アカネとカツラのバトルは、共に一体失い残りは二体となっていた。アカネの
ミルタンクに対しカツラがどんなポケモンを繰り出すかを待つという状況だ。
すでにバトルを終え引き分けになったカリンとアンズも並んで観戦している。
「・・・そういえばカリンどの、先日までジョウトではあのアカネを解任するとか
どうとかでもめていたらしいですね。カリンどのはそれに賛成されたのですか?」
「フフ・・・若い子たちは皆チャンピオンに賛同したけど私は反対したわ。
確かにあのピィやピッピは嫌いよ。見てみなさいよ、あの媚びた様を。
あんなポケモンが私は昔から大っ嫌いだった。でもアカネ自身はそうじゃない。
プライドと根性にかけてはジョウトでもトップクラス。私は好きだわ」
いかなる権力に、またエリートたちに屈することなく反骨心をむき出しにする
アカネは誤解されることも多かったが、偏見や先入観なく彼女を見たならば
案外受け入れやすく感じる、むしろ気が合いそうだとカリンは思っていた。
「・・・さて、ここからはまた君とわしの読み合いだ!どんな戦術で来るのか、
その駆け引きもまたポケモンバトルの醍醐味だ。いけ、キュウコン!」
カツラの二番手はキュウコンだ。この九本の尻尾を持つ神々しい狐は素早く、
そして様々な戦術ができる器用なポケモンだ。炎の技で勢いよく攻めてもよし、
相手を混乱させるあやしいひかりや状態異常を阻止するしんぴのまもりといった
技を使い粘り強く戦うのもよし。カツラの炎ポケモンのなかでもレベルが高かった。
「キュウコン、まずはあやしいひかりでやつを惑わせるのだ!」
「キュ――――ッ」
ミルタンクを混乱させるべく怪しげな光が放たれた。ミルタンクの足元がふらついた。
「・・・混乱か!でもうちらのやることは一つ!ミルちゃん、ころがれ―――っ!!」
「モ――――!!」
怪しい光のせいか、もしくは強い闘争心のせいか、ミルタンクの目は血走っていた。
そして激しく転がり始め、キュウコンにぶつかった。転がれば転がるほどそれは
速さを増し、与える衝撃とダメージもあっという間に倍以上になっていった。
「キュワ・・・キュワッ!」
「・・・混乱はしているようだがツイているようだ、君らは。わけもわからず、
それでも何の対策もなしに的確に攻撃を・・・!」
「はっはっは!スマンなぁ!うちはいろいろ考えるのが面倒やからな。心理戦や
駆け引きなんて興味はない!余計なことは考えず圧倒的な攻めで押し切る、
それがこのアカネちゃんとポケモンたちのやり方や―――――ッ!!」
ミルタンクの転がる攻撃にキュウコンが押され始めた。その劣勢は明らかで、
転がり続けたミルタンクはいよいよ手がつけられなくなり始めていた。
「ぐっ・・・」
「どうや!このミルちゃんのパワーは―――っ!牛のポケモンなら戦うのは
ケンタロスで十分、ミルタンクはミルクだけ出しとけ、なんてナメたことを
ほざくドアホどもがおるがこれで間違いがわかったやろ―――っ!」
アカネの笑顔に顔をしかめ不快感を露わにするのはゴールドだった。
「ち・・・またあの運任せのころがる!トレーナーの腕も何もない!確かにあの
ミルタンクのレベルが高いのは認める。でもさっきのばくれつパンチといい、
凄いのはポケモンであってトレーナーはただのおまけ、とてもじゃないが
こんな舞台に立つ腕前じゃない!だからやつはクズなんだ!」
「・・・アカネが思考を放棄している、というのは私も同感だけど」
このとき、ゴールドたちから少し離れた席に、コガネジムのトレーナーたちが
座っていた。コガネジムのメンバーは全員女性で、アカネと同世代のミニスカート姿の
少女や大人のお姉さんと呼ぶのがふさわしい、色気のある女性たちがアカネの
応援に来ていた。チャンピオンと彼の連れの二人の少女、クリスとミカンが
自分たちのリーダーを悪く言うのを聞いていたが、彼らに文句をつけたりはしなかった。
「・・・ムカつくけれど、これはある意味アカネちゃんの望み通りなのかもね」
「そうね。あの子ほどポケモンが好きな子はなかなかいないわ」
ポケモンたちの評価が高まるならば自分の評判は底に落ちようが構わない、それが
