ポケットモンスターS   作:O江原K

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第48話 明日に向かって走れ

バトルの最終局面、一度は折れかけた心がナツメの声によって蘇り、原動力である

ポケモンへの愛情に目覚めたときアカネの全身は謎の光に満たされた。普通ではない

この現象に会場からは大きなどよめきが起き、対戦相手のカツラとウインディは

当然、そばで見ていた者たちは更なる衝撃を受けていた。これは一体何なのか。

 

「・・・どうなっているんだ!?あれは・・・どんな仕掛けだ!?」

 

「何かを出したようには見えません!それにあれは人工的なものではない!」

 

金色に輝くアカネの姿。その正体はわからないが、とてつもないことがこれから

始まるのだというのはどんな鈍感な人間であってもわかるだろう。

 

『オーキド博士!何が起きているのでしょうか!これは!?』

 

『わからん!わしにも見当もつかん!だが・・・冷静になって考えようではないか!

 いかにトレーナーの外見が変貌したとしても戦うのはポケモンじゃ!あれに

 どのような意味があるのか・・・あまり惑わされないほうがよいかもしれん!』

 

アカネの仲間であるエリカは謎の力を目にして最初は他の者たちと同様の

反応を見せたが、誰よりも冷めている彼女であるのですぐに平常心に戻り、

皆がアカネに釘付けになっているなかでこのきっかけを作ったナツメのほうを見た。

この不思議で説明不可能な事態が、逆にこれまでのナツメの理解し難かった言動の

理由を明らかにするものとなったからだ。

 

「ふふ・・・ナツメ、あなたはあの力の存在を知っていたのではありませんか?

 そしてどうすれば発動するかということも。その可能性が一番高いのが

 彼女だったのもわかっていた。だから彼女に特別の愛情を注いでいた」

 

「・・・・・・・・・」

 

「最初からアカネという人間にではなく人に何らかの覚醒をもたらすあの力に

 あなたは目をつけていた。あなたがこれから成そうとしている野望にあれは

 きっと必要なものなのでしょう?果たしてどのような力なのでしょうか?」

 

しかしナツメはエリカを全く見ようとはせず、その問いを一蹴した。

 

「・・・黙れ」

 

「・・・・・・?」

 

「黙っていろ。わたしはいまから起きる事柄のどんな些細なことであっても

 見逃したくはないのだ。大人しく見ていろ」

 

 

スタジアムはいまだ騒然としていたが、カツラはすでにある程度の落ち着きを

取り戻していた。オーキドと同じ考えに至ったからだ。アカネがどうなろうが

ポケモンには関係ない。トレーナーが戦うわけではないからだ。不思議な謎を

解き明かしたいという研究者の好奇心を抑え、勝利に向かった。

 

「何の問題もない!ウインディ、わしらの予定に一切変更はない!戦闘不能寸前の

 カビゴンにとどめを、それだけだ!さあいけ、だいもんじ―――――っ!!」

 

「ウルァ―――――――ッ!!」

 

ウインディの最高の技、だいもんじが放たれた。これで決着だ。弱っている、

しかも経験が浅い上にもともと鈍いカビゴン相手だ。まずかわされない。

ところが、そのカビゴンに対してアカネが叫ぶと、またしても人々を驚かせた。

 

 

「/...>^*―――!+‘!!+‘――――――!!」

 

 

どのような意味のあるのかさっぱりわからない、発音をまねることすら不可能な

言葉を叫んだのだ。もともとアカネが使えたはずがない。どう考えても謎の力に

目覚めたからこそ使えるようになった謎の言語だ。だが、その効果は抜群だった。

これを聞いたカビゴンの目の色が変わり、両足を使い高く跳躍したのだ。

 

「あ・・・ああ――――っ!カ、カビゴンが・・・飛んだ―――――っ!!」

 

カビゴンという種の平均より100キロ以上軽いこのカビゴンだが、それでも

こんなに華麗にジャンプすることなどできないはずだ。だいもんじを無駄のない

動きで寸前に回避し、そのまま地面に腹からうつ伏せに着地した。

 

『は、外れた!だいもんじは外れました!しかしカビゴン!奇跡の大ジャンプで

 攻撃を避けたはいいがまたしても起き上がってこないぞ!大丈夫か――――っ!?』

 

着地に失敗して結局戦闘不能か、そう思われたが実のところ全く違った。

アカネの指示はここまで含めてのものだった。ウインディが近づき、カツラも

様子を確かめてみると、なんとカビゴンは眠っていた。傷がどんどん癒えている。

 

「ね・・・眠って体力を回復しているだと―――っ!完全に無警戒だった!

