ポケットモンスターS   作:O江原K

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第54話 しめつける

 

レッドはタマムシジムの門を開き、ジムのトレーナーたちとの戦いで勝利を重ね

リーダーのエリカとの勝負に挑むことができた。レッドはあえてリザードを出さず、

相棒ピカチュウやエリカと同じ草タイプのフシギソウを使って辛うじて勝った。

 

『あら、わたくしの負けですわ。おめでとうございます、レッド様。あなたには

 このレインボーバッジを差し上げましょう。その効果についてですが・・・』

 

『・・・・・・』

 

エリカにとって勝利も敗北も仕事のうちの一つに過ぎず、感情は揺らがない。

しかしバッジを受け取るレッドの表情が悩みに満ちたものであることに関しては

そうではなかった。説明を中断し、事情を尋ねてみることにした。

 

『・・・どうされましたか?ぜんぜん嬉しそうではありませんね。ご不満でも?』

 

『・・・・・・・・・実は・・・』

 

レッドは無口な少年だった。しかし、このエリカになら自分の胸の内を話せる、

なぜかそう感じた。偽ったり繕ったりせず、ありのままの思いを語った。

ポケモンを傷つけて得る勝利に価値はあるのかとこの頃考え続けていることや、

それに伴い各地のジム巡りもそろそろやめようとしていることも。それに対し

エリカは彼を安心させるように、優しく多くの問いに答えた。

 

 

『ポケモンという生物は野生でも生きていけます。ですが人と出会い共に力を

 合わせて成長することに大きな喜びを感じている、それはすでに科学的に

 証明されています。人間に都合のいい解釈などではありませんよ』

 

『・・・・・・でも傷ついたり疲れるのはポケモンだって嫌でしょう』

 

『レッド様、ポケモンとどのように生きていくかは人それぞれです。ペットのように

 飼うことも建設や運搬といった仕事で労働力として使うことも。ですがポケモンは

 本能がバトルを求めています。戦わせなければストレスが溜まってしまうのです。

 そして自分をほんとうに愛してくれる主人と勝利の喜びを分かち合いたいと

 彼らは望んでいるのです。そのためには傷つきもすれば疲れもするでしょう。

 人間も目標のために必死で体を鍛えたり勉強したりするではありませんか』

 

『・・・僕のポケモンたちが何を考えているかわかったらいいのに』

 

人とポケモンが会話することはできない。たとえ一般的にポケモンがバトルを好み

勝利を求めるとされていても、自分のポケモンもほんとうにそれを望んでいるのか

わからない。ポケモンを深く愛しているレッドだからこその悩みだった。

 

『・・・うふふ、ならご自身のポケモンたちをよくご覧になってみてはいかがです?』

 

『・・・・・・・・・』

 

 

バトルで使ったピカチュウとフシギソウ。ダメージを受けていたが確かに笑っていた。

出番のなかったポケモンたちはレッドの勝利を喜びながらも、次はおれの番だと

意気込み、今度は自分を使うようにとアピールしているようだった。バトルは

言葉の通じないポケモンたちと心を通わせ合うこの上ない手段であると語る

評論家もいる。そのポケモンたちの表情からトレーナーへの愛情の度合いもわかると。

 

『己の栄誉や富のためにポケモンを利用する者たちもいますが彼らのポケモンは

 不幸せそうな顔をしています。ですがレッド様、あなたのポケモンはみんな

 あなたのことが大好き、そう言っているようですよ。あなたのためにもっと

 バトルで勝ちたい、その思いがあなたには伝わっているのではありませんか?』

 

『・・・僕はどう応えてあげたらいいんですか?』

 

『トレーナーとして腕を磨くことです!ポケモンバトルを深く学んでください。

 その状況に適した指示やどうすれば自分のポケモンたちがもっと輝けるか、

 またそれぞれの得意なことや好きな技を見つけてあげてください。そうすれば

 ポケモンたちが傷ついて辛い目に遭うことも少なくなっていくでしょう。

 そこでどうでしょう、よろしければしばらくの間このタマムシジムで

 あなたもポケモンも腰を据えて修業に励むというのは』

 

エリカの思わぬ誘いだった。しかしレッドはありがたいことだと思いつつも

なかなか返答ができずにいた。帽子を何度も触ったり不自然な挙動が続いた。

 

『遠慮することはありませんよ。更なる成長やポケモンとの絆を深めたいと願う

 トレーナーを種から育て、美しい花を咲かせることがポケモンジムの役割です。

 わたくしは草タイプの専門ですが基本的なバトルの知識やポケモンとの触れ合い方、

 それらを教えることに問題はありませんが』

 

