ポケットモンスターS   作:O江原K

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第45話 怒りの炎

 

カビゴンは持っていた食べ残しで回復していたため、ウインディの攻撃があまり

効いていないように見えていた。実際にはダメージを受けていたが、すぐに

傷を癒していた。食べることが大好きなカビゴンであればなおさら効果がある。

 

「まさか卑怯とは言わんよなぁ、ジイさん。あんたも最初に出てきたギャロップに

 ハッカの実を持たせてたんや。文句はあらへんよな!」

 

「ハハハ・・・もちろんない。しかし面白い発見だ。ポケモンに餌の残りを

 持たせておくことでこんなにバトルが変わるとは・・・やはりポケモンの

 研究に終わりはない!特に君たち若者の柔軟な発想は更なる創造と進化を

 無限にもたらしてくれるだろう。研究者として興味は尽きない!」

 

カツラは合図を送り、ウインディに別の命令を出した。しんそくではカビゴンを

崩しきれないと判断し、接近戦をやめさせた。そしてウインディの真の攻撃は

ここからだった。炎タイプのポケモンとして、やはり炎を使う攻撃こそが

相手によりダメージを与えられる。遊びはもう終わり、そう言っているかのようだ。

 

「もちろんポケモントレーナーとしては君に勝つことだけを考えている!いかに

 食べ残しで少しずつ回復しようがそれを無に帰す炎で燃やし尽くして灰にする!

 かえんほうしゃだ!あのポケモンは経験が浅い、大ダメージを食らえば戦意を

 失うだろう。ウインディ、遠慮はいらん!」

 

「ウオォォ―――ン!」

 

同じトレーナーと長年過ごせばそれに似ると言われているが、ウインディも

カツラと同様に燃えていた。引退を賭けた主人の大勝負に何としても勝利する、

その決意があり、また目の前のカビゴンとそれを繰り出す相手の人間への憤りも

含まれていた。この大ベテランである自分たちに対し、まだ若く、しかもろくに

戦ったこともない小娘をぶつけてくるとは何たる侮辱かと。主人カツラに比べ

アカネは、そして自分に比べカビゴンはなんと未熟で不安定な半端者なのか。

よって敗北は絶対に許されない。渾身のかえんほうしゃを放った。

 

「ビガァ―――――ッ・・・!!」

 

「シ、シンシア――――っ!」

 

炎の勢いにカビゴンは後ろに回転しながら吹き飛ばされた。ごろごろと巨体が

転がり、うつぶせに倒れた。深刻な火傷はしていないようだが起き上がらない。

アカネの慌て方を見て、まさかこれで決着なのかと場内はどよめいたが、

 

「な―――んてな!この程度で終わるわけあらへんやろ、なあシンシア!」

 

「・・・モグモグ・・・」

 

なんとカビゴンはこんなときでも食べていた。すぐに起きなかったのはそのためだ。

かえんほうしゃの直撃にも余裕の表情で、むしろちょうどいい具合に焼けた肉を

美味しそうに口にしていた。当たり前の話だが、生ごみですら問題なく食べられる

強靭な胃を持っていても、味の良い食物のほうが腹だけでなく心が満足する。

 

「腹いっぱいになったようやな?ならそろそろこっちも攻撃といこか―――っ!!

 

「ビガ―――――!!」

 

カビゴンが二本の足で立つとウインディに向かって攻撃すべく走り出す。

かなり鈍い動きであり、かわそうと思えば楽にかわせそうなものだった。

ところがウインディは悠然と構え、受け止めてやろうという意気込みだった。

なぜこんな相手の攻撃を必死に回避する必要があるのか、真っ向から止めて

心を折ってやるのも一興ではないか。カツラからも何としてでも避けろという

命令は出ていない。カビゴンののろまな攻撃など何が来ても・・・そう思っていた。

 

 

「ガァ―――――ッ!!」

 

「・・・・・・!!」

 

ところがウインディが思うよりもカビゴンは速かった。300キロ前半という

身軽な体だからというだけでなく、スピードを武器としていたからだ。もちろん

それくらいで普通のポケモン、特にウインディのような素早いポケモンより

先に動くのは無理だが、油断しきって見下している相手であれば話は別だ。

 

「ガァラ――――!!」

 

「・・・ウグォッ!!」

 

カビゴンの強烈なずつきが決まった。これをウインディはもろに食らってしまう。

意地のために倒れずに持ちこたえたが、カビゴンのずつき攻撃が続いている。

 

