ポケットモンスターS   作:O江原K

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第37話 悪対毒

 

大事な初戦を落とし、悪い流れのなか立ち上がったのはカリンだった。サカキが

勝利したことで相手は嵩にかかって強豪が出てくるだろうと読んだのだ。彼らは

余裕を持って戦えるとは考えず、むしろ一気に畳みかけてくる。四天王である

自分が敵の勢いを止めなければならないと名乗り出たのだった。

 

「なら行ってくるといい。このなかであなたが最も強いというのは賛同できないが

 いまはあなたが出ることが最善手だ。まあ気を楽にして戦ってくれ。ここでの

 勝敗などわたしは気にしていない。負けたところで何も変わりはしないのだから」

 

「残念だけど私は負けないわ。あんたを倒してやるまではね」

 

カリンはナツメとフーディンを睨みつけてからブラックボックスを出て行った。

エリカはまたしても眠ってしまったので、残るアカネに対しナツメは話しかけた。

 

「よかったのか?あなたは今回も待機で」

 

「あ・・・ああ。もう少し様子を見させてもらうわ。この間の戦いとはレベルが違う。

 気合を入れんとあっという間にやられてまうで・・・」

 

サカキとカンナのバトルを目にし、やや気圧されているようだ。やはりここはカリンが

出て正解だった。さすがにナツメは登場するには早すぎる。まだ二戦目だ。

 

「ところでさっきのシルフカンパニーのポケモンを助けたとかいうの・・・

 やっぱりあんたやろ?別にナイショにする話でもあらへんがな」

 

「・・・その話がいま何の関係がある?見ろ、壁が取り除かれていくぞ」

 

視界と音を遮る厚い壁がなくなり、大観衆と大声援が再び現れた。カリンに対しても

多くの応援が飛んでいた。そのカリスマ性から特に若い者、それも同性からの支持は

絶大だった。それは当然喜ぶべきことだが、カリンが真に望んでいるものではなかった。

 

(・・・・・・・・・)

 

 

カリンがこの戦いに参戦した理由は『あらゆるポケモンが活躍できる舞台を整える』、

そのために大会の数を増やし条件を細かく設定する。そうすれば今は注目されていない

ポケモンでもその魅力に多くの者が気がつくというわけだ。だが、それはナツメが

指摘した通り、嘘だった。彼女の真の目的は別にあった。全てのポケモンではなく、

自分が愛する悪ポケモンをもっと普及させ、流行らせようとしていたのだ。

 

(・・・私が四天王としてどれだけ勝利を積み重ねても私だけが脚光を浴びて

 ポケモンたちはいまだに不当に扱われている。でも頂点に立てばさすがに違うはず。

 ワイルドで素敵な悪タイプを育て研究しようという機運は必ず高まる!)

 

 

一方、カリンの戦うことになる相手はいまだに装束姿のまま、顔も隠している。

これでは誰なのかわからず、観客も応援のしようがなかった。

 

「・・・ふふ、もういいんじゃない?バトルが始まってもそのままでいる気?」

 

「いや、さすがにそれはない。おい、そろそろ教えてやれ!お前の正体を!」

 

サカキも自分の仲間の正体を隠すのは試合直前までと決めていたようで、彼と共に

席に座る三人はそのままだったが、カリンの対戦相手となるそのトレーナーだけは

とうとうその黒い装束を勢いよく外した。だが、そこに人の姿はなかった。

 

「・・・・・・こ、これは・・・丸太!」

 

太く短い木が一本あるだけだった。それと同時に恐ろしく低い、おどろおどろしい声が

会場内に響いた。何らかの加工がされた声だった。

 

 

「・・・闇から現れし者たちによってこの世が混乱に包まれるとき・・・同じく

 闇より出でてそれらを密かに断つ!それが古の時代より変わらぬ忍びの務め!」

 

「し・・・忍び!まさか・・・・・・」

 

「毒を食らわせ惑わせ麻痺させ・・・危機に気がついたときには自滅!煙幕にまきびし、

 更には自ら散ることも自由自在!ポケモンバトルの極意を教える者、ここに見参!」

 

フィールド内に煙幕が炸裂した。そのなかから人影が現れた。

 

「セキチクジム、そのリーダー!毒使いのアンズ、拙者が相手だ!」

 

ポーズを決める幼いジムリーダーに、場内からは大きな拍手が起きた。忍者姿の

少女アンズがカリンの相手だ。ところがカリンはアンズを見ると口に手を当てて笑う。

 

「・・・な、何がおかしい!拙者を甘く見ていると・・・」

 

