ポケットモンスターS   作:O江原K

6 / 148
第6話 氷の世界

 

ワタルとカンナの一戦は、互いに残り一匹となったところでワタルのカイリューが

いきなりのはかいこうせんをラプラスに直撃させた。あまりの破壊力に壁が崩れ、

土煙はやむことなく、空間全体がびりびりと震えているようだった。

 

「うーむ・・・このスタジアムはナツメとあいつのフーディンが超能力で

 生み出したものなんだから壊しても弁償しろだなんて言われないよなぁ?」

 

ワタルの冗談交じりの言葉にもカンナは顔を伏せたままだ。自身が最も信頼し、

そして愛を注いでいるラプラスが早々にこのような事態になってしまったことに

ショックを隠し切れないようだ。肩が震えているようにも見える。

 

「しかしカンナ、お前がこの男社会に不満を抱えていたなんて気がつかなかった。

 昔よりはまともになっているはずだが・・・まさかリーグ本部のお偉いサンの

 エロオヤジにセクハラされたか?尻でも触られたとか・・・」

 

言葉は相変わらずジョークを入れていたが、心からカンナを心配し、気遣っていた。

ドラゴン使いワタル、彼を嫌う人間はほとんどいない。上に立つ者はたいてい

『やっかみ』や『粗探し』のターゲットになるというのに、リーダーシップに

満ちた人格者であるこの男は多くの人々から信頼され、愛されていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

「わかった。どうせお前たちのせいでポケモンリーグの新ルール制定は先送りに

 なったんだ。セクハラや差別をした人間には厳しい罰則を与えるというものを

 付け加えておく!どんな階級だろうとベテラントレーナーだろうと例外はない。

 それでいいだろう。さあ、早くラプラスをモンスターボールに戻すんだ」

 

 

ポケモンも普通の生き物と変わらない。バトルで重傷を負ったのに適切な処置を

施さずにそのまま放置していたら死んでしまう。だがポケモンが特別なのは、

モンスターボールに戻すことで容態が悪化するのを抑えることができるのだ。

その後はポケモンセンターに運び治療を受ければ傷も気力もすぐに癒えてしまう。

よって、公式のポケモンバトルで死んでしまったポケモンの例などほとんどない。

 

カンナも勧めに応じてラプラスを引っ込めるべきだったが、いまだそうしようとは

しない。いまこの状況でそれをすることは試合の敗北を意味するからだ。

 

「・・・カンナ、お前はあんなにポケモンのことが好きだったじゃないか。

 もう十年以上の付き合いだからよくわかっている。自分の主義主張を通すために

 危険な目に遭わせるなんて考えられないことだ。特にそのラプラスはお前の

 命と同じほど、いや、それ以上にずっと大切にしているだろう。まあそれが

 行き過ぎておれ以外には人間の話し相手は全然いなかったくらいだったな」

 

「・・・・・・・・・」

 

「おっと、それはいいか。大切なのは昔よりもいまの話だよな。もう勝負あった。

 後々ずっと後悔するようなことになる前に・・・・・・」

 

いまだワタルと顔を合わせずに下を向きながら震えているカンナ。こんな反乱を

起こしたのだ。あっさり負けたとなったら何も得られず、失うものばかりだ。

とはいえ意地になってポケモンを死なせてしまったら一生の傷となってしまう。

どうにか賢明な判断をさせようとワタルは説得を続けていたが、何やら様子が

おかしいことに気がついた。カンナが堪えているのは悲しみでも涙でもなく・・・。

 

 

「・・・く・・・くくく、あははははっ!!」

 

笑いだったのだ。決して壊れてしまったわけではなく、確固たる理由が

あっての笑い声。絶望など一切ない、自らの輝かしい未来を確信する顔だった。

 

「な・・・なんだ!?どうして笑っていられる!?」

 

「あはは、だっておかしいもの。これほどまでに考えていた通りに物事が

 進むのだから。まさかこんなに完璧にいくとは思わなかったわ!」

 

 

煙の中で何かが動いている。やがて一歩ずつ前へと進んでくるそれは、

他でもないカンナのラプラスだった。はかいこうせんを食らいながらも

戦闘不能になることなく、よろめきながらもカイリューを睨みつけていた。

 

「・・・ラァ~・・・・・・」

 

「う・・・嘘だろ!そのラプラスは今まで一回もカイリューのはかいこうせんを

 耐えたことがなかった!なのにこの大一番でどうして・・・」

 

「私もラプラスもずっと悔しい思いをしてきたわ。だから四天王をやめた後は

 体力の強化、そしてはかいこうせんをくらっても一撃では倒されないように

 受けきる特訓に励んできた。いつかあなたと戦い一矢報いてやろうとね。

 その機会がこんな大舞台で来るなんて!確かにほんとうに耐えられたのかは

 不安だったけれど、他でもない私が信頼してあげなくてどうするの!だから

 意地でもボールには戻さなかった。さあ、形勢は大逆転ね」

 

カイリューがはかいこうせんを放った反動で動けなくなっている。ラプラスの

吹雪は威力こそ絶大だが命中率が不安定という弱点があったが、棒立ちの相手なら

何てことはない。余裕をもって技の準備に入り、呼吸を整えていた。

 

カンナが氷の女と呼ばれる理由に、勝負が決まった後の冷静さがある。これは

普通のトレーナーとは真逆だった。いかにバトル中は何があろうと動揺を

見せずに指示を出すトレーナーでも、勝敗が決したそのときには最高の笑顔、

絶叫にも近いおたけびをあげ、また泣きわめいたりする。カンナの場合は

戦いの間は声を張り上げ感情を露わにしても、決着の際には落ち着き払って

その結果を淡々と受け入れる。いまのカンナは先ほどまでの激情にはない。

つまり、もう戦いは決したのだ。自分の勝利が完全に決定した瞬間だ。

 

