ポケットモンスターS   作:O江原K

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第94話 ドーピング

 

ワカバタウンにいるシルバーが父や仲間たちのもとを離れ一人になったところに

ロケット団の四幹部が近づいてきた。シルバーをバトルで勝たせるためであり、

それもロケット団の力によって勝利をもたらすと彼らは声を大きくして言った。

 

「ロ、ロケット団の力で・・・?まさか場外でのインチキか?」

 

「まさか。確かに脅しや暴力によって対戦相手を黙らせるのは簡単ですがそれでは

 あなたの望む勝利の形ではないでしょう。試合をした上での勝利ですよ」

 

この四幹部はポケモンバトルが強いから幹部になれたというわけではない。ポケモンの

扱いやバトルの腕前はサカキがいま連れている元下っ端たちのほうが上であり、あくまで

組織を管理する適性や悪事の上手さで得た地位だ。彼らから得られるものなどないはずだ。

 

「だったらバトルの間に狙撃したり乱入したり・・・そういうくだらない作戦か?

 言っておくがセキエイ高原での戦いだ。そんな真似は不可能だぜ」

 

「いいえ、あなた様のポケモンが敵を倒して勝つ、ルールに則ったやり方です」

 

シルバーはますますわからなくなる。真っ当なバトルでこいつらに何ができるのかと。

しかし一つ、バトルをしながらも彼らの介入のおかげで勝利をもたらす手段があった。

アポロが取り出したのは小さなカプセルだった。これこそが彼らの自慢の秘密兵器だ。

 

「・・・これは・・・薬か?こいつがお前たちの切り札なのか?」

 

「ええ。私たちの自信作ですよ。それはポケモンの能力を一時的に高める薬です」

 

「一時的に・・・プラスパワーやスピーダーみたいなものか」

 

戦闘中、ごく短い時間だけ能力を上げることができる薬があるが、ポケモンの体に

悪影響を及ぼすという事実がある日明らかにされ、それ以降は公式戦はもちろん

野良試合でも使うトレーナーは減っていた。すぐに悪い効果が出るわけではないが、

年を取ってから足や内臓に障害が生じ、寿命そのものも短くなってしまうとあっては

プロのトレーナーよりも一般のトレーナーのほうが敬遠するようになった。以前では

道具の使い方の練習という意味合いでジムリーダーが戦いの途中にそれらの薬を

用いることがあったが、もちろんそれもなくなった。

 

「それらの強化アイテムはシルフカンパニーと我らロケット団の技術班による

 共同開発でした。手っ取り早く勝利を欲するトレーナーたちに爆発的に売れ、

 サカキ様の働きかけでジムリーダーや四天王たちまでもが大量に購入しました」

 

「なるほど、トキワのジムリーダーだった親父がうまくやったってわけか。昔オレが

 小さいころ、酒を飲みながら親父が笑っていたのを思い出したぜ。あいつらは

 ポケモンバトルの実力はあるがそれ以外は並の人間以下でわたしの言いなりだってな。

 そして有名人たちが使えばそのへんの連中も真似して使いだす・・・いい商売だな」

 

「ええ・・・カントーの支配が表と裏の両方で着実に進み・・・ロケット団がこの国の

 頂点となるのも時間の問題、私たちは心を弾ませていました。だがあの日・・・!

 忘れもしない、ヤマブキシティのシルフカンパニーにあやつが現れたときから全ては

 狂い始めました!あやつさえ来なければ今も私たちは~~~~っ!!」

 

血が出るのではないかというくらいにアポロが唇をかみしめている。余程悔しい思い出

なのだろう。後ろの三人も表情は暗い。シルバーはアポロが口にする『あやつ』とは

レッドのことだと思っていた。シルフカンパニーを解放したのはレッドであり、サカキを

倒してロケット団から去らせ、組織を壊滅させたのは彼であることを知っているからだ。

シルフと言わなければラジオ塔で彼らを破ったゴールドを指すのだと考えただろう。

 

だが、いまアポロが恨みを抱いているのは別の人間だ。その者がいなければレッドが

何をしたところでロケット団はここまで悲惨な状態にはならなかっただろうとアポロは

考えている。その者はシルフカンパニーのデータを盗み、ポケモンに害となる商品の

情報を手に入れ、それを明らかにすることで大企業とロケット団に大きな損失を与えた。

 

「金が入らなくなったことだけじゃない!シルフとの縁が切れようがタマムシを失おうが

 サカキ様さえいてくだされば復活は可能だったのに・・・!全てはあやつのせいだ!

