ポケットモンスターS   作:O江原K

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第92話 ブルー・シャトウ

 

敗戦の屈辱を晴らすべくポケモン協会の上層部がグレンタウンの研究者たちと共に

生み出し、そして制御できずに逃亡されその存在を隠蔽し続けた伝説のポケモン、

怪物ミュウツー。当事者たちはどれだけ金を積まれようが決して口を割らず、

報道が規制される前にほんの少しニュースで見たという者たちもこの事件を

詳しくは知らない。ブルーはどこかの街のポケモンセンターに置かれていた古い

雑誌を偶然見つけた。その昔命知らずな記者が遺伝子操作によるポケモン創造という

前代未聞のスキャンダルに踏み込んだ資料だった。信憑性のかけらもないと酷評され

記者は間もなく謎の事故死を遂げてしまったのだが、当時の不穏な流れを知らない

ブルーはこの数十年前の記事に心を惹かれ、ポケモンたちとグレンタウンへ向かった。

 

『このときを選んで正解だった。他に誰もいない今がチャンス!限界までたっぷりと

 お宝を持って帰れるわよ、ダイちゃん!気になったものは何でもリュックに入れて!』

 

『ピッ!ピピ———ッ!』

 

無人のポケモン研究所に乗り込みあらゆる場所を漁り始めた。実は研究所どころか

この島自体に人がいなかった。火山の噴火により住民の避難がすでに完了し、あとはいつ

爆発してもおかしくないという状況だった。現にこの二日後グレン島は壊滅的な被害を

被り、頑張って復興しようとも考えられないほどになったのだ。幼いころからあらゆる

危機を凌いできたブルーだからこそ、噴火しない日を選べた。グレン島から発せられる

死の匂いが薄いという常人からすれば意味不明な理由を後ろ盾に直感に身を任せた。

 

『確かあのレッド君もここに来たって書いてあった・・・今は行方不明だけど・・・

 チャンピオンになってからしばらくはずっとセキエイにいたし伝説のポケモンには

 気がついていないはず。目立つ本棚よりもほこりの被った部屋を探しましょ!』

 

予想よりも多くの資料が見つかった。表に出るとよくないものばかりのはずだが、

当時研究に関わっていた人々はすでに研究データや重要な情報が書かれた日誌の

存在を忘れてしまっているのか、すでに捨てたと勘違いしているのか、もしくは

今から持ち出すよりも火の海に沈めたほうがいいと思ったのか。ミュウツーに

関するたくさんの記録をブルーとピクシーは回収し、じっくりと読み進めた。

 

『・・・・・・何これ・・・・・・こんなことが・・・』

 

『ピ————・・・・・・』

 

一切の感情を持たずに、人もポケモンも兵器も、全てをひたすら破壊するためだけに

造り出されたミュウツー。電流の流れる鞭や金属バットでの『調教』により戦闘機械と

しての能力を高めていたある日、ミュウツーは暴走して研究所から飛び去ったという。

あまりに強力なパワーを与えたせいで制御不能となり、捕獲や新たなる遺伝子ポケモンの

誕生を断念するに至った。謎に満ちたミュウツーの生態の記録の数々に、これは事実

なのかと疑う者もいれば、恐ろしいポケモンもいたものだ、と口にする者もいるだろう。

しかしブルーは違った。ミュウツーのことを思えば思うほど体が震えていった。

 

『・・・ミュウツーも・・・私たちと同じだ。全くいっしょだったんだ・・・』

 

『ピピィ~~~~~ッ』

 

恐怖からではない。ミュウツーと自分は全く同じという気持ちから、ミュウツーの

苦しみや悲しみを理解することができ、まだ見ぬミュウツーを求めた。実の親に

虐げられ、そこから命がけで逃げて今も心細い日々を過ごしているのだから。

ブルー、それにダイちゃんと呼ばれるピクシーの今後の旅の目的が決まった。

 

