ポケットモンスターS   作:O江原K

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第35話 逆王手

カンナの最後の一体はラプラス。サカキのほうはすでにダグトリオを戻し、再び

サイドンに交代している。ラプラスの攻撃が命中したら先ほどの戦いでダメージを

負っているサイドンは確実に倒れる。この交代の理由は二つ考えられた。

 

『これは・・・何らかの補助技を使って控えている無傷の二体に後を託す、

 もしくはあの恐怖の一撃必殺技で終わらせるのか!どちらでしょう、博士』

 

『うむ・・・サカキの性格からしてどちらもありえるのう。同じようなレベルであれば

 ラプラスのほうが素早いがサカキのポケモンの鍛え方は違う。先制するじゃろう』

 

よく訓練されているサイドンからはどんな技で来るのか見抜くことができない。

カンナは目を閉じ、ラプラスに小さく何かをつぶやくだけだった。

 

 

「ほう・・・わたしのポケモンの癖や動きを読もうとしたところで無駄なのを知り

 諦めたか。考えても仕方ない以上作戦を放棄し全力を出して散ろうということか」

 

サカキの嘲りの言葉。だが、それに対しカンナは笑った。意地や苦し紛れではない。

まして壊れてしまったわけではなく、サカキの言うことが的外れだったからだ。

 

「いいえ、全く違うわ!そんな雑魚相手に作戦なんか必要ないからよ!あんたに

 どんな狙いがあろうと私たちの前では何の意味も持たないからね―――っ!」

 

「・・・フム。何やら心境の変化があったようだな。面白くなってきた。

 しかしサイドン!やつらの自信が根拠のない見栄に過ぎないことを教えろ!」

 

「ギュオオオ―――――ッ!」

 

声と同時にサイドンが突進してきた。確かにサイドンという種族らしからぬ瞬発力で、

先手を取ることは確実だ。それでもカンナたちは動じず、悠然と構えている。

 

『つのドリルだ――――っ!ラプラス絶体絶命―――――っ!!』

 

サイドンの角が急所の寸前にまで迫った。ここでラプラスは俊敏に横に移動し、

つのドリルを間一髪でかわした。そして二本の前足でサイドンの動きを止めた。

 

「よし!ラプラス!このゼロ距離ならばどんな攻撃でも勝利は確実!でも

 あなたの力を見せつけてやりなさい!ハイドロポンプ――――っ!!」

 

「ラァ――――――ッ!!」

 

バトルの最中は親しみのある名前ではなくラプラスと呼ぶ。それでも意思が通じないと

いうことはない。カンナが十歳の時からの仲だ。むしろ指示などなくても彼女が

何を望んでいるかわかっている。目と鼻の先のサイドンにハイドロポンプを放った。

 

「ギュガァ――ッ・・・」

 

過剰なまでの威力の、しかも苦手とする水技を受けてサイドンは倒れた。

立ち上がる可能性がなかったのでサカキも早々にボールに戻し、遅れて

審判団から戦闘不能のコールが出た。二体目はやはりダグトリオだった。

 

 

「いけ、ダグトリオ。あなをほる、だ。また翻弄してやれ」

 

またしてもダグトリオは姿を消す戦法でカンナを惑わせようとする。しかし

今回はどっしりとしていた。ラプラスにはパルシェンのような絶対的防御はないが、

どこから敵が現れるのかなどと見回したりはしない。多少のダメージは上等、

来るならどこからでも来いとラプラスも堂々としていた。攻撃してきてもいいが

次の瞬間氷の大技が炸裂すると。体力の差で打ち負かしてやるとダグトリオを待つ。

 

「・・・なるほど・・・では作戦を変えるか」

 

サカキが指を鳴らす。するとダグトリオはラプラスから離れた位置で戻ってきた。

最初に穴を掘った地点よりも遠ざかっていた。これではどちらの攻撃も当たらない。

様子見なのかもしれないが、自信家のサカキらしからぬ臆病な戦法に思えた。

 

「ヘイヘイ!あれだけ偉そうにぺらぺらと喋っとったくせにチキンやなぁ、

 サカキのオッサン!それじゃあいつまでたっても試合が終わらんで!」

 

アカネがサカキを野次る。しかしナツメにはサカキの狙いがすべて見えていた。

 

「やはりあの男は帝王とか呼ばれているだけあるな。素晴らしい攻めだ」

 

「・・・は?逃げとるだけやんか。それがなんで・・・」

 

「まあ見ていろ。もちろん最後までな」

 

 

ラプラスとダグトリオ、互いがすっかり離れたところでサカキは次の手に出た。

小さな身振りによってダグトリオに合図を送ったが、それは攻撃命令だった。

 

『あ―――ダグトリオ!このバトルで最も激しい動きだ――――っ!』

 

『おお!これはじしん攻撃じゃが・・・先ほどよりも強烈!これならばどれだけ

 距離があってもこのフィールド内であれば振動が届くのう』

 

