ポケットモンスターS   作:O江原K

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第58話 孤立無援の唄

 

レッドがチャンピオンになって三か月、この日は王座の防衛戦ではないが大会が

開催された。参加トレーナーは僅か九人、最高の格付けがされているわけでもないのに

大きな注目が集まっていた。レッドの強さを聞いた、セキエイの他にこの国にあと二つ

存在するポケモンリーグ、その二人のチャンピオンが参戦していたからだ。

一人は『南の皇帝』、もう一人は『北の女王』と呼ばれ、レッドよりも長く王者として

君臨していた二人であり、自分がレッドよりも強く、またカントーとジョウトよりも

自分たちの地方のほうがレベルが高いことを証明するためにやって来たのだ。

 

カントーからはワタルやグリーンも出場し、近年稀に見る盛り上がりだった。

三人ずつ三組に分かれ各組の一位と、二位の中で成績が最も優秀だったトレーナーで

決勝トーナメントを行うという方式だった。全くの同率であった場合の規定も

あったが、結局適用されることはなかった。三人のチャンピオンによる三強対決と

注目されたこの一戦であったが、結局レッドの圧勝だった。

 

『決勝戦終了――――っ!やはり最後に勝者として立っていたのはカントーの、

 いや!この国の王者レッドだ――――っ!』

 

グループ戦で北の女王を完封し、準決勝では予選リーグでグリーンを倒した南の皇帝を

難なく下し、決勝戦でワタルを相手に完勝。全バトルを通して戦闘不能とカウント

されたポケモンの数はたったの二体、非の打ち所がない優勝であった。

レッドの強さはここに完成されていて、その戦法は『逃げて差す』。エースの

ピカチュウを最初に繰り出して敵数体を撃破。相性の悪い相手が出てきて交代と

なってもレッドの勢いは落ちず逆に突き放し、再びピカチュウが登場し最後を

締めることも多々あった。特にこの大会では誰もレッドの影すら踏めなかった。

 

 

『・・・ぼくが一番強くて凄いと思っていたけれどそうではなかったようだ』

 

『彼なら海外でも通用するわ。ポケモントレーナーとして完璧の存在ね』

 

侵略者たちもレッドを褒め称えて帰っていくしかなかったが、その強さをこの身で

味わったことをむしろ喜んでいた。その誠実で素直なところもレッドの人気が

高まる大きな要因であり、多くのファンから愛された。彼の覇権は長期に渡って

続くと言われ、セキエイのポケモンリーグ本部を支配する長老たちにとっても

それはよいことであったので、余計な介入を一切しなかった。

 

 

誰もが認める最強の座を得てから二十日後、レッドは誰にも見つからないようにして

エリカを呼び、二人きりの時間を過ごしていた。そこで彼は勇気を出して言った。

 

『・・・エリカ、明日の大会で優勝したら伝えたいことがある』

 

『・・・・・・はい、お待ちしております』

 

レッドの優勝は揺らがない、あとは彼とそのポケモンたちがどんな勝ちっぷりを

見せてくれるかが人々の楽しみだった。今回の大会の格や賞金は彼が強豪たちを破った

ときよりも上であったが、ワタルもグリーンも出場しない、主なライバル不在の

楽なバトルになることは目に見えていた。それでもレッドに慢心も油断もない。

絶対に勝つという強い気持ちで臨み、エリカにあることを伝えようという一大決心を

していた。そう、この日までは彼はその気持ちでいたのだ。それなのに悪夢は起こった。

 

 

翌日、チャンピオンの座を返上するという書き置きと共にレッドは突然姿を消した。

協会や知人友人たちの捜索もやがて打ち切られ、彼の伝説は幕を下ろした。

しかしその後、南の皇帝や北の女王、更にレッドの後を継いでチャンピオンになった

ワタルの活躍が、彼らに完勝したレッドの評価を限りなく高めるものとなった。

 

ゴールドに敗れるまで約三年もチャンピオンの座を守ったワタルは、『おれがあっさり

負けてしまったらレッドくんまで弱いと思われる。それだけは避けたかった』と

語っている。レッドがいなくなった直後、セキエイの四天王が三人も交代し、

カントーとジョウトの各地のジムでグリーンたち若いジムリーダーが次々と誕生した。

 

