ポケットモンスターS   作:O江原K

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第93話 ワカバタウンの朝

 

ナツメたちがハナダの洞窟に入ったのは日付が変わる前の夜であったが、全てを終えて

出てくるころにはすでに朝になっていた。それと同時刻、彼女たちと戦うサカキ、それに

サカキの代打として試合に出場するシルバーの二人はワカバタウンに到着していた。

サカキとチームを組んで戦うセキエイの若きチャンピオンであるゴールドに会うためだ。

彼の練習場に足を運び、本番前の顔見せと合同トレーニングが大きな目的だった。

 

「おお、まさかゴールドくんとシルバーが顔見知りだったとは!思わぬ偶然だ!」

 

「ええ。ぼくも驚いています。しかしシルバーなら安心して初戦を任せられる」

 

ゴールドとシルバーが幾度も戦っている仲であるのをサカキは知っていたが、あえて

ここで初めて聞いたかのように振る舞ってみせた。もちろん自分とシルバーが親子で

あるのも伏せて、腕のいいトレーナーを連れてきた、とだけ言って彼を紹介した。

 

「仲間として戦える日が来るなんて考えてもいなかった・・・楽しみにしている」

 

「・・・フン。お前とオレの目指すところは違う。お前は王者として秩序を守るために

 戦うつもりらしいがオレはこの戦いを機にのし上がる、そのために勝つことしか

 考えていない。一時的に手を組むだけだ・・・勘違いするな」

 

シルバーのことはゴールドと共にサカキたちを迎えたクリスも知っている。彼が犯した

研究所からワニノコを盗んだ罪も、彼が彼なりに努力を重ねてワニノコをオーダイルまで

育て上げ、立派なトレーナーと呼ぶにふさわしいレベルになったことも。

 

「クリスちゃん・・・あの人ほんとうに大丈夫ですか?うまくは言えないんですが

 どこか真っ当な人間じゃないっていうか・・・裏の世界の住人というか・・・」

 

「そこは心配しなくていいって。仮にそうだとして・・・勝てば問題ないでしょ?」

 

唯一シルバーを始めて見るミカンは不安を口にしたが、クリスがそれを一蹴する。

 

「そもそもこんな戦いに最後まで残っているなかでまともな奴なんか一人もいない。

 あのナツメもアカネも・・・みんな狂っているわ。たった一回のバトルに自分の

 プライドはおろか、人生や命そのものすら平気で賭けている時点でね。だから

 ミカンちゃん、もしゴールドが真面目で誰もが模範にすべき優等生だと思って

 いるのなら早いうちに他の男の人を探したほうがいい、善意からそう勧めておく」

 

「・・・ゴールドさんはあの人たちとは違います」

 

「どうだか・・・いい機会だから教えてあげる。あいつは実は滅茶苦茶なやつなのよ。

 あいつがポケモンスクールを卒業していないのはお金がなかったからじゃなくて

 素行が悪すぎてやめさせられたから。よく授業をサボって屋上でラジオを聞いていた。

 ミカンちゃんたちの前では自分をうまく隠しているだけで本性はとんでもない男よ」

 

恋のライバルであるミカンを幻滅させるために語った嘘の作り話ではなく、

クリスの言葉は真実だった。そして彼の本質は今でも変わっていない。

 

「この間も私にプレゼントをくれたんだけど・・・ファンからの贈り物をそのまま

 私によこしてきたのよ!私はともかくファンに対して失礼すぎるとは思わない?

 つまらないものはゴミ箱に捨てるぜって恥ずかしげもなく言う男なんだから・・・」

 

素敵な贈り物はそのまま誰かへのプレゼントとして使い、気に入らないものは捨てる、

歴代のチャンピオンの中でも特に優等生という世間の評価を覆すゴールドの真の顔だった。

 

「どう?疑うなら本人に聞いてみれば?問い詰めれば隠さずに言うはずだし」

 

ミカンの表情がみるみる曇っていった。だがその理由はクリスの想定したものとは違った。

 