 あやつがあの日サカキ様をたぶらかしそして今に至るまで~~~~っ・・・」

 

「・・・大丈夫か、お前?とっとと帰って寝たほうがいいんじゃないか?オレは忙しい。

 うまくいっていた時代の思い出話なら後ろの連中とどこかの店でやってろ」

 

シルバーの冷ややかな言葉に、狂いかけていたアポロはどうにか正気を取り戻した。

 

「こ、これは失敬。話をその薬のことに戻しましょう。我らが数百体以上のポケモンで

 実験と研究を重ねてついに完成させた魔法の薬です。まずはこちらをご覧ください」

 

 

ランスが素早くセッティングし、ビデオの再生準備が完了した。

 

「わざわざご苦労なことだがお前たちが作るものなんてたかが知れて・・・」

 

映像を見た瞬間、シルバーは驚愕し言葉を失った。そこにはいまシルバーが手に持つ薬を

投与されたドーピングポケモンが映されていたのだが、そのポケモンたちのパワーと

スピードはいずれも規格外であった。ただのたいあたり攻撃が大きな鉄柱を粉々にする、

あまりの速さに何をされたのかわからないまま相手は倒れるといった、いかに能力が

上がっている状態であるとはいえ常識外れの強さを見せるそのポケモンたちは適当に

草むらで捕まえた貧弱なものばかりであり、シルバーを驚かせた。

 

「こ、こいつら・・・!本物のポケモンなのか!?」

 

「もちろんそうです。しかもそこのポッポやコラッタ程度がここまで強くなると

 いうのであれば、鍛えられたポケモンにこの薬を使えばどうなるか?シルバー様、

 おわかりでしょう?これを使えばあなたは誰にも負けない世界最強のトレーナーと

 なることができるのですよ!ロケット団がそれを可能にするのです!」

 

「・・・ちょ、ちょっと待て————っ!!何なんだこの薬は!こんなもの試合で

 使えるわけがないだろうが!あまりにも強すぎる力を疑われて即座に検査、違反が

 バレて失格になるのは確実だ!それにただでさえ副作用が怖い危険な道具を

 数倍以上に効果を高めたとしたら・・・何が起きるかわかっている!」

 

このような質問が来るのは想定済みだったようだ。すぐに四人はシルバーに返答した。

 

「そこはご心配なく!こいつの効果はほんとうに一瞬!体内からもあっという間に

 出て行ってしまうからドーピング検査には引っかからない優れものでしてね!」

 

「それに並外れた力の説明ならいくらでもできるじゃあありませんか?つい先日

 あなた様の戦う敵たちが披露したばかりです。ポケモンの常識を超えた怪物

 フーディン、トレーナーが不思議な光に包まれて発動するあの謎の力・・・

 やつらの武器を理由として利用してしまえばよいのです、おほほほ!」

 

実験の末、検査をクリアできるように仕上げているようだ。そこは問題ないとしても、

シルバーが何よりも気になっているのは副作用のことだ。大きなリスクがあるはずだ。

 

 

「・・・こいつを使ったポケモンはどうなる?」

 

「そりゃあ・・・近いうちに死にますよ。耐えられるはずないでしょう」

 

「・・・・・・やっぱりな。外道なお前たちらしい道具だぜ。バトルのたびにポケモンが

 いちいち死んで入れ替わっているとあれば検査でシロでもあまり意味はないぜ」

 

「今回シルバー様が戦うのは一戦限りと聞いております。ここで勝利すればあなた様は

 新生ポケモンリーグのなかでも重要な地位に就くことでしょう!この勝負、何を

 しようが勝てばいい!それは論ずるまでもないことではありませんか!」

 

どんな手を使おうが、ポケモンを使い捨ての道具のように扱おうが勝った者が正義、

シルバーが信じてきた道だった。勝たなければ結局はクズ同然のようにみなされる。

正々堂々のクリーンファイト、ポケモンとの友情、対戦相手への敬意・・・くだらない。

勝ってしまえば誰がどんな文句をつけてこようが負け犬の遠吠えであり嫉妬に過ぎない。

過程など問わない勝利のためにこれ以上ないアイテムが手に入り、シルバーはすでに

勝利の瞬間のイメージが脳裏にハッキリと浮かんでいた。

 

 

 

『・・・バ、バ、バトル終了・・・!ニューフェイス、シルバー!圧倒的な力!