『子どもは親を選べない。でも生き方は自分で決められる。これからみんなで

 ミュウツーを探しに行こう。どこかで寂しい思いをしているミュウツーを

 私たちの仲間にしよう。きっと遠くないところにいるはず!』

 

カントーじゅうで目立たないように小さな情報を収集し続け、ようやく見つけたのが

ハナダの洞窟だった。ピクシーを含めた五体の精鋭ポケモンと共に奥へと進み、

ついにあと少し、というところでとんでもない邪魔者が現れた。現在世間を騒がせる

『リニア団』を名乗る二人組であり、そのうちの一人とバトルによってミュウツーを

手にする権利を争うことになったのだ。そこで劣勢になったブルーがまさに敗北濃厚の

瞬間、それに抗うようにして全身から青白い光を放ち始めたのだった。

 

 

 

 

「ハァ————————!!」

 

「・・・あ、あれは・・・!お前の仲間の小娘と同じパワーが!」

 

覚醒するブルー。驚く事柄の連続に戸惑うミュウツー、そして・・・。

 

「素晴らしい!やはりその謎の力は何らかの形で伝染する!素晴らしいぞ!」

 

敵であるはずのブルーが力を発現したことに大喜びするナツメ。アカネのピクシーが

バトルに決着をつけるためのメガトンパンチを放っている最中であったが、これで

終わることはなくなり、更なる熱戦の幕開けだとこぶしを握り締めていた。

 

 

「・・・・・・!!ピピィ~~~~っ・・・」

 

「ピッピャア—————!!」

 

寸前でパンチを避け、そのままゆびをふる攻撃に出た。この間ブルーは全く指示を

出していない。完全なるシンクロ状態に入ったブルーとダイちゃんはもはや互いに

全く同じことを思い、同じ道を目指せる。ブルーが頭で作戦を考えるだけで体である

ダイちゃんは行動に移る。まさに二人は一人だとブルーが言う通りになった。

 

「・・・ピッピィ—————!!」

 

「ムム・・・!あれは私も得意とするじこさいせいではないか————っ!

 あの程度のポケモンでも使えるようになっていたのか、この数十年で!」

 

「いや、偶然だ。あれこそゆびをふるという技の効果だ。だがここで最も必要な

 技を出してくるとはな。こうなるとアカネは・・・」

 

敗北の直前で踏みとどまり流れすらも変えてしまう、これまでアカネが見せてきた

奇跡の勝利のパターンだった。ところがいまアカネはその形で押し返されている。

 

「ピャピピャピピ—————!!」

 

「ピッシャ——————!!」

 

ふぶきで大ダメージを、その先の氷漬けまで狙う。完全に勢いはブルーにあるが

攻撃は外れそうにない。さすがはアカネと思われたが、奇跡が続いた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・!今度は指を振って完全防御、まもる!ふぶきを凌いでいる!」

 

これで完全に両者ノーダメージの状態に戻り、仕切り直しとなった。アカネとブルー、

二人ともそれぞれ謎の力に満たされ、ポケモンたちにもそれが伝わっている。

 

 

「状況だけ見れば最初からやり直しになっただけ・・・それでもわかるでしょう?

 あなたたちが掴んでいた流れはこっちに移った!ここからは私たちがあなたを

 追い詰めて倒してやる番よ!覚悟を・・・・・・」

 

ブルーとダイちゃんは失いかけた自信を取り戻したどころか、バトル開始時よりも

それに満ち溢れているように見える。覚醒した相手を寄せつけずにいるのだから当然だ。

ここまでしばらくアカネは人の言葉を発しておらず、あのお喋りが黙ったというのも

精神的に自分たちが優位に立った証拠だとブルーは手ごたえを感じていた。だが、

それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 

 

「あははははっ!!おもろい、おもろいで!こんな熱い展開を待っとった!」

 

アカネが大声で笑いだした。しかもコガネ訛りに戻っているのに覚醒状態は

そのままだ。威圧感のあった顔も元通りになっていた。

 

