ポケットモンスターS   作:O江原K

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第41話 燃える男

 

サカキ軍三人目のトレーナーはグレンジムリーダー、カツラだった。アカネと彼の

交友は深いものではなかったが、東西のジムリーダー同士、互いのことは知っていた。

 

「うちの相手はあんたか。直接話したことはほとんどなかったなぁ。でも確かあんたが

 カントーとジョウトの現役のリーダーでは一番のベテランやったはず・・・」

 

「その通り。若い子に知ってもらえているというのは嬉しいものだ。わしも君をよく

 知っている。試験免除でジムリーダーに抜擢されたりこの間もあのハヤトくんを

 相手に勝ったりと・・・かなり優秀なトレーナーであるということを」

 

心からの誉め言葉にアカネはにやけた。へへへ、と笑ったが、カツラは続けた。

 

「・・・だからこそ君は弱い!真の強さがないのだ。『師匠』と呼ばれる存在に

 出会うことなくとんとん拍子に物事がうまく進んだせいでジムリーダーとして

 大切なものを教えられる機会がなかった。だからこの度はどうしようもない

 悪党どもに乗せられ、唆されてしまったのだ。ある意味かわいそうな被害者だ」

 

どうしようもない悪党と呼ばれたナツメとフーディンはカツラを一瞥もしなかった。

彼の言うことを全く気にしていない。それがどうかしたかといった態度だった。

 

「何を言うとる。うちはぜんぶ自分の意思でやっとるんや。大きな夢を叶えるために

 人間として、それにトレーナーとしてレベルアップしたい、それだけや」

 

「ほう・・・地位や名声のために戦うわけではないと。てっきり君たちは皆リーグの

 チャンピオンや本部のトップの座を奪い取ることが目的だと思っていたが」

 

「チャンピオンはいずれ近いうちにあのクソガキから奪い取ったる。とはいえ正式な

 バトルをしてその座を掴む。今回の戦いは関係ない。協会の会長とかはうちには

 無理やろし、そっちで改革とかするのはナツメとフーディンに任せるわ。

 とにかく一つ言えるのはあんたの炎よりも熱く熱く燃えてやるってことや」

 

これ以上はアカネもカツラも何も言わなかった。あとはバトルで決着をつけようと

いうことだ。まだ合図も出る前から互いにモンスターボールを手にしていた。

 

 

『バ・・・バトル、開始―――――っ!!』

 

フライングしてバトルを始めてしまうのではないかという二人の様子に、慌てて

審判団から開始のコールが響いた。オーバースローから勢いよくボールが放たれる。

 

「いけ―――っ!ピーちゃん!」

 

「ゆけ、ギャロップ!」

 

アカネは三姉妹の次女だというピクシーを繰り出した。アカネの横には長女ピッピと

三女ピィが並んで立っていて、小さな体で飛び跳ねて応援を始めた。

 

「やっぱりうちが出て正解やった。エリカが出てたら目も当てられんところやった。

 焼き尽くされて三タテで終わっとったんやからな・・・。うちも水技を仕込んで

 ないせいで有効打はないけど相性互角で戦える分はるかにマシや」

 

「ギャロップ!ほのおのうずだ!」

 

「そうはいくか―――っ!ピーちゃん、メガトンキック!」

 

ハヤトのピジョット相手にも炸裂させたピクシーのメガトンキック。ギャロップの

攻撃をかわしつつその顔面に華麗に命中した。炎の馬は転倒した。

 

「ギャオ――――ッ!」

 

「よっしゃ!先手はうちらや!お次はまたピーちゃんの得意技でいくで!」

 

「ピャ―――――!」

 

ピクシーは立ち止まると、目を閉じながら歌い始めた。その安らかな歌声が

ギャロップの耳元に届くと、倒れていたギャロップは体から力を奪われて

ますますぐったりとした。どうやら眠ってしまったらしい。

 

『ピクシーのうたう攻撃が決まった―――っ!これではギャロップ無抵抗―――っ!』

 

『この間にもっと攻めるのか、それともバトルを優位に進めるための補助技を

 使うのか・・・どちらを選択するのか楽しみじゃのう』

 

いまのうちにギャロップを仕留めるのか、または自身の能力を高めておくか。

 

