勇者の隣の式神さん~(異)世界を救うのはネコミミです!~   作:白千ロク(玄川ロク)

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#018

 

 

――『ユウは好きな人いるの?』

 

 

 これは小学校の修学旅行のときだ。そうだと気がついたのは、みんなが幼いから。そして、その会話は実際修学旅行でしげちゃんに言われたことなのだった。

 

 布団を丸くなるように敷いたその部屋は五人部屋である。変則的だが、五人部屋に四人が寝ようとしているのだ。オレと犬井はもちろんとして、しげちゃんに委員長というメンバーで。実は保育園から一緒なんだよ、みんな。もっと正確に言えば、布団は丸にもなっていないのだけれど。

 

 『いまはいないなー』と答えたあとに、委員長が犬井に聞く。『犬井は?』と。

 

『そうだなー。いなくはない』

『え、そうなの!?』

 

 『誰だよー?』と犬井の布団に転がれば、『行儀が悪い』と額を叩かれた。狐ちゃんはゴロゴロしていても怒られないのに、この差はなんだ! いやまあ、オレも狐ちゃんを怒ることはないけどもー。

 

 叩かれた額を押さえつつも、怒りを込めて犬井を睨み上げれば、犬井は『消灯時間過ぎてるから寝るぞ』とあっさりと寝に入った。え、これからが盛り上がるところじゃないのか!? 違うの……?

 

 衝撃に言葉少なく、『えっ? え?』としげちゃんと委員長、そして犬井を交互に見遣れば、しげちゃんたちは『そうだなー、早く寝ないとユウが眠くなるもんな』『おやすみ』と続けざまに寝る体制に入る。オレを置いて。消灯時間は過ぎているから大元の電気を消す手間はないが、委員長が枕元に運んだスタンドライトを消していった。ちなみに、しげちゃんは同じクラスの女の子が好きだし、委員長はいまは特にいないと言っていたので、盛り上がるどころではないのかもしれない。

 

 渋々オレも掛け布団を直したが、眠ることはなく時計が進む音を聞いていた。いやだって、犬井の好きな人のことが気になって睡眠どころではないよ、これは。言ってくれてもいいのに、ひとこともないなんておかしいだろ。恥ずかしいのか? そうなら、ひとこともないのも納得できなくはないけどもー。オレは好きな人ができたらちゃんと教えているのになあ……。ちょっと寂しい。

 

 夜目に慣れたころに左隣で並列になりながら寝息を立てる狐ちゃんを眺めながら嘆息を吐けば、『ユウ』と間近で声がする。犬井の声が。

 

『な、なんっ……――っ!』

 

 驚きに声を上げようとするが、すぐさま犬井の手が口を塞ぐ。『大きな声をだすな。起きたらめんどうだろ』との言葉とともに。なら驚かすなっつの! 間近のうるささに狐ちゃんは起きてしまったようだが、しげちゃんと委員長はしっかりと寝ているようだった。すぐに熟睡とは、羨ましい限りだ。

 

『寝られないなら、こっちに来い』

 

 半ば無理矢理犬井の布団に運ばれ――いや、引きずられたオレは、犬井の腕のなかで背中を(さす)られていた。狐ちゃんは狐ちゃんで、引きずられる間に素早くオレの首に巻きついてマフラー状になっている。なんて速さだと驚いたのが懐かしい。

 

『好きな人いるっていうのは嘘だからな。できたらユウにはきちんと伝えるつもりだから、安心していい。解ったら、明日に響く前にさっさと寝ろ』

 

 犬井の言葉に安心したのか、それとも手のひらの温もりが心地よかったからか、オレはそのすぐあとに眠ってしまっていた。そこで記憶が途切れているのは、つまるところ、そういうことなんだろうな。

 

 犬井はどんな気持ちでそんなことを言ったのだろう。犬井はいつから、オレのことをそういう風に見ていたんだろうか。どうしてオレなんだろう。極端な話、犬井は選び放題だ。寄ってくる人は多いし、オレじゃなくてもいいのに。――そうだよ。わざわざアホちんな人間を選ぶことなんてないのに。

 

 解らないんだ、オレは。解らないんだよ、犬井。どうしてこんなにもオレに執着するのかが謎すぎる。

 

 なんなわけ、本当に。

 

 

    □

 

 

 逞しい腕のなかにいることに疑問が湧いたが、記憶を手繰り寄せて自分の置かれた状況に納得する。昼寝――というよりかは、時間的に朝寝になるのか、あれは――のあとなんだろう。いまは。たぶん。

 

 懐かしい夢を振り払うように起き上がって躯を伸ばしていれば、「ふわぁ!」と狐ちゃんの声が聞こえてきた。狐ちゃんの寝言だろうか。かわいい寝言だなーと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「ユウキ~、起きたの~?」

「わ! 狐ちゃん危ないぞ!」

 

