勇者の隣の式神さん~(異)世界を救うのはネコミミです!~   作:白千ロク(玄川ロク)

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#016

 対応が甘いと言われようが、親友に対しては厳しくできないだろう。逆に、親友だからこそ厳しくしないといけないこともあるがしかし、厳しくしたらしただけオレに返るのは恥ずかしいことなので、甘い対応が一番の安全策なのです。もうすでに恥ずかしいこと――臀部を撫で回されていたのだけれど。人が動けないことをいいことに。

 

 ふつふつ湧き上がった怒りを頭の片隅に追いやって走り終わったはいいが、まだ消えてないわけで。「狐待ってた~」と狐ちゃんに抱きしめられるオレは不満げな顔をしていることだろう。なぜかといえば、犬井にも抱きしめられているからだ。対面の形で。こうなった犬井の手がどこにあるかなんて、野暮なことを考えてはいけない。答えなど解りきっている。臀部にしかありません。臀部にしか。鷲掴みする勢いでねー。

 

 なんだよー、まだ機嫌が直ってなかったのかよー。それとも、狐ちゃんをけしかけたのが悪かったのだろうか。どっちにしろ犬井の嫉妬からきたことだから、犬井自身でどうにかしてほしいよ。犬井に対しての不満は尽きないが、ふとももに抱きつく狐ちゃんに不満があるとすれば、危ないから離れてほしいということだろうか。いや、かわいいからもう好きにしてくださいな。犬井は好きにさせないけどね!

 

「おい、触るなと言ったばかりだろーが!」

「オレハナニモキコエナイ」

「たどたどしくしても意味ないからな!」

 

 やめろと言うように胸元を叩きつつ睨んでやるが、手を離す気配はない。皆無どころか、「ここは胸にいかない優しい俺を誉めるところだろ」と、わけの解らないことを言いながらまた撫で始める始末である。セクハラ野郎を誉める奴なんて、オレを含めてもいないと思うんですよ! いやー、おっぱい星人のオシリスキーとは恐れ入るね! オレも両方好きだけどさあ、見るのと触られるのとでは話が違うんですよーだ。

 

「誰も誉めないし、いい加減にしろよ!」

 

 抱きしめたしキスもしたし、オレとしてはこれ以上ないくらい頑張ったと思うんだ。唇を尖らせてそんなことを言えば、「だからそれは反則だろ」と抱きしめる力を強くしてきた。『だから』がどこにかかるのかさっぱり解らないが。

 

「痛いっつの」

 

 薄々感づいてはいたけれど、人の言うことを聞いてくれなくなる行動様式(パターン)かよ。なんでいつもこうなるのかね。呆れつつも犬井を恨めしそうに眺めるのだが、こちらもいつものようにおとなしくしておく。最善策ですから。

 

「気が済んだかー?」

「まあ、少しは」

「ソウデスカー」

 

 ダメだこれ。乾いた笑いしか出てこないぜ。

 

 そろそろ満足しただろうかと数分後の問いかけに返るのは、非情としか言えない言葉である。しかしそれでも、マシだと判断しなければなるまい。犬井が完全に満足することなんてあり得ないんだから。悲しいけれど。

 

 「――って、納得できるかあ!」と目の前にある胸元を叩いていく。ちょっとすっきりできたのでよしとしよう。頭上からかけられた「もういいのか?」の問いに「まあな」と答えれば、抱え上げられて運ばれていく。「これ以上は煽るなよ」とのひとことを残して。

 

 何度煽ってないって言えばいいんだろか。言っても「はいはい」とかわされるんだけどね。オレが思うに、初めから聞く気がないんだよ、犬井さんはー。

 

 

    □

 

 

 広場の脇――訓練場としているところで下ろされれば、躯を伸ばした。抱っこされる身としては、緊張するんだよね。犬井は変わらずに抱きついてくるんだけど。

 

 毎度毎度、朝はこの場所以外での訓練をしていないようだった。人数的には多いのだから、ちゃんとしたところの方がいいと思うんだけどな。

 

