ポケットモンスターS   作:O江原K

84 / 148
第84話 トキワの森の約束

夕方となった。サカキとシルバーはこの日の訓練を終えて庭にある天然の温泉に

共に浸かっていた。そこでもポケモンに関する話題ばかりだった。

 

「ところでシルバー、お前は六体いたら全てのポケモンに相手を倒すことを

 期待しているのか?それとも切り札と呼べるポケモンのために残りは

 場を整えることだけに専念しエースが敵をまとめて一掃するほうが好みか?」

 

「どちらもできるようにしている。オーダイルやゲンガーで勝負を決めることは

 多いがそいつらに頼りっきりじゃあ限界があるからな。誰とやっても勝つ

 ためには幅広い戦術を用意しておかねぇと・・・」

 

ポケモンも入れる大きさの温泉なのだが、今ここにはサカキとシルバーしかいない。

親子だけの空間を邪魔してはならないと二人のポケモンたちのほうが気を利かせていた。

 

「なるほど、いい考えだ。しかし今回は本番までにアカネのポケモンの傾向を調べ、

 どのような戦術をとるかはっきりと決めておくべきだ。できれば接戦に持ち込む

 よりはエースで一気に終わらせたほうがいい相手ではあるが、お前の自由だ」

 

ハヤトとカツラを相手に、敗北の寸前まで追い詰められたところから奇跡の逆転を

演じているアカネだけに、互いに最後の一体に運命を託すような長期戦には

したくない。一気に終わらせてしまったほうがこのバトルは安全だろう。

 

「そうだな・・・そうなるとポケモンたちに使わせる技も考えないとな」

 

「対戦するポケモンはわかっているのだから通常よりは簡単なことだ。

 アカネという人間に関してはどうだ?戦う相手として・・・」

 

「映像はまだ確認できていないが騒がしい馬鹿女ってイメージだ。運任せで

 計画的な攻撃なんかないに等しい。親父の言う通り使うポケモンは偏りだらけ、

 こいつに勝つのは簡単そうだが波に乗らせると怖いかもな」

 

鈍足高耐久のポケモンばかりを繰り出すことは確実だ。決戦の直前で誰かと

ポケモンを交換して全く違う顔ぶれのメンバーを連れてきたら驚かされるだろうが

その対策は必要ない。この先の人生の運命すら決める大事な一戦で自分とこれまで

歩んできたポケモンを捨てて奇襲目的の策に走るトレーナーなどすでに敗北という

結果がほぼ見えている。勝手に自滅するだろうからわざわざ対策しなくていい。

アカネの知力を低く見積もるシルバーは、力負けが怖いが普通に戦えば普通に

勝利できる相手と考えていた。こちらを驚かせることはしてこないだろうと。

 

 

「フム、トレーナーとしても女としても低く評価しているようだな。ところで」

 

サカキの声色が変わった。ここまでポケモンについての話題ばかりであったが、

久々に同じ空間で長い時間を過ごす息子の日常が気になったのだろうか、サカキは

シルバーに初めて父親としての質問を投げた。

 

「お前、初恋はまだか?恋人はいないようだが・・・密かに好きな女はいないのか?」

 

それを聞いたシルバーは、足だけ浸かっていた湯の中に落下した。全く予想外の

質問だった。まさかサカキがこんな話をしてくるとは驚きにも程がある。

 

「・・・ぶはっ!!ゴホゴホ・・・なんだよ急に!好きな女!?いねぇよ!

 オレはオレだけが好きだ。それに野望を果たすためにはそんな感情は邪魔だ」

 

「そうか・・・別にいたところでおかしくはないし悪影響もないと思うのだが。

 その者のために勝利しようとやる気になってむしろいいはずだ。試合の

 チケットを渡してきっかけも作れるのだから遠慮しないで構わんぞ」

 

「フン、くだらないことを・・・オレにはチケットを渡したいやつなんていない」

 

シルバーはサカキの誘いを一蹴した。しかし彼の脳裏には確かに自分と同じ年頃の

少女が浮かび上がっていた。彼女こそシルバーが心を動かされた初恋の相手だった。

 

 

 

『ここまで来れば逃げ切れる・・・・・・うおっ!!?』

 

