ポケットモンスターS   作:O江原K

98 / 148
第98話 サカキ対ゴールド

サカキとゴールドが全力で戦うことになった。見守る三人の思惑は様々だった。

 

「もちろんゴールドさんに勝ってもらいたいです。ここでサカキさんに勝てたら

 本番も安心して見ていられます。クリスちゃんも同じ考えのはず・・・」

 

ミカンは愛するゴールドを応援するとはっきり口にした。ところがクリスは、

 

「うーん・・・そんなに単純でもないかな。あまり順調にいきすぎて調子に乗ると

 肝心なところで大変なことになりそうで怖い。これは勝敗を気にしなくていい

 戦いなんだからあいつはこのへんで一度負けといたほうがいいと思うんだけど」

 

先々のことを考えると改めて気持ちを引き締めるためにも勝利より敗北が必要だと

口にした。ゴールドのためを思っての発言だったがミカンには受け入れ難いものだった。

 

「ダメです!ゴールドさんはチャンピオンなんですから簡単に負けちゃいけないんです!

 どうでもいいバトルなんか一つもありません、ヒーローはいつでも勝つんです!」

 

「・・・いや、どうでもいいっていうんじゃなくて、真剣勝負とはいえ練習試合の

 一つなんだし勝ちにこだわるよりは課題や改善点を見つけたほうが・・・」

 

「いいえ!あの二人を見てわかりませんでしたか!?今からのバトルへの熱い思いを!

 これはこの国で一番レベルの高いセキエイポケモンリーグに属するトレーナーの真の

 最強決定戦なんです!頂点を決める戦いでゴールドさんが負けていいはずが・・・」

 

「わ、わかった・・・わかったって。まだ始まってもいないんだし一回落ち着いてよ」

 

ミカンのゴールドへの愛の熱と重さに圧倒されそうになったクリスはどうにか彼女を

なだめて席に座らせた。温厚で静かなミカンがここまで怒るとは全く想像できなかった。

今後の発言に気をつけようと自らに言い聞かせ汗を拭きながら息を吐いた。

 

もう一人複雑な思いでいたのはシルバーだった。どちらにも勝ってほしい、どちらにも

負けてほしくない、それが本心だったからだ。心のなかで葛藤する。

 

(・・・再会してからの親父はポケモントレーナーとしてオレの目標とするにふさわしい

 男になっていた。簡単に負けてほしくない。だがゴールドも・・・倒すのはオレだ。

 こいつに勝つためにオレは修行を続けてきたようなものだし・・・うーむ)

 

外野が熱くなっているうちに対戦の用意が整った。サカキに乗せられたゴールドも

やる気満々だ。すでに利口な優等生を演じるのが億劫になっている。

 

(これだ・・・こういうのを待っていた!馴れ合いのくだらねー練習だけじゃ

 飽きるところだった。一発ぶちかましてやるぜ!)

 

自然と笑みが出てきた。ゴールドはすでにジョウトの八つのバッジを手に入れ、四天王と

チャンピオンを倒して今の地位を手に入れた。その後も頻繁にやって来る、現時点で王者に

最も近い挑戦者たちを退けてきた。彼らもカントーやジョウトでバッジを集めた猛者で

あり、となるとカントーのジムリーダーにも敵はいないと考えるのが自然であり事実だ。

あとはサカキだけだ。彼を倒せばこの国の最強の座はほぼ決まり、国内でこの先十年は

安泰の地位を築けるという確信があった。

 

 

「それじゃあ・・・バトル開始!両者、最初のポケモンを!」

 

公式戦ではないので審判の資格がないクリスがその役を務めても問題はない。

戦闘不能やすぐにバトルを中止しないと危険な状態、反則などはクリスが仮に

見逃してもサカキとゴールドであればすぐに気がつく。大事には至らないだろう。

 

「いけ・・・ニドキング!」 「いってこい、エーフィ!」

 

