ポケットモンスターS   作:O江原K

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第66話 あの時代からの使者!

自らを神によって転生したポケモンであると明らかにしたフーディン。ポケモンが

人間の上に立ち人間を支配する世界を目指し、そこにいるべきではない者は容赦なく

裁き粛清するという信念も、前世での記憶に関わるようだ。フーディンは話を

数十年前、カントーやジョウトのみならずこの国の全てが狂っていた時代に定めた。

 

 

「・・・グリーンさん、あなたも一応知ってはいるでしょう。あなたが生まれる

 ずっと前、この国は大きな戦争に巻き込まれていたことを」

 

「あ・・・ああ。当たり前だ。知らねぇやつなんかいないだろうよ」

 

「ですがあなた・・・いや、あなた方は真にあの時代のことを知ってはいません。

 ろくに教えられてもこなかったでしょうし・・・よく聞きなさい。あの日

 人間たちがポケモンをどう扱ったか、その全てを!」

 

 

 

 

カントーのセキエイ高原、この国のポケモンリーグのなかでも最も歴史は古く、

ポケモンバトルが始められるようになったときにはすでに頂点を決める戦いは

この会場で行われていた。大規模な改修や増設を繰り返しながら百年以上も

チャンピオンを決める最高峰のバトルが人々を熱狂させた。だが、それが

中断されていた時期がある。フーディンが言う、数十年前のあの時代だ。

 

『ポケモンたちを我らに差し出せ!それが義務、御国のためだ!』

 

戦況が悪化していくにつれ、ポケモンたちを戦争のために使うべきだという

軍部の主張が通り、ポケモンバトルで技を競い合うためではなく、敵国の

人間を標的とした殺傷力を持つ兵器としてポケモンはトレーナーたちから

引き離され、利用されることとなった。一般市民のポケモンはもちろん、

ポケモンリーグの第一線で活躍していたトレーナーのポケモンすら奪われた。

逆らえば逮捕され激しい拷問を受ける、それから逃れる手段はなかった。

 

『・・・こいつはいいな・・・体力がありそうだ。いい武器になりそうだ』

 

『ま・・・待ってくれ!頼む、金目の物なら何でも差し出す、ポケモンだけは・・・』

 

『黙れ!お前らが趣味や遊びで戦わせたり飼育したりするよりも御国のために

 死んだほうがポケモンどももずっと喜ぶことだろう!遥かに価値のある事柄に

 命を最後の血の一滴まで捧げることができるのだからな――――っ!!』

 

こうしてポケモンたちまでも戦場に投入していったが、すでに敗戦は濃厚だった。

だが戦争は終わらず、この国のポケモンは更に過酷な環境へと追いやられていった。

人間の食べるものすら足りないのだ、ポケモンに与える食事などろくに用意できず、

全国の教育施設やセキチクシティのサファリで飼育されていたポケモンたちは

餓死したか、その前に殺される例が後を絶たなかった。

 

そして戦地に送られたポケモンたち、その背には爆弾が括りつけられていた。

もはや少しでも敵の命を奪うための使い捨ての道具にすぎなかった。バトルの際に

技として繰り出すじばくやだいばくはつとは違い、瀕死どころではすまない。

木っ端みじんになって死んで終わりだ。無数のポケモンたちが戦場に消えていった。

やがて民間人や野生のポケモンも空爆によってたくさん死に、全てが限界を超えて

ようやくこの国は降伏を選び、戦争は終わった。ポケモンリーグを沸かせた才能ある

トレーナー、ポケモンたちも大勢犠牲となり、数年後ポケモンバトルの公式戦が

再開されるまでかなりの時間と労力を要した。真にハイレベルな戦いが見られる

ようになったのはもっと後のことであり、まさに暗黒時代だった。

 

 

 

 

「・・・どうです、まだ話をしましょうか?自分の愛していたポケモンを空腹のあまり

 生きたまま食べた男の話や軍にポケモンを渡すことを拒んだために手足の指を

 二十本全て切り落とされ、歯も一本残らず叩き割られたトレーナーの話を・・・」

 

フーディンの話は当時を全く知らない若い世代でも容易に出来事を想像できるほどに

リアルなもので、どんな語り部や記録よりも確かに事実を伝えていた。

 

「いや・・・もういい。お前の言葉は全て正しい。確かにあれは暗黒の時代だ。

 リーグが再開されても金や地位欲しさに八百長や悪質な反則が頻繁に起きていた。

 だがそれはもう過去のこと。いまやポケモンバトルは十歳の子供でも楽しめる・・・」

 