「当然!攻めの一手や!コガネのアカネの鬼攻め、思い知らせたれ!」

 

「ピャ――――ッ!!」

 

ピクシーが全力で攻撃するため猛スピードで突進した。ところが予想外の事態が起きた。

 

 

「・・・・・・ヒ―――ン!」

 

「ピ、ピギャッ!?」

 

眠ったはずのギャロップが起き上がっていた。よってピクシーはその手前で急ブレーキを

かけざるをえなくなったが、こんなに早く目覚めてしまうのはありえないことだった。

だが、その理由は簡単なもので、ギャロップの口元が動いていた。何かを食べていた。

 

「ん・・・?あ、あれは・・・木の実!くそ、やりよったな!」

 

「うむ、ハッカだ。道具を使うのは禁止だが持たせるのはオッケーだからな!

 君のピクシーは歌うのが得意だからな、作戦が決まって爽快な気分だ。

 ギャロップ!チャンスだ、ふみつけ―――――っ!」

 

「ギャピ――――ッ!!」

 

大きな足による痛い反撃を食らってピクシーは悶絶する。アカネも舌打ちし、

 

「チッ・・・このジジイ・・・なかなかやりよるわ。よりによってハッカを

 仕込んでおくなんて・・・こんなにうまくいくことってあるんか?」

 

「フフ、お前は知らなかったようだがこの方は研究者だ。グレン島のポケモン研究所で

 長い間研究を重ね多くの成果をあげたのだ。ただの熱血漢ではない。当然それは

 ポケモンバトルに関しても同じこと。常にお前の一枚上手をいくだろう」

 

サカキだけでなくカントーのある程度から上の年齢のトレーナーであれば誰もが

カツラのことは知っている。ジムリーダーであると同時に、有名なポケモン研究者だった。

 

カツラは今日誰と対決することになってもいいように準備していた。ナツメたち五人の

ポケモンを調べ、彼女たちの得意な戦術に偏りがあることをすぐに見つけた。それは

催眠攻撃だ。アカネのピクシーだけでなく、カンナのルージュラもあくまのキッスという

相手を眠りに誘う技を持つ。エリカの草ポケモンなどほとんどがねむりごなを仕込んで

いる。更にナツメのスリーパーやカリンのゲンガーはさいみんじゅつからのゆめくい、

そのパターンで決めに来る可能性もあり、対策は必須だった。よって誰が相手でも

眠らされたときに備えハッカの実を持たせておけばいいという結論に至るのは容易かった。

 

 

「今度はわしらの番だ!ほのおのうずだ!」

 

カツラの指示は速かった。ギャロップの炎が渦となってピクシーを閉じ込めた。

このままだと倒されてしまうとアカネがボールを取り出すがピクシーはボールに

吸い込まれず、ただボタンの音がカチカチと鳴るだけだった。

 

「・・・そうか、戻せんのか・・・!やってもうた・・・」

 

「ははは、立て直しが遅い!まずはわしらの先勝だな!ギャロップ、とっしん!」

 

炎のなかでどうしたらいいかわからずにいるピクシー目がけて突進した。そのパワーは

言うまでもなく、更にスピードや炎によって威力は増して、激突されたピクシーは空高く

吹っ飛ばされた。そのまま地面にぽてん、と力なく落下した。

 

「ギ・・・ギエ・・・ピャ~・・・」

 

『・・・ピクシー!戦闘不能!』

 

 

十日前のハヤト戦では活躍したピクシーが一体も倒せずに終わってしまった。エース格と

位置づけるポケモンを先頭に持ってくるアカネにとって苦しい立ち上がりとなったが、

こうなることもあると多少は予想していた。ナツメからの助言があったからだ。

 

『いいか、もうどうしようもない最悪の展開のことなど考える必要はない。そうなっては

 対処なんかしても無駄だからだ。しかし一度冷静になり落ち着いて考えたなら

 立て直せるレベルの問題であればあらかじめ覚悟しておけ。自分にばかり

 都合のいいことはやってこないのだからな。どう動くか備えをしておくべきだ』

 

例えば今回であれば、エリカがカツラと戦うことになってしまった場合、それは

ナツメの言う『もうどうしようもない最悪』だろう。打つ手など何もない。だが

自分のエースポケモンが先に倒されてしまったくらいならまだ終わっていない。

敵にもダメージはしっかり入っている。まだ『立て直せるレベル』の段階だ。

 

