アカネが何回も繰り返し試合終了の音声を出すためのボタンを連打し、場内に幾度も
それがこだまする。ナツメはしてやったり、フーディンは唖然といった面構えだった。
『とにかく終いや!そのバトルはオシマイ!フーディン、あんたの攻撃もそこまでや!』
「・・・いつの間に・・・あの小娘がわたしの術を一人で解除できるはずがない。
しかしナツメ、あなたに怪しい動きはなかった。控え席にいるスリーパーが
何かをするかもしれないとも思ったが微動だにしていなかった。これは一体?」
「くくく・・・もう終わったから種明かしをしてもいいか。確かにあなたの目を逃れ
会場全体を覆う催眠術と強力なバリアーを破るのは難しい。だからスリーパーには
審判席に向かう細い道一本分だけ壁を壊し、催眠を解くのはアカネだけ、そう頼んだ。
それならあなたに気づかれることなくできるかもしれないという賭けだった」
「なるほど。この観客どもですらさすがにおかしいと察していたのだからあなたは
すでに審判たちの異変をとうの昔に見抜いていた、ということか」
「四回戦の途中であなたが突然いなくなった時点で何かあると思っていた。意味もなく
姿を消してしまうわけはあるまい。レッドとエリカのバトルの決着の時からすでに
戦闘不能やバトル終了の声が聞こえなかったからな。審判席に細工をしたのだと
わかったよ。相手を殺害する前に終了の判定が出たらそれ以上は手出しできない、
それをあなたは力づくで自分の意のままに事が進むようにしたのだ・・・」
場内音声やコール音、また自身の大声で騒がしく振る舞うアカネの働きにより場内の
催眠も解けた。何があったのか、と皆が審判席に注目すると衝撃的な光景が目に
飛び込んできた。机も椅子も、その周りも赤い血によって汚されていた。飛び散った
鮮血の量は少なくない。誰から流された血であるのか、一目瞭然だった。
「あ・・・ああ————っ!三人だ!審判団の三人が倒れている!」
「生きてはいるようだが酷い傷だ!誰にやられたんだ!?」
客席の最前列で一日バトルを観戦していたゴールドが立ち上がり、アカネに向かい叫ぶ。
「アカネ————ッ!!お前がやったのか————っ!この外道が————っ!!」
審判を襲撃して自分たちに都合のいいように試合を進めようとしたのかと激怒した。
しかしそれは的外れだ。アカネを敵視し憎悪するあまり冷静さを欠いている。
「ハァ?んなわけあるか、アホ!うちが来たらもうこのザマやった!それにうちが
犯人やったらわざわざ催眠を自分で解くかいな、ボケカスがっ!」
「くっ・・・」
「うちもあんたらと同じ、騙されとった。スリーパーに術を解いてもらうまでは!」
キクコとの戦いが始まったときからスリーパーはアカネの隣に座っていた。ナツメに
言われてそうしているが理由はまだ言えないと告げられ、アカネも熱戦に夢中になり
すっかりそれを忘れていた。もし最初からアカネに教えてしまうと彼女の挙動不審な
様子からフーディンに監視されスリーパーの作業に支障が出ただろう。
『あ、あのポケモンたちは?弱いポケモンばかりやけど・・・』
ゲンガーののろいによって幻がフーディンとナツメを襲ったとき、人々がフーディンを
囲むポケモン界の長老たちに意識を向けていたのに対しアカネは最初からナツメに
向かって迫る五体のポケモンの幻影を見ていた。あの五体とナツメの関係はどんな
ものなのか・・・そう考えているうちに隣のスリーパーが彼女の肩を叩いてきた。
『・・・よ、よし!完了です!アカネさん、私の言うことをしっかり聞いてください!』
『ああ?それどころやないやろ。バトルが終わってから・・・』
『それでは間に合いません!何人もの命が失われてしまうでしょう!そしてその命を
救うことができるのはあなただけなのです!どうかこちらをご覧ください!』
命が失われる、と言われてはスリーパーのほうを見るしかなかった。アカネの両目が
自分の顔を見た瞬間、スリーパーは手にしていた振り子を数回激しく揺らすと、
突然両手をぱちん、と叩いた。するとアカネは何かが変わったことに気がついた。
『何をしたんや?まさかうちに催眠術をかけてピーちゃんたちを襲う気かぁ?』
『催眠術をかける?その逆ですよ!あなたは・・・いいえ、この会場の全ての
人間やポケモンたちはすっかり催眠状態にあるのです!いまあなただけが
その術から解放されました!審判席をご覧になってください!』
『うん・・・?あ、ああ~~~っ!!』
倒れる三人の強豪トレーナーたち、それに彼らのポケモンたちも酷く痛めつけられた
姿で横たわっている。視力は人並みのアカネが遠くからでもわかるほどだった。
『な、なんじゃありゃ!?た、倒れとるんか————っ!』
『静かに!あなたには密かにあの方々のもとまで行ってもらわねばなりません!
