ポケットモンスターS   作:O江原K

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第74話 シルフ襲撃

ナツメとフーディンの仲間同士でのバトルを実力行使で制止したのは彼女たちの

敵であるサカキとスピアーだった。フィールド中心で睨み合いが始まる。

 

「お前たちの敵はこのわたしたちだろう?それを忘れてもらっては困る」

 

「もちろん覚えていた。その害虫の耳障りな羽音が鳴り響くせいでな。

 ナツメ!わたしたちの話し合いは後だ。まずは邪魔者どもの駆除からだ!」

 

「ああ、そうだ。わたしたちが潰し合ったところで喜ぶのはその男だけ、

 こちらには何の得もない。なのにわざわざ自分たちに注意を向けるとは

 相当自己顕示欲が強いらしいな。かつては己の顔も名前も偽って闇の中で

 暗躍していたというのに・・・失踪中に脳を交換でもしたか?」

 

かつてロケット団ボスとして活動していたサカキを皮肉たっぷりに罵るナツメ。

それを聞いてスピアーは明らかに威嚇の構えを見せたがサカキは手で制すると、

これまでのような挑発合戦を始めるのではなく、静かに笑ってこう言った。

 

「フフフ・・・そうだったな、お前はわたしの正体を知る数少ない人間だった。

 それをネタにずいぶんと搾り取られたな・・・苦い思い出だ」

 

苦い記憶と口にしているがサカキは笑顔で、ナツメへの恨みは感じられなかった。

すでにロケット団と決別しているからか、それとも全く別の思いがあるからなのか。

 

「あれは確か・・・拠点を本格的にヤマブキシティに移して間もなくだったな。

 以前からお前のことは不気味に感じていたがそれが正しかったとわかったのは」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

カントーの大都市はどの街もすでにロケット団による制圧が進んでいた。カントーの

中心であるヤマブキシティをもついに陥落させ、大企業シルフカンパニーの本社を

乗っ取り、そこから他の街、更にはジョウトや遠方の地方へと勢力を拡大させる

計画が順調に果たされていこうとしていたある日、災厄がやって来た。

 

『・・・何だ?入口はどこも閉鎖しているはずだ!なのに誰かが近づいてくる!』

 

『カメラを・・・!こ、こいつはヤマブキジムのリーダーの・・・!』

 

下っ端たちが突然の侵入者に慌てふためく。幹部アポロが彼らを一喝し、

 

『何を無駄に騒いでいるのです!誰であろうが関係ない、早く排除しに行きなさい!

 この社長室には決して足を踏み入れさせてはなりません。殺してでも・・・』

 

サカキと幹部たちは最上階の社長室を自分たちの物とし、警備を最大級に固めていた。

ところがアポロが部下たちへ命令を出した瞬間、誰もいないはずの空間に突然一人の

部外者がすでにそこに立っていた。この会社内の移動手段であるテレポートブロックは

社長室内にはない。つまりこの侵入者は自らの力でテレポート、ワープしたというのだ。

信じがたい現象ではあるが、すでに監視カメラに映されていたその人物であればそれも

可能であるとロケット団員たちは必要以上に驚かず、冷静さを保ち続けた。

 

『・・・やはり!ジムリーダーのナツメ、お前か!』

 

『下の階のやつらは何をしている!?ジムリーダーとはいえたった一人に!』

 

ナツメは指をパチンと鳴らした。すると社長室の大型モニターが反応し、

一階と二階の様子を映し出した。大勢の団員たちが倒れている中を一体、

フーディンが歩き回り一人も逃さないために隙間なく人の気配を探っていた。

ほとんどの団員たちは見るも無残な姿で倒されていた。すでに死んでいる者も

いるだろうし、このまま放っておけばもっと大勢の死人が出るだろう。

殺人を躊躇わないフーディンならではの虐殺劇だった。

 

『・・・ああ、あの能無しどもか。別にいいだろう。あんなゴミどもいくらでも

 湧いて出てくる、またどこかで大量に補充できるさ、お前たちなら』

 

『きさま————っ!!』

 

次々とモンスターボールが放たれた。ズバットやドガース、ゴーリキーといった

ポケモンたちが数十体は現れただろうか。それに対しナツメはたった二体、

バリヤードとスリーパーだけを出し、この大群の相手をさせる気だ。一見無謀に

思える戦いも、ナツメとポケモンたちはすでに勝利を確信していた。

 