『・・・いや・・・そういうことではなくて・・・このジムは女の人ばかりじゃあ

 ありませんか。緊張してしまって修業にならないなと・・・』

 

顔を赤くするレッドにエリカはつい微笑んだ。つい先日ジムにやってきたレッドと

同年代の少年、名前はグリーンといったが、彼はジムの女性たちに躊躇いなく近づき、

二十歳を過ぎた大人のトレーナー相手であってもナンパしていたほどだった。

エリカの周りの女性たちはグリーンのことをとても気に入り、いろんな意味で

将来大物になるわと話していたが、おそらくはこのタマムシジムのなかで唯一、

彼女はレッドのほうがいいと思った。人間として、またポケモントレーナーとして。

 

『ならばこの奥の部屋、わたくし以外には誰も許可がなくては入れない部屋で

 行いましょう。もしくはジムの外、やはり他の人間は近づけないところで、

 それならレッド様、修業に専念できるのではありませんか?』

 

『・・・そ、それならいいかも・・・・・・』

 

レッドの思いが傾いた。ところが周囲の女性トレーナーたちはそれをよしとしなかった。

 

『ちょ、ちょっと!エリカ様!そんなのダメに決まってるでしょう!』

 

『あら・・・なぜですか?』

 

『そんな特別扱い・・・!それに二人っきりで特訓!?襲われるかもしれませんよ!』

 

するとそれに対し、今度はレッドが反論した。彼女たちの言うことは間違いであると。

 

『・・・僕はそんなことはしません!襲ってお金を取るつもりならすでに機会は

 あったはずです。僕は強盗目的でジムに来たんじゃありません!それにリュックの

 中にも武器は一切入れていません。ポケモンたちがいるから必要ないんです!』

 

純粋なレッドの答えに、トレーナーたちのほうが恥ずかしくなってしまった。

追い討ちをかけるようにエリカが白々しく尋ねた。

 

『その通りです。まさかあなたたちにはこの方が金品を奪いに来た犯罪者だと

 見えたのですか?それとも・・・襲うというのは何か別な意味があるのですか?

 わたくしもレッド様もわかりません。ですから詳しく教えてくださいませんか』

 

『え・・・えっと・・・それはその』

 

『何もないようですね、ではレッド様、さっそく始めましょう。あなたには

 いまだ土のなかで目覚めていない素質が感じられます。まずは水を注ぎましょう』

 

 

レッドの才能が開花するには、ポケモンだけでなく人に出会うことが必要だった。

それも彼に最も適した形で教えを与えてくれるよき理解者が。エリカとの訓練は

ポケモンにハードトレーニングを課し、強引に能力の底上げを行うものではなかった。

現時点で持つ力を効率よく発揮する方法を学び、ポケモンたちそれぞれの個性を

理解するという、一見遠回りで緩い、のんびりとした時間だった。だがそれが

レッドの覚醒に大きく貢献した。後の絶対王者はたった一人の女性との出会いから

生まれたと言ってもよかった。

 

 

 

 

どくどくによってカビゴンの体力が危険な状況に追い込まれていた。エリカは

ラフレシアに対し、ひたすらまもるの技で凌がせ、そろそろ失敗しそうだという

ところでみがわりを使う戦法を続けていた。ラフレシアのほうも体力と精神力を

かなり消耗している。そろそろ攻撃技が出るはずだと思われたところだった。

 

「・・・戻れ!ティターン!マック、頼んだ!」

 

レッドがカビゴンを下げた。ボールに入っているうちは猛毒は進行しないからだが、

逆にカビゴンがいま、ねむるという技を使えないというヒントを与えることにもなった。

眠ってしまえば猛毒は癒え体力も回復する。他の技を優先させていると教えてしまうのは

やや痛かったが、どうせエリカはそれすらわかっているのでは、と思い開き直った。

再びピカチュウをフィールドに繰り出し、戦況の立て直しを図った。

 

「それも予測済みですよ!あなたのことなら何でもわかっていると言ったでは

 ありませんか!すでにわたくしがバトルの流れは支配しました!」

 

交代の間は無防備だ。ピカチュウに対して防御の構えをいつの間にか解いていた

ラフレシアの攻撃が襲いかかる。またも交代の瞬間を完全に読まれた。

 

「今度もどくどくか!?いまやられたら・・・」

 

