ポケットモンスターS   作:O江原K

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第9話 ポケモンマスター

 

『ちょっと、みんな見てるわよ。いつまで寝ているのよ!』

 

ジムリーダーたちの会議中でありながら、エリカは眠ってしまっていた。

隣に座っていたカスミが何回も肩を叩いてようやく目を覚ますと、

 

『・・・・・・こ・・・これは失礼を。ちょうどこの時間はいつも昼寝を

 しているものでついうとうとと・・・・・・』

 

エリカが言うから許されるような台詞だった。誰も彼女を厳しく咎めたりせずに

むしろ場は和やかな空気になった。そのまま何事もなく話し合いは終わった。

 

 

『ではこれで終わりということで。ですが今日は皆さんご存知の通り・・・』

 

サカキが皆の注目をそちらに集めさせた。この日はゲストがいたからだ。

 

『・・・ほら』

 

『こんにちは!あたいがアンズだよ!父上と共に毎日修行の身さ、よろしく!』

 

まだ幼い少女アンズはやや緊張気味のまま、隣にいた父親のキョウに促されて挨拶をした。

父と同様に忍者の格好をしており、その姿に大人たちは笑顔になった。

さっそくリーダーたちは彼女と話をしたりお菓子をあげたりして可愛がった。

その様子をキョウは離れたところからサカキと眺めていた。

 

『ご迷惑でしたかな?話し合いの間はどうにか静かにしておりましたが』

 

『いえいえ、我々こそ大人のくせにお見苦しいところを見せたのではないかと。

 しかし早くも後継者としての訓練ですか。教育熱心ですな』

 

『教育は早ければ早いに越したことはありませんよ。何があるかわかりませんからな』

 

キョウは予知していたわけではなかったが、現に数年後ポケモンリーグの四天王として

選ばれることになり、アンズを来たるべき日のために備えさせていたことは親として、

またジムリーダーとして正しい行動だった。

 

 

『挨拶っていうのならポケモンたちも初めましてをしなきゃ・・・そうでしょ?』

 

カスミは自らのモンスターボールを高く放ると、スターミーがそれに応えて

空中を勢いよく回転していた。アンズは口を開いたまま見つめていた。

 

『見たことないポケモンでしょ?でもこれから仲よくなっていくんだから。

 ほら、あなたたちもアンズちゃんにポケモンを見せなさい』

 

『ならミーはピカチュウを!キュートでショウ?』

 

それぞれがエースポケモン、もしくは見栄えのいい、アンズが好みそうな

ポケモンを出した。サカキも皆と同じように自分の自慢のポケモンを

紹介するのだが、ボールに手を触れることはなく、指をパチンと鳴らした。

するとどこからかスピアーが現れ、くるくると飛び回るとまるで頭を下げて

アンズに挨拶をしているような動きだった。

 

『スピアー・・・ですか。サカキさんは地面タイプの使い手では・・・』

 

『ハハハ、ですからジムでのバトルでは使いませんよ。それでも個人的に

 好きで所持しているポケモンはいます。他にもガルーラやペルシアンなんて

 ポケモンも持っていますがわたしの一番はこのスピアーなのですよ』

 

サカキはそれらのポケモンをも見せ、他のジムリーダーたちも、実はイメージと

まったく外れてしまうから内緒にしているがひそかに育てているポケモンがいると

告白し始めた。ここだけの秘密ということになった。

 

『エリカ嬢、あなたは草ポケモン以外は・・・』

 

『ええ、私は個人用としても草ポケモン以外はいません。ラフレシア!』

 

彼女のラフレシアが見せるはなびらのまいはアンズだけでなく見る者すべてを

魅了する美しさだった。あとで掃除が大変だ、などとは誰も考えなかった。

戦いのための技というよりは一つの芸術作品のようだった。

 

 

『じゃあわたしもジム戦では使わないポケモンを・・・』

 

そう言ってナツメが出したのはスリーパーだった。手には催眠術のための五円玉を

紐でつるした振り子を持っていて、そのまま術をアンズに向かって放った。

 

『かわいい幼子よ~っ。ワタシを見なさい・・・さいみんじゅつ~っ』

 

『・・・あれ・・・・・・急に眠く・・・・・・』

 

睡魔に襲われたアンズがその場に倒れると、スリーパーは明らかに表情が

変わり、下衆な笑いを浮かべた口からは涎がぼたぼたとこぼれている。

このスリーパーというポケモンは幼い子供を狙う習性があったのだ。

 

『げ・・・げへへ。眠くなっちゃったのかい。ならおじちゃんとお布団で・・・』

 

『ハァ―――――ッ!手裏剣の術――――――ッ!!』

 

その魔の手がアンズに迫る寸前、父キョウの手裏剣がクリーンヒットした。

 

『ギャオ―――――ッ!!』

 

『この変態ポケモンが―――っ!』

 

倒されたスリーパーはウインディのだいもんじ、イワークのいわなだれ、更に

ライチュウのかみなりなど、ジムリーダーたちのポケモンから袋叩きにあった。

 

『ぎょえ――――っ!!ワタシは決して危害を加えようなどとは・・・・・・』

 

『こやつを去勢しろ――――っ!』 『いや、殺処分だ――――っ!!』

 

 

騒動を巻き起こした張本人であるナツメはというと腕を組んで座ったまま、

 

