この対抗戦の先行きが全くわからなくなった。エリカがレッドと共に戦うと言った
ためであり、これは仲間であったナツメたちの敵になることを意味していたからだ。
「おいおいおい、どうなるんだ?エリカがおれたちの仲間に・・・ということは?」
「フム・・・ここからはわたしたち四人対やつら二人となるな。このまま話が
進めばの話だが・・・」
レッドをメンバーに加えたことで勝利がぐっと近づいたとサカキはシロガネ山の
時点で確信していたが、このような効果を生み出すのは想像以上だった。
対戦相手であったはずの人間を自分の陣営に引き入れてしまうとは。
『なんという展開―――――っ!レッド対エリカの第四試合が始まるものと
思われました!しかしまさかのエリカのサカキチーム入り――――っ!!
裏切られたナツメたちの心中はいかに――――――っ!?』
「心中!?決まっとるやろ!そこのドアホに言いたいことが山ほどあるわ!
やいエリカ!最初から騙すつもりだったんかい、うちらを!」
アカネはずっとエリカにいろいろな言葉を叫び続けていたが、もはやエリカに
その声は届いていない。彼女の思いはレッド一色だからだ。
「コラ――――っ!返事せんかいクソアマが―――――っ!!」
「うふふ・・・楽しみですねレッドさん。タマムシゲームコーナーでロケット団を
倒したあの日のことを思い出します。あれはまだあなたと出会って間もないとき
でしたが、再び世に騒動をもたらす者たちを倒す機会がやってきましたね。
わたくしとあなたの二人がいればじゅうぶんですが・・・まあいいでしょう」
「・・・・・・・・・」
エリカの呼びかけにレッドは何も答えない。一方、アカネの声も止まらなかったが、
隣にいたナツメが立ち上がり、右手でアカネを制した。やめるように、と。
「・・・ナツメ!こんなん許されるんか!?このままやと・・・」
「もういい。こうなったからには話が早い。わたしは十日前にも言ったはずだ。
歯向かうやつは一気にかかってこいと。まとめて排除するだけだ」
エリカの裏切りを認めた。そしてフーディンも立ち上がる。
「そうですね、どのような方式でバトルが行われるかはこれから決めるとして、
あの四人とそのポケモンたちには二度と再起できないほどの傷を与えましょう。
わたしが十匹程度殺します。あとはあなたたちのポケモンにお任せしますよ」
「くくく・・・ならばアカネ、あなたはピッピとピィにかえんほうしゃを仕込んだと
言っていたな?あの連中のポケモンのうち炎が弱点のものの処理をしろ。
エリカのポケモンなんかみんな草タイプだ。よーく燃えそうじゃないか」
ナツメの所持ポケモンはフーディンを含めて六体、アカネの戦闘可能なポケモンは
先ほどのバトルに出なかった三体のみ、二人合わせて九体だ。対するサカキたちは
サカキがカンナとのバトルで倒されたサイドンとダグトリオ以外の計22体。
一体ずつの勝ち抜き戦だろうが大乱闘のバトルロイヤルだろうが圧倒的不利だ。
「・・・・・・・・・」
「・・・どうしたアカネ。勝ち目がないと震えているのか?それとも自らの運命を
左右する決戦、このわたしがあなたのパートナーでは不満か?」
それに対し、アカネは何を言うかという目つきでにやりと笑ってみせた。
「・・・んなわけあるかい。むしろ・・・心のどこかでこんな展開を待っとった。
あんたとタッグを組んで力も数もずっと上の相手に勝利を掴む、ドラマチックな
この瞬間・・・燃えてきたで!うちもこの子たちに全てを託すまでや!」
席に座っていたピッピとピィ、彼女たちも闘志に満ちた顔つきだった。自分より
何十倍も大きなポケモンたちと勝負することになるが全く物怖じしていない。
次いでアカネはただ一つ残ったモンスターボールから六体目のポケモンを出す。
「この子の名前はたえこ。あんたとの真の最終決戦まで温存しようと思っとったが
そうもいかん。うちの秘密兵器や」
