ポケットモンスターS   作:O江原K

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第56話 みんな夢でありました

ゲームコーナーの地下に潜伏していたロケット団員たちを倒した後もレッドは

タマムシに滞在し、一月が過ぎようとしていた。すでにレッドの才能は開花

しつつあり、今からまだバッジを獲得していない残り四つのジムに向かっても

勝利できる力はあるがもっと強くなってからでも遅くはないと修業を続けた。

 

『どうでしょう、遠慮のない正直な感想を・・・』

 

『とてもおいしいです。こんな紅茶もお菓子も普通に生きていたら出会えなかった』

 

休憩時間には二人で優雅なひと時を過ごしていた。レッドの言葉はお世辞ではなく、

エリカと親しくならなければ生涯口にすることはなかったであろう高級な品々。

静かな時間が流れていたが、それを狙っていたかのような乱入者が現れた。

 

『死ね―――――っ!兄弟のかたき――――っ!!』

 

サカキがタマムシを放棄したことでほとんどのロケット団員はそれに付き従って

別の地へと向かったが、この街が故郷であるか、もしくはエリカのラフレシアの

どくのこなによって命を落とした下っ端と親しかった者たちはサカキの命令に背いて

いまだにタマムシに残っていた。その大きな目的はレッドたちへの報復だ。

エリカがアジト壊滅に介入したことも知られてしまったため、表向きはポケモンの

修業を、実際は彼女を守り敵の残党を返り討ちにするのがしばらくはレッドが

次の街へ向かわずにいた理由だった。このような襲撃は数日に一度は起きていた。

 

『いけ――――っ!ズバット!コラッタ、それにアーボ!』

 

『・・・マック、ライアン!』

 

レッドはすぐにピカチュウとカメールを繰り出し、ロケット団員のポケモンを

十秒に満たない瞬時のうちに倒した。ポケモンのレベルにそれだけの差があった。

 

『・・・く、くそが―――っ!役立たずどもめ、こうなりゃおれたちの手で・・・』

 

今回の襲撃者は二人であったが、自分たちのポケモンが倒されると一人は銃を、

もう一人はナイフを手にした。しかしその動きはすでに読まれていた。

 

『あがが・・・う、腕が動かん・・・これは・・・』

 

エリカのウツボットがつるを伸ばして男たちの武器を持つ腕に絡みついた。彼らの

動きを封じただけでは足りず、そのまま手首にまでつるは伸びた。そして、

 

『ぎゃああああああ―――――――っ!!』 『あぎゃ―――――っ!』

 

容赦なく骨をへし折った。武器を落として悶絶するロケット団員たちをよそに

レッドとエリカはティータイムを再開し、ポケモンたちも何事もなかったかのように

くつろぎ始めた。この程度の襲撃などすでに慣れ、全く問題ではなかった。

だんだんとロケット団の攻撃の間隔は空き、規模も小さくなっている。レッドたちに

恨みを持つ者たちが組織の力もなく仕掛ける脅威など、そのうち息切れし下火になって

いくのは目に見えていた。現にこの日を最後に二週間何も起こらず、もう危険は

去っただろうと、レッドはついに次の街へ旅立つことを決意した。

 

『・・・そうですか。レッドさん、あなたとの時間はとても楽しいものでした。

 別れるのは残念ですがわたくしとの鍛錬の成果、ぜひ確かめてください』

 

エリカが心から人との別れを惜しむのはこれが初めてだった。できることならば

もっとレッドと日々を過ごし、太陽のような彼がもたらす光を味わいたかったが、

更なる活躍を見届けたいというのも本心であり、彼を送ることにした。

 

『ありがとうございます。ところで・・・ヤマブキシティに向かうべきでしょうか。

 どうやらここでもカビゴンというポケモンが寝ていてセキチクシティ方面へは

 行けないみたいですから。それともこのシルフスコープを持ってもう一度

 ポケモンタワーに・・・エリカさんはどう思われますか?』

 