三つの顔がひたすら地面に衝撃を与え続け、やがてラプラスにも僅かではあるが

地響きによるダメージが及んだ。これが積み重なればやがては通常の攻撃と

同じほどの痛手を負うだろう。ダグトリオによる時間こそかかるものの防御と

攻撃の両方を兼ね揃えた、遠距離からの必勝パターンだった。

 

「・・・!あんな手が・・・これじゃあいずれ・・・」

 

「いや、そうなる前にカンナも動くだろう。誰だってそうするさ。だがそれこそ

 あの男の思う壺だ。この攻撃はその後への繋ぎに過ぎないのだからな」

 

それはどういう意味なのか、カリンがナツメに問う前にカンナが声を出した。

 

「ラプラス!このままではまずい!こうなってしまっては前進あるのみ!

 あなたの攻撃が届く位置まで詰めるのよ!」

 

「ラッシャ――――ッ!!」

 

耐えるのにも限界がある。また地中に逃げられるかもしれないが、それで攻撃が

止むのならひとまずここは凌げる。ラプラスは全速力でフィールドの端を目指す。

そしてこの展開をサカキは狙っていて、ナツメはそれを最初から読めていた。

 

 

「待っていたぞ、このときを!ダグトリオ、仕上げの時間だ!」

 

「ダグァッ!」

 

ダグトリオはラプラスが迫ってきていても逃げなかった。しかしじしんの技をやめ、

新たな動きを始めていた。まさに戦いを締めくくるにふさわしい大技だった。

 

「仕留めろ!じわれ―――――っ!」

 

サイドンのつのドリルに続き、どんな相性の敵だろうが一撃で葬るじわれ攻撃だ。

厳しいトレーニングの末に他のトレーナーによって育てられたポケモンとは

同じ個体であっても実力の差は歴然であるサカキのダグトリオだ。サイドン同様

本来命中率が低い大技であっても相手を沈める確率は遥かに高かった。

 

「フン!いくら普通のポケモンより少しは上でもまだ距離はある!そんな場所で

 じわれを放ったところで成功するはずがないわ!」

 

「フフ・・・フィールドをよく見ろ。まあもう遅いがな」

 

カンナはその瞬間ようやく気がついた。ここまでのバトル、ダグトリオが穴を

掘り続けていたのはこのためだった、と。離れた地点からの連続した地震も、

全てはじわれ攻撃へのお膳立てだった。地面がとても脆くなっていたのだ。

 

「・・・・・・!!」

 

地が割れ、ラプラスを飲み込むべく一直線に伸びていった。正確にラプラスの

足元目がけて急速に進むそれは、よく知られているじわれよりも威力、速度、

また範囲などにおいて比べ物にならない差があった。そしてついにラプラスの

足が捕まり、バランスが崩れた。そのまま身体が沈んでいく。

 

『決まったか―――っ!?とうとうラプラスの逆襲もここまでか!』

 

決着、その瞬間に場内の興奮や歓声がこの日一番のものとなった。だが、それらを

切り裂くようにカンナの叫びが、確かにラプラスに届いた。

 

 

「ユウゾウ―――――っ!!がんばれ―――――っ!!」

 

 

もはや作戦でも技の指示でも何でもない。だが、どんな的確な命令や補助よりも

ラプラスに力を与えるものとなった。主人というよりは親友であり相棒、彼が

とある研究室から逃げて、空腹で体力の限界となったときに出会って以来

自分を守り続けてくれた、氷の女と呼ばれていても実のところはポケモンたちに

優しいカンナにいま恩を返さなくてどうする、彼の全身に力が満ちた。

 

「ユウゾウ・・・?誰やねん、それ?」

 

「・・・見てっ!そんなことより・・・あれを!」

 

ラプラスが四本の足を全て駆使して落下を防いでいた。200キロを超える体重を

支えるのは楽ではなかったが、地割れに飲み込まれかけながらも絶対に落ちるものか、

その思いで踏ん張り、ついには徐々に這い上がってくると、

 

 

「おお!」 「なっ・・・!」

 

「グラァ―――――――ッ!!」

 

『こ、これは信じられない!大きな雄叫びと共に復活してきた――――!

 完全に終わったと思われたところから帰ってきた――――っ!ラプラスと

 カンナの戦いはまだ終わらない!何度でも地獄から這い上がる――――っ!』

 

何度でも這い上がる、カンナは実況のその言葉を聞くと、自分とラプラスの

十年以上の歩みが脳裏に流れ始めた。まさに地の底と思えるような絶望を

何回も味わった。故郷を追われ、夢の望みを絶たれ、生きがいを見失って

トレーナーをやめかけたことも。それでもいま、こうして復活している。

最初はしみじみと過去を思い返して小さく笑う程度だったが、だんだんと

誰の目にも明らかなほどの笑顔となり、とうとう満面の笑みを見せた。

 

「いけ―――――っ!ふぶき―――――――っ!」

 

