ポケットモンスターS   作:O江原K

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第8話 水と草の不協和音

 

前チャンピオンであるワタルに続いて現四天王のシバまでもが敗れたという事実は

見守っていたゴールドたちにショックを与えた。記念すべき式典を突如襲撃した

女トレーナーたちはこの日のためにかなりの備えをしていたことが明らかになった。

 

「ぐっ・・・!シバさん・・・」

 

「ゴールドさん、いまはまだ戦っている方々を応援しましょう!」

 

ゴールドの左隣に立っていたミカンが彼を励ます言葉をかけ、右隣にいるグリーンも

経験の浅いチャンピオンを支えるべくそばに立つ。二試合が決着し場内の熱気は

高まる一方だが、ゴールドたちの不安と焦りもまた増していく。

 

 

「・・・くっ・・・どうしたことだ、おれが負けるとは!くそ・・・

 おれの出番は終わりだ!」

 

「そうね・・・なかなかのポケモンたちだったわ。とはいえ格闘タイプは相性が

 極端すぎるわ。よって対策も容易・・・不器用なあなたらしいけど。

 でも安心して。今のままじゃ到底不可能だけど、あなたのカイリキーたちでも

 チャンピオンになれるような時代がいずれ来る。この私の手によってね」

 

カリンはスタジアムを去る寸前、敗北に悶えるシバに対し、意外にも希望的な

言葉を告げた。それは同時に、彼女が自分たちに敵対する者たちを残らず排除し、

更には一時的に仲間となっている者たちをも倒し頂点に立ったときに何をするか、

その意思表明でもあった。

 

「どういうことだ・・・何が目的だ?カンナとは違う狙いがあるのだろう?」

 

 

「ええ。私の目指す改革、それはポケモンリーグ大会の細分化!いまは誰もが

 勝つために自分の好みでもない勝つためのポケモンを使っている。あなたも

 そう思っているでしょう?だったらタイトルの数を増やしてしまえばいい。

 それならみんな自分のほんとうに好きなポケモンでチャンピオンになれる」

 

「そ、そんなことにどんな意味がある?」

 

「そうすることでいろんなポケモンの魅力や可愛らしさに皆が気がつく。

 やがて優劣や人気不人気なんてなくなってポケモンにとって平等な

 時代が来る。埋もれていた個々のポケモンの更なる秘めたる力や新たなる戦術が

 次々と見つかってもっと面白いポケモンバトルの歴史が始まるのよ!」

 

細かく出場資格を分けてしまうと結果的に強者同士の対戦がなくなり人気も

レベルも後退していくと思われがちだが、彼女は全く逆の未来を思い描く。

誰もが自分のほんとうに好きなポケモンと共に戦いに臨むことこそが真の

ポケモンバトルの醍醐味である、日ごろからそう熱弁しているカリンは

自らの理想や夢を大規模な形で現実にしてしまおうということなのだ。

 

「なるほど・・・大層な夢だな。だが叶うかどうかはお前がもっと己と

 ポケモンを鍛え上げられるかどうかにかかっている。お前自身が

 大切なものを見落とさないようにすることだ・・・」

 

「そんなことはわかっているわ!そのために私は行動を起こした!」

 

 

四天王の座を返上してまで今回の騒動の主役の一人となったのだ。当然後戻りは

できないし、いざ自分が頂点に立ったときのヴィジョンもしっかりと練られていた。

カリンがスタジアムの扉を出ると、もともといた現実世界のスタジアムに戻った。

すでに試合を終えていたカンナが彼女を出迎えた。

 

「・・・案外遅かったわね。シバ相手に手こずるなんて・・・」

 

「相性の問題もあったのよ。遅いというのならこのメイン会場なんて・・・」

 

いまだナツメとイツキの戦いは始まってすらいなかった。観客たちと共に

他の試合の様子を眺めていた二人だが、仲間が二人続けて敗退したイツキのほうが

くすくすと笑い始めた。不気味というよりは大胆不敵な笑みだった。

 

「どうした?仲間が負けたというのに・・・個人的に嫌いなやつらだったのか?」

 

「くふふ・・・そうじゃないさ。確かにあの二人とはあまり気が合わないけどね。

 だけどよく考えてごらんよ?みんなが突然の乱入者相手に負けてしまうなかで

 ボクだけが華麗に勝利、しかもこの革命軍のリーダーのようにしてやってきた

 あんたを相手にだ。素晴らしいイリュージョンになりそうで今から楽しみなんだよ」

 

体を震わせて自らの勝利する至高の瞬間をいまから思い描いて待ち望む。その彼に対し、

 

「・・・・・・・・・」

 

ナツメは何一つ普段と変わらなかった。後ろに控えるフーディンも同様だった。

 

 

 

『あ―――――っと!こちらのスタジアムでも試合が大きく、大きく動いた!

