ポケットモンスターS   作:O江原K

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第30話 前夜

 

カンナの長かった話が終わり、ナツメは昼寝のため自分の部屋へ退こうとした。

ずっと眠っていなかったのでここで一息入れたかったのだが、そこにスタジアムで

バトルをしていた二人が戻ってきた。どちらが勝ったのか、その様子ですぐにわかった。

 

 

「・・・あら、まさかカリン、あなたが負けるだなんて・・・珍しいこともあるのね」

 

「・・・・・・たまたまよ。長いことやっていればこんな時もある、それだけ」

 

カリンは不機嫌そうにタオルを椅子に向かって投げつけた。どうやらアカネの運任せ、

ばくれつパンチが決まれば勝ち、外れたら負けの博打が成功したようだ。先ほどまで

雑誌の人気調査のコーナーを読み、自身の愛する悪ポケモンの評価が不当に低いことを

憂えたカリンは、せめて実力では人気先行のポケモンたちに一泡吹かせてやりたいと

アカネにバトルを申し出ただけに、その苛立ちは計り知れなかった。

 

「へへへ・・・とうとうやったで。これまで一回も勝てなかった相手に勝つ、なんとも

 気分がエエもんやで・・・」

 

「そうか、よかったな。じゃあわたしは・・・」

 

出ていこうとするナツメの腕をアカネが掴んだ。行かせないつもりだ。

 

「どこ行くねん。次はあんたやで。この勢いであんたも食ったる」

 

しかしナツメは首を何度も横に振ると、その誘いには乗らないという感じで言った。

 

「・・・いや、今はやらない。少し休ませてくれ」

 

アカネのポケモンたちに疲労はなかったので、連戦も可能だったのだ。ばくれつパンチが

おそらく百発百中だったのだろう。一発でも外していれば勝敗は逆になっていただろうし、

仮に勝利したとしてもこんなにすぐ次のバトルとはいかなかったはずだ。

 

「なんやなんや、うちに負けるのが怖いんか?ああ、そうやったな。あんたもまた

 大の負けず嫌いやった。いまやったら負けてまう、そう思っとると・・・」

 

「・・・・・・もうそれでいい。とにかく寝たいんだ。エリカあたりとやれば

 いいだろう。エリカといえば・・・まだ部屋から出てこないのか?」

 

「どうでもええやんか!うちはナツメとやりたいんや!今日のこのツキなら

 あんたにだって勝てる!さ、早くスタジアムへ・・・」

 

こうなるとどうしようもない、ナツメも後ろで見ていた二人もそう思っていたところで、

二階から誰かが降りてきた。用意された部屋にほぼ一日籠っていたエリカだった。

手には彼女が持ち出していた有力なトレーナーたちのデータが収められたファイルが

あった。その両目は真っ赤に充血していたのだが、まさか徹夜で資料を研究していたのか、

皆が思うのはその程度のことで、実のところ彼女が膨大な人数のデータのなかでたった

一人のもの以外には目もくれず、しかもたびたび涙を流しながらそれを見ていたので

目はひどく腫れてしまっているとは誰も想像しなかった。

 

 

「・・・ずいぶんと熱心に調べていたようだな。わたしのデータはどうだった?

 なかなかのものだっただろう。だがサカキ以外の四人は誰が来るかわからない

 この戦い、あまり広く対策をするのも賢明ではないと思うが・・・」

 

「ええ。素晴らしい資料集でしたよ。ですがあるトレーナー・・・その者に

 関しては・・・わたしが見た限り二十程度の誤りがありました」

 

その言葉にナツメは信じられないといった顔でエリカに迫った。するとエリカは

問題の人物のページを開いた。アカネたちも注意深く読み返してみたが、

 

「・・・・・・誤り?」 「どこが?」

 

誰一人としてそれを見つけられなかった。よく分析されたデータであり、

二十どころかたった一つもわからない。痺れを切らしたナツメが言う。

 

「・・・もし間違いがあるというのなら教えてくれないか?それともあなたが

 不必要にわたしたちを混乱させようと出まかせを口にしているのなら別だが」

 

ところがエリカはくすりと笑うと、すたすたとナツメの横を通り抜けながら返した。

 

「冗談でしょう?教えませんよ。私だけがこの秘密は知っていればよいのです。

 私たちが一時的に手を組んでいるとはいえ最後には敵になると何度も言ったのは

 あなたではありませんか。誰がわざわざ教えてあげるものですか」

 

唖然とする皆をよそに、そのまま庭のほうへと向かってしまった。改めてもう一度

穴が開くまで調べたが、やはり何も見つけることはできなかった。

 