 ふと湧いてしまった疑問に「なあ」と背後にいる犬井に声をかけて、いつも端なのはどうしてかと聞いてみれば、「ど真ん中は邪魔だろ」と返ってきた。なにを言っているんだという顔は見なかったことにして、「たしかに!」と声を上げる。理由としてはこれ以上なくしっくりくるのだから、他の理由はあり得なさそうだ。犬井が続ける話を聞くに、もちろん、ちゃんとした訓練場もあるのだが、朝は『目覚め』という意味も兼ねているようで、そんなに時間をかけるわけではないという。準備運動と肩慣らししかしていないしな。

 

 そうこうしていればいつの間にか怒りは彼方に飛ばされており、しっぽを揺らす狐ちゃんを連れたいま、作戦会議の真っ最中である。それぞれのコート――長方形を真ん中でふたつに分けた、ドッヂボールの四角いコートまんま――に立ったときに、「狐はユウキといる~」と両脇を固められた。すぐに「はい! はいっ!」と元気よく手を挙げ、「オレから提案があります! 狐ちゃんとオレの三人チームと犬井との戦いにしたいです!」と奨めてみたのだ。せっかく狐ちゃんがいるんだし、こういうのも悪くはないよなーと思って。「ユウのしたいようにすればいい」と許しは得たのだから、何事も言ってみるものだ。爽やかに笑う必要はどこにもないんですがー。

 

 きちんと人数分渡された木剣でうまくもない棒人間を描きながら考えを口に出すオレであるが、ふんふんと頷く狐ちゃんたちに気持ちが落ち着かない。なんだこのかわいすぎる生き物は! かわいすぎて抱きしめたくなるんですがー!

 

「――という、作戦だけど、解ったかな?」

 

 荒ぶる気持ちを落ち着かせるように「うほんっ」と咳払いをするオレに返るのは、「狐解った!」とひときわ大きく頷く狐ちゃんたちの姿だ。

 

「よし! いくぞっ」

 

 立ち上がると同時に地面に描いた棒人間たちを足で消し去って、待っている犬井に駆け寄る。お前の連勝はここで止まるのだと、勝ちを確定しながら。

 

「今日は負けない自信があるぜ!」

「いつもは自信がないのか?」

「ありますけどー! いつも自信満々ですけどー!」

 

 手のなかで弄んでいた木剣を利き手に持ち替えたであろう犬井にそう叫べば、ふっと柔らかく笑い、「その自信をへし折るのが楽しみだ」とサディズム全開の言葉を投げてきた。悪寒に震えたオレを眺めるその目も、どこか加虐性を滲ませているようだ。

 

「うるせえ! オレは勝つの!」

 

 負けじと睨みつけながら、「さっさと始めるぞ」と口を動かす。犬井は聞き流すように「はいはい」と大袈裟に肩を竦めたあと、判定役に「始めてください」と伝えた。うむうむ、聞き流すようにしていたが、その実ちゃんと聞いていたか。

 

 剣道か柔道かの試合が始まる掛け声、「始め!」が耳に届いた瞬間、狐ちゃんに合図を送る。「やっちまえ!」と、どこかの雑魚キャラのような言葉を。

 

 「おー!」と元気よく駆ける狐ちゃんたちに続いたオレは、犬井の数メートル手前で消えた狐ちゃんに目を見張った。いやたしかに、そういう作戦ではあるんだが、そんな高く飛ぶ必要はないんだよ。揺れるしっぽの毛は逆立っており、「主様覚悟ー!」と声が重なる。

 

 振り上げられた剣が勢いよく振り下ろされるが、犬井は難なくかわしていく。コートから弾き出される狐ちゃんの「うきゃ!」という叫びが耳に届いた。回転しながら勢いを緩めて着地した狐ちゃんたちとは裏腹に、立ち竦んでしまったオレはなんと情けないことか。

 

 作戦は一騎打ちならぬ四騎打ちであったが、こんなにもあっさりと破れるなんて。どんな作戦を立てても犬井には意味がないので、直球で勝負を仕掛けたわけだが、それもお見通しというわけだ!

