ポケットモンスターS   作:O江原K

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第43話 カツラという男

アカネのミルタンクがころがる攻撃を続けてカツラのキュウコンを追い詰めたが、

あと一撃、というところで試合中断が審判団より言い渡された。キュウコンに

このままバトルを続けていれば後々何らかの後遺症が残るかもしれない可能性が

あるとされ、ポケモンドクターたちも含めて慎重に確認作業が進められていた。

 

「フム・・・思ったより時間がかかっているな。どうだろう、少しわしの話に

 付き合ってはくれないかな?才能溢れる若きトレーナーであるアカネくん」

 

「・・・好きにせい。どうせ何もできんのやからなァ。あーあー、せっかくうちの

 圧倒的有利やったのにすっかりシラケてもうたわー」

 

不貞腐れながら適当に答えるアカネに対しカツラは一礼してから語り始めた。

 

「アカネくん、わしは残念でならんのだ。君がせっかく限られた人間しか選ばれない

 ジムリーダーの地位をあっさりと手放す気でいることが。それもこの仕事の

 最たる喜び、醍醐味を知ることなくやめてしまうというのだからな」

 

「醍醐味?わからんなぁ。案外毎日楽しくやらせてもらったけど」

 

「それは人の成長を見ることだ!ポケモンバトルを通してポケモンだけでなく

 トレーナーの人間性をも育成する、それがジムリーダーの務めでありやりがいだ!

 おっと、君には師匠がいなかったからそれを教えてもらうこともなかったのだったな」

 

カツラの言うジムリーダーという職務から得られる報い、彼だけでなくほとんどの、

またカントーとジョウトに限らずどの地方のジムリーダーも皆がそれを口にするだろう。

だが経験が浅く、自分を中心に考えたまま意識を改めずに去っていくアカネを、

カツラは心から残念がった。しかしまだアカネは若く、教育を施していずれまた

再登板させてやりたい、彼はそう思っていた。アカネの後ろにいるナツメもやはり

己の得しか考えていない人間だろうが、そちらはもう更生不可能だろう。やり直せる

アカネにだからこそ、カツラは話をしようと決めたのだ。

 

 

「わしの絶頂期は三十になるかならないか・・・そのくらいの年齢のころだった。

 ポケモントレーナーとして、また科学者として有り余るほどの金を得て好き放題

 振る舞っていたよ。美酒に美食に・・・最高級の女性を何人も連れ込んでまるで

 王族の宴のような夜を過ごしたこともあったよ」

 

「ほーん、そういう話はうちよりも審判団の三人にしてやってくれや!あの連中に

 モテる秘訣を教えてやりゃあさぞ喜ぶやろうしなぁ。化石や虫や幽霊には

 好かれてもどうにも女の子相手にはうまくいかんやつらがちょうど揃っとるで!」

 

この中断の裁定にいまだ恨みがあるのか、アカネはマツバ、タケシ、ツクシの

席を指さして笑った。大観衆の前で彼らを辱めてやろうという嫌がらせだ。

アカネの悪態にカツラは溜め息をつきながらも話を続けた。

 

「しかしそれはむなしいものだった。ポケモンのおかげで稼いだ金を自分のために

 快楽を追い求め浪費し続ける・・・大いに矛盾を感じた。そこでわしは私財を投じ

 グレン島への恩返しとしてポケモンセンターの改築や研究所の建設、様々な

 教育施設を開いたりと・・・形になるものを残すことにした。わしの力で島は

 栄え、人々から感謝された。充実した日々に、自分は人生の成功者だと実感したよ」

 

「じゃあうちは使い道に困るほど金が積もったら『ピーちゃんランド』でも建てて

 やるわ。園内のどこを見渡してもピィ、ピッピ、ピクシーが楽しそうに飛び跳ねて

 歌って・・・それ以外にもうちがかわいいと思うポケモンはみんな連れてきて・・・

 確かにそこまでやりゃあ人生大成功、万々歳ってとこやろな」

 

カツラが言いたいのはそういうことではないだろうと誰もが頭を抱えた。だが彼の

話の真の要点はここからだった。ここで人々は思い出した。カツラが築いたものが

どうなったか、すでに皆わかっていたからだ。

 

「・・・だが・・・それもやはりむなしいものだった。あの火山の噴火はわしの

 築き上げた全てを奪っていった。自然の強大な力の前に何の役にも立たなかった。

 直接の死者こそ出なかったが避難の途中に転んで頭を打ってしまったり避難先の

 馴染めぬ生活でストレスを重ねて心を病んで自ら命を断ってしまったり・・・。

 わしは自分がちっぽけな人間の一人に過ぎないことを思い知らされた」

 

