ポケットモンスターS   作:O江原K

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第38話 悪女の原点

 

終始有利にバトルを進め、押し込んでいると思われたところで自爆攻撃を受けて

共倒れという苦いスタートになったカリン。彼女は対戦相手のアンズを見つめていた。

睨むというよりは、何かを探っているかのようだった。

 

「ファ、ファ、ファ!おぬし、まさか卑怯とは言うまいな。これが拙者たち

 忍びのやり方よ!どのような形であろうが勝利することこそ我らの任務!」

 

「・・・ええ、もちろん。キョウのおじさまからしっかり教育されている、

 そう思っただけよ。さあ、次のポケモンを出しましょう。いけっ!!」

 

カリンの二番手はヘルガーだった。エースポケモンを早くも投入した。

 

「くくく、ブラッキーがヘドロまみれになった挙句に自爆で持っていかれたのだ。

 もうヘルガーを出したことで冷静ではないと教えているかのようだ」

 

「いまだに臭いわ・・・まったくあのジャリ、迷惑を考えたらどうなんや」

 

ベトベトンの残していった悪臭に、アカネのピィは早々にまたモンスターボールに

自ら戻っていった。フィールドに近い最前列の観客も鼻を押さえている。

 

「・・・残念だがまだ終わらないようだ。見ろ、やつの次のポケモンを」

 

ナツメが指さした先にいたのは、毒ガスポケモンであるマタドガスだった。

それを見たアカネはあからさまに嫌そうな顔をした。よくこんな状態で

ナツメやフーディンは平然としていられるのか、そしてエリカは眠り続けて

いられるのか・・・まるで信じられなかった。

 

「あんたたちどうなってるんや?一回医者にでも行ったらどうや?」

 

「・・・さあな、実はもう死んでしまっているのかもな、わたしは」

 

「相変わらずとぼけたことを・・・まあエエ、それよりもバトルや」

 

カリンはマタドガスを見て嫌な予感がした。まさか、またしてもなのかと。

果たしてアンズの狙いはどこにあるのか、カリンは熟考を迫られた。

 

 

 

 

 

ジョウト地方は古くからの建物が多く、同時に昔の伝統や習慣を守り続けている

土地も珍しくなかった。カリンの家もそうであり、数百年は続く由緒ある家系の

娘であった彼女は幼いころから意味もわからず言われるがままに行事に参加したり

よく知らない神への儀式に連れられていた。裕福な家庭であったが自由が少ないことが

カリンは不満だった。束縛されている、そう思うことも多々あった。

 

カリンが十歳になったとき、いつも厳格だった両親はようやく彼女の願いを聞き入れて

ポケモンを飼うことを許してくれた。大都市コガネシティはペット用のポケモンを

探すのに最適な場所だった。近くにポケモンの育て屋もあり、卵から孵化したばかりの

ベイビィポケモンたちが数多く飼い主を待っていたからだ。ピィやトゲピーといった

少女たちに大人気のポケモンがショップに並び、人々に癒しを与えていた。

 

『・・・・・・・・・』

 

しかしカリンはそれらのポケモンたちに何ら魅力を感じなかった。生きるためで

あるとはいえ、愛敬を振りまいて媚びている姿に嫌悪感すら覚えていた。その日は

結局何も購入しなかった。大切な決定なのだから慎重になるのはよいことだと

両親も言ったが、彼らにカリンの真の心はわからなかった。カリン自身もまだそのときは

うまく説明できなかったのだが、帰り道、ゴミ捨て場のそばを歩いていたときだった。

 

 

『・・・・・・』

 

『・・・カ、カラス・・・・・・?』

 

たまたま両親はそのときいなかった。もし父か母のどちらかでもそばにいたなら

そんな汚らしい場所からは離れているようにとカリンをすぐにそこから遠ざけただろう。

カリンはゴミを漁っていた黒い鳥に近づいた。カラスのようではあるがただのカラス

ではない。飢えているのは明らかだったのでカリンはポケットに入っていた菓子を

その鳥の前にそっと差し出してみた。ところが鳥はカリンの手を翼で払うと、

 

『・・・・・・』

 