激動の時代を生き抜いたカツラが言う。しかしフーディンはそれに対し鼻で笑うと、

 

「ハハハ、何を言いますか、あなたのような男が。戦後も兵器として活躍できる

 ポケモンを生み出す研究を続け、許されてはならない罪を犯し続けたあなたがね。

 結局この国はあれほどの敗戦から何も学ばなかったのですよ。ポケモンたちの命を

 弄び自分たちの繁栄しか見えていないクズどもばかりでした、昔も、そして今も」

 

「ぐっ・・・」

 

黙らざるをえなくなったカツラに代わって今度はサカキがフーディンに迫った。

 

「なるほど、お前の正体、わかりかけてきた。お前はあの戦争のとき何らかの

 形で命を落としたポケモンだな?あまりにも恨みや復讐の思いが強かったために

 転生し、ずっと機会を窺い続けてきたというわけか」

 

「・・・・・・・・・」

 

「沈黙は肯定ととらえよう。当時はいま以上にエスパーポケモンが強く弱点が

 見つからず猛威を振るっていたと聞く。お前は生まれ変わってからフーディンと

 なったのだ。どんなポケモンや人間の生み出す武器をも凌駕するために・・・」

 

「・・・さすがはサカキさん、頭の切れるお方だ。だいたい正解ですよ。わたしは

 かつて違う姿で存在していました。ですがそのままではこの使命を果たせません。

 最強のポケモンであるエスパーポケモンとして転生する必要があり、それを神に

 願い求めたところ快く受け入れられたのです。そして現にわたしに敵はいません」

 

フーディンは隠すことなく自らの謎を明らかにし続ける。そんななかアカネは

隣に座っているナツメの耳元に語りかけた。フーディンに聞こえないようにするためだ。

 

「自分から進んでフーディンに・・・うちだったらもしポケモンになれるんやったら

 もっとカワイイポケモンがエエなぁ。ピーちゃんたちみたいな・・・」

 

「・・・・・・」

 

ナツメは返事をしなかった。半分は呆れから、もう半分は心から感心していたからだ。

フーディンの正体や戦時中の凄惨な話を聞いたことで周囲の若い者たちは少なからず

ショックを受けてすっかり黙ってしまったのにこんな一言を発する余裕があるのだ。

アカネにはまだまだ成長の余地が大いにあるとナツメの密かな期待は高まる一方だった。

 

 

「そしてあれから数十年経ったいまも同様にポケモンは虐げられています!勝利の

 ためならば著しく健康を損なうドーピングも休みを与えずに潰れるまで使うことも

 許されている。能力の高いものを厳選し不必要な個体は捨て去る。十日前に

 言いましたよね、そのような輩を逆に我々ポケモンのほうが選別し使い捨て

 利用するのです。今よりずっと素晴らしい世の中になると思いませんか?」

 

フーディンに続き、ナツメも自分の席からサカキに対して言った。

 

「当然ポケモンは金になる道具だとか言う連中にも消えてもらう。ロケット団とかいう

 ゴミどもがそのようなことを口にしていたが・・・あの虫けらたちは勝手に死んだ。

 だがポケモン協会の上層部ですらそのような無価値な者どもと同じだった。しかも

 彼らはフーディンが言うには戦時中にポケモンを虐げることを進んで行った者、

 もしくはその親族ばかりで構成されているというではないか。このままではいずれ

 同じ過ちを繰り返すのは目に見えている。だからわたしたちは動いたのだ!」

 

サカキがロケット団のボスとして活動していたことを知っているからこその煽り方だ。

もちろんサカキはそれに反応しない。何を言い返したところで鬼畜どもが笑うだけだ。

だがいまだフィールドに残るグリーンは違った。その若さでナツメたちに食ってかかった。

 

「・・・ハ・・・ハハハ。だったらお前らも同じじゃねーか。自分たちに逆らうやつは

 人もポケモンも皆殺しにする・・・戦争のときの腐った連中とどこが違うんだ?」

 

「・・・・・・何ですって?わたしたちが彼らと同じ・・・?笑えない冗談だな」

 

忌み嫌う者たちと同列に扱われたことでフーディンは不快感を露わにした。

柔らかい口調も消えグリーンを憎悪の目で睨みつけた。

 

 

「いかに無知であるとはいえその無礼な口の利き方!すでに限度を超えた!ならば

 お前を殺す前に教えてやろう!お前の言う腐った連中と同じなのはわたしたち

 ではない!お前の祖父、オーキド・ユキナリであるということを―――っ!」

 

