ポケットモンスターS   作:O江原K

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第79話 命を賭けたバトル

 

長い一日が終わり、トレーナーたちも大観衆もすでにセキエイのスタジアムには

いない。一週間後の最終決戦の日、再び大きな歓声と熱気で包まれることだろう。

そのセキエイ高原に一番近い街であるとはいえかなりの距離があるトキワシティ、

主役の一人であるサカキは故郷トキワのとある店で遅い夕食をとっていた。

テーブルは一つしかない、一日に一組の客のみを相手にする高級な店だった。

 

「・・・フム、久々だが味は落ちていない。それどころか更に進化しているようだ。

 人は成長しなくては生きていけないとわたしもようやくこの歳で知ったよ」

 

「ほう、そうかい。だったら俺なんかはとっくにあの世だな。生きる目的も夢も

 とっくに見失って給料も階級も下がり続けている俺はゴーストかい?」

 

サカキは一人ではなく、昔からの知人と食事をしている。旧知の仲ではあったが

真の友人というわけではない。この男もサカキの正体を知っている人間の一人だ。

 

「この店のやつも俺たちの真の顔を知ったらぶったまげるだろうよ。片や

 大犯罪組織の首領、片や国際警察で一番成果をあげた男だとわかったら」

 

「フフフ・・・ただの常連の小金持ちの親父二人としか思っちゃいないだろうな。

 しかも正反対の立場であるわたしたちが手を組んでいたと知ったら尚更な」

 

サカキとこの男はマフィアと国際警察という身分でありながら裏で協力し合っていた。

サカキはロケット団以外の犯罪者の情報を売り、その代わり男はロケット団の悪事を

見逃した。互いに最後まで裏切らない息の合った名コンビだった。金を不当に

得ようという目的においてこれ以上なく信頼できる仕事仲間だったのだ。

 

「とはいえいまはわたしはどこにでもいるポケモントレーナーに過ぎない。

 お前も・・・交番勤務のヒラ巡査なのだろう?どういう心変わりだ?」

 

「そうだな、お前さんと変わらねえよ。悪事に手を染めすぎて疲れただけだ。

 来月からは南国ののんきな場所に行くことになっている。この店ともお別れだな」

 

「南国・・・そうか。なかなか楽しそうじゃないか。そんなところに行ったら

 汚れに満ちたこちらには戻ってくる気も失せるだろう。長い付き合いだったが

 どうやら今日が最後になりそうだな・・・お前とこうして話すのも」

 

「わからねぇぞ?人生いろいろあるからな。それに俺は別の意味でお前さんと

 お別れになっちまうのが心配だ。一週間後・・・あんな狂った勝負を本気で

 やるつもりかい?賢いお前さんのやることじゃあねぇと思うんだが・・・」

 

男は心から心配そうな顔をする。スタジアムにはいなかったが中継を通して聞いた

この日の締めくくり、対戦カードが決まった後のフーディンの言葉に原因があった。

 

 

 

 

『では四人全員が対戦相手に同意したところで・・・わたしから注意をさせていただく。

 一週間後の決戦は今後のカントーとジョウトのポケモン界を大きく左右する大きな

 勝負となる。それほどの戦い・・・何があっても構わないという意思確認をしたい』

 

『・・・・・・は?』 『意思確認?』

 

ゴールドとアカネは共にフーディンの発言を不思議に感じた。フーディンが怪しげに

笑っているのもまた二人の不安を煽ったが、サカキとナツメはすでに予想がついていた。

フーディンが今さら何を確認するか・・・これまでの積み重ねで十分察していた。

 

『もしかしたら命を落とすことになるが・・・それでもいいかと尋ねているのだ』

 

『い・・・命!?ちょいと待てや!うちらがやるのはポケモンバトルやろ!』

 

フーディンは自らに逆らう者、その力も資格もないのにポケモントレーナーとして

振る舞う者の魂を求めている。ナツメによって阻止され続けてきたが、今度は

その邪魔も入らないことが決まっている。もちろん彼女自身が手を下さずとも

バトルの途中の事故やそれに見せかけたトレーナーへの攻撃も大歓迎だった。

ルールは厳格に守るが、詳しく書かれていないグレーソーンに関しては要するに

『何でもあり』。結果敗者や弱者が死に至ることがあっても仕方ないというのだ。

 

『これに合意できない者は今すぐ舞台から退場してもらいたい。さあ、どうする?』

 