今あなたの目の前には一本の細く光る道が見えるはずです。そこ以外を通ろうとしても
先へは進めません。私がどうにかこじ開けた道です。あなたのことも一時的に誰にも
認識されないようにしておきます、すぐに向かってください、ナツメさんはあなたに
希望を託したのです、さあ!あなたのポケモンたちと共に行くのです!』
『ナツメが・・・よっしゃあ、やったるで!その期待に応えたろやないか!』
『いま、あなただけがナツメさんの願いを叶えられる!頼みましたよ!』
モンスターボールの外に出ていた三体のポケモンをモンスターボールに戻して
アカネは席を立ち、審判席へ向かった。ポケモンたちはいざというときの
護身用のためであり、スリーパーを信用してはいるものの用心して歩いた。
フーディンがもたらした惨劇であるというのは説明がなくてもわかることだ。
催眠術はスタジアム内だけにとどまっているが、カメラマンにも決して問題の地点を
撮影しないようにと洗脳済みだ。テレビやラジオでバトルを楽しむ外部の人間が
気がつくこともなかった。しかし他の人間と同じように術にかかりながらも
ナツメは何が起きているかを悟り、スリーパーを通してアカネに託した。
口では突き放すような言葉を繰り返してもナツメがアカネのことを仲間と認め、
いやそれ以上の存在だと言っているも同然だった。
『・・・よーし待っとれ!ナツメの代わりにうちがあんたらみんな助けたる!』
フィールドではフーディンが次々と亡霊たちを退治している。今ならいけそうだ。
ちょうどいいタイミングで作戦を実行に移せたのはスリーパーの有能さに他ならない。
ロリコン界の重鎮と呼ばれているスリーパー、その悪癖さえなければ最高のポケモンで
あっただろうに惜しいものだと思いながら走っていたアカネだが、そんなことは
一瞬で吹き飛ぶほど審判席を襲ったフーディンという名の暴虐の嵐の爪痕は酷かった。
そばに来てみるとますますその様子が明らかになり、アカネは口に手を当てた。
『う・・・ううっ!えげつないにも程があるやろ・・・』
あらかじめ遠くから眺め、覚悟していたのがよかった。そうでなければ嘔吐してしまった
かもしれないほどの現場だった。マツバたちは頭部や体の至るところから出血している。
腕や足がありえない方向にへし折られ、骨がむき出しになっている箇所があるほどだ。
三人とも死んではいないようだが危険な状態であるのは明らかだ。
『あんたら・・・ボロボロやないか!審判の仕事ができんのも当たり前や、こりゃあ』
『・・・い、いきなりあいつが現れて・・・・・・何もできずに・・・がはっ!』
事の詳細を聞く必要はない。すでにそれはわかっているのだから後回しだ。
『すぐに病院に連れてったる、もうちょい頑張るんやで・・・』
『お・・・おれたちは大丈夫だ。それよりもポケモンたちを・・・先に!
