レッドとエリカに続き、ワタルとカンナまでもがナツメの別荘にやってきた。しかも
ナツメに関する新たな情報を持ってきていた。以前シルフカンパニーがロケット団に
乗っ取られていた時期にナツメは彼らの悪行を見逃す代わりに研究データや企業秘密の
資料を持ち帰った。それを使いシルフや彼らと付き合いのある者たちから法律違反の
証拠を手にして大金を強請り取ることまでしていて、彼ら以上の悪党ぶりだった。
「しかし・・・ロケット団の支配が崩壊したその日、様々な後ろめたい研究と実験の
発覚を恐れたシルフはポケモンたちを残らず殺処分しようとした。そして報道でも
ポケモンは皆死んだだろうとされていたが・・・そうではないと昨日わかった。
カンナがどうしても調べてほしいと言うからかつての研究員を脅して吐かせたよ」
ワタルのカイリューが今にも破壊光線を放とうとしているのだから屈するしかなかった。
すでに数年前に終わった話であるし、シルフから離れていたその研究員は命を捨ててまで
秘密を守る必要がない。スタジアムを去った後に調査を始めたワタルがたった数時間で
それを終えることができたのも当然だった。
「ナツメ、お前がたった一体も残すことなくポケモンを持ち去っていったと証言した。
数十億にはなるだろう金品やデータには目もくれずにポケモンたちを救い出した、
そして段階的にそのポケモンたちを解放していったことも別の人間から聞いたよ」
「・・・・・・・・・」
シルフカンパニー奪還の日。レッドとエリカもよく知る、歴史に残る一日だった。
ナツメがロケット団と一時的に手を組み大企業の占領に関わっていたことなど誰も
知らないが、消えたポケモンたちの行方もまた今日まで知られていなかった。
『では・・・予定の時間です。レッドさん、どうかご無事で・・・』
『ありがとう、エリカ。これなら楽に目的地まで行けそうだ。会社のマップも手に入れた。
だからあなたはもう脱出してほしい。もし僕が失敗してもそのままタマムシに帰るんだ』
ロケット団員たちが最も多く配置されている一階と二階、エリカの草ポケモンたちが
強力な眠り粉をまいて彼らを無力化していた。余計な戦闘を回避し最短距離で最上階の
社長室までレッドが向かう体勢は整った。二人で行くと敵に見つかりやすいだろうからと
ここからはレッドが一人でロケット団のボスを倒しに向かう。レッドは静かに言った。
『たとえば僕があいつらに負けて死んだとしたら・・・僕のことはそっと忘れてほしい。
あなたは最初からここには来ていなかった・・・それでおしまいにするんだ』
『・・・・・・そんなことを言わないでください。こんなところであなたは負けません。
でも・・・もしあなたに何かがあれば・・・わたくしもその後を追いましょう。
あなたとの思い出が詰まったあのお花畑で体の水分がすべて流れ落ちるまで涙を
流し続けます。あなた一人に淋しい思いはさせませんよ』
レッドとエリカは握手をし、それぞれ違う方向へと歩いていった。その様子を遠くから
眺めていたのは他でもないナツメだった。これを見ても二人が恋人であるなどとは
全く思わなかった鈍感なナツメだが、この先どうなるかを見通すことには優れていた。
『・・・なるほど、あれがタマムシで害虫の巣を潰したという少年か。まさかエリカと
チームを組んで乗り込んでくるとは意外だった。いまのあの男ではポケモンバトルで
あの少年を倒せるわけがない。そうなると・・・時間がないということだ!』
サカキが敗れロケット団が撤収した後では遅い。それから警察が入ってきた後など論外だ。
今すぐに行動しなければ間に合わない。この日に限り圧倒的な力で全てを可能にする
フーディンがいなかったがそれを恨む暇も惜しい。四体のポケモンを出し、手短に指示を
与えた後、それぞれが決められた場所に向かうのを見届けてから自分も駆け出した。
『侵入者だと!?ジムリーダーのナツメにやられたとき以来だ!あの日よりもずっと
人員を増やし警備を固めていたはず、それなのになぜこうなっている!?』
『それが・・・一階と二階の連中が全員寝ています!しかもワープパネルのカラクリも
完全に把握されているようで、もうあと少しでボスのところまで着いてしまいます!