ワカバタウンのポケモン研究所から彼はポケモンを盗み、逃走中だった。ハッキリと

顔を見られたわけではなく今のところ誰も追いかけてこない。それでもできる限り

遠くへ逃げようとしていたとき、草むらで転倒し倒れた。膝から出血している。

 

『くそ、焦りすぎたか・・・これじゃあすぐには走れない・・・』

 

打ち所が悪く起き上がるのも難しい。そこに彼女がやって来たのだった。

 

 

『・・・あれ、どうしたのきみ・・・?ケガしてるじゃない、立てる?』

 

シルバーが何かを言う前にすぐに消毒液をリュックから取り出し、傷口にかけた。

 

『私の家に来る?街の中心まで戻らなくちゃいけないけどちゃんと治療を・・・』

 

『いや・・・遠慮する。オレは先を急いでいるからな。これで・・・』

 

間違っても戻るわけにはいかない。軽く頭を下げてここから離れようとしたが、

 

『あれ?そのポケモンは確かワニノコ!ということはきみが三人目のトレーナー!

 見て見て、私のチコちゃんを。あなたといっしょでウツギ博士からもらったの』

 

チコリータという草ポケモンが彼女の肩から飛び降りる。おそらく出会ってまだ

日が浅いと思われるがすでにかなり仲がよさそうだ。研究所から強引に連れ出した

自分はこのワニノコと絶対にここまでの関係は築けないだろうとシルバーは思った。

 

『せっかくだからいっしょに来ればいいのに。傷の手当てもしたほうがいいし、

 同じ新人トレーナーとしていろいろと話がしたいけど・・・急いでいるの?』

 

『・・・・・・ああ。だがお前、少しも疑わないのか?オレはワカバタウンの

 人間ではないことはわかっているはずだ。しかも必死になって走っていたうえに

 名乗ることもなくすぐに街から離れたがる・・・おかしいとは思わないか?』

 

街の人々はシルバーを怪しい少年だと警戒していた。見ない顔が研究所の近くを

うろうろしている、それだけで通報を考えた住民もいたほどだ。誰も彼に声を

かけず、遠くから彼が何をしようとしているのか眺めているだけだった。

シルバーもそれらの視線に気がついていたので、ほんの一瞬誰も見ていない

瞬間を逃さず犯行に至ったわけだが、この少女は街の人々とは違い積極的に

近づいてきて、シルバーとワニノコに関心を向けてくれた。彼が自分は盗人だと

遠回しに言っても、少女は確認するために問い詰めてきたりはせずにこう言った。

 

 

『・・・さあ?私は何も見ていない、ここで誰かと会ってすらいないからわからない』

 

『・・・・・・・・・いいのか?オレを見逃す気か?』

 

『私が一つ言えるのは、そのワニノコにとってはよかったってことだけ。ほかに

 ヒノアラシってポケモンもいたんだけど、私ともう一人が選ばなかったワニノコは

 この先研究用のポケモンにするって博士が言っていたの。それよりはきみと

 いろんなところでバトルをしたり冒険をしたほうがきっと楽しいでしょ?』

 

『・・・・・・すまない、助かる。オレの名は言えないからお前の名前を聞きたい』

 

眩しく太陽が輝く快晴の空の下で、青髪の彼女は自己紹介をする。

 

『私の名前はクリスタル。クリスエス・クリスタルというのが正式な名前なんだけど

 長いからみんなはクリスって呼んでくる。きみもそれでいいから、またどこかで

 会ったときには声をかけてね。それと最後に、もしヒノアラシを連れている男を

 見つけたら遠慮なくバトルを仕掛けてちょうだい。コテンパンにやっつけていいから』

 

 

 

初めて出会った日の思い出に浸っているのを悟られたくないシルバーは顔を逸らすと、

 

「そ、そういう親父はどうなんだよ?オレくらいの歳にはもう彼女もいたのか?

