ポケットモンスターS   作:O江原K

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第27話 危険なふたり

 

アカネが共演していたラジオ番組のパーソナリティ、クルミを怒らせたために

呼んできた助っ人、それはアカネの付き添いとしてラジオ塔に来てはいたが

一般フロアのベンチで寝ていたナツメだった。いいから来てほしい、と

有無を言わさずに連れてきて、スタジオまで入れてしまえばあとはアカネのものだった。

スタッフたちがナツメに次から次へと早口で事情を説明し、もう時間がないから

とりあえずそこに、と強引にマイクの前に座らせたのだ。

 

「・・・いいんですか?アカネちゃんはともかくあの人、この間の騒動の

 首謀者でしょう?逮捕されるかもって言われていますが」

 

「何を言っとるんや。おもろいならそれでエエやんか。それにあの二人をいま

 使うメディアなんてウチの所しかない・・・つまり独占やないか!」

 

「それもそうですねぇ」

 

後のことなど誰も考えないまま生放送は再開されてしまった。

 

 

「まーあんたもジムリーダーなんやからこういうのは全くやったことない、そんなわけ

 あらへんやろ。ここからよろしく頼むで!いっしょに盛り上げてくれや!」

 

「・・・あと数分でどう盛り上げるんだ?お前のコーナーはもう終わりだろう」

 

「いやいや、あと二時間半は続くで?うちはクルミの代わりになったんやから。

 今日はこの後ゲストはもう来ないしあんたも最後までおるんやで」

 

「・・・・・・・・・」

 

ラジオ越しに視聴する人々にも、このときのナツメがどのような表情をしているかは

想像に難くないだろう。果たしてどのような番組になるというのか。

 

「あんたが時の人だというのはもう誰もが知っとることや。うちらを怪しげな声で

 誘って仲間にして・・・何が狙いなんか、もう一度説明を頼むわ」

 

「そういうことならまあいいか・・・わたしが立ち上がったのは・・・」

 

それからナツメが話した内容はスタジアムでのものとほぼ同じだった。ポケモンと人間の

立場を改めること、その理由には無能なトレーナーたちや欲に溺れてポケモンを

利用しようとする者たちの存在があり、それらを除き去ることが新たなる

ポケモンの時代のためにまずやらなくてはならないのだと言う。

 

「そしてわたしたちに逆らう連中は誰一人として制裁を免れられない!一週間後、

 セキエイ高原にて再びそれを明らかにする!己の実力をわきまえないクズ共を

 見せしめにすることでこれ以上の愚か者が出ないことを願うばかりだ!」

 

「はい、説明ありがとな。じゃあ堅苦しい話はこれで終わりにして・・・まずは

 フリートークといこか。ホンマさっきのクルミにはびっくりさせられたで・・・」

 

アカネが堅苦しい話と呼ぶ真面目な話題は早くも終わり、何が飛び出すかわからない

危険な時間が始まった。最初はクルミの話からだった。

 

「このラジオ塔がロケット団に乗っ取られたときうちが何もしなかったとか言うて

 ブチ切れしとったけど・・・そのときうちはジムリーダーの仕事でカントーに

 行ってたんやからどうしようもないっての!そういやナツメ、あんたの街も

 ロケット団に占拠されてた時期があったなぁ」

 

「・・・ああ。確かにジムリーダーは何をやっているんだって声もあったな。

 そういうのはわたしたちじゃなくて警察の仕事だろ、と言いたくなるけどな」

 

「まったくその通りやで・・・クルミのやつ、よっぽどチャンピオンに

 入れ込んどるようやな。あれは我を忘れた怒りだったのかそれともあいつの

 本性か・・・うちは裏表なく生きていきたいものやと思ったわ」

 

ロケット団、その名前が出たことでナツメの目の色が変わっていた。彼女は

一週間後に戦うことになるサカキの正体を知る数少ない人間の一人だったからだ。

サカキがこの放送を聴いている確率などごく僅かだが、明らかに彼を意識したような

内容の話を始めた。わざとらしく煽るような口調になっていた。

 

「そう、それは大事だ。裏表のある生活をしている者はやがてどちらでも失敗する。

 後ろめたいことがあるか、もしくはほんとうの自分に自信のない者がすることだ。

 クルミとかいう女のことはわからないが、例えば・・・そうだな、さっき話題に

 上がったロケット団、そのボスだったやつなんかはそうなるだろうな」

 

「確かいまだに見つかっておらんのやろ?おっかない話やで・・・」

 

