ポケットモンスターS   作:O江原K

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第47話 今日までそして明日から

 

アカネのカビゴンの状態、その確認が終わったようだ。ドクターやトレーナーが

解散し、審判団も自分たちの席に戻っていく。彼らが席につき結果を発表するまで

一分程度だろうか。アカネにとってはとても長い時間のように思えた。

 

「・・・・・・ふ―――っ・・・ふ――――っ・・・」

 

「そろそろジャッジが下るようだ。しかしどの道同じことだろう。バトル続行が可能と

 されたところで即座にとどめの一撃によって戦闘不能にされるだけだ。

 これで我らは二勝一分け・・・この団体戦、負けはなくなったということだ!」

 

サカキは余裕の笑顔でアカネに、そしてその後ろにいるナツメとエリカに対して

語りかけると、次に客席にいるゴールドに視線を変え、こう言うのだった。

 

「このアカネは敗れるとエリカ嬢の知り合いの非合法の店に堕とされるだろう。

 どうだ、ゴールドくん!きみはこのアカネに恨みを抱いているようだ。きみが

 彼女を最初に買うというのは!大きな征服感と達成感に満たされることだろう」

 

ゴールドは見るからに動揺し始めた。自分を想う女性たちの恋心には鈍感でも、

年頃の少年であるためサカキの言葉の意味は全てわかっていたからだ。アカネが

どのようなところで働くのか、そしてその最初の客となったら自分が彼女に

何をすることになるのか・・・桃色の想像に脳を支配されていた。

 

「・・・え・・・ええっと・・・ぼくは、その」

 

すると彼の両隣にいたクリスとミカンは計ったように同じタイミングで彼を叩いた。

かなり力の入った拳であり、彼は持っていたジュースをぶちまけながら座席から落ちた。

 

「すぐに否定しなさいよ、この馬鹿!どうしようもないスケベめ!」

 

「ゴールドさん、少し頭を冷やしたほうがよろしいかと・・・」

 

恥ずかしさのせいでゴールドはすぐに起き上がることができなかった。

 

「やれやれ・・・残念だ。しかし客には困らんだろう、その容姿なら」

 

「ええ。きっと大歓迎ですよ。存分に身を任せるとよろしいかと」

 

サカキとエリカは笑っていた。人間の破滅など彼らには見慣れた光景だったからだ。

ところでナツメはというと、アカネの敗北がほぼ決まってから一言も口にして

いなかった。ただここで、誰にも聞こえないような声でぽつりと言った。

 

「・・・下衆どもめ・・・!」

 

その声が完全にかき消されたのは、バトルの主役であるカツラが叫んだからだった。

 

 

「安心しろ、アカネくん!彼らが言うようなことには断じてならない!わしが

 君を必ず救済する!光ある場所で生き続けられるように手を尽くそうではないか!」

 

「・・・カ、カツラのジイさん・・・」

 

「君には才能があり輝かしい未来が待っている!そのために君がまずしなければ

 ならないのは・・・『敗北を認める』ことだ!」

 

カツラの言う敗北を認める、それはこのバトルだけの話ではなかった。

 

「敗北を・・・認める?」

 

「ああ。君はこれまでおそらく一度も真に敗北を認めたことなどなかったはずだ。

 負けた後に激しく泣きわめくと聞いているが、それがいい証拠だ。泣いてスッキリ

 したところでそれはごまかしだ。君は敗戦から学ぼうとしていなかった。

 反省や改善、更なる成長へのよい機会であるのに頑なに拒んできたのだ・・・。

 君とわしの勝敗を分けたのはそこも大きな要因!ここまで紙一重の勝負、

 もし君がこれまでに一度でも心から敗北を認めていたならわからなかった」

 

その指摘は正しかった。泣いた後は気持ちをすぐに切り替えるせいで教訓を

得ることはなかった。異常なまでの負けず嫌いがここに来て響いたのだ。

 

 

 

 

結果がすべて、勝利のためならポケモンをどう扱おうが問題ないという勝利至上主義、

それはアカネが嫌うものであったが、勝ちたいという気持ちは人一倍強かった。

その理由に彼女の夢が大きく関わっていた。一週間ほど前、ナツメと共にラジオ出演を

終えた後、実家に泊まった際にアカネが寝床の中で語った夢。なぜ勝ちたいのか、

どうしてもっとレベルアップするためにこの戦いに参加したのか、その理由につながる。

 

 

『うちが強さを求めるのは・・・うちが勝てば皆が真似をするようになるからや!』

 

『真似・・・あなたのファッションや言動をか?それとも使うポケモンを?

