ポケットモンスターS   作:O江原K

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第33話 カントーの帝王

 

対抗戦第二弾の初戦、サカキ対カンナ。一番手という大役を任されたサイドンと

ジュゴンが試合開始の合図と同時に突進していった。すでに互いの主人から

最初に繰り出す技の指示は受けている。大歓声にも慣れているこの二体が

興奮し舞い上がることはなく、適度な闘志と戦意を胸にバトルに臨んでいた。

 

『あ――っ!スタジアムに大量の水が出現した――――っ!』

 

『うむ、ジュゴンのなみのりに他ない。サイドンの弱点中の弱点じゃ』

 

ジュゴンが波に乗り、サイドンを水没させて一撃で仕留めようとする。だが、

その水を引き起こしたのはジュゴンだけではない。その対面からも波に乗った

ポケモンがいた。なんとサイドンもまたなみのりの技を選択していたのだ。

 

『こ、これは!なみのりの共演だ―――っ!カンナのほうは当然としてサカキも

 同じ技を命令していた――――っ!しかしサイドンになみのりとは・・・!』

 

場内もどよめいていた。この技を覚えさせていることも含めて想定外だった。

 

「・・・相殺された!でも水を使うのが本職なのはジュゴン!」

 

「ああ、このままぶつかればジュゴンが勝つだろう。だが・・・・・・」

 

後ろで戦いを見ているナツメが言い切る前に二体のポケモンの波が激突した。

 

「ンア―――ッ!!」

 

「ギャ・・・ギャオオオ―――ッ・・・」

 

しばらくは均衡していたが、やがてジュゴンの作り出した波のほうが優勢となり、

サイドンも堪えてはいたもののついに波に飲まれて姿が見えなくなった。

 

『決まった――――っ!あとはダメージがどの程度のものなのか・・・』

 

「ふふ、見なくてもわかるわ。戦闘不能以外にない。ちょっと驚かされたけども

 それだけに過ぎなかった。勢いを多少弱めたところで耐えられるものじゃないわ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

やがて波が引き、ジュゴンはバトル開始の際のポジションに戻った。カンナも

ジュゴンも、次にサカキが繰り出すポケモンを待っている。どの道水の技や

氷に弱いポケモンたちばかりだ。三連勝もあると考えていた。

 

「まずは一勝。お次は誰で来るのかしら。今度は氷の技で・・・・・・」

 

カンナの余裕に満ちた言葉が途切れた。水が完全になくなったフィールドに、

倒したものだと思い込んでいた重戦車が二本の足でしっかりと立っていたからだ。

 

「・・・なっ・・・!!」

 

「ふふ・・・このくらいは凌いでもらわないと困る。さあ、やれ!」

 

「ギャァ――――オ!!」

 

サカキはジムリーダー時代からエースとして使っていたサイドンに全幅の信頼を

置いていた。なみのりを耐えた後のことまでサイドンに指示を与えていたので

ダメージが軽くなかったとはいえその初動は速かった。

 

「・・・ジュゴン!もう一度!サイドンが何かする前に・・・」

 

「ポケモンへの命令が遅い!無駄だ!」

 

もう間に合わない。攻撃を受けたうえでの反撃によって倒すしかなくなった。

サイドンも手負いなのだ。こちらも一回は攻撃を耐えてすぐに、カンナは再び

なみのりをするように指示を出したが、サカキの言葉通り、それは無駄だった。

いかにタフなジュゴンであろうが、この技を受けてはどうしようもなかった。

 

 

「サイドン!つのドリル――――――っ!!」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

サイドンの角が高速回転し、そのままの勢いでジュゴンを貫いた。

悲痛な鳴き声を小さく出すと、ジュゴンはばたんと倒れて動けなくなった。

 

『ジュゴン・・・戦闘不能!』

 

一撃必殺のつのドリルが鮮やかに決まった。大きな歓声の中、カンナはすぐに

ジュゴンをボールには戻せずに、いまだ起きた事柄を受け入れられずにいた。

氷の女であるカンナが大きく取り乱すことはなかったが、ショックだった。

 

 

『これはどうしたことか!確かジュゴンのほうがサイドンよりも素早いはずです!

 なのにサイドンの動きは俊敏で的確に命中率の低い大技を決めたのです!

 しかもなみのりを耐えてみせるとは・・・オーキド博士、これは・・・』

 

『フム、ポケモンへの信頼と愛情があればこのようなことも起きるのじゃ!

