サカキが最後のポケモンとして選んだのはスピアーだった。スタジアムからは困惑による
どよめきが起きた。いかに相手が余力の僅かなラプラスだったとしても、ここで
スピアーとは。サカキにはまだ他に強力なポケモンが多く控えているはずではなかったか。
『こ、ここで・・・最高潮とも言えるここでスピアー・・・ですか?博士、これは?』
『わかりませんな!説明のしようがないじゃろ・・・サカキ以外には』
スピアーはいつもと変わらず重い羽音をたてている。調子は良さそうだが、
通常のポケモンリーグの試合でもまず出てこないポケモンだ。決して『強くない』。
それがこの大勝負の最終局面でサカキがニドキングやニドクインを使わずに
このポケモンを繰り出したのだ。無論彼がラプラスとカンナを甘く見た余裕から
そうしたのではないことはわかる。あくまで最善手がこれなのだ。
「・・・フフ、聞いたことがあるわ。トキワの少年たちはみんな近くの森で
遊んで育つから虫ポケモンと最初に出会うことになり、そのなかでも
王者とされるのはスピアー。他の幼虫やサナギとは別格の存在で、
少年たち、稀に少女もいるらしいけれど、スピアーがこの世界で最強の
ポケモンだと信じて疑わない・・・微笑ましい話じゃないの」
「・・・・・・」
「でもやがてそれは違うと知る。スピアーなんかカントーのポケモンどころか
虫ポケモンのなかでも決して最強じゃないと気がつき虫取り少年を卒業する。
トキワ出身のトレーナーでリーグに挑戦してきた人間のなかにもスピアーが
手持ちに入っていた者は一人もいなかったわ」
カンナはサカキとスピアーを見て笑う。その姿がとても滑稽に見えたからだ。
「まさかそんな歳になってもいるとはねぇ。スピアーが最強だといまだに・・・」
「・・・いまにわかるさ。さあ、決着は一瞬だ。始めようじゃないか」
「ええ!私たちの勝利でね!ユウゾウ、小細工は無用!もちろん遠慮もね!」
ほぼ同時だった。ラプラスが大きく息を吸い込み、渾身のふぶきを放つ。一方の
スピアーはまっすぐ突進し、このままでは吹雪の餌食となる。
「たとえ抜群の効果がなくてもスピアーなら一撃で倒せる!もしくは凍らせて
しまうか・・・これで私たちの勝利っ!!」
「・・・・・・・・・」
スピアーの目が赤く輝いた。すると飛行したまま高速で回転し始め、ラプラスの
ふぶきを全てぎりぎりでかわした。小さな氷の塊まで残らず見切っていた。
「ラッ!?」
「か、かわされた・・・!それに・・・・・・!!」
カンナとラプラスが、当然観客をはじめとした観戦している者たちもであるが
スピアーの衝撃的な動きに驚愕しているなか、サカキはにやりと笑うと、
「・・・スピアー、ダブルニードル」
「そんな技くらったところで!ユウゾウ、相手が近づいている!のしかかり!」
ダブルニードル。スピアーの毒針による最高の技であったが、ラプラス相手では
これでとどめとはならないほど威力は低い。カンナもこれを受け切った後再度
立て直すための指示を出した。しかし、それが実行されることはなかった。
「・・・・・・・・・!!」
「ブラァ――――――ッ!!」
サカキのポケモンたちはこれまでも高いレベルであることを見せつけてきた。
予想以上の技の威力の高さ、正確性があった。だが、このスピアーの二本の針は
ラプラスの巨体を貫くと、そのままスタジアムの端の壁まで吹っ飛ばした。
最前列の客の目の前まで百メートル以上も巨体を持っていくダブルニードルなど
初めは誰の理解も追いついておらず、静寂に包まれたまま数十秒が過ぎた。
しかしサカキはこの結果がわかっていた。彼は種族として最強のポケモンが
スピアーではないということは当然知っているが、この世で最強のポケモンは
自分と共にいるスピアーだと信じていた。それが決して酔狂でも妄信でもないと
ここに証明された。そして彼にとって、公の場から姿を消してから三年半以上、
加えて純粋なポケモントレーナーとして復活したという意味では果たして
いつ以来の勝利だろうか。審判団も実況と解説もいまだ声が出ない中、