「馬鹿な・・・!あれくらいお前なら直前でも避けられたはず・・・!」

 

「勝って当たり前、そんなナメた考えのせいや!どんどんいくで―――っ!!」

 

ウインディが回避できなかった理由は他にもあった。このカビゴンはこれがデビュー戦

であり、トレーニングはしているが結局素人だった。不規則で非効率的な動きが

逆に歴戦の強者ウインディを惑わせている。ウインディがバッジを賭けたジム戦で

登場するとなると、その相手はもうカツラからクリムゾンバッジを入手すれば

ポケモンリーグに挑戦できる、そんなトレーナーのポケモンたちばかりなのだから、

初の実戦なんてポケモンはまず出てこない。あまりにも久々にこのような相手に

ぶつかったことがウインディにとっては逆に不運だった。

 

 

「ウグッ・・・ウグッ!!」

 

「よっしゃあ!ついにあいつが怯んだ!一気に決めたれ――――!!」

 

猛攻が続きとうとうウインディが怯んで後退した。そこを逃さずカビゴンが

更なるずつきの連打で押し切ろうとする。この技もウインディのしんそくのように

威力は高くないが、ずっと攻め続けていればいつかは勝てるだろう。しかし

ひたすらにずつきを続ける姿に、バトルを見ていた全ての人間は思った。

 

「・・・もしかしてあのカビゴン、ずつき以外は何もできないんじゃないか・・・?」

 

ウインディを怯ませた時点ですでに頭突きをやめていいはずだ。それで目的は

十分果たされた。相手が無抵抗の状態になったいま、もっと強力な技で勝負を

決めにいくべきであり、アカネの性格であればすでにそうしているだろう。

よってカビゴンにまともな攻撃手段がないことは証明された。

 

「いやいや、これは盲点だった。こんなポケモンを使ってくるとはウインディも

 わしも驚いたよ。しかしそれだけのことだった!君がどんな目的でこいつを

 使ったのかは知らないが甘すぎる・・・とてもわしらを倒すには至らない!」

 

「なに~~~っ!?」

 

「ウインディ、かえんほうしゃだ!もう遊びは完全に終わらせようではないか!」

 

カビゴンのずつきから素早く脱出し、ウインディが強烈な炎を放った。

自分の攻める時間だと思っていた上にこの至近距離からのかえんほうしゃに

大ダメージを受けてカビゴンは悶絶する。先ほどはいい具合に焼けた食べ残しも

今度は黒焦げどころか灰になってしまった。しかし厚い脂肪に守られて無事だった

別の食物を取り出すと、何とか口に含めて少しでも回復しようとしていた。

 

 

「・・・それを食べることとずつきしかできないのか。君には失望した。わしの

 キャリアの終わりにふさわしい熱い戦いになると思っていたのに・・・いや、

 事実ここまではそうだった。しかしこの土壇場で君の底は見えた。運と勢いに

 任せるだけの戦い・・・世間の評判通りのトレーナーであったことは残念だ!

 しかしそれだけでこれほどのトレーナーになれたというのはある意味で凄いことだ」

 

「チッ・・・褒めてんのか貶してんのかはっきりせーや」

 

「最初から君の才能は素晴らしいと認めているのだ。しかし勉強が足りない。

 何度も言うようだが君には師匠と呼べる存在がいないだろう?ジムリーダーは

 就任前から、試験に合格して自分のジムを持ってからも新米のうちは師匠に

 数多くの大切なことを教えられる。が、君はそれを一切受けられずにいたんだ。

 この敗北はちょうどいい機会だ、わしが君の師匠として教育しようではないか!

 ジムリーダーとして、そしてポケモントレーナーとしての大切な心得を・・・」

 

カツラはここで話を止めた。アカネの様子が変わったことに気がついたからだ。

その瞳からは激しい憤りが伝わってきて、話をしても聞く状態にないだろう、

そう考えた。カツラがその理由を聞く前に、アカネのほうがカツラに尋ねてきた。

 

 

「なあ・・・その教育とか指導とか・・・結局何を教えてくれるんや?」

 

「それはもちろんジムリーダーに求められる多くの必要不可欠なことを・・・」

 

「・・・自分で面倒見切れんくれいのポケモンを持つことか?お偉いさんに

 媚を売って出世する方法か?それとも社会から信頼されるためのなんちゃらか?

