ポケットモンスターS   作:O江原K

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第32話 ブラックボックス

 

サカキと彼が連れてきた四人の謎に満ちた装束姿の者たち、そしてナツメと仲間たちは

それぞれの控室ともいえる互いの陣営の敷地内にある黒い箱の中へと向かう。

その中に入ってしまえば姿も声も遮断される。その直前にサカキはナツメに言った。

 

「お前とそのフーディンはわたしが倒す!それが今回わたしの、そしてスピアーが

 動いた理由だからだ!ぜひお前と戦えることを願っているぞ」

 

「くく・・・こちらも同じ考えだ。目障りな老害をこの手で除き去ってやろう」

 

「羽音がうるさい害虫もまとめて・・・ですね。この間からずっとわたしに

 何やら敵意を向けているようですが・・・駆除してさしあげますよ」

 

両チームの大将格とそのそばにいる決してモンスターボールに入らない、相棒である

ポケモンたちも睨み合う。しかしこの場でのバトルとはならず、静かに視線を

逸らすと、箱の中へと姿を消し、扉は閉じられた。外からの音も一切聞こえなくなった。

 

 

「・・・で、どうする?誰が一番手でいく?結局相手はサカキ以外誰も

 明らかになっていないことに変わりはないけれど。ナツメ、あなたなら

 透視とかできたんじゃないの?やつらの正体を露わにすることくらい・・・」

 

「そうですね。あなたにしては軽率であったと思いますが」

 

サカキの提案したこの方式での戦いに合意こそしたが、最後までナツメが何も

することなくこの部屋に入ってきたことに仲間たちは不満をぶつけてきた。

それに対しナツメは少し間を開けてから、驚いたふりをしてこう言った。

 

「なんだ、わざわざそこまでしてやらないと自信がないのか?そんなはずはないだろう。

 誰が来ようが勝つ、わたしたちはそういう者の集まりであったはずだが・・・」

 

「その通りや。うちらに文句のあるやつはどんなやつだとしても血祭りにしてくれる、

 違うか?多少の相性なんか格の差で押し切ったる・・・うちはそのつもりや」

 

ナツメが必要以上に超能力を使いたがらないことをアカネはわかっていたので

彼女をフォローするかのようにすぐに同調するような意見を述べたのだ。すると

他の三人もそれ以上は追及しなかった。バトルに勝つことだけを考える。

 

「アハハ、初めからあんたの助けなんて必要としていないわ。意外だっただけよ。

 あなたたちはわたしの手駒なのだから死ぬ気で最低二人は勝てとか言っていたのに

 これといった手を何も打たずにいるのがね」

 

カリンがナツメの無策ぶりを笑った。ところがナツメの答えは予想だにしないものだった。

 

「いや、そのことなんだが・・・フーディンと話したのだが、あなたたちが

 四敗しようが構わない、その結論に至った。別荘での初めのほうの日で

 言ったことは撤回する。あなたたちの勝敗などどうでもいい、勝手にやってくれ」

 

「・・・はぁ?」

 

「これは団体戦ですよ?私たちが三敗したらあなたも敗北者となりますのに」

 

突然の心変わりに驚きを隠せずにいる仲間たちに、今度はフーディンが話す。

 

「いえいえ、別に負けろとは言っていませんよ。勝とうが負けようがどちらでもいい、

 それだけのことです!その方法はいまは話しませんが仮にあなた方がストレートで

 四連敗してもわたしたちだけでそこから逆転する手段を思いついたので、それで

 興味が失せただけなのです。ですからどうぞご自由に!」

 

何らかの策があるのは確かなようだ。どのようにして一勝四敗の状態から

勝者になろうというのか。しかしそれを聞く必要はない。もともと誰も

ナツメのために戦おうなどとは思っていない上に、自分が敗者になると

考えて戦いに臨んだりはしない。つまりありえない仮定なのだから全く

気にしなくてもいいというわけなのだ。怒りや苛立ちを見せる者すらなく、

 

