ポケットモンスターS   作:O江原K

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第67話 御意見番、キクコ!

 

グリーンの危機に駆けつけたのは元四天王のキクコだ。フーディンとグリーンの間に

割って入り、これ以上彼に手出しができないようにした。とはいえフーディンのほうも

すでにその気はなく、標的をグリーンとブースターからキクコに変えていた。

 

「ホッホッホ、ご安心を!わたしはルールを重んじる者です。あなたが乱入した時点で

 すでにその男の反則負けとなりました。更なる攻撃を加えたならわたしのほうが

 反則となってしまいます。さあ、敗北者を早くフィールドの外へ除き去りなさい」

 

「ヒヒヒ・・・トレーナーへの攻撃までしておいて何がルールを重んじる者だい。

 聞けばずいぶんと大暴れしているみたいじゃないか、あんたは。これじゃ第一線を

 退いてから三年が過ぎたアタシものんびり茶を飲んでもいられないよ」

 

「別に誰もあなたに出て来いと頼んではいませんよ。どうか安らかな隠居生活を

 ご満喫ください。ですがわたしとナツメさんの邪魔をするためにわざわざやって来た、

 ただの年寄りの暴走というわけでもなさそうですが・・・?」

 

自分たちと対立するということは中途半端な理由や覚悟ではあるまい、とフーディンは

キクコを睨みつけた。だが驚いたことに、彼女と彼女の二体のゲンガーは恐怖を一切

感じていない。先ほどのグリーンと彼のポケモンたちは表にこそ出さなかったが、

殺されるかもしれないという恐れが心のどこかにあった。グリーンだけではない。

差はあるとしても、誰もがフーディンとそのトレーナーであるナツメを恐れている。

意識していてもしていなくても同じことだ。しかしキクコからはその気配が全くなかった。

 

「ああ。ちゃんとした目的があって久々にセキエイ高原まで来てやったんだ。アタシの

 狙いはただ一つ・・・あんたたちの命だよ!」

 

「・・・ホーホッホッホ!すでに痴呆が始まっているのですか、あなたは?いや、

 その目を見る限りどうやら正気でこんな妄言を吐いている・・・これは面白い!」

 

 

キクコがフーディンと睨み合い互いに敵意をむき出しにしている裏で、今のうちにと

トレーナーたちはグリーンとブースターを担架に乗せ、揺らさないように静かに

フィールドから運び出した。僅かに意識があったグリーンは担架がサカキの横を通ると、

 

「ぐぐ・・・すまねぇ。何もできずに負けちまった。やはりおれはあんたやレッドと

 肩を並べるには力の足りない・・・どこにでもいるトレーナーにすぎなかった・・・」

 

それに対しサカキはニヤリと笑うと、グリーンに見えるようにして己の右の拳を

握り締めながら彼の弱気な言葉を否定するように言った。

 

「いや、きみたちは十分すぎる活躍をしてくれた。きみたちの粘りがやつの口から

 多くの情報を引き出した。凡庸なトレーナーでは得られるはずのない収穫だ。

 やはりきみはこのカントーで一、二を争う素晴らしい実力者だ!」

 

サカキに続き、カツラたちもグリーンの健闘を称える。会場からも拍手が送られた。

 

「ああ、サカキくんの言う通り、君の熱い戦いに感動させてもらったぞ!」

 

「元チャンピオンの名は伊達じゃなかったみたいね。あなたもポケモンたちも

 ステキだったわ」

 

「そ、そうかい。カリンといったな、いつもだったらあんたみたいないい女、すぐに

 デートに誘ってやったところだが・・・少し疲れた。休ませてもらうぜ・・・」

 

「お疲れ様でしたグリーンさん!きっとレッドさんも見てくれていたはずですよ!」

 

アンズが空を飛ぶリザードンを指さす。それを見たグリーンは小さく微笑みを

浮かべると静かに目を閉じた。ずっと姿を消していたレッドへの説教は今日の

ところはひとまず勘弁してやるか、そう思いながら気を失ったのだった。

 

 

(・・・・・・まあ・・・見ていなかったんだけどね、レッドは。ぼくたちが

 代わりに見届けたからよしってことにできるかな・・・?)

