ポケットモンスターS   作:O江原K

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第53話 毒花

 

マサラタウンのレッド、彼はライバル関係にあったグリーンに比べてポケモンと縁のない

地味な家庭の育ちであると言われている。数十年前、カントーのポケモンリーグ創設期の

チャンピオンであり現在は世界的なポケモン博士であるオーキド・ユキナリの孫として

幼い日からポケモンに触れ、学ぶ機会のあったグリーンに対し、レッドは何もない。

しかし、あまり知られていない話だがレッドも実はトレーナーとして『良血』だった。

 

レッドの家は母子家庭である。その父はレッドが物心ついたときにはすでに死亡しており、

どのような人物であったかも語られることは少ない。彼の父、『スズカ』は海外で

ポケモントレーナーとして活動していた。優秀であり、もし精神的な弱点を克服

できていたならば超一流になっていただろうと現地の人間は語っている。父の死は

ポケモンに関わる事故によるものであり、それゆえ母はレッドに対して父のことを

多くは語らず、彼が父の遺志を継ぎポケモントレーナーになりたいなどと思わないように

育ててきたが、父に関係なく次第にポケモンに興味を抱くようになったレッドを見て

血は争えないものだと諦め、息子の意欲を尊重した。

 

後にエリカはレッドと二人きりでいたときこの話を聞き、彼がむやみやたらに言葉を

発さない物静かな人物であることと彼の父の名を合わせた愛称を命名した。

『サイレンス・スズカ』。レッドとエリカだけの秘密の呼び名だった。

 

 

『・・・おーい、待て!待つんじゃあ!草むらは危険じゃ!』

 

『・・・・・・・・・!!』

 

『草むらには野生のポケモンがおる!見ろ、そこにも・・・・・・おや?

 ピカチュウとは・・・このあたりには生息しておらんはずじゃが、まあいい!』

 

レッドの旅立ちの日がやってきた。その日のうちに今日まで一時も離れたことのない

最高の相棒と出会うことになる。彼の最初のポケモンこそ、マックイーンという

名前で呼ぶピカチュウだった。どうしてこのピカチュウがマサラタウンのそばまで

やってきていたのか、いまだにわかっていない。しかしレッドが故郷を旅立つ際に

連れていったのはピカチュウだった。モンスターボールを極端に嫌うので瀕死に

なった時以外は常に外にいて、共に歩いたりレッドの肩に乗ったりしている。

 

 

『やり―――っ!やっぱりおれって天才みたいだな!まあレッドごときに負けてたら

 チャンピオンなんて無理だもんな!レッド、そんなに落ち込むことはないぜ?

 相手がこのおれさまでなきゃあもう少しいい勝負にはなっただろうからなぁ!』

 

『・・・・・・・・・』

 

レッドは自分でも認める通り、最初はグリーンに勝てなかった。旅の途中で彼と

再会したときも敗戦続きで、それどころかその辺りにいるトレーナーに負けてしまう

こともある、どこにでもいる勝ったり負けたりしているトレーナーでしかなかった。

タケシやカスミがグリーンと比較してレッドにはそれほど目立つものがなかったと

言うのも当然であり、彼がバッジを持たない初心者だったからこそ自分たちも

そのレベルに合わせ、そのためにレッドに勝利を譲ったと考えていた。

 

特に秀でたところのない少年レッド、勝利に対して貪欲ではなかったことも

素質の開花が遅れた原因だった。ポケモンにとって無理のない旅の行程や育成、

またバトルの際には自分のポケモンを過度に信じたがために敵に倒され、逆に

大事にしすぎて勝利を逃したりと、父同様心のコントロールがいまいちだった。

 

 

『ちっ・・・!なんてガキだ!まさか俺たちロケット団に歯向かうとは!

 だがお前はブラックリストに載ることになる!俺の仲間が黙っちゃいない!』

 

『・・・・・・・・・』

 

『・・・無口なガキだぜ。だが怯えてはいないみたいだな。ハハハ、こりゃおもしれー!

