ポケットモンスターS   作:O江原K

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第51話 命を賭けた愛

 

エリカの参戦理由、いや、本人が言うところによれば生きる理由がはっきりした。

それはレッドという男、ただそれだけだった。そのためにジムリーダーの地位も

名誉も捨ててナツメたちの仲間となり、ポケモンリーグへの反逆者となったのだ。

 

「い、いやいや、ちょっと待てや!それならあんたもシロガネ山へ行けば・・・」

 

「事はそう簡単ではありません。レッドさんがシロガネ山にいるかもしれないと

 いうのはわかっていましたが、わたくしの実力では山は認めてくれませんでした。

 ですからわたくしもジムの運営を二の次にしてでもポケモンの修行に打ち込む

 日々だったのです。そこにナツメのフーディンと思われる声が聞こえてきました。

 これは手っ取り早い機会です、逃すはずがないでしょう」

 

レッドへの思いは本物だ。彼女の愛は誰の目にも明らかになった。場内からは

歓声や悲鳴、驚愕の声など様々な反応が飛んだが、実はエリカをよく知る

人間からすれば、『ああ、やっぱり』と思ってしまう程度のことだった。

 

「・・・そりゃあレッドがいなくなってから明らかにおかしくなってたしねぇ」

 

観客席にいたカスミが言う。十日前の対戦時、それを指摘したせいで危うく

はっぱカッターの餌食になるところだった。『沈黙の日曜日』、つまり

レッドがいなくなった日について言及したとたんにエリカは豹変したのだ。

 

「あ、そういえば父上がまだセキチクのジムリーダーだったときにあの人、

 エリカさんがいましたよ!陰からレッドさんのバトルを見ていました。

 あの人がうちのジムに来たのはあれが最初で最後だったなぁ・・・」

 

「ウム、わしのグレンジムにも来ていた。変装していたがバレバレだったな。

 わしに挨拶もなしに帰っていったがレッドくん目当てだったのだな」

 

アンズとカツラ、二人が数年前の思い出を語れば、今度はカリンが数日前の

出来事を告げる。そのときはおかしいと感じていたが今なら納得の言動だった。

 

「・・・あのエリカ、たくさんのトレーナーの正確なデータが記録されている

 ファイルをずっと部屋に籠って読んでいたのよ。出てきたかと思えば

 データを作ったナツメに対してレッドのページを見せて、確か二十個は

 間違いがあるとか言っていた。私たちには全然わからなかったけど。

 きっと・・・一日中レッドのところだけを眺めていたんだわ・・・」

 

それを聞くとアンズの顔には恐怖の色が浮かび、カツラはただ困惑するしかなかった。

 

 

「・・・ナツメ、あんたは知らんかったんか?エリカとは長い付き合いやろ!」

 

「うーむ・・・わたしにはわからなかったが・・・。トレーナーとしてレッドを

 高く評価しているというのは知っていた。だが恋心や愛情というのは・・・」

 

エリカの耳に入らないような小さな声でアカネとナツメは話していた。いまのエリカに

余計なことを聞かれたら何か恐ろしいことが起こりそうな気がしたからだ。

 

「何かなかったんか!そういう・・・エピソードみたいなやつは」

 

「そうだな・・・違うかもしれないがこんな出来事はあったが・・・」

 

三年以上前でありながら、ナツメの記憶によく残っている二日間のことだった。

アカネの期待とは外れた話になるとは思いながらも語り始めた。

 

 

 

 

「あれは・・・まさにあのレッドがチャンピオンになろうとしている前日だった。

 チャンピオン、当時はグリーンだったのだが、それに挑むために越えねばならない

 壁である四天王をレッドは容易く倒してしまった。これはあなたも知っているはずだ」

 

「新聞やニュースで大騒ぎになったからなぁ。うちでも覚えとる。一人目のカンナには

 残り二体まで追い詰められる接戦やった。でもそれが最後の苦戦だった!」

 

「そう。レッドは続くシバに圧勝!たったの一体しか倒されず、それもシバが

 悪あがきに近い形で倒したものだ。三人目のキクコにも快勝!二体倒されたが

 道連れによるものであり、シバ同様勝ち目のないところからのものだった。

 そして最後、ワタル相手にはなんとストレートで完全勝利だった!あまりの

 強さに大きな拍手が起こり、四連勝でチャンピオンへの挑戦権を得た!