 

エリカと肩を並べていまだに鼻血を垂らしたままのレッド。ピカチュウは

リザードンと顔を見合わせやれやれ、と溜め息をつくと、人間二人がこの先

落下しないように位置を整え、それからリザードンに合図を出した。すると

軽く頷いたリザードンは西に向かって飛行を始め、セキエイの上空から去っていった。

 

「・・・エリカにレッド・・・いなくなってもうた。まあそれはエエとして・・・

 あの婆さんが次の相手とはなぁ。てっきり引退したモンだと思っとったわ。

 ナツメも見たやろ、確か先週の日曜、あんたの別荘のテレビで・・・」

 

「・・・・・・」

 

彼女たちが記念式典を襲撃し、その後身を隠すためにナツメが用意した別荘で

十日間を過ごしていた間のことだ。キクコの姿を二人はテレビで見ていたのだ。

 

 

 

 

『これは意外ね、アカネ。まさかあなたが朝からニュースを・・・』

 

『・・・どういう意味や。うちがニュースを見たらアカンのか?』

 

『そうじゃないわよ。ただあなたならアニメか特撮のヒーローもののほうを

 好き好んで見ているんじゃないかって思っただけよ』

 

カリンの指摘は正しく、アカネは普段ニュースなど見ない。自分を褒め称える

特集が組まれているなどの例外がない限りは無縁のジャンルであったのだが、

日曜の朝、あるニュース番組のなかの一つのコーナーはまさにその例外だった。

そのコーナーの時間だけは毎週見逃さずにいたのだ。

 

 

『それでは今週も始まりました、この一週間のポケモン界を振り返るコーナー、

 いつものように元セキエイポケモンリーグ四天王のキクコさんを御意見番として

 お招きしてお送りします。よろしくお願いします』

 

『ああ、よろしく』

 

生放送のテレビ番組であるというのに愛想のない声と顔。キクコがゆっくりと

席に座り、アカネの日曜日の朝の楽しみの時間がスタートした。

 

『えーっと・・・この映像ですね。まずはこちらをご覧ください』

 

司会者が述べたように、一週間の間にポケモン界、特にポケモンバトルの世界で

起きた出来事を紹介するコーナーであり、好勝負はもちろんのこと、上級者として

知られるトレーナーのとんでもない珍プレーを取り上げることもあった。いまは

南のポケモンリーグの試合の様子が流されていたが、なんと挑戦者がバトル中に

腰につけていたモンスターボールをうっかり床に落とし、意に反してポケモンが

ボールに戻ってしまったせいで勝てそうだった四天王戦に敗れるというシーンだった。

 

『アハハ・・・こんな間抜けがいるのね。私はちょっと記憶にないわね』

 

『緊張のせいで、っていうよりはただのドジだものねぇ』

 

新旧のセキエイ四天王であるカンナとカリンが笑いながら話す。気がつけば

五人中エリカ以外の四人がソファーに座ってテレビを見ていた。このプレー

自体も面白いのだが、アカネが待ち望んでいるのはVTRが終わったその後だった。

 

 

『・・・呆れたね、こりゃあ。喝だよ、この大馬鹿は!でも最近は多いんだよ、

 細かいことをないがしろにして道具の手入れも人任せというのは。アタシたちの

 時代はぜんぶ自分で時間をかけてしっかりとやったものだけどねぇ。いくら

 競技人口が増えてもレベルが上がったとは言えないのはこういうところなんだよ!

 こんな馬鹿たれがすぐリーグに挑戦できるのもよくないんだよ、そもそも・・・』

 

『あははははっ!今日も元気やなぁ婆さん!キレッキレや!』

 

キクコによる辛口のコメントにアカネは大笑いしていた。相手が誰であろうと

遠慮や忖度のないキクコの発言は常に賛否両論で毎週多くの反響があった。

 

『次は海外ですか、これは・・・かなりベテランの男性チャンピオンですが・・・

 あれれ、自分で言ったポケモンと出てきたポケモンが違う!どうやら素で

 間違えてしまっていたようですね、どのボールにどのポケモンが入っていたか

 忘れていたとのことで、公式戦でなかったのが幸いだったとのコメントを・・・』

 