ポケモンバトルを仕掛けたところで連戦連敗、まるで相手にならずです!』
団員たちの騒ぎ声や悲鳴に研究員たちもこれはただ事ではないと知った。武器を持たず
自分たちでは何もできないので大人しく部屋の隅に避難しているしかなかったのだが、
身を隠すための机が蹴り飛ばされた。ナツメのバリヤードが怯える彼らとの距離を詰めた。
『・・・実験室はどこにある?この階のどこかというのはわかっているわ。十秒以内に
答えなければ攻撃する。抵抗したり後で嘘を言ったとわかった場合も即攻撃するわ!』
『あ・・・は、はい!この部屋を出てすぐ、隣です!いま鍵はかかっていません!
タウリンとブロムヘキシンを投与し能力を強化するためのポケモンたちがいます!』
『能力を強化・・・?どのくらい薬物に耐えられるかを試すのが目的のくせに。
でもいまはそれを議論する余裕はない・・・ハァ———ッ!』
扉から出ていく時間もカットしたいのか、念力によってバリヤードは壁を破壊して
部屋と部屋の仕切りをなくした。研究員たちもコイルやビリリダマというポケモンを
所持していたがこのバリヤードに勝てるはずがないと悟りボールから出さなかった。
たとえロケット団員のように銃やナイフを持っていても大人しくしていただろう。
『お、お前は一体・・・!?ポケモンが喋るなんて・・・しかもこの強さ!
あのマフィアどもが大騒ぎしている侵入者のポケモンか!?』
『・・・どうでもいいことです。早くポケモンたちのところに案内しなさい。
もし命を落とすポケモンがいたらナツメさんはどれだけ悲しむことか。ここで
ぐずぐずしている暇はないのです。あなたの幼い娘が大切ならば急ぎなさい!』
スリーパーというポケモンの悪癖はこの研究員もよく知っていたが、携帯していた
家族写真を見られたのがまずかった。もし逆らえばスリーパーは報復のため、また
自分の欲求を満たすために遠慮せず暴挙に走るだろう。傷薬の性能を確かめるため
一方的に傷を与えては回復させている実験用ポケモンのもとへとすぐに連れて行った。
同じようにモルフォンとフーディンも技を出し惜しみせずに次々とポケモンを保護する。
この四体は手にモンスターボールを持ち、それを自在に操ってポケモンたちを捕獲して
研究員やロケット団員たちを驚かせた。ボールが持ちきれないほどになるとパソコンを
起動し、素早く転送してまた次の場所へと急ぎポケモンを回収していった。
『・・・過酷な実験の繰り返しで心身が弱っているために捕獲が容易だというのは
実に皮肉な話だ・・・しかしこれでほぼ達成!残るは・・・』
『ナツメさんの向かった珍しいポケモンたちが集められた部屋だけっす!私たちも
すぐに合流するっすよ!あの少年はもう社長室に着いてしまったらしいっすから!』
ポケモンたちが到着するまで無理はしないとナツメは言っていた。いかにエスパーの
彼女とはいえ大人数、また複数のポケモンを相手にするのは厳しい。稀少なポケモンを
管理する部屋とあってはいくらでも代わりはいる実験用ポケモンたちよりも厳重に
守られていることだろう。全員が仕事を終えて集合し最後の部屋へと向かうと、
物が散乱して荒れ果てた部屋の奥でナツメが椅子に深々と座っていた。
『・・・ああ、あなたたちか。こっちは意外と早く決着がついた・・・』
すでに全てが終わっていた。シルフカンパニーの社員、研究員やロケット団員という
敵たちは皆無残な姿で倒れていた。壁や天井にまで血が飛び散っていて、激しい
戦闘が行われたというのはわかるが、いかに彼らへの怒りに満たされていたとはいえ
ナツメが一人でここまでやるだろうか。しかも超能力による攻撃の跡とも思えない。
その理由をバリヤードたちが尋ねる前にナツメが説明した。
『これはわたしによるものではない。わたしはまず捕らわれていたポケモンたちを
自由にした。ポケモンたちが連中への恨みを晴らしたためにこうなった』
『確かに我が主が戦ったようには思えませんでしたが、ポケモンたちが・・・』
『すでにほとんどモンスターボールに入ったがこいつだけなかなか警戒心が強い。
ポケモンからすればこの会社のやつらもわたしも信用できない人間という生物だから
仕方ないが・・・この傷も敵たちにではなくこいつにやられたものだ』
ナツメの肩が赤く染まっていた。かなり深々と噛みつかれたようだ。その傷を目にした