「今さら言われなくても最初から勝手にやらせてもらうつもりよ。せいぜい

 気をつけることね。もしかしたらあなただけ負けるということもありえるわ。

 一勝四敗ではなく四勝一敗。誰もがあなたの首を狙っているわ」

 

「当然私たちも、特にあんた対策はばっちりなんだから。楽しみにしてなさい」

 

 

闘争心を隠さずに宣戦布告する仲間たちに、ナツメは静かに笑った。

彼女たちのその闘志を引き出すことが望みでこのような態度をとっているかのようだ。

その隣で、アカネもなぜか笑っていた。ただ、その笑い方はナツメとは全く違う、

にやにやとしたものだった。

 

(にひひ・・・うちだけがナツメのホントの気持ちを聞いちゃってるもんね・・・)

 

昨晩、ベッドで最終的に抱き合う形になりながらナツメから出た言葉。一瞬まるで

天使なのではないかと錯覚した、慈愛に満ちた顔とその優しい口調を思い出す。

 

『・・・勝ちましょうね・・・明日のバトル』

 

きっと他の三人に対してもどうでもいいだなんて思っていないはずだ。あくまで

彼女たちをいま発奮させるために一番効果的なやり方がこれであり、もっと時間が

あれば違っただろう。それでもアカネはナツメの『ほんとうの顔』を自分だけが

知っているということににやけた笑みが出てきたのだ。

 

「・・・・・・?どうしたのかしら?突然・・・」

 

「気味が悪いですね」

 

仲間たちの目も気になっていない様子だった。するとここで機械の声が流れ、

 

『第一試合開始まであと一分!第一試合開始まであと一分!』

 

突然のコールだった。ただ、それに焦っているのはいままで気持ちが飛んでいた

アカネくらいなもので、皆落ち着いて誰が行くかを決めようとしていた。

 

 

「うわっ!ど、どうするんや!大事な初戦!誰が行けば・・・」

 

「相手はサカキ以外誰かもわからない。どんなポケモンを使うのか、それも

 何も情報がないんだ。だったらいろいろ考えても仕方がないだろう。

 やりたいやつがやればいい。自分こそが先鋒にふさわしいと自負するやつが」

 

ナツメのこの一言に反応し、扉の前に歩き出したのはカンナだった。

 

「なら私以外にいないわ。四天王だったときはその一番手として数えきれないほどの

 力なき挑戦者たちを退けてきた。リーグトーナメント戦ではどんな相手だろうが

 相性に関わりなく圧倒した私が行かせてもらう、構わないわね」

 

かつてポケモンリーグの門番と呼ばれた彼女だったが、まさに鉄壁そのものであり、

カントーかジョウトのバッジを八つ集め、チャンピオンロードという最後の試練を

乗り越えたトレーナーたちに絶望を与えてきたのがカンナだったのだ。また、彼女の

ポケモンは弱点が少なく、相手がわからないとしてもあまり問題にはならなかった。

 

「よーしわかった、最初に愚か者どもを蹴散らす役目はくれてやる。文句をつける

 やつもいないようだしな・・・」

 

他に席を立つ者はいなかった。カンナだけがただ一人扉を開けて出ていく。

 

「先ほどまであんなに意気込んでおられたのに・・・よかったのですか?」

 

「あ、ああ。ひとまずここは見に回らせてもらうわ。先輩方のお手並み拝見や」

 

控室である黒い箱からスタジアムに出たカンナ。すぐに大観衆の熱気に満ちた歓声が

響き渡った。彼女が出たと同時に控室の壁が一時的に取り除かれた。バトルの間は

仲間たちも後ろから観戦できる形になっている。サカキがロケット団時代、組織の

技術力を駆使して完成させたシステムだけあった。

 

 

「さて・・・私の相手は・・・・・・あら!」

 

カンナは口に手を当てて意外なものを見たかのような顔をする。それもそのはず、

 

「フム、わたしの復帰戦の相手に不足はない。元四天王、氷の女カンナか」

 