「ふふふ、ごめんなさいね。でも拍子抜けしちゃったわ。てっきりキョウのおじさまが

 出てくるものだと思っていたから。イツキとシバが、それにワタルも敗れ去ったいま

 おじさまと決着をつけられると思って燃えてきたのに・・・少し残念だわ」

 

アンズでは物足りないと言わんばかりの態度だ。カリンはアンズではなく

サカキのほうを見つめ始めた。こんな未熟なトレーナーが自分の戦う相手なのかと。

するとサカキも彼女の言いたいことはわかっているようで、説明を始めた。

 

「お前の気持ちはわかる。わたしも最初はそのアンズの父親をスカウトしに行ったのだ。

 昔からの付き合いだからな。とはいえ、だからこそ誘うのは難しいと思ってもいた。

 その悪い予感は的中してしまってな・・・やつはとうとう首を縦に振らなかった」

 

 

 

サカキは四人の仲間を集める前に、そのうち二人は簡単に話が済むが残る二人のうち

一人は会えるかどうかわからず、もう一人は簡単にはいかないと語っていた。

キョウはその簡単にはいかないほうで、結局彼はサカキの仲間にはならなかった。

 

 

『お断りする。私には今回の騒動に関わる理由がない』

 

『・・・そうか。ならば無理強いはしない。邪魔したな』

 

四天王キョウは頑なだった。サカキも彼をこれ以上説得しても考えを変えることは

できないと判断し彼の家を去ろうとした。ナツメたちのせいでセキエイが閉鎖された

ためにキョウはセキチクシティの自宅に戻っていたのだ。せっかくできた休日だ。

家族と共に過ごしたいのだろうとサカキも理解を示し、新たな仲間を探そうとした。

ところがキョウはサカキを呼び止めた。そして静かに笑うと言った。

 

『だが一人、今回の戦いに参戦することに意義のある人間を知っている。あなたの

 期待に応えられない詫びと言っては何だが、その者を紹介させてもらえるだろうか』

 

『ほう・・・お前の推薦する実力者か・・・ならば期待できる。それは・・・』

 

『決戦の当日に現地に向かわせる。私が言えば必ずその場に行く、信頼してほしい』

 

 

そのやり取りの後、今日になってサカキの目の前にやってきたのはアンズだった。

他の者たちはサカキ自ら連れてきた者たちであり、キョウが推薦するトレーナーとは

彼の娘であるアンズ以外にないと知った。サカキは内心騙された、と感じたが、

もう新たなトレーナーを探しに行く時間はない。それにここで彼女を帰してしまったら

キョウとの今後の付き合いにも影響が及ぶ。メンバーに加えるしかなかった。

 

しかしサカキは考えた。今回の勝負は単なるイベントではない。負けたらナツメにより

公の場でのポケモンバトルを奪われてしまい、ジムリーダーとしての職務を果たせなく

なる。ただの親馬鹿で経験を積ませるために送り込んだわけではないようだ。

 

『・・・面白い。これは思わぬ結果を生み出してくれるかもしれないな』

 

 

 

サカキは不満や侮りを隠さないカリンに対して不敵に笑いながら言った。

 

「あまり見下したような発言は控えるべきだ。負けたとき余計に惨めになるぞ」

 

「ふふふ、負けたらの話でしょう?」

 

そんなことはありえないという顔だ。ここで二人のやり取りにアンズが割って入り、

 

「ポケモンリーグに仕える身でありながら反旗を翻した大罪人ども!その企てと共に

 無に帰るのだ!おぬしたちの野望が果たされることはなーい!」

 

自己紹介の時以上にアンズのなかでは手応えがあった口上だった。特に直前までの

話とは関係の薄い言葉に、これは事前に練習してきた台詞なのだとカリンは察した。

 

「あらら、上手ね~。偉い偉い。来る前にたくさん練習したんでしょう?これなら

 時代劇とかに出てもきっと人気出るわ。才能があるんじゃない?」

 

本心からの称賛ではなく、やや小馬鹿にしたようなものだったがアンズには通じず、

 

「えへへ・・・そうかな?・・・い、いやいや!褒めたって何も出ないもんね!