『・・・くくく、わたしの扱うポケモンたちについて少しも知らないのか?わたしは

 エスパータイプのポケモンを扱うことに関してはカントーで並ぶ者はいない。

 お前たちのポケモンはほとんどがエスパーを苦手とするものばかりではないか』

 

『無理もないわ、ナツメ。こいつらのポケモンなんてどこかで盗んできたか

 適当に捕まえたか組織から支給されたか・・・その程度なのだから』

 

『しかもろくに鍛えられていないのは明らかです。毛並みは汚く覇気を感じない。

 そうですね、一分もあれば全滅させられるでしょう』

 

ポケモンが喋った、とロケット団員たちは目を丸くして驚いたが、その一瞬で

バリヤードとスリーパーはすでにサイケこうせんを放ち、一撃で数体のポケモンを

戦闘不能にした。ただでさえ実力差と相性の差があるのに隙を見せてはどれだけ

数で勝っていてもどうしようもなかった。その様子をサカキはじっと眺めていた。

四人の幹部すらあたふたとし始めるなか、サカキは座ったままだった。

 

 

『ちっ・・・ポケモンが駄目なら・・・!掟破りが俺たちの得意技でね!』

 

幹部の一人ラムダがマタドガスをポケモンではなくトレーナーのナツメに

直接攻撃するために放った。だがその奇襲は失敗に終わった。あと少しで

ナツメを捉えたか、といったところでモルフォンのサイコキネシスが炸裂した。

 

『ガッ・・・ガガガ・・・』 『何ィ!?どこに隠れていやがった・・・』

 

ルール無用の攻撃を仕掛けてくる相手がいることなど超能力を使わずとも

予期できる。あらかじめ自分を守るためのポケモンを潜ませていた。

 

『ふ———っ、間一髪だったっすね!痺れる瞬間だったっす———っ!』

 

『くくく、そのギリギリ感がたまらないだろう?』

 

命を失うかもしれない危険な戦いであってもまるでゲーム感覚、もしくは小さな

子どもを相手にするかのような余裕。このままではほんとうにたった一人の

侵入者によってこれまで築き上げてきた全てを破壊されかねない。四幹部で

一番若く、しかし冷酷であることで知られていたランスは拳銃を構えると、

 

『役立たずのポケモンどもが駄目ならこれしかないでしょう!』

 

ナツメのポケモン三体に向かって発砲した。彼らにとってポケモンは金儲けの

道具であり、真に信頼を寄せるのは己の腕と武器だった。だがそのような相手は

ナツメたちからすれば最もやりやすい、対処が容易な輩だった。

 

『・・・は、外れたっ!?ありえません、この至近距離で・・・!』

 

『人間の撃った弾なんか訓練された私たちに当たるか———っ!』

 

油断しきっている野生ポケモンであれば銃で撃ち抜くこともできただろう。

ジムリーダーの持つ鍛えあげられた主力のポケモンであってもトレーナーや

ポケモンに恐怖があれば仕留められるはずだ。今は仕掛けた相手が悪すぎた。

 

『くっ・・・!死ね————っ!』

 

ポケモンたちがナツメから離れたのを見たランスは、今度はナツメの頭部を

撃つために引き金を引いた。動揺していても狙いに狂い無し、ようやく

無法者の進撃を止められる、そう思ったのも束の間だった。

 

『くくく、どうしたその顔は?まさか銃でわたしを殺せるとでも?』

 

『ちょ、ちょ、直前で銃弾が止まっている!?はっ!そうか、あなたは!』

 

生まれながらの超能力者であり、銃弾程度はこうして宙に浮いたまま

固定することもできる・・・ランスが己の甘さを悔やんだ時にはもう遅かった。

 

『・・・まあこれはあなたのものだ。返してやろう』

 

ナツメは指でくいっと弾を押した。すると固定は解除され、拳銃から放たれるのと

同じ速さで飛んでいった。ランスの右足を貫通し、彼はその場に倒れた。

 

『ぐあああああああ』

 

『あわわわ・・・ボ、ボス!』

 

ポケモンも武器も通用しない。打つ手がなくなり女幹部アテナはサカキに助けを

求める。サカキの右腕アポロもナツメを倒すのは自分たちにはできないと知り、

サカキを守るためにその前に立った。サカキの安全はもちろん、その正体も

知られてはならないのだ。組織の中でも幹部のほかは限られた数人しか

いくつもの偽名と変装で隠されたボスが何者であるか教えられていない。

 