 ぐぬぬ、しかし眠っているのなら無防備だ!ウインディ、攻めまくれ――っ」

 

これまでの長いバトルで与えたダメージが一瞬で無駄になった。このねむるという

技も実はアカネが最初から仕込んでいたものだった。しかし食べ残しによる体力

回復があったため不要で、最終的に追い詰められた時にはそれすら無駄だった。

カビゴンが眠り体力を回復するより先にウインディに最後の一撃を入れられていただろう。

相手の攻撃を回避し隙ができた瞬間に眠らなければいけなかった。その機会を

奇跡的に作ったのも、翻訳不能な言葉によりカビゴンに力が漲ったからだった。

 

 

「何なのだあの言葉は・・・マチスさん、あんたならわかるか?」

 

おそらくは駄目だろうと知りつつも外国人であるマチスの答えを皆は期待する。

 

「ノー。あれはミーにもわかりマセン!いろんな国に行ったけどあんな言葉ハ・・・」

 

やはりマチスでも駄目だった。しかしこの後の彼の推察は正確なものだった。

 

「もしかしたら、デスガ・・・あれはポケモンの言葉なのでハ?」

 

「た、確かに人間ができないような発音でしたが・・・ポケモンは私たちの

 指示を理解して従ってくれています!わざわざポケモンの言葉で話す必要は」

 

「ノンノン!違いマスヨ!ミーもこの国の言葉頑張って勉強したネ!だからユーたちの

 話すことはわかるし会話もできる。でも、ミーの母国の言葉で話しかけてくれたら

 とってもハッピーね!それがミーのこの国の言葉のようなヘタなものだったと

 しても、自分のよく知ってる言葉はヤッパリ違う、スペシャルなものネ!」

 

 

アカネが口にしているのはポケモンの言葉だったのだ。それがカビゴンに

普通以上の力を与え、窮地を脱したのだった。カビゴンは眠っていて一見危険は

続いているように見えたが、すでに逆転劇は半分以上終わっていた。

 

「・・・・・・。・・・・・・―――――――ッ!!」

 

「ワギャッ!?」

 

眠りながらもカビゴンは何かをつぶやき続けていた。そして意識のないまま

立ち上がると、攻撃しようと接近していたウインディに強烈なずつきを食らわせた。

完全に反撃などないだろうと油断していた状態で攻撃を受けたことでウインディは

大きく吹っ飛ばされ、怯んだ。皮肉にも、このバトルの最初にギャロップが

眠り覚ましのハッカの実を持ち、ピクシーの虚を突いて逆襲して形勢を逆転したのを

やり返される形になった。アカネの最後の隠し玉、ねごとという技によって。

 

「・・・フア~~ァ・・・・・・」

 

そしてカビゴンは目覚めた。ウインディは立っているのがやっとの状態で、

バトルの中断前とは真逆の状態になっていた。カツラのほうが敗色濃厚に

追い込まれていたのだ。ところが彼の表情には無念のなかにも安らかさがあった。

 

 

「・・・ふ・・・ふふふ・・・」

 

「・・・どうした。何がおかしい?」

 

いまだ金色の輝きに満ちたままのアカネだったが、これまで通り人の言葉も

話せるようだった。とはいえ雰囲気は大きく異なり、カツラを上から見下ろす、

完全に勝負はついていて格付けははっきりしているといった威圧感があった。

しかもコガネ弁でもない。普段のアカネとはやはり何かが違っていた。

カツラもすでに勝利を諦めていた。なのに笑顔でいられるのにはわけがあった。

 

「このバトル・・・確かに君の勝利だ。それについてはとても悔しく落胆している。

 だがね、わしは勝敗よりも成長が大切だと考えこれまで長い間ジムリーダーとして

 生きてきた。君のその覚醒・・・おそらくはポケモン界を大きくよい方向へと

 導いていく力だ!君がその力に目覚めたきっかけがこのわしとのバトルなのだ。

 これ以上の喜びがあるかね?わしはいまとてもうれしい気持ちでいっぱいなんだ。

 勝ったも同然・・・いや、勝利以上に価値のあるバトルだったよ!」

 

「・・・・・・なるほど。よくわかった。やはりわたしにはジムリーダーという

 仕事は向いていなかった、それが理解できた。だからいま、完全に決別する!