「・・・・・・・・・」

 

「いまグレン島には旅人用の仮設ポケモンセンターが一軒あるだけだ!もはや

 わしが遺したものの形跡は何一つ残っていない・・・これは喜劇だ!島の王様にでも

 なった気分であったがただの裸の王だったのだ!ハハハ・・・どうだね、君!」

 

カツラはひたすら笑っていた。しかしそのサングラスの奥、その瞳は決して心から

笑っていないのはアカネもわかった。会場内は静かになってしまった。ただ二人、

ナツメとフーディンだけが悪辣な笑みを浮かべていることに気がついたのは

サカキのそばにいたスピアーで、羽音を大きくして怒りを露わにした。最初から

スピアーの狙いはフーディンなのだ。その動きに過敏になるのは必然だった。

 

 

「・・・・・・なんか気の毒やなぁ」

 

「だが・・・やはりジムリーダーとしての数十年の歩みが無駄ではなかったと

 思えたことがある。この危機に昔の教え子たちが駆けつけくれたのだ。彼らは

 自分のことしか考えないような者たちだった。ただのチンピラに科学オタク、

 火事場泥棒だったやつもいた。そんなやつらをわしは自分の弟子とした。

 そしていま、彼らは己を無償で救援活動のために差し出してくれた。今じゃあ

 真面目に働いてますよ、そのきっかけを作ってくれた先生への恩返しだって

 泥棒だった男が言ったんだ。それを聞いたときわしは確かに満たされたんだよ」

 

今度は自然な笑みだった。これがカツラの言うポケモントレーナーの育成だった。

ポケモンバトルを通して、たとえ学校や社会がもう無理だと見捨てるような者で

あっても成長し変化させることができる。若き頃から科学者としての顔も持ち、

常に何かを形にして残し続けてきた男が、このような形にはならないものにこそ

自分の求めていた宝があったと気がついた瞬間だった。

 

「だから君にもわかってほしい!一から勉強をやり直したとえ今はジムリーダーを

 やめることになったとしてもいずれ再び戻り、君の子どもや孫の世代にまで

 よいものを伝えていく・・・そんな存在になってほしいのだ。そのためにも

 わしは君に勝つ!そして君にそのために必要なことを何でも惜しまず教えよう!」

 

「・・・残念やがそれは叶わない夢や。このバトル、うちが勝つからな。でも

 このアカネちゃんにそんなことを言いよったのはあんたくらいやで・・・」

 

アカネの心が揺らぎかけていた。それを知ってか知らずか、突然背後の控室で

大きな笑い声が響いた。その主はナツメであり、先ほどのカツラ同様明らかに

作り物の笑いだった。皆の意識がそちらに向かった。

 

 

「くくくく・・・・・・アハハハハハハハハッ!!」

 

「・・・ナ、ナツメ?どうしたん・・・?急に壊れたように笑いよって・・・」

 

「ハハハハ・・・いやいや、あまりにもおかしかったものでな。そこの老人が

 まるで清い善人のように振る舞うものだからつい・・・。実際は黒く汚れた

 大罪人だというのによくもまあそこまで自分を偽れるものだ」

 

ナツメの言葉にカツラの表情が険しくなった。彼の後ろのサカキも顔色が変わる。

だがエリカやサカキと共にいる二人の正体を隠したトレーナー、それに試合を

観戦するゴールドたちやカリンとアンズといった者たちはナツメの語る意味が

全くわからず、どう反応してよいものかもわからなかった。

 

「それはいったいどういうこっちゃ?ナツメ、よくわかるように・・・」

 

「・・・きさま・・・!まさか知っているというのか!?」

 

アカネの問いをかき消すようにサカキが大きな声でナツメを追求した。すると

ナツメは更に笑いを浮かべてそれに答えた。フーディンもにやにやとしている。

 

「もちろん知っている!そうか、ちょうどお前の幼いころだったな、あの事件は!