 こんなところで潰すのが惜しくなってきた!いいぜ、先へ進みな!』

 

だが彼のポケモンへの愛情や信頼、それに加え悪を決して許さないという正義感は

誰の目にも映ることはなかったが確かに彼を成長させていた。ポケモンを道具として

扱うロケット団員を許さず、そのような悪者相手には必ず勝利を収めてきた。

ほんの僅か、注視しなければ気づかないほどではあるが、ライバルのグリーンとの

差は詰まりつつあった。だがこのペースでは逆転するのはいつになるのかわからない。

 

それにレッドにとってバトルよりもポケモン図鑑を埋めていくことやポケモンと

ただ遊んだりいっしょに食事をして夜空の下で眠ったり、そちらのほうが楽しく、

激しい戦いの末に傷ついてまで勝利を得たりポケモンリーグ公認バッジを手に入れる

理由はないのではないか、そう感じるようになっていた。ちょうどその時期だった。

カントーでヤマブキと並んで二大都市とされる、タマムシシティに入ったのは。

 

『マック、この街は大きいから全部見て回るには時間がかかりそうだ。どうする?

 もうジムには寄らなくてもいいかなと考えているんだけど・・・』

 

『ピカ!ピ―――カッ!』

 

『・・・行きたいのか。マチスさんのライチュウにあれだけダメージを受けたのに。

 でもわかった。ならこの街のジムには寄っていこう。確か・・・タマムシジムは

 草タイプのポケモンを使っているトレーナーがいっぱいいるみたいだ』

 

旅の途中で仲間に加えた炎のポケモン、ヒトカゲから成長したリザードを使えば

楽勝かもしれないが、勝利に固執しないのであればフシギダネから進化したばかりの

フシギソウを中心に戦い、草ポケモンに関しての情報をもらったほうがこれからの

長い旅で草ポケモンたちともっと仲良くなれるかもしれない。またはこれが最後の

ポケモンジム挑戦になる可能性があるのなら、相棒ピカチュウでいくのもいい。

 

『・・・・・・街の中心から外れたけど・・・そのぶん景色も環境もいいな。

 緑がたくさんあってマサラを思い出すよ。あれは花畑か?』

 

『ピッカ!チュ―――――ッ』

 

『お前もうれしそうだね。ずっと空気が悪かったから辛かっただろ。

 ん・・・あれがタマムシジムか。甘い香りがここまで届いてくる』

 

レッドとエリカ、互いの人生を大きく変える運命の出会いはすぐそこに迫っていた。

 

 

 

 

 

「やはり最初はマックイーンさんで来ましたか。わたくしのポケモンたちにも

 ファンが多いものですからね。ラフレシアも戦意より感動がやや先行して

 いるようです。わたくしだってあなたたちのコンビネーションは楽しみです」

 

「アッ!アア―――ッ!!」

 

エリカのラフレシアは興奮し、主人とよく似た性質を露わにしていた。一方で

レッドは感情を表に出さず、ピカチュウも顔なじみの相手だろうが今は倒すべき

一ポケモンに過ぎないという見方をしていた。

 

「マック!久々のバトルだけどやり方は変わらない!まずは・・・」

 

「チュ――――ッ!!」

 

技を指示するまでもなくピカチュウは動きに入った。こうそくいどうを使った。

これで素早さをぐーんと上げてエリカのポケモン三体をまとめて倒すつもりだ。

レッドのピカチュウは普通のポケモンとは別格だ。ナツメのフーディンと

同じく、バトルの間に使える技は四つ程度ではない。雷の威力も身のこなしも、

ただのピカチュウとは全く異なる。しかしサカキのスピアーやフーディンと

決定的に違うのは、その生命力は並外れてはいないということだ。何らかの

秘密を持つあの二体とは耐久力に差がある。唯一の弱点とも言える打たれ弱さ、

そこはレッドが工夫して補ってやらなくてはならないところだった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

『お―――――っと!エリカのラフレシア、全く動かない!まさかピカチュウに

 見とれているのか――――っ!?美しい花びらで敵を魅了するのが得意な

 ラフレシアがこれではどうしようもない――――っ!!』

 

ラフレシアは何の技も使わず、その場に立っているだけだ。直前までの様子から、

バトルが始まっているというのにまだピカチュウに夢中なのかと皆を驚かせた。

しかしそばで見ていたエキスパートトレーナーたちは惑わされなかった。

 