『これも大喝だよ!さっきの素人と違ってチャンピオンなんだろ、その親父は。

 そんな凡ミスを犯すようだったらもう潔く引退しなさいと言ってやりたいよ。

 これがチャンピオンなんだから海外のポケモンリーグがいかにレベルが低いか、

 海外でプレーしたいとか言ってる最近の若い連中は知っておくべきだよ!』

 

キクコの毒舌はその後も続いた。そのたびにアカネは腹を抱えて笑う。

 

『は―――っ、は―――っ・・・今週も笑わせてもらったで・・・。おなじみの難癖と

 海外批判!それでいて自分のお気に入りには甘いところがまたおもろいで』

 

『ふふ・・・ねえカンナ、あなたキクコと同僚だったんでしょ?そのときから

 こんな感じだったの?気難しい人っていうのは聞いていたけれど』

 

『そうね・・・私はあまり言われなかったけれど一時期チャンピオンだった

 グリーンとかには厳しかったわ。品格が足りないとかチャラチャラするなとか。

 指導もしてくれたけど昔ながらの根性論ばかりでほとんど参考にならなかったわ』

 

 

やがてキクコのコーナーも終わりに近づいた。これまでは他の一般のニュースとは違い

くだけた様子で番組を進行していた司会者が、急に真面目な顔つきになった。

 

『最後に・・・番組の冒頭でもお伝えしたように、いまカントーとジョウトの

 ポケモン界に大事件が起きています。現役のジムリーダーたち、それに新旧の

 四天王、五人の女性トレーナーによる騒動の混乱が続いています。ジムも

 リーグも閉鎖、この先どうなるのか全くわからない事態となっていますが

 キクコさん、そのことについて一言お願いできますか』

 

自分たちのことが取り上げられた。五人が立ち上がり行動を起こしてからは

人々の話題を独占し、とんでもない悪党どもだという非難もあれば、腐敗した

ポケモンリーグを改革する救世主たちだと擁護する声もあり、世論はだんだんと

二つに割れ始めていた。そんななかで他人の意見など気にしないキクコが果たして

彼女たちをどう評価するのか・・・皆がその答えを待っていた。

 

『言語道断!あのガキんちょどもは全員永久追放、それ以外ない!若いからって

 許されると思ったら大間違い、きつく灸を据えてやらにゃいかん。アタシが

 もう少し若かったらこの手で懲らしめてやったところだよ!』

 

『・・・ご、五人はそれぞれがそれぞれの主張を口にしていますがそのなかで

 共感できるものや応援したくなるもの・・・それもありませんか?』

 

『ちっともないね。頭の弱い馬鹿どもの考えなんて理解できないよ』

 

キクコのその言葉を持って次のコーナーへと番組は進んだ。ここまで言われると

腹を立てずにはいられない仲間たちに対し、これまで一言も発していなかった

ナツメが口を開いた。怒りなど微塵も抱いていない様子だった。

 

『くくく・・・まあいいじゃないか、誰に何を言われようが。最初からそのつもりで

 あなたたちはこうしてこの場にいる・・・違うか?』

 

『まあそうなんだけどちょっと頭にきただけよ。それだけの話』

 

『それにあの老人はわたしたちを妬み僻んでいるに過ぎないのだ。自分にはない

 若さを持ち、それを用いて突き進む存在が許せないのだろう。困った老害だ』

 

それを聞き皆も納得した。番組の中で最近の若い者は、近頃のトレーナーは・・・

そう連呼しているのは若者への嫉妬によるものだとすればキクコが滑稽に思え、

怒りもすっかり和らいで朝のトレーニングに向かっていった。レッドが失踪し

セキエイが大きく変わったときに四天王の座を退き事実上の引退状態にあった

キクコがまさか復帰してくるなどとは誰も考えていなかった。

 

 

 

 

「さて・・・アタシの対戦相手はあんたってことでいいのかね?」

 

「もちろん!いまクズ共を相手にしましたがご覧の通り傷は癒えました!

