ポケットモンスターS   作:O江原K

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第88話 謎の洞窟

 

「・・・は?今日は帰らん!?こんな夜にどこ行くんや?」

 

「あなたにも来てもらう。わたし一人では意味がないからな・・・」

 

ラジオの生放送中からナツメが考えていた危険な冒険。もちろんナツメがそこに

行きたいからするのだが、アカネに同行してもらわなければならなかった。

その理由は、いまのうちにアカネに備えをさせなくてはいけない、というものだった。

 

(・・・このままではよくない。日程を考えたら今日しかできない)

 

アカネが隠そうとしない自分への全幅の信頼と溢れんばかりの好意。今回の戦いの

勝利と新団体リニア団の成功もナツメさえいれば問題なく成就するとアカネは口にする。

一週間後の戦いに勝つことはいいとして、あまりにも自分に依存しているとその先が

心配だ。アカネも、彼女の声に応じてリニア団の一員となった者たちも。

 

(わたしが指導者となってはいけない。誰もが自分で考え行動すべきだ)

 

それまでは中堅の組織に過ぎなかったロケット団をあと一歩でこの国を裏から完全に

支配する手前まで大きくしたのはサカキのカリスマによるものであり、部下たちは

彼の命じることにさえ忠実に従っていれば必ず成功すると信じて動いていた。

 

ロケット団以外にも人々を魅了する圧倒的なカリスマや指導力に満ちた代表者が

組織の顔となることで彼らのために命をも投げ捨てる団員たちの献身を生みそれぞれの

野望へと突き進む団体が国内外に少なからずあるのだが、このリニア団に関しては

それでは駄目だとナツメはわかっていた。あと十年、少なくとも三年あれば一時的に

人々を教え共に活動することもできたのだが、そんな時間は残されていない。

ナツメにはあと六日しかないのだ。その間に全ての仕事を終えなければならなかった。

 

 

「へへへ・・・せっかくのあんたの誘い、もちろん行かせてもらうで!」

 

「そう言ってくれると信じていた。まずは準備がしたい。少し待ってもらおう」

 

ナツメは一人でラジオ塔を出た。先ほどの男のようにナツメを逮捕しようとどこかに

潜んでいる者やナツメとアカネを憎み危害を加えようとする者はこの先いよいよ

攻撃的に行動するだろう。だからこのラジオ収録を終えたら一週間後の決戦までは

もうナツメの屋敷を出ないほうがいいという結論になったばかりだったのに、

今回の冒険は例外のようだ。残されたアカネも自分に敵が多いことは知っているので

ラジオ塔の中であっても誰に襲われてもいいように周囲への警戒を続けていた。

ナツメが戻ってきたのは二十分後だった。それだけの時間でもアカネは長く感じた。

 

「・・・ふ———っ・・・ずっと切れない緊張・・・さすがに疲れたで」

 

「すまないな。ここからは二人で行動だ。必要なものは全て手に入った」

 

「そうか・・・ってあんたの荷物!なんやねんそりゃあ———!?」

 

アカネが大げさに驚くのも無理はなかった。ナツメは両手に袋を持っていたのだが、

チョウジタウン名物いかりまんじゅうやアサギシティの洋菓子、更には酒瓶を数本。

全国の名産品が手に入る土産屋で購入したのは袋を見れば明らかだ。これから危険な

冒険に旅立とうとしている人間の所持品ではないが、彼女は何を考えているのか。

 

「・・・ま、あんたがわけのわからんことをしてその理由がわかるのはずっと後、

 今に始まったことやあらへんわな。どうせ目的地までテレポートで一瞬やろ?」

 

「時間があれば電車の旅もよかったのだが・・・今回はそうもいかないな。

 眠いかもしれないが、そのうち眠気も吹っ飛ぶだろう」

 

