ポケットモンスターS   作:O江原K

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第26話 負けず嫌い

カントーとジョウトのジムリーダーたちによる、観客もない真剣勝負の対抗戦。

すでにジョウト側の勝ち越しが決まり、なかったはずのバトルがひょんなことから

始まろうとしている。ナツメとミカンの戦いであり、互いにプライドに加え

持ち金をほとんど賭けた絶対に負けられないバトルとなった。

 

『それでは正々堂々と・・・両者ポケモンを!』

 

審判のツクシが二人を促す。ミカンはいきなり主力のハガネールを繰り出した。

ナツメのポケモン三体をストレートで倒してやろうという気持ちの表れだ。

 

『ではこちらは・・・スリーパー!』

 

ナツメのモンスターボールからスリーパーが登場した瞬間、ざわめきが起きた。

 

『げっ・・・!小児性愛者界の・・・重鎮スリーパー・・・・・・』

 

『何でも相手が幼ければ男の子だろうが女の子だろうが、人かポケモンかも

 お構いなしって噂だ。数年前にアンズちゃんを襲おうとしたらしい』

 

セキエイ高原のポケモンリーグで戦うスタジアムを使用しているので、大声ならば

ともかく、この程度の会話など聞こえてこない。ナツメはスリーパーに発破をかける。

 

『頼んだぞ、スリーパー!もし負けたらわたしは今日夕飯が食べられなくなる。

 他のやつらが皆調子を落としているいま、お前の責任は重大だ!』

 

『ハハハ、私にお任せください、御主人。相手が誰であろうとあなたに飢えを

 感じさせるような真似は致しません。必ずやあなたに勝利を・・・・・・!?』

 

ハガネールを睨みつけたところまではよかった。だが、スリーパーは見てしまった。

その年齢以上に幼く映る美しい少女ミカンを。そこでスリーパーの動きは止まった。

かたかたと震えたと思うと、その場に跪いて天に向かって両手を合わせた。

すると、その両目から涙が零れた。遠くから見ている者たちにとっては

何をしているのか全くわからない。ナツメを除き最もそばで様子を確認できる

ツクシも、その行動の意図が理解不能だった。そんな彼らをよそにスリーパーは

遥か上空を見上げると涙を流したまま、なんと祈りを捧げ始めた。

 

 

『おお・・・神よ。あなたに感謝します。あのような少女を私の目の前に・・・!

 あれはまさしく完璧な少女!おそらく齢を重ねても姿はあのまま・・・あなたの

 奇跡の賜物と言うべきなのでしょうが、感謝以外の言葉がありません・・・』

 

スリーパーにとってミカンはまさに理想の完成形だった。ただ眼前に姿を見せた、

それだけでこれほどの感動を覚えたのだ。しかしすぐに彼は悲しげな顔になり、

 

『ですが神よ、私はあなたを恨みます。私はこの悪癖を克服すべく我が主人と

 厳しい鍛錬を積み重ねて参りましたのに・・・あなたは私が耐えられる以上の

 試練をお与えになるのですか。なんと無慈悲で残酷な方なのでしょう!』

 

祈りを終えると、スリーパーは更に大粒の涙を流し、ミカンをじっと見つめた。

 

『うう・・・も、もうだめだ・・・・・・自分を抑えることができない』

 

『・・・・・・?バ、バトル開始!』

 

スリーパーの様子がおかしいのはわかっていたが、これ以上待つわけにもいかず

ツクシはバトルを始めさせた。それと同時にスリーパーはナツメの指示も待たずに

突進する。ハガネール目がけて一直線で、先制攻撃ができそうな速さだった。

 

『・・・先手を・・・!でも構わない!アイアンテール!』

 

ミカンは防御ではなく反撃による返り討ちを選択した。ところがその攻撃は

外れた・・・というよりも、スリーパーがよく見ると戦うべき相手である

ハガネールへと向かっておらず、このままいくとミカンのもとへと行きそうだ。

 

『オッ・・・オオ・・・オオオオオ―――――ッ!!』

 

異常な興奮と溢れる涙。ここでツクシはこのスリーパーの危険性を思い出し、

先程の異変もミカンの姿に反応していたのだとわかった。想いを寄せるミカンを

守らなくては、と思ったとき、ツクシには一切の躊躇いがなかった。

 