 そういう影響力のある人間になりたいということか。政治家にでも

 なるつもりか?それか今以上にテレビやラジオに出たいのか・・・』

 

『ちゃうちゃう。そんなつもりはぜんぜんあらへん。うちの真似をしてほしい、

 つまりみんなが楽しく笑顔でポケモンと生きていくっちゅう意味や』

 

笑いを愛するコガネ人ならではの発想かと思わされたが、ただ単にその場が

面白おかしければそれでいいという考え以上のものがそこにはあった。

 

『みんな変に気合が入りすぎとるというか、力の入れ方が違うような気がするんや。

 ポケモンといても心から楽しそうやない。うちみたいなやつが口で言っても

 誰も聞いてくれん。せやから結果で教えたるしかない、うちの正しさを!』

 

アカネは一番初めにピッピと出会ったときからこの日までずっと、普通では

体験できない喜びに満ちた生活を楽しんでいた。しかし周りを見渡すと、

野心に満ちたトレーナーたちはおろか、ジムリーダー仲間たちですら純粋に

ポケモンを愛していないように見えた。勝利や義務を追い求めすぎて、

真にポケモンとのふれあいから得られる多くのものを捨ててしまっている、

そう感じていた。それでは人もポケモンも不幸だ。皆それに薄々気がついては

いても、引き返すことができない。ひたすら自分たちを追い込み、心身を

擦り減らしながら鍛える。ただそうするだけならまだよいが、優秀なポケモンの

選別や不要なポケモンの処分にまで至ればそれはもう逸脱している。

 

『うちが勝ち続けたらみんなきっと『ああ、それでエエんや』、そう思うやろ。

 ポケモンを捨てたり殺したり、そんなやつらもきっとやり方を変えるはずや。

 そんでもっとみんなが笑っていられるようになる・・・それがうちの夢や』

 

それを聞いたナツメは、アカネがジムリーダーになったのは彼女にとって

ほんとうに成功だったのかと考えるようになった。確かにミルタンクをはじめとした

最初のピッピ以外のポケモンを育てるにはアカネの家庭の財力を考えたら

ジムリーダーになる以外に道はなかった。とはいえこの立場がアカネのほんとうに

やりたいことを邪魔している、そう感じたのだ。現にアカネのやり方はあまり

受け入れられていない。チャンピオンをはじめとした多くの者の反発を買っていた。

 

『ふふ・・・だがそれならわたしも同じか』

 

『・・・?何を言うとるんや』

 

『いや、今回とうとうジムリーダーという地位を捨てて自分の望みを叶えるために

 大きな勝負に出た。失敗すれば全てを失いゼロどころかマイナスへ落ちる。

 しかしわたしは思う。あなた以外の三人が真に何を求めわたしたちの仲間に

 加わったのかは知らないが、あなたが一番正義に近く、成功する確率が高い。

 わたしやフーディンの理想とも離れていない。きっとうまくいくだろう』

 

後押しする言葉を与えると、アカネは晴れやかな笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

『うう・・・ぐすっ・・・うわ――――ん!ひどいわ――――っ!!』

 

アカネが敗れたとき涙を流すのは、勝負に負けた悔しさからのものであるが、

その最も大きな理由は、この敗戦で夢が遠のいていった、その無念の

思いだった。ポケモンに家族、また親友に対するような愛情を注ぎ、共に

笑顔で成長していく、そうすることこそ正しいと人々が気がつくことから

また一歩離れていく。そのためにアカネは激しく泣くのだった。

 

 

 

 

 

「わしはここで棄権しろと言っているのではない。最後まで足掻くといい。だが

 決着した後、君は現実を受け入れなければならない。それが敗北を認めると

 いうことだ。でもそうしたら全てが終わってしまう、君はそう思っているだろう?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「断じてそのようなことはない!このわしがそれを保証しよう!たった一回の失敗や

 過ち、敗北で全てが終わり、道が完全に閉ざされるということはないのだぞ!