「・・・羨ましいです。心を許せるクリスちゃんの前だからゴールドさんは作らない自分を

 出せるんでしょうね。あたしたちには見せてくれないほんとうのゴールドさん・・・。

 あたしにもチャンスがあるって思っていましたけど差は大きいみたいです・・・」

 

ゴールドからの真の信頼と共にいることからの安心感を得ているのはクリスであり、

自分は知人の一人に過ぎないと結論を下しミカンは落ち込む。そんな彼女を慰める

わけではないが、クリスのほうもミカンを羨む点があり、それを告白した。

 

「そうかしら。私はミカンちゃんのほうがあいつに好かれていると思う。嫌われたく

 ないから頑張っていい子のふりをしているわけだもの。私なんてどうでもいいから

 飾ることなく適当に接してくる。は————っ・・・」

 

二人とも相手を羨み、自分からゴールドが遠く離れていると嘆いていた。やがて

これならどちらが有利不利ということはないと気がつき互いに握手を交わした。

しかし二人は忘れている。ゴールドがかつて唯一恋心を抱き、チャンピオンに

なってからずっと大人しくしていたのにその女が相手であれば何も隠すことなく

自分の感情をむき出しにする存在を。彼女こそが最もゴールドに近いと言える。

とはいえいまゴールドが彼女、つまりアカネに向ける感情といえば敵意や殺意、

マイナスなものばかりだ。危険視する必要がないと考えるのも当然だった。

 

「・・・まあこれからもいい友達、いいライバルってことで・・・。だからもし

 私たち以外の誰かがゴールドに近づくことがあったら・・・」

 

「そのときは協力して・・・」

 

何をするのかは具体的に口にしなかったが、二人は共闘を誓い合った。

 

「ぶえっくしょい!・・・またどこかで誰かがうちの話をしとる。人気者は辛いで」

 

「・・・・・・・・・」

 

遠く離れたカントー地方のどこかでアカネが大きなくしゃみをしたが、因果関係は不明だ。

 

 

クリスとの会話が一区切りし、彼女が席を外したのでミカンは辺りを見回すと、

ゴールドも一人で暇そうにしていたので近づき、その隣に座った。

 

「ゴールドさん!あのシルバーという人はどこへ?」

 

「少し言葉を交わしただけですぐにポケモンのトレーニングに行くと言って外へ

 出ていきました。彼とは何度もポケモンバトルをしている間柄ですが実は

 そこまで親しいというわけでもないというか・・・色々話そうとしても

 逃げられちゃうんですよ。嫌われるようなことをした覚えはないのに・・・」

 

「気にすることないですよ!ゴールドさんは何も悪いことをしていません。それより

 あの人はどんなトレーナーなんですか?実力者であると皆さん口を揃えていますが」

 

「ぼくと同じ、いろんなタイプのポケモンを使いこなします。戦法も豊富でそのへんの

 トレーナーじゃ相手になりませんよ。今すぐポケモンリーグに挑戦しても勝ち抜ける

 力がありますから安心してアカネ殺しを任せられます」

 

それほどのトレーナーならどうして自分のジムに来ていないのか、他の七つのジムの

リーダーたちも誰も彼のことを話題にしていないのはなぜか、引っかかる点はいくつか

あったが、クリスもジム戦やリーグ挑戦に興味がないと言っていたので彼もそういう

トレーナーであるか、もしくはカントーでバッジを集めているのだろうと考えた。

カントーとジョウト、どちらで八つのバッジを獲得してもセキエイへの道は開かれる。

 

「そうですか。ではそれはいいとして・・・あたしはやっぱり心配です。命を賭けた

 バトル、どんなものになるのか全く想像できませんが危険すぎます!できることなら

 あたしが代わりに出たいと今でも思っているくらいです」

 

「ありがとうございます。でも、これはぼくの戦いです。リーグチャンピオンとして

 全てをめちゃくちゃにしようとするアカネとナツメの暴走は見過ごせません。

 ジムでのバッジを賭けた戦いもできないままではミカンさんだって困るでしょう」

 

