カリンはバトルの途中でありながら対戦相手のアンズを痛烈に糾弾する。それは
更に勢いを増し、アンズのトレーナーとしての歩みを否定するものだった。
「・・・何を言う!あたい・・・い、いや、拙者が好きなポケモンで戦っていない?
しかも父上から受け継いだものが足かせになっているなどと・・・」
「それよ。あなたは父親のことは愛している。でも実のところその忍者の真似事や
毒・虫ポケモンを使うことを心から望んではいない!心当たりがあるんじゃない?」
アンズの動揺を見逃さない。カリンは追及の手を緩めずに続ける。
「ほんとうにポケモンを愛していたらそんな戦法は使わない。どうせいま私が何も
言わなければそこのマタドガスにもじばくを命じていたでしょう。ちょっとでも
劣勢になったら共倒れ狙い、あなたの底はもう見えたと言っているのよ」
「・・・・・・・・・」
何も言い返さないアンズ。カリンには彼女の気持ちがよくわかった。カリンも
かつては両親の言いつけを何でも守り行い、利口な娘でいたからだ。あの日
ヤミカラスと運命的な出会いをするまでは。だからアンズにも殻を破るよう願って
このような言葉をぶつけているのだ。ただ自分が勝ちたいがための挑発ではない。
親の行う商売、習慣や宗教に縛られて先へ進めない若者たちを自分のように自由に
したいという強い気持ちがカリンにはあった。もちろん彼らが己の意思で決めて
従っているのなら構わないが、どこかで嫌だと思っているのなら話は違った。
「あなたも実はマタドガスやベトベトンよりも同年代の子どもたちが選ぶような
ポケモンたちを育てたいに決まっているわ!いい機会じゃない、はっきりさせたら
どうかしら?キョウのおじさまだってどこかで見ているはずよ」
「だったらうちみたいにかわいいポケモン使いに転向したらどうや?カントーには
そういうタイプはおらんのやろ?うちが先輩として一から教えたるで!」
アカネも声を飛ばしてカリンに続いた。ピッピやピカチュウなど、ジョウトよりも
それらのポケモンが野生で捕まえやすい環境にあるカントーに住んでいるアンズなら
やろうと思えばできるはずだ。それを父や周囲の人間が許すかどうかは別として。
「カリンの言うことはぜんぶその通りやで。うちもピーちゃんたちといると幸せやし、
それでいて勝ち続けられるんやから最高や。カリンの場合はそれが悪ポケモン
だっただけの話。あんたも自分で選んだ自分だけの好きなポケモンで・・・」
ずっと黙って聞いていたアンズであったが、その身体は震えていた。それは
激しい怒り以外に他ならなかった。大きく息を吸い込むと、腹の底から叫んだ。
「黙れ――――っ!!知った風な口をきくな―――――っ!!」
あまりにも響く声であったので、他の全てを黙らせるには十分だった。
「お前に・・・お前らなんかにあたいとこの子たちの何がわかる!」
「わからないわね。だから聞いている。そうでしょう?」
「・・・いや、確かにあたいもちょっと前まではそうだった。それは本当だよ。
あたいにもそんな時期があった。父上にもないしょにしてきたけれどね」
アンズが生まれたときすでに父キョウはセキチクシティのジムリーダーであり、彼女は
早い時期から英才教育を受けた。単に強いポケモントレーナーとなるためだけでなく、
様々な可能性を見越した多彩なトレーニングだった。レベルの低いベトベターや
イトマルの世話をすることから、すでに完成された強さを持つマタドガスやクロバットを
うまく扱いバトルで使いこなすことまで、まだ五歳の時点で普通のトレーナーであれば
数年は修業しなければ得られない技術の多くを習得していた。アンズもそのころまでは
毎日楽しく父と二人三脚の鍛錬に励んでいた。だが、彼女の心変わりは学校に通い
二年ほど経過したあたりでやって来た。自分と周りの子どもが全く違うと知ったせいだ。
なぜみんなが笑いながら遊んでいる時間、自分は時には厳しい叱責に涙しながら
厳しい訓練をしなければならないのか。なぜみんなはプリンやピッピとふれあうのに
自分はベトベトンやアリアドスなのか。忍者の技術が果たして何の役に立つのか。
有名なジムリーダーの娘が二流のトレーナーでは名声に傷がつくからこうして
自分を鍛えているだけではないのか。父への疑いがアンズの心を蝕み始めていた。
『・・・どうした?今日は動きにキレがないな。疲れているのか?』
『・・・・・・そうかもしれない。熱はないと思うけど・・・』
アンズはポケモンの世話や稽古を完全にやめたりはしなかったが、やる気が
日に日に失われていた。何のためにやっているのかがわからなくなっていたからだ。
父のことが好きで喜ばせたいという気持ちがあってもそれだけでは続かなかった。
部屋で読む本もキョウの著書である毒ポケモンの扱い方の指南書ではなく、
ベイビィポケモンの写真集になっていた。そんなある日、その出来事が起きた。
『ねぇ、今日ポケモンショップにピッピを見に行くんだけど、アンズちゃんも来ない?