「ただのヘボをいてこましたとこで収穫ゼロや。これで相手に不足無しや!」

 

「・・・喋り方が変わった・・・いや、戻ったと言うべきかしら?」

 

「何を言うとるのか意味わからんが・・・うちらの本気の攻めはここからや!」

 

本人は全く気がついていないようだ。覚醒の間も普段のように話しているつもり

だったらしい。無意識のうちに人間が変わったかのような口調になっていたが、

記憶が飛んでいたり別の人格に乗っ取られていたというのではなく、あくまで

本来のアカネ自身であった。その現象が消えたことはプラスか、それともマイナスか。

 

「力を失っていくのではないか?威厳ある声も締まった顔つきも消え去った!」

 

「いや、それは逆だ、ミュウツー。アカネがあの力をこれまで以上に自分のものと

 した証明だ。力を制御し自在に操ることに慣れてきた、その表れに他ならない。

 ふふふ、どこまで強くなっていくことやら。アカネもブルーも・・・」

 

「・・・ナツメ、お前の真の狙いは何だ。場合によっては私を手放すことになるぞ?

 最初から全てわかっていたのか?ブルーが戦いを仕掛けてくることも、戦いが

 簡単には決着せず、結果お前の弟子が成長することも・・・未来予知か?」

 

「いいえ、そうじゃない。わたしがこの洞窟に来たのはあなたを前にすることで

 アカネに精神的に強くなってもらう・・・それが目的だった。すぐそばに迫った

 わたしたちが行う勝負は命を賭けるほどのもの。身の凍るプレッシャーと死線を

 乗り越えた、それをいい経験と自信につなげてほしかった」

 

ミュウツーを狙う少女ブルーが現れたのも、彼女が簡単には諦めずバトルとなり、

土壇場で力に目覚めたのも洞窟に入る前には想定していなかった事態だった。

殺気に満ちるミュウツーをそばで感じ、死が迫っているというのはこんな感覚

なのかとアカネが学び、五日後の決戦でいきなり命の危機が襲ってきたために

臆病になって何もできなくなるか、逆に暴発して自ら死に急ぐ愚に走らないように

する、それがナツメの狙いだった。もちろん他にも彼女がここまで来た理由は

いくつかあったが、いまミュウツーに教えるのはこれでじゅうぶんだった。

 

「どう、あのバトル・・・美しさすら感じるでしょう?」

 

ナツメの様子も明らかに変わった。穏やかで柔らかくなり、優しい目つきでバトルを

眺めている。ミュウツーは不思議に思いそれを指摘しようとしたが、そんなことは

どうでもいいとどこかへ放り捨ててしまうほどのバトルが繰り広げられていた。

 

 

「ピャ——————!!」 「ピピャア———ッ!!」

 

激しいパンチやキックの応酬。技を出すタイミングも精度も互角であり、どちらかが

大きくダメージを受けるということはない。相殺されて互いに無傷か、共にダメージを

食らうかだった。スピードとパワー、トレーナーの意向を行動に移す速さ、いずれも

とてもピクシーというポケモンの本来持つ能力を遥かに超えたレベルで発揮され、

物陰に隠れていた野生のポケモンたちもだんだんと集まってきて見入るほどだった。

 

「・・・まさかあれほどまでの動きを・・・!私でも割って入るのは困難だ!」

 

自分の強さに絶対的な自信を持つミュウツーですらピクシーという決して強くない

部類に入るポケモン同士のバトルがとてもついていける次元ではないと認めた。

目の前の光景に圧倒され、ショックを受けているミュウツーだったが、その肩に

優しく手が置かれた。右手をミュウツーに添えたままナツメは立ち上がった。

 

「・・・・・・ナツメ・・・」

 