こうしてゴールドと一日じゅう共にいられるのだから自分としてはジムが閉鎖している

現状のほうが嬉しいとミカンは言いかけたが慌てて首を横に振った。それはあまりにも

自己本位な考え方であるし、いつまでもジムが閉まっていては仕事にならない。

 

「ぼくはジムリーダーの皆さん・・・言うまでもないこととしてあのクズは例外ですが

 皆さんから大切なことを教えられたおかげでチャンピオンになれました。バトルの

 技術はもちろん、ポケモンとどう接するかを。ミカンさんの優しさもそのなかの

 一つです。徹夜で灯台のデンリュウを世話していた姿に感動したのを覚えています。

 ポケモントレーナーとしていちばん必要なのは何か・・・よくわかりました」

 

ゴールドが実はやんちゃな不良でありそれを自分に隠しているとしても大きな問題

ではない、ミカンはこのときそう思った。クリスの知るゴールドとミカンの知る

ゴールドは一見全くの別人であるかもしれないが、その根っこは同じだ。ポケモンへの

愛情に満ち溢れ、燃え滾る正義の心が悪の存在を許さない。それがゴールドだ。

 

「ぼくだけでなくたくさんのトレーナーがそう思っているはずです。だから学ぶ機会を

 奪おうとする、いや!実際に奪っているあいつらが許せない!サカキさん、それに

 シルバーと力を合わせて必ず粉砕してみせます。二度と再起できないほどに!」

 

「あたしとクリスちゃんも本番まで全力でサポートします。いっしょに戦いましょう!」

 

「そう言ってくれるとうれしいです。今回の騒動・・・もしミカンさんがあっち側に

 ついてしまったらどうしようと思いました。他の誰よりも潰し合いなんかしたくない、

 仲間として戦いたい人だから・・・ほんとうによかった」

 

ゴールドのこの言葉を聞くまで、ミカンはずっと誰にも言えずに一人でモヤモヤしていた。

もしゴールドさえいなければナツメたちの味方になっていた可能性が高かったからだ。

彼だけでなくミカンをよく知る大勢の人間がその優しさに魅力を感じ、ミカン自身も

ジムリーダーとしてトレーナーたちを指導する際、ポケモンを育てるうえで最も大切な

ものは愛情であると教えている。一人でも多くのトレーナーにそれを伝えたかった。

 

 

 

『バトル終了です。ありがとうございました。戻って、ハガネール』

 

『・・・ありがとうございました。くっ、この役立たずが!次は入れ替えだな・・・』

 

『・・・・・・・・・』

 

しかしミカンはだんだんと理想に限界を感じ始めていた。大勢の人間にポケモンへの

優しさと愛が必要であることを知ってほしいからジムリーダーになったのに、職務上

避けて通れない認定試合は、結局のところ勝利至上主義そのものだった。自分に敗れ

去っていく挑戦者たちは悔しさを期待外れのポケモンたちにぶつけることも多々ある。

 

勝負である以上手抜きはできない。あまり負けが込むと無気力試合や実力そのものを

疑われ、進退に関わる問題になる。場合によっては勝敗に関わらずジムリーダーが

認めた場合はバッジを与えることもあるとされているがそれでは基準があいまいで、

トラブルの原因になりかねないので近年はほとんどのジムがジムリーダーに勝った

ときだけ、と裁定を明確にしていた。逆に言えば勝てば何でもいいということだ。

 

『・・・おめでとうございます。ではリーグの決まり通りバッジを渡します』

 

『やったぜ!これなら最初からこうしてりゃ早かったなぁ!』

 

再戦を挑んできたトレーナーのポケモンは前回と全く異なっていた。だが不思議なことに

そのポケモンには見覚えがある。いや、もう何回も目にしている。どうやらこのジムで

バッジを手にするために有用なポケモンをレンタルする商売があり、成功しているようだ。

 

『こんなのは違う。でも・・・こうなるようにしたのはあたしたちなんだ』

 

海の先のタンバシティで一人のポケモンマニアが逮捕されたニュースが流れた。彼は

大事にしていたポケモンを盗まれたと警察に訴えたが、それが災いし逮捕となった。

というのも、彼のポケモンの可愛がり方は常軌を逸していた。喜びを共有したかった、

取り調べに対し語った理由はあまりにも独りよがりなもので、実際は性的虐待だ。

ポケモンを平気で盗む人間も大概だが、ポケモンを都合のいい奴隷や道具としか

考えていない人間は減らない。ミカンがどれだけ努力しても無駄な苦労に思えた。

そんなとき、ナツメが世界に向けて宣言した。そんな人間たちからポケモンを守ると。

 

 

『ポケモンを愛し正しく共生している者たちにとっては何ら恐れることはない!