真剣勝負であると意識しているのか、サカキはポケモンを自らがつけた名前ではなく

正式な名称で呼びモンスターボールから出した。それはゴールドも同じだった。

 

「やった・・・!まずはゴールドさんの有利です!完全に読み勝ちました!」

 

ゴローニャやサイドンのような地面のみならず岩タイプも持つ硬いポケモンを警戒

するならば水や草のポケモンを出すべきだが、エスパーに弱いニドキングとニドクイン、

この二体がサカキのエース格であることをゴールドは思い出し、エーフィを選んだ。

 

「フム・・・まずは見事と褒めておこう。わたしの繰り出すポケモンがわかったのか?」

 

「ええ、いくつか理由はありますが。あなたは相手が誰だろうと自分のやり方を変えない

 自信家でありそれができる実力があります。サイドンでカンナさんのジュゴンを

 倒したように、相性が圧倒的に不利だとかそういうのは考えない人です。ですから

 ここはニドキングかニドクインだと。それにさっき直前でエスパー統一のパーティを

 組む提案を断ったのも伏線でした。まさか一発目からエスパーは予想外だったでしょう」

 

 

ゴールドはサカキの思考の裏をかいた。エスパーポケモンで固めずに自分を全力で倒せる

ポケモンを揃えろとサカキは要求したが、いきなりそのエスパーが来るとは普通は誰も

考えない。地面のエキスパートというイメージが強いサカキが相手ならやはり水タイプの

ポケモンでまずは攻めたくなるのが一般的であり、ゴールドのセンスの高さが開始直後の

優勢な対面を演出した。そしてここから本格的なバトルに突入する。

 

「・・・戻れニドキング!いけ、ガルーラ!」

 

「エーフィ、戻って来い!頼んだぞ、カイリキー!」

 

両者の最初の選択は共にポケモン交代だった。全く同じタイミングでの交換であるので

相手の動きを見てからではなく、相手の狙いを読んでの行為であるのは確かだった。

 

「なるほど・・・エーフィならエスパー技のような特殊攻撃は文句なし、しかし

 物理攻撃力と防御耐久は壊滅的だ。親父・・・いや、サカキがニドキングを

 逃がすのがわかっていたから代えたんだ。ガルーラに一撃与えても耐えられて

 次の攻撃でたぶん即死だ・・・先の先までちゃんと読めていないとできないぜ」

 

サカキのポケモンはほとんどが物理攻撃を得意とする。ならばエーフィは不要だったの

ではないかと思いたくなるがそれは違う。サイドン、ゴローニャは一見完璧な防御を

誇るが実は特殊な技にはそこまで硬くない。弱点ではないとしてもエーフィの得意技

サイコキネシスをまともに受けたらかなりの痛手となる。エーフィはゴールドが用意した

脅しの道具だった。いつでもこいつが控えているぞ、というメッセージだ。

 

「いい判断だ・・・もういい、ガルーラ!ここはドンファンに任せろ!」

 

「戻れ!カイリキー!頑張れ、オクタン!」

 

またしても交代だった。サカキはガルーラをエーフィ対策のため温存したい。

ゴールドもサカキがそうしたいのはわかっているので水タイプのオクタンを投入。

ここまでは二人とも今後の展開や相手の思考を考慮してはいるがそれほど迷いのない、

ほぼ想定内の行動だった。しかしこの先はやや難解で、頭を働かせる必要があった。

 

 

(・・・ドンファンか。そろそろ攻めてもいいか。いや、もう一度ガルーラに戻されたら

 大したダメージにならないか。ニドキングやニドクイン、それにガルーラは使える

 技の範囲が広いんだ。たった一回の攻撃のために後手に回るのは・・・)

 

(そろそろ焦れて攻撃してくるころか?ウム・・・違うな。彼は精神力の強さも武器だ。

 この程度では失策は犯さないだろう。どれ、ここはもう少し・・・・・・)

 

ゴールドはオクタンを引っこめて、四体目となるポケモンを繰り出した。

 