 これは見事に決まった!ウツボットのはっぱカッターが―――っ!!』

 

防衛戦を展開するポケモンリーグ側にとっては負の連鎖か。このバトルでも

優位に試合を進めているのは女革命軍のエリカだった。水ポケモンを愛する

カスミのアズマオウ相手に相性の良さを利用し、これを打ち破った。

 

『アズマオウは戦闘不能です!残るは一体のみ!しかしこのままでは・・・・・・』

 

新たなポケモンを出したところで劣勢を変えることは難しい。それでも常に

強気なカスミはその姿勢を崩していない。ただの強がりか、それとも策があるのか。

 

 

「・・・カスミさん、気になっているのですが・・・どうしてわざわざ

 勝ち目の薄い私との対戦を望まれたのでしょうか?ワタルさんのように破壊力に

 物を言わせて不利を押し切る芸当ができるというわけではないはず。

 確かな勝機があって私を選んだのでしょうが、どのような理由で?」

 

「ふふ・・・確かにあんたとは同じカントーのジムリーダー同士。それも昔からのね。

 でもワタルやシバのように感情的になってはいないわ。あんた相手なら勝てる、

 その自信があってここに立っている。見下さないでもらいたいものね」

 

カスミは最後の一匹となったが、躊躇わずにそのポケモンを選び、繰り出した。

彼女の代名詞ともいえるようなポケモン、スターミーだった。

 

「どのようなポケモンを出そうと草に対して分が悪いのは変わらないはず。

 ご自慢のなみのりもハイドロポンプもうまく急所に命中したところで

 大した痛手にはなりません。さあ、ウツボット。終わらせてしまいましょう!」

 

「まだわからないのね!そういうところがあんたには負けないって言える理由よ!」

 

ウツボットがまたしてもはっぱカッターの構えに入った。それに対し、追い詰められた

はずのカスミは敵の動きをよく見る余裕まであった。スターミーに指示を出す。

 

「スターミー!全力のサイコキネシス!」

 

 

エリカが小さく『あっ』と声を出した時にはすでに遅かった。このスターミーは

エスパーポケモンでもあり、しかも素早い。宇宙的な謎のポケモンと言われ、

いまだ全容が明らかになっていないスターミーだが、その実力の高さだけは

誰もがわかっていた。人気の高いジムリーダーであるカスミがエースとして

起用していることもあり初心者からベテランに至るまで、トレーナーたちの間で

このポケモンを使おうとする動きが広がっていた。技マシンによって覚える

技の数も多彩で、様々な戦術が選べるという駆け引きもまた面白かった。

 

「・・・ウツボット!怯まずにはっぱカッター!」

 

「なるほどね、倒される少しでもダメージを与えておこうってことでしょ?

 まあそれもいいかもしれないわね。でもそんな浅はかな戦い方、この私と

 スターミーには通用しない――っ!」

 

「スタァ―――――ッ!!」

 

 

スターミーのサイコキネシスは強力で、アズマオウとの戦いから連戦となっていた

ウツボットを一撃で倒すにはじゅうぶんの威力だった。しかしウツボットも

ただでは負けなかった。その攻撃を敵にしっかりと命中させてから役目を終えたのだ。

 

「ウ・・・ウヅッ・・・・・・」

 

「・・・よく頑張ってくれました、ウツボット。あなたのおかげであの強敵は

 かなり体力を削られています。これで私たちの勝利がほぼ・・・・・・」

 

エリカは健闘したウツボットを褒めながらボールに戻した。二匹目のポケモンが

かなり有利な状態で戦える展開になっており、ここから先は楽な戦いだと

思われたからだ。ところがカスミのほうも自分たちこそ優位だと考えているようだ。

 

「あっはっは、エリカ、あんたまさかもう自分の勝ちだと確信してない?」

 

「ええ。その通りですが。あなたのスターミーは確かにはっぱカッターによる

 ダメージを負っています。それに対し私のほうは無傷のポケモンをこれから・・・」

 

「・・・ほんとうにあんたが甘い考えの人間で助かるわ。スターミ―――ッ!!」

 

するとスターミーのボディの重なったヒトデが高速で回転を始め、ついには

その体が宙に浮くほどになった。そして動きが止まったかと思うと、今度は

体の中心で目立っている赤いコアの部分が七色に輝き、スタジアムじゅうを

光で満たした。神々しさすら感じさせるほどの光だった。

 

 

「・・・!この光は・・・!?」

 

「ふふっ!この美しい輝きもいいけれどもっと大事なことがあるわ!