「そうでもない。その者は結局のところ小心者なのだ。三年以上前に解散を

 宣言したらしいが本人は全く姿を現さず責任を取らないどころか説明も

 一切なし・・・そして最近残党どもがけちな悪事を働いても最後まで

 出てこなかったのだから、大物のように見えても案外正体は常に何かを

 恐れ、暗闇で引きこもりながら生きる臆病者なのかもしれないな」

 

くくく、と笑うナツメにつられてアカネも笑い始めた。

 

「あっはっは!おもろい・・・おもろ過ぎるで、ナツメ。怖いもの知らずやな。

 命がいくつあっても足りんで?そんなことばっか言うとると・・・」

 

「あなたが言うことでもないだろうに・・・まあこの場合に関しては心配ない。

 ボスがボスならその手下どもも所詮社会から脱落した、ゴミ溜めで群れている

 連中だ。そんな負け犬どもをいちいち恐れる必要がどこにあるのか。あなたの

 ほうこそアイドルのファンに刺されないように気をつけたほうがいい」

 

「いやいや、うちは別にクルミの悪口は一言も口にしとらんがな!向こうが

 勝手にキレていなくなっただけやんか。そこまで責任とれんわ!」

 

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・サ、サカキ様・・・・・・」

 

好きなように話し続けたナツメの言葉を偶然サカキは耳にしてしまっていた。

そばには信頼できる元部下たちもいる。彼らも憤りの気持ちを抱いてはいたが、

それよりもサカキがどのような顔をしているかが怖くて覗き込めなかった。

しかしサカキは特に何の感情もなさそうで、小さな声で言った。

 

「いまのわたしはポケモントレーナーの一人だ。決着はバトルでつける、それだけだ。

 そこでやつを地にひれ伏させる。余計なことはするなよ、お前たち」

 

「・・・は、はいっ!」

 

「それよりも例の物は・・・本番までに全ての用意は整うか?」

 

「それに関しては問題ありません。あとは運び込むだけですが二日あれば・・・」

 

一週間後の決戦にてお返しはする、サカキは部下たちにそう告げた。そのための

とある仕掛けの準備を着々と進め、万全の状態でその日を迎えるためにこの程度の

挑発に乗るつもりは全くなかった。あくまで大人の対応であったが、

 

 

『まあ今ごろロケット団のボスだった男は全てを失って路上で暮らしているうちに

 アーボックに飲み込まれて食われるかゴルバットに血でも吸われて死んだだろう。

 そんな惨めさがお似合いの人間なのだから・・・・・・』

 

「・・・・・・・・・!!」

 

ラジオが破壊された。スピアーが目にも留まらぬ高速攻撃でラジオを粉々にしていた。

これ以上愛する主を嘲弄する言葉を聞きたくなかったのだろう。太い針が深々と

突き刺さり、修理は完全に不可能なほどだった。サカキは冷静さを保っていても

彼のポケモンは闘争心と怒りをむき出しに、今がバトルでもいいという気配だった。

サカキはスピアーを咎めたりはしなかった。その頭に手を置きながら自身も立ち上がり、

 

「わたしのために憤怒の情を示してくれるとは・・・トレーナーとしてこれ以上の

 喜びはない。よし、わたしもいつまでもこんなところにいられない。引き続き

 頼むぞ、お前たち。わたしはスピアーや他のポケモンたちと共に出かけねばならない」

 

「・・・はっ!後はお任せを・・・ですがどちらへ?」

 

「確実なる勝利のためにポケモンの調整、そしてわたしの仲間として出場する

 最後の一人をスカウトするために・・・とある場所へ向かう。もしわたしが

 帰らなかった場合は任せたぞ」

 

「・・・・・・か、帰らない・・・!?それはいったい・・・?」

 

サカキは何も答えなかった。しかし彼の持つ荷物は非常に多く、ほんとうに期限の

一週間ぎりぎりまで戻らないつもりのようだ。現地で集合になりそうだ。帰らぬ

人物になる可能性もあるというのにサカキもスピアーも期待を抑えきれず、

今すぐにその場所へ向かいたいという思いを隠そうともしなかった。

 

 

 

スピアーがラジオを破壊した後も放送は続く。アカネとナツメが二人で話すだけ

なのだが、皆が思ったよりもアカネは暴走せず、ナツメは意外と積極的に声を出すので

急造コンビではあったが番組は成立していた。

 

「ところでどうしてクルミを怒らせたんだ?何か原因があるだろう」

 