「お・・・おれのじいさんが・・・?」

 

「・・・・・・!」

 

解説席のオーキドが立ち上がり、二、三歩前に出た。孫の危機、それに自らを名指しで

呼ばれたとあっては動くしかなかった。

 

「オーキドは彼らの悪をじゅうぶんに理解していた!だが己の活動を妨げられないために

 保身に走ったのだ。ポケモンに接する資格などないはずの者たちがセキエイ高原の

 支配者となることを黙認し、その後の数多くの罪も見て見ぬふりをしてやり過ごした。

 そこのカツラが関わったおぞましい研究や実験も、現在の商業主義の実態も!

 オーキド、お前も彼らと同じく罰を受けてもらう。今からお前の孫がわたしによって

 死刑を執行されるのをそこで大人しく見ているといい!」

 

グリーン、それにブースターへの正真正銘最後の一撃が放たれようとしている。

これを見過ごすわけにはいかないとカツラたちはポケモンを繰り出そうとしたが、

フィールドには先ほどバリヤードが用意したものより数倍も厚い壁が張られていた。

 

「ぐっ・・・これでは助けに行けん!」 「グリーンさん!」

 

「ホッホッホ・・・つい熱くなってしまいました。やはり死すべき者の命を奪うという

 厳粛な儀式はこのように静かな心で執り行わなければなりません」

 

衝動に駆られてではなくあくまで平常心で殺人を行う。フーディンの恐ろしいところだ。

 

 

(・・・アレ?なんかヤバいで、これ・・・)

 

グリーンたちが重傷を負ったときから人々は彼らの命が危ないと気が気ではなかったが

アカネだけは頭のどこかで安心していた。これまで同様いざというときにはナツメが

割って入りバトルを終わらせ、グリーンたちが死ぬようなことはないと信じていた。

だが、もう待ったなしという状態になってもなおナツメに動きはなかった。

 

「ナ・・・ナツメ!あんた・・・早よ止めんと!終わってまうで!」

 

「・・・悪いがそれはできない。いまだ審判団がわたしたちの勝利をコールして

 いない以上わたしがいま何かをすれば反則になってしまう。たとえ狙いが

 グリーンたちの救出だったとしても認められないことだ。それに・・・」

 

「それに・・・何や?何かあるんか?」

 

「わたしがやる必要はない。いや、最初からこれが我らの狙いだったのだ」

 

ナツメが空を指さす。アカネがその指先のほうを見ると、もっと高い上空に

いたはずのリザードンがかなり接近していた。レッドがそうさせたのだ。

 

 

「やめろ―――っ!これ以上グリーンに危害を加えるのなら・・・僕が相手だ!」

 

フーディンを止めるべくレッドが叫んだ。するとナツメも笑みを浮かべ立ち上がる。

 

「おーい聞いたかフーディン!一度は逃したと思った大魚が帰ってきたぞ―――っ!

 望んでいた通りの展開になった。だからそこのやつらを死なない程度にもっと

 痛めつけてやれ!そうすればリザードンは更に下降してくるだろうからな!」

 

「ホーホッホッホ、わたしもそのつもりでした。ですからまだ生かしていたのですよ」

 

時間をかけてグリーンたちを嬲っていたのはレッドをおびき寄せるためだった。

ついさっきレッドとエリカの恋を成就させたのを間近で見ていたアカネには

信じ難い真実だった。隠しているだけでナツメは実は天使のような存在だと

思っていただけに、衝撃は大きかった。

 

「・・・くくく、結婚式と葬式を同じ日に、というのも珍しくていいだろう」

 

もしレッドがフィールドに立つようなことがあればフーディンと共に真っ向から

全力で叩き潰し、グリーンと同じ末路に至らせるだけだった。ナツメは続けて言う。

 

「なあアカネ、今日の始めにわたしたちが言ったことを覚えているか?あなたたちの

 勝敗などどうでもいい、仮に四人ストレート負けしても逆転できると」

 

「あ・・・ああ」

 

「あれはあなたたちを発奮させようとしていたわけではない。そのままの意味だった。

 こうやって死の間際まで相手を追い詰めることですでに勝利した仲間の誰かが

 そうはさせないと乱入するだろう。目の前での殺人など許容できんだろうからな。

 あとはその繰り返し・・・五人全員を返り討ちにしたところで五勝四敗!