 

『ハッサム!切り裂け――――っ!』

 

『シャアアアッ!!』

 

モンスターボールを投げ、中から飛び出すハッサムに命令を出した。ハッサムは

すぐにそれに応じ、目玉のついた硬く赤いはさみでスリーパーに襲いかかった。

 

『ぐあああ――――っ!!』

 

きりさく攻撃はスリーパーの急所に当たり、あと数秒でミカンに手が届くという

位置でスリーパーは倒れた。突然の横槍に、観戦していたリーダーたちは事情が

読み込めず、ただ唖然とするばかりであったが、ツクシが皆に説明しようと、

 

 

『皆さん、聞いてください!重大な反則行為があったためこの勝負は・・・』

 

『わたしの勝ち、ということになるな』

 

 

その説明の途中でナツメがツクシの言葉に被せてきた。自分の勝利だという

彼女にツクシは普段の温厚な様子からは想像もできないくらい怒りを露わにした。

 

『ふざけてるのか!あんたのスリーパーはミカンちゃんに直接攻撃をしようと

 していたじゃないか!トレーナーへの攻撃が反則負けなのは当然だろう!』

 

『・・・?何を言っている?スリーパーはハガネールの裏に回り背後から攻撃

 するためにあの動きをしただけのこと。重大な反則をしたのはあなただ。

 まさかバトルの途中で第三者が介入するなどとは・・・信じられないな』

 

スリーパーの性癖についてはよく知れ渡っている。だが遠くから見ていた者たち

からすれば、スリーパーの真意はもちろん表情もわからない。大型モニターを

使いポケモンたちを大きく映す通常のリーグ戦とは違うのだ。ただ急にツクシが

何を思ったか戦いを中断させようとしたようにしか見えなかった。それにまさか

この大勝負でナツメとスリーパーというコンビであっても一発で失格となる

暴挙に走るわけがないと、そのような結論に場の空気は流れかけていた。

 

 

『ツクシ君、きみはあまり審判の経験はなかったね。今のは止めちゃいけなかった』

 

『何を言っているんですか!僕が止めなくちゃミカンちゃんは・・・!』

 

周囲になだめられるツクシのもとに、瀕死になっていると思われたスリーパーが

這うようにして迫ってきた。言葉にならない悪寒を感じたツクシ、その直感は正しかった。

 

『フム・・・・・・彼女の美しさに気を取られていたが・・・あなたもかなり

 美しい!私は男であっても美しいものであればなんでも・・・・・・』

 

『ギャアアア――――ッ!こ、こっちへ来るな――――っ!!』

 

『・・・うわっ!こんなところで六匹も・・・・・・!』

 

ツクシが自分の持つ虫ポケモン全てを使ってスリーパーへの総攻撃をかけた。

その流れ弾が場に残っていたハガネールや隣のフィールドで戦っていたハヤトや

カツラのポケモンにも被害を及ぼし、それらが暴れだすともはや収拾がつかなくなった。

 

『ゲ―――ッ!ギャロップが突進してくるぞ!止めろ、ゲンガー!』

 

『どうにかしろ、サイドン!あっ、バカ!そっちじゃない!やり返すな!』

 

 

この勝負、誰の反則なのかなどという空気ではなくなり、皆が自分のポケモンを

出して見境なく戦い合う大乱闘となってしまった。その原因を作った犯人、

スリーパーを自分のボールの中に戻し、ナツメはこの騒ぎに関わることなく

一人何食わぬ顔で帰ろうとしていた。それを見たアカネはここでついに、

ナツメが自分と同じほどの負けず嫌いであることを完全に理解した。

 

『・・・賞金を貰い損ねたな・・・まあいいか』

 

勝てない勝負であれば有耶無耶にし、それでいて自分の勝利を主張する。アカネが

ナツメという人物に興味を持ったのはこのときが最初だった。

 

 

 

 

「・・・で、あんたが逃げた後・・・案外みんな満足そうにしてたで。飽きるまで

 バトルして、たまにはこんな息抜きもいいか、なんて言うとった」

 