「いけっ!エアームド!そろそろ本番といこうじゃないか!」

 

「ゴールドさんが使う鋼のポケモン・・・楽しみです。えへへ・・・・・・」

 

自分が専門としている鋼タイプのポケモンをゴールドが使うだけで蕩けた顔で喜ぶ

ミカンにクリスとシルバーは若干距離を感じた。しかしその感情も束の間、

 

「ははは、奇遇だな。わたしも鋼タイプのポケモンを持っているのだよ」

 

サカキの四体目ハガネールの姿に驚愕した。確かに地面タイプでもあるが・・・。

 

「ハガネール!?そうか、イワークが進化したのか!」

 

「ああ。ますます強靭になった。そこのエアームドくらいは倒せるほどにな」

 

このハガネールはいわなだれが使える。同じ鋼でも優位なのはサカキのほうだ。

抜群とまではいかないが攻め手のあるハガネールに対しほとんど有効な手段がないエアームドは

何もできない。初めてサカキがゴールドの上を取ったがこの直後の選択が肝心だ。

まだ天秤はどちらにも定まっていない。一つ間違えばすぐに逆転されてしまう。

 

(・・・確か彼がよく使うポケモンに・・・ツボツボがいたな。ここで出してくる

 確率が高い!今度こそわたしが攻撃してくるだろうと考え、最もダメージを

 抑えられる手を打ってくるはずだ。ならばここは・・・!)

 

(さて、あっちはおれがどのポケモンに交代するのか必死に考えているはずだ。

 絞り切れるわけがない。おれは満遍なくいろんなポケモンを使ってきたのだから。

 よし、仕掛けてみるか。これで一気にバトルが加速するはず・・・)

 

互いにこうなる『はず』と推測に任せ、指示を出した。ところがどちらの読みも外れた。

 

「こ・・・交代じゃない!ゴールドさんもサカキさんもついに技を!でも・・・」

 

「どちらも全く同じ技を使いやがった!そして・・・失敗だ!」

 

ハガネールもエアームドも毒には完全なる耐性を持つ。よってどくどくは効果がなかった。

 

「ヌゥ・・・」 「ちっ・・・!」

 

今回も交代してくるだろう、ならば交換先のポケモンを猛毒にしてやろうという作戦は

どちらも同じだった。こうなると上級者同士ならではの循環に陥り、次こそは、いや違う、

相手がどうしようが最善はこれだ、これならミスをしても被害は最小限・・・。

対戦者の思考までも読もうとする結果、バトルはここで硬直してしまった。

 

 

「・・・何度目だ?このサイクル・・・いい加減飽きてきたぜ。だが・・・オレでも

 ああするしかないだろうよ。先に集中が切れたほうが負けちまうだろう」

 

「ゴールドさん・・・苦しいでしょうけどここが踏ん張りどころ!頑張って・・・」

 

ひたすら交代の繰り返し、たまに攻撃技が飛び出しても攻撃の通らない相手で止められて

ほとんどダメージはなく、ならば能力を高める技で状況の打開を狙っても結局すぐに

交代しなければならない状況になるため無意味だ。戦闘不能どころか体力が半分以上

削られたポケモンすらいない。とはいえボールに出たり入ったりでどのポケモンも

やや疲れている感じがあった。精神的に疲弊しているのはトレーナーも同じだ。

 

(やはり・・・数手前のあの瞬間に攻撃すべきだった。次に彼が隙を見せてくれるのは

 きっと遠い先だ。幸い我慢比べなら負けることはないだろうがまさかこんな展開が

 待っているとは・・・勝ったとしても大いに反省しなければならないところだ)

 

(こうなるのならまきびしを使えるポケモンを入れておくんだった。そうすれば不毛な

 交代合戦はなかったな。どくどくは毎回ハガネールで受け止められてしまうし、

 それを逆に突こうとしてもうまくかわされる。一体だけでも落とせたら・・・)

 