 歯向かうやつらを皆殺しにしてまさに完全勝利といったところだな」

 

自らの言葉を聞き困惑するアカネを放っておき、ナツメはレッドを呼んだ。

 

「どうした、さあ来い!わたしはあなたへの興味が失せたと口にしたが状況が変わった

 ことでその評価も変化した。いまのあなたとならきっと楽しいバトルになるだろう!

 それもそのはずだ、親友のグリーンの命が、あなた自身の命が懸かっている戦いだ。

 加えて・・・あなたが敗れたらそこのエリカもただじゃすまないだろうからなぁ!」

 

「・・・くっ・・・」

 

レッドが命を落とすようなことになればエリカは後を追いかねない。仮にレッドが

死なずに済んだとしてもリザードンを失うため、スタジアムでいまだ待ち構える

エリカの家の者たちに捕らえられ、二度とレッドのもとへは行けなくなるだろう。

 

「絶対に敗北は許されない戦い、あなたとポケモンたちがどれほどの力を発揮

 するのかが見たい!そしてそのあなたを倒しわたしたちの勝利が決まるのだ!」

 

「・・・ナツメさん・・・仕方ない、ならその誘いに乗っ・・・・・・」

 

覚悟を決めてバトルに向かおうとするレッドがリザードンに合図を出そうとした。

ところがその頭を右手で軽く叩くために手を動かした瞬間、急に腕全体が重くなって

大きな岩のようになった。無意識に死と隣り合わせのバトルへの恐怖を抱いている

せいなのかとレッドは自らに気合を入れようとしたがそうではなかった。

 

「エ・・・エリカ!どうして!」

 

「・・・行かないでください、レッド!今のあなたでは勝てないかもしれません!」

 

精神の問題ではなく物理的に押さえつけられていた。エリカが全身を使って

レッドの腕を固めて動けなくした。レッドを戦いの場に行かせないためだった。

 

「止めないでくれ!たとえ勝てないとしてもこのままではグリーンが・・・」

 

「嫌です!グリーンさんを救うことができる人間は大勢います!ですがわたくしに

 とっての太陽、生きていくためにいなくてはならないのはあなただけです!

 お願いします。どうかここはわたくしのために・・・・・・」

 

エリカの涙にレッドの決意は揺らぎかけた。しかし自分がナツメとフーディンを

止めなければ親友が殺される。地に降りるのだと心を奮い立たせたが、それを察したか

エリカがレッドにいっそう強くしがみついて行かせまいとした。エリカは非力なので

これ自体はそれほど障害とはならなかったが、体勢が変わったことで思わぬ事態が起きた。

 

 

「ん?この柔らかいのは・・・・・・」

 

レッドのちょうど手の平のあたりが質のいいクッションに近い感覚に満たされた。

ついそれを手で掴んでしまってからレッドはその感覚の正体、そして自分が

何をしているのかを知ったのだ。エリカの胸をしっかりと触り、揉んでいたのだ。

 

「・・・・・・はっ!!」

 

「ぴゃっ・・・ぴゃあぁぁ・・・・・・」

 

色仕掛けでレッドを止めようとしたわけではないエリカにとっても想定外だった。

愛しい人に自分の胸を差し出したことへの恥ずかしさ、それを差し引いても余るほど

満たされている喜びの気持ち・・・小さな声を出すと気を失ってしまった。

一方のレッドも、ぼーっとした表情で虚ろな目をしている。そしてしばらくすると、

 

「・・・・・・・・・」

 

鼻血を垂らしたまま黙ってしまった。そしてリザードンの背の上でエリカに

寄り添うようにして倒れた。その一部始終を目にしていたレッドのポケモン二体は、

 

「ピカ・・・(二人の顔・・・まるで沸騰だ。ダメだこりゃ)」

 

「グオオ~ン・・・(マジか・・・これじゃあ参戦はヤメだな・・・)」

 

諦めの表情を浮かべ再びスタジアムから遠ざかった。レッドがこれではバトルはできない。

勝手に暴れ回れるフーディンと異なり、レッドの的確な指示がなければ最大限に力を

出すのは難しい。撤退するしか道はなかった。

 

 

「おやおや・・・レッドさんは来ないようですね。彼以外にはわたしのバリアーを

 打ち壊す力などない。よって・・・あなたたちの死が決まりました!」

 

「・・・・・・」

 