モンスターボールに入れてやらないと・・・命が危ない。ボールにさえ
戻せば傷は進行しない。ポケモンセンターまで体力が持つだろうから・・・』
タケシが指さした先には三人のモンスターボールが散らばっていた。どれが誰の
ものでどのポケモン用のボールなのかはどうでもいい。岩のボディが砕かれた
イワークや自慢の鎌をぼろぼろにされたストライク。大急ぎでアカネは一体ずつ
モンスターボールに戻していった。必死の抵抗もむなしくフーディンに倒された
ポケモンたちだったが、トレーナー共々半殺し状態で止められていた。それは
彼らがポケモンリーグ側の人間ではあるがグリーンやキクコたちと違い明確に
敵意を示しサカキのチームの一員としてこの場にいるわけではないというのが
とりあえず彼らが生かされていた理由だった。もしかしたら痛い目に遭うことで
改心し、自分たちに従う可能性があるため命を容赦した。それがフーディンの
正義であり、何が何でも殺してやるという狂人ではない証だった。
アカネがポケモンたちに励ましの言葉をかけながらボールに戻す様子を動けないでいる
ツクシはじっと眺めていた。ポケモンのエリート一家の生まれであるツクシはこれまで
ずっとアカネと対立し続けていた。ハヤトたちといっしょになって彼女の素行や言動、
更には夢物語に近い理想を非難し続けた。ジムリーダーとして同じに扱われるのが
恥ずかしい存在だ、プロトレーナー失格だと何度も厳しい言葉を浴びせたのだ。
『・・・ア、アカネ・・・・・・』
『ああ?いま忙しいんや。あんたも辛そうやん、黙って横になっとれ』
『僕は・・・きみにとって敵のはずだ。マツバさんやタケシさんはとにかく・・・
どうして僕のポケモンも助けてくれるんだ?僕らはきみにきつく接したのに・・・』
それに対しアカネはにやりと笑い白い歯を見せた。そして彼の手をとって言う。
『こんなときに敵も味方もあるかい。自分よりポケモンの命を第一にした、
それだけでもう十分や。いままでのことなんかもう忘れてもうたわ』
『・・・・・・あ、ありがとう・・・。ぼくたちはきみのことを誤解して
いたみたいだ。ハヤトくんたちもきっとわかってくれるはず・・・』
『へっへ・・・そうやろ~?でもこれで惚れられても困るけどなぁ。
ちょっと前までなら考えてやってもよかったけどうちにはいま・・・』
『・・・それはないよ。ぼくはミカ・・・い、いや何でもない。
それより早く残ったポケモンたちをボールに・・・・・・』
ツクシがミカンを好きなことなんか今さら隠さなくてもミカン以外の人間は
だいたい知っているだろうに、とアカネはにやける。重傷を負ったポケモンたちの
回収はほぼ終わった。このまま彼をもう少しからかってやろうかと悪い癖が
出始めていたが、このとき実はそんなことをしている場合ではなかった。
『どれどれ、バトルは・・・・・・あ、あれはアカン!』
フーディンがキクコとゲンガーをまさに処刑しようとしている。すぐに試合を
止めなくてはならないがただ終了の音声を流そうとしたところで反応がない。
叫んでも誰も反応せず、外部とは完全に遮断されているのがはっきりとした。
だがナツメがフーディンに待ったをかけ、フーディンは本性を露わにして激怒する。
このままではナツメまでも攻撃対象になりかねない。なのにナツメはそれほど
意味のない言葉を用いてまで時間を稼ごうとする。何かを待ち続けているかのように。
『・・・ナツメはうちに期待しとる、スリーパーはそう言った。ここからうちに
まだ何かが・・・いや、最初からこっちが目的で・・・!』
審判席への細工は予測出来ていても、ここまでの惨状は読み切れていなかったナツメが
アカネに託した命、救うべき者とはキクコのことだったのだ。イツキやグリーンは
自分でどうにか救出できたが今回は無理だと予感し、アカネに全てを賭けたのだ。
アカネならできると信じてくれている。そしてポケモンたちと共に行けと言った。
『まだ・・・まだある!ナツメの優しさが実るチャンスは————っ!』
モンスターボールに入れていたピッピとピィ、ハピナスを外に出すと、アカネは
手を差し出した。三体のポケモンたちもそれに応え、それぞれ短い腕を伸ばした。
四つの手が重なると、アカネは意識を集中させた。数時間前に得た謎の力を
発動させるためだ。するとその黄金のオーラが全身を覆うまではいかなかったが
自身とポケモンの手を輝かせた。限定的ではあるが力が満ち溢れるのを感じた。
『・・・で、出た!何となくやけど・・・コツがわかってきた!』
感情が大きく昂ることでこの力が現れるのだとすれば、自分の場合は『友情』だ、
アカネはそこに気がついた。もう一人これを発現させたレッドは『愛』だった。
『ナツメとの・・・そしてポケモンたちとの固い友情!このパワーならいける!