「やっぱりブラフなんじゃない?私だってこの『彼』とは対戦したことがあるし

 勝つために何度も映像を見て研究した。二十個も間違いがあるなんて思えない」

 

「・・・もういいだろう。どの道この男が出てくることはまずあるまい。これ以上

 討論するだけ無駄だ。何せ彼は三年前、あの『沈黙の日曜日』に突如いなくなり、

 そのキャリアを終えたのだ。あなたたちも知っているだろう」

 

話題のトレーナーと実際に戦ったことのないカリンとアカネも頷いた。トレーナー

のみならず、カントーとジョウトのポケモンバトルのファンは誰もがいまだ記憶に

残っているそのときの衝撃。新たな若きチャンピオンであるゴールドの快進撃により

ようやくそれらは過去のものになりかけていた。だが、ごく短い活躍の期間でありながら

歴代最強のトレーナーとして名を挙げるファンも多い、そんな男が確かにいたのだ。

 

 

 

 

 

それから日は過ぎ、とうとう対抗戦の前夜となった。ワカバタウンのゴールドは

この日も一日、100体以上の自身のポケモンとのトレーニングを終えた。

だが彼は、それに彼と共にいるミカンとクリスも明日のメンバーではなかった。

彼らのもとにサカキが訪れ、対抗戦の選出外であると告げたのだ。

 

『・・・というわけだ。チャンピオンのゴールドくん、あとそちらのお二人も。

 君たちは今回は外から見ていてもらいたい。他にメンバーの当てがあるのでな』

 

『なぜですか!?ぼくのポケモンたちの状態は万全です!あのどうしようもない

 最低のトレーナー、アカネを必ず完全勝利によって打ち砕いてみせます!』

 

『・・・それだ。君も、君の仲間たちもまんまとやつらの策に乗せられている。

 そのような冷静さを欠いた精神態度はポケモンたちにも伝染する。気合が

 空回りし技を外したり挑発を流すことができなくなり自滅したり・・・

 要するに、いまの君たちでは相手が誰であろうと不覚を取りかねないということだ』

 

 

ゴールドは引き下がるしかなかった。クリスは最後まで納得していなかったようだが、

確かに自分の憤怒や憎悪がポケモンたち、それも主力に影響し、トレーニング中も

常に気が張り詰めていた。本番でも実力を出し切れない可能性は高かった。

 

「・・・そうだな、まずはできることから始めないと・・・」

 

「だったらあれをどうにかしなさいよ。ずっとこのままってわけにもいかないでしょ」

 

共にいたクリスが指さした先には、先日ラジオでゴールドへの好意をほのめかすような

発言をしたために世間の目から逃げてきたアイドルのクルミがいた。

 

「わ――っ!これがレアコイル!初めて見た―――っ!とってもキュート!」

 

「・・・キュート・・・?珍しい感想ですね・・・あれ?確かずっと前の放送で

 レアコイルについてもっといろいろ、喋っていませんでしたか・・・?

 オーキド博士と詳しく・・・なのに初めて見たっていうのは・・・?」

 

「それは言っちゃいけない約束だよ!大人の世界にはいろいろあるんだからね」

 

いまだに発言の真意をよくわかっていないミカンが首を傾げていた。

 

「まったく・・・あんたがゲットしてくるのはポケモンだけじゃないみたいね」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃないだろう。困ったときはお互い様だろ。

 これもぜんぶあのクズのせいだ・・・おっと、ダメだ。落ち着かないと。

 つくづく迷惑をかけることにかけては天才的な女だ・・・・・・」

 

幸か不幸か、ゴールドはクルミが自分に特別な気持ちを向けているなどとは

思っていない。むしろ原因を作ったアカネへの怒りに意識は集中している。

 

(フフ・・・少し羨ましくもある。私が昔からいくら頑張ってもちっともこっちを

 見てくれないのに最近はずっとアカネ、アカネ・・・。何だか腹が立ってきた。

 今回は黙っているけれど、ゴールドよりも先に私がそいつを倒してやる)

 

常に報道陣を完全にシャットダウンするワカバタウンの一日が終わる。その静けさの

裏では、少年少女たちの熱がいまにも燃え上がり爆発しそうな勢いだった。

しかしそれを発揮する機会をこの度は与えられなかった。憎き敵に負けてほしい

気持ちは山々だったが、自分の手で倒してやりたいという思いは抑えきれず、

明日のバトルをどう観戦したらいいのか複雑な思いだった。

 

 

 