鳴き声の一つもなく、再びゴミ袋をつつき始めた。カリンの与えようとした菓子には

目もくれなかった。施しを受け入れようとはせず、あくまで自分の力で生きていく。

黒い鳥のその意志にカリンは惹かれていた。飼うのならぜひこんなポケモンがいいと。

ポケモンについての知識は僅かだった彼女も、この鳥がポケモンであるというのは

すぐに理解し、そばに落ちていたモンスターボールを投げた。もし自分のポケモンと

なることをよしとしてくれるのならボールに入ってくれる。カラスが油断している

隙を見計らって静かに投じたが、先ほどの菓子と同じように払いのけられ、ボールは

カラスによってゴミの山へと放り投げられてしまった。やがて両親が戻ってきた。

 

『・・・失敗かぁ。ちゃんと勉強しないとダメなのかな・・・』

 

 

コガネを後にしたカリンは家に帰るとすぐに両親に隠れてパソコンを起動し、

ゴミ捨て場にいたのがヤミカラスというポケモンであり、しかも最近になって

新たな分類として認められた悪タイプと呼ばれるポケモンだというのも知った。

ゲットできるかはともかく、あのヤミカラスを自分のポケモンとしたい。カリンの

思いは固まっていた。まさに一目惚れだったが、なぜそこまで夢中になったのか、

その答えにたどり着くのに時間はかからなかった。

 

『私は憧れているんだ。自由なヤミカラスに。いまの私はまるでピィやトゲピー。

 あんなに嫌だと思っていたポケモンたちこそが私の正体だった!』

 

不自由な毎日を重荷に感じながらも両親に逆らったことは一度もなかった。たとえ

自分の理解できない事柄をするように強制されたり、明らかに間違っていることを

両親が平然と行っていてもカリンは何も尋ねたりしなかった。だがこの日、彼女の

行動は早かった。すぐにヤミカラスを捕まえに行き育てたい、隠すことなく言った。

 

『・・・何を言っている?ヤミカラス?あの生きていることすら問題の害獣か。

 悪ポケモンとかいったな。あんなものはお前に、そして我が家にふさわしくない。

 やはり社会に何の役にも立たない連中が手にするべきポケモンではないか』

 

『よく考えなさい。少しも恥ずかしいとは思わないの?私たちだけでなく

 ご先祖様たちの顔にまで泥を塗ることになる。今なら聞かなかったことにするわ。

 明日また同じような言葉を口にしないことを信じているわ。あなたはいい子よ』

 

カリンにとって両親の答えは想像通りのものだった。普通の家庭であってもヤミカラスを

飼うなどという子どもの声を聞き入れる親は稀だろう。それでいて歴史あるこの家の

人間はプライドが高く選民意識が強いため、新たなものを受け入れることをしない。

あくまで確認程度の行為だった。これで自分がどうすべきかがはっきりした。

 

 

夜、皆が寝静まったとき、カリンはすでに荷支度を終えていた。当面の費用として、

金庫のそばに封筒に入れられ置かれていた数万円を盗み、彼女は出ていった。

それ以来一度も家に帰ったことはなく、両親と顔を合わせたこともない。ポケモンリーグ

四天王となったいまでも会っていないため、すでに向こうからすればカリンは娘では

なくなったということなのだろう。だがカリンはこの決定を悔やんだことは一度もない。

この日に十年間暮らしていた家を飛び出したのは正しい行為だったと信じていた。

 

カリンは途中で呼び止める警官たちをうまくごまかしながら振り切って、深夜から

すでに朝になろうかという時間になって目的の場所にたどり着いた。そこには

数匹のニャースやポッポがいたが、一匹だけ黒い鳥がいた。カリンにはすぐに

見分けがついた。これは自分が心を奪われたあのヤミカラスに違いないと。

そしてまたもモンスターボールを右手に持ち、ゆっくりとそこに近づいていった。

人間が来たことで他のポケモンたちはゴミ漁りをやめて逃げ去っていったが、

ヤミカラスだけはカリンの目をじっと見つめながらその場にとどまっていた。

 

 

『お待たせ。昼間はごめんなさい。でもあなたにふさわしい人間になって戻ってきたわ』

 

『・・・カァ―――ッ』

 

『あなたと同じ、誰にも頼らず、媚びずに自分の力で自由に生きていく。本来あなたは

 一人でじゅうぶんなのかもしれない。でもどうかしら、私と組まない?もっと

 面白い光景をいっしょに見に行きましょうよ。さあ・・・』

 