「あなたにもできる。たとえ悪意と欲望に満ちた人の手によって生み出されたと

 してもあなたがポケモンであることに変わりはない。人とポケモンは例外なく

 信頼し愛しあい、力を合わせて生きていくことが一番の幸せの道であり、時に

 限界以上の力を生む。あなたにそれを知り実際に味わってもらう・・・それが

 わたしがここに来た二つ目の理由だった。さて、もうそろそろいいだろう!」

 

ほんの僅かな時間だけ見られた天使のようなナツメは再びいなくなり、人々が

その刺々しさから警戒を怠らないナツメが帰ってきた。そして前へと歩き出した。

 

 

「あと一発か二発・・・どちらが勝つとしても・・・最後の瞬間は近い!」

 

「うちもそう感じとった。ま、勝つのはうちら、それは決まっとるけどな」

 

バトルの決着が目前だった。二人のトレーナー、二体のピクシーはそれを肌で感じ、

一度呼吸を整え集中力を高める。疲れる勝負となったが、ここで最高の一撃を

繰り出すことが勝利の条件だ。冷静に、しかし気合を限界まで高める必要がある。

 

「いくで—————っ!!ミュウツーはナツメのモンや—————っ!!

 あんたごときにハイどうぞって渡すわけにはいか—————ん!!」

 

「いいえ!ミュウツーは私といっしょに洞窟を出ていく!これ以上ミュウツーを

 都合のいい道具として扱わせてなるものか——————っ!!」

 

「ピッシャァ———————!!」 「ピヤピピャピ——————!!」

 

勝負が決まる痺れる一瞬。どちらの攻撃が先に入り敵を沈めるのか、その答えが

明らかになる寸前だった。ところが突然の大きな声がこの場を支配した。

 

 

「・・・待った!その勝負・・・このわたしが預かった!」

 

バトルの中断、ここで打ち切りにすると宣言しナツメが二人の間に入ってきた。

外からの大声と乱入に皆驚いてバトルは止まったが、当然すぐにアカネが噛みつく。

 

「ちょいと待てや!こんなとこで邪魔するか、普通!今さら酔っ払ったんか!?」

 

熱い戦いを中断させられたこと自体にも激怒していたが、自分を信頼していないから

ナツメが止めに来たのではと感じアカネは更に怒った。しかしナツメは静かに答えた。

 

「あのまま続けていたら勝敗は五分五分・・・どちらに転ぶかはわからなかった。

 だが確実に言えるのは、最後の一撃を受けて倒された側はとてつもない威力の

 攻撃をストレートに食らって重傷を負うということだ!ポケモンセンターで

 治療してもすぐにげんきのかたまりを与えても回復しきれないほどの負傷を

 抱え、二度と真剣勝負の場には立てなくなった。特にあなたは五日後に

 大切な勝負を控えている。ミルタンクとピィのためにもここで終わるべきだ」

 

「・・・・・・前哨戦でムキになりすぎたらアカンって話かい。でも・・・」

 

まだ何かを言い返したい風なアカネから離れ、ナツメは続けてブルーに言った。

 

「それに・・・このバトルの目的はすでに達成された。あなたがミュウツーを

 手に入れるのにふさわしいトレーナーかどうかを確かめるためにそもそも

 バトルを始めたはずだ。その答えが出たのだからこれ以上は時間の無駄だ」

 

「・・・・・・・・・」

 

現在ミュウツーはナツメと共にいる。全てを決める権利はナツメにある。終盤こそ

自分でもいまだ説明できない謎の力により好勝負を演じたがそれがなければ

終始劣勢のまま敗れていたのは確かであり、ブルーは半分諦めていた。それでも

このまま続けていればどちらかが命を失うかもしれないダメージを受けていたと

彼女もわかっていたのでバトル続行を訴えはしなかった。ただ下を向くだけだった。

 

 

「ミュウツーは・・・今日からあなたのポケモンだ!共に歩んでいくといい」

 

「・・・・・・・・・・・・え!?」

 

だからナツメの言葉を聞いた瞬間、思わず我が耳を疑いしばらく反応できなかった。

ブルーよりも先にアカネとミュウツーがナツメの決定に異議を唱えにやって来た。

 

「いやいやいや!バトル打ち切りまではまだ認めてもエエ!けどそいつはアカン!