 わたしたちはどうしようもないクズどもを除き去るために立ち上がったからだ!』

 

次々と逆らうトレーナーたちを粉砕し、強引で乱暴な粛清劇を見せつけているが

もはやこれしか手段はないのではないかとミカンは感じた。自分もアカネたちの

ようにナツメのチームに加わり力を貸すべきだと、ゴールドがいなかったら

そうしていたかもしれない。ありえない話ではあるが彼がナツメを支持していたら

確実に同調していた。あまりにも意志が脆く、鋼タイプのスペシャリストで

あるのにちっとも硬くない錆びついた心であると彼女は自分を恥じていた。

 

 

 

「はい!あたしもゴールドさんが仲間でよかったです!」

 

ミカンのジムリーダーとしての矜持、トレーナーとしてあるべき姿の信念はこの少年、

ゴールドによって守られていた。相性重視の効率的なバトルで挑戦者たちを圧倒するが

試合のない日は自分のポケモン全てと分け隔てなく時間を過ごし、愛情を注ぐ。

自分のポケモンだけではない。野生のヤドンの尻尾を切り落とし販売するロケット団を

まだ旅を始めて間もないときに撃退したという。悪事に利用されているポケモンたちを

助けるためにも、そう言ってゴールドはその後も幾度となく勇敢に戦い、勝利した。

 

(・・・そう、ゴールドさんそのものがあたしが間違ってなかったって証明して

 くれている。この人といっしょにいることで・・・・・・)

 

灯台のデンリュウを介護するためにジムを休業したことに一部からは批判の声もあった。

だがゴールドがそれらすべてを黙らせ正しいのが誰かを明らかにしてくれた。

今回の戦いでゴールドが勝利するのは当然として、その後はどうなるのかミカンは

考えてみた。ナツメたちはジムリーダーや四天王の座を追われるだけでは済まないだろう。

 

(・・・あの人たちは後悔なんてしないだろうけれどせっかく頑張ってジムリーダーに

 なったのにそれを捨ててまでやりたいことなんてどれほどの・・・)

 

ここでミカンはエリカのことを思い出した。いつも眠そうで無気力に見えた彼女が

執念と闘志を隠さずに戦い、敗れはしたが最も欲していたものを手に入れた。

エリカはレッドと共にどこかへ去っていった。おそらく他に人のいない静かな場所へ。

愛のため、それなら自分も一見愚かな道を選ぶかもしれない。他の何もかも捨てて。

 

(もし・・・もしこれが・・・・・・)

 

レッドとエリカのように、ゴールドと二人だけの旅。若い男女が二人きりの世界・・・。

 

『ミカンさん・・・いや、ミカン!おれはもう・・・我慢できない!』

 

『・・・・・・いいですよ、ゴールド。来てください』

 

そんなことを妄想しているせいで会話もままならず、あれ、と思ったゴールドが、

 

「・・・ミカンさん?どうしましたか?」

 

「はひっ!?ひゃ、ひゃい・・・・・・」

 

覗き込むようにして急に顔を接近させてきたものだからミカンはすっかり顔を真っ赤に

したまま口をぱくぱくさせるだけで機能停止した。鋼は燃える炎に弱かった。いきなり

ミカンが異常な状態になったことにゴールドは戸惑い体調不良を疑ったが、しばらく

呼びかけても反応しないのを確認すると小声で耳元に囁きかけた。

 

「こんな無防備に寝ていたら・・・狼に襲われても文句は言えないぜ?」

 