 

『さて、クズどもはほとんど片付いたか。では・・・ここからはあなたと

 二人で話をさせてもらおうか。邪魔な手下どもを部屋の外に出せ。なあ、

 ロケット団ボスでありトキワシティのジムリーダーであるサカキ!』

 

『・・・・・・!!き、きさま!どうしてボスの真の名を・・・!!』

 

『・・・・・・・・・』

 

幹部と残った下っ端たちはこの日一番の驚きを見せた。しかしサカキ本人は

それほど意外なことでもなかったため平然としていた。以前からこのナツメには

全てを見透かされているような気がしていたため、『やっぱりか』と思うだけだった。

人の心が読めると噂されるエスパーレディ。彼女を欺くのは不可能だった。

サカキは大きく息を吐くと立ち上がり、アポロたちに対し社長室のドアを指さした。

 

『・・・いいだろう、ここまで派手にやられたんだ、その要求を呑もう。

 お前らはしばらく席をはずせ。わたしはこの女と二人で話す』

 

『そ、そんな・・・!危険です!せめて私をそのそばに置いてください!』

 

『こんなやつと話なんかする必要も理由もちっともありませんぜ!他のアジトから

 応援呼んで今すぐこいつもポケモンどもも全員ぶっ殺して・・・』

 

納得できないアポロとラムダが声を大きくして意見するが、サカキは彼らを睨みつけ、

 

『お前たち・・・わたしを軽く見ているのか?もし何かあれば抵抗すらできずに

 倒されてしまう・・・一対一ではこの女に勝てない、そう言いたいのだな?』

 

『い・・・いえいえ、決してそのような意味では・・・!』

 

『ならば黙って撤収しろ。こんな小娘一人に敗けるわたしではない』

 

これでは団員たちはその通りにするしかなかった。サカキの機嫌を損ねたら

どんな制裁が待っているか想像しただけでも恐ろしいからだ。とはいえ

サカキがナツメによって命を奪われるか警察に引き渡されでもしたら組織は

終わりを迎える。彼の勝利と無事を祈って社長室から出るしかなかった。

 

 

すでにナツメはポケモンを全てボールの中に戻していたので、サカキも

ポケモンを出さずにソファーに座り、ナツメにもそうするように言った。

だがいつ襲われてもいいように左手はモンスターボールに添えていた。

 

『さて・・・いろいろ聞きたいことはあるが最も気になるのはやはり

 このことだ。どこでどうやってわたしの正体に気がついた?』

 

『さあ?答える必要はない。カントーの帝王、最強のジムリーダーとして

 尊敬される男の裏の顔・・・以前から怪しいと思っていた。余程のことが

 なければロケット団とその協力者以外は入れない今のシルフカンパニー、

 中でも最上階、社長室にいるというのに声と姿を変え名前を偽る・・・。

 帝王としての誇りも地に落ちたな。豪快な大技で勝利を積み重ねていた

 大地のサカキはどこへ行ったのやら。哀れ過ぎて見ていられないのだが?』

 

『フン、わざわざ皮肉を言うためにわざわざここまで来たわけではないだろう。

 ヤマブキジムのリーダーという立場ゆえにこれ以上この街で好き勝手は

 させないと危険を顧みず単身乗り込んできたのか?いざとなればわたしと

 刺し違えてでもロケット団を崩壊させる、そんな正義の味方気取りで』

 

ナツメの目的がわからないことには話し合いにならない。相手は平気で

団員たちを痛めつけ、下の階では殺害すらしている。ほんとうにナツメが

自分の命を捨ててでも街に平和を取り戻そうと揺らがない決意を抱いて

いるのなら説得や買収は無駄であり、戦うしかない。だがサカキは

それはない、と思っていた。ナツメには他に狙いがあると読んでいた。

もし正義の炎に燃えているのなら話をしようなどと言うはずがない。

 

『くくく・・・わたしが正義のヒーローに見えるか?いかに落ちぶれたとはいえ

 そこまで目も頭も衰えてはいないだろう。ちょっとした取引に来た。あなたに

 とっては美味しい話だ、この街から追い出すとか逮捕するだなんてとんでもない、

 これまで通りここで活動を続けることを許してやるのだからな。もちろん

 わたしがこれから言う条件を受け入れたら、ではあるが・・・』

 