ゴールドたちの敵視するアカネはというと、忍び足で息を殺して歩いていた。

すでに部屋への侵入は成功している。あとはターゲットに狙いを定めるだけだ。

幸いなことに相手は机に座ったまま何か考え事でもしているようだ。こちらに

気がついていない。笑いをこらえながら接近し、最後は思い切りよく腕を伸ばした。

さすがにここまでくれば相手も気がついたがもう遅かった。なすすべなく餌食となり、

 

「・・・ひゃあっ!?な、な・・・」

 

「にひひ、あんたでもそんなカワイイ声が出せるんやなぁ。ま、それが聞きたくて

 こうして静かにやってきたんやけどな。どうや、四天王の忍びのキョウ以上やろ?」

 

部屋の主であるナツメの背中、その素肌の部分に冷たい手で触れていた。そのまま

以前のように彼女の胸でも掴んでやろうとしたところで振りほどかれたので

アカネはその両手で頭や頬をかいたりするだけだった。

 

「・・・・・・で、まさかこんなくだらないことをするためだけにきたのか?」

 

「まさかぁ。いやいや、なんせ明日は運命の分かれ道の大勝負!どうしても緊張して

 これじゃあ眠れそうにない。あんたの超能力にないんか?緊張を和らげて

 くれるようなちょうどいいやつは・・・」

 

「そんなものはない」

 

やはり怒らせてしまっただけありナツメはそうとう不機嫌なようだ。それでもアカネは

悪びれず、馴れ馴れしくべたべたと彼女に密着しながら言う。

 

 

「まぁまぁ、そう言うなや。何ならこのうちの胸、揉んでみてもええで?うちだけが

 あんたの身体を堪能したんじゃ不公平やからな。それで気が収まるなら・・・」

 

「・・・どうしてそうなるんだ。しかも言い方が何というか・・・だが・・・・・・」

 

ナツメはアカネの豊満な膨らみに視線を移した。自分よりも若いのにこれほどのものを

持っているとは・・・などと考えているうちに自然と手が動いていた。

 

「・・・・・・んっ・・・で、どうや?感想は」

 

「同じ人間という生き物だとは思えませんでした、終わり」

 

希望と絶望が同時にやってきたかのような感触だった。その柔らかさに包まれたときの

天国と、自分の胸を目にしたときの地獄。言葉も短かった。

 

「まあそう悲観したらアカン。大きかったってよかったなんて思ったことないで。

 でも・・・この間触った時も感じたんやけど・・・あんた、いつも着とる公式の

 ユニフォーム、ホラ、この間の戦いのときもあの服だったやん。あのときは

 もっと胸元が膨らんどったような・・・まさか?」

 

「・・・あんな服でピッチリしてたら蒸れるしいろいろとまずいだろう。少し

 余裕を持たせていただけだ。それ以上の意味はない」

 

「そ、そうか?それだけであんなに変わる・・・いや、何でもない。やめとくわ」

 

それ以上追及しなかった。その後は一切この話題に戻ることなく雑談をし、

やがて夜も遅くなった。ナツメはベッドに入って眠る準備をしたが、アカネも

当然のようにいっしょに入り込んだ。いまだ目は冴えたままだった。

 

「やっぱ寝つけんわ~。他の三人はもう寝たんやろか?あんたは興奮も緊張も

 不安もないんか?なあ、勿体ぶらずに自慢の超能力でどうにかしてくれや」

 

「・・・だからそんなものはないと言っただろう。あったらわたしが使っているさ」

 

「じゃあしゃあないか・・・ん?あれは・・・・・・」

 

アカネは自分が部屋に入る前からナツメがいた机の上に薬が置いてあるのを見つけた。

もしかしたら睡眠薬だろうか。やはりナツメといえど明日の決戦に向けて

少なからず自分と同じような気持ちを抱いているのだとアカネは逆に励まされた。

 

「飲まなくてええんか?」

 

「・・・今日は必要がない・・・あなたが来なければ飲んでいたかも。

 でもこうして話していればその薬に頼らなくてもよくなった」

 

催眠術というものもあるのだ。探せばいくらでもこの場に適した超能力は

ありそうだが、それでもナツメは薬、またそれ以上に人の心を求めた。

この十日近く共に過ごし、アカネはナツメについてある結論にたどり着いた。

 

 

「これでハッキリしたで。ナツメ・・・あんた、その超能力を使うのはあまり

 好きやない・・・図星やろ?エスパーレディだのエスパー少女だの呼ばれても

 あんたは実はその力自体が多分好きやない・・・いや、絶対に嫌い!違うか?」

 

「ほう」

 

「そりゃそうやろ。ここに来てからはコガネにワープするためのテレポート以外

 全く使ってないんやから。そんな便利なモンをわざわざ使わんというのは

 よっぽどパワーを消耗するか、使いたくないか、どっちかしかないやん」

 