 その夜だった。翌日の戦いの勝敗の予想を巡ってわたしたちカントーの

 ジムリーダー、あの男サカキはもうトキワから敗走していたので全部で七人か。

 わたしたちの間で激しい争論が起こった。皆が自分の意見を譲らなかった。

 

『勝つのはグリーンくんだ!オーキド博士の孫だからというだけじゃない。彼は

 かつての名トレーナーを超える大物だ。それに比べるとレッドくんは・・・』

 

『そうそう!グリーンは私を軽々と倒したけれどレッドはかなり苦戦してようやく

 どうにか勝ったって感じだった。結構センスに差があると思うけど~』

 

 

 タケシにカスミ、あとマチスもグリーンが勝つと疑わなかった。それに対し

 キョウとカツラはレッドを推した。先の三人とは真逆のことを言うのだ。

 

『センスや大物と言ったか・・・。確かにグリーン、彼は数年に一人の逸材だ。

 だがレッドは数十年に一人、私は自信を持ってそう言い切れる!ジム戦ではない

 本気の勝負でも敗れてしまう、そう思わされたのはレッドのほうだったよ』

 

 決して大げさにではなく、心からキョウはレッドを評価した。今や四天王に

 なったキョウがそこまで言うのだ。このわたしも当然レッドのほうがずっと上だと

 感じていたが、あまりにも周りが熱くなっていたのでだんだん面倒になっていた。

 

『ナツメ・・・あんたはどっちよ?明日はどっちが勝つと思ってるわけ?

 あ、でも未来予知はなしよ?つまんなくなっちゃうもの!』

 

『・・・レッドが優勢だろうが・・・勝負はやってみなければわからない。

 運に左右される不確定な出来事が多々ある。明日を待つしかあるまい』

 

 わたしの返答を聞いてこいつに聞いても仕方ないと思ったのか、彼らはまた

 互いに論じ合い続けていた。すると笑い声が聞こえてきた。上品ではあるが

 どこか人を侮蔑するような、愚かな者だと見下したような笑いがな。

 

 

『・・・うふふふふ・・・・・・』

 

『・・・エリカくん!わしらの話に何かおかしいところでも?』

 

『おかしいですよ。なぜなら未来予知などしなくとも結果の決まっている

 勝負について論じ合い、しかも皆様のうち三人は自分が素人以下の存在で

 あることを自ら大声で証し続けているのですから・・・笑いが止まりません』

 

 エリカがこのような挑発的な言葉を投げかけてきたのは初めてだった。誰も

 それに対して怒ったりはしていなかった。あまりのことに我が耳を疑ったからだ。

 

『で、デハ・・・エリカ、ユーはレッドが勝つ、そう言いたいのデスネ?』

 

『当たり前でしょう。天地が逆になったとしても揺らぎません。やるまでも

 ありませんよ!それなのに皆様ときたらどちらが優勢だの相性的には

 どうバトルは展開するだの・・・わたくしは失望すらしているのですよ』

 

 レッドの勝利を確実なものとして話を進めていたが、やつの発言が一番

 何の裏付けも論理もなかった。妙な迫力こそあるものの説得力に欠ける

 エリカの言葉が続くにつれだんだんと皆は呆れるようになっていた。

 やがてカスミが冗談交じりに提案した。エリカを試していたんだろう。

 

『そこまで言うなら何か賭ける?レッドが勝つと信じて疑わないのなら』

 

『おいおい・・・神聖なチャンピオン戦を賭け事にするのはまずいだろ。

 裏ではブックメーカーがオッズをつけているようだがおれたちは・・・』

 

 面白くなってきた。わたしもエリカと同じ考えだっただけに前に出た。

 

『その話、わたしが乗ろう!わたしはレッドの勝利に賭けよう』

 

『ナツメ・・・!そうね、ならどうする?何を・・・』

 

『そうだな、この右腕を落としてもいい。わたしが負けたら好きにしろ』

 

『・・・・・・は?』

 

 腕一本賭けても問題ない、それほど実力差があると感じていた。レッドは

 わたしの未来予知に打ち勝った男だ。そして成長を続けているのだ。

 余程のことがなければ勝利は揺らがない、そう思い右腕と言ったのだ」

 

「あんたらしいなぁ。そんな無茶苦茶な賭け、誰も相手にならんやろ?」

 

「そうだな・・・しかしわたし以上がいた。わたしの言葉で皆がすっかり

 黙ってしまった後だった。そのときエリカはまたしても笑ったのだ。

 

 

『・・・ふふふ・・・腕一本・・・どうかしていますね』

 

『そうか。いくら新チャンピオン誕生を声高に主張していてもさすがに腕は、

 ということか。それともやはり賭け事のネタにするのはまずかったか?』

 

『わたくしであれば・・・あの方の勝利にこの命を賭けることもできます!』

 

 なんとやつは護身用とかいう理由で持っていたらしいナイフを服の中から

 取り出すと机に突き刺した!もしレッドが敗れるようなことがあれば

 自ら腹を切るというのだ。場が騒然とするなかでやつはいつも通りの

 穏やかな笑顔と口調のままだったのが何とも不気味だった。

 

『どうされましたか?先ほどまでグリーンさんの勝利を叫んでいた方々は

 なぜわたくしと対決されないのですか?レッドさんが勝つと言っていた

 方たちも同じですよ。まさかその程度の確信しかなかったのですか?