 そんなくだらんゲロ以下の勉強なんか誰がするか、このボケジジイが!」

 

アカネは親指を立てると首を掻っ切るポーズを見せた。この暴挙に審判団が

警告を出そうとしたが、これまでにない彼女の剣幕に思わず引っ込んでしまった。

 

「うちは知っとるんや、普通のリーダーは何十、いや、100以上ポケモンを持っとるのが

 普通やというのは。どんなトレーナーが挑戦してきてもいいように、それが表の

 顔や。でも実はそんだけおれば簡単に入れ替えたり捨てたりできる、ホンマの

 理由はそこやろが!ジムを休むわけにはいかん、だから大量に駒を用意する、

 そんなん道具と同じやないか!それが皆の模範とかいう連中のすることか―――っ!」

 

アカネの糾弾は事実ではあった。ほとんどのジムリーダーはそれだけの数のポケモンを

所持している。真剣勝負用、様々なレベルのトレーナーとのジム戦用、またその他を

含めたらかなりの数になってしまうのは仕方なかった。しかしそのせいで自分では

ほとんど訓練も触れ合いもできないポケモンが出てくる。また控えが多いということは、

衰えや故障など復帰が難しいポケモンを早々に見限ることを容易にしていた。

彼らがポケモンを都合のいい道具のように扱っているとアカネは主張しているのだ。

 

「この子を捨てたクソ以下のトレーナーとあんたらは同じや!勝つことがすべて、

 力がすべて、自分の評判と金がすべて!そんなやつらが偉そうに言葉を並べるだけで

 うちは腹立たしい!どいつもこいつも血祭りにしてやりたいくらいや!

 どうせ首を飛ばしたって血も出ないやろ、血も涙もないんやからなぁ!」

 

「・・・それは違う。確かに君のカビゴンを捨てたトレーナーのような輩を

 世に出したことに関して指導する側の我々の力不足は事実だ。しかしわしらは

 ポケモンへの愛情を持っている!それでもプロであるという責任ゆえに

 断腸の思いで涙をこらえてポケモンと別れなければならないときがあるのだ!

 君はまだ若いからその経験がないだけだ。致命的な欠陥や負傷が見つかった

 ポケモンをどうしなければならないか、トレーナーであればいずれは・・・」

 

「だったら最初からポケモンに関わんなや!そう考えたらナツメとフーディンの

 やりたいこともわかるわ。あれはいいアイデアや!」

 

私利私欲のためにポケモンを利用し家畜のようにみなす人間からポケモンを没収し、

彼らがそれまでポケモンにしてきたように扱うとナツメたちは宣言していた。

そのためには殺人をも厭わない過激な者の思想にアカネが染まっていることに

カツラは危機感を覚えた。ナツメたち五人の反乱軍は当初別々の目的を持っていて

真の仲間ではないと言っていたが、この悪の団結は恐ろしいものをもたらすという

悪寒が走り、大きな声でそれを咎めた。

 

「やめるんだ!君がこの十日間で後ろの悪党どもに何を吹き込まれたかは知らん。

 だが君は洗脳され、利用されているだけだ!やつらを師としてはいけない!」

 

するとアカネは手を横に振る。そうではないらしい。それからカツラにこう答えた。

 

「いーや、うちは別にナツメたちの下についたわけやない。あんな壮大で難しい

 計画はナツメとフーディンが勝手にやりゃあエエ。うちはノータッチ。

 うちの望みは一つ、皆がポケモンと楽しく笑って暮らせること!勝利がすべて

 とかいう連中に勝つことでうちの正しさをわからせてやるんや!」

 

勝利とその先に待つ栄光のためなら選別や処分など、ポケモンをどう扱おうが

構わないという者たちを相手に、ポケモンに真の愛情を注ぎ大事な家族として

育てるアカネが勝てば自然と皆がアカネのようになり、人もポケモンも笑顔が

増える。それが彼女の言い分だった。そこまでカツラに言ったところでアカネは

振り返り、次にナツメのほうを見た。話の続きはナツメに向けたものだった。

 

「そのためにはもっと強くならんとアカン!人として、トレーナーとして!