アカネの思いだった。いつも彼女を間近で見ているジムトレーナーたちはアカネの
ポケモン愛をよく知っている。例えばこのようなエピソードがある。
『・・・ア、アカネちゃん・・・これは!?』
『ん?ああ・・・どうしたんやろなぁ。朝から元気がなかったんや』
アカネのピィが泣いていた。どうやら下痢のようで、アカネはその後始末をしていた。
ホースの水とブラシで軽く床掃除を済ませると、アカネはピィを抱きかかえて人間用の
シャワー室に連れて行こうとした。それを見たトレーナーの一人は慌てて、
『ちょっと、アカネちゃん!汚れがついちゃうよ!それにそこにホースが・・・』
『汚くないわ。ホレ、もうちっとも臭くないやろ?まだ糞が臭くなるようなモンは
食えないからなぁ。だからきっと寝てるときに腹を冷やしたんや。なのに
ホースの冷たい水で洗うだなんてひどい真似ができるかい!』
そろそろジムには挑戦者が来る時間だった。しかしアカネは持ち場を離れる。
『それなら私がやります。さあ、アカネちゃんは・・・』
『いやいや、こんなときこそうちが構ってあげないでどうするん?いまこの子は
とっても不安なんや。挑戦者なんか適当に理由つけて待たせとけや』
シャワーの湯を出して熱くない温度に調整してからピィの身体を汚れたところを
中心に丁寧に手で洗った。汚くない、と断言した言葉通りにアカネはピィを
優しく扱った。その後もしっかりと乾かしてからベッドに寝かせると、
『・・・あったあった。ホレ、あんたの姉ちゃんも使ってた腹巻や。お下がりやけど
構わんな?これ巻いて寝れば暖かいで。今日はいっしょに寝ような!』
『ピィ~~~』
すっかりピィの機嫌もよくなった。小さな丸い体がベッドにすっぽり入り、姉である
ピクシーとピッピ、それにアカネも同じベッドに入ってピィを甘やかせた。
『・・・今日はヤメや。認定戦は中止!表の連中に伝えといてくれや!』
『マ、マジで?アカネちゃん、この間もそれで怒られたんじゃ・・・』
『何とかなるやろ。そんなことよりもしっかり治してやらにゃ・・・』
ジムリーダー仲間からの評価は下がり続けたが、ポケモンたちとの信頼関係は強くなる
一方だった。好きなポケモンと楽しく過ごす、そのスタイルはアカネが初めて
ポケモンを手に入れたときから全く変わらなかった。ジムリーダーとなり名声や勝利を
追い求めるようになってもポケモンを可愛がり、大事に育てることが第一だった。
「クセが強いから誤解されやすいけどアカネちゃんは立派なリーダーよね」
「たまに大泣きしてどうしようもなくなるのを除けばね」
アカネがジムリーダーに就任してからしばらくするとエリートトレーナーたちは
ジムから姿を消した。情熱に満ちた素人であるアカネとウマが合わずに去っていった。
やがてコガネジムはファンシーポケモンを愛する若き女性たちの溜まり場となった。
彼女たちはアカネを認め、友好的な間柄であったが、それでもアカネの親友とは
なりえなかった。しょせんは『いい加減なやつら』の集まりであったのでアカネと
衝突せずにいたが、ポケモンへの取り組み方において決定的な差があった。
「私たちじゃ無理だった。アカネちゃんほどポケモンを愛し、バトルが
強くて、それでいて狂っている人間は私たちのなかにはいなかった」
「どこかにいないかしら。ただの強いトレーナーじゃない、自分が正しいと
信じることのためならどんな権力者にも噛みつく、タガの外れた人は。
そんな人ならきっとアカネちゃんの理解者になってくれるでしょうに・・・」
「・・・・・・・・・」
アカネが優勢にバトルを展開する様子を、ナツメは笑みを浮かべながら眺めていた。
もっとも、仲間の活躍を喜ぶというよりはただバトルを楽しんでいるだけ、そんな
顔であった。どちらが勝とうが構わないという彼女の言葉通りだ。
「あれだけ勢いがついてしまえばもう止められないのでは?あと一撃、もしくは
その次の攻撃で確実に相手は倒れると思いますが」
「ああ。キュウコンどころかその次のポケモンもまとめてな。しかしカツラ、
やつは何もせずただポケモンが倒されるのを待つ人間ではない。熱血漢を
装ってはいるが実は策士、害悪をもたらす科学者であり発明家でもある!