「いや、レッドのピカチュウは回避力も超一流だ!飛んでくる技がわかっていれば

 隙を突かれていようが平気なはずだ!」

 

レッドとピカチュウはどくどくを最も警戒しながらも、ラフレシアの最後の技が

ここでくるのではないかとも感じていた。何らかの強烈な攻撃が満を持して

いよいよ、という可能性を捨てきれなかった。だが威力の高い大技であれば

回避も容易だ。それをかわしてラフレシアが防御に入る前に反撃だ。

 

 

「ピカ―――ッ!?」

 

『ああ――――っ!この技は―――――!』

 

どくどくではない。しかし攻撃でもなかった。スタジアムに甘い香りが充満した。

 

「あまいかおり・・・!四つ目の技はそれか。ちっともわからなかったよ」

 

「うふふ、そうですか?マックイーンさんが最も厄介なのはこちらの攻撃がうまく

 命中しないことにあります。のんびりしているとあっという間にかげぶんしんで

 手がつけられないことになってしまいますからね。先にこうしておかないと」

 

この香りを嗅いでしまうと回避率が下がってしまい被弾しやすくなる。ピカチュウの

武器を一つ潰したと言えるだろう。

 

「・・・なんであまいかおりなんや?どくどくやないんか?」

 

「いや、あえて猛毒にしないことで眠りやマヒ、この先それもあるという可能性を

 残したのだろう。カビゴン相手には猛毒が効果的だったがピカチュウには

 それ以外の状態異常を与えてやったほうがいいとやつは判断したようだ」

 

あまいかおりを使った理由はナツメの説明で納得できる。ただそれ以上に、

 

「あのラフレシア・・・これでいま使える技の全てということは・・・」

 

「相手を直接攻撃できる手段がないんだ!どくどく以外はダメージすら与えられん!」

 

 

攻撃技が何一つない、極端な技構成になっていた。自力で敵を倒すことは最初から

期待されていない、後に続くポケモンたちのための土台作りの役割だった。

現にカビゴンを弱らせ、ピカチュウをも翻弄している。まだ身代わり人形を

もう一回作れる体力はあるので、ラフレシアはまたしても絶対防御を始めて

電撃を凌ぎ、ピカチュウを攻め疲れさせようとした。

 

「マックイーンさんのかみなりは危険ですが無限に使える技ではないでしょう?

 ですから少しでも削らせてもらいますよ」

 

「・・・・・・マック!」

 

ピカチュウは攻撃をやめた。そしてかげぶんしんの動きに入り、あまいかおりで

鈍らされた回避力を戻そうとする。ラフレシアにまともな攻撃技がないと判明した

以上、もう付き合う必要はない。当然エリカのほうもレッドがそうくるのは

わかっていたので、あまいかおりでかげぶんしんを相殺させた。その応酬は

しばらく続き、膠着状態となった。レッドとしてはラフレシアを早々に

倒してしまってもいいが、できれば回避率が正常に戻った状態でエリカの

二体目のポケモンと対峙したい。あまいかおりの効果が残ったままでは

ねむりごなやしびれごながとても危険であり、危うい戦いを強いられるからだ。

 

「こりゃあ長いバトルになりそうやで。まだ誰も戦闘不能になっとらん」

 

「やつが自分で言ったからな。少しでもレッドとのバトルを長く楽しみたいと。

 どうせ負けるんだからもっと早く進めてほしいものだが・・・・・・」

 

この時点でこれまでの三試合よりも時間のかかるバトルになるというのは

ほぼ確定していた。アカネとカツラのバトルもかなりの長期戦だったが、

その倍以上の試合時間を要するかもしれないことに、対抗戦を中継する側の

人間たちの動きが慌ただしくなった。終了まで放送するとしているが、

これでは最終第五試合、その後の展開などは何時になるかわからない。

大きな変更や調整が求められるだろうが、一部の者からは途中で終えてもいいという

意見が出始めていた。その要因はナツメとフーディンの危険性だ。

 

「ラジオはともかく・・・テレビはどうでしょう。殺人が起きるかもしれませんよ」

 

「前回は未遂だったとはいえ危なすぎます。流せませんよ、とても」

 

自分たちに逆らう無能なトレーナーやそれに従うポケモンを除き去ると宣言している

彼女たちの試合では死人が出るかもしれない。慎重に検討する必要がありそうだ。

 

 

「・・・・・・もういい、マック!かみなりだ!」

 

「チュワアアァ―――――ッ!!」

 