やっぱりポケモンバトルの訓練で忙しいかな?たまには、って思ったんだけど・・・』
『・・・う~ん・・・・・・いや、今日はたまたま暇だった!あたいも行くよ!
父上はジムリーダーの会議とかでヤマブキに出かけて明日まで帰ってこないし。
あたいもピッピ見たいってずっと思っていたんだ』
父親が不在で稽古がないところまでは真実だった。しかし父から自分がいない間、
ポケモンたちの世話や餌やりをするように命じられていた。それをアンズは
無視したのだ。昼間の一回くらい食事や運動を抜いたくらいで平気だろうと。
学校から家に戻ると、すぐに出かけるための準備をした。そして玄関を出ていこうと
するとき、庭にいた幼いベトベターと目が合った。昼ごはんはまだか、もう散歩の
時間じゃないのか、何かを訴えているような感じだったが、アンズは振り切るように
走った。そして待ち合わせの場所まで一度も後ろを振り返らずに走りながら決意した。
明日父が帰ってきたら正直に言おう。自分は父とは違うポケモントレーナーになると。
「思えばあの日が運命の分かれ目だった。あたいの生きる道が決まった・・・」
「でもあなたはまだそんな真似を続けている。話が見えてこないわね」
「ここからが大事なところなのさ。あたいとこの子たちの」
級友たちと売られているピッピを見た帰り、週末になったら買いに行こうかと
思いながら歩いていたそのときだった。家のすぐそばであったにも関わらず、
アンズは突然数人の男たちに囲まれた。それからわずか数秒で口を封じられると
連れ去られ、車に乗せられた。数十分ほどしてから、薄汚い倉庫のような場所に
入れられた。手足の自由は奪われていて、身動きがとれなかった。
⦅・・・真面目に忍術の稽古をしていればこんなもの抜け出せたのに・・・!
それにポケモンを持っていればそもそもこんな連中に捕まらなかった!⦆
男たちは全員で十人ほどのグループだった。いまは誰もそばにいないが、彼らの
会話の内容が聞こえてきた。アンズはそれを聞いて血の気が引いていくことになる。
『ジムリーダーの娘だろう?いくらでも身代金をとれそうだぜェ―――ッ』
『ああ。限界まで搾り取れる。こちらからの要求は何でも聞くだろうからな。
まあ金を受け取ったら帰してやろう。物言わぬ死体としてだがな』
『殺す前に楽しませてくださいよォ!こんなガキ犯すなんてチャンス、滅多にないん
ですから!両足斬り落として歯ァ全部抜いてからヤるいつものやつ、やりましょうぜ!』
その邪悪な男たちは幾度もこのような犯罪を繰り返していた。警察から指名手配されても
決して捕まらず、自分たちは無敵であるかのように振る舞っていた。実は彼らは皆
元ロケット団員であったのだが、悪事を続けるロケット団の間でも彼らほど残虐で
人の道を外れた行為を続ける者はおらず、とうとう冷酷さで知られている四人の
幹部たちですら彼らがこれ以上ロケット団と名乗るのは許されないと意見が一致し、
彼らを追放した。それ以降ますます彼らの凶悪な行いはエスカレートしていた。
『おれたちに比べりゃあアポロたちも・・・いや、ロケット団のボスですら小物よ!