ボールを投じた。するとヤミカラスは抵抗することなくゲットされるのをよしとした。

これから彼女が自分と行動を共にすることを受け入れたのだ。通常のポケモンとその

トレーナーの関係とは違い、主人でもなければ友達でもない、それでも互いを

尊重し認め合う特別な間柄だった。その関係は十年以上経ってもずっと続いている。

 

 

『あなた、メスだったのね・・・じゃあミユキって名前がいいわね。華々しさや

 称賛なんて不要!あくまで自分の信じる道を追い求め、勝利を得る!』

 

『カララ・・・カァ―――――ッ!』

 

『いいわね。さっそく獲物を見つけたの?私たちの初めての狩りね』

 

コガネシティの朝、カリンはまず自分と年齢が近そうな、ププリンとピチューを

両隣に置き対戦相手を募る少女から始めた。やがてカリンが将来有望な若きトレーナーと

評判になるまでそう時間はかからなかった。その間に仲間に加えたポケモンたちも

ヤミカラスと同じ、決して大衆に好まれるポケモンとは言い難いものたちばかりだった。

 

路地裏で鋭い目つきで自分の縄張りを守っていたデルビル。全身傷だらけで、まるで

負け犬だと嘲笑う者たちもいたが、カリンの目からはどんな相手にも屈さない気高い

姿に映った。また、誰かに捨てられたのか住宅街のそばを徘徊している幼いポケモン、

それがブラッキーだった。その外見と悪タイプだという理由でイーブイであったころから

育てられてきた飼い主に忌み嫌われて捨てられたのだろう。ずっと人に飼われていたにも

関わらず野生で逞しく生きようとするブラッキーともカリンは波長が合った。

 

その悪ポケモン三体を軸にカリンは勝ち続けた。ゲンガーやラフレシアなどの変化球を

混ぜながらも悪ポケモンでの勝利が人々の印象に残り、悪タイプを愛するトレーナーと

してはまだ十代の半ばごろからジョウトで一番と噂されていた。カリンが十八歳に

なる直前、ポケモンリーグの長老の一人から直々の呼び出しがあったほどだった。

 

 

『君の活躍は我々の耳にも届いている。どうだろうか、このセキエイ高原で全ての

 トレーナーの最高峰とも呼べる四天王として活動しないか。なに、私が言えば

 すぐに話は通る。最初だけではない、その後もずっと君をサポートしようじゃないか』

 

『・・・あら、ありがたいお話。でも辞退させていただきますわ』

 

カリンは長老の誘いをその場ですぐに断った。どんなに高い名声と権力を有していても

この男は人間として小さい、まるで自分の父や母のようだと。もし誘いを受けたら

今後様々なものを要求してくるに違いない。コマーシャルへの出演や肉体関係、

望まないポケモンを使用すること・・・あらゆる形で付き纏ってくるだろう。

 

『ほう、それは勿体ないことだ。この機会を逃すともうないかもしれないぞ?』

 

『お気遣い感謝いたしますわ。でもあたくしは欲しいものは自分の力で手に入れたい、

 そう思ってこれまで生きてきたので。誰かのおかげで四天王になっただなんて、

 陰口を叩かれる以上にあたくし自身が自分を許せなくなりますから。失礼』

 

皮肉を込めたような喋り方のまま部屋を出て行った。現にその長老には下心があり、

カリンのトレーナーとしての実力よりはその容姿に注目していた。そんな男は

家を出て旅を始めてから飽きるほど目にしており、カリンはどんな窮状にあっても

決してその者たちに頼ることも屈することもなかった。相手にしないか、しつこい

場合は実力で黙らせる。相手が物乞いだろうがポケモン協会のトップだろうが同じだった。

 

『・・・お待たせ。あなたたちの思っている通りよ。さあ、帰りましょう』

 

『カラカラァ――――ッ』

 

 

やがてカリンは望み通り実力で四天王の座を手に入れることになる。『沈黙の日曜日』と

呼ばれたとある日の後、チャンピオンは不在となり四天王のキクコが年齢による

体調不良のためその地位から退くことを表明し、またカンナも自身の夢がいつまでも

実現しそうにないことに失望し引退に近い形でポケモンリーグから去っていった。

繰り上がりの形で四天王のワタルがチャンピオンになったため、一気に三人も

欠員が出た四天王の座。これはチャンスと数百名以上のトレーナーが名乗り出たが、

成績トップで栄光を勝ち取ったのがカリンだった。

 