 グレンタウンのポケモン研究所はそれまでもグレーな研究を続けていたが

 とうとう踏み越えてはならない一線を過ぎてしまった。その件には当時の

 ポケモンリーグも関わっていたためにかなりの圧力でもみ消したそうだから

 ほんの僅かしか報道されることはなく、また後の代に語り継がれずに他の

 実験の数々と共に闇へと葬り去られた。こいつらの間抜け面がそのいい証拠だ。

 ポケモンのエキスパートでありながら何も教えられずにいるのだからな」

 

「わたしもまだその規制が始まる前・・・ほんの数回ニュースで見ただけだった。

 詳しい情報などほとんどなかったがポケモン好きな少年には印象に残る事件

 だった。わたしの他には・・・せいぜいキョウくらいだな、同世代でも

 この話題に乗ってこれるのは。それだけ話の真偽も情報量も不足している。

 しかしきさまが・・・当時の人間から聞いたのか?口封じされていると聞いたが」

 

「それを言う必要はないな。しかし一つ言えるのは決して許されない罪だということだ。

 その年は確か・・・この国が戦争で負けてから二十年くらいか。急速に復興する

 ためにかなりの無茶をしたそうだが多くのポケモンを傷つけたそうじゃないか。

 まあその事件以降グレン島の研究も真っ当なものばかりになったということは

 多少は反省したのだろうが・・・どの道愚かな罪が許されることにはならない」

 

どうやら三、四十年は前の出来事のようだ。サカキやキョウは当然まだ幼く、

そのために記憶に残っていたのだろう。大人は忙しいので一々嘘か真実かわからない

ニュースに付き合っている暇はなかった。そして若い世代が誰一人このことを知らず、

様々な年齢層がいるはずの客席にも自分は聞いたことがある、と言うファンはいない

ことからも、ポケモンリーグの隠蔽工作はほぼ完璧だった。

 

「だから!結局どんな話なんかうちらにもわかるように早よ教えんかい!あんたらだけ

 わかってても意味ないやないか!何ならナツメ、うちにだけこっそり・・・」

 

「ふん・・・わたしは別に隠すつもりはないさ。アカネ、教えてやろう。あなた以外の

 この場にいるクズ共にもついでにな。そもそもあなたたちが生まれてもいないころ、

 ポケモンたちがどのように扱われていたのか・・・・・・」

 

かつて人々が犯した罪を暴露すべくナツメが話を新たな段階へ進めようとしたが、

それは遮られた。彼女の声より大きな音量でアナウンスが響いたからだ。

 

 

『・・・長らくお待たせしました!検査の結果、キュウコンの首に負傷が確認され、

 このままバトルを続行すれば危険であると判断し、戦闘不能扱いとします!

 キュウコン、戦闘不能!カツラ、残り一体!ここからバトル再開といたします!』

 

バトルが始まるとあって、ナツメもフーディンもこれ以上語ろうとはしなかった。

今日はあくまでバトルをするために来たのだ。自分たちがこの戦いの勝者となり、

全ての権力を手にすればいくらでも歴史の闇を明らかにする機会はあるだろう。

いまはバトルの続きが何よりも優先された。カツラもまたそれまでの彼の様子に

戻ったようで、余計な思いを一切捨てて勝利を目指すべく意識を集中させた。

 

 

「・・・さて・・・アカネくん、これからわしは最後となるポケモンを繰り出す

 わけだが、中断前は君にとって非常に有利な展開であり、もしあのまま試合が

 続行されていればこの一体もすぐに倒され終わっていた可能性が高かった」

 

「よくわかっとるやないか~。命拾いしたんやで、あんたは。とはいえ・・・

 ほんのチョイと寿命が延びたに過ぎんけどな」

 

「まあそう言わんでくれ。むしろお詫びとして君に一手行動する権利を与えたいと

 思ったのだ。正々堂々の戦いである証として・・・どうだろうか、わしが

 ポケモンを出す前に君のミルタンク、回復するといい。ミルクのみの技でな」

 

カツラは先に回復をするように勧めた。しかしアカネは動かない。ミルタンクは

長い中断の間もフィールドに残っていたが、ころがる攻撃の勢いはなくなっている。

受けた傷もそのままなので、回復できるというのなら願ってもない展開だったが、

 

「・・・いや、それとこれとは別や。余計な気遣いってやつや」

 

アカネはそれを拒否した。するとカツラはにやりと笑った。

 

「フム・・・なるほど、そうか。君のミルタンク、いまはミルクのみを使える

 状態ではないということか。それ以外の技で戦おうと準備していたのだな?」

 

「う~ん、まあそういうこっちゃ。残りの技はミルちゃん得意のふみつけ、

 それにれいとうビームを用意しておいたんや。炎使いのあんた相手じゃあ

 完全に裏目やったが・・・それでも勝ってまうのがうちの強さってところかな?」

 

 

アカネは僅かに弛緩していた。先ほどのカツラの話はいかにも敗れ去っていく者の

最後の言葉のように聞こえ、自分の勝利が固いと思っていた。そのせいで回復技が

ないどころか、残りの技の構成までぺらぺらと喋ってしまったのだ。

 