 私の準備は万全です。早く勝負を始めようでは・・・」

 

「・・・待てっ!フーディン、ここはわたしがやる!」

 

フーディンが構えようとした。だが、後方の席でアカネと並んでいたナツメが

大きな声をあげてそれを制した。自分がキクコと戦うというのだ。

 

「ナツメさん!もうすっかり回復したようですがまだ休まれたほうが・・・。

 わたしなら問題ありません、あなたの出るような展開ではないです」

 

「いや、いくら自己再生で表面上は回復したとはいえ完全なる全快ではないはずだ。

 それに十日前のイツキとの戦いでもあなたが一人で全てを終わらせてしまった。

 そろそろわたしの残るポケモンたちにも出番を与えてやりたいのだ」

 

「フム・・・確かに彼らに肩慣らしをさせておいたほうがいいでしょう。

 では今回は仰る通りにいたしましょう。あなたの勝利を信じていますよ」

 

大人しくナツメに従ったフーディンはフィールドを後にしたが、アカネのいる

控え席には戻らなかった。別の場所から観戦するつもりのようだ。代わりに

ナツメが前に出て、キクコと睨み合う形になった。両者不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「ヒヒヒ・・・あんたと戦えるなんて願ってもないね。この騒ぎの首謀者はあんただ。

 他の四人は無知ゆえに利用されていたにすぎないと今日見ていてはっきりと

 わかったよ。悪意と野心に満ちたあんたによって・・・」

 

「・・・・・・」

 

「あんたとあそこにいるフーディンは危険すぎる。ポケモン界を徹底的に破壊して

 滅茶苦茶にしちまうつもりだろう。だからあんたたちを殺してでもアタシは

 その野望を止めてやるさ。散々暴れまわったんだ、文句はないだろ?」

 

「ポケモンたちの世界は壊れない。ポケモンで違法な金儲けをしようとしている権力者、

 それを見て見ぬふりをし時には加担することまでした偽善に満ちた連中の居場所が

 消えてなくなるだけのこと。あなたはむしろわたしたちに賛同してくれる人間だと

 思っていたが・・・齢を重ねて善悪の基準がぼやけて灰色になってしまったのか?」

 

互いに自分が正しいと譲らない。話を続けても埒が明かないとキクコは目を逸らした。

 

「聞く耳を持たず・・・かい。ならもういい。言ってわからないんじゃきつい

 お仕置きをしてやらなきゃあならんね。アタシが勝ったらあんたは尻百叩きだ。

 この大観衆の前で尻の肉が真っ赤に腫れ上がるまで叩いてやるよ」

 

まさに公開処刑だ。するとナツメは数回頷くと、小さく笑ってからこう返した。

 

「・・・ならばわたしは肩たたきだ。わたしが勝ったらあなたの肩たたきといこう」

 

駄洒落に近い返答に張り詰めていた場内の空気が一変し、大爆笑に満たされた。

このタイミングで、しかもナツメがこんなことを言うものだからネタそのものの

面白さの数割増しで人々はおかしくなってしまった。

 

「あはははははっ!!やりゃあできるやないか、ナツメ!うちのそばでお笑いの

 スキルを磨いた成果やな!ははは・・・せっかくや、肩だけなんてケチ臭い

 こと言わんで腰や足もマッサージしてやったらエエ!」

 

アカネが心から愉快といった感じで腹を抱えて笑っていた。するとアカネに

向かってキクコもまた笑みを見せたが、明らかにアカネを侮り馬鹿にした笑いだった。

 

「・・・おいナツメ、馬鹿丸出しだね、あんたのたった一人残った手先は。

 そんなのしか味方にいない時点であんたたちの野望は風前の灯火だよ。

 いや、逆にこれだから操るには絶好の駒だとあんたなら考えているか」

 

「ば・・・馬鹿丸出し!?なんやねんこのババア!どういう意味や!」

 

笑顔が一転、激しい怒りにアカネは冷静さを失って吠えた。

 

「ヒヒヒヒ、そこのナツメは老人を労わる善人なんかじゃないってことさ。

 肩たたき・・・そんなもんをする顔に見えるか!こいつのいう肩たたき、

 会社かなんかで用無しをリストラしてやめさせるって意味なんだよ。

 アタシを完全引退させて二度と復帰させないと言いたいのさ、こいつは」

 

「そ、そうなんか。でも言葉の意味なんてこれっぽちも興味ないわ!ナツメ、

 このババアを引退させたれ!うちら若者の新しい時代の幕開けにするんや!