モルフォンは即座にナツメを傷つけたポケモンを討つために突進したが、
『・・・わたしのことを思ってくれているのはありがたいがやめるんだ、かずみ。
出会ったばかりのあなたと同じだ・・・虐げられたり裏切られたりした相手を
簡単に受け入れるなんて無理な話。もう少し待ってやらなくてはいけない』
かずみ、後にZUZUとも呼ばれるモルフォンは後ろに下がった。この会社の
ポケモンたちは自分と同じ境遇、もしくはそれ以上にひどい扱いを受けてきた。
このポケモンが救われる機会を自分が潰しては全てが台無しだと反省した。
『いまはまだ欲深い者たちがあなたを狙っている。しかしそう遠くない時に
あなたは真の平穏を得ることができる。そしてわたし以上にあなたを世話する
適性を持った愛情に溢れるトレーナーがいる・・・その時までしばらく辛抱して
わたしたち人間と共に生きてもいいと思えるようになってほしい』
『ラプ~・・・・・・』
ナツメの言葉、それ以上にナツメの瞳を見てこのラプラスはモンスターボールに入った。
全てのポケモンの救出が終わると直ちにナツメたちはテレポートで脱出した。その後
ナツメだけがレッドに敗れ逃走するサカキのもとに現れ、ポケモントレーナーとして
再び目覚めるようにと勧めたのだった。
「人間に虐待されたポケモンは保護されても次のトレーナーとうまくいかずに結局
野生に戻されることが多い。でもこのラプラスはあなたが協会の長老たちに
見つからないように密かにワタルに託したときからずっと大人しくていい子だと
聞いている。それ以外のポケモンたちも新しい生活を成功させているらしいわ」
「ただ回収しただけではなくその後のケアまで完璧だ。まさかレッドくんの活躍の
裏でそれと同じほどの素晴らしい働きをしていたとは!おれたちはお前を少し
誤解していたのかもしれないな。お前はアカネちゃんたちの言うように・・・」
ここでナツメはワタルに結論を言わせずに、すぐに話題を変えてしまった。
「ところで・・・あなたもそんな昔のこととただの感謝の言葉だけを言いにここへ
来たわけではあるまい、なあカンナ。他にも何かあるのだろう?』
カンナの心を超能力で読んだわけではないが、ナツメはすでに感じ取っていた。
おそらくはこちらのほうが重大でメインとも言える報告なのではないかと。
この部屋の誰もが話を逸らそうとしているだけと思っているだろう。しかしナツメは
わかっていた。カンナにメスのラプラスが渡ったということはつまりどうなるかを。
「・・・あはっ・・・やっぱり隠し事ができないわね、エスパー相手には。でも
このことを伝えに来たのだから言うのが早くなっただけの話ではあるけれど。
そう、察しの通りよ。私は昨日のバトルを最後にトレーナーを引退するわ」
カンナの口から飛び出した引退宣言。やはりこうなったか、とナツメは頷いたが
他の者たちにとっては予想外の発言で、どうしてなのかすら理解できていない。
「・・・カ、カンナさん!?引退だって!?」 「おれも聞いていないぞ、なぜだ!」
ワタルですら知らなかったようだ。昨日サカキを相手に最後まで食い下がる善戦を
演じていただけにカンナ自身やポケモンの衰えや限界というものはありえない。
むしろ今後の活躍にますます期待が持てる一戦だったのにカンナは引退を決断した。
「ふふ・・・私は最初からポケモントレーナーとして成功するのが目的じゃなかった。
有名になればラプラスというポケモンが絶滅の危機にあるという事実を多くの人に
伝えることができると考えていただけ。その役割は十分果たせたと思っているし、
繁殖のための準備も整ったのだからもういいわ。この三年間はほぼ休業状態だった
わけだし今さらだけど、正式に引退を表明して自分の中で区切りをつけたかった」
幼いころどこかから逃れて流れ着いたラプラスを世話し、貪欲な者たちに渡すことを
拒んだために昔からの住む家を追われ一家は離散した。それでも譲れなかった夢が
一度は絶たれたかに思え、絶望により三年も無気力に生きていたカンナがこの半月、
確かに蘇ったのだ。夢を追う人間として、またエキスパートトレーナーとして。
「あんたほどのトレーナーが決めたことならうちらがどうこう言おうがしゃーないな」
「・・・残念だが受け入れるしかない。本人の決意は尊重されるべきだ」