「・・・違う!あれはソーラービームのために力を溜めているんだ!」

 

「いきなりの大技か・・・攻撃してこないのを読まれていたか!」

 

レッドの仲間であるグリーンとサカキがラフレシアの光の吸収を見抜いた。これは

当然もっと間近で敵ポケモンを注視していたレッドもわかっている。ピカチュウが

この後一撃でラフレシアを倒せたなら問題ないが、凌がれた場合危険な展開となる。

レッドに迷いはない。こうそくいどうが無駄になるのは痛いがギャンブルをするには

早い。バトルはまだ序盤だ。ソーラービームを安全に受けられるポケモンへの交代だ。

 

 

「マック!戻って来い!頼んだぞ、ティターン!」

 

ピカチュウがやや不満そうな顔を浮かべながらもレッドのもとに駆けていく。

代わりにレッドが選んだ二体目のポケモンは、ティターンという名のカビゴンだ。

 

「ガァ――――――ッ!!」

 

「あのカビゴン!うちのシンシアよりも大きい!まああれが普通サイズなんやろうけど、

 確かに体力がありそうやで。一撃くらいは余裕で耐えられてまうか・・・」

 

数年前、カントーの主要道路が山から下りてきたカビゴンによって通行止めになった

ことがあった。タマムシシティの西、サイクリングロードとして有名な道路への

道を巨体で封じていた。ぐうぐうと眠っていたそれをレッドが捕獲した。もう一体

同時期にシオンタウンから南下した地点にいたカビゴンはグリーンが捕まえている。

アカネのカビゴンに比べずっと経験があり、耐久力に優れた強固な肉の壁だ。

展開が悪くなりそうなとき、また相手の大技が炸裂する寸前にはこのポケモンの

出番というのはレッドの確立された戦法で、これまで何回も流れを引き戻してきた。

 

 

「・・・変わりませんねレッドさん。わたくしのよく知るあなたがいて安心

 しています。空白の期間のせいで腕が鈍っていることだけが恐ろしかった。

 あなたの名が損なわれずに済みますからね。ほんとうにうれしいです」

 

レッドの流れるようなポケモン交代にエリカは幾度も頷きながらにこやかに微笑む。

それを見たアカネは脱力し、確かにこれでは勝機はないと納得した。

 

「こりゃアカンわ。ナツメ、あんたの言う通りや、勝敗は決しとるわ。実力の差

 以前の問題やで。レッドが強いままでおることを喜んどるやないか・・・。

 あんなんただのファンの顔や。勝つ気がまるでないときた・・・」

 

「ああ、戦意までないとはわたしも驚きを通り越して呆れている。だがレッドの

 ポケモンの動き、やつ自身もそうだが・・・強かったときを維持しているな。

 あれでこそ勝利する価値のある相手だ。いまから楽しみになってきた」

 

絶頂期に三年以上も実戦から離れていたことを感じさせるところはこれまでまだない。

むしろ長い目で見たならばいい休養だったかもという考え方もできた。サカキは

最初からレッドの勝利を確信しているため余裕を持って観戦し、グリーンと話していた。

 

「・・・彼のポケモンたちはまだ若い。その時期にチャンピオンとして激しいバトルの

 連戦をあのまま続けていたらパンクしていた可能性が高い。第一線で戦えなくなる

 のみならず文字通りの寿命を縮めていた。だがいま無理をしなかったことで

 将来あのポケモンたちはピークをかなり長い期間持続させることだろう」

 

「あれでまだ伸びるのか・・・やっぱり底知れないやつだぜ。おれたちに黙って

 ずっとシロガネに引きこもっていたことやエリカさんにあんなに冷たくするのは

 許せねえが・・・ポケモンへの愛情、それにトレーナーとしての才能、もう

 おれじゃあ手の届かねえところにいるからな、あいつは」

 

「ふふふ・・・何を言う。成長し続けているのはきみも同じだ、グリーンくん。

 きみもチャンピオンとしての活動期間が短かったことを生かせ。きみの

 ポケモンたちも全盛はこれからだ。わたしの後を継いでトキワのジムリーダーに

 なったとはいえ、いつまでもそこで満足する男ではないだろう?」

 