 信じられないほどの暴力がアカネのポケモンたちを文字通り粉砕!決着です!

 ポケモン界の未来を決める対抗戦・・・そんなことすらどうでもよくなるほどの

 トレーナーとポケモンたちが現れました!怪物登場—————っ!』

 

場内は静まり返る。シルバーのポケモンがあまりにも強すぎたからだ。フィールドには

アカネのポケモンたちが無残な姿で横たわっている。手足が千切れ、顔が完全に

破壊された亡骸を抱きかかえながらアカネは激しく泣いている。

 

『あ・・・ああ————っ・・・うそや、こんなのうそや—————っ!ミルちゃん、

 ピーちゃん!みんな、お願いやから目を開けてーや———っ・・・うぐ、ひっく・・・』

 

華々しいコスチュームが血やそれ以外の飛び散ったもので汚れてもアカネは構わず

ポケモンたちを前に泣き続ける。後ろで試合を見ていたナツメとフーディンも

衝撃的な光景にただ動揺し動けずにいる。自分たちが戦ったとしてもシルバーには

敵わないということか。そんな敗者たちを気にせず自分の陣営に視線をやる。

これまで何度勝負を挑んでも勝てなかった父サカキやゴールド、彼らもまた恐れ

言葉が出てこない。アカネの二の舞になる未来しか見えていないのだろう。

 

『・・・これでハッキリしたな。誰がこの国・・・いや、世界で一番強いか。

 今日からはオレこそが頂点、そしてルールであり正義だ。異論はないな?』

 

『・・・・・・ああ。シルバー、お前が王だ』

 

 

これまでずっと渇望し続けてきたはずの瞬間。なのになぜ自分は笑っていない?

勝てば官軍だと信じ自分の道を貫いたのに喜びも満足ももたらさない?聞いても

答えが返ってくるはずはないがバトルで活躍したゴルバットに尋ねようとした。

 

『おい、ゴルバット!オレたちが世界一だ!お前だってうれしいだろう・・・』

 

『・・・ギャ・・・ガガガ・・・グガッ』

 

突然ゴルバットが苦しみ始めたかと思えば、あっという間に特徴的な大きな口が

更に上下へと裂け始め、そのまま内臓や目玉や脳をぶちまけて息絶えた。

 

『・・・・・・・・・!!』

 

ゴルバットだけではない。オーダイルにニューラにレアコイル・・・皆どろどろと

頭から溶け始め、肉が腐ったかのようにぼろぼろと落ち骨がむき出しになっている。

 

『う、うわあああああ————————っ!!』

 

 

 

「・・・・・・坊っちゃん!シルバー坊っちゃん!どうされたのですか!」

 

「い、いや・・・何でもない。お前たちに心配されることは何もない」

 

「その薬・・・受け取っていただけますね?なに、ポケモンなどいくらでも替えが利く。

 壊れたら次を用意すればいいだけです。それも我々がすべてサポートしますよ。

 細かいことは栄光を手にしてからじっくりと考えればいい。時間をかけて思考を

 巡らせたなら必ずわかるでしょう、ロケット団の偉大さを!」

 

ロケット団の力で勝利を、それに伴う大金や地位と名誉を得たとなれば、この世で

成功するためにロケット団は必要不可欠な存在だとシルバーは悟ることになるだろう。

サカキの復活を完全に諦めてはいないが、その可能性が限りなく薄くなったいま、

彼らはサカキの血が流れるシルバーを次なる首領にしようと計画を進めていた。

圧倒的なカリスマがいなければ組織の回復と更なる進展はない。サカキが去った後

団員の数は急激に減少し、四幹部を中心に立て直しを図ったが無様を晒すだけだった。

 

「もちろんそれを使わずに勝利できれば結構!ですから試合の最初から使うのではなく

 このままではまずいと思ったときに人々の目をごまかしてポケモンに投与すれば

 よいのです。すぐに薬の効果が出ますよ。ぜひ保険として持っていてください」

 