一体か二体は捨てて無理やり攻撃に出るやり方もあったが、あまりにも無駄死にになる

局面を作られてしまう、それが容易に想像できるため一か八かの攻めもできない。

 

「・・・どうする?引き分けを宣言してもいいかしら?」

 

「いや・・・まだだ!まだ何も始まってないだろ!」

 

これ以上やっても無駄だとクリスは試合終了を提案するが二人は応じない。

 

「やれやれ・・・だから私は嫌だったのに。こんな戦い誰も得してないじゃないの。

 ポケモンは大した経験も積めずにあんたたちだって疲れるだけ。普通の練習を

 していたほうがもっといい訓練になっていたし楽しかったに決まってる」

 

二人がどうしようがあと少し続行して何の進展もなければ審判をやめて引きあげようと

クリスは決めた。あとは好きにしてちょうだい、それだけ言って去る気でいた。

彼女がそう思いたくなるのも当然だとサカキもゴールドも十分承知している。こうなる

前にバトルを動かすチャンスがあったのに逃してしまったのを二人とも悔やんでいるし、

とはいえここまでやって負けてもいいなどとは考えられない。そんなどうしようもない

空気が流れたときだった。サカキ、それにゴールドに語りかける声があった。

この場にはいないはずの、それも互いに違う自分にしか聞こえない声を聞いたのだ。

 

 

 

『くくく・・・これがカントーの帝王と呼ばれた男の戦いか。くだらんバトルだ』

 

「ナ・・・ナツメ!?きさま・・・どうしてここへ!?」

 

サカキにはナツメが遠くからあざ笑っているように聞こえた。彼女は煽るように言う。

 

『所詮あなたはピークを過ぎた老いぼれだ。大人げなく勝ちにこだわるなどまさに

 老害という言葉がお似合いだな。さっさと未来ある若者に道を譲ってやったらどうだ』

 

このあたりで折れてゴールドに負けるべきだとナツメは勧めてくる。これ以上無駄な

意地の張り合いをやめるためには年長のサカキが降りるべき、そう理屈ではわかっている。

しかしいまの彼はそう簡単には大人になれなかった。幻のナツメに対して返答する。

 

「いや・・・わたしは続ける!このバトルに勝つために・・・たとえ数時間を

 要することになってもここは一歩も引かん!勝利を譲る気はない!」

 

『・・・ほう。三年・・・そろそろ四年くらい過ぎたか?ロケット団首領として

 レッド相手に片手間なバトルをして敗れ、それでも別に構わないと気にしなかった

 あの日々とは大違いだな。そこまで勝利にこだわるような戦いでもないだろう』

 

「・・・きさまが教えて・・・いや、思い出させてくれた感情だ。最強のトレーナーを

 目指す、これがわたしの夢だった。かなりの遠回りとなったがこうして再びこの道を

 歩み始めた。せっかく甦ったというのに自ら自分の命を絶つことなどできん!

 年齢や状況など知ったことか!この勝負は絶対に勝たなくてはならない!」

 

まるでガキだとまた笑われるだろう、サカキは思った。彼の熱い言葉を聞いたナツメは

確かに笑っていた。しかしその笑顔はこれまでとは明らかに違う種類のものだった。

 

「どうした、何だその顔は?」

 

『うふふ。トキワの森での誓いをあなたがいまだに愚直に果たそうとしているもの

 だから・・・うれしくなった。そう、あなたはそれでいい。今度こそその気持ちを

 忘れずに、最強になるためにスピアーや他のポケモンたちと勝ち続けて・・・・・・』

 

「・・・!ま、待てっ!きさまがなぜあの日のことを・・・」

 

突然の幻聴、最後にはその顔すら僅かに見えた不思議な体験はここで終わりを告げた。

これはサカキが自ら作り出した幻だ。トキワの森の少女とナツメが実の母子なのでは

ないかと考えていたせいでその二人が合わさってしまったかのような終わり方だった。

そしてもう一人、ゴールドのもとにはやはり忌まわしき敵がまとわりついていた。

 