 そうやって油断させるつもりならそうはいかない!勝負に手心は加えないぞ!」

 

「・・・・・・純粋ね・・・。まあそれならそれでいいわ・・・そろそろ始めましょうよ」

 

自分がこのくらいの年齢であったときこんなにまっすぐではなかったと自嘲気味に

笑いながらカリンはバトルを始める態勢に入った。アンズもそれに応じ、所定の

ポジションについた。他の者たちももう何も言うことはなく、準備は整った。

 

 

『バトル・・・始め――――――っ!!』

 

カリンとアンズ、互いにモンスターボールを同じタイミングで投じた。開始の合図と

ほぼ同時であり、迷いが一切なかったことの表れだった。

 

『第二試合!悪対毒という、華々しいトレーナー二人とは対照的な試合が

 予想されますが・・・博士!どちらが有利というのはありますか?』

 

『うむ、相性は互角!地力や戦術が勝敗を分けるじゃろう。しかし確かに

 恐ろしい光景になるじゃろうな。悪ポケモンと毒ポケモンのぶつかり合いとは』

 

「ちっ・・・ナメた実況に解説ね。悪ポケモンの素晴らしさを何も知らない

 時代遅れ丸出しの言葉としか言いようがないわ。ブラッキー!」

 

カリンはブラッキーを繰り出した。あやしいひかりで混乱させたりすなかけで

相手の視覚を奪い攻撃の精度を下げたりする戦術が得意で、アンズ顔負けの

技巧派だった。もちろんそのような戦い方が本職のアンズも負けてはいない。

 

「ベトベトン!あやつに我を見失わせてから毒漬けにして徐々に命を奪え!」

 

どくどくやヘドロばくだんはもちろん、いやらしい技の数々を使いこなすのが

ベトベトンというポケモンだ。毒ばかりを警戒していると思わぬ落とし穴もある。

カリンもアンズとベトベトンが何をしてくるのか絞り切れなかった。

 

「ブラッキー!まずは一発叩きこんでやりましょ!」

 

「ファ、ファ、ファ!ベトベトン!挨拶ついでに攻撃―――っ!」

 

両者最初の命令は攻撃だった。ブラッキーが敵の隙を見て接近してだましうちを

決めたと思えば、ベトベトンがヘドロばくだんを飛ばして反撃する。誰もが

予想していた展開だったが、見栄えのよくないバトルとなった。正攻法ではなく

邪道、また卑劣と呼ばれる戦いを好む悪タイプと、ヘドロやガスによって悪臭を

撒き散らす毒タイプ。会場内の子どもや若い女性たちからは悲鳴や嫌悪の声もあがった。

 

「すなかけよ!あの両目をまずは潰してからゴミ掃除を始めるのよ!」

 

「なんの!ちいさくなる!おぬしらの攻撃こそ当たらなくしてやろう!」

 

目を狙う攻撃が始まったかと思えば、ベトベトンが更にドロドロになっていく。

技の応酬が続けば続くほど場内のテンションは一部の物好きを除けば静まっていった。

 

(フン・・・いつも通りね。物の価値と真の強者がわからないバカばっかり・・・)

 

カリンは心のなかで溜め息をついていた。もっと勝利し高みに達しなければ

民衆は悪ポケモンの真価を悟らないだろう。やはり今回の戦いでまずは目の前の

アンズを圧倒し、いまは一時的な仲間であるナツメたちをも最後には倒して

頂点に立つことでしか自身の願いは果たせないのだと決意を新たにしていた。

 

 

一方、カリンの背後の席ではアカネの持っていたモンスターボールがかたかたと動き、

気がついた時には中からポケモンが出てしまっていた。そのポケモンはピィで、

小さな体で思い切りジャンプしてアカネの胸に飛び込んだ。

 

「ありゃ!勝手に出てきてもうたか!まあエエわ。カワイイなぁ、ほれほれ」

 

「ぴ~~~っ、ぴぃ~~~っ」

 

ピィは全身を使ってアカネに甘えていた。バトルを観戦していたナツメとフーディンも

思わずそちらに視線が向かった。小さなポケモンに手を振ったり微笑みかけたりする。

 

「ほう・・・これは!」 「可愛らしいですねぇ」

 

二人の言葉に機嫌をよくしたピィがますます笑顔になる。アカネもにやけながら言う。

 

「せやろ?さすがのあんたらもこの魅力には敵わんかぁ。うちのピーちゃん三姉妹の

 末っ子や。ちょっと混乱するかもしれんけど長女がピッピで次女がこの間のバトルで

 大活躍したピクシー・・・で、実の姉妹なんやで、この子たちは」

 

「そうか。成長しても同じ親を持つ兄弟姉妹が同じトレーナーのもとで育つのは

 珍しいからな。いいことかもしれない。ブリーダーならともかくトレーナーは

 あまりそういうことはしないからな・・・」

 

やがてフィールドに近い客席からピィに気がついたファンが出てきた。

 

「あ――っ、ピィちゃんだわ!こっち見て――――っ!」 「かわい―――っ!!」

 