 あのサカキ・・・何やら若き頃の情熱が蘇っておるように見えるわい』

 

オーキドが二十年以上前に見たサカキがいまここにいるかのようだった。彼は

その立場上、サカキに関するよくない噂が耳に入ることもあった。それらを

全て退けてはいたが、彼からポケモンへの思いが薄れていると感じていた。

それが沈黙の時を経てここに復活し、思わず嬉しさを隠せずにいた。

 

観客たちもカントーの帝王が強さを保っているどころか凄みを増していることに

感嘆の声をあげていた。もちろん、カンナの後ろにいる四人はそうではなかった。

 

「・・・おかしいやんか!あのオッサン、ドーピングしとるんやないか!?ナツメ!」

 

アカネはナツメに解説を求めた。カリンもナツメが何を語るのかを待っていた。

オーキドと違いナツメは信頼や愛情などという言葉で片づけたりはしないはずだ。

なぜ圧倒的優勢の状況からジュゴンは倒されたのか、それを知りたかった。

ナツメは無表情のまま、感情を加えずにただ彼女から見た『事実』を語った。

 

 

「理由は多々あるが・・・まずはカンナに責任がある。サカキが対戦相手と

 決まった時からもうおかしかった。何かあるとは思っていた」

 

ナツメの指摘は正しかった。いかに冷静沈着な氷の女と呼ばれていようが感情はある。

負けてしまったらすべてを失うこの戦いに緊張していないはずがなかった。

そこに相性を考えたら圧倒的に優位なサカキが対戦相手と決まったのだ。

 

「僅かに弛緩していた。これなら勝ったと安心していた。まだ始まってすらいないのに。

 だからその後に起きたいくつもの予想外の展開への対処が遅れた」

 

サイドンがなみのりを使って対抗してきたこと、ぶつかり合いで勝ったのに敵が

倒れずに立っていたこと、思わぬ速さで次の攻撃に出てきたこと・・・それらに

ジュゴンというよりはカンナが虚を突かれ、対応しきれずに倒されてしまったのだ。

 

「有利であるからこそ何かあったところで落ち着いていればよかったものを。

 安堵のせいで自分から隙を見せ動揺するとは・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

誰が相手であろうと気持ちを乱されてはならないとカリンたちは気を引き締めた。

それが勝って当然だと思える相手だったときこそそうしなければならない。

ナツメの言葉は決して精神論や結果論ではない。おそらくもっと深く尋ねれば

更に詳しく、理にかなった深い説明をしてくれるだろう。

 

「あともう一つええか?オッサンのドーピング疑惑は・・・」

 

「サイドンの俊敏性、なみのりを耐えた体力、それに一撃必殺の一発成功のことか。

 そっちはもっと簡単な話だ。もうすぐあの男自らその理由を教えてくれるさ」

 

ナツメがフィールドを指さす。ようやくカンナはジュゴンを戻し、次のポケモンの

入っているモンスターボールに手を伸ばしていた。

 

 

「ふふ・・・なぜという顔をしているな。では教えてやろう。お前にとって

 信じ難い多くの現象の数々について・・・単純なことだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「それは鍛え方の違いだ!圧倒的なレベルの差!ただそれだけのことなのだ!

 これでわかっただろう!元四天王カンナ、お前に勝機など全くないと!」

 

サカキもカンナの交代のタイミングに合わせてサイドンを引っ込めた。こちらは

まだ戦闘不能となっていないため、バトルの途中で再登板ができる。

 

「なめた口を・・・!パルシェン!」

 

「こちらの二体目はこいつだ。ダグトリオ!」

 

やはり相性だけで判断するならカンナのほうが優勢だ。先ほどの失敗を踏まえ、

すぐにカンナはパルシェンに指示を出す。要塞のような殻がぱかっと開いた。

 

『速攻だ!れいとうビームだ!ダグトリオ目がけて一直線―――っ!』

 

ダグトリオはどれだけ鍛えても体力の低さや防御の薄さを克服しきれない。

ならば今度こそ瞬殺だと人とポケモンが共に自信に満ちた一撃だったが、

 

「ふん、弱小な者ほど自分に都合のいいことしか考えないようだ」

 

「はぁ!?」

 

「こいつの体力や防御力だけしか気に留めていない。甘すぎる!」

 

パルシェンのれいとうビームがダグトリオに当たることはなかった。なぜなら、

得意技であるあなをほる攻撃によって身を地中に隠してしまったからだ。

 

「・・・あなをほる攻撃・・・!?じわれが来るものだと・・・」

 

「わたしを一撃必殺技しか能のない博打好きな男だと思うな―――っ!」

 

地中から戻ってきたダグトリオがパルシェンの殻が閉じきる前に攻撃を当てた。

 

「パッギャ――――ッ」

 