「・・・・・・」

 

シルバーは何も言わず薬をポケットにしまった。それを見た幹部たちは心のなかで笑った。

これでもう自分たちのものだ。シルバーが限界まで追い詰められたときにロケット団の

発明品で救われたとあれば彼はもう生涯ロケット団から離れられない。仮に一度限りの

関係にしたいと言われても、ドーピング行為の証拠をちらつかせて脅せばいいだけだ。

 

(・・・あと少し・・・我らの復活は近い—————っ・・・)

 

 

「シルバーく~~ん!どこにいったの~~?」

 

めったに人が来ない場所で話していたシルバーとアポロたちのそばに誰かが来る。

シルバーがいつまで待っても帰ってこないので探しにやって来たクリスだった。

 

「お!あれは確かワカバタウンの名家クリスエス家の一人娘、クリスタル!

 こんなところに一人で・・・誘拐しちまうか!身代金幾らふんだくれるかな?」

 

「やめなさいよ。あれはただのお嬢様じゃないわ。若い連中が同じことを考えて

 返り討ちに遭っている、強豪ポケモントレーナーよ。シルバー坊っちゃまを

 探しに来たようだし・・・そろそろ退散したほうがいいという知らせだわ」

 

もしロケット団どもが彼女に危害を加えるつもりならオレが守ってやる、クリスの

顔を見た瞬間にシルバーの心は燃え上がったが、すぐにその炎は鎮火した。一人で

悪党を撃退できる強い女にヒーローはいらないみたいだ。複雑な気分だ。

 

「では我々はこれで。とはいっても私たちが出ていくわけにはいきませんから

 シルバー様が彼女に声をかけてこの場を離れてください。ではまたいつか・・・」

 

「お前たちにもう一度会うとなったら・・・オレにとっては不幸の始まりだな」

 

すでに始まりかけている、ロケット団と繋がった人生。片足どころか腰まで闇の沼に

沈んでいるシルバーは後ろめたさを感じながらクリスのもとへと向かった。

 

 

「・・・シルバーくん!こんなところで何を?でもまあ見つかってよかった。

 ゴールドとミカンちゃんもいないし私とサカキさんだけで訓練するのも限界って

 ところでサカキさんが気を利かせてきみを探しに行けって言ってくれたのよ」

 

「そうか・・・それは悪いことをした。大した目的はなかったが・・・お前も凡庸な

 トレーナーではないがあの男が相手では練習とはいえきつかっただろう」

 

「さすがはカントーの帝王とか呼ばれているだけある。もし本気で来られていたら

 もっと手も足も出なかったはず。ちょっとショックだったわ」

 

クリスはロケット団が複数人で襲ってきてもまとめて退治できる実力者で、バッジ集めや

リーグ挑戦に関心はないがトレーナーたちとのバトルを楽しみ高い勝率を誇っている。

だからバトルに負けたら悔しさも抱くはずだ。それでもその責任をポケモンに押しつけて

当たり散らすような真似はしない。彼女はポケモンに溢れんばかりの愛情を注いでいる。

 

『この子たちが私のポケモンでよかったと思えるように、私もいっしょに成長したい。

 バトルは好きだけどあまり熱中すると大事なバランスが崩れちゃいそうで』

 

一見非力なチコリータにマリル、一流トレーナーが見向きもしないノコッチとレディアン。

そんなポケモンたちを使いながらシルバーとほぼ互角の実力を持つのはポケモンへの

愛に満ちた育て方が大きな理由だろう。太いホネを持つガラガラ、それにクリスを

認めた伝説のポケモンであるスイクンという強力なエースがいる上に全体を見ると

バランスが取れているパーティ編成も手強いが、純粋な総合力の強さなら圧倒して

勝利できているはずのシルバーがクリスに勝ち越せないのはなぜなのか。

 

『・・・また勝てなかった・・・!今のオレが勝てない理由をきっと見つけてやる!』

 

シルバーはわかっている。ほんとうはすでに答えを掴んでいる。しかしそれを認める

わけにはいかなかった。そのやり方ではライバルを下し最強のトレーナーになるという

夢は叶わない。だから別の方法をどうにかして探し出そうとした。

 