「そうか。あの日はほんとうにポケモンたちが調子を崩していたからな。まああれが

 わたしたちにとっての最後のジムリーダー対抗戦になってしまったわけだが」

 

「せやなぁ。勝とうが負けようがもうジムリーダーには戻れん。さて・・・

 うちはそろそろ行くけどちゃんと聴いとってな、うちらの放送!」

 

アカネが去っていくと、ナツメはその場で腕を組み、静かに眠り始めた。

そのそばを通る職員たちも薄々彼女に気がついていたが声をかけられなかった。

 

「・・・な、なあ、あいつは・・・」

 

「見なかったことにしよう。しかしすごい威圧感だな・・・」

 

 

コガネのラジオ放送局。基本的に面白ければ何でもいいというコガネの風潮を

そのままに、過激な番組も数多く放送する。現役のジムリーダーでありながら

ポケモンリーグに反抗し騒動を巻き起こすメンバーの一人であるアカネなど

本来出演させてよいはずもないのだが、レギュラー番組の彼女のコーナーは

予定通り開始した。大人気アイドルであるクルミとのトークの時間だ。

 

「アカネちゃん、何かいろいろ大変そうだけど・・・みんな心配してるよ~?」

 

「ははは・・・うちなら大丈夫やで!こうしてラジオもやらせてもらっとるし、

 まあファンのみんなにはこれからも温かく見守ってほしいとだけ言うときますか。

 ま、そんなことよりこの間コガネのデパートにお忍びで行ったとき・・・」

 

会話の内容は毎回、流行りの店やファッション、このラジオ塔で会った有名人の話など、

ジムリーダーとは思えないものばかりだった。相手のクルミがそこまでポケモンに

詳しくないので仕方がないのだが、ナツメは一度目覚めて最初だけ聴いていたが再び

眠ってしまった。彼女にとって価値のある話など何もなかったからだ。だが、事件は

ちょうど残り時間半分に差し掛かったあたりで起きた。

 

 

「今の目標は何といってもチャンピオンやな。調子に乗っとるあのガキを

 軽く捻って蹴落とすためにもまずは来週のサカキのおっさんたちとの戦いを・・・」

 

「・・・・・・あのガキ?まさかゴールドくんのことじゃないよね?」

 

「ああ?他に誰がおるん?あんなのうちの敵やあらへん。すでに勝ち筋は見えとる、

 格の違いを見せてねじ伏せたるわ。それよりもうちが今いつか倒したいと思っている

 トレーナーは何といっても・・・・・・」

 

アカネはようやくクルミが憤慨していることと、その原因が間違いなく自分に

あるということに気がついた。アイドルである以上公言はできないが、

クルミもミカン同様ゴールドに救われ、彼に惚れた女の一人だったからだ。

アカネもそれは知っていたのだがつい話に夢中になり忘れてしまっており、

その彼女のすぐそばでゴールドのことを取るに足らないような言い方をしたのは

まずかった。生放送だということも気にせずクルミは大声で叫ぶ。

 

「ゴールドくんは!このラジオ塔がロケット団に占領されたとき!あんな大勢を

 相手に一人で戦って・・・次から次へと悪いやつらをなぎ倒してわたしたちを

 助けてくれた!ジムリーダーなのに何もしなかったあんたと違ってね!

 ゴールドくんと比べたらあんたなんてカスみたいな人間のくせに偉そうに!」

 

「・・・おおぅ・・・人が変わったようやなぁ。確かにうちの失言に関しては謝る。

 でもクルミちゃん、さっさと『冗談で~す』っていつもの口調に戻ってごまかした

 ほうがエエ。そうしないといろいろと大変なことになるで・・・」

 

アカネはマイクに拾われないような小声でクルミの怒りを鎮めようとした。しかし

クルミの我慢は限界を超えていた。アカネは以前からゴールドに関して不敬な発言を

繰り返しており、それをクルミはどうにか堪えていたが、ついに切れた。

ペットボトルを地面に叩きつけ、両手で机を殴りながら立ち上がった。

 

「・・・・・・帰る!あんたなんかとこれ以上仕事したくない!最後だから言うけど

 あんたのことずっと大嫌いだったからね!」

 

