの弱さに」

 

完封負けを喫した戦いを思い出し、自嘲気味に笑った。6対0とあっては何をどう

しようがひっくり返ることのない結果だ。他の三人がナツメと戦ったとしても

ここまで圧倒的な敗北を喫することは絶対にないだろう。自分たち五人は同等だと

思っていたが自分だけが劣っているのだと思い知らされた。

 

「・・・いや、呆れてなどいない。結果こそあの形だったが・・・」

 

「ヘタな慰めはいらん。いや、あんたからすれば手駒の一人が拗ねてやる気を

 なくしたら困るからこうしとるだけ、かもしれんけどなぁ」

 

アカネは他の者たちとは違い、ナツメが残る四人を自分の野望の成就のために

利用しているに過ぎないとは考えていない。その裏の優しい素顔を信じているが、

いまは八つ当たりからこのような言葉が出てきた。きっとナツメもそれを否定せず、

せっかく選んでやったのだから失望させるな、そう言うのだろうとアカネは予想

していた。ところがそれに反し、話は全く違う方向へと向かっていく。

 

 

「・・・あなたらしくもない。たった一度の負けで何を委縮しているのやら。

 なら気休めの慰めじゃないほんとうのことを教えてあげる。わたしは実のところ

 今回の戦いで敗れるとしたら・・・それはあなただと思っている」

 

「・・・・・・また心にもないことを・・・」

 

「そうじゃない。だってあなたは昨日奇跡を起こした。あの逆転勝利・・・誰よりも

 驚いていたのは実はわたしだった。その証拠を・・・・・・ほら」

 

ナツメは五枚のカードをテーブルの上に置いた。そのうちの四枚は王が描かれていたが、

残る一枚は無残にも転がって息絶えているコイキングのカードだった。

 

「同じ王様でもえらい違いやな」

 

「わたしはバトル中はもちろん、事前に勝敗を知るようために超能力を使うことも

 本来はしない。けれど昨日はいきなり躓くわけにもいかなかった。戦いが

 始まる前に確認してこの先どう動くべきかを決める必要があった」

 

「なら、この五枚はエスパーの力で選んだんか。じゃあ・・・こっちの四枚は

 つまり勝ち、コイキングは負けを表しとるんやな?さすがにうちでもわかるで。

 でもだったらおかしな話や。うちらは全勝したやないか」

 

「ええ、その通り。一人は負けるのだという未来予知だった。そしてそれが誰なのか、

 もう一度詳しく調べてみたところ・・・アカネ、あなただった。どうにか粘るものの

 輝く光の中で倒れるピクシーの姿が見えた。だからわたしはあのとき眩しさに誰もが

 目を逸らしてもわたしだけは見届けてやろうと目を決して閉じなかった」

 

最後まで諦めなかったアカネですら終わった、と感じたそのとき、ピクシーの

ゆびをふるによりかみなりが発生し奇跡の大逆転勝利に至った。皆が強運による

逆転だと口を揃えたが、ナツメ一人、それをアカネが自ら呼び込んだ価値のある

勝利だった、そう言った。その言葉はアカネに大きな勇気と感動を与えていた。

 

「そう、あの瞬間あなたから素晴らしい力を感じた。科学ではもちろん、エスパーの

 力でも説明することのできない謎に満ちたパワーが。わたしがジムリーダーに

 なってから数年・・・わたしの超能力を覆して未来を変えたのはこれまでたったの

 一人しかいなかったのに・・・あなたがその二人目になった!」

 

「・・・なんや、初めてやなかったんか。ちょっぴり残念やな」

 

「いいえ、あなたはこれからもわたしの予想を遥かに超えてくれると信じている。

 夕方の戦いで圧倒的な勝利になるようにあらゆる手を尽くしたのも全ては

 もう一度あなたのなかに眠る真の力を見たかったから。理不尽で卑怯な相手に

 追い詰められ、後がないというところからの僅かな希望の道を切り開くこと・・・

 そのためにはポケモンを信じ抜くのはもちろん、自分自身への期待をも裏切らない

という強い気持ちが絶対に必要。そのことから、もしわたしが負けるとしたら

おそらくはあなた・・・そう言った。嘘はついていない。ついさっき

皆に正直になれって言っておいて自分ですぐに嘘をつくのはいけないもの」

 

どこがその『切り替わり』だったのか、ナツメの話し方がこれまでにないほど

穏やかで優しくなっている。終始険のある普段とは真逆だ。もしかしたら彼女は

顔に出ていないだけで酔いが回っているのではないか、アカネはそう思わされた。

酒のせいで人格が変わってしまう人間をコガネシティでアカネはよく目にしてきた。

いつものその人物からは想像もつかないような怒りや嘆きが露わにされるのだ。

 