 確かにうちと面白い勝負はした、でもミュウツーはあんたの・・・・・・」

 

「私は数十年前の私の誕生の真実に精通し人とポケモンの関係性を正しく考える

 お前だからこそ洞窟を出る決意をしたのだ!他の者には私は従う気など・・・」

 

まだ二人が話しているうちにナツメは歩き出し、ブルーの鞄を拾って口を開けた。

ブルーの許可もなくそこからノートやメモを取り出すと、ぱらぱらと読み始め、

それからアカネとミュウツーにそれぞれ渡した。二人に説明する前にブルーに言う。

 

「・・・このノートにメモ帳だが、さっきあなたを眠らせたときに鞄の中身が

 散乱して、そのときにほんの少し内容を見てしまった。わざとではない。

 だが五秒程度だけ見ただけで、それがあなたをよく知る助けになった」

 

「あのノートは・・・グレンタウンの研究所で集めた資料が・・・」

 

金や名声といった自分の欲を満たすために未知なる伝説のポケモンを捕まえに

来たわけではなく、ミュウツーとはどんなポケモンかをよく理解し学んだうえで

ブルーはハナダの洞窟まで来たという事実をナツメはそのとき知った。実は

ミュウツーを説得し連れて帰ることができたとき、もしくは想像以上に力を

持っていて対処ができないというとき、すぐに脱出できるようにナツメは

あなぬけのヒモを用意していた。それを使わずにわざわざ来た道を戻りブルーと

再度接触する機会を作ったのも、鞄からこぼれた研究ノートと彼女の気持ちが

書かれたメモ帳があったからに他ならなかった。アカネもいま、ブルーが

ミュウツーのことを自分と同じく親に虐げられ必死に世の中から逃げている、

そのミュウツーに会いたくてたまらないという日記を見たところだった。

 

「なら最初からハッキリ言ってくれりゃあうちらも少しは・・・」

 

「アカネ、ブルーもわたしと同じだったんだ。ブルーもきっとわたしのことを

 ミュウツーをよく知らないで自分の野望のために捕まえに来たと思っていた。

 だから必要以上に情報を漏らさず、すぐにマスターボールで捕獲しこの場を

 去ろうとしたのだろう。ブルーからすればわたしは五日後の戦いのために

 強いポケモンを手駒にしようとする女にしか見えなかったはずだ。そうだろう?」

 

ブルーは黙って頷いた。このナツメという有名なジムリーダーは超能力者であり、

人の心すら自由に読むと噂されている。しかしいま、自分の心が読まれているとは

思わない。ノートと日記代わりのメモ帳を少し見ただけで全てを理解してくれた

ナツメという人間そのものに驚き、この人は何者なのだろうと考え始めた。

 

「大勢の観客や世界中が注目する戦いでミュウツーを晒すのも褒められた行為では

 ないからな・・・やはりブルー、あなたがミュウツーのトレーナーとなるべきだ。

 金は持っていると言っていたな?いろんな土地のうまいものを食べさせてやれ。

 高級な料理よりは安くてもいいから甘いもののほうがそいつの好みだろう。

 ついさっきそれがわかったから教えておこう。上等の酒よりも甘い菓子だった」

 

未練はちっともないようで、ミュウツーに対しブルーのもとへ行くようにと

視線を送るナツメ。ブルーに関して多少は理解したミュウツーはそれに従った。

 

 

「ブルーといったな。お前はなぜ私を求めた。私と何を成し遂げたいのか教えてもらおう」

 