 新たなる生き方を決めたこのアカネの最初の一歩はここから始まる―――っ!」

 

 

アカネはカツラに対して話すことをやめ、カビゴンに最後の指示を与えた。

 

「+*≧*+>―――――ッ!!!」

 

「ウガァァ―――――ッ!!」

 

すてみタックルだった。カビゴンも今度は外さなかった。ウインディに激突し、

自身も反動のためその場に転がったがすぐに起き上がる。それからしばらくして

空中に舞っていたウインディがフィールドに落下してきた。

 

「ギャガハ――――ッ・・・」

 

口から血を吐き出して意識を失った。それと同時にアカネの身体がだんだんと

輝きを失い、ピンクの髪と派手な虎柄の衣装に戻っていた。審判席のマツバが

ようやく合図を出し、場内にバトル終了の声が響いた。

 

 

『け・・・決着―――――っ!!ほんとうに最後の最後までどちらが勝つか

 誰にもわからなかった第三試合!勝ったのは反乱軍のアカネだった――――っ!

 敗北寸前のところで謎の光に包まれたことで土俵際からの大逆転劇!古豪カツラを

 相手に勝利しこれで対戦成績を一勝一敗一引き分けの五分に戻しました――――っ!』

 

 

「アカネ―――っ!凄かったぞ――――っ!!」 「見直したぜ――――っ!」

 

「ナイスファイトだったぞ!カツラさ――ん!」 「感動したわ!ありがと――っ!!」

 

 

スタジアムじゅうが大歓声に満たされた。この激戦に観衆から送られる声援は

今日一番だった。勝者であるアカネはもちろん、カツラに対しても多くの拍手や

賛辞の声が飛んでいる。この熱狂のスタジアムの中心でアカネは、勝利の喜びを

かみしめると、天に向かって吼えた。勝利のおたけびだった。

 

「よっしゃあ――――――っ!!勝ったで――――――――っ!!!」

 

コガネ訛りのアカネが帰ってきた。吠え終わると、なんとフィールドにいる

カビゴン目がけてダイブした。彼女の後からピッピとピィも続いてジャンプし、

一人と二匹はカビゴンの柔らかい腹に埋まるようにして飛び込んだ。

 

 

「よくやってくれたで・・・ありがとうな、シンシア。勝った後はこうして

 あんたの胸で眠りたいって思っていたんや。最高の気分やなぁ・・・・・・」

 

「ゴ―――ン・・・!」

 

すでにアカネの話す言葉はポケモンのものではない。だがカビゴンにはもう関係ない。

一度は捨てられ餓死する寸前だったところを救われ、愛情を受けて育ち今日は

こんな晴れ舞台まで用意してくれたアカネと共に歓喜の輪に加わることができたのだ。

身体を横にした自分の腹の上で飛び跳ねハイタッチをするアカネとピッピ、ピィの陰で

静かに涙を流した。空腹なのに満ち足りた気分であり、いまは何も食べなくてよかった。

 

一方、敗れたカツラはサカキたちのもとへ戻ると、頭を下げて敗戦を詫びた。

 

「すまなかった・・・。せっかく無理を言ってメンバーに加えてもらったというのに

 結果はこれだ。君たちに迷惑をかけたことをどう謝罪すればよいか・・・」

 

「いいえ、この超満員のセキエイのスタジアム、この反応がすべてを語っています。

 謝罪の必要などありません。感動的なバトルに感謝したいくらいですよ」

 

サカキは彼を責めなかった。しかし、新たな問題が生まれたのは事実だ。

 

「しかしあの力・・・カツラさん、近くで見ていて何か気がつかれたことは・・・」

 

「いや、突然のことだった。ナツメの激励はおそらくきっかけに過ぎないだろう。

 あくまでアカネに眠っていた潜在能力だと思う。それがアカネにしか使えない

 ものなのか、それとも他にも可能性を持つトレーナーがいるのか・・・。

 ナツメはほぼ確実にそれを把握していると考えていい。気をつけるんだ」

 

敗者はチームから去らなければならないルールだ。カツラはサカキたちのもとから

離れ、カビゴンの上で歓声に手を振っているアカネの目の前に立った。そして

トレードマークのサングラスを外すと、笑顔で彼女に言うのだった。

 

 

「うおお――す!アカネくん、最高に熱いバトルだったな!わしは燃え尽きた!

 完全に燃え尽きてしまった!バトルの前から決めていたことだが、

 わしは今日をもって引退する。ふたご島のグレンジムも閉鎖する決心が

 ようやくついたよ。これからは君たち若者の時代だ。老兵は去るのみだ」

 

「・・・・・・」

 

「君には師匠がいない、わしはそう言ったがどうやら間違いだったようだ。

 素晴らしい師匠が君にはいたではないか!君を立派なトレーナーへと

 導いてくれる、頼りがいのある教師が。わしが出る必要などなかった。

 これからも君の信じる正義と愛するポケモンたちを大切にし、師匠と

 二人三脚、新たなポケモンの世界を見つけるために進んでいきなさい」

 

