ポケットモンスターS   作:O江原K

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第83話 シルバーの勉強会

初日の朝から早速シルバーの特訓は始まった。サカキが信頼する四人の部下が持つ

ポケモンたちとのトレーニングが続いている。なかなか表には出られないため

トレーナーとのバトルが不足しているシルバーだが、ポケモンへの指示と

状況を読む反応の速さは抜群で、とても経験不足な少年の戦い方ではなかった。

 

「・・・どうだ、シルバーとあいつのポケモンたちは」

 

「さすがはサカキ様のご子息。あの若さであれほどまでの腕前とは・・・」

 

「フム・・・しかし何か言いたいような顔だな。続けろ」

 

「はい。ですが・・・何かが足りないというか・・・具体的に何が、と聞かれても

 困ってしまうのですが、このままでは一週間後アカネとのバトルで百パーセント

 勝てるようにはなりません。致命的な落とし穴が潜んでいるかもしれません」

 

シルバーの勝てる可能性は高いと部下たちは考える。しかし確実に勝利を収めるため

には足りないものがある、とも指摘した。それが何かはわからないが、ここまでは

サカキが思っていることと全く同じだった。真の強者となるためにあと少し、

少しではあるがそれがあるとないとでは大違いな何らかの要因が存在するのだ。

 

「なに、百パーセント勝てるバトルなどバトルではない。どれ、座学といこうか」

 

実戦形式の訓練を中断し、シルバーに知識を教え込むことで自分たちではわからない

弱点をシルバー自身が気がつき、克服してくれることを願った。ポケモンたちへの

休息ついでに、とシルバーを誘うと、彼は素直に父の言うことを聞いて座った。

ロケット団ボスの父には反発するが、ポケモンバトルの強者である父には従った。

 

 

「さて・・・一週間後の決戦だが、お前はアカネに高確率で勝利する、それを

 保証しよう。その勝算を更に高めるためにしばらく語らせてもらいたい」

 

「オレが有利・・・負けるだなんて思いながら準備をしちゃあいないが・・・

 オレはやつと戦ったことはない。それでも優勢だと言い切れるのはなぜだ?」

 

「その理由をいくつか説明しよう。まずお前にはポケモントレーナーとしての

 資質がある!アカネよりもずっと上のトレーナーになれる才能がある。

 お前の育てているポケモンたちをよく見てみるといい」

 

激しい訓練の後の食事を楽しむ自分のポケモンたちを言われた通り眺めてみる。

これといって特別なことはない。どこが才能の表れだというのか。

 

「・・・全員変わった様子はないぜ?均等に鍛えたつもりだ」

 

「そこだ。どのポケモンも同じように成長し力をつけている。ニューラにゲンガー、

 レアコイルにオーダイル・・・それ以外にもいるがもう十分だろう。普通の

 人間であればそもそもそれができないのだ。どのタイプのポケモンであっても

 不自由なく育成できるというだけですでにお前はアカネに勝っている!

 それだけではない、わたしにも勝っているのだ。わたしのポケモンを見ろ」

 

サカキのポケモン、それは地面タイプや毒タイプのポケモンたちばかりだった。

ガルーラとペルシアンだけがそのどちらにも当てはまらないが、鋭いシルバーは

早くもサカキが言わんとしていることを読み取ってみせた。

 

「オ、オレは初めてポケモンを手に入れてから何も考えずにいた。だが・・・」

 

「その人間によってどのポケモンの力を引き出せるかは決まっている。ただ飼育

 するだけなら誰でもできる。しかしバトルで最大限力を発揮させ超一流の

 ポケモンとするには適性が必要だ。わたしであれば主に地面タイプ、

 他のジムリーダーや四天王もその方面でのスペシャリストだ」

 

ポケモンスクールに通わず基礎を教わっていないシルバーでも旅を続けて

いるうちにこのことを薄々感じていた。水タイプのポケモンしか持たない

釣り人や海を泳ぐトレーナーたち、鳥使いや猛獣使い、格闘ポケモンばかりを

繰り出す空手王・・・彼らは自分の好みと適性が一致していた者たちだ。

 

「お前が負けたとかいうワタルもドラゴンポケモン専門だ。やつが生まれた土地が

 大きな要因ではあるが、あれほどの男であってもそれ以外のポケモンを育成し

 バトルで能力を生かしきることは難しい・・・それが普通だ。ドラゴンの

 弱点を受けるためのポケモンがいてもそれ以上の役割はできないのだ」

 

