ポケットモンスターS   作:O江原K

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第40話 真の幸福!

最後の一体を繰り出す前、カリンの心は期待に弾むと同時に、揺れていた。

 

(どうしよう・・・確実に勝つためには・・・でも真に楽しむためには・・・)

 

選択を悩む彼女に、その気持ちがまるでわかっているかのように後ろから声が飛んだ。

 

 

「・・・何をしている!最初に言ってやった通りだ。あなたたちの勝敗などどうなろうが

 どうでもいいとな。くだらない考えなど不要だ、好き勝手やれ!」

 

「ナツメ・・・あんた・・・」

 

「早く自分の真の望みに気がついたらどうだ。なあカリン」

 

「・・・・・・」

 

この時点でまだカリンもわかっていなかった、『真の望み』。どうしてこの場に立ち

何かを求めてバトルに臨んでいるのか。カリンの一手はここで決まった。

 

「・・・頼んだわ!ヤミカラス!」

 

自分を悪ポケモンの世界に誘ったヤミカラス。もうそれしかなかった。

 

「いけ―――っ!アリアドス!アリアちゃん、戦法は一つ!」

 

アンズの最後のポケモンはアリアドスだった。この毒蜘蛛には前の二体のような

自爆攻撃はない。しかし必勝法は定まっていた。最初に放つ技は決まっている。

 

「カラッ!!」

 

「う・・・これはどくどく!でも関係ない、先に仕留めたらいいだけの話!

 ヤミカラス、つばさでうつ!攻め続けましょう!」

 

ヤミカラスはその翼でアリアドスを狙う。本来ヤミカラスが覚えないはずの技だったが、

その親からの遺伝である可能性があり、カリンが出会ったときにはすでに使いこなして

いた。コガネシティのそばの育て屋でタマゴから孵化された直後に捨てられたか

自力で逃げたのかもしれない。悪タイプのポケモンの研究は進んでおらず、

おそらくは遺伝としか言うほかなかった。

 

「なんの!命中させられるものならさせてみよ!かげぶんしん!」

 

アリアドスはかげぶんしんで回避率を高めていく。ヤミカラスの攻撃が外れる。

 

「ふふっ、キョウのおじさまと同じね!あの人のアリアドスも似たような戦い方で

 挑戦者たちを苛立たせ、そして焦らせ自滅させている。あなたもそうみたいね。

 でも私たちはそうはいかない!狙いさえわかっていれば問題はないわ!」

 

どくどくによる猛毒が回って力尽きるタイムリミットがあってもカリンたちは

焦らない。それこそアンズの思う壺であり、いくらかげぶんしんをされようが

構わずに攻撃を続けることで逆にプレッシャーを与えようという構えだった。

ヤミカラスのほうが圧倒的に素早く、手数は上だ。やられる前にやる。

 

「・・・ほらっ!むやみやたらに突っ込んでいたらそれの餌食だった!」

 

「ムム・・・!こいつは避けられたか!おぬしら、やはり大した敵だ!

 これまで二回連続で共倒れに持ち込むしかなかった以上、悔しいが地力では

 拙者たちの完敗。しかし手段を選ばずに勝ってみせよう!必ずしも力ある者が

 勝つとは限らないのがポケモンバトルの真髄!よーく味わえ―――っ!!」

 

スピードを奪うクモの糸の罠にはかからず、俊敏なカラスが華麗に飛行しながら

翼、またくちばしやツメを使ってアリアドスの急所を狙って執拗に攻め続ける。

一方の毒蜘蛛は実のところどくどく以外にはろくな攻撃技がなかった。相手に

猛毒を与えた後は逃げ続け、自滅するまで待つか、もしくはかげぶんしんを

重ねるだけ重ねてバトンタッチの技で他のポケモンに託すかだった。しかし

今回は最後のポケモンであるため決着までヤミカラスの猛攻を凌がなければならない。

 

「うわっ・・・」 「こ、これはひどい戦いだ・・・」

 

片や残虐殺法で敵の目や足の付け根を狙い、片や姑息に逃げ回る。客席の盛り上がりはなかった。

 

『この第二試合・・・!やはり予想していた通りの展開になってしまった―――っ!