『いやいやいやいやいや!誰がそんなアホな話に乗るかい!うちらは殺し合いを

 やっとるんとちゃうで!ただポケモンとの絆やホンマもんの強さを競い・・・』

 

『フッ、最初からそのつもりで来ている・・・』 『わたしも』

 

アカネが大きく取り乱している間にサカキとナツメはあっさりと受け入れた。

 

『はぁ————!?あ、あんたら正気か!?あいつはマジに・・・!』

 

『ふ・・・ふふふ・・・・・・』

 

今度はゴールドが静かに笑う。この表情、彼も乗り気だ。続く言葉がそれを証明した。

 

『なるほど・・・面白そうだ。合法的にお前を殺せるということじゃないか。

 ポケモントレーナーとして、とかじゃなくて文字通りの死を与えられる

 チャンスがある・・・!この機会を逃すわけがない。やってやるさ』

 

『・・・・・・!!そ、そこまで恨んどるんか・・・!こりゃあアカンで・・・』

 

自分以外はこのデスマッチを喜んでやる気でいる。アカネは目眩を感じてよろけた。

勢いで『食い殺したる』などと吠えたりもしたが、ほんとうに命を奪おうなどとは

思っているわけがなく、殺されるかもしれないという覚悟も持ち合わせていない。

とんでもないところに来てしまったと青ざめたが、倒れそうになった彼女をすぐに

ナツメが支え、小さな声でこう言った。

 

『・・・心配する必要はない。少なくともあなたが死ぬことはない』

 

『ナツメ・・・!でもあの連中は・・・』

 

『あなたを委縮させようとしているだけだ。ポケモントレーナーである以上

 決着はバトルでつける。あの二人だって殺人目的でバトルを行うはずがない』

 

敵意を向けられても、それはバトルの相手としてのもの。鋭い殺意を感じても

本物ではない。アカネの武器である天性のセンスや思い切りのよさを奪うための

脅しとしてフーディンの言葉に乗っているに過ぎないとナツメは静かに諭した。

 

『・・・いや、フーディンが危険なのは確かやないか!思わぬ事故も・・・!』

 

それでも恐れを払拭できないアカネに、ナツメはその目をじっと見つめながら言った。

 

『あなたの言う通りやるのはポケモンバトル。あなたはただ勝てばいい。

 それにもしフーディンやあの二人がバトルの間、バトルの前後に関わらず

 あなたを狙ってくるとしても・・・わたしが必ずあなたを守る。安心して』

 

『・・・・・・・・・!』

 

『万が一あなたを死なせたらどうする・・・そんなのは口にする必要がない。

 絶対に起こらないことについてあれこれ言うなんてばからしいでしょう?

 わたしを信じて。あなたはポケモンたちとバトルを楽しむことに集中するの。

 そうすればあなたが求める夢へと続く道ははっきりとその目の前に現れるから』

 

アカネがナツメの中に見た、天使のような声で恐れることはないと保護を保証する。

そうだ、これまでもナツメは何の関わりもなければ救う必要もないイツキやグリーンを

助けてきた。だったら最高の相棒、親友と認めてくれた自分を見殺しにするはずがない。

勇気と活力に満たされたことでアカネの闘志が蘇り、恐怖はどこかへ投げ捨てていた。

 

『・・・・・・エエやろ!うちもそれでオッケーや。やったるで』

 

『ムム!こいつ・・・たった数十秒で別人のように・・・!』

 

『では四人全員の合意を得られたところで本日のところは解散としよう』

 

 

 

 

負けたら死んでしまうのか、それともバトル中に死の危機が迫るのか、最悪勝っても

命を落とすことがあるのか、もしくは何も起こらないのか・・・全く予期できない。

 

「たかがポケモンバトルだろう。生き死にまで賭けちまうとは信じられねぇな。

 お前さんの初戦はアカネとかいうお嬢ちゃんだったな・・・容赦しないのか?」

 

「まあ順番的にはやつから、ということになるな。今回の戦いでわたしが久々に

 表舞台に戻ってきたのはこのスピアーがそれを望んだからだ。スピアーが

 ナツメの・・・いや、フーディンとの決着を望んでいる以上は邪魔者を

 除き去ってその舞台に立たなければならない・・・」

 

この店は人間だけでなくポケモンへの食事も提供している。サカキともう一人の男の

ポケモンたちもボールから出てご馳走を楽しんでいる。スピアーもその輪の中にいた。

 