 

 だが、それでもオレは勝ちたい。今日こそ勝って、願いを叶えるのだ。たいしたことはない小さな願い。けれど、オレにとっては重要な願いを。

 

 目の前の男は柔らかな笑みを浮かべている。オレの神経を逆撫でさせるかのように。

 

「今日こそ勝つんだ!」

 

 恐怖を打ち消すように叫ぶ声は思いの外大きかったが、そんなことに気を取られるわけにはいかなかった。なんだが少し涙に濡れていたような気がするが、気のせいであろう。

 

 一歩足を踏み出して、距離を詰めていく。――が、なんだかとても不吉な音がしたような……。「ユウ!」と叫ぶ声を聞くままスニーカーに足を取られてしまうのは、急には止まれないからだ。車然り、勢いよく走る人間然り。

 

 これはもう滑走は免れない。プロ野球にも劣らない滑走ができますよ、いまなら。しかしやっぱり、痛いのは嫌だと、「とうっ、とととっ!」となんて発しながら安定性を保つために空中でもがいているんだけども。影が差す間のたった数秒の出来事であるが、とても長く感じられた。と同時に、「アホ」と呆れた声とともに抱き止められた――と思われる。鼻を打ったのがその証拠だろう。

 

「いにゅい、痛い」

 

 痛む鼻を押さえていた手を剥がされ、「お前は本当に危ないな」とぎゅっと摘ままれてしまう。痛さが増したんだが、どうしてくれようか。

 

「オリェにょせいじゃ、にゃいからにゃ!」

「いや、ユウが調子にのるからだろ」

 

 摘ままれたままの鼻を左右にむにむに動かされ、「いひゃい、いひゃい」と抗議をするが、犬井からは「動くなよ」と言われただけで、まったく意に介していないようだ。離した手で頭を撫でられたのは言わなくてもいいか。

 

 屈む犬井のつむじを眺めて、コイツはつむじもきれいなんだなーと思ってしまった。つむじを見る機会なんてそうそうないし――いや、あった。何度もあったな、うん。深くは言わないけれど、羞恥に目を閉じているから見ていないだけで。「直し終わったから動いていいぞ」と立ち上がる犬井と視線がかち合い、顔が熱くなってしまったのは、どう考えても犬井が悪い。

 

 「犬井のアホ!」と睨んでやれば、「はいはい」とあしらいつつも、「ユウ」と名前を呼ぶ。なぜか熱を帯びた声で。なにをされるのかと固まるオレの頬を撫でながら、「泣いていいのは俺の前でだけだ」と囁いてきた。

 

「泣いてねえし!」

「嘘がヘタだな」

「嘘でもねえから! 気のせいなの! 気、の、せ、い! おら、さっさと続けるぞっ」

 

 勝負ことの最中に流されるオレではないぞ。犬井の胸を押せば、手首を取られて足を払われた。

 

「ふぉおおっ!?」

 

 なんだと思ったときには遅く、覆い被さる犬井が「勝負はついたな」とにやにや笑うが、オレの方はいまなにが起きたのかと目を丸めているわけだ。不意打ちなんておかしいだろうが。さ迷わせた視線が判定役を捉えれば、取り直しと言われるどころか、高らかに犬井の方の手を掲げる。

 

「なんでだよおおおお!」

 

 叫び声に我に返って、「おい、こらあ!」と犬井を揺さぶれば、「胸を叩いた時点でユウの負けだからな」との言葉とともに脇を取られて抱き上げられた。言っておくが、「うひっ」と笑いが漏れたのも気のせいだから。

 

「『胸を叩いた』ってどっちのときなわけ……?」

「初めからに決まってるだろ」

 

 ……あ、そうっすか。

 

 朝の訓練でのオレの勝ち目はいったいいつになるんでしょうかね。

 

 後片づけを頼んだあとの犬井にしがみつきつつそんなことを思えば、苦笑したので気持ちがせいせいする。困ればいいのだ、困ればねー。

 

 それが、オレができる唯一の方法なのだから。犬井に勝てる、唯一の。もちろん、あとになにが来るのか解っていようがね。

 

「早く運べよ、勇者様」

 

 狐ちゃんが駆け寄る間ににんまりと笑って囁けば、「悠希」と唸るような声が届いた。ネコミミの先端で。

 

 

 

 

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