 鮮やかな大技で観客を魅了した第一試合とは真逆の戦いだ――――っ!』

 

羽根を散らしながら獰猛に獲物を狙うヤミカラス。毒などないかのような動きだ。

 

「カラァァ―――――ッ!」

 

「そこよ!一気に押し切りなさい!その足をもいでしまえば動きは止まる!」

 

カリンの声にヤミカラスはますます鋭い攻撃を見せる。一方のアリアドスは

フィールドを所狭しと這って駆け回る。糸を吐きながら、攻撃を受けても

しぶとく粘り続ける。カリンに負けない大声でアンズも声援を送る。

 

「アリアちゃん!いかに虚勢を張ってもあやつはもう弱っている!あと一息!」

 

「シャ――――ッ」

 

やがて互いのスピードは増し、その攻防が肉眼で追うことが難しくなってきた。

一羽のカラスと一匹の毒蜘蛛がプライドと栄光、更にはどちらが愛するパートナーの

期待に応えられるのかを賭けて全力の戦いを繰り広げる。砂埃などが巻き起こり

ますますどちらが優勢なのかカリンとアンズにすらわからないほど視界が悪くなった。

 

「いけ―――っ!私たちの誇りはこんなものじゃないはずだわ―――っ!」 

 

「負けるな――――っ!根性で勝て――――っ!」

 

 

しばらくした後、とうとう土煙がやみ、動きが止まった。勝負の決着がついた証だ。

 

「勝ったのはカリンのヤミカラスか!?それともアンズのアリアドスか!」

 

それまで嫌悪の情でバトルを眺めていた、もしくは目を逸らしてすらいた者たちに

とっても緊張の一瞬だった。まさに死力を尽くした戦いの勝者はどちらなのか。

 

 

「・・・・・・シャ――――・・・・・・」

 

仰向けになって倒れていたのはアリアドスだった。裏返ってダウンしている。

これ以上体力も気力もない、まさに戦闘不能の状態だった。

 

「くっ・・・勝てた勝負だった・・・。あと一歩足りなかった・・・。

 父上であれば絶対に勝てていたのに・・・」

 

アンズの無念の声が響く。バトル続行が不可能であることを彼女も認めたのだ。

それを聞くとアカネは勢いよく立ち上がり、座っているナツメの肩を幾度も揺らしながら、

 

「よっしゃ―――っ!これで一勝や!カリンとヤミカラスがやってくれたで―――っ!」

 

大騒ぎして喜んでいた。しかしカリン本人が全く笑顔を見せない。言葉すら発さない。

クールに振る舞っているわけではなく、思うところがあってのもののようだ。

むしろ言葉を続けたのはアンズだった。よく見ればカリンとアンズの表情は似ていた。

 

「・・・勝てたところを・・・痛み分けで終わってしまうだなんて」

 

その瞬間、カリンのヤミカラスも倒れた。猛毒に蝕まれとうとう力尽きたのだ。

 

「こ・・・こんなことが!起き上がらんかい!ヤミカラス!」

 

「・・・・・・・・・」

 

カリンは黙ったままヤミカラスをボールに戻した。アンズもアリアドスを戻す。

倒れたのはアリアドスのほうが早かったが、相手を倒してからある程度の時間は

立っていられなければ勝利は認められないのがバトルの規定だった。よって裁定は、

 

 

『・・・引き分け!共に残るポケモンは0体!よって引き分けとする!』

 

最初から最後まで両者ダウンが続く激しい戦いの勝者はいなかった。

 

「この場合は二人とも脱落だ。陣営に戻ることはできない」

 

「残り0での引き分けですか・・・ならば両者に『ペナルティ』の発動です!」

 

フーディンは無慈悲にも二人から公の場でのポケモンバトルを奪った。とはいえ

この試合の結果、それにフーディンの呪いに対し恨み言を言う者はいなかった。

 

 

「・・・フ・・・残念ね。あと少しで勝てたのに。申し訳ないわ」

 

カリンは自分の陣営に残る三人に軽く頭を下げた。それに対しナツメが言った。

 

「何を言う。それが謝っている顔か?敗北を悔やんでいるようにも見えない。

 やり切った表情をしているではないか。満足感が隠せていない」

 

「・・・・・・」

 

「カリン、それにそっちのアンズよ!お前たちの悪ポケモン、それに毒ポケモンほど

 幸せなポケモンたちはいないのかもしれないな!」

 

ナツメの言葉に、名を呼ばれたカリンとアンズだけでなく、両陣営のトレーナーたちも

耳を傾ける。難解な言葉の多い彼女が果たして今度はどんな発言をするのか。

 