寸前のところで技を返されたダグトリオが困惑している隙を逃さずに、ラプラスの

必殺技が抜群の手応えで決まった。瞬き程度の一瞬で氷漬けにしてしまった。

 

 

『ダ、ダグトリオ・・・戦闘不能!サカキ、残り一体!』

 

ついに追いついた。両者残りは一体。サカキを逆に追い込んだのだ。

 

「・・・やったぁ!このまま決めちゃおう!ユウゾウ!」

 

「ラァ―――ッ!」

 

自分を繕うこともなく、子どもだった昔の日々のようにカンナは歓喜していた。

ラプラスもまた笑顔になる。そしてサカキの繰り出す最後の一体を待ち構えた。

 

 

「す、凄いわ!この流れならカンナのほうが完全に勝っている!押し切れるわ!」

 

「あ・・・ああ!大逆転勝利はもうすぐそこやで!あともうチョイで・・・」

 

カリンとアカネが手を取り合いカンナとラプラスの快進撃を喜ぶ。エリカは

この大歓声のなかでもいまだ眠ったままでいたが、さすがに自分のそばでここまで

騒がれては目が覚めた。状況は敵味方最後のポケモンを残すのみで、仲間たちの

喜びようを見る限り有利なのはカンナのほうなのかと判断した。

 

「・・・ナツメ、これはまず私たちの一勝でしょうか?幸先のいい出だしで・・・」 

 

「いや・・・そうではない。逆だ」

 

ところが、ナツメは首を横に振った。エリカの確認と他二人の喜びをまとめて否定する。

エリカよりも先にアカネが食ってかかり、その胸ぐらを掴みかねない勢いだった。

 

「なんでや!なんでそんな水を差すような言葉が吐ける!?カンナたちはサカキの、

 そしてあんたの予想をひっくり返してダグトリオを倒したんや!こうなったらもう

 イケイケやろ!ポケモンバトルは流れや勢いが何よりも大事で・・・」

 

ナツメはあくまで冷静だった。静かにカンナの劣勢、もっと言うならここからの

勝利は難しい理由をアカネだけでなく仲間たち皆に告げた。

 

「確かにさっきのは驚いた。まさかあの絶望の淵から帰ってくるとはな。サカキも

 確勝と思っていた一撃を覆されて多少の動揺はあっただろう。だがそこまでだ。

 カンナのラプラスを見ろ。ダメージと疲労で相当消耗しているではないか」

 

じしんによる蓄積されたダメージ、加えてサイドンとダグトリオというサカキの

自慢のポケモン相手に二連戦し、じわれから生還するためにかなり力を使った。

ラプラス自身は興奮や高揚感からそれを感じていないだろうが、サカキの無傷で

体力の有り余った三体目のポケモンまで倒せる余力が残っているかと言われたら

厳しかった。相手が動く前に確実に最初の一撃で仕留めなければ終わりだ。

 

「それにあの男を見ろ。あれが追い詰められたような様子か?勝つのは初めから

 決まっていて、ただ勝ち方が変わっただけ、そんな顔をしているではないか」

 

「・・・そ、それでもまだわからん!最後まで応援してやるのが仲間やろ!」

 

「くくく・・・そうだな。何があるかわからない・・・その通りだ」

 

サカキはダグトリオをモンスターボールに戻した。ナツメの言うように彼はそれほど

失望しているようではない。実際、こんなこともあるか、としか感じていない。

サイドンやダグトリオが弱かったのではなく、あくまでラプラスが窮地で力を

発揮しただけで、すでに限界が近いのをわかっていた。自分が持つ残りの四体、

誰を出したところでまず負けないだろうという確信があった。

 

 

「フフ、さすがは元四天王の地位まで自らを高めた者だ。まさか最後の一体を

 初戦から出すことになるとは思わなかった。氷の女カンナ、近年のセキエイの

 四天王のなかでも特に実力が高いと評価されただけはある。素晴らしい戦いだ」

 

「そんなお褒めの言葉は結構!私たちが欲しいのは勝利だけ!この戦いの後に

 昔からの夢を叶えるためにもね。さあ、最後の一体を出しなさい!それとも

 降参かしら?敗北することが明らかであるのだから抵抗せず今のうちに・・・」

 

「いや、カンナよ。残念だがお前の負けだ。多少は意地を見せたようだが

 お前には初めから勝機は全くなかった・・・さっきも言ってやったがな。

 その理由はただ一つ!このわたしがバトルの相手であったことだ!いけ!」

 

サカキはモンスターボールを投げなかった。しかし棄権ではない。いけ、と確かに

言ったのだ。すると、ずっと彼の後ろにいたそのポケモンがゆっくりと前に出た。

そしてフィールドに入る。小さく礼をしているかのような動きだった。

 

「・・・それがあなたの三体目?冗談でしょう!」

 

「いや、わたしは本気だ。スピアー、遠慮などいらん、やってこい」

 

サカキのスピアー。これほどの観衆の前では初めての戦いだった。

 


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