 犬井の背中越しに顔を覗かせた天ちゃんは、そのまま腕を伸ばしてオレに抱きつこうとする。傾いた躯をどうにか受け止めたが、軽い躯――紙を持つように重さを感じない――に目が点になってしまった。頭にはクエスチョンマークがいっぱいだ。しかしそれは、すぐに小さくなってしまう。

 

「あー! 狐だけひとり占めはダメなのー!」

 

 騒がしさに起きたらしい空ちゃんも、犬井を乗り越えて抱きついてこようとしたから。天ちゃんと同じように片手を伸ばして受け止めるが、やはり空ちゃんも軽かった。唖然とする間に「ユウキの狐占め~」とぐりぐり頬擦りされていれば、犬井の肩がぴくりと動いた。――ような気がする。

 

 瞼がゆっくりと押し上げられたかと思えば、「……悠希……」と掠れた声が届く。犬井の寝起きの声は魔性に認定せざるを得ないほどにいい。今回を含めても数回しか聞いたことがないけれども。

 

「悠希……、管狐、に、構うのもいいけどな……、俺も構え」

 

 伸ばされた腕で抱き寄せられてしまうが、両腕が塞がっているのでどうにもならない。まあ、オレがなにかしなくとも、天ちゃんのしっぽが指先にびしばし当たっていたりするからいいか。

 

 数分そうしたあとであくびをした犬井は「こら、くすぐったいぞ」と手を離してから起き上がった。寝起きだというのに爽やかなのは犬井だからだろう。遺伝子の不思議だし。

 

「おはよう、ユウ」

「ん、おはよ。あのさー、狐ちゃんたちすごく軽いんだけどさあ、どういうことなんだ?」

「そりゃあ、管狐は『管狐』であって人ではないからな。体重なんてあってないようなもんだ」

「へー。でも、飯は食えたりするんだ?」

「そうだな。そのへんは人と変わらないか。食うし飲むし寝るし、喜怒哀楽も出してくれるから解りやすいよ。まあ、一番解りやすいのが目の前にいるんだけどな」

 

 目を細める犬井から視線を逸らして数秒。犬井の手が頭に伸びる。頭頂部ではなく後頭部へと。胸のなかに収まれば、犬井は「だから解りやすいと言っただろ」と笑いながらぽんぽん後頭部を叩く。

 

「うるせーよ」

「はいはい。顔洗いにいくぞ」

 

 湧き上がった羞恥にフイと顔を逸らせば、犬井は狐ちゃんを引き剥がしにかかった。狐ちゃんたちは「嫌ー! 主様横暴!」「主様強引ー!」と暴れる――主にしっぽを腕や手の甲にびしばし当てている――が、抵抗も虚しく引き剥がされてしまう。

 

 頬を膨らませる狐ちゃんに「手を繋ぐのは認めてやる」と言い聞かせる姿に吹き出してしまった。ものすごく不機嫌そうな顔で言っても説得力がないのですよ。

 

「犬井、顔っ、すごいぞ」

「重症だからな」

 

 そうしれっと言ってベッドを下りる犬井に続いていき、最後に下りた狐ちゃんたちに差し出された手を握る。小さな手を握り潰さないように軽く。「ユウキ~、手~」という声は、それはそれは機嫌がよさげだった。

 

「あとで手を繋いでやろうな」

「本当に重症なことでー」

 

 なんなんですか。認めてないではありませんかー。まったく、犬井はこれだから解らないんだよな。嫌味たっぷりに返したというのに、気にする様子もないしさあ! 反して狐ちゃんたちはといえば、機嫌がいいまま鼻唄を口ずさんでいる。なんの歌かは解らないけど――と思いきや、解りました。これはあれだ、かえるの歌だ! しかも、ちゃんと合唱していますよ。鼻唄で合唱なんて至難の技だと思うが、できる狐ちゃんはできるもんなんだなあ。

 

 寝室の斜め向かいにある洗面所で顔を洗ってさっぱりしたあとは中庭に直行する。朝の失敗を取り戻さなくてはならないのだ。汚名返上である。あれ? この場合は名誉挽回だっけ? どっちがどっちだかこんがらがってきたが、返上して挽回してやる。オレはやってやるのだ。

 

「犬井、オレはやるぜ」

 

 やる気に満ち足りた顔で隣に立つ犬井を見上げれば、「外でするのが好きだとは初耳だ」と口端を上げた。あああああー! オレのやる気を削ぐのはやめろよおおおお!