『そうですね、カビゴンさえいなければセキチク行きを勧めていました。なぜなら

 ヤマブキのジムリーダーはできればレッドさんと会わせたくないあの鬼畜で・・・。

 隣の格闘場が公認ジムに復帰するまでは他の街から回られたほうがよろしいかと。

 あと一つ、レッドさんに言いたいことがあります』

 

『・・・はい?』

 

『これからはわたくし相手に敬語は不要です!そしてわたくしがあなたの呼び名を

 変えたように・・・あなたもわたくしのことをエリカ、と呼んでください!』

 

『・・・・・・えーと、それは・・・・・・』

 

若い二人が見つめ合っていた。しかしその雰囲気を打ち壊すざわめきが聞こえてきた。

 

 

『・・・た、大変だ―――っ!火事だ!しかもタマムシジムからだ、出火は!』

 

『くそっ!水ポケモンたちを大量に連れてくるんだ!』

 

ジムの火災、レッドとエリカはそう聞いただけでこれは放火であり、最後まで

残っていたロケット団員によるものだとすぐに理解した。すでに犯人は

遠くへ逃げてしまっているだろうから追うだけ無駄だ。それよりもジムだ。

 

『近頃大人しくなったと安心させておいて・・・やられました。レッドさん!』

 

『・・・ああ、あいつらしかいない!僕たちもジムに急ごう!』

 

レッドはエリカの手を引いて走った。ジムに着くと、すでに消火作業が行われていた。

ジムリーダーであるエリカの姿にトレーナーや人々は安堵の声をあげた。

 

『よかった、エリカさん!もしかしたらまだ中におられたのかと・・・

 ご無事で何よりです!どうやら全焼は避けられるみたいですよ!』

 

『人とポケモンの避難は終わっています。そちらの被害はありません!』

 

建物の損害だけで済みそうだ。あとは消火が終わるのを見届けるだけだ。ひとまずは

皆と共に安心していたレッドだったが、たまたま彼だけがそれを目にした。炎のなかで

二体の幼いポケモンが震えているのを。モンスターボールから出てきてしまい、いつ

火炎の餌食になるかわからなかった。レッドは考える前に走り出していた。そして

カメールの水を自分で浴びると、そのまま火の海へと突進した。

 

『レ・・・レッドさん!?』

 

『・・・きみたちは僕が死なせはしない!そこにいろ――――っ!!』

 

 

おそらくもっと賢いやり方があっただろう。しかしレッドのポケモンを愛する心、

そして勇気が幼いポケモンたちの命を救った。もちろんその代償として入院し、

全快するまで三か月間足止めを食らった。それでもこの停滞を悪くないとレッドに

感じさせたのは、ジムも休業になったため毎日エリカが付き添ってくれたことだった。

もっとも、それまでもエリカはいつもレッドのそばにいたのだが・・・。

 

 

 

 

レッドのことを生きていくために不可欠な太陽であると言い切ったエリカ。もっと

愛する男の素晴らしさを語り続けたいところだったが、それを許そうとしないのは

レッドのピカチュウだ。どうにかモンジャラの拘束からの脱出を試みた。

 

「ピカッ!ピカッ!」

 

「モガァ・・・!」

 

僅かに動く右手で何度もパンチを食らわせる。だがモンジャラは堪えている。

ならばこれならとピカチュウの頬が光った。パンチの連打でほんの少しだけ

生まれた隙を突き、でんじはを放った。

 

「モジャァ・・・・・・」

 

『おっと!モンジャラ、マヒしたか!?とうとうバトルが動くか――――っ!』

 

ところがモンジャラの大量のつたのうちの一本が木の実を取り出して口に運んだ。

するとマヒはすぐに回復し、再び厳しいしめつけがピカチュウの自由を奪った。

 

「モジャジャァ――――――!!」

 

「ビガァ~~~~ッ」

 

エリカは最初からモンジャラを対ピカチュウの切り札としていた。マヒを治す

木の実を仕込んでいたとしてもおかしくなかった。しかし、それにしてもレッドの

ピカチュウはこの程度ではないはずだ。久々の実戦のせいなのか、明らかに

精彩を欠いている。実力通り動けばすでにこんな拘束からは逃れているはずだ。

 