 スターミーの体をよ―――く見てみることね!あんたの余裕の裏づけである

 ダメージは果たしてどこにいったのかしら!?」

 

言われるがままにエリカはスターミーを注視した。そして驚きの声をあげる。

 

「こ・・・これは・・・!!損傷が消えて元通りの・・・・・・!」

 

「そう!これこそスターミーに秘められた不思議な力が可能にする回復技、

 じこさいせいよ――――っ!!ジムでの戦いでも上級者相手にしか使わない

 この反則級の再生技によってあんなダメージは消えてなくなったわ!」

 

エリカは常に穏やかな雰囲気の女性であったが、その表情から先ほどまでの笑みが消えた。

もはや勝負はどう転ぶかわからないということを彼女も理解せざるをえなくなっている

証だった。いや、勢い的にはカスミとスターミーのほうが勝っているのではないか。

 

 

「しかしあんたがまさか今日みたいな大切な日を邪魔するような大きな行動に出たとは

 まだ信じられないわ。どうしてなのよ?誰かに唆されているとしか思えないわ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「あんたは自分から何かをするタイプの人間じゃなかった。心のなかで野心や

 恨みを抱え続けているようにも見えないし・・・わからないわ。あんたのことを

 よく知っている私たちだからこそ驚きが大きいわ」

 

カスミとエリカ、二人とも若い女性だがカントーのジムリーダーとして幾年も

共に活動し、定期的に顔を合わせていた。互いのことは性格や戦術はもちろん

理解しており、好みの食べ物や癖までもわかっている間柄だった。

 

 

 

 

『・・・それでは今回の定例会議のテーマだが、挑戦者に認定バッジを渡すという

 我々にとって初歩的な仕事であり、それでいて重要なこのことについて

 もう一度話し合いたいと思う。決して皆が全く同じでなければいけないと

 いうわけではないがある程度の統一された基準は必要であるからな』

 

カントーのジムリーダーたちが月ごとの会合に集まり、司会役であるサカキが

今日取り上げる議題を発表する。カスミはこのようなずっと座って話し合うという

席は好きではなかったが、会議の後は決まってポケモンバトルとなるので、

それが楽しみで毎月欠席もせずに参加しているのだ。普段は手加減を重ねて

ジムでのバトルをしなければならないので、実力者同士が全力で戦える

この機会はストレス発散、またポケモンの勝負勘を維持するために必要だった。

 

『あまり簡単にバッジを渡してしまうのも問題だが全く突破できないのも

 本来のジムの役割ではないのは忘れないでおきたい。トレーナーたちの

 育成と成長を第一に考え戦い、またバッジを渡すかどうかの判断を・・・』

 

『ヘイ、ユー!ミスターサカキの言うこと聞いていたのデスか!?

 まさにいまユーのような人のことを話しているというのに―――っ!』

 

サカキによるそつのない進行が続いていたが、突然リーダーの一人マチスが

立ち上がり、声を張り上げた。マチスは外国人であり、しかも元軍人という

異例の経歴を持つ男であったが、決して短気ですぐ怒鳴り散らすような人間では

なかった。その彼が怒りを向けたのは、窓の外を眺めていたナツメだった。

指で空を飛ぶ鳥ポケモン、もしくは流れる雲の数でも数えていたのだろうか。 

 

『・・・また一から数えなおしか・・・まあいいか。話ならちゃんと聞いている。

 なんでも極端にバッジを渡さないジムがあるらしいとか』

 

『だからユーのところでしょうが!それでいて時々無気力ゲームやることで

 パーセントだけ合わせるようなインチキを!』

 

『そんな真似はしていない。たまたまそう見えただけだろう。それにヤマブキ

 シティは大都市だからジムも二つある。まあわたしのところで残念ながら

 バッジがもらえないトレーナーは格闘場のほうへ行ってくれればいい』

 

もともとは格闘場のほうが正式なジムであったが、ナツメがリーダーとなってから

すぐに、エスパーポケモンを使うトレーナーたちが集まるジムのほうが認定の

ジムとなった。ところが人口も多ければ訪れる人々の数もカントーで一番であり、

結局一つだけでは回らないということになったのだ。正式に認定されている

ジムのリーダーがナツメであるのでこうして代表者として活動しているだけだ。

 

『わたしはちゃんと攻略法・・・ヒントを与えているのにそれにすら気がつかずに

 回数さえ重ねたら勝てるだろう、バッジに手が届くだろう・・・そんな考えの

 クズどもに渡すバッジなんて持っていない。意欲とか根性を見てバッジを

 あげようだなんて考えている者がいるのならそちらのほうがリーダーにふさわしく

 ないと思う。認めるに値する結果を出して初めてそうするべき』

 

『・・・・・・うーむ・・・』

 

ナツメはめったに発言しないが、強制的にそれを求められたならば拒否したりは

せずに自分の意見をきちんと述べていた。他人とすんなり意見が合うことは

ほとんどなかったが、彼女なりの理想や信念はあるのをカスミは知っていた。

よって、ナツメよりもやる気がないと思われるのはこちらの女性のほうだった。

 

『それに・・・話を聞いていないというのなら・・・』

 

ナツメが指さした先には、静かに座っているエリカがいた。彼女はなんと、

 

『・・・・・・・・・』

 

『ね・・・寝ている・・・・・・』

 

静かに寝息を立てていた。周りの騒ぎなどどこ吹く風だった。


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