「わたしに大きなダメージを与えただけでも奇跡でした。ですがそのような神懸かり、

 まるで菊の季節に桜が満開に咲くかのような奇跡は一度きり。それが終われば

 待っているのは・・・残酷で悲劇的な最期だけです―――――っ!!」

 

グリーンとブースターのスターオーを見逃す気はないようだ。彼らの呼吸と心臓の

鼓動を完全に止めることで自らに敵する者たちへの見せしめとするのだ。

 

「死ぬ前に何かどうです、辞世の句でもあれば聞いてあげますよ」

 

とうとうグリーンも観念した。指一本動かせず、どうしようもない。ぽつりと言った。

 

「・・・こ、心残りがあるとすれば・・・美人な女たちとのデートの約束がまだ残って

 いたこと・・・・・・いや、違うな。最後に・・・あいつと、レッドともう一回、

 勝ち負けなんかどうでもいい、魂が熱くなるバトルがしたかった・・・・・・」

 

「それだけですか、わかりました。てっきりわたしとナツメさんへの無礼な態度の

 反省や謝罪、身の程知らずを後悔する泣き言を口にしてくれると期待していたの

 ですが・・・では参りましょう!わたしの全力のサイコキネシスで終了です!」

 

 

「ハァッ、ハァッ・・・・・・!」

 

このときオーキドは息を切らしながら走っていた。どうにかしてグリーンを救うためだ。

土下座でも何でもする。代わりに自分の命を差し出すことが許されるのなら喜んで

そうする。若き日から今日に至るまで公にならなかった罪を暴かれた。フーディンの

怒りが自分に対してのものならば裁かれるべきはグリーンではない。間に合ってくれと

願いながら必死で走る。だが、その横を冷たい風が通り過ぎていった。

 

「・・・どこへ行く気だい。トレーナーをやめたあんたが神聖なフィールドに

 入ろうだなんて・・・お天道様が許してもこのアタシが許さないよ!」

 

「・・・・・・!お前は・・・・・・!」

 

「そこで見てな。あんたの孫はアタシがどうにかしてみせるさ」

 

 

グリーンの処刑の準備が整っても全く動く素振りのないナツメに対しアカネは

その両肩を掴んで前後左右に激しく揺らしながら訴え始めた。

 

「なあ!もう猶予はないで!あんただってグリーンを殺すつもりはないやろ!?

 ポケモンへの愛と絆を見せてくれたやないか!見殺しにはできんはずや!

 ホンマはとても優しいあんたがどうして・・・!ナツメ!」

 

するとナツメは人差し指を立てると、フィールドの隅を指さした。今度は何かと

アカネが再度それに注意を向けると、フーディンのバリアーが解除されている

僅かな裂け目があった。人が問題なく入れるほどの大きさだった。

 

「おおっ・・・!あれは!」

 

「くくく・・・わたしは助けに行けない。だがすでに手は打った。何となくレッドは

 来ないんじゃないかとは思っていた。だから代わりが来る道を備えておいた」

 

「あ・・・ああ!まったく人が悪いで・・・ハラハラさせよって、この~っ!」

 

アカネは満面の笑みを浮かべてナツメに抱きついた。グリーンがこれで助かるという

安堵よりも、ナツメが信じていた通りのことをしてくれたという喜びが勝っていた。

そのとき二人の目にはナツメの用意したバリアーの抜け道からあるトレーナーが

自分のポケモンに乗って急速にフーディンに近づいているのが映った。どうやら

無事間に合ったようだ。

 

 

「・・・・・・む!?」

 

フーディンのサイコキネシスが妨げられた。二発の黒い塊が飛んできたからだ。

それはシャドーボールと呼ばれるゴーストポケモンの得意とする技だった。

通常のバトルでポケモン同士が対面する距離の二倍以上遠く離れた地点から

放たれたためにフーディンに大きなダメージを与えるには威力が足りないが、

注意をグリーンから逸らすという最大の目的は果たしたのだから十分だった。

 

「・・・ほう、あなたは・・・彼の代わりに殺されたいというのですね?」

 

浮遊する二体のゲンガーに乗って登場した乱入者はゆっくりとゲンガーから

降りてフィールドに立った。杖によって支えられながらも足元はしっかりと

している、老婆らしからぬ鋭い目つきのその女は誰もが知る強豪トレーナーだった。

 

 

「ヒヒヒ・・・殺されてやるつもりはちっともないよ。逆にあんたたちを

 殺しちまうかもしれないけどまあ事故だと笑って許してくんな。ここからは

 このアタシ・・・キクコがあんたたちの相手だよ!」


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