「あっ!さっきは疑いだけやったけど、やっぱり寝とったな!?しゃーない、もう一回

 説明するわ。話の流れでうちが現チャンピオンのゴールド、あの小僧をちょっと

 悪く言ったらコレや。あんなにあのガキに惚れこんどるとは思わなかったんや」

 

アイドルという立場上、仮にゴールドに特別な感情を抱いていたとしても

それを大々的に明らかにすることなど考えられなかった。自分も悪いが向こうが

大人の反応じゃなかったと主張し、ナツメに味方になってもらいたかったアカネだが、

 

「・・・いや、それはあなたが悪い。どう贔屓目に判断したとしてもだ」

 

「え~~~?そんな、あんたはわかってくれると思ったのに!」

 

「クルミがどうこうというのはよく知らないが、チャンピオンに対して敬意の

 欠けた発言をするのはだめだ。彼はジョウトのバッジを八つ集めたんだ。

 つまりあなたも彼には負けているということ。そしてあなたは負けると

 周りの目などお構いなしに泣きわめくと聞いている。彼にも泣かされて、

 その逆恨みで悪い言葉を吐き続けているのでは?」

 

 

ナツメの指摘に、アカネは今日一番の大笑いだった。まるで見当違いだと。

 

「あはっ!アハハハハ!ナ、ナツメ!そりゃあ違うで!負けて大泣きしたのは

 あいつのほうだったで。あいつは最初うちに完敗したんや!」

 

「・・・そうなのか?彼がバッジを何個持って挑んできたかで話は違うが」

 

「二つやったな。自信過剰な初心者そのものやったで。先にカス二人を倒して

 調子に乗ったのがまずかった。うちがチョイと本気を出してやれば脆かった。

 あっという間にうちの勝ち、現実を教えてやったんや」

 

ナツメはそのときの様子が簡単に思い描けた。あのゴールドが天才であることは

誰でも知っている。おそらくアカネも追い詰められたのだろうが、むきになって

初心者相手には厳しすぎる戦法を使ったのだろう。ポケモンこそ相手のレベルに

合わせるが、勝利にこだわるアカネの戦い方の評判はカントーにまで届いていた。

ナツメもカントーで最も認定バッジを渡さないリーダーだが、アカネは更に

その半分以下の割合でしか敗北しない、まさに狭き門だった。初心者も、

あと一つか二つでジョウトのジムを完全制覇と言うエリートトレーナーにとっても

コガネジムは厳しい、超難関の極悪ジムだった。

 

「ふふ・・・でも彼はリベンジしに来ただろう。そのときは泣かなかったのか?」

 

「ははは、あれで誰が悔しがって泣くかいな。あいつは余程うちが憎かったんやなぁ。

 三か月くらいしてからとんでもないレベルのポケモン六体連れて挑んできたわ。

 でもバッジは二個のまんま・・・それじゃあうちも合わせるしかないやろ。

 当然負けたけども悔しさはなかった。必死過ぎて笑いそうになったで」

 

「そうか、持っているバッジの数によって自分の出方を決めているのか。わたしは

 あくまで挑戦者の資質、連れているポケモンたちを見て判断しているが。ああ、

 でも公式にはあなたのほうが協会の規定に忠実なんだよな」

 

「そこをあのクソガキは悪用してきたんや。なっ、小物やろ。それっきりうちとの

 勝負から逃げ続けてきて何がチャンピオンや。真にその座にふさわしい者が

 とっとと交代してやらにゃあアカン。観客を魅せる豪快な戦いぶりとスター性を

 兼ね揃えるうち以外に誰がおる!?ただ淡々と勝つだけのつまらんバトルはもう

 懲り懲りや!みんなが求める最高のトレーナーが誰かを来週見せたるわ」

 

ゴールドの安定感のある堅実な戦いを『つまらん』の一言で片づける。自分こそが

ファンを最高に満足させられるのだとアカネは自信満々に語った。ジムリーダーという

立場は足枷に過ぎず、それから解かれたいまゴールドに負けることはないと。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「なるほど・・・初めてじっくり聞いてみたけどこれじゃあんたが怒るのも

 無理はないか。よくもまあ頭の悪そうな言葉を次から次へと・・・」

 

その危険な挑発をゴールドは聴いてしまっていた。サカキの場合同様、偶然に

耳にしてしまったのだ。本来であればアカネの出番は終わっているため、

いつも聴いているこの番組を流したところで問題ないだろうというクリスの

行動がよくなかった。アカネのうるさい声が聞こえた瞬間切ろうとしたものの、

ゴールドはもう少しいいじゃないか、と無表情に言った。それでしばらく

そのまま流していたが、とうとう恐れていた展開になった。ゴールドだけでなく

ミカンまでもが怒りに満たされ、ハガネールに命令してサカキのスピアーのように

ラジオを破壊してしまいそうな勢いだった。クリスは二人を落ち着かせようと

サイコソーダの缶を二本持ってきてすぐに手渡した。

 