「ふふ・・・あなたはきっと誰よりも頑張り屋でポケモンを大事にしている。

 わたしや他の誰の真似もしなくていい、そのままのあなたでいることが大事。

 でも何か教えてほしいことや見たいデータがあれば遠慮なく言ってね」

 

「それを聞いてホッとしたで。うちにはあんたみたいな資料作りは無理や。

 バトルの作戦を考えるのは得意でも普通に頭を使うのは全然でなぁ・・・」

 

違和感に目をつむりその後も話を続けていたが、ナツメは急に自分のグラスのワインを

勢いよく飲み干すと、立ち上がりアカネの両肩に手を置いた。それまでテーブルを

挟んで対面に座っていたのだが、上半身を乗り出す形でアカネに迫ってきた。

 

 

「・・・わたしはあなたに無限の可能性を感じる。今回の戦いはあなたの眠る力を

 呼び覚ますものだと思ってる。あなたの言う『夢へと続く道』・・・それを

 わたしにもこれから教えてほしい。その先になにがあるのかも」

 

「あ・・・ああ!(近いわ!顔が!)」

 

ナツメは風呂に入ってすぐに晩酌にしようとしたのだろうか。香水ではない何かの

甘い香りがした。また、青い月の光が雰囲気づくりに一役買っていた。

 

「しかしこうして見ると・・・あなたがラジオやテレビで活躍しているのもわかる。

 トレーニングの妨げにならない範囲で活動しているのも素晴らしい。わたしには

 そういう話は一切来ないから・・・ふふ、別に羨んではいないけど」

 

「・・・このアカネちゃんには敵わんとしてもあんたも結構な美人やないか。

 確かにカントーのジムリーダーならカスミやエリカはよく見るけどあんたは

 ほとんど・・・でもうちに言わせるならあんたはあの二人よりも・・・」

 

二人でしばらく何も言わず見つめ合っていたが、先に視線を逸らしたのはナツメだった。

 

「・・・・・・どうやら飲みすぎたみたいね。もう眠りましょう。次からは

 飲めないのならはっきりとそう言ってくれたら代わりを出すから」

 

アカネのほとんど口をつけていないワインを飲んでナツメは室内へ戻っていった。

しばらくぼーっとしていたアカネも街の明かりが一つもない真っ暗な外に長時間

一人で残されているのは都会育ちの彼女には耐えきれず、中へ入った。

眠気も限界であったので部屋に戻るとすぐに眠りについた。

 

 

 

 

朝となり、皆が朝食のために集まっていたが、アカネの姿はなかった。

 

「・・・寝坊かしら。それともナツメ、あなたへの敗北が悔しくて帰ったとか?」

 

「眠りたいときはそのままにしてあげるのが一番でしょう。私もそうします。

 ここから一人で帰ったというのはありえませんね。ここがどこなのかも

 わからないのですからナツメの力なくしては私たちはどこにも行けませんよ」

 

先に食べ始めようかと四人が準備を終えて席に着いたとき、アカネがやってきた。

それもすでに私服に着替え、朝食後はすぐにでも活動を始めようという格好だ。

だが、今日はトレーニングではなく別の用事があった。どたばたと音を立て、

 

「忘れとった!ラジオの生収録、今日やん!食べたらもう行かな・・・」

 

「・・・ああ、あのアイドルのやってる番組ね。確かあなたとのコーナーが30分。

 普段は聴いてないけれど今日はみんなで楽しんであげるわ。でもこの屋敷は

 カントーのどこかだったはず。入らないわね」

 

「大丈夫だ、ジョウトのラジオまでなら聴けるようになっている。コガネシティか。

 いま空間を繋いでおくから好きなタイミングで行くといい」

 

するとアカネはナツメに対して驚いたようなしぐさを大げさにすると、

 

「は?うち一人で行けって言うんかい!?」

 

「子供じゃないんだ、まさか迷子になるなどというわけはあるまい」

 

「いやいや、うちらはポケモン協会に反抗したんやで?あんたは昨日うちらを

 狙っているやつらはいなくなったとか言うとるけどまだ安心できんやろ!