大将であるサカキが早くも登場したからだ。彼の後ろには依然として姿を隠した

覆面と装束姿の四人組が座っていた。開幕戦はサカキ対カンナで決まった。

 

「ナツメ!これは・・・いきなり運がよかったんとちゃうか!?」

 

「うむ、あの男のポケモンは地面タイプがほとんどだ。つまりカンナの有利は

 揺らがない。まあ勝負事に絶対はないが・・・」

 

カンナもこれはやったと思ったか、次第に笑顔になっていった。サカキはそれを見て言う。

 

「・・・どうした。宝くじでも当たったか?突然笑いだすとは・・・」

 

「あはは、面白いことを言うのね!でも残念ね・・・勝負はすぐに終わるわ。

 だってあなたのポケモンじゃあ凍る前に瀕死になって終わっちゃうじゃない!

 ジムリーダーをやめて確か三年と数か月、せっかく復活したというのに気の毒ね。

 でも出てきた以上、こうなる覚悟はできていたんでしょう?」

 

サカキは全く表情を変えなかった。十日前にこのスタジアムに現れたときはスーツ

だったが、今日はどこにでもいるトレーナーの標準服だった。一からの出直しの

意志なのか・・・特別に着飾ったところは何もないシンプルなものだった。

 

「ああ・・・早い決着になるだろうな」

 

たった一言返答したサカキに、これは何かあるとナツメは直感で感じ取った。

しかしその心を読もうとはしない。彼がフェアに戦おうとしている以上は

超能力を使うことはない。何かあるといっても戦術の問題だからだ。

かつての部下たちや武器を用いないのだから、ナツメもそれに付き合っているのだ。

 

 

『世間を震撼させたあの大事件から十日!完全決着の舞台は整いました!

 リーグ本部と真っ向から対立した五人の女性トレーナーによるポケモン界を変える

 革命が実現するのか!それとも長き沈黙を破り復帰したカントーの帝王が

 その進撃を止めるのか!解説はポケモン研究の第一人者オーキド博士です!』

 

『よろしくお願いするぞい。どんな結果になろうとも早くカントーとジョウトの

 ポケモンに関わる様々なものが正常に機能してくれることを願うばかりじゃ。

 わしのラジオ、ポケモン講座も収録中止になってしまったからのう』

 

『まったくです。私も実況の仕事がなくなったら困りますからね。さて、ここで

 今日のバトルの審判団を紹介しましょう!反則や戦闘不能の判定などは

 この三人が行います!まず一人目はニビジムのリーダー、タケシ!』

 

この男ならばいかにリーグ側の人間であっても公平なジャッジをしてくれるだろう。

タケシを見て安心したナツメたちであったが、二人目以降の面子に思わず天を仰いだ。

 

『二人目はヒワダジムのリーダーであるツクシ!いま丁寧に礼をしております・・・』

 

アカネと対立しているジムリーダーの一人であり、ナツメとも因縁がある。半年前の

裏ジムリーダー対抗戦では裁定をめぐってもめた挙句、ナツメのスリーパーに

襲われかけたのだ。距離は離れているが、確かにこちらを睨みつけているのがわかる。

 

『そして三人目、今日の責任審判です。エンジュジムのリーダーマツバ!

 会場の女性ファンからは歓声が飛んでいます。さすがは人気者だ!』

 

先ほどまでのトークショーのなかでアカネにナンパや女遊びを暴露されたマツバだ。

彼はマイクを手に取り、様々な注意やルールの説明を済ませた後、声の調子を変えて言う。

 

『え~・・・最後に一つ。誰とは言わないけど、後で覚えておけよ』

 

それだけ言って着席した。バトルの前で緊迫していた空気が途端に笑いの渦に包まれた。

いまだ頭を抱え天を仰いだままのアカネの隣に座るナツメとエリカも笑いながら、

 

「ははは・・・まあ身から出た錆だな。多少の不利な判定は覚悟するんだな」

 

「それくらいで済めばよいでしょう。もしかしたら開始と同時に三体戦闘不能と

 されるかもしれませんよ?わずか数秒での試合終了もあるのでは?」

 