(ナツメの屋敷にいた間無理を言っていっしょに練習したかいがあったで)

 

アカネは瀕死のピクシーをモンスターボールに戻す。姉妹が敗れたことで

意気消沈するピッピとピィの頭を撫でながら次のポケモンを選んだ。

 

「この流れ・・・ならこの子しかおらんやろ!ミルちゃん!」

 

二番手はミルタンクだ。この戦いこそピクシーにエースのポジションを譲ったが

アカネといえばこのミルタンクだと言う者も多いほどの実力を持つ。アカネは

ノーマルポケモンのスペシャリストであるためミルタンクも使いこなせる技の

範囲が広い。ジョウト一の大都市コガネシティに本拠地があるというのも追い風で、

有用な技マシンがすぐに手に入る。どんな技構成か戦ってみないとわからない。

 

「しかもミルタンク最大の特徴はミルクで回復できることにある。持久戦に

 持ち込むこともできるのだから相手としては何をしてくるか読み辛いだろうな」

 

「コガネジムでの大暴れぶりは私たちのもとにまでたびたび聞こえてきますからね。

 そのほとんどは悪評でしたが。ですが味方であれば頼もしいことこの上ない」

 

「とはいえ絶対的な能力がないのも確かだ。トレーナーの腕にかかっている。

 さて、アカネはミルタンクをどう生かすか、せいぜい楽しませてもらうとするか」

 

これまで二戦のバトルと同様、他人事のように語るナツメ。しかしエリカは

ナツメの様子がどこか違うと見抜いていた。それはやはり自身に懐いている

アカネに特別な感情を抱いているせいか、もしくは二人立て続けに姿を消し、

ここでアカネまで敗れてしまったら非常に厳しい戦いとなるからなのか。

とはいえ何を言ったところでナツメは否定するだろう。エリカは黙っていた。

 

 

「ここから逆転勝ちといかせてもらうで!ミルちゃん、ばくれつパンチ―――っ!」

 

「そんな大振りで・・・素早いギャロップに命中することなど・・・」

 

ミルタンクの博打は失敗するかに見えた。ところがカツラの思い通りにはいかなかった。

 

「・・・なにっ!?」

 

「ミラァ――――ッ!!」

 

ギャロップの初動が鈍かった。ピクシーのメガトンキックで受けたダメージが

残っていたのだ。突進攻撃の反動も。ほんの僅かであってもこの出遅れは致命傷だった。

 

「くらえ――――っ!!」

 

「・・・これは・・・・・・もう避けられん!」

 

カツラの対処も遅れた。ギャロップを捨てるか他のポケモンに交代か、判断が

間に合わなかった。即座に交代すれば新しいポケモンを繰り出した位置によっては

ばくれつパンチの餌食にならずに済んだかもしれない。とはいえ衝撃のあまり

混乱してしまうほどの強烈なパンチだ。仮に命中したら手負いのギャロップと

そのポケモンの二体が万全ではない状態で、最後の一体に全てを託すことになってしまう。

ならば偶然の流れではあるがこれで仕方ない、とカツラは割り切った。

 

 

「ヒヒャ――――ッ!」

 

『ギャロップ、戦闘不能!』

 

これで二体二。勝負は振り出しに戻った。またしても激戦になりそうだ。

 

「あはは、ジイさん、あんた迷いよったな?うちにはお見通しや。勝負勘が

 鈍っとるんとちゃうか?策を練るのは得意らしいけどなぁ――っ!」

 

アカネが無礼にも指をさしてカツラに呼びかける。しかし老人は笑ってさらりと流す。

 

「はっはっは!痛いことを言うなあ君は。さすがはチャンピオンにも負けず劣らずの

 素質を持つ君の目はごまかせんな。グレンジムがふたご島に移って以来挑戦者が

 大幅に減ってしまって、腕のあるトレーナーもほとんど来なくなってしまった。

 確かに君とのこのバトルは久々の全力を出す真剣バトルと言っていいだろう」

 

場内が一瞬しーんとなってしまった。カツラのジムが辺鄙な島に移った理由は、

彼が若き頃からずっと生きてきたグレン本島が火山の噴火によって人の住めない

地になってしまったからだ。このニュースは誰もが知っており、被害が深刻で

あったことも幼い子どもですらわかっている。自然の恐ろしさを思い知らされた。

 

「・・・そういう意味で言ったわけやなかったんやけど・・・すまんかった・・・」

 

「いやいや、わしは何も気にしていないよ。それよりもこの熱い思いをぶつけたい!