 まあ母さんじゃないことは確かだな。ロケット団ボスとしての政略結婚だったと

 聞いている。もう離婚も成立したんだ、初恋の話でも聞かせてくれよ」

 

サカキが弱みを見せるような話をするはずがない。よってこの話題はここで終わり、

そうなるのがシルバーの狙いだった。ところがサカキは静かに笑った。

 

「わたしはそうだな・・・お前よりもずっと下、五歳か六歳のときにその経験をした」

 

「そんなガキのときにか!?そりゃあずいぶんと・・・で、どんなことが?」

 

拒否するどころか自分から言いたそうにしているサカキ。シルバーもまた父親の

このような様子は珍しかったのでぜひこの話を聞いてみたいと思った。両親が

離婚する前からロケット団ボスであるサカキは多忙で、ゆっくりと会話をした

記憶はあまりなく、父の少年時代の思い出話を耳にするのも稀だった。

 

「この話自体は聞かせたことがあったはずだが・・・覚えているか?わたしが

 幼いころトキワの森で特別なスピアーを見たときの話を」

 

「・・・何となく覚えている。まさか・・・初恋はそのスピアー相手とか言うなよ?

 確かメスだったよな、あんたのスピアーは。そういう冗談は・・・」

 

「フフフ、ポケモンと結婚する人間もごく少数いるようだが、今回はそのような

 話ではない。相手は人間だ。もう四十年以上は前になるか・・・」

 

 

 

 

サカキがトキワの森の虫取り少年だったころ、十歳になるまではポケモントレーナーの

正式な資格が与えられないというルールはなかった。しかし環境が整っておらず、

国や協会からの補助金も公共の施設も僅か、旅立ちを記念してポケモン博士が

育てやすいポケモンをくれるということも当然ない。今よりも治安の悪い場所が多く、

結局ある程度の年齢になるまではトレーナーとして旅をしたりポケモンリーグで

活躍をするということはなく、サカキも虫ポケモンたちを捕まえたところでせいぜい

飼育するか周りの子どもたちときままに戦わせるだけだった。

 

『ちっとも虫たちがいない・・・こんなの初めてだなぁ』

 

この日は野生の虫ポケモンたちが全く出てこなかった。隠れていそうなところを強引に

荒らせば出てくるかもしれないが、機嫌を悪くしたポケモンたちは凶暴だし捕獲が

難しい。何よりサカキが無理やり捕まえるというのが嫌いで、人とポケモンは互いに

引き寄せられるべきだと幼いときは信じていた。

 

 

『今日は帰ろっかなぁ・・・でもどうしてこんなに・・・・・・』

 

『その原因はあれじゃないかしら?ほら、あの木の上・・・』

 

周りには誰もいなかったはずだ。しかし突然の声に振り返ると、そこにはサカキよりも

少しだけ大人に見える少女がいた。この年頃の子どもは女の子のほうが落ち着いて

いるものなので、実際にはサカキと年齢は同じだったのかもしれない。

 

『木の上・・・あのへん?ああっ・・・あれは!』

 

それは孤高の美しい蜂だった。その姿にサカキは心を奪われた。

 

『・・・ああっ!見て!とても格好いい!すごいよ、えーっと・・・』

 

『あれはスピアー。集団でいることが多いのに今日は一匹で飛んでいるわ。

 ふだんは危険で威圧的だけど確かによく見ると・・・・・・』

 

『うん、強くて速くて素敵、つまりスピアーは世界で最強のポケモンだ!

 いつかきっと、大きくなったらあのスピアーのようになりたい!』

 

まるで森の守り神のような風格があった。このスピアーを捕まえたいとは思わず、

スピアーのようになりたいとサカキは言ったのだ。あっという間に魅せられていた。

 

『ところで・・・君は誰?もしかして最近引っ越してきた?ポケモンを持たずに

 この森に来るのは危ないよ。今日はいないけれどいつもいっぱい野生のビードルや

 キャタピーがいる。攻撃されたら死んじゃうかもしれないよ』

 

『ふふっ。心配してくれてありがとう。ジョウトから遊びに来ていたの。この森は

 いいところね。空気がおいしいし、静かでずっといてもいいわ』

 

『そういえば父さんたちが言っていた。この森だけは戦争のときもなぜか全く

 空襲に遭わなかったとか。だから草も木も無事でそれまで通りだったって』

 

トキワシティやニビシティはいまだにサカキやこの少女が生まれる前に終わった

あの大戦による破壊からの復興中だ。終戦間際になって都市への攻撃も激しさを

増した中でトキワの森だけがなぜ無事だったのかはそれから数十年経った現在も

わかっていない。多くの科学者がその謎を研究しては挫折していた。

 

『そうか、あのスピアーが守ってくれたから森と森のポケモンたちは助かったんだ!

 やっぱり最強で最高のポケモンなんだ、スピアーは!飛行機や爆弾に勝ったんだから!