ナツメは超能力を自在に使いこなすが、それだけを頼りにして多用することはない。

むしろその力をなるべく使わないようにしているのをアカネはすでに知っている。

だがこの日はすでに二回目のテレポートだ。国際警察の男をどこかへと消し去るために

派手な力も披露した。事を急いで行わなくてはいけないという気持ちの表れだった。

焦りからではなく、残された時間を効果的に使うための行動だった。

 

 

 

「・・・は———っ・・・退屈ね。あと一時間は交代が来ない。ホントにこれさえ

 なければもっと本来のジムリーダーとしての仕事も修業もできるのに・・・。

 でも時々バカがいるから仕方ないわよね、今日はたまたまいないだけで」

 

夜遅くなり、その女性はあくびをしながら眠そうにひとりごとを言う。この日は

このまま何事もなく次の者に役目を引き継ぐと思われていたそのときだった。

あの二人組が近づいてくるのだから嵐がやって来るのは目に見えていた。

 

「・・・・・・あ、あんたらは——————っ!!」

 

「おお・・・今はあなたが見張り番だったか。知らないやつがいるより話が早そうで

 よかった。こんな暗いところで若い女が一人で・・・と心配したくなるが

 こんなところは誰も来ないからむしろ街よりも安全か。なあ、カスミ!」

 

「ついさっきまでの話よ。ナツメ・・・それにそっちのアカネが来たとなったら

 事情は変わるわ。あんたたちがこの中に用があるだなんて・・・」

 

ナツメが向かおうとしている場所への入口を守っているのはカスミだった。彼女が

いるのは驚くことではない。この洞窟はハナダシティの外れに存在するものであり、

二十四時間誰かが見張っていなくてはならない危険な地とされていた。

 

「あれま、カスミやないか!まさかこんな所で会うなんてなぁ!で、ナツメ・・・

 そもそもここはどこなんや?それになんでカスミがおるんや?」

 

「・・・・・・ジムリーダーなのにこの場所のことも知らないだなんて。いくら

 ジョウトのジムリーダーだからって・・・まあいいわ。ここはハナダの洞窟。

 この中にはそのへんの草むらとは比べ物にならないほど強い野生のポケモンが

 うじゃうじゃといるってわけ。だから私たちハナダシティのトレーナーで

 そのポケモンたちを、そして中に入ろうとする命知らずを監視しているのよ」

 

「ぜーんぜん知らんかった、そんなん・・・でもここに来た理由は分かったで。

 他に誰もおらん秘密の場所で二人きりのトレーニングっちゅうことやろ?

 望むところや!この不思議な気配のする洞窟・・・ワクワクしてきたなぁ!」

 

やる気に満ちたアカネが洞窟に入ろうとしたがカスミに腕を掴まれた。ここまでの

話を全く聞いていなかったのかと呆れ顔だ。危険極まりないこの洞窟へは誰をも

入れさせてはならないとポケモン協会から直々に与えられた公務であるからだ。

 

「エエやないか!うちらなら野生のポケモン相手に不覚は取らん!」

 

「まだわかってないの!?ここは誰だろうと立入禁止って協会が決めた・・・」

 

ジムリーダーほどの実力者であっても洞窟への侵入は許されていない。カスミも入口で

警備をしていても中へ入ったことは一度もなかった。過去には死亡事故が起きたとも

言われている洞窟だ。協会の命令に従うのは当然だったが、このハナダの洞窟の

真実を知る者がここで堪えきれないと言わんばかりに笑い始めた。

 

 

「くくく・・・ははははっ!!何もわかっていないのはあなたのほうだ、カスミ!」

 

「ど、どういうことよ!突然笑いだしたと思ったら・・・」

 

「あなたが協会の操り人形であることはよくわかった。権力者に言われるがままに

 深く考えずこんな洞窟の前で突っ立って時間と労力を無駄にする。アホだと

 罵ってやりたいがこれは仕方ないとも言える。それだけ連中の情報操作は完璧

 だったということだ。なぜ真にこの洞窟が封鎖されるべきなのか誰も知らない」

 