 慰めによる遠慮など無用、むしろやめてもらおう!全力で戦おうじゃないか!

 そのためにわしはサカキ君に無理を言ってメンバーにしてもらったのだ!」

 

実はサカキが当初予定していた仲間のなかにカツラは入っていなかった。いまサカキと

共に座り出番を待つ二人は望み通りだったが、もう一人キョウは最後まで参加の意思を

示さずに代わりに娘のアンズを遣わした。残る一人の交渉に向かう前にカツラの

ほうからサカキに近づき自らを売り込んだ。熱いバトルがしたいという単純な動機だった。

 

 

『・・・それはありがたい申し出だ。あなたであればむしろ大歓迎です』

 

『すまないなサカキ君。あの噴火によって明日はどうなるかわからない、それが

 わしのような老人であればなおのことそうだと思い知らされてね。生きているうちに

 もう一度、もしかしたら最後となるかもしれない真剣勝負がしたくなったのだよ』

 

『あなたには何度も世話になった。これくらいはさせてくださいよ』

 

サカキが新米のジムリーダーであったころ、カツラが彼の指導役であった。そのことに

関する礼であったが、実はその後ロケット団ボスとして活動していた間、カツラが

研究所や後にポケモン屋敷と呼ばれる施設に封印していた、表に出すことのできない

研究の成果の数々を盗み出して非合法の研究に熱心なシルフカンパニーに売りつけて

大金を得たこともその礼の中に含まれていた。サカキはもうその悪事から足を洗った

とはいえ真実を語るわけにもいかない。そのためこっそりと心のなかで言うだけだった。

 

『・・・ですが一つ、対戦相手は選べない・・・そのルールで戦うつもりですが

 よろしいですか?まああなたにとって極端に不利になる相手は今回の相手五人の

 中にはいませんが、そのときになってみないとわからないという趣向でして』

 

『いいや、むしろ面白い!対策はしておくが、本番になってからの読み合いがメインとなる、

 トレーナーとしての器が試される熱い戦いになりそうだ』

 

『それは頼もしい。それでも一番の目当てを言うならば・・・五人のうち誰です?

 やはりあの許し難いナツメですか?それとも戦えば勝てるエリカ嬢か、あえて

 苦戦する可能性が一番高い、氷使いであると同時に水タイプをも持つカンナ・・・』

 

『フム・・・そうだな。わしがやりたいのはアカネという子だ。ジムリーダーとして

 これが最後の仕事となるかもしれぬ。ならば彼女以外にいないだろう。あの子は

 教育すれば心身共にもっと成長できる。わしが間違った歩みを止めてやりたいものだ』

 

最後の仕事と聞き、カツラは近いうちに引退するのだとサカキは察した。姿を消していた

サカキもグレンタウンに起きた悲劇は当然メディアを通して知っていた出来事であり、

そんななかでカツラはふたご島で一人グレンジムを続けていたものの、やはり以前ほどの

元気はないというのも風の噂で聞いていた。もう潮時だと本人もわかっているのだろう。

その締めくくりにカツラはこの舞台を選び、彼の希望通りの対戦相手となったのだ。

 

 

「さあ、まだバトルは始まったばかりだ。楽しいのはここからだぞ?熱く燃え上がる

 戦いになる予感が君にもあるだろう?全身を熱くする熱戦だ!」

 

「同感や。でも熱ならうちのほうが上や。あんたの炎を飲み込んで逆に

 燃やし尽くしたるわ。その骨すら残らんほどになぁ!」

 

カツラは決意していた。ポケモンバトルをやめるつもりはないが、この勝負で

敗れた場合、ジムリーダーを辞任してグレンジムを閉鎖するということを。

しかし勝利したならば、もう一度弟子を取り本格的なジムとしての復活を

本格的に始めようと考えていた。その最初の弟子としてアカネを育成するつもりだ。

 


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