「ほう・・・ハピナス。また横領した金で手に入れたんじゃないだろうな?」
「いやいや!うちがまだ小さいころにカントーのサファリで捕まえたんや。
まだポケモンが飼える年齢やなかったから泣く泣くお別れ・・・のはずやった。
でもうちの活躍を見たサファリの係員が覚えとってくれてたみたいでなぁ」
観光で訪れたセキチクのサファリで稀少なポケモン、ラッキーを捕まえるという
体験をしたアカネ。トレーナーとして旅をしたことも、モンスターボールで
野生のポケモンを捕獲した経験もないアカネにとってそれが唯一のボールによる
ポケモンゲットだった。まだピッピすら手に入れていないときの話だった。
「ハピィ~っ」
「将来ポケモンを持てる歳になったらあげる、なんて口約束が現実になった。
こう見えてなかなか体力があって粘り強い子なんやで」
アカネもそのポケモンたちも準備は万端だ。ナツメは彼女たちを見て微笑むと、
自身も五つのモンスターボールをいつでも投げられる構えに入った。
「うちらはもういつでもエエで!そろそろ始めようや!やり方や順番は選ばせたる!」
「結局無数の屍の上で最後に立っているのはナツメさんとわたしなのですからねぇ!」
劣勢である現状を全く感じさせない堂々とした振る舞いだった。根拠のない勝ち筋を
信じているわけでも、まして玉砕を覚悟していたわけでもなく、ただこれから
始まるバトルが楽しみで、気分が高揚していた。
「・・・フン、もうすぐ何もかも終わりだというのにいまだに酔ってやがる。
どうする、サカキさんよ。おれたちでルールすら決めていいって話だぜ」
「そうだな、あのフーディンの強さが別格であり非常に危険であるのはきみも
わかっているはずだ。形式はバトルロイヤルにして一斉に囲んで叩き潰す、
それが最善の策だ。あとはレッドが同意すれば、だが・・・・・・」
このときサカキはレッドから何かを感じ取っていた。このまますんなりと戦いが
始まらないという予感もあった。彼のその読みは正しかった。
「レッドさん!どうぞあなたとあなたの相棒・・・その名をマックイーンという
ピカチュウが最初に出るべきです。あの愚者たちにだけではなく会場全体に、
いいえ今この戦いに注目する全ての者に対しあなたの強さを見せつけてください!
わたくしがどれだけ語るよりもあなたが実際にそのお力を発揮したほうが早い」
「・・・・・・・・・」
「あなたがいなくなってからというもの、ほんとうに何もかもがおかしくなって
しまいました。わたくしだけではありません。この世そのものが、です。
ナツメたちのような侵略者もあなたの後にチャンピオンとなった者やそれを
支持する無知な者たちも・・・きっと沈黙し己の貧弱さを知るに至りますからね」
エリカはレッドのそばに、その隣に立つために歩み寄った。ところが、レッドは
無言を貫いたまま振り返りエリカに背を向けた。ピカチュウも彼と同じ動きをした。
「・・・レッドさん・・・?」
「僕がここに来たのは正式な形でのバトルをするためだ。頭数に物を言わせて一体ずつ
潰していくなんてものはフェアなポケモンバトルじゃない!こんなことなら僕は帰る」
不公平の極みとも言える戦いを拒否した。いかにナツメたちがやる気でいるとしても
レッドは譲れなかった。二倍以上の数のポケモンで相手を押し切る、彼が言うには
バトルとは呼べないその行為に加担する気はなかった。いまにも帰ってしまいそうだ。
せっかくの再会がこんな早くに終わることを何とかエリカは止めようとする。
「そ、そんなことですか・・・!ならば話は簡単です!あなたとわたくし、二人だけ
いればじゅうぶんです!グリーンさんとサカキさんはバトルに参加させません。
これなら問題ないでしょう!ですからレッドさん!わたくしと力を合わせて
戦いましょう。わたくしはまたあなたの隣にいる瞬間をずっと待ち望んできたのです!