協会の長老たちが隠し通したハナダの洞窟の全てをナツメはすでに知っていた。

 

「どうしてこの入口を守るべきか・・・いま説明する必要はない。なぜなら今から

 わたしとアカネがその原因を取り除くからだ。あなたを煩わせる仕事も今日で

 おしまいというわけだ。さあ、そこをどいてもらおうか」

 

「信用できないわ。適当に思わせぶりなことを言って惑わしても無駄よ!」

 

「・・・あなたにかけた呪いを解く。これなら応じてくれるだろう?」

 

カスミの目の色が変わった。ポケモンバトルを愛するカスミにとって敗北の罰として

人の集まる場でのバトルを封じられた呪いはあまりにも重かった。ナツメに服従を

誓うか彼女が敗れ死ぬしか呪いからの解放はないと思っていただけに願ってもない

事態となった。二人を見過ごすだけで元通りの日々に戻れるというのだから。

 

「それにあなたはわたしを嫌っている。わたしが中で命を落とせば好都合では?」

 

ナツメの死を喜ぶ者は多いだろう。今回の騒動を起こす前からカスミとナツメは

仲がよかったとは言い難く、対抗戦では敵対する陣営に入ったことで二人の関係は

完全に破綻したはずだったが、カスミはこのナツメの言葉には同意しなかった。

 

「・・・呪いを解いてくれるのならうれしいけど、あんたが死んで喜ぶ・・・

 それは違うわ。だから危険な洞窟に入れたくないという思いもある」

 

「・・・・・・」

 

「あんたのおかげでエリカは幸せになった。私たちはあんたのことをよく知らなかった

 だけなのかもしれない。そう・・・この洞窟のように。ちゃんと話せばあんたとも

 いい友達になれそうな気がするわ。そうでしょう?アカネ」

 

カスミの言葉にアカネが笑顔になり、ナツメに抱きつきながら誇らしそうに言うのだった。

 

「へへ・・・あんたもやっとわかったみたいやな。うちよりもずっと長い間ナツメと

 いっしょに仕事をしとったくせに遅すぎや!でもまあエエやろ。ナツメ、うちらの

 仲間はどんどん増えとるで!この調子でリニア団の勢力拡大といこか!」

 

「・・・さっさと行くぞ。あんまり浮かれていると・・・死ぬぞ?」

 

「そうかもしれんなぁ。でもピンチになったらあんたが助けてくれるやろ?」

 

自分を信じて頼り切っているアカネ。何かあったら彼女を守るつもりであるのは確かだが、

今回の冒険の目的は彼女に更なる強さを身に着けさせるためのものだとナツメは改めて

自らに言い聞かせた。自分がいるうちはそれでもいいが、いなくなった後、アカネが

一人であらゆる困難に対処していけるようにするのがこの道に引き込んだ者の責任と

ナツメは思い定め、二人は並んで洞窟へと足を踏み入れた。

 

 

洞窟に入るとすぐナツメの言葉の正しさがわかった。野生のポケモンの数は多く、

パラセクトやライチュウ、ドードリオにレアコイルといったポケモンたちはいずれも

強力そうだ。しかし彼らはナツメとアカネを見た途端遠くへ去ってしまう。

 

「ナツメ!あいつら・・・」

 

「人間を恐れているな。少なくとも自分から近づいてくるような感じはない。

 こんなポケモンたちが危険で常に見張りがいるような脅威か?違うだろう」

 

戦いを好まず密かに暮らすことを好むポケモンたち。だから洞窟から外へ出ずに

この内部だけで生活や繁殖の全てが完結していた。ポケモンたち同士でも争いはなく、

表面上の強さはあっても戦うための技や闘志が貧弱で、修業にもならない。

 

「・・・こんな場所・・・ただのポケモンの巣や!」

 

ポケモン協会の権力者たちがハナダの洞窟を恐れ警戒していた理由がわからない。

この奥に彼らが汚い方法で手に入れた富が隠してある、それくらいの可能性しか

アカネには思い浮かばない。だがそれではナツメがこの場所に来る理由にならない。

シルフカンパニーでポケモンの命を救うために数十億にはなる宝の山に見向きも

しなかった彼女がこんなときに金を手に入れるために奔走するだろうか。

 

「そろそろ教えてくれや・・・この洞窟には何があるのか!」

 

「ああ、いいだろう。なぜわざわざ眠気を押してこんなところまで来たのか!