扉が壊れそうなほどの勢いで部屋を出ていくと、マネージャーたちの制止や説得を

振り切り、とうとうクルミは戻ってこなかった。ちょうど短いニュースや天気の

情報を流す時間だったのでひとまずは凌げるがそれが終わったらどうするのか。

アカネとのコーナーはあと十分もないが、この番組はクルミのものであり、

まだまだ番組は続くのだ。どうしようかと誰もがあたふたしていたが、

 

「・・・・・・こりゃあ大変なことになったで。こうなったら・・・よし、

 うちに名案があるで。こうなったのもうちの責任、どうにかしたる。すぐ戻る!」

 

なんとアカネまでも飛び出していってしまった。彼女の性格上このまま逃げると

いうことはないだろうが、これ以上何をするつもりだろうか。とはいえこの期に

及んでも、『すでにとんでもない状態だが、これからもっと面白くなるのでは!?』

という能天気で無責任な思いがスタッフたちを支配していた。アカネならそれが可能だと。

 

 

「・・・おーい、ナツメーっ!まだここにおったんか。その調子やと・・・

 うちらの放送聴かずに寝とったな?酷い人やで・・・」

 

「早いな・・・もう終わったのか?だったら帰るか」

 

「いや、それなんやけどな、ちょっと来てくれんか?こっちこっち!」

 

「・・・・・・?」

 

 

 

その頃、ナツメの別荘でラジオを聴いていたカンナたちはこの放送事故を笑っていた。

 

「あはは!とうとうやらかしたわね。アカネらしいと言えばそれまでだけど」

 

「もうネットで大騒ぎだわ、ほら。これじゃあラジオを聴いてない層にもすぐに

 拡がるわね。でもアイドルのクルミまでもチャンピオンのあの子のことを

 お気に入りだったなんて・・・ほんとうに大人気ね。イブキもミカンも

 そうだし、まあ私も悪くは思ってないけれど・・・エリカ、あなたは?」

 

「・・・そうですね。あの方とはあまり交流がないのでそれほど興味はありません。

 今の私が誰かを愛するということがそもそもありえないのですから」

 

「・・・・・・?それはどういう・・・・・・」

 

エリカの意味深長な言葉が気になったが、このタイミングでラジオの天気予報が

終わった。一人になったアカネがどうするのか、皆の興味はそちらに移った。

 

「ふふ・・・泣くのか謝るのか、それとも逆ギレするのか・・・楽しみね」

 

すると、いなくなったクルミの代わりにアカネが番組名を言ったが、その語りは

軽快で、とてもあのような出来事の直後とは思えないほどだった。

 

 

『さーて、さっきはちょっとしたハプニングが起きてしもうたが・・・ここからは

 うちが司会として盛り上げていこうと思うとります。いつも以上に張り切ってるで!

 さて、ここでスペシャルゲストの紹介や!うちがいま連れてきたんやで』

 

「・・・ゲスト・・・?適当な有名人でも捕まえたのかしら・・・?」

 

果たして誰がアカネのために急に出演してくれたというのか。

 

『いまうちといっしょに世間を賑わすこの方のご登場や!どうぞ!』

 

『・・・・・・ナツメだ、よろしく』

 

 

「ハァ――――――??」 「嘘でしょ―――――っ!?」

 

カンナは椅子から転がり落ちそうになり、カリンは口に含む飲み物を噴き出した。

あのナツメがこんな番組に出演するなど、天地が逆になったとしても想像できなかった。

 

「ふふふ、ナツメの思い通りにばかり事は運ばないとは言いましたがまさかこれほど

 までとは・・・誰が最後に己の願いを叶えるのか、わからなくなってきましたね。

 それが私であることを願うばかりですが・・・・・・」

 

初めは笑っていたエリカだったが、すぐにラジオへの関心を無くし、一人静かに

大部屋を去っていった。向かった先は、ナツメが多くのトレーナーの戦術や癖、

また使用するポケモンについて細かく分析された資料が収められている部屋だった。

ある目当てのトレーナーの情報を得るために、そして誰にも知られないように

するために、ナツメとアカネが不在で、残りの二人も他のことに気を取られている

いまはとても都合のよい機会だった。それをエリカは逃さなかった。

 

「・・・・・・やはりありましたか」

 


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