もう少し楽観的な結論は待とうではないか」
このバトルの間はエリカもずっと目覚めていた。アカネの戦いに関心があった
わけではなく、客席からの歓声と罵声がこれまでの比ではなかったので
さすがに起こされた、というのがその理由だ。いつも昼寝にしている時間が
ちょうど終わったというのも大きな要因だった。
「まだそいつを止める手はある!キュウコン!最後の力でかえんほうしゃ!」
「キュラァ―――――!!」
転がってくるミルタンク目がけてかえんほうしゃ。桃色のボディが赤黒く火傷する。
「ハハハ!牛の丸焼きとはいかなかったが・・・君たちくらいの年齢なら
あまり焼かないほうがいいんだろう?焼肉は!おっと、厳密にはその牛は
肉牛ではなく乳牛だったようだが・・・まあどちらでも変わらんか!」
ここでカツラがアカネを煽った。アカネのポケモンに対する愛情の深さを逆手に
とろうとしたのだ。冷静さを失わせてミスを誘う狙いがあった。ところが、
「こんな火傷で今さらミルちゃんが止められるか――――っ!ほんのチョイと
攻撃力が落ちたってもうあんたの負けは決定や―――っ!そしてあんたは肉なんか
食っとらんでお茶漬けでもモソモソと食べてりゃあええんや!」
「モ――――!!!」
アカネはおろか、すでに頭に血が上り切ったミルタンクも火傷に怯むことはなかった。
すでに混乱は解け、激しさのなかにも静かな集中力があった。転がるのをやめず、
キュウコンにとどめを決めるだけでなくカツラの最後のポケモンをも一撃で葬れる
ところまで視野に入れていた。そしてミルタンク岩が転がる音が轟く。
「ぐぐ・・・キュウコン、どうにかよけるんだ!急げ、急げっ!」
策がうまくいかず、カツラは見るからに焦っている。彼ほどの男がこうなるのは
珍しく、サカキは違和感を覚えた。アカネはそこまで考えることはなく、
「ギャロップのときも対応が遅れとったなァ!これでポケモンたちだけやなく
うちらのトレーナーとしての上下も決まった――っ!いてまえ――――っ!!」
カツラに引導を渡すべくミルタンクに声を飛ばした。暴れ牛は主人の期待に応え、
「モォ―――――!!」
「ギャワッ・・・・・・!!」
寸前で華麗にかわそうとするキュウコンの背をとらえた。火傷のせいか、それとも
キュウコンが最後に振り絞った力のせいか、直撃はせずにキュウコンは倒れなかった。
「戦闘不能は免れたか!でも次で確実に・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
カツラは何も言わない。それどころか何もしようとしない。もう諦めたのか、
何もしなければキュウコンは勿論、三体目のポケモンまで倒されるというのに
彼に動きはなかった。するとここで、審判団から突然笛の音が鳴らされた。
『・・・これは・・・試合中断の命令合図です!反則の疑いがあるという場合や
観客の安全が脅かされたときに、互いのポケモンにバトルを一時やめさせる、
そのようなものですが・・・この一連の流れで果たして・・・』
『うーむ・・・・・・いや、それ以外にもバトルを止めねばならない理由がある!
おそらくはそれじゃろうが、今に審判団から説明があるじゃろ』
どうして自分に流れがきているここで中断なのか、アカネは不満を露わに
両手を広げ、キュウコンへの攻撃はやめさせたが、転がることは続行させた。
一度止まってしまってはまた最初から勢いをつけなくてはならない技だからだ。
「コラ――――っ!ナメとんのか阿呆ども―――――っ!!いくらうちが嫌いでも
ここまでして邪魔するんか!?マツバ、あんたが審判長やったな!そんなにさっき
うちに女の子たちをナンパしとるのをバラされたこと根に持っとるんか!」
『バカか!誰がその程度で試合を止めるか!いいか、いまから説明してやる!