 やり直すのに遅すぎることはない!君のような若者なら特にそうだ!」

 

カツラは熱心さをもってアカネに訴える。敗北してもまだ間に合うのだと。

そしてバトルの途中でナツメに暴露されかけた自らの過去についても触れた。

 

「なぜならわしこそがそのような人間だからだ。かつてわしは今思えば恐ろしく

 残酷で非人道的な研究をしていた。ポケモンの命をあまりにも軽く扱い、

 それは決して許されない罪だ。しかもそのころは自分の行いを正しいこと、

 正義と信じて疑わなかった。間違っていることすらわからなかったのだ」

 

「・・・・・・」

 

「だがその償いのためわしは今日まで生きてきた。愚かな行為を悔い改め、

 同じ失敗に自分と人々が陥らないように励んだ。たとえグレンタウンが

 火山に飲み込まれても熱意を燃やし続けた!ずっと諦めずにいたからこそ

 こうやっていま、君を救うことができる!だから君もこの経験を活かすために

 わしと一からやり直そうではないか!チャンピオンや協会の者たちが

 どう言おうと君にチャンスを与えたい。君さえその気なら協力は惜しまんさ」

 

ポケモンリーグ本部はこの騒動のため、またフーディンが長老と呼ばれる五人の

最高権力者たちを密かに殺害したためほとんど機能が停止している。しかし

再び動き始めたなら、アカネには長い謹慎と資格停止の処分が下され、今アカネの

持つポケモンたちは没収されてしまうだろう。それでもカツラは少しでも

その期間を短くし、またその間も自分のジムで彼女の再起のために備えさせる

決意でいた。ポケモンを育てるだけでなく人を育てるという彼の言葉は本物だった。

 

 

「・・・フフ・・・あなたらしい。ならばもうわたしからは何も言いませんよ」

 

サカキも目を閉じて笑った。昔から知るカツラが健在であったからだ。

自分がトキワジムのリーダーでいたとき、バトルの実力は確かに自分が彼を

追い越していた。しかしそれでもジムリーダーとしてはカツラが上だった。

この男こそまさにジムリーダーのなかのジムリーダーだ、サカキは心から認めた。

 

 

「うおおお―――――っ!!最高だぜカツラさん――――っ!!」

 

「なんて高潔で憐れみに満ちた人なんだ――――っ!!」

 

あのアカネに対しても救いの手を差し伸べるカツラの懐の深さに会場からも拍手喝采が

鳴りやまなかった。アカネの厳罰、徹底的な破滅を望んでいたゴールドやハヤトも

カツラにこう言われては仕方ない、そう納得し、まだまだ自分は未熟なのだと

彼らもまたカツラに教えられる結果になった。

 

 

『えー・・・審判団です。協議の結果、カビゴンは軽傷でありバトル続行可能と

 判断し、中断前の状況に互いのポケモンの位置を戻します。それが終わり、

 合図の瞬間、バトルは再開いたします!長らくお待たせいたしました』

 

アカネのカビゴンはバトルに戻ることを許された。とはいえもう意味はあまりない。

ここからウインディの攻撃をかわすことなど不可能であるし、あと一撃食らえば

戦闘不能になってしまうだろう。それ以上にアカネから戦う意志が失われていた。

 

「・・・・・・う・・・ううう・・・・・・」

 

すでに涙目であり、彼女が涙を流すというのは敗北の証だ。カツラの優しい言葉、

この絶望的な状況、それらが合わさってとても戦う状態ではなかった。

 

「・・・ギブアップの声すら出ないか・・・無理もない。ならば君への敬意を

 表し、ウインディの最大の必殺技でバトルを終わらせることにしよう!」

 

「・・・うう・・・う、うちは・・・・・・」

 

そのときだった。アカネの背後で大きな物音がした。椅子や机が倒される音で、

何事かと皆がそちらに目をやると、控室であるブラックボックス、これまでずっと

座ったまま動かなかったその女が勢いよく立ち上がり、アカネに対して叫んだ。

 

 

 

「このまま敗北を受け入れる、ほんとうにそれでいいのかアカネ―――――っ!!」

 

「ナ・・・ナツメ・・・・・・」

 

「いや、もしあなたが心からやり切った、限界まで力を出し尽くし未練などないと

 言うのなら構わない!あなたの愛するポケモンが炎に焼かれ苦しむ前に潔く

 降参し敗北を認めろ!そして満足しながらここから去っていくといい!」

 