 

「うるせーよ、変態! そういうことじゃないの!」

「はいはい、頑張れ頑張れ」

 

 直前まで繋いでいた両手で頬を挟みながら「うあああー!」と悶絶するオレの頭を撫でるが、撫でているが、棒読みがひどすぎやしないだろうか。いや、いいけどね。気にしないけどもー。

 

「俺は戻るとするかな」

「はいはーい。犬井も頑張れよ!」

 

 ぽんぽん肩を叩いてやれば、「ああ」と嬉しそうに笑いながらまた頭を撫でてくる。撫でられるのは嫌いじゃないから困るんだよな……。後ろ手に手を振りながら去っていく犬井を眺めながら乱れた髪を直したが、なんだか乙女みたいだなと小さく笑ってしまった。

 

 「よし、頑張るぞ!」ともう一度気合いを入れ直して、待ってくれていた狐ちゃんとともに洗濯を開始する。

 

 晴れ渡る空のしたで。

 

 

    □

 

 

 干し終えた洗濯物に背を向けたらば、狐ちゃんが足に抱きついてきた。大きな目に涙を溜めて。

 

「ユウキ~、軍曹は鬼だよ~」

「ユウキがいなかったら狐のココロは折れてた~」

 

 リリネルさんは狐ちゃんたちにも容赦がなかったからな。『勇者様の使い魔だからといって、甘えさせはしませんよ?』と目の奥が光っていたのだ。と言いつつも、オレのときよりも少しだけ優しさが滲んでいたけどね。やはり狐ちゃんのかわいさはリリネルさんも落とすんだなーと感心してしまったのはここだけの話である。まあ、オレのときも、他のメイドさんたちと比べれば優しかっただろうけども。

 

 それでも、狐ちゃんにとっては恐怖の対象になっていたようだ。

 

「軍曹は軍曹だからなー。オレも折れかけたよ。でも、そのお蔭で洗濯係が務まっているからやっぱりありがたいわけだ。洗濯に関しては軍曹()だけど、リリネルさんは怖い人じゃないよ」

 

 教育されなければ、なにをすればいいのか解らなかったわけだしな。その手間をオレたちにかけてくれたんだから、怖い人のままでは気分が悪い。

 

 「解るかな?」とのオレの言葉に対し、「狐、解る」と頷いた狐ちゃんたちの頭を「お疲れ様」と撫でてやれば、涙を拭いて笑おうと奮闘していた。なんたる破壊力か。抱きしめずにはいられないとです。

 

「ユウキ~?」

「躯が勝手に動いてしまったようだ」

「なんなんだ、その説明口調は」

 

 驚く狐ちゃんに「ごめんごめん」と謝れば、背後から抱きしめられてしまう。気配もなく近づくのはやめていただきたいですね。犬井は隠密かなにかですか! 勇者に隠密行動はいらないでしょうよ。敵に真正面から挑んでこその勇者ですから。狐ちゃんは「大丈夫~」としっぽを揺らしているところからして、特に気にしていないようだった。

 

「そりゃあ、説明口調にもなるだろうよ。無理矢理だし。はー、狐ちゃんの抱きしめたくなるかわいさはどうにかならないかね」

「……お前がそれを言うのか」

「おう、言う言う。事実だしな」

 

 呆れている犬井に軽く返せば、「あ、そう」とこちらも軽く返された。頭を撫でながらであるが。

 

「俺が出かけている間に変なことをしないように」

「それを言いにきたのですねー」

 

 オレがいつ忠告をされるような変なことをしたのかは不明であるが、言いつけは守る主義なのでおとなしくしていよう。――いや、嘘です。守るときもあるし、守らないときもあるよ、当たり前に。「管狐は悠希といろよ」と狐ちゃんの頭を撫でる手前、悪いことはできなくなってしまったけども。

 

「出かけるなら気をつけてな」

 

 いつも言っている言葉に返るのは、「昼は温めて食えよ」とのひとことだ。つまり、帰りは昼をすぎるかもしれないということか。『温めて』は『温めてもらいなさい』が正解だけど。

 

「今日の昼飯はなに?」

「それは昼のお楽しみだ」

 

 犬井のことだから、オレの好きなものだろうことは解っているんだ。ハンバーグがカレーかからあげか、親子丼でもいいし、天丼も捨て(がた)い。あとはあとは、ラーメンもうどんも好きだし、かきたま汁も味噌汁――は朝食だったな――コンソメも好きだ。豚汁もうまい。

 

 いかん、飯について考えていたら腹が鳴りそうになっている。勘づいたであろう犬井はくすくす笑っているし、狐ちゃんもミミやしっぽが揺れたままだ。「ユウキとご飯~」と上機嫌に。

 

「いってくるよ」

「はーい。いってらっしゃい」

 

 額に口づけられたあとに離されたオレはといえば、犬井に向き直って小さく手を振った。腕のなかにいるままの狐ちゃんたちは「主様元気でね~!」と元気よく手を振るが、それでは意味が違うように聞こえてしまうよー。

 

 たぶん、犬井も笑っていることだろう。小さくなる背中が震えているのを見るに。

 

 お昼まではまだ時間があるけれど、楽しみでしかたがない。昼食はなんなんだろうなーと。

 

 手伝いをしようと中庭を歩いていれば、リリネルさんやメイドさんたちがすごい勢いで駆け寄ってきたのだけれど、ちょっとは落ち着いてください。

 

 オレは圧迫死はしたくないのです。

 

 

 

 

 

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