ゴールドの裏の顔、というよりは皆の前では隠している本性が出ていた。

幸か不幸か、この言葉はミカンの耳には届いていなかった。

 

「・・・いかんいかん、本能のままに生きていてはアカネみたいなバカと同じだ。

 とりあえず運ぶか・・・いや、このままでもいいが誰かがついていないといけないな。

 仲がいいみたいだしクリスあたりに頼むか・・・・・・ん?あれは・・・」

 

ゴールドはすぐにクリスを見つけたが、声をかけなかった。邪魔をしたくなかったからだ。

 

「近くまで行かないとわからないが・・・なかなかいい雰囲気か?シルバーのやつ、

 隠したってバレバレだもんな。気がつかないのはクリスだけ・・・鈍感な女だぜ」

 

そういう自分も他人のことに関してはよく知っていても己に向けられた恋心を

少しもわかっていないのだから何かを言える立場ではなかった。

 

 

 

「で、あれからゴールドには勝てたの?きみのポケモン、この間よりもかなり

 強くなっているようだけど、大事なのは他でもないそこなんだから・・・」

 

「・・・お前のポケモン・・・チコリータにマリルはそのままなんだな。旅はやめて

 しまったのか?相変わらず進化していないということは」

 

「この子たちが進化したくないって言っているんだから尊重している、前にも説明

 したはずだけど・・・話を逸らそうとしたってことは、まだ勝てていないと」

 

シルバーとクリスの最初の出会いは、シルバーがポケモン研究所からワニノコを

盗み出して逃走していた最中の草むらだった。そのとき彼を見逃したクリスが、

もしヒノアラシを連れた男を見つけたら全力で戦って倒せと言ったのが全ての

始まりだった。もちろんそれはゴールドのことであり、幾度もポケモン勝負をした。

ゴールド、シルバー、クリスの三人は旅の目的も順序も異なっていたがそれぞれ

数回程度は偶然顔を合わせていた。しかし三人が一斉に集まることは今日までなかった。

 

「今のあいつは天狗になっている。そろそろどこかで手痛く負けておかないと

 何だか取り返しがつかない事態になりそうな気がして怖いの。でも私じゃあ

 どうやっても勝てないし、可能性があるとしたらきみくらいしか思いつかない。

 今度の戦いの第一試合できみがアカネに勝った後、きっとゴールドもナツメを

 倒して勝つ。その決勝戦で・・・あなたがあいつと戦うことはできないの?」

 

「オレは親父・・・いや、サカキの代打で戦うだけだ。そこまでは知らないな。

 だがサカキの狙いもナツメだけとなると、ゴールドとの戦いをオレに任せて

 くれるように言えばスンナリ認めるだろうよ。後で言っておく」

 

いまだゴールド相手には全敗、しかも差は広がっていく一方だとシルバーはサカキに

語り、逆転するための手の打ちようがないのも認めている。ポケモンリーグの頂点に

立ったゴールドは無敗の覇王として連勝を続け、早くも史上最強のトレーナー候補に

名が挙がるほどだ。しかしクリスはいまのゴールドに危うさを感じていた。アカネとの

因縁やクリスにしかわからないゴールドのどこか満たされていない表情。彼が説明を

拒む以上、一度敗北を味わうことで何かが変わる、それしか期待できる材料はなかった。

 

「応援しているわ。まずは最初のバトルに全身全霊、それからゴールドを!」

 

「ああ・・・そうだな。まあオレのことはとにかく・・・ゴールドに向けて声援を

 飛ばしてやってくれ。会場はみんなやつの味方だろうが親しい人間がその名を

 呼んでやれば更に力を発揮できるはずだ・・・」

 

何も考えずにこの会話を耳にしただけであればシルバーはもっと喜んでいいはずだと

思うはずだろう。密かに想いを寄せているクリスから、あらゆる意味でライバルである

ゴールドに勝つようにとエールを贈られていたのだから。

 

「・・・・・・・・・」

 