 ええか、キクコ!あんたがあと十年生きるとして・・・うちらはあと五十か

 六十年は生きる!ここでナツメに負けて大人しく御意見番に専念するんやな!」

 

いまだ怒り冷めやらぬも、決着をつけるのはナツメだということでアカネは

息を荒くしながら席に帰っていった。これでフィールドに残ったのはナツメと

キクコだけとなり、いつでもバトルが始められる態勢が整った。

 

 

「ところで・・・このバトルまでの勝敗は二勝二敗一引き分け、つまりここで

 勝ったほうが勝ち越しとなる。そんな大事な一戦であなたが出ることを

 あの男は認めているのか?正式なメンバーでもない者に全てを託すと・・・」

 

「フン、要らない気遣いだよ!サカキ!アタシに任せてもらえるだろ?」

 

サカキがどう答えようがバトルをやめるつもりはない。一応の確認に過ぎなかった。

 

「ええ・・・構いませんよ!そこの女の始末、あなたにお願いします」

 

「そう言ってくれると思ってたよ、サカキ。あとはそこでゆっくり見てな!」

 

あの怪物フーディンが出ないのであれば勝敗はわからない。先ほどのグリーンの

ように絶望的な戦いではないのだ。実力は文句なしのキクコに任せてもいいと

サカキは考えた。加えてもう一つ彼女に機会を譲った理由があった。

 

 

(・・・たとえ負けたとしてもこれで決着とはいかないだろう。やつらが

 勝ち越しを決めても勝負は続くはずだ。やつらの気に入らない者を残らず

 除き去るまではな。その筆頭であるこのわたしとスピアーを生かしたまま

 勝ち逃げするなどという連中ではないのだ。ならばわたしたちの出番はあとだ)

 

 

「じゃあ始めようかね。アタシのかわいい後輩のカンナたちを唆した罪は大きい。

 しっかりと償ってもらわなくちゃあね・・・覚悟しときな!」

 

「くくく・・・返り討ちにしてやるさ。わたしはアカネよりも厳しいぞ。

 テレビに出ることすらできない完全なる敗北を与えてやろう」

 

 

二人がトレーナーの所定の位置についた。いつ試合開始の合図がかかってもおかしく

ないのだが一向に審判団からの声も音も響かず、なかなかバトルが始まらない。

 

「おいおい・・・審判たちは何をやってんだ?いつまで睨み合いをさせる気だよ」

 

「そういやさっきの試合の終了の声すら出てないぜ。寝てんじゃないだろーな?」

 

観客たちも疑問に思い審判席に目をやったが、マツバ、タケシ、ツクシの三人は

これまで通り目覚めたまま座っていて、フィールドの様子にも気を配っている。

それだけになぜ試合を始めさせようとしないのか皆不思議に思ったが、とうとう

キクコが彼らを待つことをやめた。モンスターボールを取り出すと、

 

「まったく・・・もういい、始めようじゃないか。派手な合図などいらん!」

 

ナツメにもバトルを始めるように促した。するとナツメはそれを待っていたかの

ようにすでに先鋒と決めていたポケモンの入ったボールを高々と掲げた。

 

「ああ。つい最近だ、まるでポケモンバトルにショーのような演出が加わったのは。

 あなたが若いころ・・・まだあの戦争の前か。こうして互いに右の手でボールを

 高く掲げ、それから地に置いて開始するというのが作法だったらしいな。

 いい機会だ、そのやり方でバトルを始めるとしよう!」

 

「ほ~・・・よく知ってるね、あんた。昔のボールは重すぎて投げるのが大変でね、

 それでも大事な一戦を始める前にこうやってボールを自分の頭よりも上に

 することでトレーナーでなくポケモンが主役であるということ・・・それに

 苦楽を共にしたポケモンへの感謝を表す、大事なことを思い出す動作だったんだよ」

 

 

思わぬ形によってきっかけが生まれ、更に思わぬ相手が提案した数十年前の

ポケモンバトルの始め方。自分に噛みついたアカネとちょうど同じくらいの

年齢のころ、青春時代を思い出しながらキクコはボールを天高く掲げ、

次いで地面に置いた。それぞれのモンスターボールからポケモンが飛び出す。

 

「いきなっ!!アーボック!小娘どもに世間の厳しさを思い知らせてやりな!」

 

「・・・いけ、エーフィ。あなたの力なら簡単な相手だ」

 

延長戦である第六戦がアーボックとエーフィの戦いで幕を開けた。


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