 ダメなところは変えて伸ばすところは更に成長させる!今回の戦いに

 参加した理由は始めからいままでずっと同じや!うちは何一つ嘘をついとらん。

 その思いの強さがバトルの勝利につながるんや――――っ!!」

 

 

ナツメは一時的な協力関係にある仲間を自分の別荘に連れてきて早い段階で、

五人中四人は嘘をついていると言った。参戦の目的を偽っていると。それは

今日明らかになった。カンナもカリンも真に求めるものを口にしておらず、

バトルが終わってようやく白状したのだ。全力を出す妨げとなり、敗北に至り

後悔することになるとナツメが警告していたのにも関わらずだ。そのような

ところと自分は無縁だとアカネは言いたかった。その叫びに応えてカビゴンが

立ち上がった。限界が近いが、アカネへの愛情ゆえに戦うその目は燃えていた。

 

「・・・な、なんという気迫!このバトルの間に成長しているようだ・・・」

 

カツラとウインディが思わず思考を停止させてしまうほど、カビゴンからは

急成長のオーラが溢れていた。モンスターボールから出てきた時の緊張した

気弱そうなカビゴンはもういない。自分たちの熱き炎すら飲み込みかねない

闘志に満ちる若きカビゴンに、全盛を過ぎた自分たちがもう得ることのできない

輝きを見ていたのかもしれない。あの頃の自分たちも世で正論とされていること、

また変化を拒む古い者たちからの反対に屈さずに戦ってきたではないか。

その二度と戻れない眩しさに、カツラもウインディも見とれてしまったのだ。

 

「ガァ――――!!」

 

「ウゲァ・・・!」

 

渾身のずつきにウインディがよろけた。しかし今度は追撃がこない。カビゴンは

全身に力を込めている。そして全てをぶつけるべく猛進した。

 

 

『あ―――!この動きはすてみタックルだ――――っ!!』

 

『おお・・・!こんな隠し玉を持っておったというのか!』

 

ずつきしか使えないと思わせていたのは、確実に仕留められる瞬間まで必殺技の

すてみタックルの存在を知られたくなかったからだ。この好機にアカネは

カビゴンにこれを使うよう合図を出し、勝負を決めにいった。

 

『しかしカビゴンもかなりダメージは蓄積されています!すてみタックルは

 攻撃の反動も大きい技です、相討ちもあるのでは!?』

 

『もちろんあるじゃろ。それでもずつきでは押し切れん。ならば仮に引き分けに

 なったとしても座して負けるよりは前進して、というわけじゃろう』

 

一か八かの大技発動。しかしアカネには勝てるという確信があった。その裏づけは

何もない。あくまで流れや直感だが、ここからウインディの反撃に遭うことも、

捨て身の体当たりで共倒れになることもないと感じていた。敵は倒し、自分は耐える。

これはアカネが自分に都合のよい結果を妄信していたわけではない。観戦していた

あるレベル以上のトレーナーたちは誰もが、アカネと同じ結末を予測していた。

カツラもこれはやられた、と顔を伏せ、そしてついにはナツメが言った。

 

「・・・アカネ・・・勝ったな!」

 

表情は変わらず、仲間の勝利というよりも事実を淡々と語るように見えた。

しかしその拳は確かに強く握られていて、汗をかいてすらいたことにエリカは

気がついていた。それを指摘しなかったのは、またはぐらかされるだけであるのは

目に見えていたためであり、加えてエリカにとってどうでもよかったからだ。

実のところ、エリカはナツメ以上に他人の勝敗など一切興味はなかった。

ナツメがアカネに向ける真意が何なのか、当然それについても関心がない。

 

(・・・・・・そろそろ決着ですかね、このつまらないバトルも)

 

場内の歓声の大きさのせいで眠れずにいたのでこのバトルを最初から最後まで

見ていただけだった。熱戦に終止符が打たれようとしていてもエリカは

何一つ心が動かされることはなかった。彼女を燃えさせるバトルができる

人間など、果たして存在するのだろうか。エリカ自身は知っている、

たった一人だけいると。カツラやアカネよりも遥かに熱い炎のような男が。

 

 

「よっしゃ――――っ!!ついにお待ちかねのときはきた―――――っ!!

 シンシア!特訓の成果を、それにあんたを捨てた無能なクズへの返答を・・・

 全部あいつにぶつけたれ!すてみタックル―――――――っ!!」

 

「ンガァ―――――!!」

 

これで勝利だ、アカネはすでに半分ガッツポーズをしていた。自分の信念や

夢が正しいものであるとアカネは信じている。つまり、自分こそ正義だ。

正義のヒーローが負けるはずはない。どれだけ苦戦しても最後には勝つ、

まさにその通りの展開だった。周囲の人間から何を言われようが己の思いを

貫き通した自らの勝利、その瞬間が迫っていた。

 

「いけ――――――っ!!」

 

 

 

カビゴンのすてみタックル!しかしカビゴンの攻撃は外れた。


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