「まあそんなに言うなら・・・転がるための助走の時間!勢いを取り戻す時間を

 もらおうか。もともと回復なんかより攻撃を優先させる性格なんや、うちは」

 

「結構、結構!そうしてくれなければわしの気も晴れない。仮に大逆転勝ちと

 なったところであの中断がなかったらと君に延々と恨み言を言われたくないのでな。

 フム・・・そうか、ミルクのみは使えないか・・・なるほどな」

 

 

アカネは上機嫌でミルタンクに指示を出し、中断前の八割ほどまで勢いを戻していた。

しかしナツメはアカネとは違い、彼女の勝利が危うくなったと感じていた。

 

(心理戦はやらないと言っていたのに・・・まんまと乗せられてしまったな。自分では

 その気はないのだろうが、バトルの腕ではなく知恵によって不利に追い込まれた。

 キュウコンのことも含め・・・まったく老獪な男だ)

 

少なくともミルタンクはこれ以上活躍できずに終わる、ナツメにはその確信があった。

 

 

「・・・これがわしの最後のポケモンだ!ウインディ!」

 

このバトルで敗れた場合はジムリーダー、そしてポケモンバトルの第一線からの引退を

決めているカツラは、悩むことなく自分が最も頼りにしているウインディを出した。

 

「誰が来ようがどうでもええ!何もできずに倒れるのは変わらんわ―――っ!」

 

アカネは特に何も考えずにミルタンクをころがる攻撃のまま敵に突撃させた。

よく言えば迷いがなかった。先ほどまでのやり取りで、もし必要以上に考えすぎる

トレーナーであればカツラという人間がわからなくなり疑心暗鬼になっていたはずだ。

彼は闘志に満ちた燃える男なのか、全てを失いながらも立ち上がる我慢強い男で

あるのか、信頼される表の顔を持ちながら実はナツメの言うような悪人なのか・・・。

カツラが何をしてくるのかますます読めなくなって及び腰になっただろう。

 

その点アカネはよかった。しかし全く注意をしない、それはまずかった。なぜカツラが

追い詰められながらも余裕があるのか、そのくらいは考慮しなければいけなかった。

 

「いけ―――っ!殺したれ――――っ!!」

 

「・・・ウインディ!しんそくだ」

 

カツラの命令が出た瞬間、ウインディはミルタンクをはるかに上回るスピードで

駆けはじめ、先に攻撃を命中させて敵をふらつかせた。攻撃こそは最大の防御、

アカネとそのポケモンたちのお株を奪う形となった。

 

「ウオオ―――ン!」

 

「な・・・何や!?速すぎやろ!」

 

「フフフ、このウインディくらいしかこの技を使える者はおらんだろう。古より

伝説のポケモンとして言い伝えられている国もあるほどだ。とはいえ少し

威力不足ではあるが・・・回復できないミルタンクを倒すにはもう一発で

十分だ。もしミルクのみが使えるかどうかわからなければ別の指示を

出さざるをえなかったが、ハハハ・・・教えてくれてほんとうにありがとうな、

アカネ君!恩を仇で返すようで悪いが攻撃を続けさせてもらおう!」

 

「ふざけよって・・・このクソジジイが――――っ!!」

 

ウインディの快速、いや神速とも呼べる攻撃の前にミルタンクはとうとう最後まで

劣勢のままだった。食らうはずがないと思っていた攻撃を受け、リズムを乱して

しまったのが響き、自慢の耐久力でも粘り切れず仰向けになって倒れた。途中で

苦し紛れのれいとうビームも放ったが、ウインディの身体は凍らずに、大した

ダメージも与えられず無駄な足掻きだった。確率の低い運任せは失敗したのだ。

 

 

「・・・・・・モガァ~~~~ッ・・・」

 

『ミルタンク、戦闘不能!』

 

「くそが~~っ!まんまとやられたわ!これで一対一か・・・・・・」

 

アカネは心配そうに見つめる足元のピィとピッピの頭を撫でると力強く笑った。

 

「よしよし、大丈夫や。うちがこんなところで負けるはずないやろ。もっと

 強くなる、そのためにこの戦いに参加したんや。まだまだ満足しとらん以上、

 ここでくたばるわけにはいかんやろが―――――っ!!」

 

「ピャ~~~~!」 「ピィッ!ピィッ!」

 

ピィとピッピではウインディには勝てない。となると残り二つのモンスターボール、

そのどちらかしか選択肢はない。アカネはここで、『負けない』ではなく、『勝てる』と

信じたポケモンを選び、ボールを野球の投手のように力いっぱいに投げた。


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