アカネの師匠と呼べる存在、それはもう名前を出すまでもなかった。アカネも

わかっていた。誰が自分を理解し、成長させてくれる存在であるかは。

これでもう話すことはないと言わんばかりにカツラは背を向けて歩き出した。

そのままスタジアムの外まで去っていくかに見えたが、彼はカリンとアンズが

自分たちで用意した特等席に自らも席を用意し、そこに深々と座った。

 

「あら・・・てっきり帰られるものかと、カツラのおじいさま」

 

「フフフ、まだまだ面白いことが起こりそうだ。見逃すわけにはいくまい」

 

それを見たアカネはニヤリと笑った。この老人の炎はまだまだ熱く燃え上がっている。

 

「ははは、何が引退や。タヌキジジイめ。この後のバトルで戦う連中の研究を

 する気マンマンやないか!これなら案外早くまた戦うことになりそうや。

 余計な心配して損したで。さ、そろそろうちらも戻るとするか、みんな!」

 

疲労の目立つカビゴンをモンスターボールに戻し、戦闘不能状態の二体と共に

係員に預けてアカネはピッピとピィを連れてナツメたちの待つ控室へ帰った。

このときのアカネはわかっていなかった。カツラが口では当初の予定通り

引退を宣言しながら実は居残るつもりでいる理由が自分にあるということを。

アカネの急成長だけでなく、最終局面までねむるとねごとを我慢し温存していた

センスの高さ、精神力の強さに感服し、むしろこのままでは終われぬと

カツラの心に炎を再点火していたことなど知る由もなかった。

 

 

 

「・・・まさかこんなことが・・・あいつが勝ってしまうなんて・・・」

 

アカネの覚醒と勝利を画面越しに眺めるハヤト。アカネの敗北を願っていたはずだったが、いまの彼にはなぜか光り輝く道が見えていた。憎き敵が勝ち残った落胆などなかった。

 

『だからあんたらはヘボなんや!ただ愛してやりゃあいい、簡単な話やないか!』

 

『フン、素人はこれだから困る!それだけじゃあ駄目なんだ!おれたちは・・・』

 

彼女の理想や言動をプロ意識に欠けた馬鹿げたものと断罪していた。ほんとうは

彼も認めたかった。何がポケモンにとって、そして自分にとっての幸福であるか。

責任の重いジムリーダーであるゆえにそれが許されない立場にいると自らを戒め、

日々ポケモンに厳しく接してきた。ポケモンたちもそれに応えてくれたが、

皆が少しずつ無理をしているのではないか、その懸念をごまかし続けていた。

 

(そうだ、おれがこのジムを継いだのは父さんへの尊敬だけが理由じゃないはずだ。

 ポケモンが心から好きで、ずっと一緒にいたいからポケモン漬けの日々を仕事に

 できるこの道を選んだ。バトルだけじゃない、おれは鳥ポケモンが大好きだった!)

 

ハヤトは立ち上がり、いつまでたってもトレーニングを再開しないので様子を見に

そばに来ていたピジョットに言った。そのとき訓練用の鞭を後ろに放り捨てた。

 

「・・・最近ずっとハードにやってきたし、今日はもう中止だ。そこで久々に

 お前の背に乗って自由に空を飛んでみたいんだ。忙しくてここしばらく

 ずっとお前と遊べなかったしな。肩の力を抜いて細かいことは考えずに

 風に任せて飛ぼうじゃないか。仲間たちもいっしょにな」

 

それを聞いたピジョットが笑ったように見えた。ハヤトは他の鳥ポケモンたちの

モンスターボールも手にしてジムの外へと出て行った。アカネの目指す、自分が

バトルに勝つことで少しでも多くのトレーナーが『これでいい』と思えるように

なること。彼女の知らないところでその夢が動き始めていた。

 

 

 

 

「バトルそのものは面白かった。でも・・・」

 

クリスはそろりとゴールドの顔色を窺った。誰よりもアカネを敵視する彼が

その大逆転勝利にどんな心境でいるのか確かめるのが怖かったからだ。だが

クリスの不安は思い過ごしだったのか、ゴールドは極めて平常通りだった。

 

「カツラさんは残念だったけれどいい戦いをしてくれた。勉強になったよ」

 

その様子にクリスだけでなくミカンも安堵した。しかしゴールドは心のなかで言った。

 

 

(・・・これならこれでいい。カツラさんには悪いが最高の楽しみが失われずに

 済んだ。おれ自身の手であいつを殺してやらなくちゃ気が済まない。どんな

 謎の力を手に入れようが関係ない。それ以上の力で粉々に砕いてやるだけだ。

 ふふふ・・・いまから楽しみだ。あいつを絶望の底に叩き落すそのときが)


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