えー・・・ゴホン。審判団です。ただいまよりカツラ選手のキュウコン、
試合続行が可能かどうか、その確認に入ります。おいアカネ!お前の
ミルタンクも動きを止めさせてポジションに戻らせろ!反則負けにするぞ!』
「ちっ・・・ダボが!」
仕方なくアカネはミルタンクに戻るように命じた。もちろんその間は何も
してはならず、休むことでほんの少し体力は戻るだろうが回復技を使うことも
できないので、アカネにとってこの中断は何の得もなかった。しかし、
なぜ中断させられたのか、彼女にもわかった。当然周りの者はもっと早く理解し、
「・・・なるほど。やはりあなたは相当の策士のようだ」
サカキはニヤリと笑った。カツラの真の狙いはこの中断だったからだ。
ミルタンクの転がる勢いを止めるにはこうするしかなかった。強引な
試合中断、キュウコンにもその思惑は伝わっていた。長年の付き合いだからだ。
「・・・試合続行の確認?どうしてそれで止めるの?普通は続けるでしょ」
ポケモントレーナーではあるが公式のバトルに詳しくないクリスがミカンに尋ねた。
するとジムリーダーである彼女はクリスに対し丁寧に説明した。
「クリスちゃん、ポケモンは瀕死になるような傷を負ってもポケモンセンターで
回復すれば元通り元気になる、それはあなたも知っているはずです」
「え?そりゃあもちろん。私だって何回も行ってるし」
「ですがあまりにも酷い負傷や病気になるとポケモンセンターの治療もむなしく
死んでしまう・・・そんな悲しいこともあるのです。そこまではいかなくても
重傷と呼べるほどのダメージを負ってしまうと後遺症が残り、もう高レベルの
バトルでは戦えなくなってしまう、そのような例もあります」
公式戦でポケモンが死に至るケースは稀だった。そうなる前に危険を察した
トレーナーがポケモンをボールに戻す。しかし足や頭部への攻撃をトレーナーが
見落としていたり、また勝利を追い求めるあまり、まだ戦闘不能ではないと
バトルを続行させることがある。その結果取り返しのつかない事態を避けるために
外部から試合を止めさせ、これ以上続けても問題はないか冷静に判断するのだ。
「しかしカツラさんほどの方がこれほどの危機を見過ごすわけが・・・・・・」
ミカンは説明を中止した。気がつくと、隣に座っているゴールドが大量の汗をかき、
全身はかたかたと震えていたからだ。息も全力で走った後のように絶え絶えだ。
「ハァ――――・・・ハァ――――・・・・・・」
「ゴ、ゴールド!急にどうしたの!?」 「ゴールドさん!まさか体調が・・・」
両隣に座っているクリスとミカンが彼の異変を知り、その手を取ったり肩をさすったり
し始めた。美少女二人に心配され世話される、周囲の男たちからすれば羨ましい
限りであったが、当人たちからすればそんな嫉妬の目などどうでもいいことだった。
「・・・ま、またあの惨劇が・・・!くそ・・・あの女・・・・・・!」
ゴールドとアカネの因縁、どうやらミルタンクのころがる攻撃が大きく関わっている
ようだ。チャンピオンとしてカントーとジョウトの頂点に君臨する覇王である
ゴールドがいまだにトラウマとして引きずり、常軌を逸した憎悪をアカネに向ける
謎がここにありそうだ。クリスたちはそれを知りたかったが、今はそれどころでは
なかった。彼がこのような調子であるのに質問攻めにはできない。
「どうするゴールド?一度どこかで休む?」
「いや・・・大丈夫。少し落ち着いたよ。バトルは観戦する。どうしようもない
クズがここから大逆転負けを喫するところを見ないでどうするんだ・・・」
それほど時間を要さずにゴールドは落ち着きを取り戻した。汗を拭い、
ミックスオレを飲み干す。彼の脳裏にいまだ焼きついて離れない忌まわしい
記憶、いまは和らいだがおそらくは永遠に彼を悩ませ続けるだろう。
それがどのようなものか、明らかになるのはまだ先の話である。