 

『やっぱりあんたはホンマに玉無しのチキンやな。ひっどいバトルやで・・・』

 

「アカネ!?いつの間にこの部屋に!いや・・・これは本物の声じゃ・・・」

 

『何が世紀末覇王、何がチャンピオンや!慎重やのうて弱腰ちゅうのが正しい

 言い方やな。何回も何回もあったやないか、思い切って攻撃しとれば一気に

 バトルを決められた、そんなチャンスがなぁ!ヌルい勝負ばっかり続けとるうちに

 すっかりヘボになっとる。これなら今度の試合、ナツメの勝利は安泰でホッとしたわ』

 

まるでほんとうのアカネのように憎たらしい口調で、次から次へと言葉が止まらない。

 

『あんたみたいな引きこもりが歴代最強だなんて言う連中の気が知れんわ。簡単に

 勝てるザコとは喜んで戦うのにちっとも他の地方のチャンピオンや四天王とは

 戦わん。海外遠征もいつまでたってもやらんし・・・根が臆病者なんやろな』

 

とはいえこれはゴールドが見ている幻覚だ。サカキの場合同様、ゴールドの奥底に

秘めた思いが幻のアカネに語らせている。サカキが心のどこかで感じていた

若さを過ぎた自らの年齢への憂いをナツメが指摘したように、セキエイ高原での

戦いに専念している現状を無意識のうちに不満に感じていたゴールド自身が

アカネの姿をした何かによって自問させていることをゴールドは気づいていない。

 

「ちっ、無責任なやつは何でも言い放題だな。いいか、よく聞け。チャンピオンは

 単純な称号じゃないんだ。お前も含めたカントーとジョウトのポケモントレーナーの

 頂点だ。協会を、リーグを、そしてお前たち全員を代表している。自分で勝手に

 動くことはできない。それくらい頭が悪すぎるお前でもわかっているだろう」

 

『・・・ハッ!この間言うたやんか、うちがあんたを嫌いになったのはそこや!

 協会のジジイどもやスポンサー様とやらの言いなり・・・着る服も自由に選べんと

 なるといよいよ人間ですらない、犬みたいなモンやなあ、あっはっは!』

 

アカネのことをナツメのいいように操られている犬だと罵ったが、その自分こそが

利益を得ようとする権力者たちの走狗となっていた。ゴールドはそれを知らなかった

わけではない。考えないようにしていただけ、つまり事実から逃げていた。

 

「だ・・・黙れ黙れ!とっとと消えろ、大馬鹿女が—————っ!!』

 

強引に幻覚を追い払った。アカネは素直にいなくなり、意識は元に戻った。

 

 

「・・・ふう、戦いはまだ始まったばかりだ。楽しもうじゃないか」

 

「・・・・・・・・・」

 

二人の不思議な体験はたった数秒の出来事であり、他の三人からすれば何かが起きていた

ことすらわからない。実際に声に出してはいないのでいきなり叫びだしてどうした、とも

思わず、誰もいない空間と会話しているぞ、と訝しむこともなかった。当然サカキも

ゴールドもこれは自分だけに起きた現象で、まさか相手も似たような幻を見たなどとは

考えるはずもなかった。しかしそれが与えた影響は二人の明暗を分けるものとなった。

 

「戻れ、ダグトリオ!ガルーラ、いけ!」

 

ゴールドがオクタンを場に出していたのでサカキはこれまで通りのサイクルを維持して

水の技を苦にしないガルーラを繰り出したが、ゴールドはそのままオクタンを残し、

 

「オクタン、なみのりだ!どうだ、最初からこうしていりゃお前も納得か!?