「二人とも、冷たい飲み物でも飲んだら?でもゴールド、あんたがアカネを敵視して

 いるのって・・・まさかほんとうに一回負けたから恨んでる・・・それだけ?」

 

「確かにあいつと初めて戦ったとき負けたのは事実だ。でも当然それ以上の理由が

 おれにはある。加えてやつはそれ以降も同じような愚かなマネを繰り返している。

 多くの未来あるトレーナーたちがその犠牲になって道を閉ざされているんだ!

 チャンピオンとしてここでやつのポケモントレーナー生命を絶つ!バトルで

 壊滅的な敗北を与えてやるのは当然、外からの追い込みもすでに進めている」

 

「物騒ねぇ。間違っても警察の世話になるようなことはやめなさいよ?」

 

「クリスちゃん、それは平気。ゴールドさんは正攻法で勝ちますから。変な手を

 使わないと勝てないのはあの人たちのほうです。今もこうして、わざと怒らせる

 ようなことを言って冷静さを失わせようと・・・危うく罠に嵌るところでした。

 ありがとう、クリスちゃん。あなたが冷静でいてくれて・・・・・・」

 

クリスのおかげで二人も徐々に心の乱れを鎮めた。だがもうラジオは消さなくては、

そうしようとしていたその瞬間に再度アカネたちの言葉が火薬として爆発をもたらした。

 

 

『あなたの主張に反してチャンピオンは世の女たちに人気があるようだが・・・』

 

『それがうちにはサッパリわからんわ。まあカネ目的のやつも多いやろ。あとは

 それなりの顔つきで優等生クンやから簡単に単純な馬鹿どもが食いつくんやろな。

 まあうちの周りであのガキを好きなトレーナーたちはみんなポケモンばっかり

 やってて恋愛に関しては素人やから騙されるのも無理はないけどなぁ・・・』

 

 

その華奢な腕のどこにそんな力があるのだろう。ミカンがサイコソーダの缶を

ぐしゃりと握り潰した。それを正確なコントロールでゴミ箱に投げ捨てる。

 

「・・・ゴールドさん、トレーニングを再開しましょう。時間が勿体ないです」

 

「そうですね、ミカンさん。じゃあ早速バトルの形で・・・」

 

ゴールドの建てたワカバタウンのポケモンスクール、そのスタジアムに向かった。

彼への恋心を恥ずかしさから隠しているのにこれでは台無しだ。

 

 

(ふふふ・・・ゴールドが超がつくほどの鈍感じゃなかったらとっくにバレてる。

 ま、私も人のことを言えた口じゃないか。クールに振る舞ってはいても・・・)

 

クリスはラジオを消した。万が一にもゴールドたちに気づかれないために。

 

 

「お便りもじゃんじゃん届いてるで。えーっとなになに、アカネちゃんかわいい!

 ナツメさんカッコいい!頑張ってください!う~ん、うちらの人気の証明やな。

 応援のファックスばかりや。みんなありがとな!」

 

「・・・こんな事態なのだからわたしたちを支持する層しか聴いていないだけだろう。

 クルミがいなくなった時点でよほどの物好き以外は離れていったはずだ」

 

「・・・・・・いや、こんなのもあるで。ワカバタウンのラジオネーム、チコ。

 放送できるところだけ読むけど・・・腐れ脳みそ女、死ね・・・以上やで。

 ホントはもっとびっしり書いてあるんやけどとても言えたもんじゃないで」

 

「・・・おお・・・これは凄いな。放送禁止級の詰め合わせだな」

 

 

クリスもアカネたちへの怒りのボルテージが上がっていた。ゴールドとミカンの

目を盗み、罵詈雑言の限りを尽くしたメッセージを書き記し、送っていたのだ。

 

「・・・チコちゃん、こうなると私たちも動かないと・・・ねぇ?」

 

「チコッ!」

 

「いい返事だわ。やる気十分ね。あの女を・・・殺す!」

 

これまで表の大きな大会や協会公認のバトルに参加したことのない彼女が、

できることならば自分も参戦したいと思った瞬間だった。相棒のチコリータと

共に激しい戦いに身を投じる決意が固まった。

 


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