「そこらの店でよく売られている人気があるとされているポケモン、それらは

 飽きられて捨てられることもまた多く、社会問題となっている!しかし悪や毒、

 多くの人々が敬遠するポケモンたちではあるが、実は一度育てられたら最後まで

 最初のトレーナーのもとで生涯大切にされるそうだ!やつらからすれば世間の

 評判など知ったことではない。主人の愛情を一身に受けるのだからな」

 

確かに好き好んで悪タイプ、毒タイプのポケモンを育成しようとするトレーナーは

僅かだったが、そのぶん彼らは一途であり、その時代に流行するポケモンたちに

浮気することもなく自分の愛するポケモンたちと歩み続ける、それは統計でも

事実として示されていた。もちろんカリンとアンズもそのうちの一人だ。

ナツメの口からこのことを聞くと、カリンの顔は穏やかなものになっていった。

 

 

「・・・フフフ、強いポケモン、弱いポケモン。人気があるポケモン、ないポケモン。

 かわいくていい匂いがしようとそうでなくとも・・・そんなの人の勝手」

 

カリンはようやく自分の真の気持ちに気がついた。悪ポケモンのよさをもっと大勢の

トレーナーに広めようと参戦したが、もうそれは望んでいない。むしろ真逆だ。

 

(・・・私だけが知っていればいいの。この子たちの魅力をひとり占めしたい)

 

それこそが結論だった。もっと早くそれに気がついていればこのバトルは勝てた。

とはいえ最初からわかっていればナツメたちの仲間に加わることもなかったので

考えるだけ意味はないとカリンは小さく笑った。だが全く悪ポケモンを理解されない、

それも寂しいものだ。サカキたちに一礼してフィールドを去るアンズに近づくと、

 

「・・・ねぇ、あなたはこの後も会場に残るの?カンナはもう帰っちゃったけど」

 

「は、はい。あたいはまだまだ未熟。少しでも勉強しなければいけませんから」

 

バトルが終わり完全に素の口調に戻ったアンズ。カリンは彼女の肩に腕を伸ばした。

 

「よかったらいっしょに観戦しない?その間、お互いのポケモンのよさを自慢しあう、

 どうかしら?ちょっとしたかわいいしぐさや頼りになるところを言い合うの。

 はみ出し者の私たちとそのポケモン、案外話が合うんじゃないかしらと思ってね」

 

傷ついたポケモンたちを係員に預けながらアンズを誘った。アンズも笑顔になり、

 

「おお、それは面白そうです!ぜひご一緒させてください!なかなか理解されない

 あたいのポケモンたちのよさ、誰かに思いっきり話したいって思っていたんです!」

 

激闘の末にカリンが得たもの、それは確かに大きかった。アンズにとっても同じであり、

二人は運営のテントのそば、つまり間近でバトルを楽しめる特等席に座った。

 

 

 

 

 

「ふふ・・・勝利こそできなかったがやつらの数がまた一人減った。キョウの娘アンズ、

 十分な働きだった。さて、次は誰が・・・」

 

サカキたちのブラックボックスの中で、彼の隣に座っていた者が立ち上がった。

 

「ほう、あなたが・・・誰も文句はないでしょう」

 

ちなみにサカキ以外の覆面と黒装束に身を隠す四人は互いの正体を知らない。

アンズに関しても、バトルの直前彼女の自己紹介の際に初めて知ったのだ。声や

背丈を統一されており、この第三戦目に出る意思を示した者が誰なのかわからない。

あのサカキが敬語を使う相手、そこから推察するくらいしかできなかった。

 

二戦が終わりいまだ未勝利の革命軍は、次負けるといよいよ後がないという状況だった。

引き分けが出た以上、二敗目を喫するとその時点でチームとしての勝利がなくなる。

 

「一敗一分・・・悪い流れやないか・・・。どうしたもんか・・・」

 

自分以外は四敗でもいいと言い切ったナツメは余裕の表情のままであるし、エリカは

この期に及んでまだ眠っている。いよいよ出番か、とアカネはつばを飲み込んだ。

 

(・・・しかしここでうち以外が出て負けたとなると緊張は今の比やないで・・・。

 最悪二人負けるか一敗した後また引き分けが入ったらうちの出番がないまま終わり。

 それは・・・いややな。となるともう・・・ここらで行くしかないか!)