『フフ・・・私たちはやっぱり正しかった。これからも勝利を重ね続けましょう。

 私たちを取るに足りないものと見下していた連中が身をかがめるようになる・・・

 最高じゃない。そして私たちならそれができる』

 

優等生であり権力者に媚びることこそが成功の条件であるという常識を破壊する。

新たな時代のカリスマとしてカリンは若い女性たちの人気を集めていった。

ところがカリンのポケモンたちは一向に人気が出ない。隙を突いての騙し討ち、

敵が気絶するほどの噛みつきや弱った相手への追い討ち・・・その戦いは

凄惨なもので、悪ポケモンとしての戦い方は大衆には受け入れられないものだった。

 

ヤミカラスたちが称賛や祝福を望んではいないことはわかっている。それでも

自分だけが認められ高められるのは彼女たちへの裏切りのような気がした。

カリンが今回の戦いで最大の目標としているのも、自分の名声ではなく共に戦う

ポケモンが正当な評価を受け、人々の偏見や誤解を取り除きたかったからだ。

たとえ彼女たちがそのようなものを求めていなかったとしてもだ。

 

 

 

 

 

(・・・それはポケモンを愛するトレーナーなら当然の思いのはず。なのにいま

 私の目の前にいるこの子は・・・。いや、少し探りを入れてみようかしら)

 

アンズはマタドガスを繰り出した。まさかまたしても自爆なのか。こちらのエース、

ヘルガーとまともに戦っては残る二体まとめて倒されかねない。ならばヘルガーの

防御力が薄いことを利用し、早々にダブルノックアウトを狙い、最後の一体の

勝負に持ち込むつもりなのか。ロケット団や単なるごろつきのようなポケモンに

愛情などない、目的を果たせるならそれでいいという者たちなら驚くべきことでもない。

だがこのアンズは果たしてどっちなのだろう。カリンはアンズに話しかけた。

 

「これはどういうことかしら?あなたの狙いはどこに?」

 

「ファ、ファ!答える必要はない!拙者の戦い方は父上と同じく変幻自在!

 戦いの中でどのような展開になろうとすぐに最善の道を選べる我らにそもそも

 定まった戦術などない―――っ!くらえ!えんまく――――っ!!」

 

マタドガスが放出した煙がフィールドを包み、全く見えなくなってしまった。

 

「・・・げほっ!くるしい~~っ・・・」 「いたた・・・目が・・・」

 

喉や目に異常を訴える客も出始め、ベトベトンに続きマタドガスもまさに公害ポケモンの

名に恥じぬ暴れっぷりを見せつける。もちろんアンズたちの攻撃対象は観客ではなく

カリンのポケモンだ。視界を奪い、その間に一方的に攻撃して倒してしまう作戦だ。

 

「さあ再び煙が晴れる!四天王カリン!おぬしのヘルガーが倒れている姿を・・・!」

 

勢いに乗ったはずのアンズはその光景に言葉を失った。自分のマタドガスがヘルガーに

噛みつかれ、ぐったりとしていたからだ。やがてヘルガーはマタドガスを放したが、

浮遊せずにそのまま地面に落下した。大きなダメージを負ってしまったようだ。

 

「・・・!そんなことが・・・!」

 

「残念だけどありえるのよね、これが。私たちはそんなもので取り乱すほどやわな

 鍛え方はしていない。どんなに視覚も嗅覚も奪われていたところでそれが

 完璧ではない以上、僅かな残り香さえあれば敵を見失ったりはしない!

 お決まりの型に縛られていないのは私たちも同じ。ところで・・・・・・」

 

勝ち誇るように語っていたカリンの声の調子が変わった。そしてこう言った。

 

 

「ほんとうに強いトレーナーなら好きなポケモンで勝てるように頑張るべき」

 

「!?」

 

「ここまで戦ってみてわかったわ。アンズ、あなたはどうやらそうではない!

 あなたがほんとうに強くなりキョウのおじさまのようになるために・・・

 そのおじさまから引き継いだ毒ポケモンたちが大きな足かせになっている!」

 


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