 すでにわかっているだろうが野生ポケモンたちとの戦いが目的ではない。しかし

 この洞窟が危険で死と隣り合わせであるのは事実だ!この洞窟の最奥には・・・」

 

ナツメがハナダの洞窟の秘密を明らかにする寸前だった。前方から足音がした。

ポケモンのものではない。靴の音だ。二人以外にもこの空間に人間がいる。

 

 

「・・・・・・そう!実際にこの目で見てみないと真実はわからない!

 まさかそれに気がついたのが私だけじゃなかったなんて面白い!」

 

「・・・!あなたは・・・何者だ!」

 

二人の知らない顔だった。まだ十代の半ばから後半といった少女だった。

 

「私?私の名前はブルー。見ての通りポケモントレーナー。あなたたちのことは

 よく知っているから言わなくていいよ。どうやら私と同じ目的でここまで来た

 らしいけど・・・やっぱり一週間後の戦いで勝つために欲しいってことでしょ?」

 

「欲しい?勝つために?やっぱり何かあるんか、この洞窟には!つーかあんた、

 どうやって入ってきたんや!見張りがおったやろうが!」

 

「・・・何も知らないで来たの?コガネジムのアカネさん。そっちはちゃんとわかって

 いるみたいだけどね。ここにはとてつもない力を持った伝説のポケモンがいるという

 噂が真実なのかを確かめに来たけれど、どうやらほんとうだったとあなたたちの登場で

 証明された!私はお金はいっぱい持ってるから入口のおじさんにお願いしたらとうとう

 受け取ってくれたってわけ。あなたたちだってそうじゃないの?」

 

カスミの前の時間に警備をしていた男性トレーナーに賄賂を渡して突破したようだ。

ナツメももしカスミではなく別の人間が立っていたら同じ方法を使うつもりでいた。

 

「ああ、わかったで!いかりまんじゅうやお酒をあげて通してもらおうと・・・」

 

「違う。いい大人が菓子で転ぶわけがない。その土産物はこれから先使いどころがある。

 しかしブルーとやら、伝説のポケモンと出会ったところでどうする気だ?」

 

「ふっふっふ・・・私じゃ勝てないって?心配無用、私にはコレがある!」

 

ブルーが鞄から取り出したモンスターボール。それは究極のボールだった。

 

「ムム・・・そのボールは!」

 

「マ、マ、マ、マスターボールや!ラジオ塔のクジの一等商品!でもこれまで一度も

 一等が当たったっちゅう話は聞かん!本物がこの世にあったんか!?」

 

どんなポケモンだろうが確実に捕獲できるマスターボールがブルーの手にある。

 

「どう?このボールがあれば安全にゲットできちゃうってわけよ。捕まえさえすれば

 あとは私のポケモンとして言うことを聞いてくれる。悪いけれどタッチの差で

 私のほうが早かった。あなたたちは歯ぎしりしながら大人しく帰ってちょうだいね」

 

アカネはここで思い出した。神の使いを自称するあのフーディンと一時的に別れた

ナツメには五体しかポケモンがいないが、残りの一体の当てはあるとナツメは言った。

この洞窟に来たのはその伝説のポケモンを捕まえ新戦力として加入させるためだったと

結論した。ブルーの話を聞く限り、その強さは即戦力、いやそれ以上だろう。

 

「何を言うとる!あんたごときに使いこなせるかい、そんなポケモンが!」

 

「ふふふ・・・なら試してみる?私の実力を今すぐここで・・・」

 