 だから言ったのです。こんな話し合いはおかしくて笑ってしまうと』

 

 

 結局カスミとマチスがその賭けに無理やり応じることになった。わたしが腕、

 エリカが命を賭けるのに対してやつらの予想が外れたらセキエイで評判の

 ソフトクリームを一本いただくことになった。エリカのほうが賭ける物の

 価値が重い分、値段が倍のデラックスソフトをもらうという約束だ。まあ

 仮にわたしたちが負けたとしてカスミたちが腕や命を欲しがるわけがないが

 エリカはほんとうに自害しかねない雰囲気だったな、あれは」

 

 

このバトルの結果は有名だ。レッドはグリーンに勝った。エースのピカチュウを含む

三体を残して快勝、四天王戦に続き五連勝でついに栄冠を手にし、ポケモンリーグに

永遠に名を刻む殿堂入りを果たした。カントーのジムリーダーたちは敗者である

グリーンを思ってか、マスコミに感想を求められても口を揃えて『どちらが勝つか

わからなかった。展開次第で結果は変わっていた』と言った。しかしその日の夜、

再び集まった彼らの意見は一致していた。レッドと彼のポケモンの力がそうさせた。

 

 

「見る目のない無能の金で食べたソフトクリームはうまかった、わたしがそう

 言ったところでカスミたちは怒らなかった。むしろ同意すらしていた。

 

『・・・悔しいけどその通り。今日のバトルを見たらはっきりわかったわ』

 

『ああ・・・。あれはおれが本気を出しても勝てん。昨日の意見は訂正させてもらう。

 レッドくんはこのカントーの頂点だ。グリーンくんには悪いが力の差は歴然だった。

 チャンピオンとしての経験や場に慣れているという利点がありながらあの結果、

 これでは最初から勝ち目などなかったと認めざるをえないな』

 

 レッド派だったキョウとカツラも、まさかあれほどまでに強くなっているとは、と

 感心し、自分たちはレッドを語るには甘かったと言いだした。腕、更には命すら

 賭けたわたしとエリカが正しかったと、すっかり皆がレッドを認めていた。

 しかしわたしはバトルを見ていて、グリーンにも勝機はあったと思っていた。

 

『・・・そう、確かにわたしたちが正しかった。だがわたしは正直腕を賭けたのは

 失敗だったか、とバトル中に考えた。あなたたちが言うほどレッドの勝利は

 盤石ではなかった。グリーンがライバル意識をむき出しにせず冷静に

 バトルを進めていればあるいは・・・』

 

『・・・・・・ひねくれ者だな、君は。しかし興味深い話だ、聞かせてもらおう』

 

『彼らは同じ故郷から同じとき旅立ったと聞いている。つまり大事なバトルで

 使うポケモンも戦術もはっきりしている。レッドの場合はピカチュウだ。

 今日もグリーンのポケモンを三体倒した。しかしピカチュウ潰しにもっと

 真剣に取り組んでいれば・・・グリーンが防衛していたかもしれない』

 

 わたしが目をつけたのはサイドンだった。レッドのカメックスに一撃で

 倒されてしまったが、ピカチュウの攻撃を無効化できる貴重なポケモンだ。

 サイドンをうまく使えば戦況は大きく変わっていたと見ていた。

 

『ふむ、サイドンを・・・。だがそれではレッドもまたポケモンを交代する。

 カメックスかフシギバナに。結局同じことでは?』

 

『いや、もしレッドがカメックスを出せばグリーンはナッシーを繰り出して凌ぎ、

 フシギバナが出てきたら切り札のブースターを投入してそのまま押し切りに入って

 いい。もし交代合戦になったとしたら初のチャンピオン戦であるレッドのほうが

 緊張から思わぬミスをする可能性もあり、そこからバトルを有利に展開できた。

 結局真っ向勝負を挑んだ愚直さのせいで敗れたわけだが、サイドン一体をうまく

 使うだけでピカチュウを牽制できた。案外僅かな差だった。まあ次はもうないな。

 グリーンがレッドに勝てたチャンスは今回が最後だっただろう』

 