「しかしもう一つ残念なのはポケモン協会に逆らったために引退式が行われない
ところでしょうか。ジムリーダーの一人に過ぎないわたくしとは違い四天王として
ポケモンリーグを盛り上げたカンナさんがひっそりと消えていくのは・・・」
カンナほどの実績があればセキエイのメインスタジアムで引退セレモニーが開かれる
はずだったが、ナツメに加わり反逆の道を選んだ彼女のためにそのようなものが
用意されるわけがない。どこにでもいる者たちのように静かにトレーナーの資格を
返上し、ポケモンたちの公式戦に出るための登録を抹消する。もちろんカンナは
それでいいと思っていたが、ここでアカネが思わぬ提案を口にした。
「なら・・・今ここでセレモニーをやろうや!ラッキーなことにいろいろ物は揃っとる!」
「・・・・・・は?」
「うむ、それがいい。物だけでなく役者も揃っているのだからすぐに準備をしよう」
「・・・・・・・・・は?」
なんとナツメもアカネに乗り、この場でカンナの引退式が行われることに決まった。
「え~、五万人を超える大観衆の皆さん!いや、いまはみんなで五人やった。これより
カントーとジョウトの頂点であるセキエイのポケモンリーグで長い間Sクラスの
トレーナーとして活躍し元四天王でもあるカンナ選手の引退式を行います、まずは
現役時代の活躍をまとめた映像をご覧ください・・・ほな、再生や!」
ナツメは有名なトレーナーのデータや試合の動画を多数所持している。当然カンナの
バトルを録画したビデオもあり、チャンピオンの座を掴もうとする挑戦者を退け、
同じ四天王を相手にしても圧倒し、幾度も大会で優勝する栄光の瞬間の数々が
大画面のテレビに映し出された。カンナが主役なのだからいいところばかりを集めた
動画になったが、彼女ほどのトレーナーなら活躍の瞬間を集めるのは楽な作業だった。
「素晴らしい勝率を誇りポケモンリーグの門番として誰もが知る氷のカンナ、エースの
ラプラスを中心に安定感抜群のバトルを展開し一時代を築いたと言ってもいいだろう」
「チャンピオンの座に就けなかったのが心残りでしょうが次世代に後を託しての引退、
おそらくはコガネの天才美少女トレーナーがしっかりやってくれるでしょう!」
アカネが実況役、ナツメが解説役としてカンナの現役時代の成績を振り返っていた。
氷の精神によって勝利に最善の戦法をすぐに導き出し、敗北しても引きずらない。
ポケモンたちも吹雪やれいとうビームの正確さは言うまでもなく、サイコキネシスや
なみのり、多くの補助技をも使いこなしどんな相手にも互角以上に戦い白星を重ねた。
普段は辛口なコメントが多いナツメもさすがに今日はカンナを褒める言葉を続けるが、
このカンナを悪く言うことは難しいだろう。それだけの実力者だったのだから。
「ではここにいるカンナ選手のライバルたちにも思い出とかを語ってもらいますか」
「僕・・・?えーと・・・ポケモンリーグに挑戦したとき最初に戦ったのがカンナさん
でした。緊張していたというのは一切なくて、それでも四天王の中で一番苦しい
バトルだったと思います。あ、別にワタルさんが楽だったってわけじゃ・・・」
「ハハハ、気にしなくていいよレッドくん!おれはきみにストレート負けだったからな!
だがいかにおれのドラゴン軍団が氷に弱いとはいえカンナには苦労させられたよ。
同期だったし対戦回数も多くて、おれにとって一番のライバルだったかもしれない。
引退は撤回してほしいが・・・今後はラプラスの繁殖活動に最大限協力するさ」
規模こそ本物とは比べ物にならないが立派なセレモニーの形になっていた。そして
セキエイ高原での引退式の最後の締め方は引退するトレーナー本人がそこにいる限り
誰であろうが決まっていた。正真正銘最後のバトルによって送り出す。
「ところで・・・そのポケモンたちはどうするんだ?登録抹消した後は・・・」
「安心して、ナツメ。私はラプラスだけに愛情を注いでいるわけじゃないわ。引退後も
いっしょに働いてもらうわ。いろいろと費用もかかるしいっそ水族館にでもしたら
いいんじゃないかと考えている。うまくいくかはやってみなくちゃわからないけれど、
あなたたちが繋いでくれた私の夢・・・絶対に投げ出したりしないわ」
「今後の人生について聞けたところで最後のイベント、引退バトルといきましょーっ!