自由に奪い、犯し、殺す!人もポケモンもおれたちの奴隷だ!』
『次はそろそろセキエイ高原の爆破でもやるとするか!なるべく客の多い日、
四天王やチャンピオンの試合の日が最高だな!そこでロケット団もポケモンリーグも
過去の遺物になったと世間に教えてやろう。新たな世の幕開けだ―――っ!!』
おそらくこんな悪魔どもにはこの先どれだけ生きても会うことはないだろう。もっとも、
アンズにこれからも命があればの話だが。やがて男たちの足音が近づいてきた。彼らの
話ではまず両足を斬られ歯を全て抜かれる。そこで死んでしまうのではないだろうか。
『いい子にしてまちたか?まずは気持ちよくなれるお薬を打ちまちょ――ねェ―――』
怪しげな注射器を持った男が迫ってきた。だが、腕に薬を打たれる寸前、大きな爆発が
起きたかと思うと、男たちがそれに対応する前に室内はスモッグに包まれた。
『がァァ・・・!?ど、どうなってやがる・・・・・・!?』
『まったく何も見えねェ!し、しかも気分が・・・・・・うッ』
幼少からの訓練によりアンズにはすでに耐性のあるスモッグだった。目や喉が傷つく
ことも、吐き気のせいでうずくまることもなかった。こんな芸当ができるのは
ポケモンしか考えられない。それも毒ポケモン以外には。
『くそがァ―――ッ、そのガキの仕業か!?ブッ殺して・・・』
ナイフを持った男の動きが止まった。下半身がクモの巣によって固められていた。
クモの巣とスモッグ、更には毒ガスやヘドロまでもが男たちの自由を奪った。
⦅・・・!やっぱり・・・・・・!でもどうして・・・・・・⦆
その隙にアンズは縛られたまま外に運び出されていた。彼女を運んでいるのは
昼間庭にいたベトベターだった。その後ろにイトマルが続き、ズバットと
ドガースが周囲を警戒しながら飛んでいた。いずれもアンズが育てるように
任せられていた幼いポケモンたちだった。彼女が攫われた瞬間を目撃した一体が
他の三体を連れて救出に駆けつけていたのだ。もう犯人たちが追ってこない
安全圏に逃れると、ちまちまと縄を噛んだり切り目を入れたりしながらポケモンたちは
アンズの拘束を解いた。口のテープもうまく外れると、アンズは開口一番こう言った。
『なんで・・・!あたいはあんたたちを捨てようとしたのに・・・!』
『ベタァ~~~ッ』
近頃は不満すら言うことがあった。もっとかわいい、抱きつけるようなポケモンが
よかったと。手入れをサボることも増えていた。なのにポケモンたちは助けに
来てくれた。しかも誰の命令でもない自分の意思で。会話はできないし何を
考えているのかも読み取れないが、ポケモンたちがアンズのしたことに対し
怒っておらず、まるで気にしてないよ、と言っているかのように見えた。
『ドガッ!ドガッ!』
『・・・・・・うっ・・・!ご、ごめんなさい・・・!・・・ごめんなざい・・・』
アンズはベトベターを抱いたまま泣いた。その悪臭など気にもならなかった。
この四体は自分以外からは一切面倒を見てもらっていない。つまりこのポケモンたちには
自分しかいないのだ。なのに捨てようとした自分の薄情さを悔やみ、またそれなのに
危険を覚悟で助けに来てくれた友情に涙した。ドガースやズバット、それにイトマルにも
顔をうずめて涙ながらに謝罪した。そしてこの場にはいない父親にも。忍術や
毒ポケモンの訓練は確かに身の守りとなる。父が忙しいなか時間をつくって毎日
鍛えてくれたのはなぜか、いまようやくアンズはわかった。全てはアンズのためだったと。
『・・・帰ったら・・・もう夜だけどみんなで遊ぼうよ!ご飯もいつもより高いやつを
たくさん食べよう。だいじょうぶ、ジムのトレーナーたちは全員帰っただろうし
父上も明日まで戻ってこない。時間はまだまだたっぷりあるから!』
『ベタァ!』 『ドガドガッ!』 『キュー!』 『ズバァー!』
その日以降、アンズは訓練を自主的に行うようになった。また、世間で人気があると
されているポケモンを欲しいと思うことはなくなった。命を救われたからではなく、
友情を更に深め親友になりたいと願ったためにアンズは自分の毒ポケモンたちを
大切に育て続け、共に成長していった。父が四天王に選ばれジムリーダーの座が
空位となった時、すぐに継げる準備が整っていたのはその賜物だった。
なお、アンズは知らないことだが、彼女が攫われた日の話には続きがあった。
まだ幼いポケモンたちの技では男たちを足止めするのが精一杯で、やがてクモの糸や
スモッグから逃れた彼らは大きな怒りと復讐心に満たされていた。
『あのクソガキがァ――――ッ!絶対に許さねェ――――ッ!!』
『あいつに関わる人間もポケモンも残らず惨殺だ!いいか、ジムトレーナーや