今日このときからもう一度始めましょう、わたくしたちの物語を再び一から・・・」
そのエリカの望みをレッドは断ち切った。今度はエリカのほうを見て、はっきりと言った。
「エリカさん、僕はもうあなたと共に歩む気はない。それを伝えさせてもらうよ。
みんなが『沈黙の日曜日』と呼ぶあの日、僕がいなくなった日にすでに全ては
終わっていたんだ。あなたとのことも当然それに含まれている」
「・・・レ、レッド・・・・・・さん・・・・・・」
レッドの言葉にエリカはその場に崩れ落ちた。操り人形の糸が切れたような動きだった。
「あなたに言いたかったことはこれでおしまいだ。特別な関係なんか何もない、
ただの顔見知りだ。悪いけれどあのころにはもう戻れないんだよ」
過去の付き合いを終わらせようとする非情なレッド、彼の言葉を聞き悲しみに震える
エリカ。その光景を見て笑っていられる冷酷な人間はナツメだけだろう。
「くくく・・・あっはっは!残念だったなエリカ!振られてしまったみたいだな。
レッドのほうはあなたとは違い何の感情も抱いていなかったようだ!」
「・・・・・・・・・」
「もう気は済んだだろう。とっととどこかに下がって泣いていろ。アカネ、そういえば
さっき、恋愛に詳しいとか言っていたな。あいつを適当に慰めてやれ。そして
早くわたしがレッドと戦えるようにしてくれ!」
自身はこれまでの生涯、愛や恋とは無縁に生きてきた。アカネの言葉がどこまで
ほんとうなのかは知らないが、うまく話をしてエリカを帰らせるには自分よりも
アカネのほうが今はいいとナツメはわかっていた。状況は二転三転しているが
これでレッドとのバトルが始まると思うと喜びを抑えられなかった。言うまでも
ないことだが、ナツメはあくまでレッドのトレーナーとしての実力の高さを
買っているのであり、エリカとは全く異なっている。
「おい、聞こえているのか!邪魔だと言っているんだ!用事は終わっただろう。
いつまでもそこにいられるとバトルができないだろうが!」
エリカはまだ動かない。こうなったら自らの手で追い出すしかないかとナツメは
フィールド内に入った。ところが足を一歩だけ入れたところでエリカがゆっくりと
立ち上がった。他人の手は借りずに己の足で去っていこうということか。
「そうだ、それでいい。早くフィールドの外へ出て行け。もたもたするな!」
うつむいたままのエリカに容赦ない言葉を飛ばす。するとそれに反応したエリカは
ナツメの顔を見ないまま、それでもはっきりと聞こえる声で言い返してきた。
「・・・ここから出るのはあなたです。いまフィールドに立つ資格があるのは
わたくしとレッドさんだけです。互いの陣営から選ばれたトレーナーである
二人、それ以外の者が立ち入ることは許されない、そうでしょう?」
「・・・・・・」
「わたくしが思っていた以上に三年という年月は長かったようです。まさか
レッドさんに背中を向けられ拒絶されるとは・・・。しかもその詳しい
理由すら教えてくださらない。ただのポケモントレーナー同士にすぎない、
このわたくしの絶望はナツメ、きっとあなたにはわからないでしょうね」
「ああ、わからんな!」
今度はレッドのほうを見てエリカは話を続けた。突き放すようにして後ろを
向いていたレッドも、彼女の様子が変化していることを知り再び対面した。
「・・・ポケモントレーナー同士だというのなら・・・バトルで語り合う、
そうですよね?わたくしとバトルしましょう、レッドさん!あなたが
わたくしを仲間にしていただけないのであれば、このような形でしか
あなたと語らうことはできません。ならばバトルでしょう!」
「・・・・・・エリカさん・・・」
「わたくしが勝ったならば話してもらいますよ。なぜあの日あなたは突然
いなくなってしまったのか、空白の三年間には何があったのか、そして
わたくしを退けた理由も。その代わりあなたが勝ったときはわたくしも大人です。
駄々をこねずに潔くあなたのことを忘れましょう。みんな夢でありましたと。
あなたとの幸福な時間もこの胸のときめきも過去のものとして捨てましょう」
「・・・わかった。やろう、エリカさん。あなたが相手なら文句はないよ」
バトル中にトレーナーがいるべき位置に戻り、バトルをする意思を示した。
レッドもそれに続き、そのスペースにピカチュウと並んで立った。
『い・・・いろいろとありましたが・・・レッド対エリカ!元の予定通り
この二人による本日の第四試合が行われることが決定いたしました!