例えば四天王カリン、彼女は悪タイプのポケモンを愛することで有名だ。

しかし悪タイプの天敵である格闘ポケモンへの対策としてゲンガーを、

エースであるヘルガーの弱点、水や岩を倒すためのラフレシアを主力に加えて

いることでも知られている。あくまでメインとなる悪ポケモンを守るためだ。

平等に愛情を注ぎ、トレーニングをしてもそれらのポケモンがヘルガーたちよりも

頼りになる存在になることはないだろう。ポケモンではなくカリンの資質が

その理由だ。もちろんポケモンの個体差もあるが、同じように育ててもカリンの

ラフレシアは草ポケモンのスペシャリストであるエリカのラフレシアを、ゲンガーは

ゴーストポケモンの名手として知られるキクコのものほど強くはならないだろう。

 

「そうか・・・あのドラゴン使いが厳密にはドラゴンタイプに分類されない

 ギャラドスやリザードンを用意していたのは氷ポケモンを牽制するためか!」

 

「電気タイプのジムリーダーが水タイプを地面対策に持っているという話も

 聞いたことがあるが、所詮は切り札になりえない存在、ただの変化球だ。

 わたしのガルーラとペルシアンもニドキング、ニドクインが弱点とする

 エスパーポケモンを倒すためのものだ。エスパーは防御が脆いからな。

 だから全てのポケモンをエキスパートクラスのバトルでも自在に使い

 こなせる人間は稀だ!レッドにグリーン・・・それにゴールド!いずれも

 ポケモンリーグの歴史に名を残したポケモントレーナーだ」

 

「お、おお・・・そ、そんな連中くらいしかいないのか・・・」

 

自分も彼らのような栄光を掴んだトレーナーになれるかもしれないというのは

シルバーにとって大きな希望になった。彼の様子を見てサカキと部下たちは

小さく『よし』と声が出た。これで第一目標は達成というわけだ。

 

サカキたちが懸念したシルバーに不足しているもの、それは自信だった。今回が初の

公式戦、しかもセキエイ高原の大観衆の前という舞台で行われる異例のデビュー戦だ。

シルバーは緊張するよりも萎縮してしまうのではないかという予感があった。

ポケモンを盗み小さな罪を繰り返した過去のせいで自尊心が持てず、すでにコガネの

ジムリーダーとして実績を重ねこの対抗戦でも二勝しているアカネを高すぎる壁と

錯覚することで実力を出せずに敗れてしまう恐れがあり、手を打っておく必要があった。

 

 

「・・・自信過剰はいけない。だがそれ以上に自分を信用できないのはまずい。

 ポケモンたちを信じる以前に自分の力を疑うようでは試合にならないからな。

 だがまだ勝利のためにできることがある・・・シルバー、この資料を見ろ!」

 

自信をつけてさあもう一度特訓だ、と立ち上がろうとするシルバーを制したサカキは

分厚い資料をいくつも置いた。その音だけでそれぞれの資料の重量がよくわかる。

 

「・・・げっ!!まさかこれからポケモンバトルの勉強か!?そんなことより

 早くトレーニングを再開させてくれ!そのほうがオレには・・・」

 

「勉強・・・?今さらスクールの小僧どもが学ぶようなことを教える必要はない。

 お前の対戦相手のデータを集めたものだ。そいつを研究して勝利への最善の道を

 探せ。これがお前が高確率で勝てると言った第二の理由だ。相手はお前の名すら

 知らないがこちらは繰り出してくるポケモンの得意技や癖までわかっている!」

 

サカキの部下たちが数時間で集めたアカネと彼女のポケモンに関する資料だった。

アカネというトレーナーの性格や長所と短所、それを部下たちだけでなくサカキも

書き込んでいる。もちろんミルタンクやピクシーといったポケモンたちの動きや

技を出すときの構えまで、写真や表を用いたこれ以上ない出来になっていた。

 

「やつが少数のポケモンしか持たないおかげでデータ作成は容易だったとこいつらも

 笑っていた。その中から六体が出てくる・・・だいたい似たようなポケモンたち

 ばかりだな。体力があるが鈍いものしかいない。先制攻撃で叩いてやれ」

 

「ですがノーマルポケモンゆえに多くの技を技マシンにより覚えることができます。

 格闘ポケモンで攻めてくることは相手も警戒しているはずですから、格闘タイプの

 技を覚えさせた他のタイプのポケモンで攻めるのがよいと思われます」

 