アカネの指摘は正しかった。ナツメがテレポートを使い屋敷から出たのも

ここが誰にも知られていない秘密の場所であるためで、もしそうでなければ

ポケモンや普通の乗り物を利用していただろう。また、自身の趣味やポケモンの

育成、バトルで勝つために費やした労力とその成果に自慢の超能力が一切

関わっておらず、ラジオ放送やアカネの実家での話題でも、生まれながらにして

備わっていたという力について触れることはなかったのだ。

 

「まあ・・・そうだな。別に隠すことでもないし、深い理由もないが。

 ポケモンバトルに超能力を持ち込むのはインチキだと前にも言っただろう。

 あとはこの力に頼りすぎると自分では何もできなくなる、そんなものだ」

 

「・・・う~ん・・・もったいない気もするけどなぁ。でも明日は頼むで。

 あんたのテレポートが失敗したらうちら全員不戦敗やで・・・」

 

アカネが冗談交じりに言う。するとナツメは両手でアカネの手を掴んだ。

 

「・・・勝ちましょうね・・・明日のバトル」

 

「ん・・・当たり前やん。誰が相手でも食ってやるで」

 

 

ナツメがごく稀に見せる穏やかで優しさに満ちた顔。明日になるとまたいつもの

険のある攻撃的で過激な彼女に戻ってしまうのだろうが、いまはそれを隠すことなく

見せてくれている、しかも自分にだけだ。それを思うと自然と同じベッドの中で

横になる目の前のナツメに抱き着いていた。不思議なことに、そうすると明日の

戦いへの恐怖や懸念、その他マイナスの感情が消えてなくなっていった。

 

「ふふふ、残念やな。あんたが男やったら惚れてたかもしれんのになぁ」

 

「そんなことはどうでもいい。これであなたが落ち着くのなら。そうだ、

 せっかくだし明日のことについてもう少し話しておきたい点が・・・」

 

彼女たちの夜はまだ終わらなかった。共に微笑みながら和やかな雰囲気で

語り合った。もし誰かがこの光景を見たならば、二人のことを余程仲のいい昔からの

親友なのだろうと思うか、もしくは女同士の妖しい関係ではないのかと疑うだろう。

もっとも、ナツメをよく知る人物であれば、まさかこれほどまでに他人を近づけ、

心を許すかのような表情をするとは、という驚きが先行することだろう。

それは彼女のポケモンのなかでも力ある者、フーディンも同様だった。

 

 

(慣れないことを・・・よくない方向に向かわねばよいが。有能な人間であっても

 どうしようもない愚図に足を引っ張られ自らも転落・・・歴史は繰り返すものだ。

 いざとなれば強い行動を持って矯正してやらねばならないな・・・)

 

フーディンはナツメたちとは正反対の、苦々しい顔つきで腕組みをしながら

部屋の外で立っていた。何かを思い出しながらそうしているようにも見えた。

 

 

 

この真夜中、眠らないどころかいまだ険しい道のりを歩き続けている一人の男と

彼に付き添うポケモンがいた。サカキとスピアーだ。大事な決戦があと半日後に

控えているというのにいまだ自らのチームに加える最後の一人にはまだ出会えずに

いた。近くまで来ているのはわかるが、その者を説得するのにも時間がかかるだろう。

 

「他の者たちにはそれぞれ現地へ向かうように伝えてはいるが、どうやらわたしたちは

 目的を果たした後は直行することになりそうだ。忙しくなるぞ」

 

「・・・・・・・・・」

 

すでにバトルのために選び抜いた六体のポケモンの調整は終えた。これまで以上に

ハードトレーニングで鍛えぬき、最高の仕上がりと言ってよかった。だがそれも

無事にその舞台に立てたら、の話だ。この先全てがうまくいくか、サカキにも

わからない。もしかしたら仲間に加えようとしている者を連れてこられずに終わるかも

しれない。最悪サカキ自身がここから生きて帰れない可能性もまだある。

 

「・・・だが面白いじゃないか。お前も楽しんでいるだろう、なあスピアー!」

 

「・・・・・・」

 

主人の問いに言葉は発さないが肯定の意を示す。だが、ここでスピアーは何かの

気配を察し、その羽音を小さくした。逆に警戒心はどんどん高まっている。

 

「おお、そうか、とうとうか。さて・・・行くぞ!」

 

ついに目的の人物のもとへとたどり着いたようだ。深夜で相手が寝ていようが

関係ない。サカキはモンスターボールからスピアー以外のポケモンたちも

全て外に出し、これから始まるであろう戦いに備えた。

 


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