 でも、そうだとしたらスピアーはこの森から離れられないのか・・・』

 

敵国の爆撃を跳ね返す力があるとは流石に思えないが少年サカキはそう信じて疑わず、

スピアーの強さを喜んで興奮していた。だが、そうなると森の守り神とも呼べる

このポケモンをゲットするのは不可能ということになる。戦闘機にも勝利するほどの

ポケモンがモンスターボールに入るだろうか。万が一捕まえられたところでただの少年に

従うだろうか。その姿を目にしながら捕獲できずに去るのは無念の極みだった。

 

『ところで・・・君はポケモンを持っていないようだけどポケモンは好き?

 ぼくは特に虫ポケモンが好きなんだ。格好よくて強いから!君は?』

 

『ええ、大好き。戦うのは好きじゃないけど、どんなポケモンもいっしょにいて

 楽しいし、心が通い合ったと思えた瞬間はとてもうれしい。いまはいないけれど

 家でポケモンを育てていたこともあったの。そのときのポケモンは・・・』

 

サカキは見知らぬ少女との会話で、いつもよりも早口で多くを語っていた。それは

彼が生まれて初めて誰かを異性として意識した証明だった。相手の少女もサカキの

話をにこにこと笑顔で聞いていた。あっという間に数時間が過ぎていた。

 

『ふふふ・・・じゃあそろそろ帰りましょうか。他のものはともかく、

 あのスピアーはきっと捕まえるべきではないのでしょうね・・・』

 

トキワの森はただでさえ視界が悪い。暗くなると慣れている地元の人間でも

道に迷ってしまう。もう街に戻らなくてはいけない時間になり、サカキは

とても悲しい気持ちになった。少女ともスピアーとも別れなくてはならない。

どちらも次にいつ会えるか全くわからないからだ。するとサカキの残念そうな顔を

見た少女は、続く言葉で彼に希望を与えた。

 

 

『・・・そう、いまは。でもいつか・・・あなたがもう少し大きくなったら

 またスピアーに会いに来て自分といっしょに来るように頼むといいわ。

 そのときあなたにポケモントレーナーとして必要な力と正しい心があれば

 きっとスピアーはあなたを認めてくれる。今日あなたの前に姿を現したのも

 数年後のあなたに期待しているからに違いないわ』

 

『あのスピアーが・・・?一人で生きていけるのにぼくのポケモンになるかな?』

 

『人とポケモンは・・・信頼し愛しあって力を合わせ生きていくことが一番の幸せ、

 わたしはそう信じている。あのスピアーも自分といっしょに生きる人間を

 探しているのだとわたしは思う。そしてあなたをいまだに空から見ている、

 あなたをいつでも待っていると言いたそうに・・・だから約束しましょう。

 わたしたちがまた会えた時、あなたは相棒スピアー、それにポケモンたち

 みんなと友達になって強いポケモントレーナーになっていてほしい』

 

少女は手を差し出した。サカキもそれに応え、がっちりと別れの握手を交わした。

また出会える日を信じ、スピアーと少女に認められるような男になると誓って。

 

『うん、約束するよ。ぼくは最強の、最高のトレーナーになる。このカントーで、

 それに君のいるジョウトでも一番強いトレーナーになってみせる!君は

 戦うのが嫌いだと言っていたから・・・ポケモンに一番優しい人になってよ!

 一番強いぼくと一番優しい君が手を組めばすごいことになりそうだからね!』

 

『ええ。そのときを楽しみに待っているわ』

 

 

 

 

それから四十年。サカキはその少女と再会することはなかった。あれはサカキの

見た幻でも、トキワの森に棲む精霊でもなく確かに人間だった。ただ、あの優しい笑顔と

美しい声はまるで天使のようで、すっかり魅せられてしまい人生を忘れてしまいそうに

なるほどだった。あんな体験は後にトキワジムのリーダー、またロケット団首領という

地位を築き、望めばどんな美女でも好きにできるようになってからも一度もなかった。

 

「フフフ・・・名前も聞かなかったのは失敗だったな。今でもたまに悔いている」

 

クリスの名前を聞くことができただけ自分のほうが勝っている、とシルバーは

心のなかで言った。勝ち負けを争う話ではないのだが、少し誇らしくなった。

 