クラスメートもだ!少しでも関係のある生き物は容赦せずに・・・』
刃物や銃を持ち、どこの誰から始めようかと息を弾ませていた。だが、彼らは
そこから一歩も動くことはなかった。強力な猛毒により一瞬のうちに倒れたからだ。
『・・・こ・・・これは・・・・・・さっきとは比べ物にならない・・・・・・』
『く・・・くる・・・くるし・・・・・・・・・か』
夜の闇に身を隠すように、一人の忍者と数体の精鋭ポケモンたちが男たちの死を
見届けると、誰にも見られることなくその場から速やかに去っていった。
マタドガスやモルフォン、その他猛毒を操るポケモンたちが悪魔どもを討ったのだ。
『・・・しかしあの一言がなければ危うかった。アンズたちは自力で逃れたとはいえ
クズどもに更なる機会を与えるところだった。素直に感謝せねばなるまい』
彼が間に合ったのはジムリーダーの会議が終わり、これから親交を深めるバトルや
食事会などを控えていたとき、彼に帰るきっかけを与えた言葉のためだった。
ジムリーダー仲間のうちのある一人が言った、彼、キョウへの警告の言葉。
『・・・・・・今日は娘はいないのか・・・そうか、学校か。この間のスリーパーの
件で謝罪したかったのだがまたにしよう。しかし・・・娘を置いてこの街に泊まるのは
よくないな。会議は終わってあとはくだらない時間だけだ、帰ったほうがいい』
『・・・たまには問題ないだろう。私がいなくともしっかりやるべきことを行えるか、
アンズの成長のためにもたまにはこんな日があっても。近頃アンズには迷いが
あるようだからな、己の力で問題に対処しなくてはいけない。いい機会だ』
『そうか。だがもう一度言おう。家に帰ったほうがいい。どうするかは自由だが、
わたしは後々になってあなたにどうして帰れと言ってくれなかったのか、と
責められたくはないのでな。ではわたしはこれで。フーディン、行くぞ』
翌日になって元ロケット団の男たちの死体が発見されたが、あまりにも酷い損傷で
あったために猛毒による死であることもわからないまま、彼らは何らかの仲間割れの
末に死んだという結論で捜査は早々に集結した。こんな無理が通ったのも、彼らが
死ぬことを誰もが望んでいたからであり、また喜んでもいたからだった。こうして
ロケット団以上の災厄をもたらしかねない悪意の塊は静かにいなくなった。
「だから・・・おぬしの指摘は全くの見当違い!拙者とポケモンたちの友情、それに
父上への思い・・・おぬしごときが語れるものではな――――い!」
この勢い、すでに追い詰めてはいるがマタドガスの反撃が来そうだ。カリンはすっかり
虚を突かれ、ヘルガーへの指示が遅れた。あんな話を聞いた後だ。だからカリンは
当初警戒していたあの戦法をすっかり頭の隅に押しやってしまっていた。
「マタドガス!はじけとべ――――っ!!」
「な・・・し、しまった!」
すでに時遅し。マタドガスのだいばくはつがヘルガーを飲み込んだ。
『・・・ま、またしてもだ!両者戦闘不能だ――――っ!!これで共に残るは
一体のみ!最後の一体となった――――っ!』
惑わし、欺き、闇より敵を討つのが忍びのやり方だ。カリンは舌打ちすると、
「ふん・・・友情ねぇ。その歳で大したペテン師だわ。使い捨ての爆弾のように
扱ってそれで親友?だとしたらよほど自分にとって都合のいい親友・・・」
だが、カリンは気がついた。アンズの右手が忍者の衣装に覆われていない素肌の
部分の左腕を力強く握りしめ、指の形に食い込んで出血し始めていることを。
彼女にとっても自爆は苦渋の決断であり、その無念や謝罪の気持ちが自身の身体を
傷つけるまでに至ったのだ。アンズの腕に傷が幾つもあるのは最初からわかっていて、
おそらく父親との激しいトレーニングの末に負傷したのだろうとカリンは推察していたが
そうではなかったようだ。親友の力を発揮しきれない未熟な自分への戒め、ポケモンが
身体を張って戦っているのに自分は何もできない悔しさが無意識のうちに彼女の腕に
傷をつけていた。ポケモンを愛する気持ちに嘘はないようだ。カリンはにやりと笑うと、
「・・・いいわね、あなた。大切なことをわかっているみたいね。あなたを誤解
していたこと、謝らせてもらうわ。お互い残るは一体、面白いバトルにしましょう」
「拙者たちは負けないためではなく勝つためにここに参上した!最後は堂々と
勝利を掴んでみせよう!覚悟するがいい、四天王カリン!」
アンズもカリンに応えるかのように笑った。すでに負の感情は捨てて勝つために
次なる策を練っている。ヘドロやガスの悪臭が残っているなかでも二人の
闘志とバトルを楽しむ気持ちは全く萎えておらず、むしろ膨張を続けていた。