「・・・私には昔からの目標・・・夢があった。私やダイちゃんのような悪い親から

 逃げてきた、もしくは捨てられた・・・そんなポケモンたちとみんなで暮らせる、

 誰にも傷つけられない静かな場所に大きなお城みたいな家を建てるって。あなたの

 ことを知ったとき、他人には思えなかった。再び人間にいいように利用される前に

 つらい逃亡生活をやめさせて、私たちといっしょに来てほしかった」

 

「・・・・・・」

 

街から離れた山奥、森と泉に囲まれたところにブルーの城の建設予定地があった。

あと少しでその夢が叶うというところでミュウツーを知り、このポケモンこそ

他の誰よりも自分に近い、いや同じだと感じナツメ相手にも引き下がらなかった。

それが報われ、ミュウツーもブルーを認め彼女の隣に立ち共に行く意思表示をした。

 

「なるほど、ブルーの城・・・ブルー・シャトウとでも呼ぶべきか。しかしただ

 傷をなめ合い生きていくだけでは不毛だぞ?そこのところはどう考えている?」

 

「ふふ・・・いずれわかるわ。ナツメ、あなたがバトルの前に命名してくれた

 ブルー・コメッツ・・・つまり私とポケモンたちが腐った世の中に『逆襲』

 するために突如彗星のようにやってくる、そう予告しておくわ」

 

ブルーのポケモンはいま持ち歩いているポケモンたちだけではない。預けている

ポケモンは数十体、いずれ完成したブルーの城で皆ボールから出て平和な日々を楽しむ。

しかし条件が整いここが好機と判断したとき、自分たちを虐げて見捨てた者たちへの

逆襲に現れる・・・ブルーの狙いは偶然かそれとも必然か、ミュウツーと一致していた。

 

「でも、ちょっと考えが変わった私がいる。あなたたちが似たようなことをしている

 わけだし、無理して戦わなくてもいいかなと思ってる。リニア団とかいうのかしら?

 私たちはそのサポートをするだけでポケモンやポケモンをほんとうに愛する人間に

 とって素晴らしい世の中になるのなら・・・協力は惜しまない」

 

「その言葉に同意する。お前たちなら必ず勝利し私の願いを満たしてくれるだろう」

 

ポケモンを道具のように使っては躊躇いなく処分する人間たちからポケモンを没収し、

彼らがポケモンたちに行ってきた愛情のかけらもない残酷な行為を彼ら自身に

もたらすと宣言しているナツメを信じ、それならば自分たちは夜霧に包まれた

ブルー・シャトウで静かに暮らし、安らかに眠っているだけでいいとブルーは言う。

ミュウツーも同じ考えのようで、自分ひとりで人間への逆襲を果たすつもりは

もうなかった。むしろ人間をよく理解するために時間を使う決意でいた。

 

 

それを聞いたナツメは僅かに微笑んだかと思えばすぐにアカネを呼び、持っていた

あなぬけのヒモを使い一瞬で姿を消してしまった。二人がいなくなってからしばらく

して、ブルーとミュウツーは運命の出会いに感謝して自然と抱き合い、そこに

ピクシーたち五体のポケモンも加わり新たな仲間を歓迎し祝福した。

 

「・・・まずはどこへ行きたい?久々の外の空気はきっとおいしいはずだわ」

 

「そうだな、一番そばの街で売られている菓子を味わってみたい。それから急がなくて

 構わないが、私を造るうえで基本となったポケモン・・・『ミュウ』について調べ、

 探してみようと考えている。ミュウも私、いや私たちのように親と呼べる存在から

 酷い扱いを受けて絶望し、人間への愛想を尽かして逃げていったポケモンだ。

 共にブルー・シャトウで心安らぐ日々を過ごしたいと願っているのだが・・・」

 

「もちろん賛成よ!何か食べたらみんなで探しに行きましょう。それにしても・・・

 よく考えると一歩間違えたら私はあなたを強引にマスターボールでゲットしようと

 して怒りを買っていたかもしれない。その後で事情を説明したところであなたは

 話を聞いてくれなかったかも・・・。やっぱりナツメたちがクッションになって

 くれたのが大きかった。あの二人はあなたにどう映ったの?」

 