サカキと部下たちの説明が続くが、シルバーは思わずここで手を上げた。

 

「むっ・・・?研究熱心だな。わからないところがあっての質問か?」

 

「いや、その・・・いいのか?やる前からここまで不公平ってのは・・・」

 

シルバーの情報をアカネは一切持っていない。サカキが連れてきた代打のトレーナーと

戦うということだけで、シルバーの使うポケモンなどわからないというのにこちらは

徹底的に研究し丸裸にした上で万全を期して本番を迎える。これは卑怯ではないのかと

シルバーは気乗りしないのだ。しかしサカキは彼の思い違いを指摘した。

 

「シルバー、それは違う。不公平でもズルでもない。対戦相手を研究すること・・・

 ポケモンリーグのチャンピオンでもやっている。過去のチャンピオンのグリーンや

 ワタルもそうだし、現チャンピオンなど相手を調べ尽くしてから百体以上のポケモンの

 うち六体を選抜し、相手に僅かな勝機も与えないように徹底している」

 

「ゴールドが・・・いや、確かに昔からあいつの強さは勝利への効率の良さにあった。

 オレが主力を固定すればするほどあいつとの差が広がっていったのはそのせいか。

 オレなんか歯牙にもかけないように見えてしっかり調べられていたってことか・・・」

 

ライバルの素質を恨むのではなく、バトルに真剣に打ち込む点でも負けていた自分の

半端者ぶりをシルバーは悔やんだ。才能はともかく努力ですら及ばなかったとは。

 

「・・・お前とチャンピオンの差はそれだけが理由ではないと思うが今はいいだろう。

 対戦相手が決まっているなら隅から隅まで研究するのは当たり前だと言いたいだけだ。

 わざわざ一週間後の対戦カードを事前に決めた時点でそんなもの全員承認している。

 なのに一人だけ相手が誰だろうが構わんなどというバカの落ち度をお前が気にする

 必要は全くない。やつはそれでいいと言ったのだ。その思い上がりを粉砕してやれ」

 

今回の場合、シルバーが卑怯者だと責められる筋合いはない。むしろ自分の勢いを

過信しどんな相手でも返り討ちにすると吠えたアカネに責任があった。敵のデータは

一切ないのに自分の傾向と弱点は全て明らかになっている戦いなどするべきではないし、

嫌ならば拒否することもできた。なのにアカネは勝負を受けたのだ。軽率にも程がある。

 

「まあ・・・相手が誰であろうが真っ向勝負、そのときのベストメンバーで迎え撃つ、

 そんな男もいたがな。『来るなら何でも来い』とかつてのライバルはもちろん

 他の地方のチャンピオンたちにも影すら踏ませず退けたのがレッドだった。

 アカネ程度のトレーナーが真似したところで出来るはずもない芸当だ」

 

いずれ成長と進化を重ねたシルバーがレッドの領域に到達できる可能性もある。

しかしいまはまだデビュー前の新人だ。勝利のためにできるどんな小さなことでも

積極的に取り組み、不安要素を一つずつ潰していかなくてはならない立場だ。

 

 

サカキは親馬鹿ではない。息子を溺愛して彼を見る目が盲目になっていることはなく、

それでいて自分を超えるトレーナーになれると見込んでいる。エリート、エキスパートと

呼ばれるトレーナーに必要なものは何かをここで教えた。

 

「ところで・・・街や道路にいるトレーナーたちと戦ったときお前はどう思っていた?

 全員に勝ちたいと思ったか、それとも八割程度勝てたら十分と妥協したか・・・」

 

「当然!全勝だ!負けてもいいと思って挑んだバトルは一度もないぜ!」

 

「ああ、それでいい。低レベルな雑魚どもが相手なら取りこぼしてはならない。

 だが本物の上級者同士の対戦、例えばセキエイのリーグ戦・・・全勝は

 チャンピオンであっても難しい。ここに各地のチャンピオンや四天王たちの

 成績表があるが、意外と負けている。手抜きや八百長ではないのに、だ」

 

自分の苦手なタイプのポケモンを並べられ完敗している試合もあれば、明らかな

読み負けで格下相手に勝利を逃している試合もあった。敗因がよくわからないなどと

言う者までいて、彼らは雲の上の存在なんかではないと思っても無理はない。

 

「しかしやつらはチャンピオンであり四天王であり続ける・・・なぜだと思う?