ブルーはモンスターボールを一気に三つ取り出した。早く先に進みたいのだろう。

三対三の勝負を瞬時に終わらせる気でいた。アカネもそれに応戦するために

ボールを手に取り投げようとしたが、ナツメの右手がそれを止めた。

 

「あらら、邪魔されちゃった。子分より私のほうが強いって見抜いたのかしら?」

 

ブルーが二人を挑発的に誘うが、ナツメは表情すら変えず、相手にしなかった。

 

 

「ブルー・・・あなたもカスミと同じだ。やはり真の意味では何もわかっていない。

 そして半端に情報を得たせいで彼女よりも質が悪い。無知でいるほうがましだった」

 

「・・・・・・ちょっと何が言いたいのか伝わってこないけど・・・」

 

「もしわたしたちが来なければあなたは死んでいた。この洞窟の奥で待ち構える

 ポケモンはマスターボールなんかで従わせることができるものではない!

 あなた程度のトレーナーでは全身を切り刻まれ野生のポケモンの餌にされる。

 未来予知などしなくてもわかりきった未来だ。あなたこそ黙って帰れ」

 

初対面の相手に根拠もなくここまで言われて怒らない人間は稀だろう。ブルーは

ターゲットをアカネからナツメに変更し、実力を見せつけてねじ伏せようとした。

 

「ふっふっふ、面白いじゃない!だったらジムリーダー様にも知ってもらおうかしら!

 私のポケモンたちの強さを、そして私がこの先にいるポケモンを手にする資格のある

 トレーナーだということを!あなたを屈服させてやるわ!」

 

「・・・フン、残念だがその時間はない。あなたはただの野心家だ。最強のポケモンを

 手にして多くの人間が足元にひれ伏すことを望むだけ・・・そんなやつにあのポケモンを

 捕まえることは許されない!スリーパー、さいみんじゅつだ!」

 

「了解です!お嬢さん、あなたに恨みはありませんが食らいなさい—————っ!!」

 

ブルーがポケモンたちを出す前に勝負は終わった。いや、勝負は始まらなかった。

スリーパーの術の標的はポケモンではなくブルーだった。トレーナーへの直接攻撃が

炸裂し、ブルーはその場に膝から落ちたかと思うとうつ伏せになって倒れた。

 

「・・・・・・ス—————ッ・・・ス——————ッ・・・」

 

「本来なら反則だが・・・いいだろう。そんなやつに構うほど暇ではないからな」

 

 

寝息をたてて熟睡するブルーを放置して先へ進もうとするナツメ。アカネはというと

口が開いていた彼女の鞄を物色し始めた。眠る彼女の身体をも小さく突いている。

 

「おおっ!金持ちってのはホンマみたいやな。使っている道具やら食料やら全部が

 高級品や!こんなら真面目にバトルで勝って有り金半分よこしてもらったほうが

 よかったかもしれんなぁ!しかしこんな短いワンピースなんか着よって・・・どれ、

 この中はどうなっとるかちょいと確認しとかんとな・・・残念、下にも服が・・・」

 

「何やっているんだ!さっさと行くぞ!」

 

「わわっ!わ、わかっとるって。ちょっとした冗談や。下着も高級ブランドかもって

 チェックしようとしただけやないか。一枚何千円、いや、何万とかするかも・・・」

 

ナツメの喝に動揺したアカネがブルーの鞄の中身を半分近くぶちまけてしまった。

ポケモンの入っていない捕獲用のボールや回復用の薬などであったが、研究用の

ノートやメモもその中に含まれていた。そのうちの一つをナツメは拾って読んだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

時間にしてたった五秒程度。ごく一部を眺めただけだった。ナツメはそれをブルーの

鞄に戻すと、その中にあった大量のゴールドスプレーを取り出し、辺り一面に使用した。

 

「・・・こいつは意外や。こんなん野垂れ死にでも構わんて感じやったのに」

 