時代が急速に流れていたが、エリカだけがあの日、約束を残したままレッドが

いなくなり、主役不在のまま大会が行われ『沈黙の日曜日』と呼ばれた日のまま

時が止まっていた。彼女の太陽が消えたので、新しい朝が来なかったからだ。

 

 

 

 

『フシギバナ先制のねむりごな――――っ!リザードンは熟睡だ――――っ!!』

 

リザードンを眠らせ、その間にせいちょうを使いパワーアップ。絶望的な勝負かと

思われたがエリカの逆転の目はまだ残っていた。戦術自体はエキスパートである

エリカでなくとも容易に考えつくものであった。エリカが特別なのはフシギバナの

ねむりごなの精度を信じられないほどに高めたことにある。命中、威力、持続性、

全てにおいてだ。才能に満ちたエリートトレーナーであってもここまでフシギバナの

力を引き出すのは不可能で、さすがは草ポケモン使いを集めたジムのリーダーだった。

 

 

「まさかあれほどのものだったとは・・・これならばやつの勝機も見えてきた。

 ポケモンの訓練など従者どもに任せているのかと思っていたが違ったようだ。

 伝説の王者レッド、またの名を『サイレンス・スズカ』と呼ばれた男を覚醒させたと

 いうのは誇張ではなかったか。わたしとしたことが少々見誤っていたか」

 

一回のねむりごなだけで思わずナツメをも唸らせた。勝利の可能性などないと

終始口にしていたのに、勝機も見えたと言わせたのだ。

 

「あとはフシギバナの得意としている有名な技、あれを使えば・・・」

 

「わかった!やどりぎのタネや!どんどん体力を吸い取ってまうタネさえ

 植えたら相性なんか関係ないわな。途中で起きさえしなきゃ・・・」

 

眠らせ、宿り木で体力を奪い、あとはリザードンが目覚めたらまた眠らせるか

すればいい。もしレッドが交代してくるのを読めたなら出てきたポケモン相手に

生長して破壊力の倍増した攻撃をぶつけてやればいい。引っ込むことで宿り木は

消えてもリザードンは眠ったままだ。ここまでエリカはレッドの思考を完全に

読み切っている。そうなれば一気に形勢逆転、エリカの勝利となるだろう。

 

「・・・・・・・・・」

 

「わかっていますよレッドさん、あなたはここで交代はしません。ですから

 わたくしは・・・こうさせてもらいますよ!」

 

ほぼ間違いなくやどりぎのタネが飛び出す。誰もがそう思った。ところが、

 

「フシギバナ!にほんばれ―――っ!」

 

「・・・・・・!?」

 

全く別の技、にほんばれが発動し、日差しが強くなった。こうなるとフシギバナの

残る一つの技はもうわかっている。ソーラービームだ。なんとやどりぎのタネは

使えない状態だったのだ。攻撃技を持たないラフレシア、しめつけるしかない

モンジャラ、そして勝利の方程式を捨てたフシギバナ。最初から最後まで

見る者を混乱させる技構成であり、サカキやナツメですら到底理解できない世界だ。

 

「・・・・・・こんなエリカ嬢は初めてだ。目指しているものが一切不明だ」

 

「安心したぜ、あんたもか。おれだけじゃなくてよかった」

 

 

この選択にはレッドも驚いた。かつてエリカが指導してくれたときも、こんな

戦法は教わっておらず、理にかなっているとは思えないからだ。

 

「エリカさん、どうしてこんな戦術を?もし僕のフシギバナ、ブライトと

 勝負する展開だったとしても、ソーラービームではなくやどりぎのタネを

 生かしたやり方のほうがいい。あれだけ強力なねむりごながあるのなら」

 

その問いに対しエリカは僅かに微笑んだ。彼女には始めから確たる意図があった。

 

「・・・これまでわたくしのポケモンたちはほとんど草ポケモンならではの技を

 使いませんでした。ですから最後・・・このフシギバナには最大の大技を

 披露させないと、わたくしが何のエキスパートなのかわからなくなって

 しまいますからね。決着はやはりソーラービームでなければ!」

 

「・・・・・・そんな理由で・・・」

 