「でもお前さんは確か代打を使うとか言っていたな。そんな大役を任せられる

 凄腕のトレーナー、しかもお前さんの代わりに命を張って戦うのを承諾するやつが

 カントーにまだいるのか?いや、お前さんはほんとうにそれでいいのか?」

 

「わたしとしても敵はナツメただ一人に絞りたい。クズに思わぬ抵抗をされて

 傷が残ったら困る。一回戦の小娘は自棄になったら何をするかわからんからな。

 スピアーはフーディン、わたしはナツメとの因縁に終止符を打つ!それしか

 考えていないのだから当然の選択だ。あの女の野望はわたしがここで断つ」

 

「ほーん・・・あのネーちゃんのせいでだいぶエライ目に遭った恨みか?」

 

「・・・いや。そういうわけではない。確かにやつの物言いは気に入らないが・・・」

 

 

 

 

ロケット団ボスとしてのサカキがナツメと最後に話をしたのはヤマブキシティで

拠点としていたシルフカンパニーが陥落した日、多くの部下が傷ついたり警察隊に

逮捕されたりするなかでサカキもレッドに二度目の敗北を喫し、己の安全を捨ててでも

サカキを守ろうとする部下たちの献身のおかげでどうにか脱出しかけていたときだった。

誰もいないはずの狭い路地に突然ナツメは現れた。捕まえようとしているわけではない

ようだが、自分の弱みを知るナツメの登場はサカキにとってよくない事態だった。

 

『・・・どうした。わたしの敗走を嘲笑いに来たのか。わざわざご苦労なことだ』

 

『くくく・・・笑いが止まらないな。たった一人の少年によってあなたがこれまで

 長い年月を費やして築き上げた王国があっけなく滅んだのだから面白過ぎるだろう。

 まあ・・・厳密には一人ってわけではなかったようだが今さらどうでもいいことか』

 

警備を最も厳戒に固めていた一階と二階ではほとんどバトルが行われた跡がない。

ロケット団員たちと彼らのポケモンは皆深い眠りに沈み、警察が突入してきても

まだ寝ぼけていたほどだ。レッドがスムーズにサカキのもとまでたどり着けるように

彼の仲間である着物の女性の繰り出す草ポケモンたちのねむりごなのせいだった。

カメラはぎりぎりのところでその女性の正体を撮り逃しているがあれほどまでの実力と

冷静さ、ポケモンたちの技の精度を考えたらすぐにエリカの顔が浮かび上がった。

 

『わたしはじゅうぶんシルフから抜けるだけ抜いた。もうそろそろいいかと

 思っていたところだからあなたたちに手助けもせず連戦連敗する様を

 見物していたが・・・やはりあなたのポケモントレーナーとしての勘と

 ポケモンたちの動きは目に見えて酷い。これはさすがに笑えなかった』

 

『・・・あの小僧も拍子抜けといった顔だったよ。ロケット団のボスが前回の

 勝負とは違い真剣に戦っている様子なのにこんなに楽に勝ててしまうのかとな。

 わたし自身・・・ロケット団の崩壊よりもこちらの落胆のほうが大きい。

 全ては手遅れでありわたし自身が招いた自業自得の悲劇ではあるがな・・・』

 

サカキは帽子を深々とかぶり直した。もういいだろうと言わんばかりに

ナツメを押しのけて先に進もうとした。だが彼女はそれを許さなかった。

まだ追い討ちをかけるつもりなのかとサカキは身構えたが、そうではなかった。

 

 

『いや・・・手遅れではない。あなたはあの少年に敗れたとき潔くあの場を去り

 ルール通り賞金まで渡した。てっきり逆上して武力を用いるものだと思った。

 そうなればわたしも見過ごすわけにはいかなかったがあの態度には感心した。

 ポケモントレーナーサカキはまだ死んでいない。じゅうぶん取り返しがつく』

 

『・・・・・・わたしを慰めてどうするつもりだ?』

 

『どうする気もない。ただ一つ勧めたいのはいますぐトキワのジムに帰ることだ。

 ロケット団ボスではなくトキワジムリーダー、カントーの帝王サカキとして

 戦うなら敗れたとしてもかつての栄光の復活のための足掛かりとなるだろう』

 

そのときナツメはサカキから視線を逸らし、薄暗い路地から僅かに見える空を

見上げると、一転して小さな声で、しかも自分に言い聞かせるように言った。

 