『はっはっは』

 

他人事のように笑っているだけだった。それを見たカスミは唖然としたが、

まだナツメはましだった。隣にいたエリカに比べたら。

 

『・・・・・・・・・』

 

これだけの騒ぎのなか、彼女は何の興味も関心も示していなかった。そこからは

一切の感情を感じられず、やがてまた静かに眠り始めてしまった。エリカは

確かに全てにおいて優等生であったが、そこに熱意や意欲はなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ふん・・・あのナツメはいずれ何かやらかすと思っていたわ。だから全然

 驚いちゃいない。だけどあんたに関しては・・・何度も言うけれど意外だった。

 自分からこんなこと、しかも反社会的っていうのかな・・・」

 

「仰りたいことはわかります。以前の私であればこのような行為に加担は

 しなかったでしょう。もちろん先に勝利を決めたお二人が述べたように

 目的は彼女たちとは異なります。ナツメに関してもライバルですから

 仲間だとは思っていません。あくまで私の意思でこうしているのです」

 

エリカは次に繰り出そうとしているポケモンのモンスターボールを見ながら

語った。すでに誰を場に出すかは決まっているようだ。

 

「それもまた驚きだわ。バトルも仕事も全部が機械的で、ただこなしているだけ

 だったあんたにやりたいこととか目標なんてないものだと思ってたから。

 で・・・いったいどうして?」

 

「至って単純ですよ。ポケモンを戦わせる人間であれば高みを目指すのは

 当たり前ではありませんか。ポケモンマスターと呼ばれる者となる、それが

 私の願い。女性の立場がどうとか大会のあり方を見直すとか・・・否定する

 つもりはないですが私にとっては共感できる点もありません」

 

「高みを・・・ねぇ。今までのあんたとはかけ離れているわね。まあいいわ。

 早く二匹目のポケモンを場に出しなさい。どうせあんたの切り札と言えば

 あのポケモンしかいないでしょうからね。スターミーの餌食にしてやった後に

 たっぷりとあんたの真意を聞き出してあげるから!」

 

エリカのメインポケモンであるラフレシアもまたウツボットと同じく毒タイプで

あり、スターミーのサイコキネシスによって倒される可能性が高かった。もちろん

スターミーもラフレシアの攻撃を受けてはかなりのダメージを負うが、じこさいせいが

あるぶん有利は揺らがなかった。余程の不運や事故がない限り押し切れるだろう。

 

「・・・では私の二匹目のポケモンを。ゆけっ!」

 

「フフ、見なくてもわかるわ。どれだけの付き合いだと思っているのよ。

 互いに攻撃の効果は抜群同士の戦い!私好みの派手なバトルになりそうね~っ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

しかし場に現れたのは、カスミにとって馴染みのない、もしかしたら現物は初めて

目にしたかもしれなかったポケモンだった。ラフレシアよりも一回り以上小さい、

またラフレシアと比べ無害に見える可愛らしい草ポケモンだった。

 

「・・・・・・!?こ、このポケモンは・・・!名前は・・・」

 

「キレイハナといいます!どうです、毒気がなさそうないいポケモンでしょう」

 

カスミの知らないエリカの新しい切り札キレイハナ。決して強そうではないが

毒タイプではなくなり、スターミーのエスパータイプとしての優位性はなくなった。

それに見た目はとぼけていてもとんでもない実力を内に秘めているポケモンなど

いくらでもいる。非常に警戒する必要のある相手であることに疑いはなかった。

 

「こんな隠し玉がいたなんて・・・いつの間に?自慢のラフレシアは?」

 

「ラフレシアはラフレシアで元気にしています。幼いナゾノクサを一から

 鍛え上げましたよ。ジムのほうは信頼できる者たちにすべて任せなければ

 とてもじゃありませんが訓練に集中できませんでした」

 

「相当長い時間を使ったみたいね。ずいぶんと前から今日のために準備を・・・」

 

「それは違います。この計画に関わりなく私は自らのポケモンたちをこれまでより

 遥かに強くしなければならないと思いトレーニングを行っていました。

 ですからそのころからもうジムリーダーという地位に未練はなかったのです。

 そんなものなどくずに過ぎないと思えるほど私の求めているものは大きいのですから」

 

あくまでトレーナーとして最高の高みを目指し、そのためにポケモンを鍛えに鍛え、

いま手にしている一切のものを捨てることを厭わなかったのだ。

 

「大都会タマムシでも名家中の名家のお嬢様であり、誰にでも好かれ信頼されていた

 あんたがそんなことを言うだなんて・・・完全に人が変わったわね。そのへんも

 私が勝った後でたっぷりと理由を聞かせてもらおうかしらねっ!」

 

カスミはキレイハナを警戒こそしていたが、負けてしまうなどとは全く考えていない。

試合前に相手陣営の勧め通り手持ちポケモンのリストを確認しておけばよかったとも

思っていない。多少の不利など自分とスターミーには単なるハンディキャップで

しかないと、あえてエリカとキレイハナを見下すことで精神的な優位を保った。

 

「・・・わかりました。では始めましょう。これ以上話すこともありませんしね」

 

水対草のバトル。それでも勝敗はもうわかっているとは言えないのがカスミと

スターミーの秘める強さだった。まさに戦ってみなければわからない、

その大一番に当人たちのみならず見守る観衆たちも息をのんだ。


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