「レッド、それにピカチュウ!どうしたんだよ!その程度なのかよ!」

 

「・・・グリーン・・・」

 

「何度もおれを負かしたお前らはもういないのか!?本物のお前らはシロガネ山で

 死んじまって今ここにいるのは偽物、そうとしか思えないぜ―――っ!」

 

グリーンからの厳しい声が飛ぶ。それを聞いたエリカは微笑みながら指を振った。

 

「うふふ、グリーンさん。それは違いますよ。レッドさんもマックイーンさんも

 本物であるからこそわたくしのモンジャラにまさに手も足も出ないのです」

 

「はァ!?しめつけるしかできないザコ相手にか!?」

 

「・・・わたくしとレッドさんがそうであったように・・・この二人も

 かつて愛しあっていた仲なのですから。モンジャラもわたくし同様

 確かめているのですよ、あのときの愛がいまだ変わらないものなのか」

 

ピカチュウがモンジャラを相手に初手の攻撃を僅かに躊躇うような素振りをし、

しめつける攻撃からなかなか抜け出せないのは過去に原因があった。エリカの

言う通り、二体は互いに相思相愛だったのだ。

 

 

『マックめ・・・よほどエリカのモンジャラが気に入ったみたいだ。メスの

 ピカチュウの群れに囲まれたときもここまでじゃあなかった』

 

『あらあら。わたくしたちは少し離れたところから様子を見ましょうか』

 

他のポケモンたちのいないところでピカチュウとモンジャラは並んで座り

木の実を食べていた。何かを語り合ってはいるがその言葉は人間には

わからない。実際にはこのような内容だった。

 

『でもわからないわ。なぜ私なんかのそばに?あなたはこの国で最強のトレーナーの

 最強のポケモン。私のような醜い女の近くにいるだけでよくないことになるのに』

 

『醜い?それは違うね。きみの無数のつたに隠された素顔と瞳はとても美しい

 じゃないか。皆はきみを遠くからしか見ないから決してわからない。でも

 ぼくは知っている、ほんとうの顔が、そしてそれ以上に心が綺麗であることを!

 仲間への気遣い、主人への献身・・・そこにぼくは惚れたんだ』

 

『まあ・・・そんなことを言われたのは初めてだわ!うれしい・・・夢みたい』

 

『きっとぼくたちのマスターも認めてくれるはずさ。もっとも・・・ぼくらより

 あの二人のほうが先にくっつきそうな気がするけどね』

 

 

もちろんこんな会話をしていることはレッドたちにはわからない。ただ自分たちの

ポケモンがそういった仲であるのはよほど鈍くなければ察することができるだろう。

いまだにモンジャラはピカチュウを愛し続け、主人と共に姿を消してしまったときは

エリカと同じように元気をなくしていたが、再会に心躍らせていた。できれば

ピカチュウ、そしてレッドの気持ちを動かし、この戦いをやめさせてまた人も

ポケモンも親密な関係に戻れたら・・・その思いからの渾身のしめつけだった。

 

「モジャ――――ッ!!」

 

『エリカとモンジャラ!かつてのセキエイの名優相手に大金星なるか――――っ!?』

 

ピカチュウの抵抗が弱まっていくが、その目はまだ死んではいない。きっかけさえ

あれば復活は可能だった。ピカチュウにとってそれは固い絆で結ばれた相棒の声だった。

 

 

「マック!こんなところで・・・このまま終わるつもりか――――っ!」

 

「ピ・・・ピカ・・・」

 

「お前もあの日、僕に賛同していっしょにシロガネに登っただろう!すでに未練は

 断ち切って新たな段階に進もうと誓ったじゃないか!その覚悟を見せてくれ!」

 

レッドからの喝が飛んだ。人間相手には言葉の少ないレッドだがポケモンとは

よくコミュニケーションをとる。だから彼が失踪したとき、人間との接触が

億劫になって自分とポケモンだけの世界に向かったのではないかという

推察があったが、シロガネ山の環境を考えればそこまで間違っていなかった。

 