 全体の勝率は高いからか?人望があるからか?それとも裏金か・・・?」

 

「裏金はねえだろ。バレたら永久追放なんだろ?だったら・・・アベレージか?」

 

それこそ八割勝てたら超一流の世界。素人から見れば無様な敗北でも計算通りの

敗戦かもしれない。半年や一年、そういったシーズン単位で好成績を収められるのが

彼らの地位の秘訣なのかとシルバーは考えたが、サカキの答えは真逆のものだった。

 

「勝率が大切なのはせいぜいポケモンリーグのエリートトレーナーまでだ。

 本物の強者が強者と呼ばれる理由・・・それは絶対に勝たなくてはいけない

 バトルで勝利するからだ。チャンピオンの座をかけた戦い、負けたら地位を

 失うというここぞの大一番で勝ち切る力がやつらにはある。計算や確率を

 重視してきたトレーナーたちはことごとく跳ね返されてしまう」

 

それほど四天王やチャンピオンのバトルを見ていないシルバーでも何となく納得できた。

負けられないバトルに勝ち、地位を守り続ける。逆に言えばそれができなくなったら

退場させられても仕方ないということだ。ポケモントレーナーとして生計を立てられる

選び抜かれた者たちであっても毎日が神経を擦り減らす過酷な世界だ。ポケモンを

戦わせて自分は楽して金が入る、そんな甘い考えの者が残れる場所ではない。

 

「どうだ・・・お前は将来ポケモントレーナーとして食っていくことを望んでいる

 ようだが考えが変わったか?他に職を持つ兼業トレーナーのほうがバトルを

 純粋に楽しめるかもしれないぞ。まあじっくりと考えてみることだな」

 

 

しばらくの間沈黙が流れた。自分の夢をそこまで真剣に、具体的に考えてこなかった

シルバーはサカキの言葉に直接の答えは出さず、へへへ、と笑ってから返答した。

 

「・・・だったらよォ、負けたらロケット団解散っていう大事なバトルに負けた

 親父は超一流どころか二流の男だった・・・それで合っているんだな?」

 

四人の部下たちの背筋が凍りついた。いかに反抗期真っ盛りであってもそれは禁句だ。

全力で戦った末に完敗したレッドとの一戦はサカキにとって屈辱の記憶だからだ。

ところがサカキもまたニヤリと笑った。そして何度も頷きながら言う。

 

「フッ・・・そのときにはすでにロケット団はわたしにとってその程度の存在で

 あっただけのこと。どうしても勝たなくてはいけないバトルではなかった・・・

 そういうわけだ。むしろあの敗北のおかげでわたしは立ち返ることができた」

 

「・・・・・・・・・」

 

「必ず勝利すると決めたバトル・・・それは一週間後だ。そこでわたしという人間の

 真価が問われる!ナツメとフーディンを打ち倒しやつらに引導を渡すこと!

 それが果たせないのであれば何を言われようが無様に死のうが当然の男だったと

 いうわけだ。お前の言う通り二流の中年親父がくたばるまでだ」

 

サカキの決意はシルバーにとって他人事ではない。その代打として第一試合に

出場するのは彼だからだ。中途半端な覚悟で足を踏み入れることは不可能だ。

 

「・・・シルバー、お前も今から覚悟を決めろ。決戦の日に・・・アカネを殺せ。

 やつのポケモントレーナーとしての命を奪え。直接的、もしくは間接的に

 文字通りの命そのものを奪うことになるかもしれないが・・・一切構うな。

 やらなければやられる、それは普通のバトルでも変わらない。遠慮無用だ」

 

「何を今さら・・・オレはこれまでずっと他人の物を奪ってきたんだぜ。

 そんなよく知らねえ女の人生がどうなろうが興味もねぇよ。そいつの

 持っている金もプライドもポケモンも・・・ことごとく奪い取ってやるさ」

 

「それを聞いて安心した。さあ、退屈な勉強の時間は終わりだ。お待ちかねの

 実技トレーニングの再開といこうではないか————っ!」

 

ここからの訓練は、先ほどまでよりも効果的に己とポケモンたちを磨き上げることが

できるだろうとシルバーは確信した。勝つために必要なぶんの自信を得、それと

正反対のイメージを持つが実は両立することができる謙虚な心も忘れずに一週間後に

最高のコンディションでバトルに臨むイメージが湧きつつあった。彼が手ごたえを

掴んだことは見ているサカキや四人の部下たちにもはっきりと伝わった。

 