『ほう、だいたい察しはついた。わたしの秘密を語らず、シルフカンパニーを

 中心としたヤマブキの占拠を見逃すんだ。わたしを脅して強請り取る人間が

 いるとは驚きだがいいだろう。白紙小切手を渡そうじゃないか。好きな金額を

 書くといい。それともロケット団での幹部の座が欲しいのか?わたしたちの

 勢いはもはや止められず、それに乗るのが賢い道だという結論に達したか。

 どっちにしろお前もわたしたちと同じ悪の側にいる者であるのははっきりした』

 

 

これならば事はうまく運ぶのではないかとサカキも笑みを浮かべた。ナツメは

やはり正義感など皆無の、自分同様悪人だった。ならば悪同士手を組めばいい。

ナツメの要求が何であれこの場は全て呑んで、うまくいくようであればそのまま

良好な関係を続け、そうでないなら裏切って寝首を掻いてやるだけだ。

 

『フン、誰が幹部になどなるか。どうしようもないクズどもを寄せ集めた

 ゴミ溜めの集団で地位を得ようがうれしくも何ともない。こんなくだらない

 虫けらの頂点に立って大喜びしているどこかの男と一緒にするな』

 

『・・・やつらの悪口はよせ。お前の言う通りの連中もいるがそうではない者も

 大勢いる。まあいい、ならば目的は金か。好きなだけもっていけ』

 

小切手を懐から取り出そうとするサカキ。しかしナツメは首を横に振る。

 

『違うな。わたしが求めるのは・・・このシルフカンパニーへの自由な出入り、

 そしてわたしが何をしようが見て見ぬふりをすることだ。今日のような

 暴力行為はもうしない、ときどき会社の中を見て回るだけだ。とはいえ

 関係者以外立入禁止の研究室や稀少なポケモンたちが捕らえられている

 部屋、それらへの入室や資料の閲覧を含むが・・・構わないだろう?』

 

ロケット団員が本社を制圧した後もシルフの業務は通常通り続けられていた。

この会社が完全にロケット団に乗っ取られたと知っているのはヤマブキの住民か

余程の情報通に限られ、商品の生産や開発はこれまでと変わらなかった。

国でも有数の大企業が機能を停止したとあっては至る所から疑いの目で見られる

うえに、せっかく金づるとして手に入れたのに金が入らなくなっては意味がない。

ポケモンに関わる新製品の開発、またロケット団と関わる以前から行われていた

非合法な研究や実験はむしろ大きな後ろ盾を得たことで勢いを増していた。

 

『ムム、これは予想外だった。わたしの権限を使えば容易いが・・・』

 

『なら決まりだ。あまりにも企業秘密が多いこのシルフカンパニー、こんな

 チャンスをわたしはずっと待っていた!ロケット団のボスが見ず知らずの

 人間ではなくあなたであったため話が早く済んだのは幸運だった。さて、

 それではさっそく七階から行ってみるとしようかな』

 

ナツメは立ち上がり、もうサカキに用はないと言わんばかりに背を向ける。

 

『・・・おい、後から文句を言われても困るのでな、確認させてもらう。

 ほんとうにそれだけでいいのだな?他には何もいらないのか?金は!?』

 

『ん~・・・そうだな、なら今日の夕飯代でも貸してもらおうか。明日協会から

 今月分の給料が入る日なのは曲がりなりにもトキワジムのリーダーなのだから

 あなたも知っているだろう。あと一日あるのにちっとも金がない。次回の

 ジムリーダー会合のときに返すからそれだけ頼めないか?』

 

『・・・・・・いや、とっておけ。返さなくていい。お前は派手に金を使う

 女ではないと思っていたが・・・とにかく遠慮せず持っていけ』

 

財布から数万円を抜き、ナツメに手渡した。こんなにもらえるとは予想外だったか、

彼女は一瞬動きが止まったが、すぐににこりと笑いながら紙幣をぐしゃりと雑に

ポケットに押し込む。その動作だけで金への執着がないことは明らかになったが、

ますますナツメという人物の謎が深まるばかりだった。派手に暴れまわり弱みを

握った挙句シルフカンパニー内を自由に見て回るという子どものような要求しか

してこなかった。組織の崩壊という最悪の事態は免れたものの、しばらくこの本拠地に

頻繁にやって来るであろう女の底知れない不気味さは増す一方だ。このまま

波乱の一日は終わるかと思われたが、去っていく寸前にナツメは背を向けたまま

これまでとは少し違う声色でサカキに語りかけてきた。

 