スピアーがサカキのもとに戻ってきた。サカキは片膝を地につけ、
「・・・・・・・・・」
右手の人差し指を天に向かって掲げた。ここでようやく観客たちは我に返り、
「ウオオオオ――――――ッ!」 「サカキ!サカキ!」
古豪の復活、いや、ポケモン界の新たなる王者の誕生の予感に祝福の歓声が響いた。
『ラプラス、戦闘不能!よってこのバトル・・・勝者、サカキ!』
客席で見守るサカキのかつての部下たちも称賛の拍手を送り続けた。サカキ陣営の
四人の覆面トレーナーたち、彼らも喜んでいるように見えた。だが、サカキに
賛辞を惜しまなかったのは彼の味方だけではなかった。何と敵の控え席からも
わざとらしく腕を前に伸ばして両手をぱちんぱちんと叩く者がいた。
「素晴らしい・・・さすがはあれほど大口を叩いただけありますね。まあわたしたちに
真っ向から対立したのです。これくらいはやってくれないと困りますがね」
ナツメのフーディンだった。もちろん含みがあっての言葉だった。そのフーディンに
敵意を露わにしているのはスピアーだ。最初にフーディンを見た時からスピアーは
特別な敵対心を見せ、そのたびにサカキがなだめていた。
「・・・・・・」
「おお、これは怖い怖い。しかしわたしに歯向かうだけの資質はあるようです。
あなた、わたしといっしょで普通のポケモンではありませんね?隠しても無駄です。
あのダブルニードルと異次元の動きではっきりしましたよ。生命力、パワー、
素早さにおいて差を埋めようがないほどに格が違う・・・そうでしょう?」
スピアーは相変わらず何も答えない。代わりにサカキが返答した。
「ああ。だが決してドーピングではない。生まれつきの突然変異というやつだ。
何といってもわたしが幼いときから今日までの相棒だ。表の戦いに姿こそ
見せなかったが、こいつを出すと勝負にならないからな。お前たちと同じだ」
虫ポケモンの寿命は短い。たまに長生きしてもハイレベルなポケモンバトルで
戦えるほどのものはそういない。それがサカキの幼いころ、つまり四十年近く
生き続け、しかもこれほどの力を誇る。特別であることは明らかだった。
「楽しみにしていますよ、少しは骨がある相手と戦わないとわたしとしても
物足りません。とはいえ結局わたしたちが勝つことに変わりはありませんが・・・」
フーディンが話をやめた。スピアーもフーディンを睨みつけていたが、視線を外した。
倒れていたラプラスが起き上がっていたからだ。あのダブルニードルをまともに受けて
こんなに早く意識を取り戻し、しかも体を起こし前進しようとしているのだ。
「・・・ラ・・・ラァ~・・・・・・」
ラプラスは、『こんなところで負けるわけにはいかない、オレとカンナの夢のためにも』
そう言っていた。フーディンとスピアーにはその意味が伝わっていたが、カンナにも
彼の思いが伝わっていた。すでに試合は終了していることも知らずにバトルを続けようと
しているラプラスの姿にカンナは胸が張り裂けそうな思いだった。
「・・・・・・・・・ありがとう。もう十分・・・。ゆっくり休んで」
いつもであれば戦いが終わった後は勝敗に関わらずクールに振る舞う彼女も、
その顔や全身から無念が伝わってきた。ラプラスをモンスターボールに戻した。
『第一試合終了――――っ!!最初の優位を守り切ったサカキが勝利を収めました!
革命軍は五人のなかでも最強と言われるカンナが敗れ痛い一敗となりました!』
その場に膝から崩れ落ち両手をつくカンナに、サカキは最後に語りかけた。
「元四天王カンナよ、おまえ自身がこの道を選んだはずだ。勝者は栄光と名誉を
与えられて夢を掴む。対照的に敗者は全てを奪われ忘れ去られる。お前の真の
目的がどんなものでどれだけ正義に満ちたものであろうが・・・だ」
彼女に追い打ちをかけるように、続けてフーディンが背後から言う。
「残念でしたねぇ、カンナさん。思ったよりは健闘しましたが負けは負け。いかに
今まで仮の仲間であったとはいえわたしとナツメさんに従うことをよしとしない
あなたには十日前敗れ去った者どもと同じ『呪い』を受けてもらいます!