 

「この短い勉強会は大成功・・・そう言い切れるでしょう、サカキ様!」

 

「すでに実力だけならアカネよりも上、あとは公式戦の経験が浅いことがどう出るか、

 そう思っていましたがあの顔を見たら頼もしいことこの上ない!さすがはサカキ様の

 ご子息です。おそらくは命を取る取らないという事態になることもなくシルバー様が

 圧勝しデビュー戦を華々しく飾られるものと・・・・・・」

 

部下たちは早くもシルバーの勝利、それも完勝を疑わず、楽観的な言葉を次々と口にする。

サカキも彼らとほぼ同じ気持ちでいるのだが、それでも硬い表情を崩さなかった。

最初に自身が述べた通り、どれだけ穴を埋めるよう力を尽くしたところで

百パーセント勝てるバトルにはならないからだ。敗北の危機は消えない。

 

「・・・これはわたしの推察に過ぎないが・・・アカネが対戦相手であるのは

 シルバーにとって幸運とは言い切れない。いまのシルバーが勝てるとしたら

 アカネだ。だが、やつが一番シルバーを殺しにかかる可能性が高い」

 

「アカネが・・・ですか?危険なフーディンとナツメではなく?」

 

「フーディンはともかくナツメは・・・どのような言葉を吐こうが結局殺しは

 しないのではないか・・・わたしはそう考えている。現にこれまで何度も

 機会がありながら誰の命をも取らず、むしろ助けることまでしているのだからな。

 悪人であるはずなのだが、かつてのわたしたちとも権力者たちとも違う・・・

 とにかくそういった危険は実は薄い相手ではないかと思えてきた」

 

決して正義のヒーローではない。しかしただの悪魔だと片づけていいものか。

サカキは揺らいでいた。スピアーの強い希望もあるためフーディンとは生死を

賭けた決着をつける必要があるが果たしてナツメはどうすべきだろうか。

とはいえ今さら引っかかるところがあったとしても後戻りはできないが・・・。

悩んでも仕方がないのでナツメはいったん忘れ、アカネのことに話を戻した。

 

 

「だがあのアカネはただの馬鹿だ!力をつけた馬鹿が敵意を向けて襲ってくる、

 それはとてつもない脅威だ!追い詰められたら何をしでかすかわからない。

 感情のままに動くのだから、異常な興奮に支配されたときは後先考えず

 シルバーを殺しに来るかもしれない。はっと我に返ったときにはすでに

 大罪を犯した後だった・・・それがありえる人間だからな」

 

「確かに・・・後がない状況なら当然のこと、間違ってアカネが優勢で

 試合を進めたときも危ない。勢いのままにシルバー様を手にかけることも!」

 

サカキの四人の部下たちはコガネの地下街で困窮していたときアカネにカビゴンを

一千万円以上という大金で買い取ってもらった恩がある。しかし生涯忠誠を誓った

主君の一人息子の敵となったいま、個人的な感情はすでに捨てていた。

 

「まさに爆弾だ。爆発しなければ何ということはないが扱いに困る厄介な存在だ。

 本来であればわたし自ら処理しなければならないところだがこいつを相手にする

 労力も惜しい。フーディンを討ち取るためにシルバーに託したのだ。危険な

 爆弾女ではあるが我が息子であれば勝利し生き残れると読んだのでわたしは

 今回の代打にシルバーを指名した!後はやつを信じ共に訓練を続けるだけだ」

 

 

一週間後の決戦の舞台に立つトレーナーのうち、会場の観衆が唯一こいつは何者だと

首をかしげるのがシルバーだろう。サカキが自分で選んで連れてきたと言い、

ゴールドが彼は僕の友人で実力は保証すると説明しても受け入れられないだろう。

実際に素晴らしい戦いを見せてアカネに勝利することでしか誰も認めてくれない。

 

だがそれは今回の特別な条件に限った話ではない。絶対に勝つべき大事な試合を

落とせばファンはそのトレーナーとポケモンたちに背を向ける。もし相手が

そのような状況で戦っているとしても、その者を蹴落とし自分がその地位と

栄光を手にするために全力で殺す。それがポケモンリーグという最高峰での

戦いであり、それだけが超一流のトレーナーたちのルールだった。


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