ルールも三体三の通常のものであるのは変わりません!』
「レッド――――っ!伝説のチャンピオンのバトルを見せてくれ――――っ!!」
「エリカさ――――ん!そんなひどい男倒してやってくださ――――い!」
無事バトルが始まるという結果に観客たちは安堵し、そして大きな歓声が響いた。
一度は離脱を宣言したエリカだったが、ナツメたちのチームにとどまったまま
レッドとの勝負に臨むことになった。これが本来正規の対戦カードであるので
誰も文句は言えない。渋々ナツメもブラックボックスに戻ってきた。
「・・・残念やったなぁ、ナツメ。こうなりゃ何だかんだでまた仲間になったエリカを
応援する以外なくなってもうた。ホンマに勝機は全くないんか?」
「ああ。試合時間数分の瞬殺もありえるな。エリカの勝つ可能性はゼロ、何がどう
転んでもゼロだ。それだけレッドという男とそのポケモンたちは強い」
レッドが実戦から離れていようが関係ない。結果は目に見えているとナツメは断言した。
「わたくしは楽しみでもあるのです。レッドさん、あなたの復帰戦、相手を
務めさせていただくのがわたくしである、これはこれで素晴らしい特権です」
「・・・エリカさん、僕がトレーナーとして成長できたのは間違いなくあなたの
おかげだ。あなたがいなければ僕はチャンピオンどころかバッジを八つ集めて
ポケモンリーグに挑むこともできなかっただろう。それに対する感謝はいまも
忘れていない、その思いは変わっていないというのはわかってほしい」
「わたくしは何もしていません。あなたの内に眠れる才能と底力、ポケモンに対する
愛情がちょうど開花しただけですよ!ジムリーダーとしてトレーナーを育成するのは
当然のことですが、あなたの資質は他の誰よりも優れていた。あなたより少し先に
ジムを訪れたグリーンさん、先ほど覚醒してみせたアカネもあなたと比べたら
低い次元で騒いでいるにすぎません。あなたは最も優れたトレーナーなのです」
「あなたの力を借りていないぶん彼らのほうが優秀だよ。エリカさん、だから
僕のことはもう忘れてまた新しいトレーナーに水を注いで花を咲かせてほしい。
それを伝えたくて僕は山を下りたんだ。だからこのバトル、勝たせてもらうよ」
稀代の天才と呼ばれたレッドが、自らの残した華々しい功績をエリカの指導の
賜物だと語っている。その言葉に偽りはなく、彼の本心だった。エリカと
出会うまでは自分がチャンピオンになる可能性すら全く抱けないほどの凡庸な
トレーナーの一人であり、数々の特別な体験もなかったと認めているのだ。
「なるほど、これならあの日の出来事も説明がつく。これは知らなかった」
ナツメはレッドがチャンピオンになる前日のジムリーダーの会合での争論を
思い出した。自分とエリカを含む四人のジムリーダーがレッドの勝利を主張
したのに対し、残り三人はグリーンが勝つと譲らなかったことを。レッドたちの
出身はマサラタウンという土地であり、彼らがカントーを旅して回った足跡、
ジムに挑んだ順番を考えれば、最初はグリーンのほうがトレーナーとして
優れていたが、どこかでその力関係が逆転したのだと推察できる。
「エリカがやつを覚醒させたのか。伸び悩んでいたレッドを急激に・・・」
「ならあんたとうちみたいなモンか?うちもあんたのおかげでどんどん高みへ
近づいていく感覚を味わっとる。でも・・・だったらおかしな話やな。
そこまでの恩人をあそこまで拒絶するか?もう何の関係もないとか僕のことは
忘れろとか、うちだったら絶対あんたに対してあんなことは言わんで・・・」
「・・・わたしたちにはわからない、もしかしたらやつら同士にもわからない、
どちらかだけが知っている秘密がいくつかありそうだな。そんなものに興味は
全くないが、戦局にほんの少し影響があるかもしれないな」
『バトル開始――――っ!!』
「いけ!マック・・・ピカチュウ!」
「お願いしますよ、ラフレシア!」
レッドはいきなり中心ポケモンのピカチュウを繰り出した。これは大方の予想通りだ。
対するエリカが最初に選んだのはラフレシア。レッドと最初に出会って対戦した
ときには最後にとっておいたポケモンだ。それを先頭で出してしまうということは
レッドの知らない更なる切り札を用意してある、その表れでもあった。