いくで、みんな!うちらの力を合わせたら不可能なことなんかない—————っ!!』
『ピャ—————ッ!』 『ぴぃ~~~~っ!』 『ハッピィ————!』
アカネが自分だけでは失敗したことをいま、ポケモンたちと共に成し遂げた。
四つの手が息を合わせてボタンを押すと、場内に試合終了の合図が響いた。
同時にそれこそが会場全体を支配したフーディンの催眠術を解くカギだった。
「とにかく・・・これで終わりだ。反則負けはあなたも嫌だろう」
バトルが終わった後の攻撃は固く禁じられている。フーディンの処刑も無事
未遂に終わったかと思われたが、簡単に引き下がるわけもなかった。
「わたしはルールに従う。反則などという下等な行為はしない。だがいま
バトルはまだ続いている。あの小娘が審判の代わりになれるはずがない。
とても審判などできるような人間には思えないのだが?」
「そうか?アカネは頭はよくないが審判員の資格はある。まあジムリーダーなら
自動的に得られるから試験とかはしていないがな・・・。審判団に不慮の事態が
生じたために急遽他の資格ある者が代わりに入って適切なジャッジを下した、
それだけだ。その程度ならアカネにもじゅうぶん務まるだろう」
二人に対し遠くからアカネが文句の言葉を叫んでいるが構われることなく会話は続く。
「なるほど、だが問題なのはやつがわたしたちの陣営の者であるということだ。
贔屓目で判定するどころか対立する陣営の片方から審判を出す、これは誰が
どう考えてもあり得ない話だ。認められるものではない」
「・・・・・・それは・・・」
「ナツメ、あなたはあの小娘・・・いや、他の愚者ども全てと違いもう少し賢いと
期待していたがこれは酷い。わたしに逆らうだけでなくそのやり方があまりにも
お粗末だ。わたしを止めることはできない————っ!」
予期していなかった事柄の連続にもフーディンは冷静に対処し、ナツメの策が
穴だらけであることを指摘した。自分の信頼していたナツメへの失望も隠さない。
だが、この状況でフーディンにとってよいことなのか悪いことなのかはわからないが、
ナツメはフーディンの期待通り頭が切れ、未来を見通す力があることを示した。
こう言われるのもわかっていた、といった顔で笑った。
「くくく・・・そうだ、確かにアカネに審判員の資格があったとしてもこの試合を
ジャッジするのはダメだ。緊急事態であったとしても交代要員にはなれないな。
どれだけ騒いだところで試合を止める効力はない。勝手に喚いているに過ぎない」
「・・・・・・・・・」
「でもそれで十分だ!この会場を覆うあなたの催眠術は解けた。あとは・・・」
アカネに試合を止める権限がないのをナツメが忘れていたはずがない。術を
解除さえできればよかった。それにより真にマツバたちに代わって審判を
務められる人物がすぐにやってくる、そこまで考えて行動を起こしたのだから。
「くそっ・・・ヤバいで!せっかくうまくいったのに止められへん!」
ピッピたちと何回もボタンを押し続けたところで事態は変わらない。それでも
アカネと三体のポケモンが必死にもがいていたところにその男が現れた。
「ファ、ファ、ファ・・・!どれ、こいつを貸してもらおう」
「ちょっと待てや!それは大切な・・・って、あんたは・・・!」
「私なら試合を終わらせることができる。どちらの側にも味方しない
中立な立場であるこの私であれば文句はあるまい!」
気配や音を一切漏らさずにどこからともなくやってきた男。アカネから
ボタンを受け取り、すぐに自らの手でそれを押した。これまでの終了を
知らせる合図とは違い、確かな意味を持つ。彼ならその資格があったからだ。
『そこまでっ!そのバトルは終了だ!たった今から責任審判となった
この私、四天王のキョウが宣言する。それ以上の攻撃は反則とするぞ!』
「・・・・・・キョウ!」 「ち、父上!」
友人であるサカキと娘のアンズですらその登場に驚きの声をあげる。対抗戦への
参加を拒み、関わりを持とうとしなかったキョウ。他の新旧四天王が十日前から
今日までこの戦いにどちらかの陣営の側について戦っていたが、その最後になって
彼は思わぬ形で舞台に立った。キョウ自身も表に出るつもりはなかったが、娘を
サカキに推薦し自分の代わりにメンバー入りさせたのは彼であり、目立たない場所で
観戦していた。成長のために厳しい戦地へと送り込んだが、命が危険に晒される
可能性もある今回の戦いだ。いつでも突入する準備はできていた。
「父上!来ていたなんて・・・それならそうと言ってくれたら・・・」
「うむ、余計な緊張を与えないために黙っていたのだが・・・いい試合だった!