 相性なんて考えなくてもおれのポケモンの力なら大ダメージを・・・」

 

なみのりで攻撃に出た。痺れを切らしてとうとう前進した形となった。だがそれは

勇気や真の自信によってもたらされたものではない。サカキがナツメの言葉を退け

辛抱強く戦い続けると決めたのとは対照的に、ゴールドはアカネの挑発に乗った。

 

「・・・い、いや!ガルーラはピンピンしているぜ!レベルの差があるのか!?」

 

「・・・・・・!!しまった!」

 

結果は見るまでもなかった。ガルーラの体力をほとんど削ることができずに、

 

「ガルーラ、メガトンパンチだ!」 「ギャル—————ッ!!」

 

致命的な反撃を食らった。ガルーラのメガトンパンチ一撃でオクタンは倒れた。

 

「・・・・・・せ、戦闘不能!オクタン、戦闘不能!」

 

急に試合が動いたことでクリスは慌てて審判としての仕事を再開した。ゴールドは

いまだ自分の失策を頭のなかで整理できていなかったため、オクタンを戻すのが

遅れているうちにサカキはガルーラからニドクインへと交代を完了していた。

 

「・・・・・・!こうなったら攻めるだけだ!いけっ!エーフィ!」

 

「ゴールドくん、君はわたしよりも自分のほうが強いと疑わず、それでも確実に

 勝つために安全策を取り続けていたのだろうが・・・ガルーラとオクタンの

 単なるその種族が持つ強さの差ではない、鍛錬と経験によるレベルの差を

 味わったはずだ!もうわかっただろう、真っ向勝負でも勝機は高いがあえて

 前に出ずに敵のミスを待ち確実な勝利を得ようとしていたのはわたしのほうだ!」

 

ニドクインはすでに技の体勢に入っている。トキワシティのジムリーダーだった

サカキが開発した技マシン、自身のポケモンたちに授けた強力な一撃必殺技だ。

 

「くらえ———っ!わたしが地面のスペシャリストとして知られた理由を

 痛みを持って知ってもらおう!じわれ—————っ!!」

 

「キュア——————ッ・・・・・・・・・」

 

普通に戦えば相性の差で完敗する相手だろうが関係ない、じわれが炸裂した。

サカキのポケモンたちのじわれは特に精度が高く、彼のトレーナーとしての

能力の高さ、特に地面タイプのポケモンの力を引き出し地面を操る技を

教え込む点においてはこの国でナンバーワンだという証となっていた。

 

 

「エ、エーフィも戦闘不能!ゴールド、残り四体!」

 

まだたった二体倒されただけで、挽回のチャンスはある。だが目に見えない流れは

完全にサカキのものとなり、ゴールドの巻き返しはかなり厳しいというのは

ある程度以上のトレーナーであれば外から観戦しているだけでもわかる話だ。

 

(ス、スゲェ・・・親父はやっぱり最高のトレーナーだ!もっと早くこの姿を

 オレに見せてくれたらオレの目標はずっと昔に定まっていたというのに・・・!

 まあ過ぎたことはもういい、まだまだ吸収できそうだぜ、親父からは!)

 

(・・・これはゴールドの負けが近づいてきたわね。最初から一心不乱に攻めるか

 我慢比べに勝つしかなかった。精神力はサカキさんが上でも体力や気力は若い

 ゴールドのほうが有り余っているんだから・・・そうすれば勝てたのに。

 でもこれ以上長引かれても困るし・・・早めに降参してくれないかしら?)

 

 

大勢はほぼ決した、今回の勝負はサカキの勝ちだと誰もが考えた。だが、無敗の王者の

どんな形の敗北をも望まない、見えない大きな力があるのか、それは突然起こった。

この訓練場から少し離れた、ゴールドのポケモンたちが放牧されている方向から

激しく破裂する爆発音が響いた。工事や花火の音ではなく、正真正銘の爆発が発生した。

 

「・・・!?な、なんだ—————っ!?どこかの家でガス爆発か!?」

 

「おれのポケモンたちのいるあたりから聞こえたぞ!くそ、無事でいてくれ、みんな!」

 