 

「・・・本気でお前と戦って負けるのなんていつ以来だったかな。そうか、

 おれも忙しい合間を縫ってトレーニングの時間をつくってはいたが・・・

 やはりあの程度では足りなかったということか・・・」

 

まだ少年とも呼べるゴールドが新たなチャンピオンとなったことで、彼の手助けを

したり、またリーグ本部のために奔走し、更には個人的にポケモンを使い悪事を働く

者たちを懲らしめていたりと、ワタルの日々は多忙を極めていた。ポケモンの

訓練と調整のための時間が足りなかったことを惜しむのと同時に、自分がカンナの

言葉によるところの『軽く見て、見下してくる者たち』の一人になってしまっていた

ことを強く悔やんだ。まさか負けないだろうという気持ちがどこかにあったのだ。

ポケモンを愛し、信頼するという彼女の芯が変わっていなかったことはワタルにとって

唯一の救いであったが、その歩みを止められないのは無念の一言に尽きた。

 

 

「さて・・・もういいでしょう。バトルの最初でも聞いたけれど、最後にもう一回

 聞いておく。あなたなら多少の調整不足があろうが私以外の四人が相手なら

 まず勝利は揺らがなかった。なのになぜ相性最悪の私を相手に選んだの?」

 

「・・・ナツメの言う通り、ポケモンリーグの中核の腐敗は事実だ。それを

 お前たちがどうにかして変えてやりたいって気持ちもよくわかる。だがな、

 事はそんなに簡単じゃない。悪いことは見逃せないこのおれですら仕方ないかと

 妥協せざるを得ないところがあるくらいだ。正しいことをしようとすればするほど

 それを潰そうとするやつらの数が増え、姿や声が大きくなるんだ」

 

知能が高く人間の会話の内容をわかっているとされるラプラス。話は終わったと

判断したのか、大きく息を吸い込んだ。吹雪のための最後の仕上げが終わった。

 

 

「お前はそのラプラスをはじめ、自分のポケモンに注ぐ愛情にかけてはおれの知る

 トレーナーのなかでは一番だ。もしお前が望み通り協会の頂点に立ったとしたら

 余計な戦いや心労のせいでポケモンに構ってやれる時間が確実に激減する。

 お前からポケモンとのふれあいの時間を奪うようなものから守ってやりたかった」

 

「・・・・・・・・・」

 

「いくら分が悪い相性とはいえお前を止められる可能性があるのはおれだけだった。

 他のやつらはとにかく・・・お前だけはおれがどうにかしてやりたかった・・・」

 

無念そうに下を向いて唇をかみしめるワタル。カンナはしばらく彼をじっと見ていた。

そこにどんな感情があったのかはわからないが、氷の女の顔のままだった。

 

 

「・・・相変わらず余計なお節介を・・・。まあいいわ。それだけ聞けたらもう

 話すことはない。ラプラス!」

 

「プラァ―――――――ッ!!!」

 

主人が自分を呼ぶ声に、待ってましたとラプラスは渾身の吹雪を口から放った。

動けぬカイリューはどうしようもできず、自らに迫る天敵の一撃を受けるしかなかった。

 

 

「カガッ・・・・・・」

 

「・・・・・・戻れ、カイリュー」

 

 

『あ―――っと、ワタルの二体目、カイリューが戦闘不能!戦闘不能です!

 急遽始まったこの対抗戦!最初の勝者は女革命軍の『氷の女』、カンナだ!

 互いにノーガードを貫いた激しい戦いはカイリューの必殺技をギリギリで

 耐えたラプラスによる吹雪で決着!カンナに軍配があがった――――っ!!』

 

 

場内が大歓声に包まれた。短い試合時間ではあったが、大型ポケモン同士の

派手なバトルは見る者たちを魅了した。ナツメの後ろに立っているフーディンが

指をパチンと鳴らすと試合が終了したこの会場の様子は映されなくなった。

 

「・・・・・・ワタルさんが・・・そんな・・・・・・」

 

チャンピオンのゴールドが、眼前の信じられない結果にいまだ呆然としていた。

実際にチャンピオンの座をかけて死闘を繰り広げた相手だからこそ、その敗戦に

意気消沈していたが、その彼を力づけるようにグリーンが肩に手を置いた。

 

「・・・いや、しかしいい戦いを見させてもらったぜ。確かにカンナに勝てると

 したならワタルしかいなかった。ただ一勝するだけなら他の誰を選んでも

 よかったのにあえて一番の難敵を潰そうとしたその心意気、確かに受け取った」

 

「・・・そうですね。それにまだ四試合ある。あとの皆さんは・・・」

 

残りのスタジアムでも熱戦が繰り広げられていた。このバトルの結果にそれぞれ

思うところはあるだろうが、真剣バトルの最中であるため誰も気を散らしたり

しない。目の前の敵を、そして自分のポケモンに全意識を向けている。

 

 

『お――――っと!動きがあったのはやはりポケモンリーグの最高峰のトレーナー!

 四天王と呼ばれる二人のバトルが繰り広げられるスタジアムだ―――っ!!

 明らかに不利な状況で劣勢を強いられていたヘルガーの炎が炸裂した――――っ!!』

 

カリン対シバ。ゴールドたち、そして観客の目はこの戦いにいっせいに向けられた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。