「特訓の際に初めてソーラービームを披露したとき、あなたはとても目を輝かせて

 いました。いつか自分のポケモンたちにもこの技をマスターさせてみせると

 張り切っておられたのも覚えています。ならばこの再会の舞台で使わない

 わけにはいかないでしょう。あなたが来てくださるという予感がしたときから

 フシギバナにはソーラービーム一本で調整させました!」

 

それを聞いたレッドの表情は曇っていた。自分のために定石を捨て、かなり強引で

エリカらしからぬバトルの構築に至ったのだと知り、胸が痛んだ。しかしここで

己を曲げるわけにはいかない。ピカチュウがモンジャラを断腸の思いで倒したのだから

自分がしっかりしなくてはどうする、レッドは帽子を深く被り直してから言った。

 

「・・・エリカさん、もう一度言おう。僕のことは忘れるべきだ。いまのあなたは

 見ていられない。あの優雅で華麗にバトルを魅せるエリカさんはどこへ行ったのか、

 それが僕のせいであるというのならすぐに目を覚ますべきだ。本来のあなたを

 完全に失う前に目を覚ましてほしい、そのために僕は会いに来たのだから!」

 

「そいつの言う通りだ!くだらん夢を見て寝ぼけているみたいだな、エリカ!

 馬鹿な考えに支配されずにやどりぎのタネを残しておけばまだ勝機はあったと

 いうのに・・・ずっと眠りながら戦っていたようだな、お前は!」

 

レッドに続きナツメからも厳しく言われた。昼寝が毎日の習慣のエリカではあるが、

起きながらにして目を覚ませと指摘されたのは初めてだった。

 

「エリカ~、気の毒やけど新しい出会いを探したほうがエエって。カントーに

 いい男がおらんっちゅう話ならうちの知り合いを紹介してやるで。せやから

 もうレッドはきれいさっぱり諦めて、顔を洗って目覚めたほうが・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

完全に孤立無援。エリカの行いを誰も肯定してくれなかった。もちろんレッドが

自分を案じているためにあのような言葉をかけてくるのはわかっており、アカネの

声の調子からして、彼女も同情してくれている様子が感じ取れる。エリカもそれは

知っている。しかしいま、日照りのはずなのに心には冷たく寒い風が吹いていた。

せめてレッドだけには自分の思いを理解してほしかった。打ちひしがれる彼女に

ナツメは畳みかけるように荒い口調で野次を飛ばした。

 

「おいおいどうした!のんびりしていると日照りが終わってリザードンが目覚めて

 しまうぞ?とっととご自慢のソーラービームを撃ったらどうだ!それともまた

 眠気が襲ってきたから億劫になったか!?寝るんだったらバトルの後で・・・」

 

 

「お黙りなさい!あなたのような鬼畜に何がわかるというのですか!人の心を

 持たない悪魔め、あなたなんかにわたくしの辛い心が・・・」

 

エリカは燃える怒りを隠さずにナツメに叫ぶ。しかし魂の叫びすらナツメには

全く届いていないようで、嘲笑しながらの短い返答が戻ってくるだけだった。

 

「わからんなぁ!お前の寝言に等しい言葉など全くわからん!」

 

「当然そうでしょうね!あなただけじゃない・・・わたくしが眠っているなどと

 言うのですからレッドさんですらわたくしからは遠く離れてしまったようです。

 わたくしは今日ようやく長かった悪夢から目覚めたのです!暖かい太陽を、

 生きる意味を失った、その悲しみの日々がやっと終わったというのに!」

 

 

エリカは昼も夜も、睡眠時間の長さに関わらずよく夢を見ていた。その内容は

いつも同じであり、姿を消したはずの彼が突然帰ってくるというものだった。

 

『・・・あなたは・・・レッドさん!』

 

『エリカ、元気そうでよかった。何も言わずにいきなりいなくなってごめん。

 でももうどこにも行かないさ。これからはずっといっしょにいられるよ』

 

『レッドさん・・・!今度こそ、絶対に離れずに・・・・・・』

 

その感動の再会はエリカが目覚めたときに終わり、彼のいない現実に戻される。

たった一人、広い部屋の中で孤独を味わうだけだった。

 

 

「・・・そのたびに枕に顔を埋め声を殺して嗚咽する・・・あなたたちには・・・

 命をかけた愛を知らないあなたたちには決してこの気持ちはわからない。

 いや、わかってなるものですか――――――っ!」

 

エリカの頬を涙が伝う。表面上は勢いよく怒っていても、内奥の感情を制御できなかった。

 

「エ、エリカ・・・・・・泣いとるんか?」

 

すぐに着物の袖で目元を拭うと、エリカはバトルフィールドに視線を戻し、

 

「うふふふ・・・あはははは!やや無駄話が過ぎましたね、そろそろ頃合いでしょう!