『・・・そう、あまりにも罪なき者の血で己の手を染め、もはや救いようのない

 醜悪な存在であるわたしとは違って・・・あなたはまだ戻れる』

 

『・・・・・・?』

 

その言葉の意味がわからずサカキは彼女に尋ねてみることにした。しかしそのとき

警察がすぐそばまで迫っていた。疑問の答えを求める時間などなくなっていた。

ナツメもそれを察知し、テレポートで脱出するつもりのようだ。そして去り際に、

 

『ではお別れだ。あの少年は明日にはわたしのジムに来るだろう。あなたとは違い

 わたしは勝つ。バッジを確か五個持っていたからそれに合った戦い方にはなるが

 負ける相手ではない。何かあるとすれば・・・わたしのポケモンが負傷するか

 もしくは彼らがわたしの思わぬ方法でバトル中に急成長を遂げるか・・・だ』

 

『・・・フン。大した自信だな。やつの強さは実際に戦わねばわからないぞ?』

 

『くくく・・・だからこそ楽しみだ。わたしは彼を追い詰める。そのとき

 何が起きるか。わたしの求める何かを見せてくれる可能性が極めて高い。

 あなたも早くかつての強さとポケモンへの愛情を取り戻し帰ってこい』

 

 

 

 

それから数年が経過し、ようやくサカキは復活し『帰ってきた』。

 

「ほぉ~・・・だったらあのネーちゃんはお前さんの恩人とも言えるわけだ。

 なのになんで命を奪い合うかもしれない敵になった?」

 

「・・・やつとフーディンの悲願であるポケモンのための世界・・・確かに

 理想的だ。だが現実離れも甚だしい!それを力づくで強引に実現させようと

 暴走している。しかも以前のわたしとお前のように自分の名声や富が目的で

 躍起になっているというわけではないのは逆に質が悪い!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「わたしもスピアーもこれ以上やつらの愚行を見ていられない。

 だからわたしたちはやつらと戦い、そして息の根を止めるのだ」

 

ポケモンリーグの長老たちがフーディンによって殺害されたという疑いはもはや

確実なものに変わりつつある。証拠は何も残されていないがキクコのゲンガーが

生み出した幻の長老たちの前で自分の殺人を否定せずにいたのを皆が目撃している。

これからも気に入らない者たちを粛清すると宣言するフーディンを見過ごす

わけにはいかず、トレーナーであるナツメも同様に打ち倒すべき存在だった。

 

「長老たちといえば・・・お前のところの若いやつが残念がっているのでは?

 彼らの悪事を掴み逮捕しようとしたが権力者の介入によって許されず、

 それでも機会を探し続けていたのだから勝手に死なれたとあっては」

 

「ああ。だがどうやらその矛先はナツメのネーちゃんに向かったようだ。

 気落ちする暇も惜しんで走り回る熱いやつだからな・・・」

 

「・・・余計なことをしてくれる。わたしたちの決着に水を差すつもりか」

 

「殺人の容疑で捕まえる気らしい。ポケモンの罪はトレーナーの罪だからな」

 

 

ポケモンが人を襲い危害を加えた場合、状況によって対応はさまざまだ。

そのポケモンが野生であるなら、危険な個体としてすぐに捕獲し殺処分する。

仮に人間の側が先に攻撃し、自らの欲のためにポケモンを痛めつけたために

反撃されたとしても、やはりポケモンは処分されてしまう決まりがあった。

ナツメとフーディンが頂点に立ったならば真っ先に改正することだろう。

 

しかしそのポケモンが人に飼われているのであれば、しつけや育成が不十分で

あるとしてトレーナーが罰を受ける。ポケモンを制御できずに起きた事故なら

刑も軽いが、仮にポケモンに命令し人間やポケモン、公共の施設や他人の

所有物を襲うようにしたのなら責任は重い。指示によってポケモンが人を

殺したとしたらトレーナーは殺人罪で逮捕され、直接自分の手で犯した罪と

同じようにみなされてそれと同じだけの刑を宣告される。

 

「だがあのフーディンは自らの意思でやっている。おそらくナツメはあそこまで

 やれとは言っていない・・・それどころかやつの独断だ。それなのにナツメを

 逮捕するのか?あれはナツメの所持しているポケモンとは言い難い存在だぞ」

 

「前例がねーからなァ。お前さんにとっちゃ不戦勝のチャンスではあるが・・・」

 