 

『フン、この街のジムリーダーもお前と同じ弱いやつだ。弱ったポケモンの世話をしに

 灯台に行っているとかいう軟弱者だ。街でもそいつを悪く言っていた連中がいたが

 当然だな。戦えないポケモンのために戦いを放棄するなんて愚の極み・・・・・・』

 

『・・・シルバー、もしお前がそれを本心で言っているのなら・・・お前がおれに

 勝つことは絶対にない。いや、おれどころかお前が軟弱者と言うミカンにも

 負ける。彼女の鋼のような強い心が薄っぺらいお前を踏み潰すだろう』

 

『・・・・・・!!な、何だと!?このオレがあんなやつ以下・・・!』

 

クリスだけではない。ゴールドや後にはワタルからも厳しく言われた。大切なものが

欠けているからあと一歩強くなれないのだと。そこまで何度も指摘されてわからない

はずがなく、自分の弱さと彼らの強さ、何がそれを分けているのか気がついている。

しかしこれまでポケモンを厳しく扱い、手に入れた方法も邪道ばかりだった自分が

今から方針を変えて彼らの真似をしたところで差は詰まらない。彼らがポケモンを

愛し信頼することをやめたなら話は別だが、それは他の何にも勝ってありえない話だ。

 

 

「ほら、早く戻ろう。たくさん鍛えてもらってゴールドに勝ってくれないと」

 

「・・・お前はあいつを嫌っていないはずだ。なのにどうしてそこまであいつの敗北を

 望んでいる?お前が言うほどあいつはチャンピオンの座を手にした後も天狗になっては

 いないしチャンピオンとしての責務をいつもしっかりと全うしているじゃないか」

 

好意を寄せる男の活躍のどこが不満なのかとシルバーは疑問をそのままぶつけた。

今回のような事態でも起きない限り故郷にもなかなか帰れない、世間から喝采される

彼を独占したいという歪んだ愛の持ち主なのか、それとも実はそこまでゴールドのことを

愛してはいないのか、クリスの真意に迫りたかった。彼女は少し考えた後、口を開く。

 

「・・・そこなの。ゴールドはチャンピオンになってから大きな失敗もなく誰からも

 愛される非の打ちどころのない王者でいる。だけどそれはあいつの真の顔じゃない!

 きみならわかっているはず、ゴールドがほんとうはもっと荒々しくて熱い人間だと!

 今のゴールドは毎日ただチャンピオンとしてやるべきことをやっているだけで何も

 楽しそうに見えない。でも私がそれを言ってもあいつは否定するに決まってる」

 

「だからオレがバトルで勝てと?オレが勝って事態がどうよくなるんだ?」

 

「いま、ゴールドには目標がない。目指すべき地位もトレーナーも。そこできみが

 勝利することであいつはきっととても悔しがる。あなたにリベンジするため

 燃えていたころの自分を取り戻してくれるんじゃないか・・・そう思った」

 

旅の途中で幾度もゴールドと戦ったシルバーもクリスと似たような思いを抱いていた。

全トレーナーの模範となるべき地位に就いたゴールドはかなり無理をしていると。

テレビや雑誌を通してでも己を押し殺して優等生を演じているのは明らかだ。

 

(だが・・・芯は変わっていない。ポケモンとどう接するか、バトルのとき何を

 最も重視するか。やつが変化しない以上オレは模倣したって勝ち目はない。

 違う方法で勝利を追い求めるしかない。となると・・・)

 

ポケットの中に入れたロケット団の薬。ゴールドやクリスが知れば殴り倒してでも

自分を止めようとするだろう。彼らからすれば天と地がひっくり返ったところで

こんなものは使わないし、使おうとする人間を憎悪し、軽蔑するだろう。

 

(・・・・・・あくまで最終手段だ。あまりにも失うものが多すぎる)

 

そのぶん得るものも大きいという悪魔の囁きを退けながらクリスと共に訓練場に

戻ってみると、ゴールドとミカンはいたが、サカキはどこにもいなかった。

 

「・・・タイミングが悪いな。入れ違いか・・・」

 

「サカキさんはここに残ってるって言ってたはずなのに・・・どこへ?」

 

 

 

シルバーに自分たちの開発した品を渡し、目的を果たした四幹部は早くも成功を確信する。

 

「シルバー様はあの方の息子であり様々な特質を受け継いでおられるが・・・まだまだ

 トレーナーとしては未熟!すんなりと勝てるはずがない。あの薬を使うでしょう」

 

「血を目覚めさせるってわけか。名トレーナーサカキではなく、ロケット団ボスとして

 非道の限りを尽くした悪の帝王の血を。こりゃあ面白い展開だ!純粋なトレーナーに

 育つ前に俺たち色に染めてサカキ様の後継者にふさわしい悪党へと育成するんだな?