現役の四天王であるカリンを相手に引き分けた、じゅうぶん胸を張っていい。
さて、この試合の勝敗の判定だが・・・アカネ、きみはどう思う?」
父目がけてすぐに走ってきたアンズを抱き寄せ労いの言葉をかけたが、この場の
優先順位を忘れていなかったキョウはアカネに最終的な裁定を求めてきた。
「・・・うちが決めてエエんか?勝ったほうが勝ち越し、対抗戦終了っちゅう
大事なこのバトルの最後を・・・なら当然・・・・・・」
ナツメの勝利を宣言して終わらせてしまえばいいだけだ。キクコのゲンガーは
傷が浅かったかそれとも限界を超えた執念か、立ち上がろうとはしている。
だがバトルを続行できるとは思えない。何よりトレーナーであるキクコ自身が
病の発作により苦悶の表情を浮かべ倒れている。もしナツメたちに敵対する
人間であればナツメとフーディンの反則負けを言い渡す可能性も僅かにある。
いかにルール内、バトルの流れであったとはいえトレーナーへの攻撃はこれで
三人目だ。それを理由に敗北させる道もあった。だがアカネがそれを選ぶ
はずがない。この対抗戦に敗れた場合全てを失うことになるからだ。
「ゲンガーは戦闘不能!よってこの最終戦、勝者は・・・」
高らかにナツメの、自分たちの勝利を宣言する寸前だった。アカネは何者かが
強く訴えかけてくるのを感じた。それが誰であるかを間違えるはずもない。
ナツメが遠くから自分の顔をじっと見つめていた。超能力は一切使っていない、
それでもナツメがいま何を求めているかはっきりと伝わってきた。
「・・・・・・・・・」
(・・・・・・ナツメ、あんたってやつは・・・・・・)
もし間違っていたら、とは考えず、アカネはキョウにそのままそれを伝えた。
「・・・む!これは意外も意外・・・きみはそれでいいのか?」
「ナツメがそう言っとるんや、しゃーないわ」
「ならわかった。きみたちの勝利を望まないこの会場の大勢の者たちは
喜ぶだろうが・・・言葉に反してきみにも不満はなさそうだ、では!」
『このバトル・・・無効試合、ノーコンテストとする!審判団が何者かにより
襲われるという前代未聞の事件が発生したいま、試合は無効とする!
外的要因による試合終了のため、勝ち負けもなければ引き分けでもない!』
まさかの結果を聞いてスタジアム中が大きくどよめいた。誰もこの発想に
至っていなかったからだ。しかしキョウの予想通り次第に歓声に変わり、
「さすがキョウさんだ———っ!その手があったか————っ!」
「助かった———っ。鬼畜どもの勝利にならなくてほんとうによかった・・・」
場内からキョウコールが起こる。人々はわからなかった。キョウではなくアカネが
その決定を下したのであり、ましてそのアカネも自分の考えではなくナツメから
伝わってくる思いを受け取ってのものであるなどとは。
「ところで・・・彼らのポケモンたちは?残らずボールに入れただろうな?」
「そんならここにあるで。ポケモンセンターに大急ぎせなアカンが・・・
あんたら頼まれてくれんか?身軽な忍者親子ならすぐに・・・」
「お安い御用だ、よし、ボールは受け取った。いくぞアンズ!」 「はい父上!」
キョウとアンズは倒れた三人のポケモンが入ったボールを持つと二人そろって
どろん、と姿を消してしまった。これでポケモンたちはもう大丈夫だろう。
去り方まで華麗だったキョウへの声援が響く中、アカネは小さく舌打ちをすると、
「チェッ!結局ウマいトコ全部あのオッサンに持ってかれてもうた。ナツメたちには
頭が弱いと馬鹿にされるし・・・コラ、そこの虫!タヌキはもうやめーや!」
「グエーロス!」
八つ当たり気味に足元にいたカイロスを蹴飛ばした。ツクシのポケモンであり、
アカネが唯一モンスターボールに入れなかったポケモンだった。うつ伏せに
倒れていて動いていなかったのだが、実は傷らしい傷はほとんどなく、
フーディンの魔の手から逃れるため死んだふりをして凌いでいたのだ。
「あんたの怪力・・・自分の何倍までなら持ち上げられるんやったっけ?
確かヘラクロスっちゅうポケモンは体重の百倍も重いモンをぶん投げるらしいで。
あんたもちょいとくらい根性見せたらどうなんや!ホレ、そこで倒れとるあんたの
ご主人様たちを運ぶんや。まさか『か弱い』女の子のうちにやらすんか?」
このためにカイロスを残していた。仲間たちが規格外の怪物フーディン相手に
必死で戦っているというのに早々に気絶を装い戦闘から離脱するという姑息な
作戦で生き延びた情けないポケモンに汚名返上のチャンスを与えたのだ。
ところが、アカネから仕事を命じられた途端カイロスは体を丸めて転び始め、
「グゥ~~~ッ・・・イタイロス・・・イタイロス・・・」
戦いの傷が今になって痛み出したかのような芝居を始めた。自身のたった
二倍の重さまでが持ち上げる限界であることがこの大観衆の前で明らかになり、
ライバル関係にあるヘラクロスとの差がはっきりとしてしまうのを恐れたか、
それともただ面倒だったのか・・・。とにかくカイロスは転がり回るだけだった。
この醜態、主人であるツクシは意識を失っていてよかったのかもしれない。
「・・・・・・だめだこりゃ」
結局すぐに救急車が三人のジムリーダーたちを病院に搬送し事なきを得た。