「ハハハハ、そりゃあもちろん。あいつが長いこと休んでいた間におれはずっと

 ポケモンについての深い勉強と厳しい修行を続けてきた。差は詰まっているはず、

 そう思わなきゃやってらんねー。あいつの戦いをじっくり観察してやるぜ」

 

 

このとき、レッドを含めた誰もが騙されていた。ラフレシアがぼーっと立っている

だけなのはソーラービームのためだという時点でもう罠にかかっていた。まして

エリカに勝つつもりがないなど大きな誤りだった。

 

 

「・・・レッドさん、あなたが変わらずにいてくれたこと、心からほんとうに

 感謝いたします!そのおかげでわたくしの策が決まってくれそうです!」

 

「・・・・・・!」

 

「ラフレシア!わたくしたちの狙い通りです!どくどく――――っ!!」

 

ラフレシアの大きな花びらは引き寄せられた敵を欺き毒によって破滅へと導く。

この度もまんまとレッドとカビゴンをおびき出し、猛毒に冒した。

 

『こ、これはどくどく攻撃だ――――っ!!カビゴン、出てきて早々猛毒だ!

 交代を読まれていたか!まずはエリカが一歩リード――――っ!』

 

ソーラービームの準備と見せかけて、ほんとうにラフレシアは何もしていなかった。

ピカチュウを引っ込めさせ、カビゴンに猛毒を与える、全てがエリカの思惑通りだ。

 

 

「うふふ、どうですレッドさん。面白いでしょう。これがポケモンバトルの

 醍醐味ですよ。だいぶ勘が戻ってきたのではありませんか?」

 

「・・・うん、おかげさまで思い出してきたよ。朝にサカキさんと短く戦ったけれども

 大勢のお客さんの前でのバトルはやっぱり緊張感が違う。楽しくなってきた」

 

本人以上にレッドを知りつくしているエリカの読みが的中を続けている。あとは

レッドが圧倒的な力でそれを些細なことだとねじ伏せるのか、それともエリカが

この先も見事なバトル運びで伝説の王者を封じ込めるのか。いまだレッドが勝つと

予測するファンは多いが、もしかしたら、という空気が漂い始めた。

 

「ティターン!のしかかりだ」

 

猛毒に蝕まれながらも強烈な攻撃で先に相手を倒してしまおうとカビゴンが

ラフレシア目がけて飛びかかる。ここでカビゴンを下げてもすぐに別のポケモンに

どくどくが放たれるのはわかっているため、ラフレシアを潰さなければならない。

 

「ほう・・・突っ張ってきたなぁ。自信満々やな」

 

「猛毒状態は痛いがラフレシアは眠りやマヒも仕込んでいるかもしれない。猛毒で

 いるうちはそれらを警戒する必要がないぶん前に出てこられるのだろうな」

 

ラフレシアがどくどく以外にどんな技を覚えているか、それによって戦況は

大きく変わる。カビゴンののしかかりに対し、エリカがどう出るのか注目された。

 

「・・・そう来られるのは百も承知です。ラフレシア、まもる!」

 

防御に全ての力と神経を注ぐことで相手の攻撃を完全に凌ぐ、まもるという技。

この絶対防御は案外難しいものではなく、技マシンを使えるポケモンであれば

問題なく習得させられる。カビゴンののしかかりは失敗した。

 

「ガァ――――ッ・・・」

 

「もう一回だ、ティターン!」

 

レッドはカビゴンへの指示を変えない。カビゴンを信頼し、技が決まりさえすれば

一撃で倒せると攻めを続けた。ところがラフレシアもまた同じ姿勢のままだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 

『な、なんとまたしても防御だ――――っ!!ラフレシア、守り続けます!』

 

「そう、それでよいのです。まだもう少しいけるでしょう?」

 

エリカの言葉通り、ラフレシアは守りの態勢をやめない。この技を続けていると

いずれ疲れて失敗してしまう。それでも限界までエリカは戦法を変えない。

いつ失敗してもおかしくないのでレッドも決して攻め手を緩めなかった。

やがてそろそろ別の技を出さないと、というタイミングで今度は思わぬ技が出た。

 