 まだ若いからサカキ様以上のボスになる可能性が高い!ワクワクするぜ・・・」

 

サカキが帰ってこないのであれば彼以上の王を自分たちの手で作り上げてしまえばいい。

そして作戦はここまで予定通り進んでいる。シルバーがアカネとの戦いで薬を使えば、

不自然な戦いを見て何かがあると気がついた者に大金で薬を売りつけることも可能になる。

大量生産は今のところできないが、あれほどの効果だ。限られた相手だけに稀少価値を

失わないまま売ったほうが儲けになるかもしれない。アポロは喜びに震えて叫んだ。

 

「ロケット団復活だァァ———っ!止まっていた時間が再び動き出すぞォォ—————」

 

 

「・・・ほう。いまだにそのような虚しい夢を追い求めていたとは・・・」

 

そのとき、アポロの叫びが呼んだわけではないだろうが、四人の前に彼らがいまだに

神のように崇め続ける男が現れた。直接の会話はサカキがレッドにジム戦で敗れたその日、

ロケット団の解散を宣言したとき以来だった。ずっと待ち焦がれていたが、今日に限り

サカキには会いたくなかった。彼に知られずに計画を進めたかったからだ。

 

「サ、サ、サカキ様————っ!!なぜ、なぜ・・・・・・」

 

「いや、わたしの息子がいなくなったから探しに来ただけのこと。見なかったか?」

 

「い、いえ!私たちはわかりません!シルバー様もそばにおられるのですか?」

 

全てを見通しているような、ただ様子を探ってきているだけのような・・・サカキの

前では四人はすっかり小さくなってしまう。絶対に逆らえないし敵わない男だからだ。

 

「そうか・・・知らないか。しかしお前たちに出会えたのはタイミングがよかった。

 ちょうどお前たちに関わるニュースが流れていたのだからな・・・」

 

「・・・はい?それは・・・」 「ニュース?いまは特に何も派手な活動は・・・」

 

「どうやらまだ把握していないようだな。ではこいつを見るといい」

 

サカキは持ち運べる小型のテレビの電源を入れた。四人はまだ頭が追いついていない。

だが、その画面に映る映像は先ほどシルバーがドーピングポケモンの戦闘を見たときより

遥かにショッキングなものであり、頭を金属で殴られたようなダメージを四人に与えた。

廃工場が激しく燃えている、火災の映像であったがそこはただの廃工場ではなかった。

 

「こ、これは!私たちの復活のためのアジト!あの薬の研究施設が!」

 

「実験用のポケモンが、最後まで残った団員たちが・・・!どうしてこんな事故が!?」

 

せっかく復活の道が開けていたのにこれ以上ない最悪の展開だ。偶然とは考え難かった。

 

「ま・・・まさかサカキ様!あなたが・・・!?」

 

「いや、わたしは無関係だ。お前たちと別れたあの日に誓ったはずだ。ロケット団とは

 今後一切関わりを持たないと。味方にはならないが邪魔もしない。おっと、見ろ!

 誰がお前たちの拠り所を破壊したのかが明らかになった・・・やはりこの者であったか」

 

 

アポロが、そして残る幹部たちがいまだにロケット団崩壊の一番の原因として憎悪を

抱き続ける『あやつ』と呼ばれた女の姿が僅かに映り込んでいた。それだけで何が

起きたのかがはっきりした。秘密のアジトの場所を発見され、襲撃され破壊されたのだ。

 

「ぐぐぐ~~~~~っ!またしても私たちの邪魔をするのか・・・この女は!」

 

サカキの、ロケット団の敵であり続ける、悪魔として恐れられる超能力者だった。

 


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