我慢比べで先に折れたのはレッドだった。ピカチュウの体から多量の汗が流れ落ちて

いることに気がつき、これ以上消耗する前にひとまずラフレシアは倒してしまおうと

決めて作戦を変えた。あのラフレシアは悪く言えば捨て駒だ。そんな相手に労力を

割くべきではない。久々の大観衆の前でのバトルに慎重になりすぎていたと

レッドは自らを戒めた。多少敵の攻撃が当たりやすくなったからといってそれが

どうした、そのくらいの気持ちで戦うことでポケモンたちの能力を引き出し、

実力を遺憾なく発揮させられる。ついにレッドとピカチュウが動いた。

 

「・・・わたくしとしてはもっと楽しんでいたかったのですが・・・それなら

 仕方がありませんね。ラフレシア、あまいかおり!あなたは立派に役目を

 果たしてくれましたが、最後まで気を緩めずに戦うのです」

 

「ハァ――――・・・・・・ッ」

 

ラフレシアは倒れる寸前まであまいかおりを放ち、その後ピカチュウのかみなりが

決まったが、動きを鈍らせる香りがピカチュウに纏わりついた。

 

 

「・・・・・・」

 

『ラフレシア、戦闘不能!』

 

エリカは表情を変えずにラフレシアをボールに戻し、次のポケモンを繰り出した。

レッドたちに隙を与えないためのその動作は一切の無駄がなく、美しく流れるよう

だった。すぐに二番手のポケモンが姿を現し、バトルが再開されたが、無数のつるが

不気味に蠢く、モンジャラが登場したことで場内はどよめいた。見栄えの美しい

ポケモンを愛するエリカのイメージとは程遠い存在だったからだ。

 

 

「モ――――ン・・・・・・」

 

『エリカの次なるポケモンはモンジャラです!博士、この選択は?』

 

『うむ・・・ピカチュウのかみなりを一撃は耐えられるじゃろうが・・・』

 

強力な武器を持っているわけではなく、かみなりや10まんボルトを受けるだけなら

ウツボットやキレイハナで構わないはずなのにモンジャラときた。ピカチュウ相手に

何ができるのだろうかと思われたところで早くも先制攻撃がモンジャラを襲った。

 

「余計なことは考えるな!マック、10まんボルトで確実に攻めるんだ!」

 

「・・・ピ・・・ピカ!」

 

どうしたわけか、レッドのピカチュウにやや躊躇があった。僅かに技の始動が

遅れたが、動きの鈍いモンジャラが標的であれば些細なことだった。

 

「モギャア―――――ッ!」

 

『見事炸裂した――――っ!これがかつてセキエイ高原を熱狂させた伝説の男が

 最高の相棒だと語ったポケモンの得意技、10まんボルトだ――――っ!

 おっと、急所に当たったか!?モンジャラは悶絶しているぞ!』

 

 

どうにか耐えたが大ダメージのようだ。やはり実力の差は歴然か、誰もが

そう思ったところでモンジャラの様子が急変した。痛覚を無視して起き上がると

突然全身のつるが逆立ち、間を入れずに短い足を使って大ジャンプした。

 

「モガァ―――――ッ!!」

 

「・・・ピカッ!?」

 

モンジャラのつたがピカチュウに絡みついた。身動きの取れなくなったピカチュウに

抱きつくようにして密着したモンジャラはそのままピカチュウをしめつけた。

この拘束は見た目以上に厳しく、簡単に脱出を許さない締めつけだった。ダメージは

僅かだが、一方的に攻撃されてしまうのはよくない。ずっと続けばいつかは倒される。

 

 

「ビガァ~~~~ッ」

 

「うふふ、無駄です、もがけばもがくほど、離れようとすればするほど逃れられなく

 なりますよ?モンジャラもマックイーンさんのことはよーく覚えていますからね。

 簡単には放しませんよ。ねえレッドさん、それはわたくしも同じなんですよ」

 

エリカが笑みを見せた。だが可憐でおしとやかなお嬢様の、見る者に癒しを与える笑顔

ではない。ナツメの邪悪な笑い以上に人々に不安と恐怖を抱かせるものだった。

レッドへの常軌を逸した執着心をまるで隠そうとしていなかった。

 

「レッドさんがいくらわたくしを退けようとしても、わけも聞かないでわかりましたと

 簡単に諦めるわたくしではありません。このモンジャラのようにいつまでも

 纏わりついて絡みつきますよ~~~っ!」

 

『モンジャラがしめつける―――っ!ピカチュウピンチか―――っ!?』


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