 わたくしの愛を全てぶつけて差し上げましょう!フシギバナ、遠慮は無用です!

 全身全霊の力でソーラービームをぶつけてやりなさい――――っ!」

 

いまだに寝息をたてているリザードンに大技をぶつけるようにと命令を出した。

 

「フッシャア―――――――ッ!!」

 

それに応えたフシギバナが、強烈な日照りの力を借りてソーラービームを放った。

他の技をほぼ放棄してねむりごなとこのソーラービームの切れを磨いてきたのだ。

幾度となく繰り出した技だが、フシギバナは生涯で最高の手応えを感じていた。

主人の思いも乗せて、一心に目の前の敵に叩きこんだ。

 

 

『これは凄まじいソーラービームだ―――――っ!眩しい光のせいでフィールドの

 すぐそばにいる私たちでも一体どうなったのか確認することができません!』

 

『この日差しなら連射が可能じゃ!果たしてどれだけダメージが入るか!』

 

フシギバナは間髪入れずにもう一発放つ。いかに太陽の光はあるとはいえ大技を

連続して使えば疲れはある。エリカと共に渾身の攻撃の結果に注目した。

 

「ゼェ―――――・・・・・・ゼェ――――・・・」

 

『ソーラービームによる光が弱まる――――っ!リザードンは無事なのか――――!?』

 

緊張の一瞬だった。リザードンは倒れたか、それとも踏みとどまっているのか。

それが明らかになった瞬間、場内からは大きな歓声が沸き上がった。

 

 

「・・・・・・フワァ~・・・・・・」

 

リザードンは両腕を伸ばしあくびをしていた。何かあったのか、そう言いたげな

表情で起き上がってきた。ほとんどダメージは受けていないようだ。

 

『こ、こ、これは・・・何事もなかったかのようです!レッドのリザードン、

 余裕を持って起床!エリカとフシギバナの執念の一撃は届かず―――っ!』

 

「な・・・なんてこと!フシギバナ、もう一度眠らせるのです!ねむりごな!」

 

「フ、フショ――――ッ!!」

 

慌ててねむりごなでリザードンを再び眠らせる。しかし先ほどよりも明らかに

寝始めたのが遅い。おそらく耐性がついてしまい、この後すぐに起きてくるだろうし

次は最初から効かないかもしれない。幸い日差しはまだ強かった。だが・・・。

 

「・・・だから目を覚ませと言ったんだ。リザードンに草の技なんてほとんど

 通用しない。しかもあのレッドのポケモンが相手なんだ、効果が抜群の技で

 攻め続けるか何らかの考え抜かれた対策がない限りはダメージは通らない。

 愛の力だの思いの強さだの・・・そんなもので勝てるか、馬鹿が!」

 

「ま・・・まだまだ!フシギバナ!諦めずに撃ち続けなさい!」

 

ソーラービームを力の続く限り放つ。しかしリザードンは倒れなかった。

 

「フシャ――――!フシャ―――――・・・」

 

「・・・ホワァ~~ア・・・・・・」

 

とうとうフシギバナが息切れしたところでリザードンが二度目の目覚めだ。

 

『これは危険だ――――っ!この日照りが今度はリザードンの味方だ――――っ!!』

 

エリカのフシギバナは昔からのポケモンではなく、つい最近から本腰を入れて

育成されたため、今回出番がなかったウツボットたちのほうが能力は高かった。

無論そのポケモンたちであってもリザードンに勝利するのは難しかっただろうが、

レッドの持つフシギバナと勝負させたいという理由だけで、若くて経験の浅い

ポケモンを優先してしまったエリカはレッドやナツメの言葉を用いるならば

『目覚めていなかった』。長かったバトル、その最後は何の波乱も起きなかった。

 

 

「パーマー、これならだいもんじを出すまでもない。かえんほうしゃだ!」

 

リザードンのかえんほうしゃ。逃げ場のないフシギバナは激しい炎に飲み込まれた。


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