大急ぎで全員現場に向かった。直前にかつての部下たちと会っていたサカキは、まさか

彼らが腹いせにやったことではないだろうかとも考えた。希望が絶たれたあの四人が

コガネシティで惨敗した復讐としてゴールドのポケモンを襲ったのではないかと。

だが、到着してみるとそこには慌てふためきながら助けを待っていたクルミがいた。

彼女も現在ワカバタウン、ゴールドのもとに身を寄せている一人だった。

 

「クルミさん!いったい何が起きたんですか!ただ事ではない音がしましたが!?」

 

「あああ・・・ゴールドさん!私にも何が何だか・・・。ポケモンたちが楽しく遊んで

 いる様子を眺めていたら突然むこうのほうにいたポケモンの群れが喧嘩を始めて、

 近づこうとする前にあの大爆発が起きたから無事で済んだけど・・・」

 

皆でクルミの指さすほうへ向かった。するとそこには戦闘不能になって気絶している

マルマインやフォレトスが倒れていた。皆が同じタイミングでじばく、だいばくはつを

使ったためそれが合わさってとても大きな音の響きになったと考えられる。

 

「ふ———っ・・・よかった。いや、よくはないけど・・・これなら安心ね。人間が

 使う爆弾とかの爆発に巻き込まれたらポケモンも死んじゃうけど技として使う爆発は

 なぜか回復させれば大丈夫、だものね。いつかその仕組みを研究してみたいわ。

 ほら、さっさとボールに戻してあげなさい。ちゃんと管理してなきゃダメよ」

 

「ああ・・・今までこんなことはなかったから油断していた。こいつらはみんな

 仲が良かったはずなんだけどなあ・・・変な物でも食べたかな?」

 

「さあな。そこのポケモンに関して無知なクルミとかいう女がそうしたかもしれないが、

 離れたところから見ていただけと言っているし食い物を持ってもいないから疑う

 必要はないだろう。だが・・・すっかりシラケちまったな。お前とサカキのバトルは

 途中終了だな・・・ひとまず後始末をしようぜ」

 

サカキもシルバーの言葉に同意し、勝てそうなバトルが打ち切りになったことへの文句は

一切口にしなかった。ここで大切なのはゴールドを打ち負かすことではなく現在の自分が

どれくらいやれるかを知ることだったからだ。それでも途中で勝ちにこだわったが、

決して矛盾してはいない。小さなバトルでまあいいかと考えるトレーナーは大勝負でも

踏ん張りがきかず、それはポケモンたちに伝染する。ロケット団の首領だったころの

サカキ自身がそうであり、その暗黒時代を完全に過去のものにできたという自信があった。

 

「・・・お前も喜んでくれるか、スピアー。トキワの森で最強になると誓ったあのとき、

 お前もそれを聞いてくれていたのだからな。ずいぶん待たせたが・・・いよいよだ」

 

スピアーがサカキの見事な戦いぶり、それを支えた強い意志を称え、嬉しそうに彼の周りを

飛び回っている。中断されたとはいえ、このバトルから得た収穫は大きかった。

 

 

一方救われた形のゴールド。ポケモンたちを全てモンスターボールに入れ終え、

ポケモンセンターと同程度の機能を持つ回復装置へと運んでいたが、その表情は重い。

しかし結果として負けなかった、これが救いだった。敗色濃厚だっただけで、逆転が

全く不可能だった状況ではない。チャンピオンの無敗記録に傷はつかなかった。

 

「・・・・・・・・・」

 

その後ろ姿をミカンはじっと見つめていた。ゴールド以上に彼の敗北を望まなかった

彼女もこの結末に安堵している。本来なら彼を慰めるために声をかけるところだが、

いまの彼女にそれはできなかった。ゴールドの勝利を信じていると言いながら、いざ

危機が迫ると見ていられずに部屋を出ただけでなく、彼が負けないためにどうすれば

いいかをあれこれと考え始めてしまったからである。

 

(・・・あの爆発は・・・偶然でした。でもあれがなくてもきっと別の方法で・・・)

 

バトルは終わったが、それぞれの胸に異なった感情を深く植えつけた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。