「とはいえ・・・それでよかったのかもしれん。一度はスピアーに認められた

 わたしだがその後スピアーだけでなくポケモンたちを大きく裏切ることをした。

 もしそれを知ったらあの娘も傷ついただろう。名乗らずに正解だった。

 最近になってようやくあの頃の情熱が蘇ってきたが・・・」

 

「・・・あんたの組織の力でジョウト、いや・・・全国を調べて見つけようとは

 しなかったのか?しらみつぶしに探せば手掛かりくらいは得られたはずだ」

 

「わたしがそれだけのことができる立場になったのはもう三十を過ぎてしばらく

 経った後だ。まだ結婚する前でお前も生まれていなかったが、あの娘だって

 それだけ歳を重ねている。向こうはわたしのことなど覚えていないだろう。

 わたしのほうも・・・約束を破った後ろめたさがどこかにあったのだろうな。

 シルバー、物事に遅すぎることなどないが失ったものは帰ってこないし罪の

 結果からは決して逃れられない。それを覚えておけば後悔することはないだろう」

 

 

サカキは一人、先に温泉から出ていった。父親の初恋物語を聞かされたシルバーは

もう一度湯の中に入り、何回か顔を洗った。後悔する父を見たのは初めてだった。

では父と同じ失敗をしないため自分はどうすればいい、そう考えても答えはなかなか

出なかった。頭では最善の道がわかっていても行動に移せる自信がなかった。

 

 

 

「・・・ム・・・わたしだ」

 

ほんの僅かな人間しか知らない番号に電話がかかってきた。入浴を終えたサカキは

ちょうどタイミングよくそれに出ることができた。

 

「おう、俺だよ。昨日の今日で何だがお前さんに伝えておきたいことがあってな」

 

昨日夕食を共にした元国際警察の男だった。互いに悪の道から足を洗ってからは

ほとんど連絡をしていなかった。しかも前日に会ってほとんど話し尽くしたというのに

面倒くさがりなこの男がわざわざ電話をかけてくるとは、何かありそうだ。

 

「・・・・・・どうした?」

 

「お前さんにとって朗報か悲報かはわからんが・・・ついに今日決行らしいぜ。

 コガネシティのラジオ塔・・・その入り口でナツメを捕まえるんだとよ。

 ラジオの生放送に出るアカネに同行してくる可能性が高い、この機を逃したら

 もうチャンスはないと張り切ってやがったぜ、あの野郎」

 

この男の後輩にあたる国際警察の人間がこの日の夜ナツメを逮捕すると決めたのだ。

ポケモン協会への反乱を起こした後はヤマブキシティにも姿を見せないナツメが

表に出てくる機会を逸さずに身柄を確保するというのだ。

 

「今からじゃあもう間に合わないぜ。ここまで本気になったあいつ相手に逃げ切れた

 やつはいない・・・一週間後の戦いはどうやらなくなりそうだな」

 

「・・・・・・そうか」

 

これで決着だと男は言う。サカキは一言だけ感謝の言葉を述べてからすぐに通話を終えた。

 

 

「・・・・・・サカキさま?どうされましたか?今の電話は・・・」

 

「いや、大したことではない。もうすぐシルバーも戻ってくるだろう。夕食には

 まだ早いがオーバーワークにならないようにあいつとポケモンたちを見張っていろ」

 

「は、はい!わかりました。せっかく汗を洗い流した後ですしね。お任せください」

 

 

サカキは一人になれる静かな場所へ向かい、陽が沈んでいく空を見上げた。

 

(・・・あいつらに引導を渡すのはこのわたし・・・いや、わたしたちだ。

 わたしが四十年前の約束を果たす機会が来たのだ・・・捕まってくれるなよ)

 

あのフーディンを倒すことで最強のトレーナーであると証明できる。あの日の少女は

戦いが嫌いだと言っていたが、ポケモンを心から愛していた。おそらくはこれから

ポケモン界がどうなるかに注目し、この対抗戦をどこかで見ていることだろう。

自分と同じように若き時を過ぎ、結婚し息子や娘がいるはずだ。あの日の思い出も

忘れてしまっているかもしれない。それでもサカキは構わなかった。自分の

戦いぶりを見て、そういえばスピアーが大好きでスピアーこそが最強と疑わない

男の子もいた、今はどうしているだろうとほんの少し思ってくれればそれでよかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。