ナツメがこのような大きな声で誰か個人に対して物を言うのはこれまで一切なく、

そばにいるエリカやフーディンはもちろん、対面にいるカツラやサカキ、更には

サカキの隣にいる覆面をつけた二人のトレーナーや試合を見ている全ての

ナツメを知る者たちを驚かせた。ほんとうに彼女なのかと目を疑うほどだった。

 

「だが思い出せ!あなたにはこのようなところで負けるなど断じて許されない、

 その確かな理由があることを!少し考えればわかるはずだ!」

 

「・・・ああ・・・う、うちを応援してくれている・・・・・・」

 

コガネから来た客席の大応援団、そこには両親も含まれている。またジムの仲間たち。

その人々のためにも勝負を捨てるなということなのかと思われたが、

 

「馬鹿か!そんな連中のことではない!」

 

ナツメに強く否定された。ここでアカネは前日の夜のことを思い出した。

 

 

『・・・勝ちましょうね、明日のバトル』

 

 

厳しい目つきでアカネよりも攻撃的なナツメが、この十日間でほんの二、三回だけ

アカネに対してのみまるで天使のような顔と声で語りかけてきた。これはそのうちの

一回であり、それに対しアカネは『当たり前や』と誓ったはずではなかったか。

どうして忘れていたのか。ナツメはほんとうは優しい人間であり、仲間の勝利を

心から望んでいる頼れるチームリーダーだと信じていたというのに。

 

「・・・あ・・・あんたとの約束・・・ぜったいに勝とうって・・・」

 

ところが、これもナツメの求める答えではなかったようで、その顔の険は

増していく。怒りとはまた違う、必死に何かを伝えようとしている顔つきだった。

 

「違う!わたしなどお前の応援団よりも考慮する必要のない存在だ!さらに言うなら

 このバトルの勝敗も、対抗戦の結果すらどうでもいい!」

 

「・・・な、なら何だっていうんや!もう始まってまうで・・・!」

 

「あなたが自分で気がつかなければ意味がない!あなたが最も大切にしているものは

 何か、なぜ勝たなくてはならないのか、もう一度よく考えろ!いいか、今日まで

 どうやって生きてきたか、そして明日からもこうして生きていく、あなたには

 確かな信念があったはずだ!それを思い出せ―――――っ!!」

 

 

自分が最も大切にするもの、その言葉にアカネははっとした。それは当たり前すぎて

すっかり忘れていたことだった。足元にいるピッピとピィ、デビュー戦で瀕死寸前の

ダメージを負いながら両手に力を入れてどうにか立ち上がろうとするカビゴン。

仮に自分はカツラによって救われたとしてもこのポケモンたちはどうなるのか。

サカキが言うところによると、競りにかけられるだろうがほとんど売れずに

処分される、という残酷な内容の未来が待ち受けており、たとえ自分の手元に

奇跡的に残すことができたとしても長いブランクのせいで真剣勝負の舞台には

戻れないだろうし、世間の目のせいで以前のような触れ合いも許されないかもしれない。

 

 

「・・・・・・そうや。なんでここまで気づかなかったんや。ついうっかり

 負けても仕方ないかなんて甘い考えに逃げるとこやった・・・。まだまだ

 このアカネちゃんも・・・弱かったっちゅう話やったか・・・」

 

「ピャ―――――っ!」 「ぴ~~~っ」

 

「そう不安そうな顔をせんでもエエ。こんなところで負けてたまるかい!

 うちに一番期待しとるのは他でもないうち自身!その期待を絶対に裏切らない!」

 

 

『バトル再開!』

 

「ウインディ!最後の一撃だ、いくぞ!」

 

アカネの目に闘志が復活していた。まだ誰もそれに気がついていない。成長を望む

彼女の願い以上にそれは遂げられていて、しかも急速に進行しているということに

このときまでは誰もわからなかった。次の瞬間、それは目に見える形で明らかになる。

 

 

「うおおおおおおおおお――――――っ!!!」

 

 

『な・・・な・・・なんと!アカネの身体が・・・ひ、光った――――――っ!!』

 

 

全身が黄金の輝きに包まれ、その覚醒は疑う余地のないものとなった。


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