そんなことはまずないとしても、まだ始まってすらいないのにピンチとなって

しまったアカネ。だが全ては自分が招いたものなのだから誰にも文句は言えない。

 

 

「・・・愚か者は自ら我が身に患難を引き寄せるというが・・・カンナよ、

 お前はどうだろうな。このわたしと対戦することになったいま、お前の

 行く末はもはや暗闇しかない。一連の行いを後悔することになるだろう」

 

「あら、私をあんなバカといっしょにしないでよ。まずはここであなた相手に

 時間も労力もそれほど消耗せずに勝つ。帝王だとか言われていたようだけれど

 リーグ四天王とジムリーダー、その格の違いを教えてあげるわ」

 

緩みかけた場の空気が一瞬で引き締まった。互いにトレーナーの立つポジションに

向かい、場内も静かになる。これほど期待を引っ張っておきながら、始まるときは

あっさりとしていた。進行は滞りなく進み、そのコールが響き渡った。

 

 

『バトル・・・開始っ!!』

 

 

再び割れんばかりの歓声が沸き起こる。公平性を期すために、最初のポケモンを

出すタイミングは同時に行わなければならない。遅れた場合はやり直しとなるが、

駆け引きに持ち込もうとしたり相手の手の内を覗こうとする悪質なプレーの

防止のため、審判が認めた場合はペナルティーが科されることになっている。

 

「ペナルティー・・・それってどんな?」

 

「実際にはほとんどありませんが、このバトルは先に三体倒されたほうの負け、

 ですから反則を犯した場合それが二体倒されたら負け、となるでしょう。かなり

 厳しいですよ。あまりにもひどい反則であれば即座に敗北とされますが・・・」

 

サカキから今回の対抗戦ではメンバーに加えないと言われたチャンピオンのゴールド、

それに彼と共にいる同郷の幼馴染クリスタルとジムリーダーミカンは客席の一番前、

かなりの特等席で試合の行方を見守ることになった。サカキが彼らのために用意した

席であり、バトル中のトレーナーとポケモンはもちろん、後ろに控える四人の

トレーナーたちまでもがしっかりと肉眼で確認できるほどの場所だった。

ゴールドはサカキが連れてきた四人の謎のトレーナーたちを注意深く見てみたが、

 

(全くわからない・・・!おれの知っている人たちなのか?)

 

もともと似たような背丈の者たちをスカウトしたのか、それとも何らかの方法で

見た目を調整しているのか。何回見ても正体がわからないのでもうあきらめた彼が

次に眺めるのは、憎き相手であるアカネと、その隣にいるナツメだった。

 

(もしあいつらがまた信じられない暴挙に出たのなら我慢はしない。

 この位置ならいつでもフィールドに飛び入ることができる!)

 

優等生の少年として知られているゴールドだが、ロケット団の秘密基地に乗り込み、

危険な洞窟の最深部まで探検し、ポケモンリーグでの戦いを勝ち抜いた男なのだ。

常軌を逸した精神力と行動力がなければいかにポケモンを扱う腕が天才的でも

このような歩みはできない。そんなゴールドだ。十日前の式典を破壊されたときに

これまで以上の怒りを抱いた相手が目の前にいるのだから、このまま最後まで

ジュースと軽食を楽しみながら座っているつもりは全くなかった。

 

「いや・・・いまはバトルに集中しよう。あいつに気をとられている場合じゃない。

 今回五人の枠から外されたのもそれが原因だったじゃないか・・・」

 

ゴールドは自分を戒め、これからバトルを行うフィールドの中心に目をやった。

カンナとサカキ、どちらもルール通り全く同じタイミングでボールを投げた。

 

 

「いきなさい、ジュゴン!楽しむ必要はないわ、早々に終わらせなさい!」

 

「・・・ゆけ、サイドン。わたしが求めているものはただ一つだ、わかっているな」

 

ジュゴン対サイドン。この勝負から第一試合が、そして長い一日が始まるのだ。

 


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