公の場でポケモンバトルができなくなる、その罰をね」
「・・・・・・・・・」
この戦い、敗者は自分の陣営に帰ることを許されない。サカキは仲間たちのもとに
戻っていったが、カンナは失意のうちに退場していく。すると、最後に彼女に
声をかけたのはナツメだった。どうせ罵りの言葉だろうとカンナは決めつけていた。
「あの男の言う通りだ。弱き者、不要な者は消えていく。それがこの世だ」
自分とラプラスを否定されている気がした。カンナが居場所を失いラプラスという種が
絶滅へ向かっているのも当然だと。しかし何も言い返せなかった。その気力もなかった。
だが、続くナツメの言葉は予想だにしていないものだった。
「・・・とはいえ、真に価値あるもの、守られるべきもの、尊いものについては
決して絶えることも潰えることもない。さて、あなたたちはどちらだろうか」
「・・・・・・へ?」
ナツメの真意がわからずにいると、今度はスタジアムの入場口から誰かが近づいてきた。
それはフスベジムのリーダー、イブキだった。彼女はカンナが十日前の戦いで倒した
ワタルの従妹であり、復讐戦でもするつもりなのかと思われたがそうではなかった。
「惜しかったわ、カンナ。あとちょっとだったのに。でもいいニュースがあるわ!」
「イブキ・・・・・・いいニュースですって?今さら・・・」
「ラプラスの繁殖のために絶好の土地がとうとう見つかったの!ワタルが前から
いくつか候補を探していたらしいけど、これならって場所を見つけたわ!」
突然のことにカンナは多くの疑問が湧いてきたが最初に口に出たのは、
「・・・どうしてそれを・・・?私は誰にも話していなかったはず・・・」
自分とラプラスだけの秘密の夢だったのになぜ、と思ったが答えは簡単だった。
「ワタルが言ってたわ。昔四天王で酒を飲みに行ったときあなたが喋ったって。
引退後はラプラスや氷ポケモンと暮らせる環境のいい海沿いの家で暮らしたい、
結構饒舌に話していたらしいわ。ラプラスの繁殖をしたいってことも」
「・・・全然覚えてない・・・いつの話だったかもわからないわ・・・」
カンナが頭を抱える。普段隠していたぶん、酔ってこぼしてしまったのだろうか。
「だから今回もあなたの真の目的はそこなんじゃないかって、あなたに負けてから
気がついたみたい。それさえどうにかすればカンナがこれ以上おかしな連中に
加わって深刻な事態になる前にやめさせられるかもってワタルは・・・」
彼がお節介なのは相変わらずだった、カンナは笑った。かなり以前から多忙の裏で
そのようなことをしてくれていたとは。しかも今回自分を負かした女のために。
「でも・・・まだ問題があるわ。場所はあっても繁殖には・・・」
「その心配は無用だ!メスのラプラスならいるぜ!いますぐにでもお前のラプラスと
共になれるやつが一体、すでにな!」
「ワ・・・ワタル!あなたまで・・・」
イブキに続き現れたのは、なんとワタルだった。しかも希望の言葉を携えて。
「ヤマブキのシルフカンパニーの事件、どうにも腑に落ちない点が多くてな。おれは
個人的に調査を続けていた。ラプラスをはじめとした珍しいポケモンたちが
ロケット団の撤退の際にみんな死んだってニュースの日からずっとお前の
元気がないのもわかっていた。それでいろいろ調べていたんだが・・・
驚くなよ?ポケモンたちは死んでいなかった!一匹残らず盗まれた・・・
いや、この場合は救出されていたと言うほうが正しいだろうな。会社としては
見つかったら困るものばかりだったから死んだと警察に報告したみたいだがな」
「救出!?・・・誰が!?元チャンピオンの彼は違うはず・・・」
「ああ。それはとうとうおれにもわからなかった。だが最近になって匿名で届いたんだ。
シルフからパクってきたラプラス、ポケモンリーグの中核のなかでも信頼できる
人間に託すとな。だからおれも協会の欲深い連中にばれないように極秘のうちに
動くしかなかったせいでお前への連絡が遅れた。悪かったな」
終わったと思われた夢が急速に動き始めている。ワタルは彼女を急かした。
「さあ、善は急げだ!早速行こう!すでにカイリューがスタンバイしているぜ!」
ワタルは返事も聞かずに走っていった。それを見たイブキはくすりと笑うと、
「ふふ・・・ワタルってばカンナに負けたことがかなり悔しかったみたい。フスベに
久々に帰って来たかと思えば竜の穴にこもって特訓漬けだったわ。ラプラスのことも
大事だけど本音はあなたと早くリベンジマッチがしたいんじゃないの?まったく
いつになっても子どものままなんだから困ったものね。わたしがどうにかしないと」
お前が言えたことではないだろう、カンナはその一言を寸前のところで堪えた。
ナツメの呪いはあくまで公の場でのポケモンバトルを奪うだけだ。ひっそりと
ギャラリーもまばらな場所でするぶんには構わないということならば、ワタル、
それにイブキの願いに応えることも問題ない。心行くまで相手してやろう。
「そうね・・・じゃあ行こうかしら。あなたたちの持ってきた話がどこまで
信頼できるのかこの目で確かめなくちゃいけないし・・・」
カンナもまたイブキと共に会場を去ろうとする。だが、ここで彼女の足が止まった。
ワタルがわからなかった、その答えにたどり着こうとしていたからだ。
(・・・『ヤマブキ』・・・『シルフ』・・・『盗み出された』・・・・・・!