三人のトレーナーと三対三のバトルで未練なく新たな日々に向かってもらいましょ!
まあ・・・ホンマはうちも戦いたかったんやけど・・・」
カンナが戦うのはナツメ、レッド、そしてワタルだ。なぜアカネが外されたかというと、
彼女では手加減ができずこのバトルには向かないからだ。本来であればレッドも苦手な
分野だが、エリカよりはずっとカンナと縁があるため消去法で選ばれた。
「えー、ここからはエリカ選手に解説をお願いします。エリカ選手はカンナ選手と
これまでそんなに親交はなかったとのことですが・・・どんな印象を?」
「・・・レッドがリーグチャンピオンだったときの四天王でしたからね。密かにレッドに
迫ろうとしないか常に警戒していましたよ。レッドも初対面の時はあの色気に少し
顔色が変わっていましたし・・・おっと、あなたのこともまだ許していませんからね」
「げげっ・・・もうエエやろさっきの話は・・・早よ始めてくれや、間が持たんわ!」
実況アナウンサーを演じていたアカネだったが、エリカの気迫に圧されて素の自分が出た。
カンナのセレモニーが終わったらエリカとのバトルが始まると思うと気が重かった。
「最後のバトル・・・悔いは残さないわ、ルージュラ!」
カンナの一体目はルージュラ。それに対し最初の対戦相手ナツメはスリーパーを出した。
しかしそのスリーパーは明らかに怯えている。ここで自分を出さなくてもと訴える目だ。
「どうした?まあいい、バトル開始だ!スリーパー、ヨガのポーズだ!」
「え!?せめて一撃で倒せるかもしれない攻撃技を命じてくださいよ!それだと・・・」
「何をごちゃごちゃと・・・ルージュラ!あくまのキッスで眠らせてしまいなさい!」
恐れていた技の名前がカンナの口から放たれた。ルージュラが動き出すより先に
スリーパーが命令を無視して逃走を始めた。広くないフィールド内を駆け回り、
ルージュラに距離を詰められないように必死に逃げ続けている。このありえない光景に
超上級者トレーナーたちでも理由がわからず困惑したがナツメだけは笑っていた。
「はっはっは、美人がキスをしてくれるんだぞ?逃げることはないだろう」
「いやいやいや!あれは私の好みとは真逆です!あなたも知っているくせに!
キスならアカネさんのピィさんやトゲピーさんの天使のキッスがほしい・・・」
そういうことか、と皆納得した。ルージュラの悪魔的な接吻を好むポケモンは稀だが
ロリコン界の重鎮であるスリーパーであれば眠らせるどころか一撃で瀕死もあり得る。
「・・・・・・やっぱりあいつとうちの子たちは近づいたらアカンな。注意せな。
でもコレは・・・スリーパー、戦意喪失により負け!次のポケモン出てこいや!」
まずはカンナの勝利だ。次はレッドがナツメに代わりポケモンを出す。
「氷タイプのスペシャリスト、カンナさん・・・なら!」
「・・・しばらく対戦していないうちに私のポケモンのことも忘れてしまったかしら?」
レッドはリザードンを繰り出したが、カンナのポケモンはジュゴンだった。これでは
炎は通常通りにしかダメージを与えられず、逆にジュゴンの水技が厳しい。
「てっきりピカチュウか私に合わせてラプラスを出してくれると思っていたのに・・・。
やっぱり三年間のブランクはあなたの勘を鈍らせているのかしら・・・なみのり!」
「・・・・・・パーマー!つばさでうつ攻撃だ!」
これも疑問の采配だった。ジュゴンに負けじと攻撃技を放つのなら命中に難はあるが
だいもんじで大ダメージを狙ったほうがいい。無理に攻撃で対抗しなくてもピカチュウと
肩を並べるエースとの呼び声も高いリザードンなら他にいくらでも手が打てたはずだ。
「・・・・・・ウガッ!?ギャオオォォ・・・・・・」
「ありゃ、一発!?急所にでも当たったかぁ!?リザードン、戦闘不能や!」
レッドはリザードンをボールに戻すと早々に後ろに引っ込んだ。そのとき隣にいた
ナツメから小声で『下手だったな』と言われた。彼自身失敗はわかっていた。