下からの強烈な攻撃にパルシェンは転がって悶絶している。その間にダグトリオは

またしても地面に潜った。どこから出てくるのかもうわからない。

 

 

「く・・・パルシェン!鉄壁ガード!」

 

「ガギッ!」

 

ただ殻にこもる以上の防御、完全なる守りの態勢に入った。『まもる』態勢でいる間は

自身も攻撃ができないが、どのような技で来ようとノーダメージで凌げる。

ひとまずはダグトリオの攻めのリズムを崩せると考え防御に入った。ダグトリオは

それを知ってか、穴から出てはきたがパルシェンから離れた場所で地上に出た。

 

「ふふふ、さすがにそう簡単には決まらないか。だがダグトリオ、何度でもだ。

 体力はなくとも根性はあるはずだ。やつらを追い詰めろ」

 

ダグトリオはあなをほる攻撃を続け、パルシェンは身を守る。その都度反撃の

機会をうかがうも、じわれのことを考慮すると深追いはできず、この一見

何の動きもない攻防がしばらく続いていた。

 

「惜しいわ。もう少し近づいてくれたら至近距離からの攻撃ができるのに。

 このままだといつか守りに失敗して・・・」

 

「・・・いや、そこまでいかないな。その前に決着する。勝敗は変わらないがな」

 

ナツメは戦況を眺め、やはりここもサカキに軍配が上がると告げた。

 

 

(・・・・・・いい加減、もう攻めなきゃだめ。こっちは後が・・・・・・)

 

カンナの額から汗が落ちる。押し込まれていることからくるものだった。

ダグトリオならばパルシェンの本気の攻撃を一撃当てたら落とせる。逆に

もう一度ダメージを受けてもパルシェンであれば耐えられる可能性がある。

それに賭けないとこれ以上はジリ貧だ。どこからダグトリオが出てくるかを

先に予想し、姿が見えた瞬間にれいとうビームを被弾させる。それしかなかった。

サカキが徹底的に鍛えただけあり、普通のダグトリオよりも遥かに速い。

あの三つの顔が見えてから攻撃したのではまた地中に逃げられてしまうだろう。

 

(・・・まさにモグラ叩きゲームね。くっ・・・圧倒的に有利だったはずなのに

 私たちのほうが運任せの勝負を強いられることになるなんて・・・)

 

抑えなければと思っていても苛立ちや焦りが押し寄せてくる。このモグラ叩き、

戦っているパルシェンの直感に任せていいものか、それとも自分が相手の動きを

読んで的確な指示を出してやるべきなのか、それすら定まっていなかった。

 

(カントーの帝王・・・サカキ!私が生まれたときにはもうトキワシティの

 ジムリーダーだったという男。確かにただ者じゃあなかった。でもそんな

 強豪を倒してこそ夢に手は届く!いいじゃない、やってやるわ!)

 

ここでカンナは自らがダグトリオの動きを見極め、れいとうビームを放つべき

ポイントを見つけてやろうと決めた。するとその動きに法則性があるのを見つけた。

観察してみたところ、予想通りの場所に顔を出し続けていた。

 

「・・・落ち着いて冷静に見ていればもっと早くわかったのに・・・!

 だけどもう惑わされないわ!パルシェン!あの位置に全力を――――っ!!」

 

パルシェンは殻から顔を出してれいとうビームを撃ち込んだ。そしてダグトリオに

直撃・・・するはずだった。ところが攻撃は外れた。今に限ってダグトリオが現れない。

 

「・・・パギャ!?」

 

「そんな・・・!まだ地中に!?タイミングが悪かった・・・!?」

 

トレーナーもポケモンも同じように信じられないといった様子で呼吸を乱す。

だから気がつかなかった。ダグトリオはすでにパルシェンのすぐ背後にいた。

この真剣勝負、今さら気がついたところで手遅れで、『待った』もない。

 

「・・・・・・・・・あっ・・・」

 

「お前が冷静さを欠いているのは最初からだ。初めから攻め一本で来られては

 勝負もどうなるかわからなかったのに・・・押し引きが中途半端だ!

 これでわかっただろう!お前がわたしに勝つことは万が一にもないと―――っ!!」

 

 

ダグトリオのじしん攻撃が炸裂した。鉄壁を誇るパルシェンが簡単にダウンした。

 

「グボォッ・・・・・・」

 

『・・・パルシェン、戦闘不能!カンナ、残り一体!』

 

ダグトリオは無傷でパルシェンを撃破した。サイドンも控えていて、更にまだ

もう一体サカキは残している。対してカンナは最後の一体しかおらず、完全に

窮地に追い込まれた。というより、この流れであれば大勢は完全に決していた。

 


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