 

アカネは立つと、深呼吸してから扉を開けて出て行った。外に出て大観衆の前では

不安は一切表情に出さず、いつも通りの勝ち気な笑みを見せていた。そのアカネが

姿を見せると、コガネから来た大応援団を中心としたファンからは大声援が飛び、

逆に彼女を嫌う、特にチャンピオンのゴールドやアイドルのクルミのファンは

大きな罵声と怒号を浴びせ続けた。

 

「アカネちゃん最高!」 「アカネ最低!」 「がんばれ―――っ!」 「帰れ!帰れ!」

 

 

『・・・よくも悪くも凄いムードですね・・・我々の声も聞こえ辛くなっています』

 

『そうじゃのう。しかし帰れとは・・・試合くらいさせてやったらどうじゃ』

 

アカネは試合前のトークショーの際に使っていたマイクを持つ。そして強い口調で言う。

 

「やい、審判席の虫オタク!それに客席のチャンピオンとその愛人!」

 

審判のツクシ、それに観戦しているゴールドとミカンという、自身と対立している

者たちを指さして呼び、これまでと変わらない痛烈な口調で批難を始めた。

 

「あれだけうちを倒したい言うとったのに結局そんな安全な場所から見学かい。

 ホンマ笑わせてくれるで。せっかくその虫けらと鋼クズを焼き殺すために

 かえんほうしゃを覚えさせとったのに無駄になってもうたわ・・・なあ」

 

「ピ~~~ッ」

 

アカネの右にいたピッピが応えるようにして鳴き声を上げた。左にはピィがいる。

この二体はどう考えても非戦闘要員のはずだが、アカネの腰にモンスターボールは

四つしかない。ピィやピッピで勝てるという挑発的な意思の表れでもあった。

 

「しょせんは偉そうに理屈ばっかりぶら下げとるいい子ちゃんのツクシ、だからあんたは

 男らしくないんや。その外見やない、チキンな心のせいや。大人しくそこで見とれ。

 そしてミカン、あんたもチャンピオンのご機嫌取りに忙しそうやししゃーないか。

 せいぜい体をくねらせて媚びとけや!」

 

ツクシとミカンは頭にきたが関わり合いにならないために黙っていた。

 

「なあゴールド、チャンピオンになったら女二人両隣に侍らせてのんきに観戦できる

 モンなんか?あんたも相変わらずだんまりかい。まあエエ、鼻を伸ばして二人と

 よろしくやっとれ!もともとうちはあんたなんかどうでもよかったんやからな・・・」

 

 

あまりの物言いに会場からはいっそう激しいブーイングが響いた。帰れコールも

止むことはなかった。この一連の暴言はアカネが自らの闘争心を高めるための虚勢だと

知っているナツメは何とも言えない気持ちでこの様子を眺めていた。場内のブーイングを

反骨心によるエネルギーに変えられたらよいが、気圧されて委縮されないかが懸念される。

 

「・・・・・・」

 

「あらあら、さすがのあなたも愛弟子の出番となるとこれまでとは違いますか?」

 

「ハァ?何が弟子だ。まだ寝ぼけているんじゃないのか?」

 

いつの間にか目覚めていたエリカの指摘を一蹴し、ナツメは深々と椅子に腰かけた。

 

 

「・・・ゴールド、あんた言われっ放しでいいの?ミカンちゃんも。そろそろ

 ガツンと言ってやってもいいんじゃない?私は正直我慢の限界なんだけど」

 

「まあ落ち着けクリス。おれにはもうあいつをトレーナーとして終わらせる

 材料が手に入っている。いつでもいいんだ、それまでは好き勝手振る舞わせてやる」

 

ゴールドは笑っていた。前回の戦いから十日間の間に何やら掴んだようだ。

クリスとミカンにもまだ明らかにしていない、アカネを追い込むとっておきが

彼の手元にあった。いつそれを出すか、ゴールドはその機会を待っていた。

 

外野での不穏な動きをよそに、バトルフィールドでは、そのアカネの対戦相手が

やってきた。全身を隠したままだったが、アカネから何かを言われる前にその者の

ほうが言葉を発した。勿体ぶらずにすぐに正体を明かすつもりのようだ。

 

「フム・・・噂通りの不敬で傲慢なお嬢さんのようだな」

 

「ああーん?そういうあんたは何者や?さっさと・・・」

 

アカネが言い終えるより先に、その者は仮面と装束といった己を隠すものすべてを外した。

 

 

「君の相手は燃える男、グレンジムのリーダー、このカツラだ!」

 


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