そう、引退バトルは去っていく者に花を持たせるためのものであり、今日はカンナに
勝たせなくてはいけないバトルだ。手加減や出来レースに慣れていないレッドには
本来回ってこない役目だったが人数が少ないのだから仕方がなかった。これと同じように
カンナのラプラスとワタルのカイリューの勝負もすぐに決着がついた。
「・・・カイリュー戦闘不能!結果、カンナの三勝でバトル終了!」
「おめでとう。最後の勝利だな。これで心置きなく・・・」
ワタルが手を差し出したが、カンナはそれを払いのけて握手を拒否した。
「・・・まさかあなたまでこんなくだらない茶番の仲間になるなんて!どうせ正式な
引退式じゃないのだから最後くらい全力で勝負がしたかったわ。こんな少人数の
空間であればナツメの呪いも関係なかったはずなのに・・・がっかりだわ」
昨日までのバトルで勝ち残ったナツメにアカネ、それにレッドは何も不自由なくバトルを
楽しめるが、敗れた残りの三人はナツメとフーディンによって呪いをかけられている。
公の場でのポケモンバトルの禁止という、トレーナーにとっては厳しい罰だった。
真剣にバトルをしようとすればモンスターボールからポケモンが出せなくなる、指示を
出そうとする声が出なくなる、金縛りにあうという症状はワタルも確認済みだった。
「現に私は本気で戦おうとした。なのにあなたたちときたら・・・」
「え、そうなのか?おれはたった三人しかいない場所でちょっとした模擬バトルを
しようと試みたが駄目だったんだぞ?呪いに個人差があるということだろう」
するとその災厄を与えた張本人が小さく笑いながら種明かしを始めた。
「くくく・・・そんな呪いは始めからない。実は催眠術だった。呪いをかけられていると
思い込んでいるとバトルができない。しかし先ほどのカンナのように最後のバトルだと
気合が入って呪いのことなんて忘れていたら何事もなくバトルができる。そしていま
これを聞いたワタル、それにエリカも当然事実を知った以上自由にバトルができると
いうわけだ。仕掛けがわかれば簡単な話だっただろう?」
「そ、そんなくだらない・・・!だがこれはいいことを聞いた!カンナ、お前の望みが
叶えられそうだ。仕切り直しだ、真剣勝負をやろうじゃないか、おれたち二人で!」
「ええ、それを待っていたわ!早速始めましょう!」
恐ろしい呪いの正体はちょっとしたいたずらのような規模のものでしかなかったと知り、
ワタルは喜びカンナを誘う。もちろん彼女もそれを快諾し幼いころからのライバル同士
飽きるまでバトルを楽しむことだろう。他の敗者たちにとっても朗報ではあるが、
「・・・わたしにとってはどうでもいいがお前たちのお友達にも教えてやるといい。
しかししばらくは目立たずにバトルをするようにと付け加えなければならない」
「ああ、それはそうだ。お前たちの面子もあるからな。バトルができるだけで十分だ。
おれはシバやイツキくんに後で電話しておこう。レッドくんはそれ以外の・・・」
誰が誰に連絡をするかと皆が話し合っている輪からナツメは一人離れた。真実を知るのは
彼女だけだった。この呪いは実際に本物の呪いであり、ナツメがそのトレーナーの対面に
立ってバトルをすることか、もしくは『これは思い込みだ』という解呪のキーワードを
知ることでしか永遠に解かれない呪いだった。いまナツメはカンナだけ直接呪いを解き、
そこから他の者たちが続けて解放されるようにした。もちろんフーディンには許可を
得ていない独断での行動だった。
(・・・きっと許してもらえない。だけどフーディン、ポケモンを純粋な心で愛する
トレーナーがバトルを奪われる苦しみはあなたが一番よくわかっているはず。
この責任は一週間後わたし自身の手で・・・・・・)
残された時間を自ら定めたナツメには迷っている暇はなかった。心残りなく最後の日を
迎えるための準備を誰にも言わず一人で着々と進めていた。