「・・・ナツメとの決着はわたしの手でつける。ポケモンバトルとは無関係の

 終わり方など断固拒否だ。やつを・・・やつらを止めるのは警察でも

 なければゴールドくんでもない、このわたしたちがやらねばならぬことだ」

 

サカキは立ち上がる。するとスピアー、続いてサカキの他のポケモンたちも

彼の後に従った。短い休息の時間を終え、すでに次の戦いに意識を向けている。

人とポケモンが一体となっている様子に、いまだ座ったままの男もニヤリと

笑った。かつて自分と組んでいたときとは全く違い、サカキもポケモンたちも

活力に溢れている。これならばどんな危険な戦いであろうがサカキたちが勝利し

生き残ると確信できたからだ。カントー最強のトレーナーが確かにここにいた。

 

 

「まあやつのことだ・・・無能な警察ごときに捕まる愚は犯すまい。そちらは

 問題ない。わたしは先に行く。第一試合を戦うトレーナーに会いに行くためにな」

 

「・・・そうか、お前さんが選ぶ相棒が俺じゃなくてほっとしたぜ。で、その

 代打はやはり一週間後まで秘密なのか?誰にも言わねえからヒントくらいくれや」

 

「あの程度の小娘が相手ならお前でも勝てる可能性は高い。だがわたしは

 すでに連れてくるトレーナーを決めている。ナツメは若いアカネを育て上げ

 この国のポケモン界の将来を背負わせようとしている・・・ならばわたしも

 後の世代の育成をせねばなるまい。これから先はそれら若者の時代だ」

 

サカキは店を出るとすぐにその場所に飛んだ。時刻はすでにかなり遅いが、

目当ての若きトレーナーがこの時間にこそ動いていることを知っていた。

 

 

 

 

ここはお月見山と呼ばれる洞窟。ニビシティとハナダシティを繋ぐ通路として、

また経験の浅いトレーナーや山登り初心者の訓練の場として有名な場所だ。

稀少なポケモンであるピッピを求めて訪れる若い女性たちも多く、満月の

夜であればピッピたちがたくさん現れるため常に大勢のトレーナーがいた。

しかし今日はそうではない。ピッピがやって来るのはまだ先で、お月見山が

珍しく人の少なくなる時間がこの夜だ。だからこそここにいる少年がいた。

 

「・・・まだだ・・・まだ足りない・・・。この技のキレではあと一歩あいつには

 及ばない。もっと鍛えなくちゃあいつの足元にも届かない・・・・・・」

 

他に誰もいない空間で自分のポケモンを訓練する赤い髪の少年。彼はとある事情で

人気の少ない場所と時間を選んで活動する必要があった。お月見山の中でも

他人がほとんどやってこない場所と時間をじっくり調べていた。だからいま、突然

誰かがやってきたとなったら最初は動揺するのが普通だが、自分のよく知る人物、

しかも忌み嫌っている人物が望まぬ客として現れたら話は別だった。

 

 

「・・・・・・オ・・・親父!何をしにこんなところに来やがった!」

 

「ハハハ・・・久しぶりだな、我が息子シルバーよ」

 

「そこから一歩もこっちに近づくんじゃねぇぞ!出て行け————っ!

 お前みたいなやつはもう顔も見たくないと言ったはずだ—————っ!!」

 

シルバーと呼ばれたその少年はなんとサカキの息子だった。彼はサカキを憎み

拒絶する。ポケモンを使いサカキを威嚇することまでしていた。しかしサカキは全く

意に介さず、少しずつシルバーのもとに向かい話を始めた。

 

「・・・いや、お前の誕生日が近いことを思い出したのだ。信頼できる部下たちに

 お前のいる場所を調べさせた。月がよく見えない夜のお月見山にポケモンの

 訓練のためにここにいると聞かされた。秘密の特訓というやつか?」

 

「フン、おれの勝手だろう。誕生日が何だ?プレゼントでもくれるってのか?」

 

馬鹿にしたような口調で言う。サカキが自分によいものを与えてくれるはずがないと

決めつけている。するとサカキはモンスターボールを手に取って構え始めた。

その構え方は路上で野良のポケモンバトルを行うときのものに他ならなかった。

 

「・・・・・・バ、バトルの誘い・・・!今からやるってのか・・・?」

 

「わたしからのプレゼント・・・それは強者とのバトルだ!粗末でくだらない

 品々よりもお前が遥かに求めているであろうものだ。感謝して受け取れ!」


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