テレビカメラもそれに便乗し、一度バトルから離れてアカネとピィを映し始めた。

場内の電光掲示板にも数秒間ピィが大きく映り、場内から歓声が沸いた。

 

 

「・・・ベトベトン!もっと小さく!こうなったら泥仕合に持ち込む!」

 

砂が目に入りヘドロばくだんが外れ続けるベトベトンとアンズは劣勢になっていた。

互いに攻撃が命中しない状態を狙ったが、ブラッキーのだましうちは多少ベトベトンが

小さくなったところで確実に打撃をヒットさせていた。威力は弱いが少しずつ押している。

もともとブラッキーは耐久性に自信を持つ。アンズの言う泥仕合になったところで

優位は揺らがなかった。カリンもさぞ上機嫌であると思われたが、

 

「・・・・・・・・・」

 

明らかに苛立っていた。その理由は一つしかない。自分たちのバトル中であるのに

注目を浴びるピィの姿に憤りを隠さなかった。もちろんそのようにする人々にも。

 

「・・・ブラッキー!おみまいしてあげなさい!」

 

「シャギャア――――!!」

 

ブラッキーにも主の憤慨は伝わっていた。どうしたらいいのか、細かい指示を待つ

必要はない。ベトベトンにではなく、なんと仲間たちに向けてすなかけを放った。

もちろんカリンには砂がかからないようにうまく調整していた。

 

「・・・・・・!!」

 

席に座る三人のトレーナーと二体のポケモンを飲み込む寸前でその砂は空中で

制止した。フーディンが超能力を用いて被害が及ぶ前に砂の動きを止めたのだ。

パチンと指を鳴らすとそれらは地面に落ちていった。それでもびっくりした

ピィは怯えてしまい、アカネの背中に抱きついたまま隠れてしまった。

 

「ぴ~~~っ・・・・・・」

 

「何しとんねん!あんたらの敵は向こうやろ!何でうちらに・・・」

 

アカネは激怒し、フーディンによって止められなければ今にもフィールドに乱入

しかねない勢いだった。エリカは寝たり起きたりといった状態であったので、

何かあったのかといった顔をしていたが、ナツメは無言で静かに笑っていた。

カリンの暴挙のわけがわかっていたからだ。嫉妬に駆られているだけだと。

そしてその感情は確実にカリンにとって罠となることも知っていた。

 

 

「私とブラッキーのステージを邪魔するからよ。それにそのピィの媚びたような

 態度!何もかもが気に入らないわ!そんな愛玩用のペットがセキエイ高原の

 真剣勝負の場にいるというのがそもそも論外!ナメるのもいい加減にしなさい!」

 

「それを言うならあなたたちのほうだ。真剣勝負の最中に余計なことをあれこれと

 考えるとは・・・あなたたちこそバトルを甘く見ている。大変なことになるぞ」

 

「ハァ!?どういう意味よ!?私たちは・・・・・・」

 

カリンとブラッキーがナツメの忠告に気がついたときにはすでに『大変なこと』が

起こっていた。小さくなっていたベトベトンがブラッキーの目と鼻の先まで接近

していた。ここまで近づかれては攻撃が外れるというのは考えられなかった。

 

「・・・でもまだ優位はこっち!接近戦なら・・・」

 

「・・・・・・くらえ!」

 

 

アンズの声と共に、なんとベトベトンはブラッキーに更に迫り、纏わりつくようにして

放そうとしない。さすがのブラッキーも全身が猛毒の塊であり凄まじい悪臭を誇る

ベトベトンを拒絶し抵抗を続けたがついに身動きが取れなくなってしまった。

 

「ギャガァ――――!!」

 

「じゅるるる・・・・・・」

 

だが、思わぬ形で解放されることとなる。単なる嫌がらせでブラッキーを苦しめて

いたわけではない。不気味な声と共にベトベトンは全身に力を込めた。周りからすれば

そんなに力を入れてどうするんだというくらいに過剰にそうした理由はすぐにわかった。

 

『・・・・・・ああ――――っ!!ベトベトンが爆発した―――――っ!!』

 

じばくだった。このまま続けてもジリ貧で、先に倒れるのはベトベトンだろうと

読むこと自体は難しくはない。しかしこんなに早く勝負を見限って決断を下し、

非情な命令を出せるというのが驚くべきことだった。

 

『これは・・・両者戦闘不能!共に瀕死状態だ―――っ!』

 

 

「ほう・・・さすがキョウの娘!認識を改める必要がありそうだ」

 

アンズの能力を疑問視していたサカキも唸るほどだ。そんな中でカリンは

ブラッキーをボールに戻しながら、じっとアンズを見つめて何かを考えていた。

 


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