 せめて二人で歩かんと怖すぎるで。誰かついてきてくれんか?」

 

ポケモンリーグの最高峰の権力者たちは無力化されたとはいえ完全にもう

大丈夫だとは限らないため一人での行動は危険だという。それは他の者たちに

とっても正しい意見に思えたのでアカネの言葉を肯定した。そこでナツメは、

 

「なら・・・エリカ、あなたがいっしょに行ってやれ。ベッドの寝心地が

 いいから自分用に同じものが欲しいと言っていたな。コガネの百貨店で注文

 できるからアカネをラジオ塔へ送ったら百貨店に寄るといい。まさか敵も

 カントーでも有数の名家の人間を人の多い街中で襲うはずがないだろう」

 

ナツメだけはフーディンの手により協会の長老団が命を断たれ、自分たちへの

攻撃命令は果たされずに終わったと知っているが、それを口にはしなかった。

エリカにアカネと共に行くように言ったが、どうやらそうはならないようだ。

 

「・・・いいえ、それはまた後日にします。どうせしばらくタマムシには帰りません。

 ですから私は行きません。やるべきことが他にありますから」

 

「・・・あ?」

 

「あはは、あんたが行きなさいよ、ナツメ。すっかりあんたに懐いちゃってるわ。

 試合の時から優しい言葉をかけて、あんたからすれば従順な手駒にするつもり

 だったのでしょうけど、微妙に違う感じになっちゃったみたいね」

 

アカネはナツメにいっしょに来てほしい、と訴えるような目で見てきていた。

他の三人はにやにやと笑い、エリカがナツメの右肩に弱く触れてから、

 

「何でもあなたの計算通りに事が運ぶと思ったら大間違いですよ。ですが留守番は

 お任せください。その間にたっぷりとこの別荘を楽しませてもらいますから」

 

「・・・・・・は?」

 

 

 

異論は認めないと言わんばかりの空気に押し切られ、気がつくとナツメは

コガネシティをアカネと並んで歩いていた。アカネは帽子を深々と被り、

いつもの服とは違うものを着用していた。ナツメはサングラス、そしてやはり

ジムリーダーとしての服装ではなく私服であった。彼女の好みのワインや食事同様、

外国の最先端のファッションだったが、とても女性的と呼べるものではなかった。

顔を隠していることも手伝い、男性に間違われてもおかしくないほどだった。

 

「・・・なるほど、こうして正体を隠すというわけか。街のなかを歩いていても

 ほとんど声をかけられもしないわたしからしたら無用な対策だな」

 

「ハハハ、うちだとわかったらパニックになるからなぁ、それは避けんと。

 ところであんたの服やけど、確かにセンスはいい。それに着こなしとる。

でも!もっと人気を出そうとしたら・・・せやな、あんなのは・・・」

 

アカネが指さしたのは若い女性に流行りのブランド店の一押しの赤いキャミソール。

それに短いズボンで、腹部を露出するような格好になる。

 

「何なら今から買いに行くか!そんで着替えて帰ってみい、みんなびっくりするで」

 

「いや・・・ああいうのはあなたが着ればいい。わたしの好みとかけ離れている。

 『ダイナマイト・・・プリティギャル』だとか呼ばれているんだろう?いったい

 何がダイナマイトなのかはさっぱりわからないが」

 

「うちもよく知らんけど・・・一度ハマったらもう止められない爆発力と破壊力!

 そこからやろな。でもそれを言うならあんたも『エスパー少女』っちゅうのは

 どうなんや?少女・・・は無理があるやろ」

 

「知るか。わたしが決めているわけじゃないんだ。数年前にそのキャッチコピーを

 作ったやつを探してそいつに文句を言え!」

 

その後は互いに無言のままアカネの目的地であるラジオ塔を目指した。しばらく

歩いていたが、誰からも声をかけられずに、もうすぐ到着というところまできた。

 

「・・・・・・この程度でも案外わからないものだな」

 

「・・・・・・・・・」

 

これなら普通にしていても大して騒がれなかったのではないか、そう言われているように

感じたアカネは、自分はこんなものではないと変な気持ちが沸き上がったのか、

突然わざとらしく躓いた。その拍子に帽子が飛んで地面に落ちた。

 

「んん~?石にでも足を取られたかなぁ?こりゃ参ったで・・・」

 

ナツメに、というより周りにいる人間たちに聞こえるような声で言う。すると、

 

「あっ、あれ!アカネだ!そうか、ラジオのために来てたのか!」

 

「アカネちゃんだわ!サインを貰うチャンス―――っ!」

 

 

すぐに人だかりができてしまい、パニックになっていた。故郷での人気ぶりを

誇らしげにアピールするアカネが満足そうに笑ったが、自らそれを意図的に

引き起こした彼女の幼稚ぶりにナツメは苦笑いするしかなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。