「くくく、戻ってみたら肉や骨が散乱しているのも嫌だろう。これだけ使えば半日は

 野生のポケモンに襲われないだろう。臆病で慎重なこの洞窟のポケモンがこいつを

 狙うかどうかもともと怪しいが・・・まあ念のためだ」

 

「エエんか?あんたが伝説のポケモンを捕まえたって知ったらこいつは逆恨みして

 復讐の鬼になるで。あちこちでうちらの邪魔をする厄介モンになるかもしれん」

 

「それなら構わないさ。今度こそ叩き潰して再起不能にしてやるまでだ」

 

 

 

洞窟はすでに終点が近かった。そのせいなのか、それとも何かしらの見えない力が

影響しているのか、だんだん肌寒さを感じるようになった。もともとこの洞窟は

涼しかったが、鳥肌すら立つほどの寒さの原因は果たして何なのだろうという問いを

アカネが口にすることはなかった。目の前にそのポケモンが現れたのが先だったからだ。

 

 

「・・・人間が・・・この場所まで来ることなどありえなかった。この私を何者か

 わかっていての行動なのか?そうでないならばすぐに引き返すがいい。ただし

 私が誰かを知っていたうえでここまで来たのであれば・・・・・・」

 

当然のように人間の言葉を使うそのポケモン。ナツメのポケモンたちもそうであるから

多少驚きは緩和されたが、アカネがこれまでの人生で見てきたどのポケモンとも違う。

ただ賢そうとか強そうという違いではなく、このポケモンは異質なのだ。ナツメの

フーディンやサカキのスピアーともまた異なる、別の特異性がすぐに感じ取れた。

寒気の正体は怪物が発するプレッシャーとオーラによる恐怖と自らの死の予感だった。

 

「わたしたちはあなたが何者かを理解し、用があってはるばるやって来た」

 

臆することなくナツメが即答する。わたし『たち』と言ったことで、謎のポケモンは

アカネに対しても敵であると認識したようだ。厳しい視線を向けられアカネは硬直した。

 

「ここから先はいつ攻撃が飛んでくるかわからない。自分の身は自分で守れ。

 あなたまで守る余裕はないだろう・・・あのポケモンが相手なら当然だ」

 

「・・・はひっ!?」

 

ナツメが小声で何かをささやいたかと思えばまさかの突き放すような言葉だった。

伝説のポケモンとの突然の遭遇、しかも殺意を隠さない相手でありナツメも助けないと

言っている。情けない声を出して思わず逃げてしまいたくなったアカネがどうにか

踏みとどまれたのは、ナツメの手をしっかりと握ったからだった。ナツメと共にいれば

絶対に悪いことにはならないという信頼がアカネに勇気と落ち着きを与えていた。

 

「・・・・・・あ、あんたがいればこれしき・・・何の問題もあらへんわ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

アカネの自立を求めるナツメからすればこの手を強引に振り解いてしまってもよかった。

そうすることで究極の試練が襲ってくるとき頼れるのは己だけという真理を簡単に

教え込むことができただろう。しかしナツメはアカネの手を握り返した。これはアカネの

期待に応えるもので、口で何と言おうが必ず守り抜いてやるという意思表示だった。

 

(わたしも甘いな・・・しかしいまは目の前のこいつをどうするか・・・)

 

これほどの憎しみを向けられるのは想定していなかった。人間という生物そのものを

憎悪し除き去りたいという気に満ちている。間違った対処をしたら死ぬ。

 

 

「用だと・・・?私に何を求める?」

 

「こんな洞窟に籠っているあなたを外の世界に連れ出すためにだ・・・ミュウツーよ!」

 

伝説のポケモンはナツメにミュウツーと呼ばれたその瞬間、目つきがさらに鋭くなった。

ミュウツーというのがそのポケモンの名前であり、そして自分の名でありながら忌み嫌う

ものであったからだ。両者の衝突は確実となった。

 


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