捕獲用のボールを使わずして長い間洞窟の最深部から出ようとしなかったミュウツーの

心を動かしたナツメと彼女が認めるアカネ。その謎に少しでも迫ろうとした。

 

「二人とは温泉に浸かりその裸をも見たが・・・アカネのほうはお前も戦いを通して

 知っているだろう。溢れるほどの活力と闘争心、若さゆえの無尽蔵の体力があった。

 潜在能力は計り知れず、底が全く見えなかったのも未来のある若者ならではだ。

 しかしあのナツメ・・・あの者は私にも理解することができなかった。肌や声は

 艶があり間違いなく若い女のもので、疑う余地はない。だがその思考の深さや円熟した

 脳は・・・数十年も生きた老獪な賢人、とても二十歳かその程度の人間ではなかった」

 

「・・・・・・?」

 

謎は深まるだけだった。五日後のセキエイ高原での試合のチケットを今からどんな手段を

用いてでも手に入れなければならないとブルーは決断した。

 

 

 

 

「・・・よかったんか?ミュウツーがおらんとなると・・・」

 

「心配するな。こうなった以上六体目のポケモンは他でどうにかする」

 

「まったく・・・ブルーとミュウツーを救ったのはエエけどそのせいで結局自分が

 負けたらどうしようもないで!あのままうちに任せてくれりゃあなあ・・・」

 

おそらく、ではあるが邪魔を入れずにバトルを続けさせていればアカネのピクシーが

勝つ確率が高かった。二体とも防御を無視して並外れた威力の一撃を放つので

その攻撃を受けて敗れたほうは深刻なダメージを受けるとナツメは説明したが、

それも絶対に起こることではなく、そうなる可能性があるだけに過ぎなかった。

ミュウツーを渡したくないのならあの介入は絶対にありえない行為であり、

もっと早い段階ですでにブルーの力を認めてミュウツーを託すと決めていたので

こんな展開を演出することになった。バトルの中でまた一歩成長できたとは

気がついていないアカネは無駄足だったと言いながらいまだに不満たらたらで

ナツメの後をついてきていたが、ナツメの目的はすでに完璧に果たされていた。

 

 

 

『・・・このポケモンは・・・いまどこにいるんだろう。ここにも来るかな・・・』

 

少女は新聞の小さなニュースに思いを留めていた。事故が起きたグレン島のポケモン

研究所から実験用のポケモンが逃げ出して数日、まだ見つかっていないという。

もし今日自分の家にそのポケモンが現れたらどうしようか。まずは温かく抱きしめて、

それからおいしいご飯をたくさん食べさせてあげよう。そうやって安心させてから、

じっくりと時間をかけて人間はポケモンの敵ではなく力を合わせて成長し、共に笑い

共に涙することができる存在と教え、失われたであろう希望と喜びを与えたいと願った。

 

『わたしのところに来なくても、お金儲けやバトルで勝つためだけにポケモンを使う

 人じゃなくて、ポケモンが大好きな優しい人のところに行ってくれるといいな。

 生まれてきてよかった、生きていて幸せだとあのポケモンが思えるような人に

 出会えますように・・・・・・』

 

 

 

「・・・今日はいい一日だった。ほんとうに素晴らしい収穫だった」

 

「そうかぁ?こんなことなら遠慮せんでもっと飲み食いすりゃあよかった」

 

後ろを歩いているためその背中しか見ていないアカネは気がつかなかった。

ナツメの顔はまるでハッピーエンドの長編作品を楽しんだ、汚れを知らない

少女のように輝いていた。幼いころから気にかかっていたストーリーの結末が

最高の完結を迎え、今日から希望に満ちた新たな物語が始まるのだ。

これでまた一つ未練を残すことなくこの世を去っていけると彼女は小さく笑った。


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