だがシルバーはわかっていた。クリスが自分の勝利を望むのも全てはゴールドの

ためであると。彼を愛しているから自分を優しく励ますのであり、それ以上の意味は

何もない。この時点ですでにゴールドには敗北していると言っても過言ではなかった。

ポケモンたちの訓練に向かうと言い一人になれる場所へと去っていった。

 

 

「・・・おや、クリスエス嬢。シルバーはどこへ?」

 

「トレーニングに行くってどこかへ・・・そんなに遠くではないと思います。

 ゴールドとミカンちゃんもいないし、せっかくのバトルのチャンスが・・・」

 

「ああ。わたしと君でひとまずはやるしかないか。あまりにも帰りが遅ければ考えよう」

 

 

 

街の外れでシルバーは一人考える。たとえ皆が何を求めてこようが、余計なことは

考えずただ勝てばいいだけだ。勝つことでしか自分を認めさせることはできない。

それはわかっている。ただ、ここに来てその簡単かつシンプルな目的の達成に

不安を覚えていた。ゴールドやクリスのポケモンのレベルの高さは知っての通り

だったが、初対面のミカンのポケモンもかなりの鍛えられ方をしていた。彼女の

レアコイルはシルバーのレアコイルよりもずっと強く、切り札ハガネールは

一対一の勝負では自分のポケモンたちに勝ち目はないと思えるほどだった。

 

「・・・映像や雑誌の記録のデータで見るのとは全然違う・・・!ジムリーダー、

 あれほどの実力があるだなんて・・・・・・」

 

表の世界で華々しく皆に囲まれているうえにバトルがあまり好きではなさそうな

ミカンにはまず負けないという侮りがそもそも大きな間違いだった。裏で必死に

生きてきた自分のほうが上、その思い違いを改める必要があった。

 

「あのアカネも思っている以上に強いはずだ。勝機はあるのか・・・?」

 

父サカキやその部下たち、またゴールドやクリスが『シルバーならまず勝てる』と

口を揃えているのも実力を信頼しているのではなく気持ちで負けないように自信を

持たせようとしているだけなのでは、と思い始めると疑心暗鬼は止まらない。

これまで育ててきたポケモンたちの力を疑ってはいないが、勝ち目の薄い相手に

命を賭けて戦ってくれるのかというと不安があった。これまで敗戦の際に幾度も

厳しい言葉を浴びせたりしてきた自らの愚かな行いに天罰が下るかもしれない。

 

「・・・・・・・・・」

 

あと数日、どうすればいい?彼がそう思った瞬間、暗い物陰から四人の男女が現れた。

 

 

「これはこれは・・・シルバー坊っちゃま!こんなところで奇遇ですね!」

 

解散したはずのロケット団、サカキに代わり指揮を執っていたアポロを先頭に

残りの四幹部ランス、アテナ、ラムダが続々とシルバーのもとにやって来た。

シルバーは幼いころから彼らを知っているが、当然忌み嫌っていた。

 

「なんだお前ら!ロケット団はゴールドが終わらせたはず・・・なのにまだ何かを

 企んでやがるのか!?偶然なわけがねぇ!親父に用があるのか!?」

 

「へへへ・・・まあそう警戒せんでくださいよ。俺たちはあなたに会いたくて・・・

 それも力をお貸ししたくてわざわざこんな田舎まで来たんですから」

 

「ええ。坊っちゃまが大事なデビュー戦を迎えるのです。黙って見てなんていられません」

 

誰かに危害を加えるつもりはなさそうだ。しかし何らかの暗躍を始めていることは

確かだ。どうすべきかは彼らの話を聞き、それから対処すべきだとシルバーは判断した。

 

 

「オレをサポートしてくれるってのか?ありがたいがお前らじゃあな・・・。

 スパーリングの相手はたくさんいるし教えてもらうようなことも何もないぜ!」

 

「フフフ、シルバー様・・・私たちはあなたを勝たせるために来たのです!

 偉大なるこの国の王サカキ様のご子息であるあなたに敗北は許されません。

 そのサカキ様の跡を継ぎ王となるあなたは・・・我らロケット団の力によって

 父上をも超えるさらなる高みへと到達することになるのです—————っ!!」

 

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