 

『・・・思っていたよりはまだやり直しがきく状況だった。不幸中の幸いだ』

 

『・・・・・・?どういう意味だ?』

 

『あなたは常にモンスターボールに片手を添え、いつわたしが攻撃を仕掛けても

 対処できる構えを崩さなかった。あなたの手下どものようにポケモンをただの

 都合のいい武器、もしくは拳銃以下の存在だとは考えずに信頼している証だ。

 ポケモンは金儲けのための道具と言いながら、大事なものを完全には失って

 いない・・・愚かな歩みから立ち返る見込みがあるということだ』

 

ロケット団ボスとしてのサカキを終始否定したが、トレーナーサカキのことは

高く評価しているようだ。いまサカキは自分の真の主力と呼べるポケモンが

手元にはいない。多忙な生活のためポケモンたちの訓練が他人任せになっており、

ロケット団のなかでは珍しい、ポケモンを愛する部下たちに管理させていた。

彼らのおかげで能力や調子は維持できていたが、やはりサカキ本人が時間を割き

ポケモンたちを直接鍛えないことにはトレーニングから大きな効果は得られない。

 

『近いうちにあなたは敗北を喫するだろう。わたしのような悪人ではない、真の

 勇者によって。手加減をしていた、しかも控えのポケモンたちを使ったとはいえ

 不覚を取ることになる。実戦勘も錆びついているのだから当然の結果だな』

 

『・・・それは未来予知か?いつそのようなことが・・・』

 

『予知の必要などない。いまのあなたでは真剣勝負を制することはできない、

 それはあなた自身いちばんよくわかっているはず。だけどもその敗戦は

 あなたにとってチャンスとなる。それを決して逃してはならないと忠告しておく』

 

表より裏の生活が中心となり、ポケモンの世話すら怠るようになった現状を、

このままでいいのかとサカキも考えてはいた。それを他人から指摘されるのは

初めてであり、しかも敗北こそが好機であるとナツメは言うのだ。

 

『もう一度じっくりとあなたのポケモンたち、特に・・・あなたが幼いときから

 共にいるスピアーと向き合うことだ。その目をしっかりと見て話すんだ。

 腐った偽りの帝国の王の座をポケモンたちは喜んでいるのかよく考えろ。

 そしてあなたが復活することでロケット団以上の脅威がこの国を襲ったとき

 あなたとポケモンたちは悪魔どもから世を救う最後の砦となるだろう』

 

そこまで口にしてナツメは消えてしまった。サカキがタマムシシティのアジトで

レッドに初めて敗れるのはそれからちょうど一月後だった。

 

 

 

 

「・・・いろいろ貴重なものを持っていかれたりもしたが今となってはナツメ、

 お前に感謝しなければならない。もしお前の忠告がなければわたしはあの日、

 レッドと彼を助けに来たエリカ嬢を問答無用で亡き者にしていただろう。

 そんな真似をしていたらポケモントレーナーとして死んでしまうところだった。

 今日のわたしがいるのもお前のおかげ・・・ということになるな」

 

ナツメはその後幾度もシルフカンパニーの門外不出の資料を持ち出し、会社や

ロケット団に損害を与えたが、サカキの口から出た本心からの言葉は感謝だった。

真に大切なものを理解し、人生を再出発させることができたのはレッドに三度も、

最後は真剣勝負で敗北したのが直接の理由であったが、最初のきっかけは

間違いなくナツメだった。救われたと言っても過言ではなかったのだ。

 

「だが・・・皮肉なものだ。お前は確かに言った、ロケット団以上の脅威が

 襲ってくるとな。そしてロケット団との繋がりを絶ちトレーナーとしての

 鍛錬を続けてきたわたしが世を救う砦になる・・・それはまさに今のことだ」

 

「・・・・・・」

 

「その脅威、倒すべき悪魔どもとは・・・ナツメ、お前たち自身だったのだ」

 

未来予知はしていなかった。だがこうなるかもしれないとわかっていた。

 

「くくく・・・そういうことだ」

 

ナツメは静かに笑った。数年前から約束されていた戦いが目前に迫っていた。


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