「いけ!マック!しめつけから抜け出して10まんボルトだ―――っ!」

 

 

レッドの指示にピカチュウも吹っ切れたか、バトル開始時の活力が戻ってきた。

 

「ピ~~カ~~~・・・チュアァァ――――――ッ!!」

 

「モガ!?」

 

ピカチュウがモンジャラのつたを千切らんばかりの勢いでしめつけから強引に

脱して高く舞い上がった。そして迷いを振り切って全力の電撃を放った。

 

 

「ピカ――――――!!!」

 

『モンジャラから解放されたピカチュウ!ついにその実力の真価を再びセキエイで

 見せつけた――――っ!これが王者の必殺技だ――――っ!!』

 

すでに一度攻撃を受けているモンジャラが受けきれるはずもなく、静かに

倒れていった。そのとき美しい二つの瞳からは涙が舞っていた。どうして、

そう言いたかったのだろうか。それとも、あの日々はみんな夢であったと

主人より一足早く悟り、悲しい現実を受け入れて涙していたのか。

 

「モ・・・モジャ・・・・・・」

 

『決まった――――!モンジャラピクリとも動かない―――っ!』

 

審判団からも戦闘不能の合図が出され、エリカはモンジャラに対して小さな声で、

 

「・・・ごめんなさい」

 

そう呟いてからモンスターボールに戻した。一方ピカチュウのほうも心身ともに

ひどく疲労していた。久々の戦いであることに加え、親しいモンジャラを自ら

決別する形で倒したのも響いている。レッドに戻るようにと指示されても、バトルの

始めとは違いゆっくりと歩くようにしてレッドのもとへ緩慢な動きで帰っていった。

その隙に、まだピカチュウが戻りきらないうちにエリカは最後のポケモンを繰り出した。

 

「フシャ――――ッ」

 

『これは・・・フシギバナです!エリカのラストはフシギバナ!確かに植物の

 ポケモンではありますが・・・』

 

エリカの使うポケモンとしては馴染みのないフシギバナ。ウツボットやキレイハナ

ではなくあえてフシギバナを選んだことには理由があった。

 

「さあレッドさん!あの修業の日々を思い出されたでしょう。わたくしは草ポケモンの

 扱いに関してはカントーで一、二を争う者です。あなたのポケモンたちを同時に

 鍛えたときも一番成長したのは当時フシギソウだった、その名をブライトという

 あなたの主力ポケモンでした。いまもう一度語り合おうではありませんか!

 レッドさんもフシギバナ・・・ブライトさんをお出しください!」

 

フシギバナ同士を戦わせようというのだ。いつかこうした機会が来ると信じ彼女は

一から育成を始め、レッドと戦えるほどのレベルにまで仕上げていた。

 

「おそらくは長期戦となるでしょう。その間にあなたとの・・・・・・」

 

またしても試合時間を引き延ばそうというのか。アカネはげんなりとした顔で

もう好きにしてくれといった様子だった。しかしエリカの望み通りとはいかなかった。

 

「・・・いけ、パーマー」

 

レッドが選んだのは指名されたフシギバナではなく、リザードンだった。爆発力のある

攻撃型のポケモンであり、しかもエリカのポケモンたちからすれば天敵中の天敵だ。

パーマーという名の炎を操る人気の高い翼竜の登場に場内からは歓声が沸いた。

 

 

『ここでついにリザードンだ!相手を考えたならば当然の選択!』

 

「どうして最初から使っていなかったのか、それが不思議なほどだ。余計な

 ポケモンたちなど挟まなければ勝負は早かっただろうに。こいつの存在が

 あったからこそわたしはエリカに勝機はないと言っていたのだ」

 

「ホンマやな。せやけどこれで終いくらいはスンナリ決まってくれそうや」

 

場内からも特に異論のない選出だった。要望を拒否されたエリカだけがただ一人、

 

「・・・・・・は?」

 

取り残されるようにしてリザードンを呆然としながら見ていた。


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