 わたしが図を用いて説明し、互いに交代を繰り返した場合レッドがしくじるなら

 ここというタイミングや、活躍できなかったが可能性は秘めていたポケモンたちに

 ついて筋道立てて語ると次第に皆も納得し、わたしの考えに同意し、そして解散と

 なった。ところがわたしは帰ろうと思っていたとき、やつに呼び止められた。

 

『・・・ナツメさん、この後お時間ありますか?お酒でも飲みながら・・・』

 

『ん・・・?これは珍しい。エリカ、あなたが誘うとは。別に構わないが』

 

『ありがとうございます。ではわたくしの贔屓のお店で・・・』

 

 他に客はいなかった。後から知ったがエリカが貸し切りにしたらしい。わたしも

 何か変だと感じたが、深く考える間も与えずやつが話を始めた。

 

 

『あなたは先ほど今日のバトルがどう転んでもおかしくなかった、そう言われましたね?

 大きな間違いです。それを証明するためにお付き合いいただきました』

 

『・・・は?』

 

『サイドンがどうとか言っていましたね。ピカチュウを牽制できると。そこからすでに

 違うのです。あなたはご存知ないでしょうがレッドさんのピカチュウはなみのりが

 使えるのです。グリーンさんもそれをわかっていたのでサイドンを出せなかった。

 それにレッドさんはあなたと戦ったときより遥かにトレーナーとして進化しており、

 くだらないミスで窮地に陥ることなどありえません!なぜなら・・・・・・』

 

 エリカはわたしも顔負けの大量の手書きの資料を持参してきた。レッドの

 ポケモンたちに関する情報が事細かに書かれていた。餌の好みや撫でられて

 喜ぶ部位に至るまで、自分のポケモンでもないのによくもここまでできると

 思ったものだ。やはりこいつはレッドというトレーナーをかなり高く評価して

 いるのだと改めてわかった。その後も熱弁は続き、興奮気味にレッドの

 素晴らしさを語り続けていた。わたしが口を挟む暇もないほどだったが、

 

『・・・そういえばナツメさん、あなたもレッドさんのことを腕を賭けても

 いいほどの人物と考えておられるようですね。それだけあの方に惹かれる

 ものがある、そういうことですか?あの方に特別な感情があると・・・』

 

『ん・・・?ああ、それはまあ、最近の挑戦者、いや・・・わたしがジムを

 開いてから一番のトレーナーだったからな。現にチャンピオンになった。

 あなたも彼の素質を見抜いたからこそそれだけ注視しているのでは?』

 

 一瞬だけ何か寒気がしたように感じたが気のせいだった。すぐにエリカは

 かなり値が張る酒をわたしに注いだ。どこか安堵している顔に見えた。

 なぜそのような表情をしていたのか、そもそも質問の意図もいまだによく

 わからない。うまい酒がやつの奢りで飲めたことをよしとした。

 

『うふふ・・・そういうことにしておきましょう。さあさあ、どうぞ』

 

『ありがたくいただこう。ん?エリカ、もう顔が赤いな。そんなに飲んだか?』

 

 ・・・とまあ、そんな話だが・・・これでエリカがレッドにあれほど執着し

 恋愛感情を抱いていると察するのは無理があるだろう」

 

 

ナツメがここまで話すと、アカネは大きく息を吐き、呆れたように聞いてきた。

 

「・・・いやいや、じゅうぶんわかったわ。どうしてあんたがわからんのか・・・

 そっちのほうが驚きや。あんた、さては恋とかしたことないな?鈍感すぎやで」

 

「一度もないな。そんなもの強さを追い求めるのに不要どころか邪魔だろう」

 

「はぁ~・・・そりゃあアカン!よっしゃ、ここはうちがあんたの師匠になって

 恋愛のイロハをいろいろと教えたるわ!ポケモンの師匠はあんた、こんな話は

 うち、二人で教えあって成長していけたらエエやんか!」

 

「・・・わたしは求めていないんだが・・・」

 

 

ナツメとアカネはだんだんと漫才のような掛け合いになっていた。しかしその

弛緩した空気を壊すエリカの衝撃的な発言が飛び出した。

 

 

「そう、ですからレッドさん、あなたに出会えたことでもう後ろの方々に

 用はなくなりました!わたくしがこの無法者たちと仲間でいる理由はもう

 ありません!さあレッドさん、共にこの者どもを倒そうではありませんか!」

 

 

「・・・はぁ――――っ!?んなアホな!!」 「・・・・・・・・・」

 

 

脱退どころか敵対の意を表明し、ナツメたちを裏切った。誰も予想できるはずもない

この展開に敵味方観客関係なくただ驚愕するばかりだった。

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