「・・・ここでいったん引きましょう。みがわり!そしてその後は・・・」

 

ラフレシアの身代わりが出現し、カビゴンののしかかりは身代わり人形を破壊した。

自身の体力を削り身代わりを出したがすぐに消えてしまった。しかし少しでも

休めたことは完全なる防御の再開にはじゅうぶんだった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「どうですか、こんな戦法わたくしも初めてですよ。練習はしていましたがね。

 無意味な遅延だと思われますか?だとしたら大きな間違いです。猛毒の

 ティターンさんはどんどんダメージを受けているようですねぇ。さて、

 わたくしのほうが守りに失敗するか身代わり人形ぶんの体力が尽きるか、

 あなたのほうが猛毒によって倒れるか、どちらが先でしょう?」

 

ここまでエリカのラフレシアが繰り出した技はどくどく、まもる、そしてみがわり。

ラフレシアである必要はない技ばかりだ。かつての得意技のはなびらのまいも、

ギガドレインも捨てて我慢合戦を仕掛けてきた。このままではレッドのカビゴンが

敵から直接的な攻撃を受けずに毒によるダメージだけで力尽きそうだ。

 

「・・・!レッドのやつ、油断したか!?」

 

「いや・・・あれは予想できない。こんな攻め方をする相手とは思わないだろう」

 

レッドの後ろにいる二人もエリカの変化に驚き、思わず席を立つ。エリカのバトルは

ジム戦であろうが真剣勝負の場であろうが早い決着がほとんどだった。劣勢の場合

悪あがきして粘ったりせず、また有利であれば無駄に遊ぶことなく終わらせる。

そのエリカが一部からはすでにブーイングも起き始めている長期戦に持ち込んだ、

すでに皆の知らない新たなエリカがいるのだから、以前の彼女を基準にした

この先の展開読みは無駄だ。これならばレッドを倒すことも夢ではないかもしれない。

 

「うちはあんまり好きな戦法やないけどエリカの本気は伝わってくるで!なあナツメ、

 もう勝機は完全にゼロなんて言えんやろ。いま有利なのは明らかにエリカや!」

 

「・・・・・・うーむ・・・・・・」

 

予想以上の善戦にもいまだ半信半疑のナツメ。直前まで自分たちを裏切ろうと

していた女だということもあったが、それを抜きにしても不信感は拭えない。

果たして心から勝利を目指しているのか、レッドへの異様な執着はバトルの

足を引っ張ることはあってもプラスに向かうというのはないのではないか。

興奮する隣のアカネとは違い冷静に考えていた。その勘は当たっていた。

 

 

「・・・エリカさん、ずいぶんと変わったね。こんな戦いをする人じゃなかった。

 いったい何があなたをこうしてしまったのか・・・僕のせいなのか?」

 

レッドがやや沈んだ表情でエリカに言う。彼もエリカといえばやはり華麗な

草タイプの技の数々の印象が強く、いまは全く知らない他人のような戦法だった。

ところがエリカは首を何度も横に振り、穏やかな笑みを浮かべて返答した。

 

「いいえ、確かに戦術とポケモンたちの技の構成に多少の変更はありますが

 わたくしは何も変わっていませんよ。わざわざバトルが大幅に長引くように

 することでわたくしが得られる最大の益、それは何だと思われますか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「レッドさん、少しでもあなたとわたくしの目と目が合い、またバトルによって

 互いに心を通わせる貴重な時間を長く味わいたいから、それ以外にありません!

 さあ、もっと聞かせてくださいよ、あなたの声を!そのお顔ももっとしっかり

 こちらに向けてください!こんなものでは到底満足できませんよわたくしは!」

 

 

 

「・・・・・・」 「・・・やっぱりな・・・」

 

彼女は自分たちとは違う世界に住んでいるのだと思うしかなかった。勝敗はもう

諦めて期待しないとして、これから目の前で何が起きるのかを恐れながら見守る

しかないことにナツメとアカネは大きくため息をついた。


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