まさか・・・!確かに私は知っている!あの別荘には・・・・・・!!)
ナツメの別荘で過ごしたとき、カンナは目にして実際にその手に取っていた。ナツメが
シルフカンパニーから違法に盗んだという数々の極秘のデータを。それらの資料が
いま思い返せば、シルフがロケット団に占領されていた時期のものばかりであり、
もしかしたらナツメはその間自由にシルフカンパニー本社に出入りできていたのでは
ないか、カンナは真実に近づいていた。ならば元チャンピオンのレッドがロケット団を
追い散らしたその日、混乱に乗じて会社内のあらゆるものをナツメが奪い、そのとき
処分されそうになっていたポケモンたちを救ったとしても当然の話ではないか。
「・・・ナツメ!!」
本人から全てを聞くためにその名を呼んだ。しかし、すでに次の戦いのために
控室であるブラックボックスは完全に閉じられていたため、それは叶わなかった。
だがカンナにとってもうどちらでもよいことだった。先を急ぐため駆け足になる。
「・・・ど、どうしたの?立ち止まったかと思ったら今度は・・・」
「ふふ、何でもないわ。さあ、行きましょう」
氷の女と呼ばれたカンナの氷はすでに残らず溶けてしまっているようだった。
それは悪いことではなかった。彼女と相棒、ユウゾウと名づけられたラプラスに
待っているのは厳しい冬ではなく、暖かい春の時代だったからだ。
カンナの敗戦により四人となった反乱軍の控室で、エリカがナツメに尋ねた。
「もしや先ほどの一連のこと・・・あなたが大きく関係しているのでは?」
ブラックボックスが閉まる前にワタルの話が聞こえてきたため、エリカも
カンナと同じ結論に至った。しかしそれに対しナツメは両手を広げ、
エリカの考えがまるで見当違いであるかのように冷ややかに笑いながら答えた。
「くくく、冗談だろう?わたしがそんな正義のヒーローみたいな真似をするとでも?
もし珍しいポケモンを入手したならとっくに金に換えているさ」
「ふふ。そうでしたね、的外れな推察でした。あなたに限ってそれはない。失礼しました」
「そんなくだらない話はどうでもいい。もっと言えばカンナの勝ち負けすらどう転ぼうが
構わなかった。五人もいたのが広くなって居心地がよくなったじゃないか。
わたしのフーディンもいるからこれで皆で座れるようになってよかった」
あくまで非道のナツメ。それに怒りを抱きながらもナツメではなく次の第二試合、
その敵にぶつけてやろうと立ち上がったのはこの女だった。
「・・・でしょうね。どう間違っても英雄とは程遠い存在だもの、あんたは。
さて、次のバトルだけど、私にやらせてもらうわ。誰か文句ある?」
「カリンか。この様子であれば・・・誰もいないようだな」
「相手は初戦に勝った勢いでサカキ並みの実力者をぶつけてくるはずだわ。連勝して
一気に勝ち越しへ王手をかけようってね。だったら私が行くしかないじゃない。
現役の四天王、つまりあなたたち三人の誰よりも強い私が!」